暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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エンドコンテンツであるファルギオルが汚染したあの絵と同じように、本作ではこの絵については元は違った絵、として扱っています。

タイトルも元々は違う絵だったのです。


2、扉に手を掛ける時

ソフィーは不思議な絵画、「黒の地平線」の最深部に出向いていた。

 

周囲に護衛はいない。

 

必要ないからだ。

 

正確には、この不思議な絵画の題名は、「黒の地平線」ではない。ずっと昔にラスティンで作られたものの、不思議な絵画を描いた錬金術師が事故で死亡。アトリエに放置された結果、レンプライアに食い尽くされたものだ。本来の名前は残された数少ない資料によると、「人類の栄光」だそうである。ソフィーに言わせると笑止の極みだった。

 

この錬金術師は、調査によると古代の文明に憧れていたらしい。

 

古代の文明などと言っても、この世界では、錬金術師が出ては街を勃興させ。その錬金術師が死ぬと人々が離散する、という歴史が続いていただけだ。500年前、深淵の者が結成されてからそれが変わったが。

 

その前には勃興と破滅。それしかなかった。

 

各地で発掘される遺跡は、そういった「たまに出る天才が興したがやがて人間が増えすぎてドラゴンや邪神に滅ぼされた街」であって。500年前以上に優れた錬金術の文明が栄えていた、等というのは大嘘である。

 

たまたま、500年前に規格外錬金術師のプラフタとルアードが同時に出現し、各地の問題を解決したことが、過大に伝わっているだけだ。

 

だから、この絵も。

 

その過去へのあこがれを描いていても空虚で。

 

また、現在への不満も強かったことから。

 

レンプライアに食われるのも早かった、というわけだ。

 

もっとも現在は、今ソフィーの目の前にいる、完全拘束された「王」を用いて、高品質の錬金術素材を回収し。

 

アダレット騎士団の演習場に活用している、くらいの場所に過ぎないが。

 

それに王は殺しても殺しても幾らでも再生する。

 

だから試験内容に利用できる、と言う事だ。

 

「王」のロックを解除。

 

レンプライアの王は、既に量産型のレンプライアとは完全に姿が違う。巨大な四本の腕を振るって殴りかかってくるが。ファルギオルの全力攻撃でも傷一つつかないソフィーに、効くわけが無い。

 

不思議なものでもみるように、拳を叩き込んでも微動だにしないソフィーを見ているレンプライアの王を、逃げないように空間隔離すると。ソフィーはそのままその場を去る。空間ごと隔離するのは、他の絵への侵食をさせないため。

 

呆然と立ち尽くしているレンプライアの王は、ソフィーが何をしたのかも分からない様子で。

 

檻から出ようと四苦八苦していたが。

 

やがてそれも諦めた様子である。

 

力を蓄えて、内側から、と思ったのだろう。

 

だが、空間そのものが隔離されている状態だ。レンプライアごときではどれだけ背伸びしたって破れる檻ではない。

 

今までの実験でもそれは証明されている。

 

幾つか、高品質の錬金術素材を回収しておく。

 

此処まで酷い状態になっている不思議な絵では、それに反比例して高品質の錬金術素材が採れるのだ。

 

どうせ王は殺しても再生する。

 

だから、いっそのこと、全ての不思議の絵画を黒く染めてしまうのも手かも知れないのだけれども。

 

今の時点では、それはやらない。

 

やったことがある周回もあるのだが。

 

今後やる必要があるのなら、やればいい。

 

いずれにしても、どれだけ苦心しても人間は資源をそのままでは食い尽くす。高品質の錬金術素材を採れる土地を幾つか作った所で焼け石に水だ。

 

かといって、精神文明は何をやっても進歩しない。

 

どうしても湧くからだ。

 

ルールの穴をついて、おのれのエゴのまま振る舞うクズが。

 

どれだけシステムを整備しても。

 

どれだけ人間に手を入れても。

 

それは変わらない。

 

パルミラが自由意思による相互理解を最重視している以上。

 

人間を完全に拘束する訳にもいかない。

 

今まで繰り返して来た実験の中でも。

 

上手く行きかけた例は、殆どの場合人間の思考をほぼ完全に奪ってしまうようなやり口であって。

 

その場合、今度は人間は頂点が存在しないと身動きが取れない愚劣な群れと化す。

 

かといって好き勝手にやらせれば確実に滅ぶ。

 

今までの、超越級錬金術師三人体制では、どうしても無理がある事は、身を以てソフィーも体験している。

 

今回、一気に後五人、超越級の錬金術師を増やせる可能性が出てきている。

 

この面子でなら。

 

詰んだ世界を打開できるかも知れない。

 

ソフィー自身も、見てみたいとは思うのだ。

 

別の思想を持つ生物種と共存する事が出来。

 

互いを尊重しつつ、宇宙を目指せる生命体を。

 

現時点で、人間四種族はその全てが要件を満たしていない。

 

悲しい事だが、それが現実だ。

 

絵を出て、城の地下エントランスに。受付で、軽く役人に話をしておく。書類をその場で作成して、押印。

 

役人もソフィーの事はあまり良く想っていないようだが。

 

別に好かれようとも思っていないので、それこそどうでもいい。

 

ミレイユ王女、いや女王に即位したか。ミレイユ女王の所に手紙が届ければ、それで良いのである。

 

空間転移を使って、後は追跡が掛からないように移動し。

 

アダレットの端まで出てから、深淵の者本拠である魔界に入る。

 

今回回収した資源をコンテナに収めると。

 

自分用の研究室に。

 

シャドウロードの研究成果が上がって来ているので確認する。やはり参考に出来る資料がかなり綺麗に要約されている。

 

幾つかは、今回の周回で実験しても良いかも知れない。

 

いずれにしても、大詰めだ。

 

双子が賢者の石を完成させて、パルミラに謁見することを成功させたら。また事象を固定する。

 

その後は、この時代を起点にして。

 

世界の詰みを打開するのだ。

 

「少し良いかしら」

 

「んー、どうしたの」

 

後ろから声が掛かる。

 

イルメリアちゃんだ。

 

ソフィーの研究室に出張ってくるのは珍しい。研究室内部に多数飾られている資料を見て、気分が悪いといつも口にするのに。

 

余程の事が起きたという事か。

 

時間を止めて、さっさと資料を確認し終えると。

 

立ち上がって、振り返る。

 

イルメリアは腕組みして、もの凄く機嫌が悪そうな顔で此方を見ていた。

 

「四人同時にSランクの試験を受けさせるそうね。 しかも貴方が同行すると聞いたけれど」

 

「パイモンさんは妥当だとして、ルーシャちゃんは無理だと思ってる?」

 

「……そうじゃないわ。 何を目論んでいるの」

 

「ルーシャちゃんの成長が良いからね。 あの子も「こちら側」に引き込もうと思っているだけだけど」

 

イルメリアちゃんは口を引き結んだまま。

 

確かこの方針は知らせた筈だが。

 

「何を企んでいるのかしら」

 

「何を? 今の時点で計画に変更はないけれど。 今回の周回で出来ればけりをつけたいと思っているくらいかな」

 

「貴方の事よ。 また非人道的な事を考えているに決まっているわ」

 

「人道でこの世界の詰みを打開できるなら幾らでも聖人になるけれどね。 イルメリアちゃんが世界の詰みの打開に関わるようになってから、何回そういうケースがあったか覚えてる?」

 

言葉に詰まるイルメリアちゃん。

 

ため息をつく。

 

この子は、どうしてまだ人間であることにこだわろうとするのか。

 

深淵を覗いた以上、もう精神も人間とは離れてしまっている。

 

それに対して必死に抗おうとするのは、人間の精神に価値があると考えているからなのだろうが。

 

そんなもの、限りなく全能に近く、この宇宙に限れば未来以外の事は全知であるパルミラが九兆回も施行してどうにも出来なかった時点で。知れているのだ。

 

「気に入らない事があるならいってごらん?」

 

「……もう双子は完全に壊れているわ。 一万回も繰り返して、双子を散々痛めつけて、もう充分でしょう? このような事からは解放してあげられないかしら」

 

「今更何を。 駄目に決まっているでしょ」

 

「……っ!」

 

人材が代わりにいるならば解放しても良い。

 

賢者の石を作って、パルミラに謁見すれば、もうその時点で人間を完全に止め、理から外れる事になる。まだ中途半端な現在の状態では、ソフィーがちょっと手を入れればある程度まで人間に戻る事は可能だ。

 

だが現実問題として人材はいくらいても足りない。

 

今回ルーシャが異様な成長を見せているのも、殆ど偶然に等しい。

 

ましてやプラフタが人間に戻る事が出来た結果、超越級錬金術師を八人確保出来るかも知れないのだ。

 

こんな周回はまずあり得ない。

 

ましてや二人も超越級錬金術師を捨てる事は。

 

それこそ、可能性を放棄することそのものだ。

 

「ね、イルメリアちゃん。 ひょっとして、人類はこのまま滅ぼした方が良いと思っている?」

 

「そんな事は……」

 

「可能性を模索してみたいのはあたしも同じだよ。 イルメリアちゃんはそろそろ、人間性なんて捨ててしまう方が良いと思うけれどな。 億年単位で人間を見てきて、それでもまだ人間性に期待しているのは正直理解に苦しむよ」

 

「貴方のような、生まれながらの怪物には分からないわ」

 

拳を固めるイルメリアちゃんだが。

 

青ざめてはいても。それまでだ。

 

余計な事をしても無駄。

 

時間を戻して対応するだけだ。

 

場合によっては拘束する。

 

元々イルメリアちゃんとは同じ超越級錬金術師でも、経験も才覚も違う。絶対に勝てないのはイルメリアちゃんもよく分かっているはず。事実、今回も愚痴をいいには来たが、戦いには来ていない。

 

「じゃ、試験の準備があるからこれで」

 

「……これを見て」

 

「ん?」

 

資料を受け取る。

 

どうやら、独自のルートでイルメリアちゃんが調べていたものらしい。

 

パルミラが提供してくれた、今までの周回のデータについてある。その周回の中には、まだ調べきれていないものもある。

 

とはいっても、億年単位で調査しているのだ。

 

可能性がありそうだった周回についてのデータは、全て精査しているのだが。

 

今更新しい発見があったのなら、それはそれで興味深い。

 

「ごく初期にパルミラが行った実験の一つよ。 人間四種族で、互いに交配できるようにして、なおかつ混血をしないようにしたケースの一例」

 

「ああ、実験的に後に取り入れられたものだね」

 

そう。

 

獣人族がそれだ。

 

獣人族は、元々は多数の種族で成り立っていて、そもそも混血が起きなかった。犬顔の獣人族と猫顔の獣人族は混血しない。

 

そういうものだった。

 

だがパルミラが手を入れたことにより。

 

獣人族は、それそのものが一つの種族となって、混血が可能となった。

 

強く出る獣の性質に関してはヒト族の血液型のように、遺伝上で一番強い種が強く出るようになった。

 

要するに兎顔の獣人族は。

 

兎獣人族の血が、一番強く出ている、と言う事だ。

 

これは最初の頃、試験的に世界を回していたときに。

 

獣人族の何種かが、どうしても遺伝子プールの足りなさから衰退して滅びてしまうケースが相次いだからである。

 

また、ヒト族の繁殖力が高すぎる事もあって。

 

どうしてもヒト族が他の種族を迫害して、虐殺する展開になりがちだった。

 

コレを防ぐためにパルミラは様々な工夫をしたのだが。

 

その一つが、獣人族の遺伝子改造である。

 

ケンタウルス族も含めて、獣人族は交配可能なのだが。それはパルミラが手を入れたためなのだ。

 

今では深淵の者しか知らないことではあるが。

 

なお、全ての種族で混血可能にした例もあったが。

 

この場合はヒト族が他の種族を奴隷化するケースに更に拍車が掛かったため。

 

二三十回でストップしている。

 

その一つのデータだが。

 

何か、今更新しい発見があったのだろうか。

 

「見直してみたところ、面白いデータが見つかったの」

 

「ふうん……どれ」

 

ソフィーとしても、自分は完璧な存在であるなどと思った事はない。ミスだって見落としだってする。

 

だから、資料が出てくれば素直に嬉しい。

 

ただでさえ2700京年分の調査資料だ。

 

見落としがあるのは当然だし。

 

自分以外の人間が、見落としを見つけて指摘してくるのは大歓迎だ。

 

イルメリアちゃんが探し出してきた資料は。

 

少しだけ興味深かったが。

 

それ以上でも以下でもなかった。

 

「あまり興味は惹かないかな」

 

「……双子は恐らくこうなるわよ」

 

「その場合はちょっと手を入れればいいだけだよ。 過去の失敗例があるならば、それに基づいて修正をしていけばいい」

 

「貴方は……人をどれだけもてあそべば気が済むの!」

 

資料によると。

 

別種族で混血が行われた場合、どうしても思想の違いから上手く行かず、家庭が崩壊するケースが幾つもあった。

 

その中の一つ。

 

双子の家庭に似たケースがあったのだ。

 

そして、その家庭で育った子供は。

 

最終的に最悪のシリアルキラーとなった。

 

世界に災厄だけをもたらす存在となったのである。

 

まあ、資料だけは見ておく。

 

資料をイルメリアちゃんに返すと、記憶の片隅にだけ。完全にシリアルキラー化する危険性を留めて。

 

ソフィーは計画の最終段階を予定通り進める。

 

イルメリアちゃんはしばし何か言いたそうにしていたが。

 

やがて戻っていった。

 

すっと現れたのはティアナちゃんである。

 

「監視しますか、ソフィー様」

 

「放置で。 それにティアナちゃんでは勝てないよ」

 

「……それは分かっていますが、監視がついていると分かるだけでも意味があると思います」

 

口を尖らせるティアナちゃん。

 

流石にこの子でも、今のイルメリアちゃんには勝てない。

 

文字通り人斬りの究極完成型であり。剣士という職業に関しては最大適正を持つティアナちゃんだが。

 

それでも無理なものは無理だ。

 

監視はソフィーがやればいい。

 

不満そうなティアナちゃん。

 

それはイルメリアちゃんの首をコレクションに加えたいという気持ちは分かるが。それをさせては駄目である。

 

人材は幾らでも必要なのだ。

 

幸いティアナちゃんは、ソフィーのいう事なら絶対に聞く。

 

自死しろと言えば即座に自分の首を刎ねるだろう。

 

それはもう完全に狂人の域かも知れないが。

 

有能な狂人であるのも事実なのである。

 

一芸に特化していれば、人材としては充分なのであって。

 

ティアナちゃんに必要なのは、剣腕である以上。他の人間との意思疎通とか、料理だとか、書類仕事だとかは別に出来なくても良い。ソフィーは完全にティアナちゃんを把握しているので、それで充分だ。

 

さて、準備を幾つかしておく。

 

試験までの間に、双子がどれだけの準備をこなせるかも確認しておく必要がある。

 

双子がSランクへの昇格を果たしたら。

 

最後は賢者の石の作成だ。

 

ルーシャちゃんが賢者の石を作れるかは、ほぼ不可能だとも思うのだが。今回の展開なら、或いはあり得るかも知れない。

 

才能が全ての学問、錬金術。

 

その才能が、何に依存するかも分かっている。

 

だが、ルーシャちゃんは現時点で、その過去事例を超えてきている。極めて珍しいケースだ。

 

ならば観察する余地はあるというものだ。

 

幾つかの準備を終えた後、自室をソフィーは後にする。

 

試験当日までに。

 

まだやっておくべき事が、幾つかあるのだ。

 

 

 

イルメリアは鼻を鳴らす。

 

あれだけ挑発してやれば、ティアナがしかけてくるかと思ったのだが。ティアナは結局ソフィーのいう事を忠実に聞いた。

 

彼奴は本物の狂人だが。

 

同時にソフィーはその手綱を完璧に握っている。

 

有能な人材の生かし方に関しては、ソフィーの方がイルメリアより上だ。これは悔しいが、認めなければならない事実である。

 

ティアナがしかけてくれば、それを理由にソフィーに対して計画の変更を持ちかける事も出来たのだが。

 

そうもいかなくなったか。

 

双子の痛々しい壊れ方を見ていると。

 

どうにかしてやりたいという気持ちが強い。

 

フィリスの時はどうにもできなかった。

 

賢者の石を作った後。フィリスの精神崩壊は加速した。今ではすっかりソフィーと同じレベルにまで壊れている。

 

双子は更に精神が弱い。フィリスのように正義感が強かった訳でもなく、強烈な目的意識があるわけでもない。

 

あの二人に賢者の石なんて作らせたら。

 

もっととんでも無い事になる可能性もある。

 

双子を直接育ててきたイルメリアだから分かる。

 

何度も世界をやり直し育てる過程で、双子に色々と教え込んできたからこそ分かっている。

 

スールは選民思想に近い考えを持つようになって来ているし。

 

リディーは人間そのものを全て並列化しようとしている。

 

今までの周回でも。

 

ファルギオルに勝てなかったが。育てている過程で、どんどん人間そのものに対する不信感を強くしていくのは観察していて分かったし。ただそうとしてもどうしようもなかった。

 

むしろ途中からは、それもまた考え方の一つだから良いと、ソフィーに干渉を止められた。

 

そして懸念は現実と化した。

 

ファルギオルを打倒した後、双子の思想は更に先鋭化している。

 

双子は「みんな」と称しているが。いずれにしても、極めて強烈な平均的な人間への憎悪を持つようになって来ている。

 

確かにこの世界を詰ませているのは、平均的な人間の愚かしさではある。

 

だがイルメリアは可能性を見いだしたいのだ。

 

全ての人間を洗脳同然で操作したり。

 

精神を接続して一つの個体にするようなやり方はどうしても納得出来ないし、やりたくもない。

 

このまま人間を野放しにするのは最悪の悪手だ。宇宙に出て他の文明と接触したとき。最悪の惨禍を巻き起こすのは確実だろう。

 

何かしらの強烈な管理しか策は無いのかも知れない。

 

無責任な人間賛歌はイルメリアだって感心できない。

 

だが、それでも可能性を探したいのだ。

 

別の方向から。

 

ため息をつくと、双子の様子を見に行く。とはいっても、上位次元から、だが。

 

ヴェルベティスを作っている様子だ。

 

ギフテッドをフル活用している。

 

スールはまだギフテッドになれておらず、時々かなり苦しそうにしているが。それでも調合の質は相当に上がって来ている。

 

あれならば、特に口を出す必要もないだろう。頼まれない限り、もう助ける必要はない。

 

フィリスが様子を見ていたので、呆れて声を掛ける。

 

フィリスもまた、別の上位次元から双子を観察していた。

 

「何をしているのよ」

 

「ん、データ取得」

 

「何の?」

 

「イルちゃん気付いてない? 双子、欲求が殆ど無くなってるよ」

 

あ。

 

そうか。

 

青ざめる。

 

そういえば、双子の思想は極めて先鋭的だ。そして人間を止めつつある今、その体に、どんどん影響が出る。

 

恐らく性欲は近いうちに消滅するし。

 

食欲や睡眠欲もしかり。

 

栄養の完全吸収が出来るようになれば、多分排泄欲も消える。

 

例えば、最初の頃、スールはマティアスにある程度好意を持っていたようだが。今はすっかりそれも消え果てている。マティアス自身には敬意を払っているが、現時点では生殖の相手とは見なしていない様子である。

 

それが欲求が消失するレベルでの肉体変化の結果とは、盲点だった。

 

不覚である。

 

まさか、フィリスの方が、その辺りをよく観察していたとは。

 

「少し資料を見せて」

 

「良いけれど、イルちゃんずっと双子見てたでしょ?」

 

「別の視点からの資料も必要よ」

 

「ふふ、その辺りソフィー先生とそっくり」

 

愕然とするが、フィリスはによによと笑うばかりである。不覚だが、確かにその辺りは、ソフィーの影響を受けていることを認めざるを得ない。自分の欠点は認めなければ、克服も対策も出来ない。

 

客観的にものをみなければ。

 

解決の糸口など見つからない。

 

かろうじて人間であろうとしているイルメリアも。それは分かっているから、余計に口惜しい。

 

フィリスの資料は相変わらず豪快だが、その代わりとにかくわかり安い。

 

ため息をつくと、フィリスに資料を返す。

 

「どう、わたしの資料」

 

「良く出来ているわ。 悔しいけれどね」

 

「そっか。 イルちゃんは、双子にちょっと入れ込み過ぎなんじゃないのかな。 教育係としてずっと見てきたから、愛着が湧くのは分かるけれどさ」

 

「貴方だって、エスカは可愛いでしょう?」

 

小首をかしげるフィリス。

 

そうか。

 

可愛がっているのはもう見た目だけか。

 

「エスカちゃんへの入れ込み方と、ちょっと違うと思うけれどなー」

 

「今ので分かったわ。 貴方、エスカには何も期待していないのね」

 

「才能が打ち止めなのが分かりきってるからね。 弟子としては大事だと思うけれど、世界を変えられるほどの人材では無いね」

 

「……もう良いわ」

 

やはり、双子をこの世界に引きずり込みたくない。

 

イルメリアはそう思う。

 

あんなに正義感が強く、世界の理不尽に怒っていたフィリスが、此処まで変わってしまったのだ。

 

破壊の神は。

 

創造の側面をイルメリアに譲り。自分はあくまで既存のルールを破壊するための手段とあろうとしている。

 

それが世界の詰みを打開するためだとしても。

 

やはり比翼の友の変わり果てた姿をみて。

 

イルメリアは、悲しまずにはいられなかった。

 

だが、もはやどうしようもない。

 

双子が賢者の石を作れば、その時から、最後が始まる。

 

世界の詰みを打破できればいい。

 

出来なければ、人間はこの閉じられた世界で、永久に試行錯誤の実験台にされ続けるだろう。

 

それも善意での。

 

そして人間では、ソフィーには絶対に勝てない。

 

全員が束になっても勝ち目は0。

 

パルミラほどでは無いが、ソフィーの実力は、もはや全力状態のファルギオルでさえ、思考だけで滅ぼせるほどのものなのである。

 

自分のアトリエに戻る。

 

無言でアリスが茶を淹れてくれたので、しばし思考を停止して、茶を嗜む。

 

どうやらいい茶葉らしいが。

 

新しさや驚きはない。

 

ありうる茶葉は、全て飲み尽くした。

 

「アリス、一つ良いかしら」

 

「はい」

 

「もしも世界の詰みが打破できたら、何をしてみたい?」

 

「私はずっとイルメリア様のおそばに仕えてきました。 今後も、その意に沿って動くだけです」

 

そうだろうな。

 

アリスの正体が、ソフィーが送り込んできた本来の意味でのホムンクルスである事は分かっている。

 

だが、それ以上に。アリスには多く助けられたし。今後もそばにいてくれれば助かる。

 

客観的に見て、イルメリアは情を他人に掛けすぎるのだ。それは明白な欠点である。

 

アリスに対しては、捨て石と割切るべきだし。

 

双子が壊れることを悲しむのでは無く。超越級の錬金術師が増える事を喜ぶべきだ。

 

だが、どうしても割切ることが出来ない。

 

イルメリアは思考を巡らせるが。

 

もはや、万策は尽きているとしか思えなかった。

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