暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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黒に染まった絵の本来の持ち主。

その救済が、最初に行うべき事でした。


2、小さな世界の改変

不思議な絵画、湖畔へと入る。

 

既に他の人も入った形跡がある。アダレットにはどう使うかを説明してあるし、別荘付近には近付かないようにとも話はしてあるが。

 

人の立ち入った形跡を見る限り。

 

どうやら、指定は守られているようだった。

 

不思議な絵画に入れば、法則が違う異世界であると言う事は一発で分かるのである。この湖畔にしても、美しい森と緑が拡がり、静かで穏やかな湖がある。この時点で、現実とは違いすぎる。

 

多分この湖で、ひらひらの布を着て遊ぶ事も出来るだろう。

 

富豪などは、自宅の庭などに水たまりを作って、そんな感触で遊ぶ事があるらしいのだけれども。

 

基本的に水場が如何に危険かは誰もが知っている。

 

この穏やかな絵で無ければ、出来ない事だ。

 

また、レンプライアがいるという事も忘れてはならない。

 

そういえば、キャプテンバッケンの絵でも、海中にはレンプライアは出てこなかったけれども。

 

あれはどうしてなのだろうか。

 

ともかく、レンプライアの性質については後回しだ。

 

まずは予定通り、別荘に。

 

別荘の中には、最低限の生活器具しかなく。しかしながら、最低限のものは、全て揃っている。

 

残留思念が引っ越しをするには、充分だろう。

 

皆にも見てもらう。

 

生活をするのに良さそうかどうかを聞いてみると。流石に王族であるマティアスは、難色を示した。

 

「ちょっと狭すぎねーかこの小屋……宿とかだと俺様も耐えられるけれど、此処で暮らすのは嫌かなあ」

 

「閣下。 皆、これくらいの家で暮らしているのが普通だ。 むしろ獣に襲われる可能性が無いと言うだけ、随分と環境が良い。 生活のために必要な設備も整っている、もっと貧しい生活をしている民からすれば贅沢すぎる程だ」

 

「そうか、そういうもんなのか。 確かに俺様、贅沢だったかもしれないな」

 

「……わたくしも、少し手狭に感じますけれども。 ただ、雰囲気は良いですわね」

 

ルーシャはそう言ってくれるか。

 

ちょっと嬉しい。

 

アンパサンドさんは、問題なしと一言だけ。オイフェさんは家の中を見て回って、必要なものはそろっているとだけ言ってくれた。

 

それならば、これで充分だろう。

 

石材を荷車から降ろすと。

 

先に指定していた魔法陣を、皆の立ち会いの下で描く。

 

結いのパステルそのものは、強い魔力を補給すれば、幾らでも使う事が出来るので。別に慌てることも無い。

 

不思議な絵画の基本法則に多少干渉する事になるが。

 

基本的に不思議な絵画には、外部から干渉する事が珍しくもない。お父さんも、自分の絵を随分と補修していたし。そういうものだ。

 

内部から干渉する事だって、ある意味レンプライアがやっているわけで。

 

今更である。

 

淡々と魔法陣を描く。

 

複雑な魔法陣を、リディーの指示で描いていく。スールもそろそろ、これくらいは出来なければならないからだ。

 

彫るのは得意だが。

 

パステルを使って描くのはそれほど得意ではない。しかもこのパステルでの作業、ミスが許されない。

 

石材は幾らか積んで来ているが。

 

強い魔力を持った高品質の石材は。

 

そうたくさんあるものでもないのだ。

 

ほどなく、魔法陣が光り始める。

 

動くだけでは安心できない。

 

先に皆には説明してあるので、すぐに皆備えて動いてくれる。周囲を固めて、襲撃に備える。

 

姿を見せるのは、鎧姿の兵士達。

 

ネージュの要塞を守っていたガーディアンを参考にさせて貰った。いずれもが寡黙に守りの仕事をこなす。

 

この湖畔では、レンプライアが現れた場合駆除する役割と。

 

もしもガーディアンが倒された場合、時間を掛けて修復する機能。

 

更に人間がこの別荘に近付いた場合、警告、監視する機能を盛り込んだ。また、別荘から何かを盗み出そうとする者が出た場合は、拘束して騎士団に通報する機能もついている。

 

これだけでかなり複雑な魔法陣になったので。上手く行っているかはかなり不安なのだが。一つずつ試して行く。

 

騎士団の人間が窃盗を働くとは思えないが。

 

一応、騎士団長に通報が行くようにはしてある。

 

騎士団長まで腐敗してしまったらどうしようもないが。

 

現時点でその恐れはないし。

 

何よりも、そもそも此処には盗むものがない。

 

ほどなく出現した鎧姿のガーディアンは、三十体に達する。これに対して、機能試験をしていく。

 

一つずつ、皆と一緒に試して行く。

 

いきなり攻撃をしてくるような機能は盛り込んでいないが。

 

それでも、レンプライアと戦えるくらいの実力は必要だ。

 

武器は槍を主体に、それぞれが小型のクロスボウを腰に付けている。正式な装備としては、生半可な傭兵よりも重武装だ。使い捨ての傭兵が、高い武器を買えないという事情もあるのだが。

 

湧いていた小型のレンプライアを誘導して、戦わせてみる。

 

ガーディアン達は素早くとても綺麗に連携して動くと。

 

レンプライアを、またたくまにずたずたにしてしまった。

 

基本的に十体一組で動き。

 

一組が別荘を守り。残り一組が巡回を実施し。残り一組が補充要員として待機するようにしている。

 

それらの動きも、きちんと行うかを確認。

 

お父さんが一つずつ機能を試しながら、頷いた。

 

「これ、オネットの家の周囲にも配置できないか」

 

「この実力だと、中型以上のレンプライアを相手にするのは厳しいと思うけれど……」

 

「そうか。 戦闘タイプのガーディアンにした方が良いか」

 

「うーん、ちょっとその場で思いつきの変更を加えるのはあまり賛成できないかな」

 

スールの言葉を聞いて、ルーシャが驚いている。

 

昔だったら、スールの口からこんな慎重な言葉が出るとは思えなかったのだろう。

 

いずれにしても、二刻ほどかけて、きちんと全ての機能を実験していく。

 

なお騎士団長には、事前にアンパサンドさんから話が行っているので。騒ぎになるような事も無かった。

 

機能はいずれもが問題なし。

 

強い魔力を帯びた石材は、この絵の中核である別荘の側に埋める。これで魔力の自動充填もされるはずだ。

 

次。

 

いよいよ此処からは。

 

失敗が絶対に許されない作業になってくる。

 

「湖畔」を出ると、「黒の地平線」に入る。

 

黒い遺跡と白い空。

 

相変わらずの不可思議な世界だが。前に比べると、悪意が段違いに弱まっている。本当にソフィーさんが、丁寧に処置をしてくれた、と言う事なのだろう。悔しいけれど、感謝しなければならない。

 

不思議な絵が汚されるのは。お父さんがしている仕事を汚されるようで。今は、あまり気分が良くないのである。

 

レンプライアも、前に見たような超巨大なのはいない。

 

また、あの悪趣味な「七つの大罪」のオブジェも、既に存在していなかった。

 

「傲慢」が封印されたことで。

 

恐らくは、活性化を止めて、動けなくなったのだろう。或いは、絵そのものに溶け込んだのかも知れない。

 

それでも、レンプライアは時々襲撃をしかけてくるが。

 

どれも、現状の戦力であれば撃退は難しく無い相手ばかりだったので。順番に全て片付けてしまう。

 

ただ、今回は戦闘が苦手なお父さんがいる。常にそれを意識して、お父さんを守りながら動かなければならない。

 

レンプライアの欠片を回収しつつ。

 

所々で素材も回収する。

 

やはりかなり良い素材が採れる。

 

今回は、ルーシャと二等分だ。

 

パイモンさんは、流石に今回の仕事に呼ぶには戦力的に贅沢すぎるだろう。他にも仕事はいくらでもあるのだし、其方に回って貰ってほしい。

 

羽の生えた鎧のレンプライア。

 

そう、周囲に竜巻を纏っていて、近付くだけで傷つくあいつが、数体姿を見せるが。

 

スールは空中に躍り上がると。

 

躊躇無くメテオボールを叩き込む。

 

更にルーシャが砲撃を浴びせて。

 

そもそも近付かせない。

 

粉々になったレンプライアから欠片を回収。レンプライアの欠片は、幾らあってもいい。危険物ではあるが。

 

ギリギリの戦闘では、この上ない切り札になるからだ。

 

ほどなく、「怠惰」のオブジェクトがあった地点に到達。

 

悪意に対するシールドを張っているリディーを見るが、消耗はごくごく小さいようだ。そもそも此処までで、大きな戦闘を経験していないのだから当然だろう。

 

庭園の一角。

 

ベンチに、そのくたびれた姿は座っていた。

 

この絵を描いた錬金術師の残留思念。

 

近付くと、顔を上げる。

 

くたびれ果てた、窶れたおじさんだった。

 

美少女やイケメンだったら助けるが、汚いおじさんだったら助けない。

 

そんな価値観を、昔もっていたかも知れない。

 

バカか。

 

そんな風な事を考えていたから、ヒト族は己の世界を滅ぼしてしまった。それが今ではよく分かる。

 

この人も、勿論救わなければならない。

 

救えない人はどうしてもいる。だが救える範囲にいる人を救わなくて、何がSランクの錬金術師か。

 

声を掛ける。

 

相手は、落ちくぼんだ目で、リディーをじっと見つめていたが。やがて、返事をしてきた。

 

あまり人と話慣れていないのか。

 

それとも、何かの理由で、自信を失ってしまったのか。

 

か細く、弱々しい声だった。

 

この人だって、不思議な絵画を描いたほどの錬金術師なのだ。このように弱々しくなったのには理由があるのだろう。

 

順番に、聞いていかなければならない。

 

「君は……君達は……この絵をレンプライアから取り返してくれた人達だね……」

 

「錬金術師、スール=マーレンです」

 

皆にも自己紹介をして貰う。

 

スールの意思を理解しているからか。

 

皆、相手を蔑視することもなく、声を荒げることも無かった。

 

ネージュも、この世界に愛想を尽かして不思議な絵画に閉じこもったが。

 

それを責める資格は、すくなくともこの世界に生きる者には無い。国を挙げて迫害をしかけておいて、偉そうに説教とか、一体何様か。そんな事だから、万物の霊長とか言う噴飯ものの自称をしたあげく滅びるのだ。

 

この人だってそう。

 

不思議な絵画を描くほどの錬金術師が、此処までの事になって、残留思念となり絵に留まっているのだ。

 

余程の事があった、と考えるべきだろう。

 

勿論要求次第では応じられないが。

 

少なくとも、この危険な世界ではなく、安全な家を用意することは出来る。

 

そしてそれにはスールにも利がある。

 

現状の結いのパステルでお母さんを助けられるかどうか、見極められるからだ。

 

説明を終えると。

 

錬金術師の残留思念は、しばし黙り込んでいた。

 

そして、ぽつぽつと話し出す。

 

錬金術師の名前はアデルバルト。

 

聞いた事もない街の出身者だった。アンパサンドさんとフィンブル兄を見るが、首を横に振られる。

 

ということは、既に滅びた街なのだろう。

 

不思議な絵画そのものは値打ちものとして、この人が亡くなった後に持ち出され。

 

その内使い方も価値も分からなくなり。

 

何処かの倉庫に放り込まれ。

 

真っ黒に染まってしまった。

 

そういう所だろうか。いずれにしても、この人が魂を込めた絵画が、酷い扱いをされたものである。

 

駄作であろうと、如何に自分の願望を絵にしたものであろうと。

 

描いた人間にとって、そんな扱いが嬉しいわけがない。

 

アデルバルトさんは、淡々と話してくれる。

 

「僕は大した才能もなくて、街でほそぼそと錬金術師をしていたよ。 何しろこの容姿で、しかも気弱そうだろう、街の人達は僕を都合良く利用してね。 薬や強い獣の退治が必要な時にはゴマをすって、それ以外の時は陰口大会さ。 誰かを助けても感謝はされることもなく、むしろ遅いとか怒鳴られる事の方が多かった。 そして……すり減っていた僕の前に、彼奴が現れたんだ」

 

悲しい話だ。

 

昔だったら、キモイオッサンの泣き言呼ばわりしていたかも知れない。

 

だがそんな風な言い方をしていたから、ヒト族の世界は滅びた。

 

今のスールは、それを理解している。繰り返すが、美少女だろうがキモイオッサンだろうが、容姿で助ける助けないを選別する方がおかしい。

 

むしろ、そんな風に考える奴を選別して駆除する。

 

その作業が必要では無いのだろうかと、スールは考えている程だ。

 

「彼奴はあからさまに容姿が優れていて、喋るのも得意だった。 でも、一目で分かったよ。 錬金術師としての実力は僕よりも明らかに、いや遙かに劣るって。 街であっと言う間に人気者になった彼奴は、僕を排除する方向で動き始めた。 山師だったんだろうね」

 

あらゆる不正がでっち上げられ。

 

街中の女を独占したそのツラがいい山師によって。

 

アデルバルトさんは街を追い出された。

 

とぼとぼと、荷車とわずかな資産。そしてこの絵を持って逃げている途中。

 

振り返ると、街が燃えていたそうだ。

 

「ネームドだよ。 君達くらいの錬金術師なら、どうにでもなる程度の相手だっただろうけれど、あの山師と、街の自警団では致命的な相手だった。 街は瞬く間に焼き尽くされて、ほとんど皆殺しさ。 慌てて戻った僕は、必死に戦ってネームドを倒した。 だけれど、真っ先に逃げ出した山師が街の財宝をあらかた持ち出してしまっていた上、自警団は全滅してしまっていた。 街の人間も、十分の一も残っていなかった」

 

後は悲惨だったという。

 

生き残った人達を、必死に手当てして回ったけれど。誰も彼もが、役立たず、どうして遅れたと、アデルバルトさんを罵ったという。

 

そして呆然としているアデルバルトさんに、早く助けろと、居丈高に怒鳴り散らしてきたそうである。

 

ショックだった。

 

そう、アデルバルトさんは静かに嘆息した。

 

「やがて、街を一度捨てて、隣街に逃れる事になった。 街道を行く途中に、あの山師の死骸が見つかったよ。 どうやら獣に襲われたらしくてね。 要するに、獣から自衛さえできなかった程度の腕前だった、ということさ。 街の生き残った女の人達は、みんなが揃って僕を責めた。 この人でなし。 お前が役立たずだからこの人が死んだんだってね」

 

「それはどう考えてもその街の者達が悪いのです」

 

「同感だな」

 

アンパサンドさんとフィンブル兄がフォローを入れる。

 

スールも同意だ。

 

だが、集団になると。

 

特にヒト族は、愚者の群れと化す。

 

その街はヒト族を中心とした街で。しかもネームドの襲撃で、自警団のボスをしていた魔族の戦士も亡くなったらしく。もはや烏合の衆は、まともな判断力も残していないようだった。

 

そしてスールは、頭を振る。

 

今後マティアスは、そんな愚かな人達を相手にしていかなければならないのだ。

 

盾になると言う事は、そういうこと。

 

ミレイユ女王の盾となって生きるという事は。そんな愚か者達を、どうにかして掣肘し。場合によっては逆恨みも自分で受け止めなければならない。

 

大変だろう。

 

アンパサンドさんとフィンブル兄に、支えて貰えるのは良かったと思う。

 

孤独では、とても耐えられるとは思えない。

 

アデルバルトさんは更に言う。

 

「隣街に辿りつくまで、多くの獣に襲われ、匪賊にも襲撃されたよ。 それでもどうにか全員守りきった。 疲れ果てている僕は、隣街の人達に状況を説明して。 そして、安心した瞬間だった。 刺されたのさ、後ろからね」

 

あの山師に惚れていた女の仕業だった。

 

倒れたアデルバルトさん。

 

街にはあまり腕が良くない錬金術師もいたけれど。

 

その人も間に合わなかった。

 

一応手当はしてくれたらしいが。

 

そもそも助けた街の人達の証言が、あまりにもアデルバルトさんの言葉と一致していない事もあって。

 

手当はおざなりだったらしい。

 

「君達くらいの錬金術師がいてくれたら、助かったかもしれないね。 いずれにしても、僕は薄れる意識の中で、思ったんだ。 一体何のために生まれてきたんだろうって」

 

リディーはじっと俯いていた。

 

多分、「みんな」の邪悪さを、再確認したからだろう。

 

スールも許せないと思った。

 

恩知らずで恥知らず。

 

だが、死んでしまえとまでは言えない。

 

それでは、クズのツラだけ良い山師と同じだからである。

 

更に、アデルバルトさんは、絵の中に残留思念でいつの間にか移り。更なる死体蹴りを其所から目撃したという。

 

結局の所、街に来た山師が英雄扱いされ。

 

アデルバルトさんは役立たずのクズだったという結論に落ち着いたという。

 

何故その状況でそうなるかは分からないが。

 

多分余程女をたぶらかす手管に長けていたのだろう。その山師は。

 

反吐が出る。

 

アデルバルトさんの私物は全て売りさばかれ。死体も無縁墓地に捨てられたという。

 

そして、最後の魂を込めたこの絵も。

 

捨て値で売りさばかれた。

 

どうやらその街の錬金術師は。不思議な絵画の存在さえ知らなかったようで。興味さえ見せなかったそうである。

 

買い取ったのは流れの商人。捨て値で、だそうである。

 

ただ錬金術師の描いた絵だ。何か価値があるかも知れないと思った物好きが買った、というわけだ。

 

しかしそれもいずれ忘れ去られ。

 

やがて流れ流れて、何処かのアトリエに放置された絵はこの状況になったと言う。

 

「僕だって、この絵が駄作だって事は分かっているさ。 だが、ツラがまずくて雰囲気が暗いというのは、そんなに悪い事なのかな。 僕は皆を助けるために、己の全てを使い切ったよ。 それなのに、どうして刺されなければならなかったのかな」

 

「……この絵を、離れよう、アデルバルトさん。 それが出来る準備はしてきました」

 

結いのパステルの説明をする。

 

そして、フェアでありたいと思ったから。

 

スールは自分達の目的の説明もした。

 

お母さんを助けたいのだと。

 

実験は、既に「湖畔」にて行っている。魔法陣さえ間違わなければ、絶対にきちんと動作してくれると。

 

だが、人体実験(残留思念だが)はこれが初めてになる。

 

もしも失敗したら。その時は、スールは謝っても謝りきれない。

 

そう説明して、誠実に頭を下げると。

 

アデルバルトさんは、静かに笑った。

 

「ありがとう。 僕の絵のせいで、色々酷い目にあっただろうに、其所までしてくれるんだね。 良いよ、やってほしい。 僕も、自分の酷い人生そのものであるこの絵からは、もう離れたいと思っていた。 失敗して、消えてしまったとしても……悔いはないよ」

 

「最善を尽くします」

 

スールは頷く。

 

そして、周囲を、皆に固めて貰った。

 

ルーシャが側で、拡張肉体を展開。念入りにシールドを張って、残留思念とスールを守ってくれる。

 

リディーが言ったとおりに魔法陣を丁寧に書いていく。

 

石材は、さっき更に補充した。

 

だから、一度や二度は失敗しても大丈夫だが。問題は魔法陣を書き間違えて、それがしかも発動した場合だ。

 

何が起きるか分からない。

 

それだけは、避けなければならない。

 

まず順番に作業をする。

 

アデルバルトさんの残留思念に力を与えて、存在を強固にする。

 

これ自体は、この後お母さんにしようと思っている事と同じだ。

 

続いて、湖畔へ一時的に世界をつなげる。

 

お母さんくらい強い自我があると素で出来るようなのだけれど。アデルバルトさんには厳しいだろう。

 

だから、此方でお膳立てをする。

 

そして続けて、この世界。黒の地平線から、アデルバルトさんがいなくなった事を補填する。

 

具体的には、絵のエーテル量がぐんとさがるので。

 

それを補填する。

 

ただでさえ真っ黒になるまでレンプライアに食われた絵だ。

 

もしも世界が崩壊したら、何が起きるか文字通り分からない。絵の外の世界に影響があるかも知れない。

 

そんな事は許されない。

 

そして最後に。

 

湖畔に出向き、アデルバルトさんの残留思念を、其所に固定化する。

 

作業は二段階に分けて行う。

 

最初の三つはこの黒の地平線で。

 

最後は湖畔で、である。

 

お父さんも、魔法陣を描く際に、補助をしてくれた。最後の一筆を入れる前に、入念に調べてもくれる。

 

お父さんも、アデルバルトさんが辿った運命については、相当に思うところがあるようで。

 

全面的に協力してくれたのは有り難い。

 

ほどなく、魔法陣が完成。

 

アデルバルトさんだけが。この絵の中で、まず色彩を取り戻していく。くたびれた姿のままであったが。

 

強い魔力が立ち上っているのが見て取れた。

 

「ありがとう。 凄く楽になった。 此処から離れる事も出来そうだ」

 

「少しだけ、向こうで待っていてください」

 

「ああ。 分かっているよ」

 

空間の穴が開き。

 

湖畔とつながる。

 

シールドを展開していて正解だった。凄まじい数のレンプライアが押し寄せてくる。これは、しばし総力戦をしなければならないだろう。空間の穴が塞がるまでは、そしてこの絵の補填が終わるまでは、持ち堪えなければならない。

 

どっと押し寄せてくる悪意。

 

レンプライア達に、スールは躊躇無くありったけの爆弾を放り。

 

ルーシャが砲撃。

 

近付く相手には、フィンブル兄とマティアスが容赦の無い剣撃を浴びせ。お父さんの守りは、リディーががっちりやってくれる。

 

どんどん押し寄せてくるレンプライアだが。

 

全部まとめて蹴散らしていく。

 

此処の王であった「傲慢」に比べれば、ゴミかカスに等しい相手だ。はっきりいって、数を揃えても。

 

前のような、死を覚悟するような戦いでは無い。

 

油断さえしなければ大丈夫だ。

 

アンパサンドさんが、もう残像すら作らず。空中に無数の線を描きながら、敵を切り刻んでいる。

 

致命打にはならないが、動きを止めたところを、確実に他の皆で仕留めていけばいい。

 

スールもメテオボールを蹴り挙げると。

 

空中に躍り上がって追いつき。

 

一番大きい下半身が無いレンプライアに、渾身の一撃を叩き込んでやる。

 

射線上にいたレンプライアごと、まとめて全て消し飛ばすメテオボール。

 

人間の悪意、か。

 

アデルバルトさんの守ろうとした連中も。こんな悪意を、アデルバルトさんに叩き付けていたのだろう。

 

そして昔は、リディーとスールも。

 

穴が塞がる。

 

次の段階に移行。絵の補填が開始される。

 

其所で気付く。結いのパステルが、かなり弱まってきている。

 

これは、どの道一度外で補充しなければならないかもしれない。

 

穴が完全に塞がった事で、レンプライアももう無意味と判断したのか、それとも本能的な行動なのか。

 

さっと潮が引くように引き始める。

 

石版を埋めると、補填がきっちり済むか確認が終わるまでその場に残る。

 

同時に、今のうちに怪我人の手当もしておく。

 

多少フィンブル兄が手傷を受けていたが。それも大したものではない。

 

あれだけの数のレンプライアを相手に、この戦果。

 

やっぱりみんな強くなっている。

 

フィンブル兄も、一発で騎士採用されるわけである。

 

そこは、少しだけ安心できた。

 

程なく、絵の補填作業も完了する。

 

頷くと、すぐに黒の地平線を出て。そして湖畔に移動。

 

座り込んで待ってくれていたアデルバルトさんを、別荘に案内。別荘を見回すと、アデルバルトさんは、涙を拭い始めた。

 

「ありがとう。 僕は生きた証として、あの駄作しか残せなかった。 だけれども、君達は僕を人間として扱ってくれて、尊厳も守ってくれた。 この絵は僕が必ずレンプライアから守り抜くよ。 これでも、此処にいるレンプライアくらいなら、この頼もしいガーディアン達と一緒なら余裕で守り抜けるさ」

 

「……」

 

スールは頷くと。

 

ガーディアン達のボスとして、アデルバルトさんを登録。

 

そして、アデルバルトさんの存在を。

 

此処に固定化した。

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