暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
原作だとこの絵の入口付近、クリアするのには充分な特性がついた装備を落とす敵が彷徨いているんですよねえ。しかも倒しやすい。
面倒ならこれ装備して倒しにいけと言われているような感じです。
序、悪意の絵
最初に絵に入った時、背筋が凍るかと思った。即時でリディーはシールドを展開。精神攻撃を緩和するものだ。
周囲は真っ黒。
空は逆に恐ろしい程までに白く。
それが、余計に黒く染まった世界の異常さを際立たせている。
遺跡のような建物が建ち並んでいるのは、お父さんの絵と同じ。見て分かった。その遺跡には、美ではなくて。願望がねじ込まれている。それも、都合の良い願望が、である。
深淵の者が世界に関わり始めてから500年。
ようやく世界は秩序というものを手に入れた。
だが、その前は地獄だっただろう事は容易に想像がつく。
お母さんが亡くなった後、廃人化したお父さんの事もあって、孤児院に一時期いたのだ。
孤児院には、世界の犠牲者がたくさんいた。
あの孤児院が天国に思えるくらいの地獄が、拡がっていたはずの、500年前の世界。
それを、残っている遺跡から、勝手に都合良く解釈し。
素晴らしい文明が花咲いた最高の世界と勘違いしている。
一目で分かる。
絵としては駄作だ。
そしてにじみ出る願望が、レンプライアを大量に産み出した。
レンプライアに汚染されれば汚染されるほど、絵はおかしくなる。そしてある一点で絵の理を支配され。
そしてこんな風になるのだろう。
お父さんの絵も、こうなる寸前まで行っていた。
そう思うと、ハラワタが煮えくりかえりそうだった。感情が薄くなった今でも、リディーもキレそうである。スールは無言になっている。多分、とっくにキレている。
「リディー、精神干渉排除、代わりますわ」
「ありがとう。 お願いね」
ルーシャが拡張肉体を展開。
自身は精神干渉排除の魔術を展開する。
ルーシャは拡張肉体に戦闘を任せ、自身はこの世界に満ちている悪意から、皆を守る事に専念するつもりのようだ。
バランスとしてはいいだろう。
パイモンさんが、周囲を厳しい目で見ていた。
「駄作だな」
「同意です」
「錬金術は才覚の学問だ。 だが絵にまで才覚が及ぶとは限らぬ。 この絵は己の都合が良い妄想をそのまま形にしただけで、しかも影の部分を見ようとも隠そうともしていない」
一刀両断だが。
リディーも同意見である。
ソフィーさんは、悪意から身を守る精神干渉排除の外側にいるが、平然としている。まああの人は、大丈夫なのだろう。多分ドラゴンのブレスとか、手を振るだけで弾き飛ばしそうだし。
ティアナさんも、同じく。
ソフィーさんから、対応出来る装備を貰っているのだろう。
ソフィーさんが歩き出す。
続いて、一緒に歩き出した。
「レンプライアは……」
「少し前に騎士団が演習して片付けているから、そんなに強いのはいないはずだが」
マティアスさんが言う。
だが、その予想は外れるはずだ。
だって、ソフィーさんである。
絶対に、色々仕込んでくるに決まっている。
ほどなく、小山のようなレンプライアが現れる。唸り声を上げながら、溶けかかった巨体で、何かの呪文を詠唱しようとするが。
次の瞬間には、文字通り粉みじんになっていた。
軽快な金属音と共に。
その場に立っていたようにしか見えなかったティアナさんが、剣を鞘に収める。今の段階でも、動きを見きれないのか。
ソフィーさんがいるからはりきっているのだろうか。
いや、違う。
あのレンプライア、ソフィーさんを狙いに行っていた。
それでキレたのだ。
ぞっとする。
本物の狂信者というのは、こういうものだ。ソフィーさんに仇なすものは、それこそ親だろうが子だろうが斬り捨てる。理由なんて一切考慮しないし、ついでに躊躇する事もない。
今の、感情が希薄になっているリディーでさえも、怖いと思う。
黙々とレンプライアの欠片を集める。
一瞥。
荷車に乗せられたN/A。リディーとスールで作り上げた、究極の爆弾。
コレは出来れば使いたくないけれど。
レンプライアの王の実力次第では、使わなければならないだろう。その時、どんな惨劇がこの絵に起こるか。
駄作であっても、不思議な絵画。
貴重な存在であることには代わりは無い。
如何に愚かであっても、魂が籠もっていることだって事実だ。
壊したくないのは、本音だった。
声を上げたのはルーシャだ。
まるで、其所だけ光が差すように、花が咲いている。時忘れの花と呼ばれる。最高ランクの薬草の一つ。
ドンケルハイト同様、伝説になっている素材の一つだ。
丁寧に回収する。
お父さんの絵でもそうだったが、やはり不思議な絵画では、状態が悪くなるほど採れる品の質が上がる。
その仮説には間違いが無さそうだ。
だがどうしてなのか。
遺跡の中を進む。
真っ黒な水路の中透明な水が流れていて。庭園だったらしい事が分かるが。それ以上の事は何ともいえない。
何だか、美意識を優先して機能性を放棄した改造をされかけた、アダレットの王都を思い出して気分が悪い。
この絵を描いた人間は。
庭園王と、同レベルのメンタルの持ち主だったのかも知れない。
ソフィーさんが足を止める。
休憩の合図だ。半日ほど歩いていた。戦闘していないから、消耗はほぼない。皆、相応の錬金術装備を身につけている。歩く分くらいの回復は、全自動で行われている。
それはリディーもスールも、ルーシャやパイモンさんも同じ。
ソフィーさんは、ティアナさんにハンドサイン。
頷くと、彼女はかき消える。
今のリディーにも見切れなかった。
ルーシャと交代して、精神攻撃緩和のシールドは展開し続ける。
今後は自分がやると宣言。ルーシャには攻撃に回ってほしいからだ。ルーシャもそれで納得してくれた。
とはいっても、問題がないわけではない。
常時の消耗なら平気だ。今身に着けている装備なら消耗より回復が勝るので問題は無いのだが。問題は、二つ以上の魔術を同時に展開する場合だ。
どうしても消耗が大きくなる。
だが、周囲を見た感じでは。
この精神攻撃緩和を展開していないと。
そもそも戦闘が成立しないと見た方が良い。
きんと、鋭い金属音が響く。
また、大きなレンプライアが瞬殺されたのかも知れない。
ソフィーさんは、まるで最初からそこにいなかったかのいように消えたり、現れたり。もうどう移動しているのか分からない動きで、彼方此方に出現したり消えたりしていた。見回りをしてくれているのだろうか。
それとも、採取でもしているのかも知れない。
この人くらいになると、もう荷車を引く必要も無さそうだ。
この間、フィリスさんがほぼ何もしないで空間と時間をまとめて操作するのをみた。フィリスさんであれなら、ソフィーさんは更に凄まじいだろう事確実である。何か貴重品を見つけたら、手に触れることすらなく回収出来るのかも知れない。
無言でしばし休む。
スールに聞かれた。
「リディー、そのシールド、やっぱり展開していないとまずい?」
「うん。 シールドの範囲外に出ると、今の状態でも長時間は耐えられないと思う」
「……この世界の悪意、凄まじいですわね」
「レンプライアとはそういうものだ」
パイモンさんが話に加わってくる。
厳しい顔で周囲を見ていた。
「既に知っておるやも知れぬが、悪意の具現化したるものがレンプライアだ。 それが小さいとは言え世界のルールをそのまま食い尽くせばどうなるか、それは見ての通りという訳だ」
「酷い……」
「そうであろうかな」
ルーシャの言葉に、パイモンさんが静かに返す。
目には、あまり嬉しそうでは無い光が宿っていた。
「深淵の者が秩序を構築して500年。 儂なりに色々調べてきたが、それ以前の世界はこの絵よりも酷い状態だった。 強力な錬金術師か、錬金術師を有する勢力は文字通り何をすることも許された。 現在でこそ、人間の敵は、匪賊を除けば人間以外の存在だけになっている。 だが500年前より昔の世界は違ったのだ」
「……秩序が無いというのは、それほどまでに酷い事なのですの、パイモンさん」
「人間の自由意思とはいうがな、人間という生き物は結局の所、ごくわずかな個体を除けばエゴの塊なのだ。 自分で責任は取りたくないし、判断だって誰かにゆだねてしまいたい。 自立してものを考え、責任を取って行動できる個体もいる。 だが殆どの人間は、同調圧力にただ流されるだけだし、その同調圧力を作り出す個体の傀儡となるだけなのだよ」
それについてはリディーも同意だ。
実際「みんな」の醜悪さは、嫌と言うほど見てきた。
パイモンさんの言葉通りだとは思わないけれど。
概ね同意できる話である。
「それでも儂は守りたいと思ったから錬金術師になった。 だが、結局の所、儂に守られる事でのうのうとする人間が大半だった。 英雄は大半の場合孤独だ。 大きすぎる力を持った錬金術師もしかり。 助けた相手が助け返してくれる例など殆ど無い。 儂は見返りが無くても耐えられた。 だが、それでは駄目なのかも知れぬな」
マティアスさんが、俯く。
恐らくは、そういった悪意に晒され続けてきたからだろう。
フィンブルさんもしかり。
アンパサンドさんは、時々ソフィーさんの様子を見ていて。此方にはあまり気を向けていない様子だ。
今のうちにしっかり休んでおけ、という意味なのだろう。
オイフェさんはいつも通り影のよう。
会話には加わる意思も無さそうだ。
「だから儂にはこの絵はむしろ人間の心の原風景そのものに見えるな。 相応に年を重ねてきたし、人間はそういうものだとも割切っている。 だが、それでは……」
リディーとスール、ルーシャを順番に見ていくパイモンさん。
ルーシャは俯く。
リディーはそれを一瞥だけした。
スールは頷いていた。
「パイモンさん、それで、どうしてパイモンさんは怒らなかったの?」
「儂か? ふふ、儂は単純に妻と、妻が愛した故郷を守りたかっただけよ。 そう大した理由は無い」
「愛……ね」
「まあおかげで公認錬金術師試験を受けられるようになるまで、随分と年を重ねてしまったがな」
苦笑するパイモンさん。
ソフィーさんが、此方に歩いて来る。
アンパサンドさんが、頷く。
「周囲に問題は無いのですか? 特異点ソフィー」
「この周辺はね。 ティアナちゃんが戻ってきたら、また移動を開始するよ」
どうせ有無を言わさず、だ。
頷くと、ティアナさんが戻ってくるのを待つ。
何回か、斬る音がした。
レンプライアの大きいのを殺しているのだろう。
とはいっても、絵がこんな状態だ。
殺してもきりが無いだろうが。
程なくして、ティアナさんが戻ってくる。勿論返り血一つ浴びていない。ソフィーさんとハンドサインで何か会話している。
かなり複雑なハンドサインだったが。
意思疎通は出来ている様子だった。
「んじゃ出発」
ソフィーさんが手を叩く。
皆、また歩き出す。
水が流れる音がしている。
どうやら、水路らしい。水路には迂闊に近付かないのが鉄則だ。こんな状態の絵では、それこそ何が出てきても不思議では無いのだから。外で川に近付かないのと、同じ理由である。
遠目に見るが。
水路に流れている水は澄んでいてとても綺麗だ。
逆に、それが故に。
真っ黒な周囲と。
真っ白な空。
そんな中にある透明な水は、とても異質であったが。
階段があるが、全自動荷車は、この程度の段差の移動を苦にしない。黙々と歩く。飛行キットを持ってくれば良かったと思ったが。そうもいかないだろう。そもそもアレは、外の遠くに行くために作ったのだ。
それにどうせソフィーさんの事だ。
飛行キットを持ち込んでいたとしても。何らかの理由で、それを使えないようにするか、空に巨大レンプライアでも放つか、どっちかしてきただろう。或いはもっと酷い事かも知れない。
「リディー、スー。 あれを見てくださいまし」
「!」
「何だろう、あれ……」
奥の方に見えるのは、巨大な蠢く何かだ。
それほど遠くは無い。
レンプライアの強いのかと思って少し警戒したが、それにしてはあまり何というか、敵意というか殺気というか、そういったものは感じない。いずれにしても、周囲に満ちている悪意の密度はあまり変わらなかった。
アンパサンドさんも、剣に手を掛けていない。
マティアスさんがぼやく。
「何だか薄気味が悪いな。 いくら悪意に食われていると言ってもこれはないだろ……」
「殿下、ぼやくな」
「分かってる」
フィンブルさんにたしなめられて、マティアスさんが黙る。
庭園らしい場所を抜けていく。迷路のようになっているが、植物は健在。みずみずしい薬草がかなりあるので、途中で採集していく。決して珍しいものばかりではなかったけれど。
ありふれた薬草でも、品質は非常に高かった。
深淵の者が、この絵を意図的に残している訳だ。
この試験が終わった後も、場合によってはレンプライアの王を、定期的に倒しに来なければならないかも知れない。
昔だったら、こう思っただろうか。
絵を真っ黒く塗りつぶすなんて描き手への冒涜だ、と。
だが今は違うと知っている。
お父さんのあの美しい絵だって、一皮剥けば狂気の塊展覧会場だったのだ。
この絵を描いた人が、それほど優れた描き手だったとは思えない。
あからさまに「自分が考えた最高に素晴らしい庭園」を見せびらかしている時点で、それは明白だ。
何より、レンプライアにルールを書き換えられてこうなったのだとしても。
それは要するに、最初からこの絵はこのようなものだった、と言う事だろう。
色彩が違えばいいかというと、そういう事は決して無い。
或いは、この不思議な絵画は、元々はとても美しい色彩に満ちた、美学の塊のような庭園だったのかも知れないが。
それは、あの庭園王が。
王都をそう改造しようとしたのと同じ。
人間の心なんてものは。
決して美しいものではないのだ。
ほどなく見えてくる。あのうごめいていたものが。
その正体を悟って、マティアスさんが呻いていた。
蠢いているのは、無数の裸体だ。
それも、おぞましい程にまでデフォルメされている。
それが多数、塔のように不自然な体勢で、まるでねじれるようにして大量に。
遠くから見えるわけだ。
なお色が真っ黒だったから、遠くからは正体が分からなかっただけ。
近づいて見れば、その正体は歴然だった。
淫靡な音と声も聞こえるが。
それ自体は、それほど大きくなかった。
人間四種族全ての男女の裸体が、絡み合って蠢き合っている様子は。いわゆるエロスなど感じるものではなく。
単純におぞましかった。
なるほど、多分これは、この絵の本質だったのだろう。
「自分で考えた理想の世界は、自分にとってもっとも根源的な欲望が許される場所だった、ということなのですね。 残念ながらヒト族らしい発想なのですが」
鼻で笑うアンパサンドさん。
恥ずかしくて、アンパサンドさんに顔向けできなかった。
ホムは人間四種族の中で、唯一性交をせず子を成す種族だ。このようにヒト族の基準で、根源的欲求を露骨に前に出されても、苦笑いしかないのだろう。
フィンブルさんは呆れていたし。
ルーシャは悲しそうに目を伏せて、頭を振った。
パイモンさんは無言で雷神の石を取りだしたが、ソフィーさんが一瞥。嘆息してしまう。これはこの不思議な絵画の重要な部分という事なのだろう。下手に傷をつけると、それでこの絵に何か深刻なダメージが入るのかも知れない。
お父さんの絵は、完全に侵食されきっていなかった。
それでも、あのようなおぞましい状態になっていた。
完全に侵食された不思議な絵画がどうなるのか。
よく考えなくても、分かるようなものだ。
不意にソフィーさんが言う。
「此処にいる面子は知っていたね。 ヒト族の故郷の世界について」
「!」
「その世界では、こういう思想があったそうだよ。 七つの大罪という、ね」
傲慢、怠惰、憤怒、貪食、色欲、嫉妬、物欲。
いずれも、適切な量を求めるのは自然だが。
ヒト族はいつもいつも、過剰に独占したがるものだ。
どれもが文明の存続には不可欠でもあるが。
過剰にそれが露出すれば、こうなるということか。
リディーは既に自覚している。性欲が自分から消えている事を。食欲も多分もうすぐなくなる。意識しないと、食事をしなくても気付かなくなる。宝石がほしいと思う事もないし、自分は偉いとも思っていない。凄い相手に嫉妬することもなく、怠けようとも思わない。
昔は違った。
人並みに恋はしたかったし、自分を常識的な存在だと錯覚して他を馬鹿にしていた。美味しいものを独占したかったし、宝石にも興味があった。勿論凄い錬金術師やお金持ちにも嫉妬していた。
だが、今の露骨なオブジェクトを見せられると。
人の心の奥底にあるおぞましい欲望がどういうものなのかよく分かって、苦笑いするしか無い。
それから解放された事に。
今は特に何も感じる事はなかった。
促されて先に進む。
マティアスさんが吐き捨てていた。
「この絵を描いた奴は色情狂かよ。 そりゃ俺様だってナンパ癖はあるが……」
「それは違うだろうね」
スールがびしりという。
しばし黙った後。
マティアスさんは、分かっていると、本当に悔しそうにぼやいていた。