暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
それが狂気に染まった姿。
今なら、双子はそれに対して、怖れずにありったけの力をぶつける事が可能です。
荷車の一つをアルトさんに譲り。其方でオイフェさんを預かって貰う。階段を黙々と上ると。
薔薇園にでた。
見た感じ、地獄のような赤に染まっていなければ、さぞや美しい薔薇園なのだろうと分かる。
周囲にはみずみずしい果実が実っているだろう木や。
美しい草花も茂っていた。
勿論今は、地獄そのものの赤に染まっていて。
醜く歪んで、グロテスクなまでに狂っていたが。
恐らく、最後のは。
家にいる。
ルーシャも、リディーとスールの家だと悟ったらしく。口を閉ざして、拳を固めている。此処を陵辱するなんて許せない。
そう思っているのだろう。
だけれども、そもそもレンプライアとは何なのか。
意思があるようにも思えない。
悪意というなら、相応の知能を持っていそうなのに。とてもそうだとは思えないのである。
やはりこれこそが普遍的な、普通の人間の思考そのものだ。
その仮説は、どんどんスールの中で強くなって行く。
ほどなく、アンパサンドさんが足を止める。
「此方に気付いたようなのです」
「今までのパターンから考えると、あの下半身がないデカイ奴か?」
「恐らくは」
マティアスの問いに、アンパサンドさんが頷く。
殆ど同時にフィリスさんが指を鳴らして、空間を隔離する。
此奴を倒せば。この世界は元に戻る。
そう言い聞かせながら、深呼吸する。
だが、その冷静さは吹き飛びそうになる。
現れたのは、確かにいつものとは比較にならない程巨大な、下半身がないレンプライア。それも頭にごてごて装飾がついている手強い奴。
そいつは、腹の中に家を抱え込み。
そして、その中に、意識がないお母さんの姿が見えたのだ。
お母さんの姿は、肖像画で知っている。
だからこそ、お母さんの事は分かる。
ずっと会いたかった。
ずっと話をしたかった。
もう死んでしまっていることは分かるけれど。残留思念があるのなら、話を一回でもいいからしたかった。
それなのに。それだというのに。この仕打ちだというのか。
今までにないほどの怒りが、心の中で燃え上がり。
その次の瞬間。
ふつりと、何かが切れた。
そして、心が驚くほど静かになった。
ハンドサインを見る。基本的に、いつもと同じだ。相手に攻撃をさせず、削りきる。おなかの中にある家とお母さんは傷つけないで、外側だけを剥がす。頷くと、恐ろしい程静かな心で、スールは走り出す。
腕を振り上げる巨大レンプライア。
だが、降り下ろさない。
振り上げただけで、周囲の地面が隆起し。
そして、杭のように尖った岩が、無数に突きだしたのである。
とうとう、腕を振り上げると言うだけで。
こんな広域魔術を発動できるようになっているのか。
それだけじゃあない。
かろうじて、今の一撃で吹っ飛ばされつつも、何とか無事だったスールが見たのは。上空から降り注いでくる無数の拳だった。
まさか、あれ全部が。
地面に直撃して攻撃しつつ、同時に魔術を発動するのか。
まずい。守勢に回ったら死ぬ。
有無を言わさず、オリフラムをまとめて放り込み、バトルミックスで最大火力で爆破する。相手は多少揺らぐが、シールドが今の一撃を防ぎつつ。
そして、次の瞬間には。
無数の拳が、地面に突き刺さっていた。
吹っ飛ばされる。
滅茶苦茶に叩きのめされ、地面に打ち付けられる。
やはりだ。
拳が地面に突き刺さると、周囲に衝撃波を発生させるらしい。一発でも地面に届かせると、もうまともに身動きできなくなる。
相手の動きが鈍る。
今、バトルミックスを叩き込んだ位置に。
マティアスが渾身の一撃を叩き込んだのである。更に、一瞬遅れてフィンブル兄も。
二人の一撃が、レンプライアの顔面に突き刺さる。
叫びながら、更に腕を振り上げようとするレンプライアだが。
今度はさせない。
アンパサンドさんが、腕の関節を狙って、数百回、或いはもっとか。空中機動を利用して、凄まじい斬撃を叩き込む。
一撃一撃は軽くても、ハルモニウムの刃だ。
レンプライアの腕が、見る間に削られ、関節が揺らぐ。
全身から魔力を放とうとするレンプライア。
其所に、ルーシャが全力での砲撃を叩き込む。
見ると血だらけで、立っているのもやっとという様子だが。
残った最後の力を全てつぎ込んでくれた様子だ。
それならば。
負けられない。
立ち上がると、冷静に見極める。
相手にインファイトを挑んでいるアンパサンドさんと、一旦跳び離れて次の攻撃機会を狙っているマティアスさんとフィンブル兄。
リディーはアンパサンドさんに身体能力強化の魔術を展開中。
ならば、スールがするべき事は。
メテオボールを取りだす。
纏わり付かれて鬱陶しそうにしているレンプライアが、吠える。
それだけで、上空からまた無数の拳が降ってくる。
次にあれを着弾させたら終わりだ。少なくとも、完全に魔力を使い果たしているルーシャは死ぬ。
そんな事。
絶対にさせない。
中空に躍り出ると。
さっきルーシャが砲撃した場所に。
寸分の狂いもなく。完璧に制御して。
渾身のメテオボールを叩き込む。
足に凄まじい負荷が掛かったのが分かったが、そんな事はそれこそどうでもいい。全魔力、全体力を注ぎ込んで、渾身の一撃をぶち込む。
フィニッシャーとして、バトルミックスは使えない。
彼奴の体そのものを消し飛ばしてしまう。そうなったら、多分この不思議な絵の世界そのものが崩壊する。
お母さんは消滅し。
理想のうちだって消し飛んでしまうだろう。
させるものか。
うなりを上げ、真っ赤に燃え上がりながら飛ぶメテオボールは。空気を蹴散らしながら、再びシールドを張ったレンプライアに直撃。一瞬の均衡の後、レンプライアのシールドをぶち抜いて、頭を木っ端みじんに消し飛ばす。
同時にスールは、空から降り注ぐ拳の直撃を受け、更に杭だらけの地面に叩き付けられていた。
いや、違う。
串刺しになったと思ったが、違った。
フィンブル兄が、抱えて飛び下がっていた。
「王子っ!」
「応っ!」
見える。
着地したマティアスが、深く腰を落とし、剣を鞘に収めて構えを取る。
確か鞘の中で刃を走らせて、加速させる技術。
相手の守りが弱いときにしか使えない剣術だと聞いているが。
今なら、出来る筈だ。
渾身の一撃を、踏み込みながら繰り出すマティアス。
綺麗に、巨大レンプライアめの左半身が消し飛ぶ。
更に、アンパサンドさんが、それにあわせて突貫。
さっきまで、執拗に攻撃を浴びせていた敵関節部へ更に攻撃を集中。一気に切り飛ばしていた。
揺らぎながらも、更に悪あがきをするレンプライア。
頭も左半身も右腕も失いながら、更に形態を変化させようとする。
そこへ、リディーが飛び出す。スールも、震えながら。
鍛冶屋の親父さんに貰った弾丸を、装填する。
ハルモニウム弾だ。
もう、マティアスも、アンパサンドさんも、フィンブル兄も、動ける状態じゃない。拳も、着弾寸前。
構えると、放つ。
リディーが、地面に手を突き。
巨大レンプライアの全身に、シールドを展開。動きを阻害。
そして、スールが放った弾丸が着弾する瞬間。
その位置だけを、シールド解除した。
今の杖が無ければ。
とてもではないが、出来ない妙技であっただろう。
いずれにしても、再生しようとする巨大レンプライアの中に飛び込んだハルモニウム弾は。
相手の体内で無茶苦茶に跳弾し。
絶叫する巨大レンプライアの体を、完膚無きまでに粉砕した。
家は。
お母さんは。
ぼろぼろになっている家は見える。
嗚呼。
でも、お母さんさえ無事なら。
そのスールの願いを嘲笑うように、凝縮したレンプライアが、家を押し潰そうと全力で残った力を収束させていくのが分かる。
否。
この世界のコアを食おうと。
お母さんを守っている家を、押し潰し食い潰そうとしているのだ。
リディーがシールドを全解除。
空から降り注ぎつつあった拳は消えているが。もうスールは動けない。魔力のひとかけらも残っていない。
ルーシャも倒れている。意識がない。
皆傷だらけの中、リディーは足を引きずりながら巨大レンプライアの元に歩いて行くと。杖を振るって、レンプライアの体を、粉砕。振り抜き、吹き飛ばす。横殴りに、抉り飛ばす。
黒い肉塊が飛び散り、その度にレンプライアが悲鳴を上げる。
レンプライアが集まり、魔法陣を出現させる。
リディーを杭で貫こうというのだろう。
だが、それこそリディーの待った瞬間だった。
露出した家に手を突くと。
リディーは、シールドを展開。自分をシールドの外に、家を無理矢理隔離したのである。これが、決定打になった。
絶叫しながら溶け消えていく巨大レンプライア。
だが、最後の仕返しとばかりに、リディーに対して、しっかり魔術は発動していく。
リディーの体を抉りながら、中空に吹っ飛ばす杭。
地面に受け身も取れず叩き付けられたリディーは、身動きしない。
けたけた。
笑いが聞こえてくる。
くだらぬ。
妄想によって作り出されたこのような家。
命を賭けて守る価値などあろうか。
気持ちが悪い。ああ気持ちが悪い。
自分の殻に閉じこもって、自分の理想の中だけに天国を作って。それで満足しているただの気色が悪い輩。
気持ち悪いお前に生きる権利なんぞない。
存在するだけで不愉快だから消えろ。
げたげた。
笑いが、徐々に収まっていく。ほどなく、空間隔離が解除されるのが分かった。
ぼんやりと、戦いの後を見やる。
少しずつ、世界から赤が消えていく。
血に塗れていた世界が。
少しずつ優しい色彩に戻っていく。
そう、最初にこの絵に入った時の色彩に。
今の言葉で確信できた。
やはりレンプライアは。
「みんな」が普通に持っている心そのものだ。見た目が気持ち悪いから迫害して良い。見た目が気に入らないから殺して良い。相手が気持ち悪いから何をしても良い。そう考え、そして自分の思考にあわない相手に対しては徹底的な攻撃を繰り返す「みんな」。
昔、自分がそうだった。
誰の心にもあるそれが。レンプライアとなって、不思議な絵画に湧き。
美しい心の上澄みによって作られた不思議な世界を食い荒らしていくのだ。
絵の上っ面だけ見て、それで素晴らしいとか感動して見せる輩は。
その絵に込められたその人の願いなんてそれこそどうでもいい。
どれだけの技巧が込められていようと、どれだけの愛情が込められていようと、どうでもいいのが「みんな」だ。
そしてそれを正当化さえする。
故に、「みんな」と一緒になってはいけない。
人間という生物は、すべからくして。
そこまで考えたところで、意識が途切れた。
暗闇の中に落ちたスールは、みんなという存在を、心の底から呪い抜いていた。過去の自分も含めて。
意識が戻る。
フィリスさんとアルトさんが手当をしてくれたらしい。まだ少し体は痛むけれど、欠損はしていないようだった。少しずつ、体の状態を確認する。見張りに立ってくれているアルトさんと、アンパサンドさんの姿が見えた。
アンパサンドさんだって、相当に無理をした筈なのに。
それに、どうして絵から出なかったのか。
考えながら、何とか体を起こそうとして、二度失敗し。三度目で、側にあった荷車を掴んで、やっと起き上がることが出来た。半身だけだが。
リディーとルーシャ、フィンブル兄が寝かされている。多分消耗がひどすぎて、まだ目を覚ましていないのだろう。魔力を見る感じ、みな生きている。致命的な打撃も受けていない様子だ。
リディーは、最後の敵の攻撃で、体を抉られていたような気がするが。
多分フィリスさんが、その辺りどうにかしてくれたのだろう。
いずれにしても、生きているし。容体も安定しているのが分かった。
オイフェさんが歩いて来て。
アンパサンドさんに報告している。
殆ど彼女の声は聞くことが無いのだが。
今日は普通に聞こえた。
多分、耳が研ぎ澄まされているから、だろう。
「周囲にレンプライア確認できません」
「了解したのです。 少し休んでいるのです」
「はい」
荷車の影に座り込み、休みはじめるオイフェさん。いつの間にか、側でフィリスさんが、此方を覗いていた。
「よかったねえ、間に合って」
「フィリスさん」
「んー?」
「助けてくれて、ありがとうございます」
最初に礼は言いたかった。
フィリスさんは、にんまりと笑み、続けろと促した。
「お母さんは無事ですか?」
「ああ、それは大丈夫。 無事じゃなかったら、この絵の世界は崩壊しているからね」
「話したいです」
「駄目。 廻りの損害、見て分からない? それに修復が必要だから、それが終わってからかな」
やはりコアにまで侵食されていたことで、この不思議な絵の世界は、回復力を超えたダメージを受けているという。
調査してレンプライアを全て駆除した後。
一旦絵を出て、お父さんに修復を頼むのだとか。
修復が終わった後、またレンプライアは湧くが。しかしながら、根本的な処置が終わった後だ。
それほど強力なのはでないだろうと。フィリスさんは言う。
だが、目が笑っている。
嘘だなと、スールは判断していた。
まだ何か、この絵を人質にするつもりに違いない。
もっとリディーとスールを成長させるために。追い込んで、徹底的に地獄をねじりこんで。
全ての力を引き出させ。
世界の詰みを打開するためだ。
唇を引き結んだスールを見て、フィリスさんは可愛い笑みを浮かべている。分かりきっていると、表情が告げている。
ほどなく、皆が目を覚まし始める。
スールも、何とか立ち上がり、周囲を見回した。
彼方此方酷く傷ついているが。
美しい薔薇が咲き誇り。
澄んだ泉には魚が気持ちよさそうに泳いでいる。
風は優しく。
そして雲が空に。青空を汚さない程度に浮かび。
遺跡のような建物は白磁の美しさを、緑を汚さない程度に慎ましく点々と存在している。最初に入った時と同じだ。
此処は、楽園に戻った。
完全な楽園など存在しない事など分かっている。だけれども、それでもいい。此処に限定的であっても。楽園は存在している。それでいいのだ。
ふと、気付く。
美しい花が落ちている。
これは、恐らく間違いない。ドンケルハイトだ。
みずみずしい赤い花は。ただ一つだけ。巨大レンプライアが残していったのだろう。深淵からもたらされた秘宝。
コルネリア商会で、増やして貰おう。
涙が出る。
どうしてだろう。
あの時、ふつりと何かが切れてから。もう、感情は消えて無くなったと思った。というか、今も現在進行形で、どんどん何かが削り取られているのが分かる。それでも、この花は尊いと思った。
目を擦る。
そして、皆と一緒に、一度絵を出る。
お父さんが、エントランスにいた。まだやっと動ける状態になったばかりのリディーとスール、他の皆を見て、申し訳なさそうにした。
フィリスさんが、笑顔のまま言う。
「それでは、再修復よろしく」
「……分かった」
お父さんは、反論も、恨み事も口にはしなかった。
ルーシャに、ドンケルハイトが手に入ったことを告げる。勿論コルネリア商会に登録して、増やして利用するのだ。
目を見開いたルーシャに、笑顔を作る。
「ありがとう。 ルーシャがいなければ、きっとお母さんを助けられなかった」
「……スール。 もう、手遅れですのね」
「多分……」
「わたくしが、不甲斐ないばかりに」
顔をくしゃくしゃにするルーシャ。
でも、彼女に責任は無い。
責任があるのだとすれば。
限りなく全能に近い、この宇宙そのものでもどうにも出来ない程愚かな。「みんな」そのものだ。
レンプライアがぼろぼろ零していたあの言葉。正に「みんな」の本音そのものだったではないか。
いつでも自分より下に置ける存在を探し。
そして見つけ出したら嬉々として殴る。そして自分を常に正当化し、間違っているとは微塵も考えない。
スールもそうだった。
だからこそ、スールは。
「みんな」を選別しなければならない。
リディーは、「みんな」を変革しようとしているようだが。
それとは方法論が違ってくる。
これからは、具体的にどうやってそれを為すかだ。
ソフィーさんと協力はしなければならないだろう。だが、走狗になるつもりは無い。多分、それについてはフィリスさんもイル師匠も同じの筈だ。
やっと、スールはスタート地点に立った。
それを今感じている。
リディーも同じだろう。
アトリエに引き上げてから、後は無心に眠る。
丸一日。
二人とも、目覚めることは無かった。