暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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大望果たされり。

ならば次に待つのは

義務の履行です。


3、夢の最果て

湖畔の絵を、アデルバルトさんに見送られながら出る。そして、結いのパステルに魔力を充填する必要がある旨を説明し。

 

一度応接室を借りて休む事にした。

 

アンパサンドさんは、一緒に休憩しない。

 

あの絵についての資料を調べてくると言って、すぐに応接室を出ていく。半年後の副騎士団長だ。ある程度の融通も利くのだろう。

 

最初にため息をついたのは、マティアスだった。

 

「俺様もさ、残念イケメンって言われてるけど。 あのアデルバルトっておっさんの事を考えると、色々他人事じゃねえわ。 彼処まで報われない人生は……あまり人目に触れないだけで、結構あるんだろうな」

 

「マティアスは、ああいう人を見たらどうする?」

 

「助けるに決まってるだろ。 俺様だって、可愛い女の子だけ助けるような外道じゃねーよ。 何というか……上っ面だけで相手を判断する人間が、どれだけ醜いかは知っているつもりだったよ。 同調圧力ってのがどれだけくだらねーかも理解しているつもりではあったよ。 だけどあのおっさんの人生は……悲しすぎるだろ」

 

「その心を忘れるな、閣下」

 

「ああ。 絶対に忘れねー」

 

マティアスはずっと黙っていたけれど。

 

多分本当に頭に来ていたのだろう。

 

それに、アデルバルトさんも、残留思念になってまで嘘をつけるとは思えない。絵が黒に染まった経緯から考えても。

 

恐らくは、全て事実だったのだろう。

 

ヒト族は。己の世界を、他の動物も全部巻き添えにして滅ぼした時から、何一つ変わっていない。

 

他の人間も同じだ。

 

人間四種族、そのものを変えなければならないのだ。

 

リディーとは今後の方法論が違う。

 

だがこのような例を見て、もはや放置は出来ない。これ以上、万物の霊長だのと言うような寝言を口にする輩が出てこないようにする。

 

それが、スールがやらなければならない絶対の事の一つだ。

 

少し休憩したので、お父さんの立ち会いの下、結いのパステルに、リディーが魔力を注ぎ始める。

 

ルーシャもそれを手伝う。

 

魔力が増えたとは言え、魔力量そのものは決して多く無いスールは、その作業だけ参考にさせて貰う。

 

もっと腕が上がったら。

 

或いは同じ事が出来るようになるかも知れないから、である。

 

アンパサンドさんが戻って来た。

 

どうやら、黒の地平線についての資料を持ってきたらしい。

 

それによると、アデルバルトさんの名前は残っていなかったが。

 

「事故で行き倒れた錬金術師の私物を安値で買いたたいた」という記録が残っているそうである。

 

何が行き倒れか。

 

アンパサンドさんは、ため息をつくと。もう一つの資料を見せてくる。

 

それは、既に滅びた。ラスティンに存在した、小さな街のものだった。アダレットとラスティンは交流がある。互いの国で戦争どころではないから、である。

 

その資料の一つに。随分前に滅びた小さな街のものがあり。

 

名前は、先にアデルバルトさんが口にしたものと一致していた。

 

思わず頭を抱えたくなる。

 

しかも、それが滅びた経緯についても。

 

完璧に一致していたのである。

 

「英雄の足を引っ張った無能なるアデルバルトなる錬金術師が街を滅ぼした、だそうなのです。 資料については、本人の話を聞いた上で、更新を請求しておくのです」

 

「……アンパサンドさんも、結構怒ってる?」

 

「当たり前なのです」

 

「そうか、良かった」

 

頷くと、アンパサンドさんは早速作業に出向く。

 

それにしても、歴史にまで貶められるとは。

 

本当に人間とはどうしようも無い生物だと、再確認させられるばかりである。これでは世界の詰みが打開できない訳だ。

 

程なく、結いのパステルの魔力充填が終わるが。

 

リディーもルーシャもへとへとだ。

 

少し休憩する。

 

お母さんの状態が心配ではあるけれど。お父さんのしてくれた処置を信じる。絶対に、しっかりやってくれているはずだ。

 

そう信じて、休憩して、皆が回復するのを待つ。

 

書類の申請を済ませてきたアンパサンドさんが戻ってくる。

 

ラスティンとのやりとりや、見聞院とのやりとりがあるから、すぐに資料が更改されるわけではないだろうが。

 

クズを英雄扱いし。

 

英雄の名誉が貶められる愚かしい歴史は、これで塗り替えられる。

 

しばし、無言が流れたが。

 

ルーシャが、ふと言った。

 

「スー。 もしその現場にいたら、どうします?」

 

「錬金術勝負を挑んで、山師の化けの皮を引っぺがすかな」

 

「相手が「みんな」を味方につけていたら?」

 

「殴ってでも目を覚まさせる」

 

過激な方法だが。

 

そも多数派が正しいという思想の方がおかしいのである。多数派でも間違っているときは間違っている。

 

ましてや容姿で相手を決めつけるなど。

 

これ以上無い程くだらない事だ。

 

そういう事をして、ましてや破滅に向かおうというのなら。

 

ぶん殴ってでも目を覚まさせて。

 

そして性根をたたき直す。それ以外に、手はあるだろうか。

 

リディーに、同じ事をルーシャが聞く。

 

リディーはためらいなく言う。

 

「私だったら、その山師をぼこぼこにして化けの皮を剥いで街から蹴り出すかな」

 

「貴方まで……」

 

「殺さないだけマシだと思って貰わないと」

 

ルーシャが悲しそうに目を伏せる。

 

だけれども、スールもそれは手としてはありだと思う。いずれにしても、そもそも上っ面だけ良くて、「コミュニケーション能力」だけ優れている輩を優遇すればどうなるか何て、少しでも考えれば分かる事。

 

それを考えて分からないのだから。

 

力尽くで分からせるしかないのだ。そういうものである。

 

「そろそろ、休憩は充分だろう」

 

空気の悪さを察したか、フィンブル兄が促してくる。

 

準備を整えたことを確認すると。

 

天海の花園へ、今度こそ向かう事にした。

 

 

 

天海の花園は相変わらず美しい場所で。レンプライアの数も、目だって減っていた。これは恐らく、騎士団がかなり頻繁に演習をしに入っているからだろう。幾らでも湧くとは言え、潰せば消えるのである。

 

天国とは、こう言う場所なのだろうか。

 

だが、一皮剥けばどうなるかは、前に見て理解している。

 

途中、レンプライアを見かけ次第潰しながら、奥へ。

 

もう大した相手はいない。

 

だが、それでも不意を打たれればどうなるかは分からない。皆には、最大限の注意を払って貰った。

 

此処では、強烈なレンプライアと苛烈な連戦をしたのだ。

 

その時の記憶もある。あの時も、本当に酷い目に会った。レンプライアは弱い相手ではない。

 

ネームドにまで成長した獣に比べると劣るが、それぞれの性質も厄介だし、魔術に関してはかなり高い能力も持つ。

 

散々不思議な絵画で戦いを続けて来たのだ。皆経験は積んでいるし、油断はしていない。

 

この絵が壊れかけたときは、本当に大変だったし。

 

この絵の世界が元に戻ったとは言っても。あの時の過酷な戦いの記憶まで消えるわけではない。

 

浮島の間に渡る橋を進みながら、時々お父さんの事も気にかける。

 

戦闘力がないお父さんが奇襲を受ける事が一番危ない。今此処にいる弱めのレンプライアでも、危険な場合があるだろう。

 

後方支援であればお父さんはそこそこやれるけれど。

 

それでも、攻撃魔術とか使えるわけではない。

 

しかし、お父さんの作るお薬は、今までにたくさんの騎士達を救ってきているし。

 

病に苦しむ人達だって救ってきている。

 

戦闘で役に立てないと言う事は。

 

役に立たないと言う事とは、別の話なのだ。

 

やがて、家が見えてくる。

 

お父さんが目を細めた。

 

周囲に展開して、レンプライアを完全に駆除。薔薇園は美しく戻っていて。そして、とても香りも良くなっていた。

 

なるほど、美意識が洗練されきると。

 

安全さえ確保されれば、此処まで美しい場所になるのか。

 

スールも安心したけれど。それよりも、まずはお母さんの安全確認だ。

 

咳払いすると、マティアスが言う。

 

「家族だけで行ってきな。 外に何が出ても絶対に通さねーからよ」

 

「ありがとうマティアス。 頼りにしてるよ」

 

「お父さん、行こう」

 

「ああ。 皆、すまない。 外の見張りを頼む」

 

頭を下げるお父さん。

 

戦闘力がないお父さんは、こう言う場所で護衛を受ける時には、「余計な事をしない」以外に出来る事がない。

 

戦闘も適性が強く出るものだ。

 

それはアンパサンドさんに言われたこともあるし。スールも自分で見ていて学習してきた事だ。

 

お薬を作れるお父さんは充分な社会貢献が出来る。

 

こういった場所でお父さんのような戦闘力を持たない人を護衛する事も、戦闘が出来る人間の大事な仕事だし。

 

何でもかんでも出来る人材よりも。

 

スペシャリストの方が社会に役立てるのもまた、事実なのである。

 

家の扉に、お父さんが手を掛ける。

 

しばし躊躇った後。

 

開けた。

 

綺麗になっている家の中で。

 

半透明になっているお母さんが、微笑んでいた。

 

良かった。間に合ったのだ。

 

残留思念になっているお母さんに、まずはただいま、という。

 

お母さんは、お帰りと。三人を迎えてくれた。

 

話したいことはあるけれど。

 

まず、此処に来たと言うことは。Sランクに昇格したことを報告しなければならない。お母さんは、もういつ消えても大丈夫なように、覚悟はしているらしく。Sランクに昇格して、この国で一番の評価を受けたことを、素直に喜んでくれた。

 

覚悟は、元から決まっていたのだろう。

 

そもそも、お母さんは、リディーとスールが育つのを見ずに命を落とした。

 

その残留思念が、不思議な絵画の中で存在していられるだけで、本来はとても幸運なのかも知れない。

 

そう割切れば、確かに覚悟も決められる。

 

お父さんが咳払いする。

 

「それで、オネット。 君の存在をこの場に固定できる。 既に、様々な実験は実施済みだ」

 

「……それは、とても苦労したのではないの?」

 

「俺だけだったら無理だっただろうな。 もう俺を双子は超えた。 だから苦労している様子は無かったよ」

 

「そう……」

 

嘘は言っていない。

 

お母さんは、恐らくだけれども。残留思念となった自分の時間を延ばすくらいなら。現実を必死に生きている人達の助けになってほしい、という考えなのだろう。

 

勿論スールもそれは分かる。

 

お母さんは怒らせると怖かったけれど。

 

一方で、弱者の盾となる騎士として、これ以上無い程立派な人だったのだ。

 

戦いに出ているときのお母さんは非常に厳しい性格だったらしく。

 

或いはアンパサンドさんと、大差無い、きつい言動をする人だったのかも知れない。

 

でも、お母さんはおうちでは、悪戯さえしなければとても優しかった。そういう風に、幾つもの面を人は持てるものなのだろう。

 

すぐに作業に取りかかる。

 

結いのパステルへの魔力の充填はとっくに終わっている。

 

石版もある。

 

リディーが指示して、その通りにスールがパステルを動かしていく。魔法陣は、先に実験して効果があったものをそのまま用いる。

 

だから難易度は決して低くは無いが。

 

絶対に油断は出来ない。

 

線を一本ずつ引きながら、丁寧に内容を確認していく。お母さんの存在安定化。それだけが、絶対に重要だ。

 

作業の間、お父さんはお母さんと、色々話していた。

 

集中して魔法陣を描いているので、内容までは耳に入ってこないけれど。きっとあまり良い話ではないだろうなと、スールは勘で思った。

 

その勘はあたる。魔力が見え、使えるようになって来てからは、更に冴え渡るようになっている。

 

同時に今は。ちょっとやそっとの事では、集中力も途切れないようになっている。

 

お母さんを助けるためだ。

 

外で、レンプライアと戦闘しているようだ。一度手を止めて、外を見るが。見た感じ、加勢しなくても問題は無さそうである。

 

作業に戻る。リディーに時々アドバイスは受ける。今は、スールもそのアドバイスを、素直に聞けるようになっていた。

 

「大体……こんな感じかな」

 

「待ってね、確認する」

 

リディーと魔法陣をダブルチェック。

 

お母さんの存在を安定させると言っても、幾つかの魔術を順番に発動していく事になるのである。

 

しかも、出力が桁外れだから、そのどれ一つでも失敗すると大変な事になる。

 

丁寧に確認。

 

石版が割れたりしていて、魔法陣が発動しないような、初歩的なミスも考慮に入れて、徹底的にチェック。

 

リディーが問題なしと言ったので。スールも、他人が描いた魔法陣だと考えて、もう一度チェック。

 

そして、問題なしと判断し。

 

最後の線を、すっと追加した。

 

同時に、家が輝き出す。

 

光り輝く家の中で、お母さんが淡い、それでいながら優しい光に包まれる。少しだけ、不安になった。

 

このまま、天に召されてしまうのでは無いのだろうか、と。

 

だけれども、お母さんは消滅しない。

 

自分の手を見ていたが、やがて頷くと。その手に二丁拳銃を出現させる。相変わらずこの絵の世界の住人であって、触ることは出来ないようだけれども。

 

無言でお母さんは家を出ていくと。

 

また出現したレンプライアに、弾丸を叩き込んでいた。

 

早撃ちの上に、狙いが恐ろしい程正確だ。銃を使って戦う戦士としては、スールよりまだ上かも知れない。

 

滅多打ちにされたレンプライアが、無念そうに呻きながら聞いていく。

 

リボルバーから薬莢を排出した二丁拳銃だが。排出された薬莢は、そのまま溶けるように消えていった。

 

お母さんは今、この絵のガーディアン。

 

法則であって、実体は無いが。その代わり、この絵に害を為す悪意の権化レンプライアには、それこそ神の鉄槌を下す事が出来る。

 

驚いたように見ている皆。お母さんは、ルーシャを見つけると。優しく微笑んでいた。

 

「ルーシャ、立派になったわね」

 

「お、おばさま……」

 

「ありがとう。 本当に我が儘で駄目な子達だったのに、貴方が命がけで守ってくれたおかげで、本当に立派になったわ。 錬金術師としても、戦士としても……」

 

感極まって泣き出すルーシャ。

 

ルーシャも、本当に酷い目に会ってきたし。遺言を守らなければならないという負い目もあったのだろう。

 

お母さんの全身からは、とても強い魔力が立ち上っている。

 

ああ、良かった。

 

上手く行ったのだと、スールは確信できた。これで、この絵のガーディアンはお母さんである。生半可なレンプライアには負けない。負ける要素が無い。そしてお母さんは消える事もない。

 

お父さんも、目を細めて暖かい光景を見守っている。

 

良かったと、リディーが呟いているのが聞こえた。

 

 

 

また、いつでも遊びに来て頂戴。この絵にいるレンプライアは全て掃除しておくから。そう、お母さんは言った。頼もしいし、その言葉が実行されることは疑いが無い。お父さんが徹底的に絵を補強したし。結いのパステルによって、お母さんは絵のガーディアンそのものとなった。

 

残留思念ではあるけれど。多分人として老いて死ぬことを選ぶだろうお父さんよりも、ずっと長くその場に。

 

いや、お父さんも。

 

最後の後には、あの絵の中に、残留思念として。

 

その時のために、結いのパステルは残しておかなければならないか。

 

後、問題がありそうな絵については、結いのパステルで修正をしていく必要があるとも思う。

 

エントランスで考え事をしていると。

 

アンパサンドさんが、側で咳払いをした。

 

「スール。 聞いているのですか」

 

「あっ、ごめんなさい。 アンパサンドさん、ちょっと集中していて」

 

「仕方が無いのです。 ……本来は死人が生き返るなんてことはこの世には起こりえないのです。 それを成し遂げた後なのだし、少しは大目に見るのです」

 

アンパサンドさんが優しい。

 

と言う事は、アンパサンドさんも、あまり悪い気分はしなかった、と言う事なのだろう。だけれども、咳払いすると、その後しっかりアンパサンドさんはスールを叱った。少しは大目に見るとはいったが、叱らないとは言っていない。いつもよりは厳しくない言葉だったが、やっぱり怒られることに代わりは無かった。

 

勿論自分が悪い事は分かっているので。お叱りは甘んじて受け入れる。

 

昔だったら反発していたかも知れないなと、ちょっと思ったけれど。

 

なおアンパサンドさんの説明の内容は、いつも通り。レポートを出すこと。結いのパステルは有用だと思われるので、レシピを見聞院を通してラスティンに登録しておく事。現物は出来ればもう少し作って国に納入すること。

 

結いのパステルについてはマニュアルも欲しいと言う。

 

納入関係の書類はアンパサンドさんが作ってくれるという事なので。

 

後はレポートと、マニュアルの作成か。

 

結いのパステルをちらりと見る。

 

応用力が試される、非常に難しい道具だ。使う場合は、少なくともSランクに到達している錬金術師。要するに、本来なら一世代に一人出るか出ないかの一流錬金術師でないと無理である。

 

それも書き加えておかないと危ない。

 

悪用は、幸いしようがないか。

 

そもそも、不思議な絵画に入って作業をするという時点で、かなりハードルが高い。アダレットに不思議な絵画を集めていると言うことは、恐らく深淵の者が今後ガチガチに守りを固めるはず。

 

盗賊の類が侵入する余裕はないだろう。

 

エントランスで話を終えた後は、解散。ルーシャはまだハンカチで目元を拭っていたが。それも、オイフェさんに促されて、帰って行く。

 

今回は無駄足だった訳では無く、貴重な薬草や鉱石も、黒の地平線でかなりの量を回収出来ている。

 

また水路からは、綺麗に澄んだ水も回収した。

 

後で少し調べて見るが。

 

多分この純度だと、そのまま蒸留水と同じように扱える筈だ。魔力も含んでいるかも知れない。

 

危険なレンプライアが多数いるとしても。三傑が放置しておくわけである。

 

これだけの素材。それこそ邪神がいる森の深部や、他にも世界でも限られた場所でしか取る事が出来ないだろう。

 

お父さんは、先に上がって貰う。

 

二人だけで、今後の事をちょっと話したいと説明。そうすると、あまり遅くならないようにと、お父さんは釘を刺してから帰って行った。子供扱いしてと、昔は怒ったかも知れないが。

 

今は素直に、心配を受け入れる事が出来た。

 

お父さんに荷車を任せてお城を出ると、二人で教会に向かう。シスターグレースにお礼も言う。お母さんのお墓も掃除する。

 

だけれども、目的は。

 

二人っきりで、丘から内海を見る事だ。

 

内海を守っている堤防は、既に九割工事が完了している様子で、鈍い光が此処からも見える。

 

非常に強力なシールドが、外海に住まうバケモノ達から、巨大ないけすになっている内海を守っている様子だ。

 

そして、驚くべきものも浮かんでいた。

 

恐らくあれが、フィリスさんが使っていたという船だろう。

 

ドロッセルさんがいっていた、空を飛び、水に潜り、邪神や上級ドラゴンとも戦った神域の創造物。

 

うろ覚えだが、装甲船二番艦とか何とか言っていたか。

 

その船が、再び沈んでいく。多分内海に、危険な獣が潜んでいないか調査し。いるようなら駆除するためなのだろう。

 

わいわいと港で騒ぎになっている。

 

まああんなものが港に浮かんでいたら、騒ぎにもなるだろう。

 

大きさからしても、多分内海に浮かんでいる一番大きな船よりも大きいし、強そうである。

 

一部の者は、あれが深淵の者の事実上の所有物で。

 

ラスティンから来た存在だという事を知っているだろうから。それこそ冷や冷やだろうなと、スールは思った。

 

手をかざして喧噪を見ていたが。

 

やがてそれも落ち着いたので。二人でたまに静かにしたいときに使っていた、坂になっている場所に座る。

 

此処からだと、アダレットが一瞥できるのだ。

 

元々機能美の塊だったアダレットは。

 

先代王が滅茶苦茶にしかけたが。今は、また機能美を取り戻すべく、再建が彼方此方で始まっている。

 

確かに芸術は大事だろう。

 

事実、芸術の心が無ければ、お父さんが不思議な絵画を完成させる事もなかったし。何よりも、お母さんと二度と会えなかった。

 

だけれども、先代王は芸術を現実に優先しようとした。その傷跡が、彼方此方に残っていて。それがとにかく見苦しく、悲しかった。

 

あれを直していくのは。

 

三傑では無く、多分リディーとスール、それにルーシャの仕事になる筈だ。

 

顔を叩く。

 

リディーも、頷いていた。

 

これから、挨拶回りをしようと思っている。

 

今後も連携していくマティアスとフィンブル兄、アンパサンドさんは別に必要ないだろう。シスターグレースや、顔を合わせることになるパメラさん。それに、今後は王都に定住するつもりらしいフリッツさんとドロッセルさんもかまわない。

 

また、深淵の者に今後は所属することになる。

 

ソフィーさんに、強制的に入るように言われたが。いずれにしても、それ以外の選択肢は存在しなかった。

 

だから、その事については恨んではいない。

 

深淵の者関連で、アルトさんやプラフタさん、イル師匠やフィリスさんとは、散々顔を合わせる筈。コルネリアさんや、リアーネさんやツヴァイとも、それは同じだ。そろそろ、ツヴァイちゃんと呼びたい所ではあるが。あの子、実はかなり気むずかしくて人見知りの様子なので、そう呼ぶことを許してくれるかどうか。

 

今後は、必ずしも良く会うかわからない人に、挨拶回りをすることに決めて、順番に街を回る。

 

鍛冶屋の親父さん。パイモンさん。モノクロームのホムの役人。そういえば、この人は名前を聞いていなかった。他にも糸繰りや機織りのお店。近所の人達。

 

だいたいの人に挨拶回りを済ませると、夕方になっていた。

 

赤い夕陽が、アダレットの内海を照らしている。

 

船が何事もなかったかのように浮上してきていて。それどころか空に浮き上がると、何処かへ飛んで行った。ラスティンに戻るのだろう。わいわいと声が上がっていたが、それも当然。

 

今のリディーとスールから見ても、凄い光景だ。

 

そして恐らくだが。これが人間として見る、最後の驚くべき光景になるだろう。

 

勘は当たる。

 

用事が終わったので、覚悟を決めてアルトさんの所に出向く。結いのパステル関連の事が片付いたら顔を出すように言われていた。深淵の者の長の所に出向くのだ。碌な事がないのは分かっていた。

 

予想通り、ソフィーさんが待っていた。

 

指をソフィーさんが鳴らすだけで、周囲が真っ暗な空間になる。

 

唇を引き結ぶリディーとスールに、ソフィーさんは言い渡した。

 

「これから、アトリエと錬金釜を貸すから、賢者の石を作るように。 その前に、このレシピを見て、道具を作っておいて」

 

手元に、レシピが数枚来る。

 

ぞっとするような難易度だが。今なら、何とか理解出来るレシピだ。そしてその内容は。時間と空間の操作。

 

最高精度の調合を行うために、必須の技術だという。

 

センスがある場合はこれらが無くても出来るらしいが。普通は無理。フィリスさんと、イル師匠も。時間と空間の操作を用いて賢者の石の作成に成功したのだと、ソフィーさんは言う。

 

「まずは深淵の者の所属初仕事として、それをやってもらおうかな」

 

最初から決まっていただろうに。ソフィーさんは、そんな事を、慈悲の欠片も無い顔で言うのだった。

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