暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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ソフィー先生が壊れた要因ともなったギフテッド。

それは現実世界での特化才能ともちょっと違っています。

原作において、フィリスと双子が「もののこえ」を聞くシーンがあるんですが、みんな聞こえているものが違うんですよねえ。

この時点で、誰も疑問に思わなかったのはちょっと不思議です。

原作でもこれ、闇が深いと思いますよ。


2、ギフテッドの闇

再び、不思議な絵画「星彩平原」に入る。平原という割りにはとても起伏に富んだ地形だが。

 

それは別にかまわない。

 

外から見ても、星空や果樹園、屋敷の美しさを強調している絵画だ。

 

入る前に、複製が終わった黄金の絹糸を少し回収しておいた。コルネリア商会でも、この超危険物は扱ったことがあるらしい。或いはコルネリアさんが、ソフィーさんに見せられていたのかも知れない。

 

触るときには気を付けるように、と何度も念を押された。

 

そしてコンテナに黄金の絹糸をしまってから、ここに来た。ルーシャはそこまで急ぐ必要を感じなかったのか。合流時、まだ回収はしていないと言っていたが。

 

「かなりレンプライアが減ったな」

 

マティアスさんが周囲を見回す。

 

最近はリディーも気配が分かるようになってきたが、確かに敵意が減っている。敵意と言うよりも、悪意か。

 

人間の悪意が形になると、こうなるのだなと思うのだと同時に。

 

この絵の描き手が何を考えていたのかを、何度も考える。

 

結論は本当に正しかったのか。

 

それを、深奥まで見に行かなければならないだろう。

 

今の時点では、自分の好きなものだけがある世界、で。それはほぼ確定だとは思うけれども。

 

しかし、最深部まで調査してみたら。

 

何か違うものが出てくるかも知れない。

 

黙々と、時々しかけてくる小型のレンプライアを処理ながら奥へ進む。前よりもかなり攻撃が減ってきているか、採取作業も楽で良い。無言で周囲を警戒してもらっているうちに、果物や鉱石、薬草などを採取する。

 

水たまりもあるので、釣り竿を持ち込んでいるが。

 

良い魚は釣れなかった。

 

これなら、キャプテンバッケンの島の方が、良い魚が釣れるかもしれない。

 

行くのに二手間掛かってしまうが。

 

もしも魚なら彼方だなと、リディーは釣れた魚を見やりながら思った。

 

回収したナマモノは、その場で処理してしまう。

 

調合に使える虫の類は、瓶詰めしておくが。

 

スールはもう、嫌とは言わなくなっていた。

 

自分と同じ、闇を覗いた目をしている妹を見て。

 

ほっとしていた。

 

どうしても拒絶反応に耐えられなくて、非常に辛そうだったからである。一時期はリディーにさえ怯えていたようだったが。

 

諦観したのか。

 

それとも、受け入れたのか。

 

今は静かだ。

 

ただ、問題もある。

 

目に見えて乱雑になっている。

 

「スー、それでは薬草が痛んでしまいますわ」

 

「……」

 

ルーシャの言葉に、無言で頷くと。

 

それでも、あまり優しくない方法で。薬草を引き抜いている。たまりかねてリディーが手を出すと、止めて、とかなり強い拒絶が返ってきた。

 

アンパサンドさんに睨まれている。

 

コレは面倒だなと思ったけれど。

 

もう、スールは何か入っているらしい。無言で、黙々と。此方のいう事を聞かずに、かなり乱雑な作業をしていた。

 

結果、質が落ちた薬草が、結構あった。

 

ハンドサイン。

 

アンパサンドさんが、一度出るようにと指示をして来たのだ。スールは拒否のハンドサインを出したが。アンパサンドさんが強制のハンドサインを出したので、皆がそれに従った。

 

絵を出ると同時に。

 

パンと、鋭い音がした。

 

アンパサンドさんが、身軽に跳躍して、スールの頬を一発はたいたのである。

 

スールはそれに対して、反発もせず。

 

ただ、真っ黒な。

 

深淵に落ちた者の目で、アンパサンドさんを見るだけだった。

 

「素人以下に戻ったのですかスール」

 

「ちょっと、アンパサンドさん。 スー、大丈夫ですの」

 

「触らないで」

 

「……何があったのです」

 

この間。コルネリアさんの家族が見つかったとき。

 

スールはそういえば嫌に静かだった。

 

黙っているスールを見て、邪魔になると思ったのだろうか。顎でしゃくって、アンパサンドさんが応接室に移動するよう促す。

 

ただでさえ、最近錬金術師が頻繁にエントランスに来ているのだ。

 

此処で喧嘩をするのは好ましくない。

 

応接室に入ると。

 

まず第一に、順番に話が為された。

 

「この間まで体調がおかしかった事は分かっているのですけれども。 スール、何が起きたのか説明して欲しいのです」

 

「五月蠅いの」

 

「ほう……」

 

アンパサンドさんがナイフに手を掛ける。ブチ切れたのが一目で分かった。

 

完全に真っ青になったルーシャが、必死にアンパサンドさんからスールを守ろうとするが。

 

血を見る前に、スールが付け加えた。

 

「ギフテッドに目覚めたの。 周り中から声が聞こえて、五月蠅くて五月蠅くて、もうおかしくなっている頭が更にどうにかなりそう」

 

「その割りには静かなのですね」

 

「暴れたいくらい」

 

「……今日はここまでなのです」

 

大きな溜息をアンパサンドさんがつく。

 

そして、リディーに座るように促した。

 

言われたまま座る。

 

ハラハラしている様子のマティアスさんと、無言で非介入を貫くオイフェさん。

 

フィンブルさんは思うところがあるのか、スールに対して守ろうともせず、口出しもしなかった。

 

リディーと視線を合わせると。

 

アンパサンドさんは、いつになく冷たく容赦の無い目で此方を見た。

 

この様子だと、本気で怒っている。

 

最近はかなり認めてくれているようだったから、この失態には逆に相当に頭に来ているのだろう。

 

アンパサンドさんは強い。

 

はっきりいって、一階級上の騎士隊長達にもう並ぶ達人の筈だ。本人が望んでいない、指揮官に向いていないと判断しているからから昇格がないだけ。

 

或いは、副団長くらいのポストは、国が用意しているかも知れない。

 

しばらくは有能な騎士団長と副団長がいるから、人事に動きはないとは思うけれども。

 

いずれにしても、実力に相応しい貫禄と落ち着きを、アンパサンドさんは身につけてきている。

 

あまり見分けがつかないホムとしては例外的に、一目で厳しい雰囲気が伝わってくる程に。

 

むくれているように向こうを向いているスールはひとまず無視し。

 

アンパサンドさんは、リディーに厳しい通達をした。

 

「リディー。 次の探索は無期限延期なのです。 こんな状態では、ちょっとしたアクシデントで誰が死ぬか分からないのです」

 

「強権発動ですか」

 

「強権発動なのです。 ともかく、ギフテッドとやらが辛いなら慣れる。 制御出来ないなら制御する。 どちらかが出来るまで、不思議な絵画には入れないし、探索にも同行しないのです」

 

「……分かりました。 しっかり話しあってみます」

 

スールを心配して見るが。

 

やはり、黙り込んだままだ。

 

どうフォローして良いのか分からず、おろおろしているマティアスさん。こう言うときは、まだまだ頼りにならないなあと思う。

 

最近は昔と違って、格好良くなってきていたのに。

 

この様子だと、副官代わりにフィンブルさんとアンパサンドさんがついて。二人の尻に敷かれる未来が、見えるようである。

 

殆ど収穫がないまま、一度戻る。

 

反省文はいらないと言われたので、それについては頷いた。そもそもリディーもスールも、Aランクに昇格してからも、それに相応しい貢献を続けているのだ。反省文などは確かに書く意味がない。

 

ただ、アンパサンドさんとマティアスさんの協力無期限停止は痛い。

 

出来るだけ早く何とかしないと、完全に干上がってしまうだろう。

 

アトリエに戻る。

 

そして、スールと、しっかり話し合う事にした。

 

お父さんはいない。

 

出かけているのだろう。

 

コンテナに、わずかな回収物をしまうと、テーブルで向かい合って話をする。

 

「スーちゃん」

 

「……」

 

「あまり責めるつもりは無いから、話して。 私じゃ無くても、シスターグレースにでもいいから」

 

「リディーさ。 どうやってこんな気持ちの悪い状況に慣れたの?」

 

直球だ。

 

自分が悪いことは分かっていると、スールは言う。

 

しかしながら、今までにないほど、世界が違うのだと言う。

 

「知らないかも知れないけれど、ギフテッドが出たって分かったとき、最初戻しちゃった」

 

「……!」

 

「頭はすっきりしてるんだよ。 メテオボールは良く出来てるでしょ? ああいうのを作れるくらいにはね。 でも、同時に常に周り中から声がして、気持ち悪くて仕方が無いんだよ。 どうすればこんな状態に慣れる事が出来るの?」

 

「私は……」

 

リディーは、いつの間にか馴染んでいた。

 

というか、やはりリディーも、ギフテッドが出始めてからは、何とも言えない気持ち悪さがあった。

 

しかしながら、これが調合に便利だと分かると。

 

自然に慣れていった。

 

多分、精神が人間から離れているから、だと思う。

 

「ね、スーちゃん。 久しぶりに二人だけで、暴れても大丈夫な場所に行こうか」

 

「そんなところある?」

 

「ざわめきの森」

 

彼処だったら。

 

今の実力なら、特に問題なく二人だけでも身を守れる。

 

木々を倒したりしなければ。

 

思う存分暴れる事が出来るはずだ。

 

「メテオボール持っていって。 それ、凄く気持ちいいでしょ」

 

「気持ちいいっていうか、暗い喜びが浮かぶ」

 

「それでもいいよ」

 

「……」

 

荷車を一つだけ持ち出すと、すぐに王宮に戻る。

 

地下エントランスには、プラフタさんと、深淵の者の戦士らしい獣人族と魔族が何名かいた。

 

プラフタさんは人間に戻った体の試運転中らしく。

 

そして、お父さんの絵の前で、色々と打ち合わせをしていた。

 

「絵の中の世界は繊細です。 戦闘では気を付けますが、貴方たちも出来るだけ注意してください」

 

「分かりました」

 

「では、行きますよ」

 

その場からいなかったかのように、プラフタさんと護衛達が消える。

 

外から見ていると、こんな感じなんだなと、リディーは思った。

 

スールが毒づく。

 

「お父さんの絵なのに……」

 

「お母さんが危ないんだよ。 確かに先に調査されていて嫌かも知れないけれど、それは我慢して。 私達が行って、プラフタさんやアルトさんくらい、綺麗にレンプライアだけ倒せるとは思えないよ」

 

「また理屈ばっかり」

 

今のスールは、混乱しているだけだ。

 

理屈の重要性はスールだって理解している筈。

 

昔の子供みたいだったスールに、癇癪を起こした結果戻っているだけ。

 

ましてやスールは、本来だったら発狂するような精神的なダメージを受けているのだ。この程度で済んでいるのなら、良しとするべきだろう。

 

ざわめきの森に入る。

 

お化け達がすぐに来たので、話をする。

 

そうすると、内臓をぶら下げたお化けが、すっと声を落とした。

 

「そうか。 俺には分からない話だが、いずれにしても二人でじっくり話し合いな。 邪魔が入りにくい場所を教えてやるから、其所でやるといい。 木々を無闇に傷つけないなら、多少暴れても全然かまわないぜ」

 

「有難うございます」

 

先に頭を下げたのはスールだった。

 

或いは、スールの方が、お化け達にはより感謝しているのかも知れない。

 

奥の丘を案内された。

 

レンプライアは定期的に掃除しているし。

 

ここのレンプライアはそもそもそれほど強くは無い。

 

この絵を描いた人は。

 

お化けというのが、子供達の守護神である事を知っていて。そしてお化け達に敬意を払ってこの絵を描いた。

 

だから、この絵のレンプライア……悪意は弱い。

 

自分に都合が良い絵ではなくて。

 

周囲に祝福を願う絵だったから、なのだろう。

 

こんな過酷な世界でも。

 

子供達の未来を願って、こんな絵を描ける人がいる。

 

そう思うとリディーは素直に尊敬できる。スールはもっと尊敬している、ということなのだろう。

 

丘で、しばらく二人並んで座る。

 

「思う存分吐き出して」

 

「うん……」

 

スールは大きく深呼吸すると。

 

拳を、地面に叩き付けた。

 

「うるっさい! うるっさい! うるさいっ! 耳を塞いでも四六時中ずっとずっと!」

 

叫ぶスール。

 

もう、本当に溜まっていたのだろう。

 

黙って、様子を見ている。

 

リディーは、じわじわ聞こえるようになって来たから、此処までため込む事はなかった。壊れて行くことは分かっていたから、それは怖かったけれど。

 

爆発する事はなかったし。

 

自然に抑えられるようにもなっていった。

 

だが、スールはいきなりだった。

 

いきなり聞こえるようになったと言うのは、多分スールの性質上の問題だったのだろう。

 

本人は気付いていない様子だったけれど。そもそも最近は、スールもリディーと同じくらい努力はしていた。

 

少なくとも、リディーが聞こえるようになった頃よりは。

 

錬金術の実力もついていた。

 

総合的に見て、新しいものを作り出したり、論理的にチャートを組んだりするのはまだまだリディーの方がずっと上だけれど。

 

一度把握したものをどんどん品質向上させていく手腕に関しては、スールの方が上だ。

 

深淵を何度もソフィーさんとフィリスさんに覗き込まされて。

 

嫌でも闇を見た。

 

だから、知識の深奥にも触れた。

 

その拒絶反応が出ているだけのスールを。

 

責めるつもりにはなれなかった。

 

メテオボールを取りだすと。

 

空中機動して、上空に蹴り挙げるスール。

 

空気の壁を四つぶち抜いて、空高くメテオボールは飛んで行った。竜核を使っているだけあって、とにかく強烈だ。素材を更に改良すれば、もっともっと凶悪な火力を出せるだろう。

 

ほどなく落ちてくるメテオボール。

 

すとんとスールの手元に収まる。

 

身体の素のコントロールそのものはアンパサンドさんに及ばないかも知れないが。しかしスールは、充分に前衛で戦う錬金術師としては、一流に達している筈だ。廻りがおかしすぎて、気づけていないだけである。

 

イル師匠だって言っていたのだ。

 

本来、ハルモニウムを作れる錬金術師なんて、一世代に一人出るか出ないか、だと。

 

今の時代、三傑だけでは無い。ハルモニウムを作れる錬金術師は大勢いる。それで勘違いするかも知れないが。

 

本来スールは、充分に凄い錬金術師なのである。

 

静かになるスール。

 

呼吸を整えているスールの目には、獰猛な闇が宿っている。

 

それを見て、何とも思わない自分が悲しいが。

 

それが、スールの錬金術師としての完成型なのだとしたら。

 

受け入れるのが、姉の役目だ。

 

座るスール。

 

ようやく、落ち着いたらしい。

 

「しばらくは、慣れよう」

 

「うん……」

 

「慌てずに行こう。 無理しなければ、二三ヶ月はもつくらいの備蓄はあるから」

 

実際には、食いつなぐだけならもう今の実力なら可能だ。

 

ただし、ソフィーさんが許しはしないだろう。

 

だから、時間は稼げても二三ヶ月。

 

そういう意味である。

 

しかし、スールは首を横に振る。

 

「そういう回りくどい言い回し止めて。 ソフィーさんを何とか引き留められるのが二三ヶ月って話でしょ」

 

「……ごめん」

 

「悪いのはスーちゃんだよ。 馬鹿な妹でごめん。 無能な妹でごめん。 役立たずで、何も分かっていなくて、それなのに常識人だと思っていて、身の程も分かっていなくて、本当にどうしようもなくて、ごめん」

 

心の泥を吐き出すスール。

 

リディーだって、それは同じだった。

 

気づけて良かったと想う。

 

「みんな」と一緒のままであったら、絶対に気づけなかった。

 

必死に常識にしがみついて、近視眼的に生きていたら。

 

絶対に愚かさに気づけなかった。

 

「少しすっきりしたけれど、現実問題、周り中から聞こえる声がすごくつらいの。 これが本当に神に授かったに等しいもので、気持ち悪いなんて思うのがどれだけバカだか分かっているのにつらいんだ。 本当にスーちゃんってどうしようもないね。 あんなに見てきた、見かけだけで決めつける「みんな」とまた一緒になりかけてる」

 

「そういうときは、決まっているよ」

 

「……」

 

「イル師匠に、相談しに行こう」

 

 

 

イル師匠は、国の役人と話し合いをしていた。それもアダレットでは無く、ラスティンらしい。

 

書記のホムを従えた、中年男性の錬金術師らしい役人と、かなり白熱した話し合いをしていたので、終わるまで待つ。

 

しばしして、役人が例のドアで戻っていく。

 

ホムは一礼していたが。イル師匠は機嫌が無茶苦茶悪そうだった。

 

「失礼します」

 

「気を利かせてくれたのは嬉しいけれど、何かしら。 今忙しいから「ながら」になるわよ」

 

「ギフテッドについてです」

 

「……」

 

イル師匠が指を鳴らす。

 

同時に、世界が停止した。

 

時間を止めたのだ。

 

もう、それこそ自由自在に出来るんだなと感心している内に、イル師匠は此方に向き直る。大きく嘆息する。

 

「リディーはかなり前から少しずつ育っていたようだけれど……スー、貴方は急に発現したみたいね」

 

「はい。 凄く苦しくて」

 

「それでイライラしてると」

 

「ごめんなさい」

 

二人で揃って謝る。

 

スールは悔しそうである。自分のせいで、リディーも謝っているから、だろうか。

 

イル師匠は、時間を止めて対応してくれた。つまり「ながら」で対応する事では無いと判断してくれた、という事である。

 

これだけでも、イル師匠には感謝しなければならない。

 

「私にはギフテッドがないから何とも言えないのだけれどもね」

 

「イル師匠にはないんですか!?」

 

「あれは規格外のものよ。 最初から持っていたソフィーやフィリスが異常なの。 フィリスに至っては、後天的に鉱物以外も聞こえるようになるしもう」

 

ため息をつくイル師匠。

 

三傑と呼ばれる程の人にもないのか。

 

だとすると。

 

ギフテッドとは、なんだ。

 

後天的に開花するとしても、何だか色々とおかしすぎる気がする。文字通り神様に与えられた才覚なのか。

 

しかしながら、アルトさん……ルアードさんに聞かされた限り、神様はそんな事をするだろうか。

 

「ともかく、コレを飲みなさい」

 

「これは……」

 

「感覚を鈍らせる薬よ。 フィリスが前に実験していたのだけれども、どうやら感覚を鈍らせることで、聞こえる声をかなり緩和できるらしいわ。 レシピはコレ」

 

レシピも渡される。

 

ちゃんとお金も取られたけれど。

 

スールはすぐにお薬に飛びついて、一気に飲み下す。そして、かなり楽になったと、胸をなで下ろしていた。

 

それをしらけた目で見つつ。

 

イル師匠は説明をしてくれた。

 

「あくまで仮説だけれども、私は、ギフテッドは才能では無いと思っているのよ」

 

「文字通りの天啓とか、そういう事ですか?」

 

「違うわ」

 

「……」

 

だとすると、なんだろう。このような規格外の能力、しかも滅多に発現できない力。才能以外のなんなのだろう。

 

しばし無言で考え込むが。

 

イル師匠は、現実的な話をする。

 

「この薬を飲むと、しばらくはまともに動けなくなるから、効果が切れた後は体を動かして調整しなさい。 貴方たちの監視役の騎士、アンパサンド。 あの人に教わった奴をするように」

 

「はい……」

 

確かにスールの動きが鈍い。これは、帰り道は手を引かないと駄目か。

 

頷くと、イル師匠は更に付け加えた。

 

「それと、稼げる時間は精々二週間よ」

 

「!」

 

「ソフィーの恐ろしさは身に染みていると思うけれども、はっきりいって時間を止めている今でも覗かれていると思った方が良いわ。 彼奴はもっと上位の次元から世界を見ているし、その気になれば二大国を一日で終わらせることだって出来る。 彼奴はとにかく人材を欲しがってもいる。 二ヶ月も三ヶ月も、ギフテッド持ちにまで成長した錬金術師を遊ばせておくつもりは無い筈よ」

 

そうか。

 

では、しばらくはリディーがスールの分も頑張らなくてはならないだろう。

 

少しプレッシャーが強いが。

 

何とかするしかない。

 

後は、幾つか細かい引き継ぎを受けてから、戻る。

 

やはり、手を引かなければならなかった。スールは茫洋としていて。薬が如何に強い効果を持つのか歴然だった。

 

いや、違う。

 

多分だけれども、フィリスさんが実験したのは。フィリスさん自身。

 

あの人がソフィーさんほどではないにしても規格外で。

 

そんな人に合わせた薬だから、だ。

 

イル師匠は勿論成分を弱めにしてくれてはいるのだろうけれど。それでも、今のスールには辛すぎるということだろう。

 

アトリエに戻る。

 

今の瞬間も、ソフィーさんに監視されていると判断した方が良い。

 

スールに、言われていたことは覚えているかと聞く。

 

ゆっくり、頷き返される。

 

ならば、一緒に乗り越えるしかない。

 

「まずは、ゆっくり調合をしてみよう」

 

「うん……」

 

動きこそ遅いが。

 

調合はしっかり出来ている。

 

増やしておかなければならない蒸留水などを、この機会に増やしておく。精度ももっともっと上げておく。

 

そして、スールが調合をしているのを横目に、リディーはヴェルベティスの研究を行っていく。

 

まず黄金の絹糸を、繊維としてほぐす。これがそもそもの難事だ。下手に触ると、手がミンチになる。

 

読んでいる限り、出来ればハルモニウムの錬金釜が欲しいと言う記述に行き当たる。

 

確かに、そろそろ頃合いかも知れない。

 

さっと、今動かせるお金を計算する。

 

少し前に納品を済ませたばかりだから、何とか必要量のインゴットは調達できる。ただ、加工費も含めると、ほぼ貯蓄が吹っ飛ぶ。

 

鍛冶屋の親父さんに頼めば、多分錬金釜は仕上げてくれるが。

 

ヴェルベティス作成の際の注意事項として。

 

幾つも厳しい記述があった。

 

まず今後は、そもそも調合時、余計な空気が混ざらないような配慮すら必要になってくる、と言う事。

 

超高度錬金術の世界の恐ろしさが分かる。

 

空気が入ると駄目、か。

 

最高品質の品を作るには、そもそも空気が無い世界で錬金術を行わなければならないそうで。

 

まずは空気が無い世界で活動するための準備なども必要になるし。

 

一人で行うにはあまりにも時間的に厳しい調合などもあり。

 

時間や空間を制御する技術も必要になってくると言う。

 

頭が痛くなってくる話だが。

 

ギフテッドにまで目覚めた今なら、決して出来ない話では無い筈だ。呼吸を整えると、スールを見る。

 

調合を、ゆっくりながら出来ている。

 

そして、やはり聞こえているのだろう。

 

動きは的確。

 

選ぶ素材も、的確極まりなかった。

 

薬が切れてきたのか、少し辛くなってきた。ベッドで横になって貰って、マッサージをする。そして、順番に結論を話していく。スールは目を細めて聞いていたが。やはり、辛いという。

 

「確かに聞こえづらくなるけれど、薬が切れるとぐっと声が聞こえるようになるよ」

 

「大丈夫、私が側についているから」

 

「情けなくてごめん」

 

「いいよ、情けなくて。 私だって、情けないんだから」

 

ハルモニウムの錬金釜を作る話を進める。

 

お父さんが帰ってきた。

 

丁度良い。

 

家族会議だ。

 

スールの具合がおかしい事は、お父さんも把握していたから、話は早かった。イル師匠に聞かされた話をして。

 

更に、今後の事も考えて、ハルモニウムの錬金釜を作る話もする。

 

お父さんは、しばし考え込んだ後。

 

出資してくれる、と言った。

 

「その代わり俺にも使わせろ。 薬の品質を上げたい」

 

「錬金術師としての野心が疼く?」

 

「バカ言うな。 ……ただな、俺にも出来る事があって、それをこなしたいだけだ」

 

頷いた。

 

それでこそ、戻ってきたお父さんだ。

 

お父さんが出してくれる金額を聞いて頷く。それならば、すってんてんにはならなくても済みそうだ。

 

どうせしばらくスールはまともに動けないのだ。

 

この機会に、最終的には絶対に必要になるハルモニウムの錬金釜を、作ってしまうのも手だった。

 

強かに考えなければ、そもそも生きていく事が出来ない。

 

そんな事は言われなくても分かりきっている。

 

だからこそだ。

 

機会は、徹底的に利用しなければならない。

 

すぐにハルモニウムを、コルネリア商会から回収してくる。そして鍛冶屋の親父さんに相談する。

 

スールが、ギフテッドに慣れるまでは。

 

出来る準備をしておく。

 

勿論、一週間では出来る事に限界もある。

 

逆に、それが故に、此処でやるべき事は全てやっておかなければならないのだ。

 

ハルモニウムの釜の加工については、鍛冶屋の親父さんは既にやった事があるようで。インゴットも見せて。これなら大丈夫だと太鼓判を押してくれた。

 

どうせ深淵の者関連だろうと思ったが。

 

それについては口にしない。

 

しかし、鍛冶屋の親父さんの方から教えてくれた。

 

「フィリスが今育てている弟子がいるらしくてな。 別の街にいるらしいんだが、そいつのためにハルモニウムの釜を用意するところに立ち会ったことがある。 他の街の腕利きの鍛冶師も集められていてな」

 

フィリスさんに弟子か。

 

どんな変わり者なのだろう。

 

顔に出ていたのか、親父さんが苦笑する。

 

「なんというか、とても可愛らしい子供だったな。 まだ若いが、二度もハルモニウムの錬金釜を作ったらしい若い鍛冶師と組んで仕事をするつもりらしくて、俺たちも随分と刺激を受けたよ」

 

それで、技術を覚えて。

 

以降依頼を受けて、何度かハルモニウム釜を作ったらしい。

 

いずれにしても一週間。

 

時間はそれだけ。

 

鍛冶屋の親父さんに、後は任せてしまって問題ない。

 

そして、思ったよりも速く催促が来た。




アンパサンドさんは感情が希薄なホムとしては珍しい激情家です。

それでもヒトの激情家と比べると全然落ち着いていますが。

種族の差という奴は、こういう所にも出てくるものなのです。
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