暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
当然ですが、双子にとって最大の関門となります。
序、最終準備
ついに届いたそれを、アトリエ内の予定地点に配置する。配置には、鍛冶屋の親父さんと、たくましい筋肉の男達が手伝ってくれた。
錬金釜としては最高の品であるもの。ハルモニウム製の錬金釜。
王水と呼ばれる最高の酸でも溶けることはなく。
どのような衝撃でも簡単に潰れることは無い。
文字通り世界最高水準の釜であり。
これを持っている錬金術師は、それこそ世界に二桁存在しない。一家三人で共有する形になるが。
それでも贅沢すぎる程である。
鍛冶屋の親父さんに、注意を幾つか受ける。
「とにかく汚れは丁寧に除去するようにな。 最強の金属だから故、釜は絶対に痛む事はないが、その代わり汚れがこびりつくこともある。 そうすると多分、釜の方がへそを曲げる」
「はいっ!」
「親父さん、ありがとう!」
「良いって事よ。 それに俺も儲かってるからな」
まだ外ではお祭り騒ぎが続いている。
それに乗じて一気に釜を運び込んだのだが。こう言う方が、却って誰も気にしないという話である。
確かにそうかも知れない。
運送した男性達は、鍛冶屋の親父さんに借りがある傭兵達らしく。まあ何も文句を言わずに運んでくれたのは嬉しい。
料金を支払うと。
咳払いした親父さんは、真面目な顔になる。
「ここからが正念場だ。 錬金術師はある程度以上の実力になるとどうしてもおかしくなるって話だ。 お前達も正直、かなり危ないと俺は思っている。 だが、それが力を得るために必要な代償なのだとしたら……そのおかしくなる事を、逆に制御するくらいの気持ちでいないと駄目だ」
「親父さん」
「人斬りになるのも多分似たような理屈なんだろう。 兎も角、此処からだ。 後は……お前達次第だ」
ぐっと握手をする。
スールの手から見て、大きすぎる手だったけれど。
いつのまにか銃を握り慣れ。
そして戦いで敵を殺し慣れていたからか。
堅い手だとは思わなかった。
親父さんが帰った後、ため息をつく。
お父さんは、アトリエに自動防犯機能が必要だなと、ハルモニウム釜を見てぼやく。それについては、既に考えてある。
幾つかの魔術を施してある。
それに、ハルモニウムなんてほぼ扱える代物じゃない。
素人では、どれだけハンマーを振るってもびくともしない。
釜を盗もうとしても、ハルモニウムが嫌がって動かなければ、どれだけの人数で掛かっても、微動だにしないだろう。
そういうものだ。
ギフテッドに目覚めた今は分かる。ハルモニウムは極めて気むずかしい。その一方で貪欲でもある。
他の金属は使い手なんて気にもしない。
だがハルモニウムは使い手を選ぶ。
例えばあのティアナさんは、ハルモニウムの剣に愛されているのが今なら分かる。つまり、ハルモニウム自体は善でも悪でもない。
純粋な力で。
それを振るう機会を待っているのだ。
では、いよいよだ。
生唾を飲み込むと、二手に分かれて調合を開始。
ヴェルベティスを作る。
ヴェルベティスの性能は、よくよく分かっている。今までつけていたモフコットによる強化とは比較にならない倍率が掛かる。
服の裏地に仕込む事で、恐らくはようやく超越の第一歩を踏み出せる。
勿論三傑には及ばない。
だが、それでも対抗できる第一歩に足を踏み出せる。
そして、力を手に入れれば。
発言権だって得られる。
そうなれば、ソフィーさんに、これ以上好き勝手はさせない。少なくとも、目の前のものを蹂躙はさせない。
ソフィーさんはあまりにも手段を選ばなさすぎる。
あらゆる全てを、詰みの打開のためには平然と犠牲にするだろう。
それを防ぐためにも。
そして、何よりも。
「みんな」という概念を粉砕するためにも。
スールは、此処で最後の力の根源を、手に入れなければならないのだ。
コーティング剤は極めて難しい。今まで作ってきた、モフコット用のものとは段違いの難易度だ。
これについては、色々レシピを研究。
見聞院で散々本を読みあさって、完成させた。
イル師匠も、出来る事は自分でやれと突き放してくるだろう。この間のギフテッドの対策のような、どうしようもない事以外では、自力でやらなければむしろ怒られる。
ヴェルベティスの資料は見聞院にも兎に角少ない。
試行錯誤を繰り返して、レシピを作ったけれど。これで本当に上手く行くかは分からないし。
安全な状態でなければ、糸繰りにも機織りにも渡せないのである。
黙々と調合を続けていると。
いつの間にか、夜になっていた。
明日まではお祭り騒ぎは続くだろう。国が黙認したお祭り騒ぎだ。経済もある程度大きく動く。
騎士達の負担は大変だろうが。
それでも、スールは何もできない。
せいぜい今まで納品した装備やお薬が役に立つことを祈るしかない。
ほどなく、試作品のコーティング剤が出来上がる。
声を聞く限り、充分そうではあるのだけれども。
ハルモニウムのピンセット(作るのにかなり苦労した)で摘んだ黄金の絹糸を近づけると、あからさまに拒否の声が聞こえた。
リディーも聞こえているらしい。
頷くと、成分を調整する。これは試すまでもなく駄目だ。
ギフテッドに目覚めるまで。
目覚めてからも。
散々悶着があった。
今でもスールは、まだ慣れきっているとは言えない。
だが、これが恐ろしく便利な事も事実で。
そして、ちょっとでも油断すると、理性も何もかもをごっそり持って行かれて。あっと言う間に精神が壊れてしまう事も理解していた。
もう人間とは言い難い状態になっているのだ。
これ以上壊れたら、どうなるかあまり想像したくない。
ソフィーさん達は使いこなしていてあの状態だ。
もしも使いこなせなかったらどうなるのか。
恐怖は常にある。
だから、徹底的に練習する。
昔のスールは、メモもロクに取らなかった。
本もリディーに読むのを任せっきりだった。
リディーとの差を埋めるのに、どれだけ苦労しただろう。反復練習を徹底的にやらなければ。
一生追いつくことは出来なかっただろう。
いや、まだ追いついたとはいえないか。
努力はリディーの方が遙かにしているのだ。スールは必死に追いすがっているに過ぎない。もしも手を抜いたら、一瞬でまた引き離されてしまうだろう。
姉妹と言う事は、もうあまり意識していない。
今するべき事は。
ただ、このギフテッドを、磨き抜く事だ。イル師匠も、これは持っていない。武器の一つなのだから。
コーティング剤が、良い感じに仕上がるまで三日。
何度か検証をする。
やはり凄まじい切れ味を誇る黄金の絹糸の繊維をコーティングするのは尋常ではなく難しく。
薄く均一に、なおかつ熱などでも安定して剥がれず。更に柔軟性も持たせ。落とすときには簡単に落とせる。
その全ての要件を満たす難易度は高い。
だが、複数種類の薬草を丹念に混ぜ合わせ。高品質の中和剤と混ぜ合わせることで。どうにか完成させる事が出来た。
一旦二人とも休憩を取った後。
黄金の絹糸を試験的にちょっとだけコーティング。
その後実験をする。
少なくとも人肌で触っても大丈夫だし。触ったところで切り刻まれるような事は無い事も判明したが。
声を聞きながら、だから。
下手をすると、ギフテッドが突然失われでもしたら。
錬金術師として、やっていけなくなるかも知れない。
だから、レシピは徹底的に細かく詳しく残していく。そうしなければ、いざという時に対応出来なくなる可能性があるからだ。
「スーちゃん、起きて」
「うん……」
言われるまでも無く、起きている。休憩時間に、予定通りの時間かっちり仮眠を取れるようになっていた。
昔は惰眠を貪ることも多かったのに。
鍛えに鍛えられたから、だろう。
いつ死んでもおかしくない状況で、ずっと過ごし続けて来たからか。或いはギフテッドに目覚めてもう人間を止めてしまったからか。
完全に睡眠をコントロール出来るようになっていた。
本格的に黄金の絹糸のコーティングを行う。此処からは糸繰りに出す事を想定しての作業である。
一旦黄金の絹糸を、煮沸した蒸留水で洗う。この作業さえ、ハルモニウム釜と、ハルモニウムピンセットがないと危なくて出来ない。
沸騰した湯程度でどうにかなるようでは、そもそも話にもならない。
湯で洗浄を終えた後。
洗剤を複数種類入れて、徹底的に汚れを落とし。
その後また蒸留水で洗い。そして、その後コーティングを行う。
少しずつコーティング液に通して、熱いうちにもう一つのコーティング液に通す。
一発でコーティングをすまさないのは、二つの成分を混ぜ合わせることで、簡単には分解されないようにするため。
繊維を通し終えた後、乾燥させ。そして触っても問題が無いことをしっかり確認した後、糸繰り屋に出す。
錬金術師の出してくる繊維を扱ったことがある糸繰り屋に頼むのは当たり前で。
繊維の正体も教えない。
これがそれこそ国宝になる品などと分かったら、泥棒が入る可能性もあるし。
何より、扱いを失敗するとその時点で大けがでは済まなくなるかも知れないから、である。
店に出し終えると、後は二手に分かれて、コーティング剤の調整を行い。
それが終わってから休む。
黙々と作業を進め。その合間に、爆弾なども吟味。
リディーが見聞院から取ってきた本を確認。
どうやら、究極の爆弾とも言われる、N/Aと呼ばれるものがあるらしい。調べて見るが、フラム、レヘルン、ルフト、ドナーストーン、全ての爆弾の長所を強引に高品質の中和剤で混ぜ合わせ。
熱でもなく、風圧でもなく。勿論雷撃でも無く。
相手の存在する確率に干渉して、そのまま削り取る、という代物らしい。
ただ、近年納入されたレシピと、昔のレシピでかなり違っているため。
或いは、昔のN/Aと現在のN/Aでは、根本的に違う可能性もあるが。
今はともかく、試してみるだけか。
コンテナから、それぞれ最高傑作の爆弾を出してきて。
ドラゴンの血の中和剤を用意する。
最初は工作だが。
組み合わせの方法が非常に難しく。
なおかつ爆弾の火力が、全て内側に向くように調整をしなければならない。
そう、爆弾の火力を、内側に引き寄せるのだ。
中和剤で変質させ。
火力そのものを、究極まで一点に向くように調整し。
ガワはむしろ柔らかい布を用いる。
これにより、爆弾と言うものから。
魔術も技術も遙かに超えた。
錬金術の深奥にまで迫る爆弾。爆弾を超えた爆弾に仕上がる。
勿論極めて繊細かつ慎重な作業が必要になる。
起爆のタイミングも、熱と風、雷撃ではそれぞれほんのわずかずつ違ってくる。レシピを見ると、恐ろしく細かい指定がしてある。
魔法陣を描く際に、徹底的に注意し。
なおかつそれを可能な限り吟味しつつ、実験も繰り返す。
そうしている内に、糸繰り屋から、繊維から糸になった黄金の絹糸が来る。
中和剤で変質させていることもあり、既に上品極まりない紫色に染まっている。
金や紫は、ちょっと油断するとあっというまに下品な色彩になってしまうが。
流石はヴェルベティス。
見るからに、美しい紫色だ。息を呑むほどである。
コーティングを一度落とす。
そして超危険物と化したヴェルベティス糸を、再度コーティングし直す。
この過程で、糸に緩みなどが出ては意味がない。
作業は丁寧に。
徹底的に妥協無くやらなければならない。
コーティング剤は、前と同じものを用いるが。ちょっとやそっとの熱やらで溶け出すようなものでは意味がない。
安定していなければ着ることさえ出来ないのだ。
着た瞬間、バラバラを通り越してミンチより酷い状態になる服になんて、何の意味があるだろう。
N/Aの研究はとりあえず後回し。
コーティングに全力投球し、徹底的に検証を行う。
やがて、ギフテッドを駆使して、ようやく満足がいく状態に仕上がった所で。
機織りに出す前に。
どんな魔法陣を織り込んで貰うか決める。
まあ鉄板は防御力強化、常時体力回復、身体能力強化、あたりだろう。服の裏地に仕込むのだ。体そのものに、直接影響を与えるものが好ましい。
ただ、正直な話、ヴェルベティスを直接肌に触れさせるつもりはない。
そこまでの勇気は無いと言うべきか。
モフコットと組み合わせるつもりで。
モフコットには、モフコットそのものの防御を極限まで増幅する魔法陣を仕込むつもりである。
そして、そのモフコットを薄く仕上げて。
ヴェルベティスを挟むようにして、三枚重ねの裏地にする。
勿論そのままだと暑くなりすぎるので。
温湿度安定の魔法陣も必要になる。
裏地に仕込む場合、肌側に防御力強化、外側に温湿度安定が安全だろう。なおヴェルベティスは、それそのものが凄まじい防御力を持つので、わざわざヴェルベティスそのものを強化する事は考えなくても良い。
試行錯誤の末に、魔法陣が仕上がるので。
モフコット糸と一緒に、ヴェルベティス糸を機織りに出す。
此方も、錬金術の布を扱っている店を使う。
割高になるが、コレばかりは仕方が無い。
お金はぽんと支払う。
金払いが悪ければ、働く人だってやる気を出さないし。
何よりお金は動いてこそ意味がある。
自分の所にお金を蓄え続けても仕方が無いし。
色々な形で、お金が回るようにしなければ。やがてお金が止まって、餓死する人まで出てきてしまう。
経済を回す。
それが重要なのだと、スールも今は分かっている。
しっかりした仕事をしてくれる職人に、相応の報酬を支払うのは。当たり前の事なのである。
さて、機織りには、かなり難しい注文をしたし。
仕上がるまで少し時間が掛かる。
そろそろ、Aランクの物資納入の時期だ。国からお仕事がきてもおかしくない。この間の王冠くらいは余技扱いされるはず。今はもうAランクのアトリエなのだ。国家中枢のインフラに関連する仕事が飛んできてもおかしくは無いのである。
アトリエに戻った後は、N/Aのレシピを徹底的に確認する。
夕方を過ぎた頃だろうか。
アトリエのドアがノックされた。
「うーっす、いるか」
「マティアス? あ、そろそろ呼び捨ては止めた方が良い?」
「いや、今まで通りに頼む」
アトリエに入ってきたのはマティアスである。
「王子」から正式に「王弟」となったマティアスは、少しばかり居心地が悪そうだった。
そういえば、鎧が替わっている。
多分ハルモニウムを相応に仕込んだ品なのだろう。
幾つか、話を聞かされる。
まず騎士団は半年以内に抜ける、と言う事。
今まで捨て扶持として騎士団に地位を貰っていたが、今後は王弟として、主に国賓の応対や。或いはミレイユ女王の代理として、仕事をする事が増えるそうだ。それは良かったと思う。
ただし大変だろうとも。
何しろ今後マティアスは、今まで以上に、ミレイユ女王の風よけとして動く事が要求されるのだ。
罵声も嘲弄も今まで以上に受けるだろう。
更に複雑怪奇な儀礼なども覚えなければならない。
重圧は尋常では無いはずだ。
だが、今のマティアスならきっと大丈夫。
誓いの儀式に立ち会った時。マティアスは覚悟を完全に決めている様子だった。
戦いの時も。今のマティアスなら、何処の騎士と比べても恥ずかしくないとも思う。
今でも、こうして気弱そうな言動を見せるけれど。それはあくまでそれ。マティアスは本番では出来る男になっていると、スールも思う。
「アンとブルにも言ったが、俺様は頭が悪いから、自分が偉いとか勘違いすると困るんだよ。 だから、これまで通りに話してくれ」
「うん、分かった」
「お願いします、マティアスさん」
「ああ。 それで、此方が今日の用事でな」
スクロールを渡される。
もしも、Sランク昇格試験だとしたら。
これが、マティアスが持ってくる最後のスクロールだろうか。
いや、試験の合格の連絡もあるし。
Sランク昇格後は、三傑やネージュと同格の存在として扱われる。もっとたくさんスクロールが持ち込まれるだろう。
ただし、アンパサンドさんは兎も角、マティアスは護衛騎士としてはもう来てくれないかも知れない。マティアスの護衛として声が掛かっていたフィンブル兄も同じだろう。
少し寂しいなと思って、スクロールを開くと。ほろ苦い声でマティアスは言った。
「厳しいと思うが、頑張ってくれ」