暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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ついに究極防具の材料に双子は着手します。

機織りの描写は今までもして来ているので。それが結構大変なことはまあ当然の話にはなりますね。糸素材の強度がちょっと尋常ではないので。


3、究極の布と

機織りに出したヴェルベティスが戻ってくる。同時に、N/Aの試験が完成した。ヴェルベティスの検証はリディーに任せて。スールは切り札であるN/Aのチェックを徹底的に行う。

 

これならば、生半可なドラゴン、少なくとも下級なら理論上苦労せずに倒せる。

 

問題は、これがきちんと爆発してくれるかどうか。

 

残念だけれど、試験するほどの余力が無い。

 

実戦で試すしかない。

 

最悪の場合、誤爆して自滅する可能性さえある爆弾だ。あまりにも火力が大きすぎるので、下手な使い方をしたらそれこそ何が起きてもおかしくない。

 

だが、声を聞く限り。

 

N/Aは完成している。

 

ギフテッドが出てから、この声が嘘をついたことは無い。少なくとも、調合した品が嘘をつくことは一度もなく。声に従って調合を行えば、完成品の品質は確実に上がった。その実績もある。

 

大丈夫だと判断。

 

今度はそれぞれ交代。

 

リディーにN/Aを見てもらい。

 

スールがヴェルベティスを確認する。

 

いわゆる反物の状態で上がって来たヴェルベティスは、美しい上品な紫色で。軽く柔軟でとても強く。

 

モフコットで挟んで服の裏地にするには、充分だった。

 

後一週間。

 

これをリディーとスール、アンパサンドさんとマティアス、それにフィンブル兄の分は作り。

 

そして、最後の試験。

 

黒い絵の攻略に望む。

 

幸い、皆の採寸は前にこなしている。

 

後はお裁縫をするだけだが。案の定、ヴェルベティスは尋常な強度では無く、ちょっと触るだけでその凄まじさが分かった。

 

触っていて熱くなってくるほど、凄まじい魔力を発している。

 

これは、もはや神域の布。

 

国宝になるわけである。

 

このような代物、とてもでは無いが生半可な錬金術師には扱えない。

 

ハルモニウムを作れる錬金術師は、本来一世代に一人出るかどうかだという話をされた記憶があるが。

 

ヴェルベティスもそれは同じだろう。

 

「スーちゃん、これで大丈夫だと思う」

 

「使わないで済む事を祈ろう」

 

「うん……」

 

この間、お父さんの絵に出たレンプライア。五体それぞれが、とんでもなく強かった。それぞれがまともに食らったら即死上等の攻撃と、生半可な攻撃では傷つかないインチキ同然の防御。それに明確な戦略を持って襲いかかってきた。

 

彼奴らは王では無い。

 

レンプライアの王となると、邪神並みの強さを持つ可能性が極めて高い。

 

そして、恐らく不思議な絵の具による世界の塗り替えでは、倒しきるのは不可能だろう。他の世界に侵食する可能性がある、というのだから。

 

或いは、多少は力は弱められるかも知れないが。

 

多少、だ。

 

黙々と、ヴェルベティスの加工に入る。先にモフコットの方を弄る。これについては、スールがやる。

 

今でも、一度やった事を繰り返すのは、リディーより得意だ。

 

お裁縫そのものはそれほど得意ではないけれど。

 

何度も錬金術の装備品を作っている内に、嫌でも慣れた。

 

生活がカツカツなのが問題だが。

 

お父さんが食糧は買ってきてくれるので。かろうじて生きていく事は出来る。勿論お父さんの稼ぎに手をつけるほど落ちてはいない。

 

お父さんはハルモニウム釜を使いたいと言ってきたので。

 

快諾。

 

今はしばらくヴェルベティスの加工にかかりっきりになるし。

 

その間、お父さんがハルモニウム釜を使う事には、何ら問題は無い。

 

勿論大事な調合の時はどいて貰うつもりだけれども。

 

しばらくは必要ない。

 

お薬も爆弾も足りているのだ。

 

国への納品はしばらく先。

 

その納品分も、既に調合し終えている。

 

昔のスールだったら、考えられない事である。

 

ダラダラギリギリまで作業を引き延ばして。

 

締め切り寸前に、泣きながら徹夜で調合をしていたことだろう。

 

ルーシャは。

 

今、どうしているだろう。

 

忙しすぎて、様子を見に行けない。

 

ハルモニウムを作る事が出来たのだ。ヴェルベティスも作れるかも知れない。だが、兎に角危険な調合だ。

 

大けがをするかも知れない。

 

ずっと無理ばかりさせてしまった。

 

お父さん以上に悲しませていたと思う。

 

今となっては後悔しかないし、哀しみしかない。最近では、深淵に落ちたリディーとスールを見て、いつもルーシャは悲しそうだし、何より諦観してしまっているのが一目で分かる。

 

もう、引き返せない。

 

だからこそ、負ける事も出来ない。

 

黙々と調合を進めて、それぞれの衣服の裏地を作る。

 

ヴェルベティスは間違っても、服の表地にする事は出来ない。

 

ヴェルベティスを知っている一般人がそれほどたくさんいるとは思えないのだけれども。

 

それでも、あまりにも見せびらかすには危険な品だからだ。

 

型どり終わり。切り取りも終わる。

 

ただし、ヴェルベティスの切り取りだけで数日かかった。

 

後は縫い合わせだけだが。これも苦労するのが目に見えている。

 

最初の縫い合わせはリディーに譲り。スールは余ったヴェルベティスを使って、装備品の強化が出来そうなものなら強化していく。

 

ハルモニウムの余りも少しあるので。

 

装備品を更改できるなら更改し。修正できるなら修正する。

 

頑強に、ひたすら強くし。能力強化の倍率を上げていく。

 

レンプライアの支配者がどれほどの強さか分からないのだ。更に言えば、Sランクの試験の相手である。

 

準備はどれだけしても、足りないと言う事は無い。

 

リディーが、あっと思わず声を上げる。

 

見ると、指先がかなり派手に出血していた。

 

ヴェルベティスの縫い込みの途中で、力の加減を間違えたらしい。薬を塗り込んで、すぐに傷を埋めるが。

 

リディーはしばし、呆然と指先を見ていた。

 

「かなり難しい?」

 

「うん。 声のする所から少しずれたらこうなって……」

 

「ちょっと洒落にならないね」

 

「これは危ないよ。 もう少し力が入っていたら、指が無くなっていたと思う」

 

ハルモニウム以上に危ないかも知れない。

 

それにしても、裁縫で指が飛びかけるとは。

 

金属加工は、超高熱もあって、昔はイル師匠立ち会いの下でやっていたほどだったし。危険性も良く理解出来た。

 

しかしヴェルベティスは布だ。

 

金属加工と同レベルの危険性を持つと思わなければならないだろう。

 

しばらくは、装備品の調整をして。

 

それから、リディーの作業に加わる。

 

アドバイスを受けながら、裁縫をしていく。ギフテッドを使って声を丁寧に聞かなければならないので、兎に角大変だが。

 

それでも、下手をすると指が飛ぶという言葉を聞くと。

 

真剣にならざるを得なかった。

 

深呼吸すると、丁寧に縫い込んでいく。コレを直接着込む勇気は無い。危なくて出来たものではない。

 

イル師匠やフィリスさんなら、最大限強化したヴェルベティスを直接着ても平気かも知れないが。

 

まだリディーとスールでは到底その領域には行けないのだ。

 

「よし、出来た……」

 

「リディーの?」

 

「うん。 まず、自分で着て確認してみる」

 

「気を付けてね」

 

リディーは頷くと、衝立の奥に消える。

 

スールは黙々と自分の分から縫う。

 

下手をすると、着た瞬間ミンチどころか液体になるような布だ。裏地に仕込む際も、前後にモフコットを挟まないと、危なくて仕方が無い。

 

まもなく、リディーが戻ってくる。

 

思わず、息を呑んだ。

 

コレは凄い。

 

魔力が立ち上っている。ヴェルベティスを服の裏地に縫い込んだだけなのに。こうも凄まじい効果が出るのか。

 

ハルモニウムの杖、リディーのための杖であるブルームスパイラルを手にした時と、同レベルの強化が掛かったのが一目で分かった。

 

確かに国宝になるのも納得だ。

 

この布の凄まじさは、尋常では無い。

 

だが、これを着ていても、まだ不安は残る。

 

相手は邪神並みの実力である事を前提にする。

 

前に戦ったファルギオルも、中位の邪神も、不思議な絵の具で徹底的に弱体化させてようやく勝ちが拾えたレベルだったし。

 

しかもファルギオルに至っては完全に病み上がりだった。

 

「リディー、格好いいね。 なんというか……」

 

「もう人間じゃない感じ?」

 

「うん……」

 

「スーちゃんも早く作って。 これを着られれば、多分ようやく……本当の意味での第一歩が踏み出せると思うから」

 

頷く。

 

そして、黙々と作業を続けた。

 

 

 

お父さんがアトリエに戻ってくる。かなり疲弊した様子だったが、多分お母さんの絵に何かしていたのだろう。

 

絵の具の臭いがするし。

 

何だか強い魔力も感じる。

 

貸した装備品で魔力のパンプアップをしているようなのだけれど。それだけが原因だとは思えない。

 

ヴェルベティスの裏地は、リディーの分が出来た後、スールの分、アンパサンドさんの分、マティアスの分が出来て。今はフィンブル兄の分を作っている所だ。

 

そのフィンブル兄の分も大体仕上がってきたので。作業には若干余裕がある。

 

だから今日は夕食をちゃんと作る。スールがやると食材を無駄にしてしまうので、リディーにやってもらう事になるが。料理は出来なくても、お手伝いくらいはする。

 

一応食材はそれなりにある。

 

ただ資金がすってんてんなので、次の納品がおわるまでは、贅沢は厳禁だ。余った装備品も、殆どは納品してしまったし。今お金に換えられるものがない。お父さんの方の状況は分からない。コンテナは別で使っているし、素材の在庫も分からない。

 

食卓を囲むと。スールは、お父さんに確認をする。

 

「お父さん、やっぱり絵に何かしているの?」

 

「……そうだ。 ちょっとまだ、色々と修理が必要でな」

 

「まだ修復は完璧ではないんだね」

 

「リディー、スー。 夕食の前にこれを渡しておく」

 

握らされたのは、ネックレスだ。

 

プラティーン製だが、かなり強い効果を感じる。

 

お父さんが作ったものだろう。

 

リディーとスールの分で、それぞれが違う。

 

リディーのは魔力の増強特化。

 

スールのは、身体能力の強化特化のようだった。

 

「黒く染まった絵の奥にいるレンプライアの王が、試験の対象らしいな」

 

「うん。 知っているの?」

 

「兄貴から試験内容については聞かされた。 もう俺が知ったところでどうにもできないし、知らせても良いと判断したんだろう。 レンプライアの王に関しては、ずっと昔に、見聞院で資料を見たことがある。 他の絵のコアにまで影響を与える強力なレンプライアで。 実力は下位の邪神に匹敵し、以前討伐がラスティンで行われたときには、十人以上の手練れの錬金術師が命を落としたそうだ」

 

此処で言う手練れというのがどれくらいの実力者なのか。

 

ドラゴン退治が出来る錬金術師とは思えない。

 

せいぜい弱めのネームドを数体狩ったくらいだろう。

 

ただ、ラスティンの錬金術師のレベルが、アダレットより高いこと位は分かっている。ただし、同時に邪神の計り知れない実力も、だ。

 

実際に戦ってみて分かったが、今のリディーとスールの地力では、弱体化が掛かっていない下位の邪神に勝てるかかなり怪しい。

 

ルーシャとパイモンさんも手伝ってくれるのは有り難いのだけれど。

 

パイモンさんは、本当の所何を考えているのだろうか。

 

伸ばせるところまで力を伸ばしたいと本当に考えているのか、少し疑問なのである。

 

スールから見て、あの人はアンチエイジングまでして、今余生を楽しんでいるというにはちょっと厳しい印象を受けるのだ。

 

悠々自適の好々爺という印象よりも。

 

自他共に厳しい求道者というイメージの方が強い。

 

戦闘での手だれぶりはとても頼りになる。

 

最近聞いたのだけれど、フィリスさんやイル師匠と共に苛烈な戦いをくぐり抜けてきた歴戦の錬金術師らしく。

 

確かに強いのも納得出来る。

 

だけれど、そんな人がどうしてアダレットに来ている。

 

多分深淵の者関係者なのだろう事は分かるけれど。それはそれとして、あの人の真意は何処にあるのか。こういう土壇場で、何かトラブルにならないだろうか。

 

少し考えてから。考えを横にどける。今は、猜疑心に捕らわれている場合では無い。まずは、この大事なプレゼントを試すべきだ。スールはさっそくお父さんのネックレスをつけてみた。確かにかなり強い効力がある。

 

Aランクアトリエ待遇を受けているのは伊達では無い。

 

お父さんが作った渾身の一作だろう。確かにこれは頼りになる。或いは、お母さんと会えたことで、奮起したのかも知れない。

 

お父さんを侮っていた昔のスールはもういない。

 

「うん、いいよこれ。 お父さん、有難う」

 

「リディーもつけてくれるか」

 

「うん。 ……似合う?」

 

「ああ。 俺の自慢の娘達だ」

 

そうか、そういう意味もあったのか。

 

わざわざネックレスにした意味も分からなかったのだが。そういう観点でのプレゼントでも、まあ嬉しい事は嬉しい。ただ昔ほど新鮮な喜びは無い。どんどん感情が薄くなっている今、少しだけ嬉しいと感じただけだ。

 

食事を終えると、明日からの事を軽く話す。

 

お父さんはまだしばらく忙しいらしい。お城での作業もあるし、お薬も納品するつもりの様子だ。

 

現役復帰したお父さんが加わって、このアトリエはマーレン家のアトリエとでもいうべきだろうか。一線級の錬金術師が三人になったのだから、ラスティンから声が掛かっても不思議では無い。

 

ただ、そもそも国のお仕事を基本的に受けているアトリエだから。

 

商売気に関してはあまり感じられないかも知れない。事実、一般人が見に来たことは殆ど無い。

 

「ねえ、お父さん。 やっぱり一番の孝行は生きて帰ることかな」

 

「当たり前だ。 だからこれを渡したって意味もある。 本当は嫁入り道具にでもと思ったんだが……その線はもう無さそうだしな」

 

「……有難う、お父さん」

 

「勝てよ」

 

頷く。これを貰ったからには、負ける訳にはいかない。リディーはずっと黙り込んだままだったけれど。

 

肘で小突くと、頷いていた。

 

リディーの方が、感情の希薄化が早い。それは分かっている。深淵を先に覗いたのもリディーだ。壊れるのだってスールより早いに決まっている。それも、より深刻にである。

 

お父さんは食事を終えると、さっさと休むと言いながらも、地下室に行く。軽く研究してから練るつもりなのだろう。

 

スールは頷くと、裏庭で軽く体を動かす。

 

アンパサンドさんほどではないけれど、今なら自衛くらいは十分できる。三傑みたいに裏拳一発で奇襲を仕掛けて来た強力なレンプライアを赤い霧にするような真似は出来ないけれど。

 

少なくとも、今低ランク帯のアトリエをやっている錬金術師よりは強くなった。

 

これは驕りでは無い。

 

単なる客観的な事実だ。

 

同時に、強くなったと言っても、三傑から見ればゴミクズに等しいし。前衛の支援が無ければ力を発揮しきれない。これもまた、客観的な事実だ。

 

今回もアンパサンドさんの足を引っ張ったり、フィンブル兄とマティアスの連携を阻害しないように頑張らないといけない。

 

リディーは黙々と休みに入る。

 

前は眠る前に二言三言会話する事も多かったけれど。

 

もう、最近はそれもほとんど無くなった。

 

自分がどんどん機械的になっている事を理解はしているが。それはそれでもう仕方が無い。こうなった以上、これから何をするかが重要だ。

 

少なくとも、次の戦いは。絶対に生きて帰らなければならない。

 

お父さんに対する親不孝にもなるし。何より、レンプライアの王を定期的に駆除しなければ、お母さんにも直接ダメージが行く。

 

あんな状態になっているお母さんだ。レンプライアの王の悪影響が、どんな形で出るかまったく分からない。

 

負けられないのだ。

 

眠って、起きる。

 

すっきり起きられると言うよりも、もう体が睡眠という機能をこなして、起きているだけに思える。

 

黙々と作業に掛かる。

 

後、フィンブル兄の服の裏地を繕えば準備は大体完了だ。目標の準備を終えて、後は追加で出来る事をすればいい。

 

フィンブル兄が、リディーとスールを見て、複雑な顔をしていることに。リディーは気付いているだろうか。

 

とっくに壊れてしまっていることに、フィンブル兄は気付いている。

 

兄貴分として慕った相手だ。向こうもスールの事を心配してくれていたし。それについては心も痛む。だから、一緒に生還したい。

 

リディーはどう思っているか分からない。

 

今までとは比較にならない程綺麗な連携をとれるようになってはいるのだけれど。

 

それとこれとはまた話が別。

 

もう、既に。

 

心の大部分は、何処かに消えてしまっていた。

 

心が通じ合っていれば、連携が上手く行く何てのは大嘘だ。昔のリディーとスールは、それこそ互いの考えている事が何でも分かった。

 

だが、だからといって連携して動けたかというとそれは別の話で。

 

調合で連携して動くのは、あまり上手にはやれなかった。

 

今は逆に、戦闘でも調合でも、連携して動く事は以前とは比べものにならない美しさで出来るけれど。

 

心は其所には介在していない。

 

「みんな」が嫌いになった事も同じだが。

 

リディーとはその後どうすべきかの方法論が違ってしまっているし。

 

今後のビジョンも違ってしまっている。

 

いつの間にか、心が真っ黒な闇の中にいる事に気付く。スールは、それでも、特に寂しいとか、怖いとかも。

 

感じなくなっていた。

 

作業を仕上げ終わる。

 

リディーももうコツを掴んだようで、一度の怪我以降は、特にミスをする事はなかった。スールもそれを見て、同じように出来るようになった。リディーより、かなり時間は掛かったけれど。

 

手分けして、それぞれ渡しに行く。

 

マティアスとアンパサンドさんの方は、リディーが。

 

フィンブル兄の方はスールが。

 

それぞれ打ち合わせなくても、そのまま動く事が出来る。

 

フィンブル兄はいつものように酒場にいて。珍しく、傭兵の仲間と飲んでいるようだった。軽く、だが。

 

既に王位継承の後のお祭り騒ぎは終わっている。

 

傭兵は常に仕事があるわけでもない。

 

フィンブル兄は、リディーとスールが専属で護衛として雇うようになってから、かなり経済的に余裕ができた様子で。

 

鍛錬をしない日は、日中から飲むこともあるようだ。

 

他の傭兵は、やっかみの目を向けてはいない。

 

錬金術師の護衛。

 

それを聞くだけで、ああと分かるらしい。

 

元々傭兵は使い捨てだ。

 

しかも、ネームドや、下手をするとドラゴンとも戦う錬金術師の護衛。しかも相手は噂の「雷神殺し」。

 

それは真似をしたいなどとは、誰も思わないだろう。

 

酒を飲んでいる傭兵仲間も、スールを見ると、さっと引くのが分かった。単純な恐れが伝わってきた。

 

「スー、どうした」

 

「フィンブル兄、これ。 服の裏地につけてきて」

 

「前のとは……違いそうだな」

 

頷く。

 

酔い覚ましを飲むと、フィンブル兄は、戦闘用の服の一つ(とはいっても、皮鎧の下につけている一種の下着だが)を持ってくると。裏地を受け取り、一緒に仕立屋に出向く。

 

一応、仕立てられるように、穴は何カ所かに開けてある。

 

仕立屋には、その辺りを説明しなければならない事は、途中で一緒に歩きながら、フィンブル兄に伝える。

 

頷くと、フィンブル兄は、周囲を見てから言う。

 

「これが、例の奴か」

 

「うん。 ヴェルベティス」

 

「楽しみだ」

 

仕立てそのものは、それほど時間は掛からない。仕立屋は、嫌に頑強な布だなと小首をかしげていたが。モフコットくらいは流通しているはずだ。ヴェルベティスをモフコットで挟んでいるので、正体にはすぐには気付かない筈。気付いたところで、盗んだりすれば即座に分かる。

 

ものの価値が価値なので、その場で相当な重罪になる。

 

ましてや、雷神殺しの錬金術師から、逃げられるなんて思いはしないだろう。

 

とはいっても、ヒト族の仕立屋だ。どんな風に魔が差すかは分からない。作業中、フィンブル兄と話しながら、気配は探り続ける。

 

仕立屋は、或いはフィンブル兄と一緒にスールが来た事で、何かあると悟ったのかも知れない。

 

さっさと、出来るだけ早く帰ってもらいたいのか。

 

大急ぎで仕上げてきた。

 

そのままフィンブル兄に試着してきて貰う。

 

皮鎧を着て戻ってきたフィンブル兄は、ハルモニウム武器を手にした時のように、もの凄く満足そうだった。

 

「い、如何でしょうか」

 

「悪くない。 受け取ってくれ」

 

「は、はい……」

 

怯えている店主に、フィンブル兄がかなり気前よく払う。

 

悪くないどころか、大満足している様子だが。

 

それを伝えてしまうと、余計な気持ちを起こさせかねないと判断したのだろう。

 

まあ流石に、荒くれの傭兵達の住処に踏み込む賊は、少なくとももういないとは思う。ある程度以上の実績や力を持つ賊は、既にアダレットからは掃除されてしまっているからだ。

 

「これは倍率が強烈すぎて、少し慣れるまで時間が掛かるな。 今度の試験で出るまでに、何とか慣れておく」

 

「うん。 フィンブル兄、これで何とでも戦えそう?」

 

「流石にドラゴンやネームドが相手になってくるとかなり厳しいな。 邪神が相手になると、これでも油断は出来ないだろう」

 

「うん、それを聞いて安心した。 俺は無敵だとか言い出したら、流石に困ったよ」

 

その時は、流石にスールも真顔になっただろう。

 

たまに、分不相応な装備を手にしてしまった使い手が、おかしくなる事がある。そのおかしくなる仕組みは、スールも、自分専用の銃であるスール・ザ・スターを手にした時に嫌と言うほど理解出来た。

 

だが、もうそもそもハルモニウムのハルバードを手にした事で、フィンブル兄には耐性もあったのだろう。

 

急激に上がった力に対して、特に心を狂わされることは無かったようだった。

 

声を落として、聞く。

 

「フィンブル兄は、深淵の者にもう所属するの?」

 

「ああ。 結局はそうすることにした。 それが一番良さそうだからな」

 

「やっぱり、待遇とかはいいの」

 

「雲泥だ。 深淵の者には恐ろしい使い手が揃っているが、それも納得した。 誰も使い捨てにしないし、専門の講師がそれぞれの得意分野を伸ばす事を中心にした教育制度を完備している。 世界の影に動く組織という事で、いざとなったら捨て駒にされることを警戒していたんだが、それはないな」

 

それを聞いて安心する。

 

勿論、場合によってはリディーとスールを従えるための人質にしたりもするのだろうけれども。

 

それでも、フィンブル兄が今後困る事は無さそうだ。

 

ましてやハルモニウムの武器と、ヴェルベティスの守りを手にしたフィンブル兄である。

 

好待遇だろう。

 

そして、本業は王族専門の騎士として、高給取りにもなる筈。

 

いずれにしても、将来は安泰だ。

 

勿論場合によっては汚れ仕事もしなければならないだろうが。

 

それは傭兵なら当たり前の事で。

 

昔と変わる事では無い。

 

後は軽く打ち合わせをした後、戻る。リディーも戻ってきていた。

 

裏庭で、リディーは杖の力をフルに引き出すために、魔術の練習をしていた。魔術に関しては飲み込みが早いリディーが、練習をしているのは珍しい。

 

マティアスとアンパサンドさんに渡してきたかを聞きながら。

 

スールも自分でうねうねと動いて、鍛錬をする。

 

無駄がなくなってきているのは分かるが。

 

まだ完璧じゃあない。

 

更に体を完璧に動かせるようになって。

 

もっと勝率を上げなければならない。

 

体内の筋肉は、自分の意思通りに何て動かない。そんな事は、昔は知る事さえ出来なかった。

 

アンパサンドさんに、このうねうね動く奴を教わってから、やっとそれを知った。

 

「二人とも、満足そうにしていたよ」

 

「そっか。 リディー、その魔術さ、前から思ってたんだけれど、複数同時に発動できたりしない?」

 

「うーん、例えばこの魔術を100とするでしょ。 他の魔術を一緒に発動すると、200の消耗で、それぞれ25ずつしか効果を発揮できない感じなんだよね」

 

「ああ、それなら一つを発動した方がいいのか……」

 

リディーは頷くと。

 

詠唱や魔術発動そのものを工夫して、消費の軽減や発動までの時間短縮には務めていると答えてくれる。

 

なるほど、それならスールも。

 

メテオボールを取りだすと。

 

軽く何回か蹴った後。

 

上空に全力で蹴り挙げる。

 

空気の壁を六枚ぶち抜くと、上空の雲が綺麗に円形に消し飛んだ。

 

しばしして、メテオボールが落ちてくる。

 

竜核を中心に使っているスールの必殺武器。消耗も前に比べて小さくなっているし。正確性も申し分ない。

 

残る時間はわずか。

 

二人でああでもないこうでもないといいながら、調整を続ける。

 

もう二人の心は、昔のように通っていないかも知れない。人間を止めてしまって、「人並みの幸せ」とは無縁かも知れない。

 

だが、この時間は。この時間だけは。前とは、変わらなかった。

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