暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
文字通り次元違いのレンプライア達がお出迎えです。
両手が鎌になり、下半身が蛇のようなレンプライア。兵士型同様、今まで散々戦って来た。兵士型と同じように、おぞましいまでに巨大化したそれが、次のコアだった。
奴に辿りつく途中、大きいのが何回か仕掛けて来たが。その全てを、アルトさんかフィリスさんが、瞬く間に沈めてしまう。
露払いはしてくれている、という訳だ。
そして、「王」とも言えるレンプライアの前に出ると。
指を鳴らして、空間を隔離してしまう。
本当に、計画通り事を進めているのだと分かるし。
もう、それを隠すつもりもないのは明白だった。
地面をおぞましい咀嚼音と共に喰らっているレンプライアは、ゆっくりと振り返る。ルーシャが、生唾を飲み込んだのが分かった。
体の前面が開くようにして口になっていて。
顔に当たる部分には、無数の目が植え込まれていたからである。
悪意が凝縮されると、このような姿になるのか。
ハンドサインが出る。
今度はちょっと、さっきと戦術を変えるつもりらしい。頷くと、全員が散る。
同時に、降り下ろされたレンプライアの鎌が。
不自然すぎるほどに伸び。
地面を真っ二つに穿っていた。
更に、振り回された鎌が、ルーシャのシールドとぶつかり合い、一気に削り取って行く。
敵の腕を、アンパサンドさんが切りつけ、一気に削って行くが。
彼女が珍しく大慌てで飛び退く。
なんと、腕ごと、鎌が斬り伏せに掛かったからである。
勿論鎌は自分の腕を切断したが。
平然と切りおとされた鎌が、切断面に戻っていく。
「何だよあのリーチ!」
絶句するマティアスさん。
あの腕は伸縮自在。鎌は好き勝手に伸びる。更には再生速度も尋常では無い。早い話が、好きなところから好きなように攻撃でき、攻撃を食らっても即時回復出来るという訳だ。何処までインチキなのか。
再びハンドサインを出すと、アンパサンドさんは相手の懐に潜り込みに掛かるが、奴の動きは迅速で、ぬるりと蛇のような下半身を利用しつつ動き、体を振るって何かを撒いていく。
「下がれ!」
アンパサンドさんの言葉と同時に、突貫しかけていたフィンブル兄が足を止め、慌ててマティアスさんも下がる。
爆発。紅蓮の、いや真っ黒な炎が、辺りを舐め尽くす。
今の粉が、発火したのは明らかだ。
あの再生力の上、近接戦を封じる技まで持っているのか。リーチが長いという事を、完全に克服しているというわけだ。
スールの側に降り立ったアンパサンドさんが、若干乱暴に顔を擦る。
まずい。少なくとも、スールにはこんな奴、どうすれば攻略できるのか、さっぱり分からない。
戦意は落ちていない。此奴を殺さなければならないとは思う。
だが、それと此奴を倒す現実的な方法については話が別だ。
アンパサンドさんが難しいハンドサインをだすと、リディーが頷く。スールも内容を見て、顔をしかめたが。とにかくやるしかない。
降り下ろされる鎌。
雄叫びと共に、鎌を剣で受け止めるマティアスさん。更に、鎌を上から断ち割りに来るレンプライアだが。
フィンブルさんが、下の鎌を蹴って跳躍。
上の鎌を、迎撃にかかる。
ひゅっと鎌が引っ込んで、フィンブルさんを突き刺しにいくが。それをルーシャがシールドで防御。鎌がシールドに突き刺さる。
そして、もう一つの鎌は。降り立ちながら、フィンブルさんが。
マティアスさんと一緒に、挟むようにして、押さえ込んだ。
オイフェさんが突貫。粉を撒きはじめるレンプライア。
だが、其所へ。
スールが渾身の力を込めて、中空に躍り上がると、メテオボールを叩き込む。
更にリディーが、スールに身体能力強化の魔術を掛ける。
メテオボールの直撃で体を抉られても、レンプライアは慌てる様子が無い。躊躇無く爆破しオイフェさんを遠ざける。そして、爆炎の中、光が瞬く。
前面に開いている口から、無差別に無茶苦茶に光弾を発射してきたのだ。辺りが爆裂し、光弾の幾つかはスールにも向かってきた。
死ね。
確かにそう言われた気がした。
だが、その寸前。
相手の懐に潜り込むことに成功したアンパサンドさんが、レンプライア顔面の無数の目を、一瞬で全て潰し。飛び退く。
立て続けに爆破しようとするレンプライアだが。
させない。
光弾による爆破を突破したスール。
防御強化の魔術に、リディーが切り替えたのだ。そして、レンプライア蛇型が一瞬アンパサンドさんに注意を向けた瞬間を狙い。
至近距離から、もう一度メテオボールを。
それも上から下に向けて、全力で蹴り込んでいた。
文字通り、破裂するようにして。
蛇型レンプライアが、脳天から下半身に至るまで、膨れあがり、爆発する。
思いっきり爆発に巻き込まれたスールだが、受け身はかろうじて取る事が出来た。
呼吸を整えながら、体の傷を確認していく。
空間の隔離が解除されているのは見える。と言う事は。今のは死んだと言うことだ。ルーシャが駆け寄ってきて、薬を塗り込み始める。
無茶苦茶だと、ルーシャはアンパサンドさんを見たが。
そのアンパサンドさんも、爆発を至近で受け。相手の攻撃を見きるために真っ先に突貫して。当然傷だらけである。
ぐっと文句を飲み込んで、手当に戻る他なかった。
「はいお疲れ様。 次行って見ようか」
ぱちぱちと手を叩くフィリスさん。その背後から、上半身だけのレンプライアが音も無く襲いかかるけれど。裏拳一発で塵にしてしまう。もう弓さえ使っていない。
今の奴だって、星彩平原にいたかなり強いレンプライアを更に上回りそうな実力を感じたのに。
本当に、まだ考えられないくらい、三傑との力の差があるのだと、思い知らされてしまう。
何とか、歩けるようになった。
人間用の栄養剤を飲んで、どうにか体調を整える。ルーシャは精神力の疲弊が酷い様子なので、しばらく荷車に乗ってくれと頼み。隊列を組み直すと、先に進む。まだ、三匹残っているのだ。
荷車には無数の宝石や貴重な錬金術の素材が散らばっているが。
宝石を除くと、どうも薬草類が目立つ気がする。
これは或いは。
お父さんが、お薬専門の錬金術師だから、なのかもしれない。
この絵はお父さんの心そのものを示しているものだ。
だからこそ、此処には薬草が多いのだろうか。
ひょっとすると、だが。
究極の薬草と言われる、ドンケルハイトもあるかも知れない。
見聞院で色々調べている内に見つけた記述にあった薬草だ。今まで見てきた薬草とは違い、文字通りの神域の薬草。
邪神がいるような森や。
或いは何かしらの理由で、自然発生した森など。
ごくごく一部の、秘境としか言えないような場所にしか存在しない薬草の中の薬草。もしも見つけることができれば。
摂理を超えた回復を促す薬や。
或いは、錬金術の究極奥義とも言われる。
賢者の石を、作る事が出来るかも知れない。
呼吸を整えながら、自分の状態を確認する。メテオボールの調整もする。メテオボールは非常に頑丈で大丈夫。スール・ザ・スターにも、今のうちに弾丸を装填しておく。六連式のリボルバーであるスール・ザ・スターは大口径の拳銃で、弾丸一つずつもとても大きいが。これ以上なく手になじむので、重さはもう感じない。
また、大きめの浮島に出た。
真っ赤な泉が湧いていて、おぞましく形を歪めた魚が泳いでいる。
この絵を元に戻したら。
食べられる魚に戻るのだろうか。
真っ黒になってしまったら取り返しがつかない、という話は聞いているが。この絵はまだ真っ黒にはなっていない。
レンプライアはまだ好き勝手をしきってはいないということだ。
アンパサンドさんが足を止める。
皆、それにあわせてぴたりと止まった。
何か、植物が絡まり合って、蠢いている。
何となく、それが冒涜的なものだと分かって、スールは反射的に植物を撃ち抜いていた。あれは尋常な木ではないし。許されるべきものでもない。
撃ち抜かれた植物は、一瞬でバラバラになり。
薔薇の花のような赤い花びらをまき散らしつつ。けたけた笑いながら、空に溶けて消えていった。
怒りが、膨れあがる。
だが、リディーに手を握られて。それで、少し落ち着いた。
どこまで、この絵を汚せば気が済むのか。
アンパサンドさんは、油断なくまだ周囲を見ている。どうも嫌な予感がする様子だ。それは、すぐに現実となった。
空間が、割れる。
そして、其所から、何か巨大な目が、此方を覗いている。
ずるりと、落ちてくる塊。
それは、球体型の。
レンプライアとしては一番弱い。外でよく見かける獣、ぷにぷにに似たものだった。ただし、今ずるりと落ちてきたのは、文字通り桁外れの大きさだったが。
不定形のそれは地面で形を変えると、お母さんを侮辱したような姿の人型を、頭の上に作る。
多分この絵の中枢が、お母さんの残留思念だという事。
それを今、レンプライアが食い荒らしていることの証左なのだろうが。
頭が瞬間沸騰しそうになる。
指を鳴らすフィリスさん。
此奴が、三匹目か。
すっと、アンパサンドさんが、手を横に出す。
どうして。叫びたくなったが。アンパサンドさん自身が、ゆっくり前に出る。冷静さを欠くものを、初見殺し技を持つ可能性が高い相手に、突貫させるわけにはいかない。それを察して、スールは歯がみした。
その通りだ。
だが、此処は。突貫させて欲しかった。
アンパサンドさんがかき消える。
同時に、辺りの空間が歪み。無数の笑い声と共に、白い手がどこからともなく伸びてきた。それらの全てには拳銃が握られていて。
そして、一斉に発射される。
此処まで、お母さんを冒涜した戦い方をするのか。
「連携を崩すためだよ!」
リディーが叫ぶ。
シールドを張る。
やはり敵の攻撃の出力が高い。シールドが見る間に消耗していく。マティアスさんも、シールドを展開して、二重に守りを固めるが。
これはいつまでもつかわからない。
アンパサンドさんは、残像をたくさん作りながら、敵の至近にゆっくり近付いていき。そして、歪んだお母さんのような像を、滅多切りにする。
鮮血が噴き出して。
お母さんの声のような、しかし確実に違う絶叫があがった。
りでぃー。すーる。
声が聞こえる。
たすけておくれ。いたくてかなわないよ。
そんな声がする。
頭の中に、ガンガンと響く。此奴は、火力そのものは大した事がないが、精神攻撃に特化している、というわけか。
いや、違う。
耳を塞いで、必死に目を閉じて耐えていたスールが顔を上げると。ルーシャも加わって、シールドを張るのが見えた。
そして、凄まじい太さの魔力砲を、レンプライアがぶっ放すのが見える。
マティアスさんも加わって、三人がかりでのシールドが、相討ちになって吹っ飛ばされる。
だが、その時には、既に。
オイフェさんと、フィンブル兄が。アンパサンドさんと一緒になって、レンプライア本体の体に切りつけ、そして拳を叩き込んでいた。
アンパサンドさんはどうしても火力がたりない。
だが、接近戦に無理矢理持ち込み、追い詰めることによって、切り札を引きだした。
手の内さえ分かってしまえば、もうどうしようもない。
おかあさんを馬鹿にしたこと。
後悔させてやる。
リディーが防御強化の魔術を掛けてくれる。スールは突貫しながら、銃を乱射。全ての弾丸を直撃させ、総攻撃にあって崩れている相手の。崩れかけたお母さんらしき像に、全力で飛び膝を叩き込んでいた。
ひどいよすーる。
なんでおかあさんにそんなことを。
そんなおぞましい言葉に、スールは吠え返していた。
「お母さんは最高の騎士で戦士だったんだッ! お母さんがそんな泣き言言うかあッ!」
ありったけの弾丸を、至近から叩き込む。
悲鳴を上げながら。
冒涜の権化は、消滅していった。
アンパサンドさんが有無を言わず撤退を一旦指示。従うしかない。だが、今日中に勝負も付ける。
ここ数日動けずにいた分、お薬や爆弾などの物資は豊富にある。
後二回、あの腐れ忌々しいレンプライアの巨魁を仕留めるには充分な筈だ。
応接室で、一旦休憩にする。
その間に、手当を済ませる。
フィンブル兄が、声を掛けて来た。
「スー。 怒りを抑えろ。 勝てる戦いにも勝てなくなる」
「ごめん、フィンブル兄。 その通りだけれど。 お母さんや、お父さんの絵を馬鹿にされているのを見ると、どうしても」
「……気持ちは大いに分かる」
「ありがとう。 それと、ごめん」
唇を噛む。
さっきのような奴がまた出てきたら、やっぱり精神が沸騰するのは避けられないと思う。
相手は悪意の塊だが、多分リディーとスールをピンポイントで狙って来ている訳ではないと思う。
絵のコアになっているお母さんの残留思念が、それだけ危険な状態だ、という事である。
レンプライアに侵食され。
そして、リディーやスールの名前がレンプライアの口から出てくるような状況である。安全なはずがない。
フィリスさんが取りだしたのは、何かおぞましい色をした薬だった。
有無を言わさず、ルーシャに飲ませる。
抵抗しようとしたルーシャだが、耳元に何か囁かれると。真っ青になって、抵抗せず受け入れる。
嗚呼。
やっぱりルーシャは、リディーとスールが知らないところで、酷い目に。本当に酷い目にあわされているんだ。
そう思うと、悲しくてならない。
咳き込んでいるルーシャに、リディーが聞く。
「大丈夫?」
「大丈夫、ですわ。 酷い味……」
「精神力回復のお薬だよ。 味だけで副作用を抑えているんだから、感謝して貰わないとね」
「……」
フィリスさんの話によると、本来は肉体の方に多大な負荷を掛けるという。それを改良して、味は酷いが精神力を回復し、肉体に負荷を掛けないように調整してあるものなのだとか。
「コスパを考えなくてもいいなら、肉体も精神も回復するお薬は作れるんだけれど、それをホイホイ出すわけにはいかないかなー」
「……ありがとうございます。 助かりましたわ」
「んーん」
明らかに愉悦に満ちているフィリスさんの目。
この人も、壊れてしまった被害者で。
いずれリディーもスールもこうなるんだ。
まだ残っている心が、激しい抵抗をしているのが分かるが。もうそれも、近いうちになくなるだろう。
しばしの休憩の後。
また、天海の花園に入る。
さっき、あの冒涜的なレンプライアがいたところまで進む。五分の三は片付けた筈なのに、周囲が変わる気配がない。
騙されているのだろうか。
いや、そうは思えない。今までも、レンプライアを倒せば倒すほど、その不思議な絵が過ごしやすくなるのは実感できていた。
レンプライアは定期的に湧くようだけれども。
それはそれで、駆除さえすれば抑えられるのも分かってはいる。
だから、多分だが。
一番奥にいる、一番強い奴を倒しさえすれば。
この絵は、元に戻るはずだ。
しかしこの有様、まるで地獄ではないのか。前に入ったときは、天国のような絵だったのに。
悪意によって、こうも世界というのは変わるのか。
いや、何か違うような気がする。
本当に悪意によって変わっているのか。
階段に出た。
ずっとずっと、高くへ登っている階段だ。
赤黒い空へ伸びる階段は。
まるで地獄の底へ通じているかのようで。
上下が逆になっていて。
自分が、上がっているのではなく、下がっているのではないかと錯覚させるほどに、おぞましかった。
荷車については問題ない。
この程度の階段だったら、余裕を持ってついてきてくれる程度の踏破性は持っている。そうでなければ、外に持ち出せない。
階段の左右には、生首のようなものがたくさん飛び交っていて。
それは恐らく、お父さんが今まで見てきた人の顔なのだろうと思った。
いずれも歪んでいて。
けたけたと笑っている。
耳を塞ぎたくなるような、汚い言葉も飛び交っていた。
「あの錬金術師、騎士とくっついたらしいぞ」
「王宮も必死だな。 無能な王のせいで王都が危ないから、少しでも戦力を補強したいのは分かるが、よりにもよって錬金術師との政略結婚とは。 有望な騎士であるらしいのに、可哀想になあ」
「何、体の相性が良ければ大丈夫であろう。 所詮は戦いの事しかしらぬ猪よ。 我等が手綱を取っておれば大丈夫だろう」
「後は適当な所であの無能王が退位してくれれば理想的だ。 残った王族は姉も弟もどちらもまだ子供。 掌握するのは容易かろう」
不意に、好き勝手をほざいていた生首共が真っ二つになる。
どうやら、堪忍ならなくなったマティアスが、斬り伏せたらしい。
げたげた笑いながら消える生首。
そうか、マティアスでさえ、今のは看過できなかったか。
「すまん、リディー、スー。 彼奴らの顔見覚えがあってな。 昔、姉貴の後ろ盾になってくれた深淵の者の幹部に粛正された役人だ。 俺様を担ぎ出して、傀儡の王に仕立てようとしていた連中だ。 今はどっちも左遷されて地方で厳しい監視を受けながら事務作業を細々とやってる」
「気にしていないよ、あんなの」
「……」
「此処にその姿が出てくるって事は、お父さんが今の会話聞いてたんだろうね。 お父さんの方がもっと苦しかったと思う」
深淵の者も、ソフィーさんが食客として加わるまでは、大局は動かしていたものの、其所まで細部にいたるまでの影響力を持っていなかったと聞いている。
匪賊が世界から大量に消えたのも、比較的最近の話だという。
分かってはいるのだ。
どれだけリディーとスールに非人道的な事をしていても。
ソフィーさんが、世界にどれだけの良い影響を与えているかは。
世界の詰みを打開しようとしているのも本当だろう。
二十万回以上も世界の終わりまで繰り返して、億年単位で試行錯誤をしているというのも。
だからこそ、だからこそだ。
その圧倒的な力に踏みつぶされる人もいるし。
世界そのものである「みんな」をどうにかしなければならない。
「みんな」の心こそ、この醜悪な世界。
レンプライアは悪意と言うよりも。
むしろ、人の心が形になったもの。
人の心の美しい部分がこの不思議な絵画を作っているのであって。
普遍的平均的な心が、レンプライアとなって。
あの邪悪な行動を、平然と口から垂れ流しているのではないのだろうか。
あくまでスールの推察だ。
それが事実なのかは。
まだ理解するには、力が足りない。
階段を上がりきる。
長い階段だったが、疲労は殆ど覚えていない。むしろ、体調そのものは少し良くなっている。
体にたくさんつけている、錬金術装備。それもハルモニウム製のおかげだろう。回復力が、疲弊を上回っているのだ。
周囲を見回すアンパサンドさん。
かなり広い空間に出た。
中央には、おぞましい真っ赤な池がある。数体の大型レンプライアがいたが、フィリスさんが紙屑でも引きちぎるように、矢を放って粉々にしてしまった。
気配が伝わってくる。
多分、いる。此処に、四匹目がいると判断して良いだろう。だが、何処だ。アンパサンドさんが、目を細めた。
どうやら見つけたらしい。
「接近戦は厳禁なのです」
「!」
そうか、あの鎧の奴か。
周囲に常にかまいたちを纏って、近付くとそれだけで傷つけられてしまう。空も飛ぶ厄介なレンプライアだ。
だが、何処にいる。
アンパサンドさんが、走れと絶叫。それで理解した。平原の真ん中に向け、走る。同時に、階段を追い越すようにして、巨大な鎧レンプライアが姿を見せる。
此奴が。四匹目か。
フィリスさんとアルトさんにかまいたちを放って攻撃を仕掛けた鎧レンプライアだが。二人がかき消えて、レンプライアとの位置がずれる。
ああ、時間を操作したな。或いは空間も。
そう思った次の瞬間には。
フィリスさんが指を鳴らして。
隔離空間に飛ばされていた。
うなりながら、鎧レンプライアが振り返る。
その全身には、禍々しい黒い風が纏わり付いていて。兜の中には、無数の光が宿っていた。
鎧そのものも禍々しく。
プレートメイルというよりも、もはや全身から棘が生えていて、何か得体が知れない異物にしか思えなかった。
翼も二対ある。
その翼を凄まじい高速で羽ばたかせながら、ホバリングしている鎧レンプライアは。
奇声を突如上げた。
シールドを念のためにリディーが展開していなかったら、それだけで全滅していたかも知れない。
辺りが、いきなり破裂する。
そう、内側からいきなり炸裂したのだ。地面も、その辺りにある石も。
人間があんなものを喰らったら、どうなるのかは想像もしたくない。
かといって、接近もできない。
遠距離だと、広域攻撃を躊躇無くぶっ放してくるだろうし。しかもあの鎧、凄まじいまでに頑強なのだ。
砲撃を当てるにしても、あの動き。
当たってくれるかどうか。
また、奇声を上げる鎧レンプライア。
シールドの負荷も大きい。
魔術で内側から爆破しているのか。
それとも、何か他の方法なのか。
解析している余裕は無い。ともかく、一気に仕留めるしかない。
一瞬だけ、時間を稼ぐ。
ハンドサインを出すと、アンパサンドさんがかき消える。頷くと、フィンブル兄も、少しだけ遅れて、心底いやそうな顔をしながら、マティアスが続く。突貫しながら、アンパサンドさんが投擲したナイフ。
見事に、兜の中に吸い込まれる。
しかし実体があるかは微妙なようで、兜を貫通したらしいナイフだが、ほんの一瞬だけレンプライアが驚いただけだ。
続けてフィンブル兄が、ハルバードを。
踏み込みながら、マティアスが剣を投擲。
どっちもハルモニウム製の刃だ。
いずれもが、見事に鎧レンプライアの黒い風を引き裂き、体に突き刺さっていた。
だが、それでも、間に合わない。
ルーシャが詠唱を続け、リディーが魔術の威力を増幅させる魔術をルーシャに展開。更に、スールが、中空に躍り出て、メテオボールを叩き込む体勢に入るが。
その次の瞬間には。
奇声を放とうと、鎧レンプライアが体を傾ける。
だが、かなわなかった。
オイフェさんが音も無く突貫し。
体をズタズタに引き裂かれるのも躊躇せず、鎧レンプライアに渾身の蹴りを叩き込んでいたからである。
吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられ、二度バウンドするオイフェさん。
もう、時間はない。
雄叫びを上げながら、スールがメテオボールを蹴り込む。空気の壁を五枚ぶち抜いて、鎧レンプライアに直撃。
更に、ルーシャが拡張肉体も全部展開して、傘から全力での砲撃。
二つの大火力攻撃を受けて、鎧レンプライアが殆ど消し飛ぶが、まだわずかに一部が残り、見る間に黒い風を纏って、再生していく。
だが、今の蹴りの反動を使って上空に躍り出たスールが。
そのまま、束にしたオリフラムを放り込み。更にバトルミックスで火力を極限まで上げていた。
鎧が、文字通り。
超高熱で、融解するのが見えた。
爆裂し、何もかもが消し飛ぶ。鎧レンプライアから宝石もこぼれ落ちたようだが、灼熱の地面に飲み込まれてしまい、回収は出来そうに無かった。
着地。
すぐにオイフェさんに駆け寄る。隔離空間が消滅していく。リディーが、冷静に状態を確認。
手酷い傷だ。
すぐに薬を塗り込んでいく。一部は内臓がはみ出していたが、消毒して縫い合わせる。アンパサンドさんが、てきぱきと手当の補助をしてくれる。その間、フィンブル兄とマティアスは、周囲の警戒。ルーシャは、回復の魔術をずっと、全力でオイフェさんにかけ続けていた。
呼吸を整えながら、リディーが言う。
「撤退する? オイフェさん、これ数日は絶対安静だよ」
「……っ」
スールは、唇を噛む。
これは、駄目だ。
もう猶予時間がない。オイフェさんが動けないのも事実。つまり次の戦いは、戦力が減った状態でやらなければならない。
フィリスさんは、石に座って、によによと笑いながら此方を見ている。どう判断するか、興味深いと考えている様子だ。
深淵に落ちるというのは。
此処まで人を壊すのか。
リアーネさんや、ツヴァイから、昔のフィリスさんの話は聞いた。
ちょっと憶病だったけれど優しくて。不正を許せない心と勇気も持っていて。心は少し不安定だったけれど、それでも。
今の、深淵そのものの。完全に壊れた人では無かった。
オイフェさんが目を開ける。
何とか応急処置は済んだ。しかしこれは動ける状態にない。もう一度、撤退するかと、リディーが聞いてくる。
アンパサンドさんは咳払いした。
「猶予期間がないのは事実。 そして残るは一体。 此処で撤退すると、恐らくその一体は今よりも更に強大化しているのは確実なのです。 絵を元に戻すつもりならば、今しか好機はないのです」
「……」
「行きましょう」
ルーシャが言う。
震えながらも、オイフェさんを担いで、荷車に乗せる。
そして、きっと、アルトさんと。そして、岩に座って様子見しているフィリスさんを見た。
「オイフェを頼めますか」
「僕はかまわないが……物資は平気かい?」
「なんとでもしますわ」
「ふうん」
アルトさんは、頷いてくれる。フィリスさんは、岩に座っていたと思うのに。いつの間にか、側にいて。
そして、オイフェさんに触って、診察をしていた。
「ふむ、命に別状は無し、と。 まあ、此方は判断を任せるよ。 ただ、言っておくけれど、次の探索を判断した場合、途中にいる大型レンプライアを処理出来るかは分からないけれど」
「どういうことですか」
「人数が揃わないって事だよ。 今アダレットの王位継承関連で大変な事になっているのは、皆知っているでしょ?」
その通りだ。
そもそも、此処にこの面子が集まれているだけでもおかしい。王城に入るときにだって、いつも以上の時間が掛かった程なのだ。
「ま、好きに選ぶと良いんじゃないのかな」
「やはり行きましょう、リディー、スー」
「ルーシャ、いいの」
「……はい」
ルーシャが、何度も顔を拭っている。
凄まじい怒りと哀しみを感じる。それを受けても、何とも思わないフィリスさんの冷酷さも分かる。
その冷酷さが必要な事も。
リディーは、頷いた。
「分かったよ。 フィリスさん、アルトさん。 最後まで行きます。 お母さんを、一刻も早く解放してあげないと」
「了解、と」
フィリスさんが視線で示す。
更に階段が続いていて。
高い所に、なにか家屋のようなものが見える。そして、その家屋の正体を知って、スールは思わず、ああそうだろうなと呟いていた。
遠くからでも分かる。
あれは、うちだ。