暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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此処のボス、ファルギオルほどではないですが、準備不足で挑むと苦労するんですよねえ……

アトリエシリーズのボス敵はそれほど強くは無いんですが、不思議シリーズの時代は適当な装備で行くと泣かされる相手がそれなりにいました。


2、最大の大罪

どれだけ登ってきただろう。

 

果てしない螺旋の巨大な庭園を、登って登って。本当だったら、大きな山を、回るようにして登っているのだろうと、リディーは思う。

 

山登りほどの厳しさではないが。

 

それでも、時々厳しい地形はあった。

 

ソフィーさんは休憩を途中で入れてはくれる。

 

何だか感覚がおかしいなか、食事をする。

 

ティアナさんが時々戻ってくると。

 

ソフィーさんは、音を封じる魔術を展開。周囲に聞こえないようにして、話を幾つか聞いていた。

 

いずれにしても、良い内容ではないだろう。

 

食事を黙々と終える。

 

持って来た食糧はそろそろ半分を切る。長期戦を想定して、干し肉などを持って来ているのだが。

 

それもいつまでももつわけではない。

 

だが、食糧に関しては其所まで不安視はしていない。

 

もっと不安なのは、不意打ちと、ここから先の道程だ。

 

ソフィーさんの事だ。

 

いきなり不意打ちが掛かるのを、見逃して対応力を見ようとする可能性もあるし。或いはもっと悪辣な罠をしかけてくるかも知れない。

 

アンパサンドさんはそれを理解しているようで。

 

周囲に対して、徹底的な警戒をしてくれていた。

 

無言のまま、リディーはスールに頷く。

 

スールも、頷き返してきた。

 

この辺りは通じ合う。

 

だが、二人の道は、既に一緒では無い。

 

双子といっても、これからやろうとしている事は、完全に方向性が違ってしまっている。

 

それは既に分かりきっているし。

 

今更互いに話し合おうとも思わない。

 

世界の現実を見て。

 

それで決めたことだ。

 

互いに異論はない。

 

「これで、残るは一つか。 また悪趣味なものを見せられるのか、それとも……」

 

フィンブルさんが苛立ち紛れに言う。

 

アンパサンドさんが戻ってきた。マティアスさんが、代わりに見張りに立ったのだ。オイフェさんも。

 

そういえば、マティアスさんがオイフェさんを口説こうとするのは見た事がない。

 

ひょっとすると、一目で何かしら違うと察したのかも知れないが。

 

「アンパサンドさん、周囲に敵意はありますか?」

 

「いいえ、周囲に敵影はないのです。 不自然なほど綺麗に掃除されている……まあ間違いなくあの女剣士の仕業なのです」

 

アンパサンドさんも、ティアナさんから漂う凄まじい血の臭いは察しているのだろう。騎士として戦っている人なのだ。それも戦闘経験の蓄積は尋常では無い。ヤバイ相手かどうかくらい一目で見分けがつく。

 

横になって、眠り始めるアンパサンドさん。やはり誰にも寝顔を見せないようにして、隙を作っていない。

 

アンパサンドさんは、リディーとスールを最初は徹底的に嫌っていた節がある。

 

昔のリディーとスールは、それは嫌われて当然だったとも思う。

 

今は、どうなのだろう。

 

こうやって信頼していない様子を見せられると。

 

あまり距離を詰められるのがいやなのか、それともまだ嫌いなのかは、あまりよく分からない。

 

ただアンパサンドさんは仕事はしてくれるし。

 

戦いでは自他共に厳しいが。自分に一番厳しい。

 

この人は信頼出来る。

 

その考えには、代わりはない。

 

ソフィーさんは比較的長めに休憩の時間を取ってくれる。休憩だからといって、心は安まらなかったが。

 

少なくとも、魔力は殆ど全快の状態にまで持って行けた。

 

問題はルーシャだ。

 

今までの光景で、精神的に一番大きなダメージを受けていた。

 

かなり参っているようだが。

 

戦えるだろうか。

 

ルーシャはずっと唇を噛んだまま、一言も喋らない。

 

今なら分かる。

 

ルーシャは、人間ではなくなっていくリディーとスールを見て、一番悲しんで、どうにかしようと奔走してくれていた。お父さんもそうだとは見せていなかったけれど、影で同じ事をしてくれていたのだろう。

 

だからこそに。

 

こんな、人間という生物そのものをモロに見せられるような場所に連れてこられたら。

 

精神に大きな傷だって受ける。

 

ルーシャは人間的な精神のまま、此処までの実力を得られた希有な錬金術師だ。分類としてはイル師匠に近いのかも知れない。

 

いや、まて。

 

ひょっとして。

 

ソフィーさんをちらりと見る。

 

まさかとは思うが、今回の試験。

 

ルーシャを、リディーやスールと同じように。深淵に引きずり込むことも、ソフィーさんの目的の一つではないのだろうか。

 

「そろそろ行くよ。 準備して」

 

思考を中断される。

 

いきなり至近距離で、ソフィーさんがリディーの顔を覗き込んでいた。

 

流石に今の状態でもぞっとする。

 

立ち上がると、行軍の準備。

 

そういえば。この先はずっとずっと長い橋だ。

 

遠くには、無数の山頂と、其所から流れ出ている水が見える。そして、色がない虹も。

 

一つ、聞いておきたい。

 

「ソフィーさん、質問、いいですか」

 

「うふふ、なあに」

 

茶番かも知れない。

 

この人は、リディーの思考くらい、読めるのだろうから。

 

勿論ルーシャについては聞かない。

 

藪蛇になるし。

 

下手をすると、その場でルーシャの首を刈られかねない。

 

「この絵を描いた錬金術師の残留思念、何とかしてあげられませんか。 一度真っ黒に染まった不思議な絵画はどうにも出来ないという話については分かりました。 でも、あれでは不憫すぎます」

 

「ふーん、まだそんな余計な事考える余裕が残ってるんだ」

 

「……っ」

 

「ふふ、冗談だよ。 そうだね、この絵そのものはもう手遅れだけれど。 もしもレンプライアの王を倒す事が出来たら。 レンプライアの王が二度と再生出来ないように、処置をしてあげてもいいよ」

 

絶対に、何か交換条件があるな。

 

そう思っていると、ソフィーさんはさっそくそれを提示してくる。

 

「ただし、二人には深淵の者に正式加入して貰う」

 

「じょ、条件……追加でいいですか」

 

「何?」

 

「もう、お父さんにも、お母さんのいる絵にも、手を出さないと約束してください」

 

勿論、ソフィーさんがそんな約束を守る保証は無い。

 

だけれども、ソフィーさんは人材を欲しがっている。

 

この絵を突破したら。また何か無茶な課題を寄越されるかも知れないけれど。

 

それでも、この条件だけは死守したい。

 

フィンブルさんが、武器に手を掛ける。アンパサンドさんが、目を細める。止めようかと思ったが、止めようとした様子だ。

 

ソフィーさんの後ろには、いつの間にかティアナさんがいる。

 

一触即発の気配を察したのだろう。

 

勿論やりあって勝てる相手では無い。

 

特にソフィーさんも同時に相手にした場合、この世界の人間全部が総掛かりでも、いやドラゴン全てを同時にぶつけても、勝てるかは分からないと思う。勿論今此処にいる面子だけでは、絶対に勝てない。

 

一瞬だけ、冷や汗が流れる時間が過ぎ。

 

そして、ソフィーさんはによによと笑ったまま言う。目は一切笑っていないが。

 

「面白い。 そんな条件でいいなら」

 

「……っ」

 

「ルーシャ、抑えて」

 

何か言いたそうにするルーシャを抑える。

 

気持ちは分かるが。此処は我慢だ。

 

「まあいいかな。 約束してあげる。 ついでに良い事を教えてあげるよ。 レンプライアの王が今は活性化しているから、七つの大罪も顕在化しているんだよ。 永久封印すれば、あの残留思念はあの場でぼんやりしているだけになる。 ネージュ級の錬金術師なら、何か対策を知っているかもね」

 

嘘だ。ソフィーさんも知っている筈だ。

 

だが、それについては何も言わない。

 

頷く。

 

これ以上の譲歩を引き出すのは難しいだろう。だから、それでいい。これ以上は、今は無理だ。

 

促されて、歩き出す。

 

フィンブルさんは、相当に頭に来ているようだが。パイモンさんが声を掛ける。

 

「フィンブルよ。 その怒りは、この先にいるレンプライアの王にぶつけるんだな」

 

「ああ、分かっているパイモンどの」

 

「儂も頭に来ているのは同じだ」

 

「……ありがとう」

 

無言で歩く。

 

長い長い橋だった。

 

あり得ない構造だ。石橋で、支えも無く、こんな長い橋が成立する筈も無い。それでもこの石橋は存在している。

 

坂にもなっていない。

 

多分だけれども、螺旋にずっと登ってきたこの絵の世界の庭園の。

 

今は頂上部分。

 

その中心に、この橋を使って進んでいるのだろう。

 

橋の広さは相応にあるのだが。

 

もしも実際にこんなものを作ろうと思ったら、多分三傑なみの実力が無ければ無理だ。

 

グラビ石という浮かぶ力を作り出す鉱石があるが。

 

それを相当量つぎ込まなければならないだろう。

 

遠くに、何かが見え始めた。

 

それが、そびえ立つような巨大なレンプライアで。

 

閉じ込められていることに気付く。

 

どうやら、間違いない。

 

あれが、今回の「試験」のターゲットだ。

 

残る大罪は傲慢。

 

どんな姿を見せつけられるのか。

 

正直、うんざりしているが。それでも、見て、そして戦わなければならないだろう。

 

アンパサンドさんに言われる。

 

「見た感じ、二百歩四方ほどの足場なのです。 リディー、あの足場全体に、悪意を遮断する魔術の展開を」

 

「分かりました。 やってみます。 その代わり、支援魔術にはかなりの呪文詠唱が必要になります」

 

「……その分の支援は、わたくしが」

 

ルーシャの様子がかなり辛そうだが。

 

それでも、今は戦力として当てにするしかない。

 

歩き、近付いていくと。

 

そのレンプライアが。

 

今まで見た中で、間違いなく最強であることは、戦う前から分かった。

 

腕が四本ある、巨大な何か得体が知れないもの。

 

力も凄まじく、ビリビリと感じる。

 

アレを何ら苦労せず封印しているのは、間違いなくソフィーさんだろう。その凄まじい力が、あのレンプライアを相対として、逆に分かってしまう。

 

橋が、終わった。

 

轟音が響く。

 

地鳴りのようだが。それがレンプライアの威嚇の声だと言う事は、よく分かった。生半可な使い手なら、この声を聞いただけで、廻り右するか。最悪失神していただろう。

 

近付いてよく観察すると、その背中には翼があり。

 

それも三対も無駄に生えている事が分かった。

 

そして頭の上には、王冠のようなものが。

 

体中には、無数の勲章のようなものが。

 

顔はおぞましいほどの異形だ。

 

ヒト族の端正な顔だけではない。

 

その周囲に、たくさんの目がついていて。口もたくさんある。あの口全部で、同時に詠唱をしてくるのだろうか。

 

太い腕は、まるで彫刻のように美しい。

 

なるほど、そういう事か。

 

あのレンプライアそのものが「傲慢」。

 

己の姿をひたすらに、「偉い」とされる要素で固めに固めていると言う事だ。それが、やり過ぎて異形になってしまっているという事に、本人だけが気付いていない。何もかも、「偉そうに見える」要素をぶち込みにぶち込んだ結果。その姿は、見るだけでおぞましい怪物以外の何者でもなくなった、というのがあの姿か。

 

乾いた笑いが漏れる。

 

最悪まで落ちた人間の姿がこれだ。いや、人間の心の最深部こそが、正にこれなのだろう。

 

七つの大罪か。

 

何となく、今までのものと。

 

そしてこの「傲慢」を見て。

 

滅びたヒト族の世界で忌避された理由が分かった気がする。

 

鏡だからだ。

 

滅びた世界にいたヒト族にとっては、自分にとってもっとも都合の悪い姿を、鏡で見せつけられるのが、とても嫌な事だったのだろう。

 

だから大罪としたのだ。

 

「さて、準備はいい?」

 

「……はい」

 

「それじゃ、頑張ってね」

 

ソフィーさんが指を鳴らす。

 

同時に。

 

周囲の空間が、隔離された。

 

 

 

封印されていた「傲慢」が、四本の腕を振り上げて雄叫びを上げる。それだけで、凄まじいプレッシャーが全身を叩く。だが、悪意を緩和するシールドを展開し。戦闘できるようにする。

 

同時に、詠唱開始。

 

まずは、皆の身体能力強化だ。

 

大丈夫。

 

今の、リディーのための杖と。ヴェルベティスの裏地。それに錬金術の装備品と。お父さんが用意してくれたネックレス。

 

これだけあれば、出来る。

 

言い聞かせながら、真っ先に突貫したアンパサンドさんと、それに少し遅れて突撃するフィンブルさん、マティアスさん、それにオイフェさんを見送る。

 

最初にしかけたのは、アンパサンドさんだが。

 

ぐにゃりと歪んだように動くと。

 

レンプライアの王「傲慢」は、アンパサンドさんの攻撃を、悉く回避した。

 

今までにないケースだ。

 

同時に、ルーシャがシールドを全開にする。

 

周囲に、極太の雷が、立て続けに降り注いだ。

 

ルーシャもヴェルベティスの服を裏地に仕込んでいたようだが。それでも、一瞬でシールドの負荷が限界に達する。

 

まずい。

 

想像以上の魔力だ。

 

スールに目配せ。

 

頷いたスールは、高々と掲げると。

 

不思議な絵の具を握りつぶし、世界を塗り替える。

 

不可思議そうにそれを見たパイモンさんだが。すぐに納得した様子だった。

 

周囲は。

 

お父さんの絵に切り替わっていた。

 

そう、美しい天国そのもの世界に。

 

相手が人間の心そのものだったら。

 

その心の上澄みの、もっとも美しい部分だけを抽出した世界で相手をしてやる。

 

大半の人間、つまり「みんな」は、そのおぞましい心を隠そうともしない。なぜならば、自分を「正しい」と信じ切っているからだ。

 

絶叫するレンプライアの王。

 

あからさまに力が落ちているのが分かる。

 

そうだ、当たり前だ。

 

此奴は人間の「そのままの姿」。

 

お父さんの絵は、こうあろうとする「理想」の終着点。

 

相容れる筈が無い。

 

人間の剥き出しの欲望を抑え込む絵とは相性が最悪であるし。何よりも、「みんな」。普通の人間が嘲弄し、敵意を剥き出しにする存在でもある。なぜならば、「みんな」にとって、こういう美しい心は、再現出来ないものだからだ。

 

自分が持っていないものをねたみ。

 

到達できないものを憎む。

 

それが「みんな」だ。

 

レンプライアは「みんな」そのもの。

 

だったら、人間の理想を擬似的とは言え再現したこの絵は、正に天敵に等しい存在である。

 

レンプライアの王「傲慢」は、レンプライアの中のレンプライア。

 

動きが露骨に鈍った顔を、アンパサンドさんが横一文字に切り裂いていた。鬱陶しがって振るう腕に、マティアスさんが剣を気合いと共に降り下ろし、一刀両断する。更にフィンブルさんが、脇腹を抉りぬく。

 

揺らいだ所に、顔面にコンビネーションブローを叩き込むオイフェさん。更に、渾身の蹴りを連続で叩き込み、跳び離れた。

 

皆が離れた瞬間。

 

今度はお返しとばかりに、パイモンさんが雷神の石。それも、もの凄く大きな奴で、全力での火力を投射する。

 

全身を瞬時に火だるまにされ、絶叫する「傲慢」。

 

其所へ、跳躍したスールが、メテオボールを叩き込んでいた。

 

空気の壁を八枚ぶち抜いたメテオボールが。

 

レンプライア「傲慢」の上半身を消し飛ばす。

 

だが、まだだ。

 

相手の力は邪神並み。

 

最初の攻撃だって、そもそも本気ではなかった可能性が高い。今まで戦った邪神二体から考えて、こんな程度で済む筈が無い。

 

皆、それは分かっている。

 

だから、スールが着地した時には、パイモンさんが第二射を。

 

ルーシャがシールドの張り直しを終えていたが。

 

それが、唐突に来る。

 

下半身だけ残っていたレンプライアが、急激に変貌。肉の塊がぶくぶくと膨れあがり、そして真っ白の上半身を作り上げる。

 

今までのゴテゴテした異形ではない。

 

美しい六枚の翼を持ち。

 

そして端正なヒト族の顔。

 

魔族の強靭な肉体。

 

鋭い獣人族の爪と牙。そして、恐らく見えはしないが、ホムの高い計算能力も取り込んだのだろう。

 

レンプライアは悪意の具現化。

 

他の不思議な絵画世界にも干渉しうると言う王「傲慢」だ。人間の強みを丸ごと取り込めても、おかしくはまったくない。

 

下半身も、美しい白い姿に切り替える。

 

戦闘形態と言う訳か。

 

雄叫びを上げるレンプライア。

 

同時に、周囲が押し潰される。

 

地面が、めり込む。

 

辺りの遺跡が、へし砕かれる。

 

此方の動きを封じ、自分だけ好き勝手に動くつもりか。そうはさせるかと顔を上げる。無理矢理に詠唱を完了させ。皆の身体能力を極限まで上げる。

 

だが、その瞬間。

 

極太の光の束が、叩き付けられるのが分かった。

 

さっきの火力の比では無い。

 

ルーシャが、リディーを突き飛ばす。

 

駄目。

 

叫ぼうとしたが。ルーシャは、静かに笑った。

 

シールドがぶち抜かれ。

 

光が、その場を蹂躙していた。

 

叫びは、届かない。

 

跳躍。

 

高く飛んだスール。この状況でも。

 

叩き込むメテオボール。

 

だが、すっきりとした姿に変わったレンプライア「傲慢」は、メテオボールを受け止めて見せる。

 

そして、スールに投げ返す。

 

空気をぶち抜いて迫るメテオボール。

 

思い切り直撃し、吹っ飛ばされるスールは、おかしな方向に体をねじ曲げられているように見えた。

 

後ろから、「傲慢」の顔面を唐竹にたたき割るマティアスさん。

 

腹にハルバードをねじ込むフィンブルさん。

 

だが。頭は溶け。腹に穴が開き。

 

体が不自然にねじれて、瞬時に傲慢の体が再生する。

 

右腕、左腕がそれぞれ振るわれ。マティアスさんとフィンブルさんが、それぞれ前後に吹き飛ばされる。

 

受け身すらとれていない。明らかに、一目で分かる致命傷。

 

凄まじい押し潰すような圧力の中、それでもアンパサンドさんがしかける。

 

首筋を切りつけると、全身を一気にねじり斬るようにして、想像を絶する数の斬撃を浴びせたようだったが。

 

それでも、全身から血を吹いても。

 

「傲慢」は平然とし。

 

そして、アンパサンドさんのいた場所に、足を踏み降ろしていた。

 

避けられたようには見えない。

 

オイフェさんが、ドロップキックでその両足膝を横から打ち砕くけれど。それこそ重力を無視して平然としている「傲慢」は。オイフェさんを、そのまま体に取り込み、上下から押し潰してしまった。

 

大量の鮮血がぶちまけられる。

 

傲慢の指先が光る。

 

雷神の石を再発射しようとしたパイモンさんが、消し飛ばされる。

 

呆然と立ち尽くすリディーは、それでも屈せず、顔を上げるけれど。もう、至近に「傲慢」は迫っていた。

 

此処まで、なのか。

 

手が伸び、リディーを掴む。辺りには、皆だった肉塊が点々と散らばっている。リディーを、苦も無く握りつぶす「傲慢」。

 

けたけたと、声が響いた。

 

待て。

 

おかしい。

 

何故、殺されて意識がある。

 

顔を上げる。

 

凄まじい乱戦は、まだ続いていた。皆、頭を抱えて、脂汗を絞っているが。それでも、戦っている。

 

死んでいない。

 

今のは幻覚。

 

いや、違う。悪意に対する中和をしているのをリディーと見て。全力で「傲慢」が、悪意を叩き込んできたのだ。

 

その悪意による錯覚が。今の光景だった、と言う訳か。

 

そんなものに。

 

負けてなるものか。

 

「ぁあああああああああっ!」

 

叫ぶ。全力で、魔力を全身から絞り出す。

 

同時に十以上の魔術を周囲にぶちまけつつ、人間の歪んだ美意識を形にしたような姿で暴れ狂う「傲慢」。

 

だが、アンパサンドさんが、全力で相手に接近戦を挑み続け。

 

そして、作ってくれる隙に、マティアスさんとフィンブルさん、オイフェさんが果敢に挑み続けている。

 

ルーシャは、限界だろうに、それでもシールドを張り。拡張肉体をありったけ展開して、シールドを割られてもどんどん次を張り直している。パイモンさんとスールは、苛烈な火力投射を続けている。

 

それでも「傲慢」はまだ余裕があるようだが。

 

だったら。

 

詠唱を更に進める。

 

「傲慢」が此方を見て、更に悪意の圧力を強めてくる。現実を正確に認識させないつもりだ。更に言えば、今悪意を中和しているリディーさえどうにかすれば、他の皆も、何もできない状態に出来ると判断しているのだろう。

 

馬鹿な奴。

 

リディーは、詠唱をくみ上げながら、そう呟く。

 

今、「傲慢」は気づけていない。

 

自分が、そのまま弱点を晒したと言う事に。

 

詠唱を極限まで絞り上げる。額の血管が破れて血が噴き出すが、それこそどうでもいい。全ての魔力を絞り出すと。

 

リディーは、杖を回転させ。

 

そして、地面をついた。

 

一気に、悪意を封じる術式を、敵に。傲慢そのものに収縮させる。

 

「傲慢」が動きを止めた。

 

鏡によって、人間の醜さを見せつけてきた「傲慢」。

 

だったらその醜さを、逆に見せつけ返してやる。

 

そもそも、「みんな」はどうしてもああも醜態をさらし続ける事が出来るのか。それは、自分という存在を「正義」だと勘違いし。己が「正しい事をしている」から、自分の価値観にそわない相手や、「醜い」相手に何をしても良いと思っているからだ。

 

だったら鏡を突きつけてやり。

 

自分がどれだけ醜悪かを、見せつけてやればどうなるか。

 

他のレンプライアだったら効くかは分からない。

 

だが、「傲慢」は明らかに邪神レベルの力を持ち、あからさまな自我を持つにまで到達しているレンプライアだ。

 

だったら。

 

絶叫するレンプライア。

 

それはそうだ。傲慢によって、驕り高ぶった己の浅ましい姿を、直接叩き込まれたのである。

 

全身が冷えていくのが分かる。

 

無茶苦茶な魔術を無理矢理展開したのだから当たり前だ。だが、ヴェルベティス装備と、ハルモニウムで作ったリディーのための杖がある。

 

この程度。

 

負けるものか。

 

スールが残像を作って戻ってきて、N/Aを荷車から取りだす。

 

頷いた。それしか、手は無いだろう。

 

相手の動きを止めていられる時間は、ほんのわずか。

 

今のリディーの魔術が尽きたら。

 

一気に悪意が押し返されて、皆動けなくなる。

 

勝負は一瞬。

 

この残り少ない時間で。

 

とどめを刺すしか、勝ち目は無い。

 

だが、なおもレンプライアの王「傲慢」は意地を見せる。

 

全身を更に膨れあがらせ、腕を増やし、目を増やし、翼も増やし。そして頭の上に、何やら輪のようなものを浮かべる。

 

全身は輝き始め。

 

そして声が聞こえる。

 

「我こそが、唯一絶対のものである」

 

悪意を、ピンポイントで押し返してきたのか。

 

頭が痛い。不協和音がガンガン響く。集中を乱し、この精神攻撃返しを、一気に押し破るつもりか。だが。

 

皆の総攻撃が、レンプライアの王「傲慢」を一気に責め立てている。

 

勿論、もがき苦しみながらも、「傲慢」は激しい攻撃を仕掛けてきてはいる。

 

周囲には間断なく雷撃や火球が降り注ぎ。雹が雨霰と降り注いでいるが。

 

しかし、アンパサンドさんが瞬時に「傲慢」の顔面を切り刻み。マティアスさんとフィンブルさんが息を合わせると。

 

傷だらけの全身の総力を振り絞って、連携して回転しつつ「傲慢」の全身を、瞬時に切り刻みつつ。

 

二人揃って、十字を描くように、頭上から真下に斬り下げる。

 

更に、オイフェさんが高々と跳躍すると。空中機動で加速し。心臓にあたる部分を、蹴り砕きぶち抜く。

 

それでも再生しつつ、ピンポイントでリディーに精神攻撃を仕掛けてくる「傲慢」。

 

いい加減にせい。

 

叫んだパイモンさんが、周囲に魔法陣を展開。

 

魔法陣からせり出してくるのは、巨大な雷神の石、合計六個。パイモンさんも相当に精神力を消耗しているようだが。それでも、無理矢理に魔力を絞り出し、全火力を展開。相互干渉して威力を増幅した雷神の石が、天から文字通り神域の雷撃を叩き込む。瞬時に炭クズになる「傲慢」。だが、それでも、炭クズの全身をぶち抜いて、端正な顔だけで復活する。顔の周囲には、無数の触手が蠢いていた。

 

押される。

 

リディーの精神に穴が開き始めている。

 

膝をつく。杖にすがる。だが、まだだ。あと少し。皆が、絶対にやってくれる。やってくれるはずだ。

 

「みんな、離れてっ!」

 

スールが叫ぶ。

 

だが、突貫する影。

 

アンパサンドさんだ。

 

端正な顔の頭から生えている無数の触手が、スールに向かう。その全てを、一瞬でアンパサンドさんは切り裂く。

 

見ると全身傷だらけ。骨が見えているほど切り裂かれている場所もある。

 

それはそうだ。あんな相手に、ずっとインファイトを挑んでいるのだ。当たり前の話。だが、その闘志も動きも鈍っていない。

 

ぐっと、更に悪意の圧力が強まる。

 

リディーが押し負けたら、一瞬でこの場は悪意に塗りつぶされて、そして皆まともに前も見えなくなる。

 

さっきリディーが見た幻覚のようなものを見せられ。

 

一方的になぶり殺しにされる。

 

それだけは。

 

絶対にさせるか。

 

アンパサンドさんが、気にくわない「傲慢」のにやけ面に飛びつくと、右目に短剣を突き刺し、眼球をえぐり出す。

 

触手がアンパサンドさんを狙うが。

 

紙一重でかわし、飛び退く。

 

目を瞬時に再生する「傲慢」。

 

それに、今の触手は、アンパサンドさんを掠り、高々と空に跳ね上げていた。口を開き、光弾を集中させていく「傲慢」。もう前衛組は、総力での攻撃の結果動けないし、パイモンさんも品切れの様子だ。

 

だが。

 

今の瞬間、右目が無くなったその死角に潜り込んだスールが。

 

N/Aを「傲慢」の膝元……というか、首元か。ともかく至近に放り込んでいた。

 

勿論、レンプライアの欠片を塗りたくってある。

 

勿論触手で払いのけようとするレンプライア「傲慢」だが。この時、一気にリディーは、残る全ての力を込めて、悪意を相手に押し返す。その手を、ルーシャが取るのが分かった。爆発が至近で幾つも起こる。シールドを解除し。その分の魔力を、リディーに回してくれたのだ。

 

深呼吸。残った力を、全て叩き込む。

 

悲鳴を上げて、完全に悪意を押し込み返された「傲慢」が絶叫する。

 

N/Aは触手に払いのけられることも無く。もはや動けない前衛組を守るために、パイモンさんが「傲慢」の周囲にシールドを展開もする。

 

チェックメイトだ。

 

スールがバトルミックスを展開。

 

N/Aを炸裂させる。

 

見苦しい悲鳴を上げる「傲慢」を。

 

光が包んだ。

 

それは、爆発と言うよりも。もっと優しい、それでいながら一切合切の抵抗も許さない。

 

何というか、浄化という言葉が一番近かった。

 

全てを消滅させる光だから、だろうか。勿論空間や時間というものは消滅させられないだろうが。

 

少なくともこの世界に実体があるものや、魔力の類は全てが消し飛ぶ。傲慢が、文字通り食われながら、消えていくのが分かる。

 

シールドがミシミシいっているのが分かるが。なんとか耐えられるはずだ。

 

一点に収束するように設計した爆弾である。そうでなければ、危険すぎて使う事が出来ないからだ。

 

ふつりと、悪意の圧力がきれた。

 

同時に、周囲の楽園のような光景が、消えていく。

 

不思議な絵の具の効力が切れたのである。周囲が、黒の世界へと戻っていく。

 

今回も、ギリギリだったか。余裕を持って勝てないものだなと、リディーは苦笑いする。

 

むしろ、ソフィーさんの調整能力の凄まじさを、褒めるべきなのだろうか。其所は、正直よく分からないが。

 

「トリアージ! 急げ! くそっ、一人も死なせるなっ!」

 

フィンブルさんが叫んでいるのが聞こえる。かなり状態が危ない人がいるのだろう。口調に焦りが感じられる。

 

周囲は、また黒い世界に戻っていた。

 

一度食い尽くされると、もう元に戻ることは無い。

 

そうなのだろう。

 

だけれども。

 

どうしてだろうか。少し、世界の空気が、柔らかくなった気がした。

 

やりとげた。

 

少なくともお母さんの消滅は、すぐには起きない。

 

そう悟った瞬間、リディーは、意識を失っていた。

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