暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
原作だとよく分からない存在だったこの絵。
本作だとどういうものなのか、設定を追加しておきました。
騎士団が演習場にしているという事は、普段はさっきの悪趣味なオブジェは、人目に触れる事はないのだろう。
或いはソフィーさん達がレンプライアを管理して。
騎士達はごく弱いのだけを相手にし。
入り口近くだけで戦っているのかも知れない。
いずれにしても、多分これから次々と見せられるのだろうなと思うと。あまり良い気分はしなかった。
一度休む。
時間が随分掛かっているが、ルーシャの様子を見る限り、おなかはあまり空いていないようだ。
長期戦になる事を想定して、食糧も持ち込んでいるのだが。
まだおなかが減ったという様子も無い。
或いはこの不思議な絵画。
内部での時間の流れが、狂っているのかも知れない。
一応ルーシャに確認。
そうすると、無言でオイフェさんが時計を見る。
やはり半日以上経過しているが。
しかしながら、腹が減った様子も無いし、誰も消耗していない。何かしら、違う法則がやはり働いているのだろう。
休憩を終えて、先に。
複雑に入り組んだ庭園は、階段を上っていくと、やがてアーチ状の橋に出た。
こんな巨大な建造物、古代の遺跡にあるのだろうか。
そう思っていると、ソフィーさんが、無いよと答えてくれる。
思考を読まれているのか。
まあ、それもおかしくは無いか。
多分だが、思考は所詮脳の中で行われている何かだ。それをソフィーさんくらいの存在になれば。
読むことが出来ても不思議では無い。
橋の向こうには、もの凄い滝があって、澄んだ水が流れているが。
しかしながら、掛かっている虹は真っ黒。
色々な意味で、不可思議な光景だ。
気が弱い人は、見ているだけで狂ってしまうかも知れない。ある意味、レンプライアに食い尽くされる寸前だった、お父さんの絵よりもこの絵は狂気的だ。
橋を渡る最中、最大限の警戒をする。
ソフィーさんが何をしかけてくるか分かったものではないからである。
だが、案外ソフィーさんは何もしてこない。
本当に、レンプライアの王と戦うまで、道を開いてくれるつもりなのか。
いや、ひょっとして。
警戒し、心理的に疲弊させるつもりなのか。
この思考も読まれている可能性が高い。
ぐっと口を引き結び。
神経を研ぎ澄まし、周囲に気を配り続ける。
いずれにしても、あんなおおきなレンプライアに奇襲されると厳しいのは事実だ。騎士団が演習場にしていると言っても。流石にティアナさんが斬っていたような奴は、相手にしていない筈。
そうなると、試験のためにソフィーさんが手を加えた可能性が高い。
多分、レンプライアの王にも何かしているかも知れない。
お母さんが危ない。
そう思うと、やはり焦りがにじみ出そうになる。
だが、堪えろ。
この試験さえ突破すれば。
ソフィーさんだって。今までのような一方的な暴虐ばかりを加えてくるだけでは無くなるはず。
利で考えろ。
ソフィーさんにとって、斬り捨てるにはもったいない人材だと認識させろ。
それでスールもルーシャもお父さんも。お母さんだって守れる。
そのためには、手段なんて選んでいられるか。
また、何か見えてきた。
真っ黒なそれは、巨大な口に見えた。
反射的に得物に手を掛けるアンパサンドさん。まあ無理もない。地面から上向きに、半円状の口が突き出ていて。無数に生えた触手が、辺りにあるものをまさぐっては口に入れているからである。
さっき七つの大罪と聞いたが。
今度は貪食か。
この世界、食糧は足りない。
獣は幾らでもいる。だが穀物を育てるのは本当に大変だし、そもそも獣はどれも基本的に人間より強い。
強い錬金術師がいれば仕留めるのには苦労しない。
だが、騎士団や歴戦の傭兵でも、ネームドくらいが相手になると、それこそ部隊が壊滅する覚悟でやりあわなければならないし。
強い騎士でも、錬金術装備の助けが無ければ。
獣一匹相手でも苦戦は強いられる。
つまり、人間にとって、それだけ食糧が得づらい場所だと言う事だ。
あの口は。
見せつけるようにして、食物を貪り喰っている。なるほど、これが貪食の罪という訳か。
滅びた文明の美徳とか美的感覚とかは分からない。
ましてやあの、ヒト族の故郷の世界。
強烈な毒と、凍り付いてしまった世界を見て、ああなろうとは絶対に思わないし。ヒト族の先祖がろくでもない連中だったことは一発で分かる。
そんな世界でも、ヒト族の欠陥については自覚していたし。
それをどうにかしようとは思っていたのだろう。
だがこの様子では。
どうにもできなかったのだろうが。
アンパサンドさんが、自分を掴もうとした手を一閃。切りおとす。また即座に生えてきた手は、何事も無かったかのように、側に生えている植物をむしり取り、口に運んでいた。むしゃり、むしゃりと音がする。
荒野に住まう獣以下だな。
リディーはそう思った。
ソフィーさんに促され、進む。
途中、無数の鉱石が散らばっていた。いずれも高品質の原石ばかり。宝石に磨いたら、相当な高品質のものになるだろう。多分普通の人なら、売れば一生遊んで暮らせる品になる筈だ。
三等分して、荷車に積み込む。
作業時、皆無言だった。
マティアスさんとフィンブルさんは、見張りをしてくれている。気まずそうなマティアスさんに気を遣ってくれているのだろう。
マティアスさんはリディーやスールと違って、人間を止めているわけじゃあない。
あんな俗悪なものを見せられたら、それはうんざりするのも無理はない。
採集を終えると先に。
程なく、また見えてきた。
膨大な、真っ黒な金貨の山。
それを巨大な手が抱え込んでいる。
金貨と言っても、それぞれが人間よりも大きい。手が必死に抱え込んでいて、近付けば攻撃されるのは確実だった。
これが物欲か。
物欲に関しては、分かる気がする。
何でもかんでも独占したいという気持ちは、どうしても人間とは分離不可能だろう。欲望には限度というものがない。
何かしらの抑えが外れれば。
こうなるのも道理というわけだ。
放置して先に。
錬金術をやっていて、お金の大事さはよく分かった。昔は守銭奴気味だったスールは、もっと厳しい顔をしていた。
お金は一箇所で独占していても意味がない。
流して、皆で使ってこそ、ようやく意味を持ってくるものだ。
深層心理でこんなものが出てくると言う事は。
要するに、ヒト族は昔から、独占の害悪を理解していて。それでいながら、克服できずに世界を滅ぼした事になる。
あの極寒地獄で、必死に生きていたトカゲたちを思い出す。
こんな事をしでかした生物を恨むのは当然だ。ましてや万物の霊長を気取っていたとか。本当に恥ずかしくてならない。情けなくて、昔だったら涙が出てきたかも知れない。
だが、今は。
もうとっくに愛想を尽かした「みんな」が、どういう存在かを、再確認できただけだった。
更に、歩く。
だんだんオブジェクトの見える頻度が増えている。これは或いは、ソフィーさんが意図的にペースを配分しているのかも知れない。
リディーとスール、それに経験が多いパイモンさんはいい。
だがルーシャとマティアスは、これを見れば疲弊する。フィンブルさんだって、良い気分はしないだろう。
アンパサンドさんとオイフェさんは大丈夫だろうけれど。
それでも、元々ホムにしては激情家になるらしいアンパサンドさんは、あまり良い気分がしていない筈だ。実際さっき、自分を掴もうとした手を避けずに、斬り伏せていたのだから。
ソフィーさんが何も言わなかったのは、多分それくらいではこの絵にダメージがはいらないから、だろうけれども。
何か、無数に林立している。
嫌な予感しかしない。
近付くと、それが木などでは無いことが分かった。
どんどん絵の中で、高度が上がっているのが分かる。さっきから、坂ばかり上がっているからだ。
高度が上がろうと関係無く、石畳で作られ。庭園仕様である事には代わりは無く。水はどこから汲んだのかさっぱり分からないが流れている。池も噴水も、独自の美意識に沿って配置されている。
そんな中、無数に生えているのは。
目だった。
視神経がリアルすぎるほどの造形で、ルーシャが呻くのが分かる。
警戒する中、一斉に木のように空に向けて伸びていた無数の目が、此方を見た。そう、じっと見ている。
何か落ち度がないか。
自分より劣っていないか。
そういうのを必死に探して。相手を馬鹿にする手段を探すように。
その目には、見覚えがあった。自分を常識的だと考え、そうではないと思った相手を馬鹿にしていた。
昔のリディーとスールの目だ。
そうか、こんな目で、リディーとスールは。お父さんやルーシャを見ていたのか。
分かってはいた。
昔の自分を全力で殴り飛ばしたいと思っていた。
だが、それでも見せつけられると、腹に据えかねる。周囲を見回す。レンプライアはいない。
ティアナさんもいないけれど。多分近場にいるレンプライアを、片っ端から斬り殺しているのだろう。
あの人のことは、考慮に入れなくて良い。
どうせ全員がかりでも勝てないくらい強いのだ。あの人がやられることはまずあり得ないし。
あったとしてもソフィーさんがカバーするだろう。
それでも駄目な場合は、どの道全滅確定だ。
何も敵性勢力がいない事を確認してから、じっとじっとひたすらに此方を見ている目を一瞥し。ルーシャに言う。
ルーシャが、一番ダメージが大きいのは、見ていて分かったから。
「ルーシャ、大丈夫?」
「……」
「大丈夫、今度は私とスーちゃんがルーシャを守る番。 もう繰り返したりはしないから」
「マティアスも平気? つらかったらお薬出すから言って」
スールもマティアスさんを気に掛けている。
それはそうだろう。
この手の視線は、マティアスさんにも、散々向けられていたのだから。相当精神に応えるはずだ。
だが、マティアスさんは顔を上げる。
「大丈夫。 俺様はもう、姉貴の盾になるって決めてるんだ。 だから、もうこのくらいは、大丈夫だ」
そうか。
ならば、先に進もう。
頷いて、リディーはルーシャの手を引いて。スールはマティアスを促して、先へと進む。
気付いたが、どうやら螺旋状の構造をしている絵を、ぐるぐる廻りながら、だんだん中枢に向けて登っているらしい。
遠くすぎると見えないのだが。
或いは見えないように、魔術やレンプライアの力か何かで阻害しているのかも知れない。それとも構造そのものがとんでもなく巨大なのだろうか。
広い場所に出た。
ソフィーさんを一瞥。
によによしている所からして、どうやら此処も休憩を出来るような場所ではなさそうだなと、リディーは思い。
一瞬後にその予想は的中した。
不意に地面から、人型のレンプライアが生えてくる。
それが、何か偉そうな錬金術師のような形を取ると。
同時に棍棒を持った巨大な手が生えてきて。
レンプライアを叩き潰した。
思わず足を止めたが。
しばしして、まったく同じ光景が繰り広げられる。無言で、凄まじいまでの憎悪と、暴力を目にする事になった。
これが憤怒か。
憤怒は分かる。よく分かる。この世界に対する憤怒は、アンパサンドさんを見ていても分かるし。
リディーやスールも分かる。
だが、この世界をどうしようもしてなくしている最大要因は、恐らく獣でもドラゴンでも邪神でも、ましてや神であるパルミラでもない。
人間四種族だ。
人間の社会から完全に外れている深淵の者が秩序を作るまでが地獄だった事からも分かるように。
人間は、人間の最大の天敵なのだ。
恐らく今の人型、この絵を描いた錬金術師が一番嫌いな相手だったのか。それとも超えられない相手だったのか。
それを、こうやって叩き潰して。
憎悪を発散している、と言う訳か。
無言で口を引き結んでしまう。
理解は出来てしまうからだ。
頭を抱えてへたり込むルーシャ。悪意を遮断するシールドを、もっと強化しないと危ないか。
周囲から押し寄せてきている悪意は、一応遮断できているが。
目の前に、視覚情報として展開されると、全てを遮断するわけにもいかない。
いつソフィーさんが何かするかも分からないのだ。
耳目を塞いで進むわけにもいかない。
巨大な手が、棍棒で人型を粉砕しているのを横目に、さっさと通り過ぎる。明らかに叩き潰す手は喜んでいる。
満足だろうか。自分の願望の世界で、気に入らない相手を叩き潰して。
それは満足だろう。
実際に復讐の手段が無かったのなら、それしか手はない。そして弱者は、そうするしか他に復讐の方法は無い。如何に虚しいとしても。
それを馬鹿馬鹿しいと論じるのは強者の理論であり。そして強者はいつまでも強者ではない。更に言えば、そうやって弱者を馬鹿にしている強者も、ドラゴンや邪神の前にはどうにもならないのがこの世界だ。
きっとだが。
滅び去ったヒト族の世界でも同じだったのではあるまいか。
どれだけ強者を気取っても、災害や病気の前には何もできない。
それが現実だったのではないのだろうか。
でなければ。憤怒が七つの大罪に数えられることも無かったのだろう。
ルーシャの手を引いて、起こす。
ルーシャはかなり辛そうだが、手を引くと、大丈夫と返される。
広場を抜けて。また長い橋に出た。フィンブルさんがソフィーさんに、苛立ち混じりに声を掛ける。
「この悪趣味極まりない庭園はいつまで続く。 特異点」
「もう少しかな」
「……少し休憩を入れられないか。 ルーシャどのと殿下がかなり厳しそうだ」
「フィンブルさん、結構平気そうだね」
フィンブルさんは、視線をそらす。
怒りはかなり籠もっているようだが。この人はそもそも傭兵。マティアスさんに頼まれなければ。騎士になるつもりだってなかっただろう。
傭兵は十把一絡げの使い捨て。ドロッセルさんやフリッツさんのような規格外を除くと、それこそこれ以上無い程命が安いお仕事だ。
そんな仕事をしていて。
この世の闇を見ていない筈が無い。
また、同じような理由で、パイモンさんも。更にはホムでありながら騎士になって最前線にいるアンパサンドさんだって、耐性はあるだろう。オイフェさんに至っては、感情があるかさえ怪しい。
「休憩か。 わかった、次のを見終わった後かな」
「……良いだろう」
ソフィーさんは口の端をつり上げる。笑っているのではない。楽しんでいるのでもない。そう見せて、負荷を掛けているだけだ。
そう分かっていても。
神経に来るのは事実である。
ルーシャは顔色が真っ青。こんなあからさまに悪意しか無い世界で、その凝縮されたものを見せつけられつづければ。それは気分だって悪くなる。
「この世界、元は美しかったのでしょうか」
「言ったであろう、ルーシャどの。 これは駄作だ」
「……駄作でも、精一杯の美意識で飾ろうとしたのであれば……」
「今まで、不思議な絵画で何を見てきた」
パイモンさんの言葉は厳しい。
この人は普段は他人には比較的優しいが。今回は多分、相当に頭に来ているのだろう。ルーシャに対する言葉は容赦なかった。
「ある程度以上の芸術にするには、本人の心を叩き込まなければならない。 だがこの絵に描き込まれているのは、心と言うよりもむしろ都合の良い欲望だ。 駄作だったからレンプライアに此処まで好き勝手にされた。 レンプライアに好き勝手にされても形が変わっていないのは、最初から親和性が高かったからだ」
「……そう、ですわね」
「歩くのだ。 もう少しで……この悪趣味な絵からも出られるはずだ」
頷くと、ルーシャは顔を上げる。
脂汗を掻いているのが分かるが。
それでも、ルーシャは人間なりに、この邪悪な絵に立ち向かおうとしている。リディーは。既に人間を止めてしまっていても。
その姿を、尊いと思った。
長い長い橋を抜けた後に、見えてくる。
驚いたことに、どうやら残留思念のようである。
レンプライアに食われても、この絵の描き手の残留思念は、死んでいないというのか。だが、お母さんが酷い事になっている現在の状況を思うに。
無事だとはとても思えないが。
小さな浮島のような庭園。
噴水があって。
小さな花壇が並んでいる。
美しい花が咲き誇っているが、何処か空虚だ。魔力の流れを見て分かったが、全て実物ではない。
土もだ。
驚いたことに、小型のレンプライアが、残留思念に群がっている。危害を加えているわけではない。
残留思念は、痩せこけた錬金術師だった。
栄養が足りているように見えない。露骨に力が感じられない、弱々しい姿だ。そして、見て分かる。
技量は充分以上にある事を。
身につけている装備も、プラティーンや、優れた品質の錬金術布で作られている。本人の実力は、一流と言って良い段階にまで行っていたはずだ。
だが、何だこの無力感は。
俯いているその錬金術師に、ひたすらレンプライアが世話を焼いている。残留思念とは言え、ネージュのもののように、実体を持っている様子だ。そして、さっきパイモンさんが言ったように。
この絵は、元からレンプライアと親和性が高かったのだろう。
「挫折から立ち上がれなかったのですわね……」
ルーシャが呟く。
ちょっとまずいかも知れない。
ルーシャは、どんどんこの絵に強い影響を受けている。さっきは何とか顔を上げて立ち上がった。
だが、この姿は。
錬金術師の残留思念は微動だにしない。
レンプライアがひたすら世話を焼いているが、まったく嬉しそうでは無い。
冷徹にみくだしているソフィーさん。
いや、冷徹なのでは無い。
ただ反応を観察して、情報として取得しているのだ。社会の上位に存在している深淵の者ですら持て余す完全な規格外。
もはや世界の外側にいる存在としての行動としては。
それはおかしくないのかも知れない。
いずれにしても分かった。
これが恐らく「怠惰」だ。
本人が怠けているわけではない。
挫折から立ち直れない事が恥なのでもない。
挫折から立ち直れなければ死ぬ。
だが死にたくない。
分かっているが、死にたくないのだ。
それが、怠惰という大罪の一つになってしまっている。それがこの光景なのだろう。何故大罪かというと、本人だけでは無く周囲の社会に影響を与えるからだ。
心にあまりにも大きなダメージを受けたとき。
立ち直れなくなることはある。
それは恥ずかしい事なのだろうか。そうとはリディーには思えない。
人間の心は壊れる。
リディーも、スールも、経験してきたことだ。
恐らく最初から壊れていたソフィーさんは例外として。フィリスさんやイル師匠も経験してきた事なのだろう。
レンプライアは害を為していないが、最大限に害を為しているとも言える。かといって、この人の挫折を見ていて、何となくわかった。
どうしてこんな絵を描いたかを。この人は、未来では無く。過去に夢を見たのだ。
この絵を描いた錬金術師は挫折した。理由は分からないが、この人が何百年か前に生きていたのだとすれば、理由は幾らでも考えられる。さっき「怒り」のオブジェを見た時に他の錬金術師らしき存在が叩き潰されていたが。
それだけが理由ではあるまい。
もしそうだったとしたら、未来に夢を見た可能性がある。
500年以上前。
深淵の者が世界に干渉を開始する前の時代には、色々と夢を見ている人が多い、と聞いている。
それはこの絵を描いた錬金術師も同じだったのだろう。
何が挫折の原因になったのかは分からない。
挫折を恥だとも思わない。
だがこの人は過去に夢を見た。見過ぎた。
その結果が、この絵だとすると。
それはやりきれないことだと思った。
この絵の支配権がレンプライアに移った後。少し、この残留思念に話を聞いてみたい。今は、レンプライアが絵の支配を完全に握っていて、この残留思念は、怠惰という鎖につながれている。
繰り返すが、リディーはそれを悪い事だとは思わない。
スールも、どちらかというと静かな目で見ている。
軽蔑している様子は無い。
不思議な絵画を描けるほどの錬金術師だ。相応の人物であったことは間違いないのである。
それが此処までの挫折をした。
理由が小さかった筈も無い。
むしろ、挫折した人を、ひたすら甘やかし。自分の養分にするレンプライア。弱者からむしり取り、肥え太る事を嬉々として行う「みんな」そのものに対して。リディーは強い憤りを感じる。
「行くよ」
ソフィーさんに促される。
頷くと、この絵の本来の主を一瞥だけして、歩く。
助けてあげたい。
技量をあげる事が出来れば、助けられるのだろうか。残留思念だ。しかもこの絵にこびりついている。
後で専門家に話を聞きたい。
ネージュだったら、何か分かるかも知れない。恐らく、この世界でも随一の、不思議な絵の大家である。
今は、ただ。
お母さんをまず助けるために。
先に進むしか無かった。