暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
図鑑を見る限り悪い人では無さそうなんですよねえ。
本作では伝説の騎士団長(現役引退済)として、もっとも有名な悪魔の名前を持つ存在として、登場して貰いました。
今まで何度か存在を臭わせていたあの人です。
王城に王冠を届ける。宝石は使っているが、最小限。あくまで武の国の王が身につけるための王冠と。その影となる盾の意匠をかたどった王冠。二つの王冠を見て、役人はハンカチごしに触りながら、何度も感心した。
「実を言うと、最初二人がここに来たときは、内心ではまだまだだなと思っていたし、ここまで行けるようになるとも思っていなかったのです。 今、素直に感心しているのですよ。 これは芸術にはそれほど詳しくない自分でも分かるのです。 素晴らしい品なのです」
「ありがとうございます」
「納品、お願い出来ますか」
「ちょっと待つのです」
獅子顔の人が言っていたことだろうか。
しばし待つと、マティアスさんが来る。アンパサンドさんもいる。
応接室に移動すると。
久しぶりに至近で見る。ミレイユ王女が、其所で待っていた。
無言で、跪く。
礼儀くらいは、近年はわきまえたつもりだ。ミレイユ王女の事は素直に尊敬してもいる。廻りが見えるようになってきてから、この人が如何に凄いかは、よく分かるようになったからである。
もしも先代王の後。深淵の者の後押しがあったとは言え、この人がしっかり動かなかったら。
アダレットは文字通り地獄になっただろう。
匪賊だって激増しただろう。
街の中に入り込んできたかも知れない。
ネームドやドラゴン、邪神の脅威も今以上だった筈だ。
それどころか、内海を守っている堤防が耐用年数の限界を迎えて崩壊したら。
外海の、バケモノのような巨大な獣たちが、王都に直接乗り込んで来ていた可能性が高いのである。
今は、何もかもが改善している。
深淵の者の力は大きい。
だが、その深淵の者とある程度上手くやれているのは、間違いなくこの人の手腕である。ソフィーさんを一とする超越級錬金術師と上手くやるなんて、普通の人間では無理だ。最悪、深淵の者が傀儡の王を立てて。
この国は、発展も衰退もせず。
そして深淵の者も戦略的意義を見いださず。
この国は滅びていたかも知れない。
ミレイユ王女は手腕を発揮して、深淵の者と渡り合ってくれている。この国の人々は、それでどれだけ救われたか分からない。
孤児院に来る子らは、貧しくて辺境の街などで育てられなくなったり。
或いは匪賊に襲撃されて、親を失った者達だ。
リディーとスールもシスターグレースの所にいたことがあるからよく分かる。
そしてそんな可哀想な子らも、この人がいなければ。機会さえ得られなかった可能性が高いのだ。
この人がいてくれたから。
アダレットは少しはマシになっているのだと。リディーもスールも、意見は一致していた。
役人が王冠を、ハンカチで包んだままミレイユ王女に差し出す。
鷹揚に頷くと。
ミレイユ王女は、王冠を吟味した。
「ふむ」
「如何なのです」
「身につけることで身を守る魔術、それも最高位に近いものが自動発動。 更に意匠も武の国の王が身につけるに相応しい、か。 装飾も充分な出来だ。 即位の儀まで、厳重に保管するように」
「はっ」
恭しく受け取ると。
役人は戻っていった。
役人が戻ると、ミレイユ王女は多少居住まいを崩した。
「二人とも良くやってくれたわ。 あれならば、充分過ぎる性能よ。 ごてごて黄金や宝石で飾り立てた王冠などこの国にはいらない。 王者が武を持って立ち、弱者を守る最強の剣と盾である事を示す象徴である事を示すものであればいいの」
「ありがとうございます!」
「ますっ!」
「後は、マティアスの方ね」
びくりと、マティアスさんが青ざめた顔で俯く。
やっぱりミレイユ王女が呼んだと言うことは、何かあると言う事なのだろう。
それに、マティアスさんが、青ざめているのが分かる。
ミレイユ王女を怖がっているのだ。
今はすっかり何処に出しても恥ずかしくない騎士に成長しているマティアスさんだけれども。
それでもミレイユ王女は、そもそも最初からそうだった。
絶対に逆らえない相手として、身に恐怖が染みついている。
だから、今でもそれはぬぐえない。
何だか気の毒な関係だなと、リディーは思った。
実の姉弟なのに。
先代王が、ろくでもない家庭を構築していたことは、リディーも既に知っている。この間、天海の花園で聞く機会があった。
王としてだけでは無く。
一人の父親としても最低のクズだったのだ。先代の庭園王は。
「マティアス、双子とアンパサンドを連れて、例の場所に行きなさい。 あの人が待っているから」
「ほ、本当にやるの……?」
「当たり前でしょう」
「はい」
がっくり項垂れるマティアスさん。
何だか危険な事に巻き込まれる事は良く分かったが。アンパサンドさんの表情を見る限り、命のやりとりは無い様子だ。
すぐに出ると言うので、アトリエに一旦戻って準備をする。
近場だというので、飛行キットは必要ないだろう。全自動荷車を使って、それで出向くことにする。戦闘を想定するかも聞いたのだけれど、必要ないと言われた。
ならば、フィンブルさんにも声は掛けなくて良いかと思ったのだけれど。
フィンブルさんは、マティアスさんの方から声を掛けていたようで。
城門に集合したときには、いた。
五人だけでのお出かけだ。
外に五人だけで出るのは、あまり多く無い。
黙々とアンパサンドさんが手続きをするのを横目に。
マティアスさんが、説明をしてくれる。
「見届け人を頼みたいんだ」
「見届け?」
「誓いの儀式をこれからやるんだ。 王位に就く者に対して危害を直接間接関係無しに一切加えず、なおかつ王位に就く者が命を落とすまで守り抜くという誓いだ。 王族が一人即位するときに、子供達では無く兄弟などがいる場合、大体やる儀式だな」
「へえー」
スールが感心する。
見た目だけは、だが。
スールの心はもうとっくに深淵に落ちている。
ただ、人間らしく振る舞っているだけだ。
マティアスさんもそれには気付いている様子で。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。フィンブルさんも。フィンブル兄と慕ってくれたスールが、変わり果てた事は気付いている様子で。あまり機嫌はよくないようである。
手続きが終わったので、王都を出る。
しかし、そのまま壁沿いに森の中を進む。
流石に城門のすぐ側だ。
見張り櫓などから、従騎士が合図をしてくる。それに対して、逐一答えながら進む。此処は森の中ではあるが、人の目も届く。
まあ当たり前の話で。
森の中は幾ら安全といっても、たまに人を襲う獣も出るし。
ドラゴンなどが森の上空を飛んで接近して来る可能性もあるのだから、見張りがいるのは当たり前である。
ああいう見張り櫓には、アードラが襲いかかる事もあるらしく。
武装した従騎士や騎士が詰めているのは当たり前だとも言える。
とはいっても、ここしばらくは、王都に獣が直接襲来した、という話は聞いたことが無いのだが。
しばらく行くと、森がかなり深くなる。
城壁もかなり頑強になっていて。
一部は苔むしているほど古くなっていた。
橋を一度渡る。
王都の下水が流れている川なので、かなり酷い臭いがしていたが。
この下流に、昔作られた浄水設備が存在していて。
その重要性を理解しているのか。
獣も、その浄水設備にだけは手を出さないらしい。
歩きながら、アンパサンドさんが教えてくれる。
前に森の出口辺りにある川で作業をした事があったが。
それとはまた別の設備らしい。
アダレットも、500年の歴史を持つ国だ。
途中で錬金術師への迫害という愚かしい行為が行われはしたが。
それはそれとして、こういった錬金術の技術を尽くした設備は存在している。
なお先代王は、城壁も森も壊すつもりだったらしいので。
もしそれが実行されていたら。この浄水設備も、当然破壊されていたことだろう。
情けなくて言葉も出ない。
国の上に立つ人間が愚かだと。
本当に国は傾くのだと、よく分かる。
「この辺りは、自分も来た事がないのです」
「殿下、森が一層深いように思えるが……」
「ああ、あの人が住んでいるからな。 まあ家は幾つかあるんだが」
「あの人?」
王族が、此処まで敬意を示す言葉を発するとは。フィンブルさんも、不思議がっていたが、リディーはぴんと来た。
一人だけ、該当する相手が思い当たるのだ。
そしてそれは適中した。
まもなく、城壁の影になり。
深い深い森の中に建つ、一軒家が見えてきた。ただしそれは、とてつもなく巨大な家だったが。
比較的新しい家だが。
森を壊さないように、注意深く作られている。
一通りの生活設備は整っているらしく。何名かの騎士が、働いているのが見えた。いずれも年老いた騎士ばかりだ。現役を引退しているなと、リディーは分析したが、それはそれである。
騎士の一人が、マティアスと敬礼をかわす。
社交辞令は抜きで、すぐに本題に入る。
「これは王子殿下」
「おう。 あの人はいるか」
「はい。 すぐに呼んで参ります」
多分、此処の騎士達は、皆何をするのか分かっているのだろう。様子は落ち着いたものだった。
程なくして、姿を見せるのは。
年老いた魔族。ただし、背丈は普通の魔族の倍もある。頭には鋭い一双の角が生えていて。剥き出しの上半身も、顔も角も。向かい傷だらけだった。
背中から生えている翼も、酷い傷がたくさん残っている。
子供が見たら、それだけで大泣きしそうな凄まじい形相である。
そう、この人が。
生ける伝説である、先代騎士団長だ。
魔族のレア種族である巨人族であり。通常の魔族の倍に達する寿命を生かして長い間アダレットを守護してきた、文字通りの伝説。
流石にそろそろ年齢的に限界が近いが。
各地で伝説的な戦果を上げてきた、英雄の中の英雄。
ネージュと一緒に戦い、ファルギオルを封印したのも勿論この人である。
現在の騎士団長は、ヒト族でありながらこの人と互角の技量を持っていると言う事で話題になっており。
年齢的にもう限界に近いこの人が。
未だにそれだけの、凄まじい影響力を持っていることが良く分かる。
家が大きいのも当然だ。
ヒト族の四倍も上背があるのだから。
「おお王子殿下。 大きくなられましたな」
「い、いや俺様と騎士団長、前にあったの二年前だし。 流石に俺様、もう背伸び無いし」
「ハハハ、そういう意味ではありませんぞ。 剣腕を磨きに磨きましたな。 姉君には及ばないものの、もう充分に立派な騎士だ」
「……」
声は体の大きさに比べると、むしろ静かでさえある。
先代騎士団長、ルキフェルは、年老いてはいても今だ圧倒的な力と魔力を身に纏っている様子だった。とはいっても、錬金術の装備を最小限しかつけていない様子で。この人であっても、今の状態では、流石にドラゴンや邪神と渡り合うのは厳しいだろう。
この世界は。
そういう過酷な場所なのだ。
咳払いすると、マティアスさんは続ける。
「そ、それでな。 例の儀式をしに来たんだ」
「……まあ残当でしょうな。 ミレイユ王女は王の器だ。 即位するなら、あの方が相応しい」
「その通りだ。 俺様も、佞臣どもに変な派閥を作られると困るし、しっかり儀式をしておいて反逆の意思が無いことを示しておかないといけない。 儀式、頼めないだろうか」
「錬金術師はいるようですな。 良いでしょう。 アダレットの繁栄を願う殿下の意思、受け取りました。 儀式に掛かりましょうぞ」
先代騎士団長が歩き出す。
それに続いて歩くが。流石に歩幅が凄い。かなり急がないと、ついていくのは困難だった。
森の中の、更に奥へと進んでいく。
城壁に沿って進んでいる筈なのに。
何だか、更に鬱蒼とした森の中に入っていくようで、少しだけ緊張する。まだ緊張なんて概念が自分の中に残っていたことにも驚く。
「この辺りは……?」
「錬金術師、若いのにかなりの腕前と見た。 名前は」
「リディーです」
「スールです」
そうか、と頷くと。
先代騎士団長は話してくれる。
そもそもアダレットは、武王と呼ばれる男が建国はしたが。建国後しばらくは、各地に勢力を伸ばし。都市国家を少しずつ傘下に収めながら、獣と戦うくらいの事しか出来なかったという。
王都とも呼べる場所を見つけたのは、先代騎士団長が就任した直後。
要するに此処のことだ。
すぐ側に死地とも言える海があるので、最初は渋る声もあったらしいが。この森の存在が大きかった。
森を守りに使いつつ。
浅瀬が続く内海を守れるなら、十万の民を支える都市を作る事が出来る。
そういう話が持ち上がり。
各地の都市から人員を集めて、都市造りが始まったという。なお、二十年ほど掛かったそうである。
とはいっても、話がうますぎる。
多分深淵の者による安定政策の一つだったのだろうなと、リディーは思ったが。
騎士団長は、その辺りは口にしなかった。
「この辺りは、王都を建築した王が、まだ若造だった頃の儂とともに視察した場所でな」
木々が途切れて。
美しい花畑が現れる。
思わず、息を呑んだ。
これは文字通りの秘境だ。こんな美しい場所が存在していたのか。しかも獣も存在していない。
ふわりと舞い降りてくるのは、邪神。姿は人型だが。目は青く、瞳孔が存在していない。背中には蝶のような翼があり、全身には炸裂するような凄まじい魔力を纏っていた。ただし、放出はしていない。接近するまでは気づけなかった。
前に聞いた、下位の邪神。いわゆるエレメンタルと言う奴だろう。
思わず身構える。こんな王都の近くに、邪神が。しかし、敵意は無い様子で、じっと此方を見ると。それだけで去って行った。
「この森の守護者だ。 邪神の多くは人に攻撃的だが、ごくごく希にああいう攻撃さえしなければ人を襲わない者もいる。 この森は、あの邪神によって作られたものを、我等が長年掛けて拡張してきたのだ。 だからこの周辺は森がとても濃い」
「……そうだったんですね」
「表には出来ない歴史だ。 そなたらは殿下が連れてきた錬金術師。 知る権利はあろう」
そうか。
先代王がもしも、王都を守る森を排除しようとしていたら。
あの邪神とぶつかった可能性が高いのか。
もしその時には、深淵の者も助けて等くれなかっただろう。騎士団だけで排除できるような相手でもない。
先代王もろとも、アダレット王都は滅びていた可能性が高い。下位の邪神は、最低でも中級のドラゴン以上。ヴォルテール家だけでどうにか出来る相手では無い。下位でも、王都を滅ぼすには充分な実力があるのだ。
なるほど、先代王が幽閉された理由がよく分かった。邪神の脅威も分からないような阿呆である。
むしろ、つい最近まで首がつながっていた方がおかしい、という事だ。
「それにしても今回はヴォルテール家ではないのですな、殿下」
「今、多くの錬金術師が王都に来ている事は知っていると思う」
「凄まじい気配は多数感じますな」
「姉上の政策で、未来を支える人材の育成をしているんだ。 此奴らは、その育成計画の結果。 ハルモニウム作れる人材にまで育ったんだぜ」
そうかと、目を細めて先代騎士団長は此方を見る。
かなりひやりとした。
好意を向けてきてくれているのは分かるが。
巨人族と言えば、やはり存在だけでプレッシャーが凄まじい。
「だから、ヴォルテール家と王家の癒着を今の世代でどうにかしようとも、姉上は思っている様子なんだ」
「うむ、名君に育ちましたな」
「自慢の姉だよ」
マティアスさんは寂しそうに笑う。
そして、儀式を始めると、宣言した。
先代騎士団長と、マティアスさんが向かい合う。ハルモニウムの剣を抜くマティアスさん。
魔術によって、手元に大剣を転送する先代騎士団長。
その巨大な背丈に相応しい、凄まじい剣だ。しかもハルモニウム製である。
ネージュが作ったのだろう。
そして、この剣を手に。
ネージュと肩を並べて、ファルギオルと戦ったのだ。
伝説の存在が、伝説の剣を手にして、今リディーとスールの前に立っている。
アンパサンドさんが目を細める。
フィンブルさんも、固唾を飲んで見守っている。
「儀式の言葉は覚えていますな」
「ああ。 始めてくれ」
「わかり申した」
ぐっと、騎士としての敬礼をする二人。
そして、剣を二人とも、天に掲げた。
「始まりの乙女よ見よ。 我が名はルキフェル。 この国アダレットの、誇り高き守護者である」
空が曇り始める。
魔術によるものだ。この剣、本当に凄い。先代騎士団長の魔力を、何十倍にも増幅している。流石はネージュ。ハルモニウムの品質も、リディーとスールが作るものよりも、ずっと良い様子だ。
間もなく、一筋の雷が、先代騎士団長の剣に落ちる。
剣が雷撃を帯びる中。剣をゆっくりと、先代騎士団長が八相に構えた。
マティアスさんは、それに対して、剣を掲げたまま。
目を閉じるマティアスさん。
「今我は、野心を封じる者に守護を与える。 始まりの乙女よ、見届けよ」
「我はマティアス。 この国の王子である。 しかしながら我は此処にて野心を捨て、王位継承を、王候補が死ぬまで放棄するものとする。 我は王候補をあらゆる手段を持って守り抜くことも誓う」
「守護と誓いを見届けよ」
「守護を受ける。 誓いを受け入れよ始まりの乙女」
ひゅんと、剣が振るわれた。
先代騎士団長が、凄まじい手並みで、マティアスさんを斬るようにして振るったのだ。勿論、斬ってはいない。
寸前を掠めただけである。
「これにて野心は断たれた」
魔法陣が浮かび上がる。
なるほど、これも魔術の詠唱に組み込んでいるのか。頷いて、メモを取る。普段邪神が住んでいる場所を利用して、強制的に誓いを体に刻み込む、と言う訳だ。
マティアスさんはしばし冷や汗を流していたが。
程なく、先代騎士団長が、儀式は完了したと呟くと。
炸裂するような圧迫感は消えていた。
先代騎士団長が、剣を手元から消滅させる。
同時に、マティアスさんも、剣を鞘に収める。
そして、深々と、先代騎士団長に頭を下げた。
帰り道を歩く。
さっきの邪神が、また花園に戻ってくるのが見えた。花園の真ん中で、そのまま浮いている。
視線は、恐らくだが。
アダレット王都に向いているのだろう。
人間が愚かしい行為に出れば、或いは攻撃するつもりなのかも知れない。
アダレット王家は民に知らせていないが。
しかしながら、王都はずっと邪神によって監視を受けていた。
或いはこれも深淵の者の采配なのだろうか。
確かに邪神の監視というのは。
暴走するかも知れない権力の掣肘としては、これ以上もない代物だ。
先代庭園王のような度が外れたバカが王座に就かない限りは大丈夫。
そういう事だったのだろう。
「それにしても、儀式を受けてくれて助かったよ」
「殿下が成長為された故に。 勿論二年前であったら受けませぬ」
「ハハ、そういう人だったな」
「……儂はもうそう長くはないでしょう。 儂の後を継いだジュリオのいう事を良く聞いて、アダレットを頼みますぞ」
騎士団長はそう言うと。
家に戻る。
勿論あの家に住んでいるのであって、王都に来ない、というわけではないらしいのだけれども。
これほどの人材、深淵の者が取りこぼすとは思えない。
きっと深淵の者のスカウトは、断ったのだろう。
あくまで人として、アダレットの盾となり剣とならん。
弱き者を守る騎士とならん。
そうあろうとした、生ける伝説。
勿論その言葉を守るのは非常に難しかっただろう。だがあの人は、それを生涯を掛けてやり遂げた。
ただし、騎士としての行動しか取らなかった。
愚王の時は国政も荒れただろう。
騎士以上の事はしなかったからだ。
それが良い事なのかは、リディーには分からない。あの人はきれい事を命がけで実施し続けてはいたが。
たくさんの命も取りこぼしてきただろうし。制度以上の事をして国を乱すこともしなかったから、逆説的に言えば佞臣を排除することも出来なかった。良くも悪くも、どれだけ強くても騎士の域を超えない人だったとも言える。
リディーは。スールとともに。
錬金術師としての枠組みも、もう超えてしまっている。
今の儀式に立ち会えたように、今後の事を考えると、世界への影響力も、尋常では無く大きくなる。
アンパサンドさんに促されて、帰ることにする。
先代騎士団長の家で働いている老騎士達に礼をすると、そのまま来た道を引き返す。城壁に沿って歩くのだから、迷いようがない。
「マティアスって、やっぱりあの人に剣の稽古つけて貰ったの?」
「いやいや、流石に死ぬって。 ……二三回、剣は見てもらったけど、それだけだよ」
「今なら良い勝負出来るんじゃない?」
「勘弁してくれよ。 錬金術の装備がなきゃ、一呼吸で唐竹だよ。 あの人、まだまだ素の力だったら、此処にいる全員あわせたより強いぜ。 寿命だって、多分後数十年はあると思うし……感覚が違うんだよ」
まあ、逆説的に言えば、それだけ錬金術の装備が強いという事か。
王城に戻ってきた。
守衛に、今日は早いですねと言われたので。苦笑い。
アンパサンドさんが手続きをしてくれるので、軽く話をする。
今回の件は当然口外無用である事。
まあそれはそうだろう。
今後、マティアスさんは、ミレイユ王女の風よけになるのだ。王子と言うのも多分表現を変える事になる。
ミレイユ王女が即位すると、ミレイユ女王になるとして。
今後のマティアスさんは、恐らくマティアス王弟だろう。
色々呼びづらくなるな。
そう、思っている内に手続き終了。
今日は立ち会うだけだ。
ここのところ、厳しい仕事が多かったから、こういう楽な仕事があるととても助かる。後は、そのまま流れで解散。
解散前に、フィンブルさんが咳払いした。
「殿下。 俺が立ち会っても良かったのか」
「……実はな、今後アンには昇進の話が来ているんだ。 騎士団の副団長にな。 騎士団を拡大する過程で、副団長を二人に増やすって話が出ていて。 戦歴からしても、それにそもそも経理仕事が出来る騎士が欲しいって話もあって、アンが最適だって事になった」
「!」
「俺様は今後王弟として、正式な騎士ではなくなる。 代わりに専属の護衛騎士として、ブル、お前を雇いたい。 頼めないだろうか」
確かに、フィンブルさんなら適切だ。
忠勇無双。寡黙で余計な事はしない。
勿論、傭兵として、相応の名誉欲はあるだろう。
だが、王弟の専属護衛騎士だ。
これ以上の名誉はない。
それならば充分過ぎるだろう。リディーは頷く。スールは小首をかしげたが。しかし、それが最適だと納得したのだろう。
「分かった。 殿下、それでは俺も覚悟を決める。 確か、次の騎士の試験は来月だったな」
「今のブルだったら大歓迎だろうよ。 騎士団も人員を増やしたせいか、騎士の質が全体的に落ちているからな。 多分最初から騎士待遇で採用してくれるはずだぜ」
「……楽しみだ。 言葉遣いも変えなければならないか」
「いや、俺様の前では、今までと同じで良い。 俺様あんまり頭が良くないからな、自分が偉いとか勘違いすると困るんだよ。 俺様にしっかり苦言を言ってくれる奴がいないと駄目なんだ」
アンパサンドさんと、フィンブルさんを、そういってマティアスさんは見た。
リディーとスールも。
そして、頭を下げられる。
「今回は助かった。 今後も、頼む」
断る理由は無い。
正直、今のマティアスさんは、王のスペアではなく。王になれると思う。
だけれど、本人が選んだ道。
それに、王としての適正は、明らかにミレイユ王女の方が優れているのだ。これが一番良い道だろう。
騎士としての最敬礼を、アンパサンドさんが取る。
それにフィンブルさんも習った。
リディーとスールは、錬金術師として、最敬礼をする。
絆という言葉は空虚だが。
利害は少なくとも、この場では完璧に一致している。
これでいい。
そう、リディーは思った。