暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ソフィー先生がはじめて
フィリスもイルメリアも通った道
深淵への直接謁見
ついにそれが開始されます。もう双子も、それから逃げるつもりはありません。
序、開始
スールと手分けして、レシピをまず確認する。極めて難しい素材ばかりだが。今ならやれると思う。
得意分野をそれぞれ見つけて。
そしてフローチャートを組んでいく。タスクは凄まじい数で、ハルモニウムやヴェルベティスを超える難易度という事もあり。大量の中間生成液が必要になるのは確定だった。
幸い、物資を納品した後の給金振り込みで、多少はお財布も潤っている。すってんてんに近かったこの間までと違って、コルネリア商会を利用して、タスクの圧縮を出来るのが救いだ。
時と、空間。
三傑が当たり前のように扱っていたもの。
それどころか、ソフィーさんに至っては、概念すら変更していた。
あれらはもう、自分には絶対に手が届かないと、リディーは思っていた事だったのだけれど。
今なら、一つずつ順番にこなせば出来ると思う。
まずは空間操作から。
実はコンテナには、多少未熟だが、この空間操作に近い技術が使われている。
またフィリスさんのアトリエも、空間操作を行っているものなのだという。ただフィリスさんのアトリエは、そもそも同じ空間操作でも、次元違いの技術が使われているそうだけれども。
まずは、一歩一歩だ。
見聞院などには、500年前以前の歴史に夢を見ている本がたくさんある。遺跡を見て、凄い文明があったのだろうと思い込んでいるものだ。
だが、違うのだ。
一番凄いのは、間違いなく三傑が揃っている現在。
そして三傑は、500年前以前のどの錬金術師でも、及びもつかない実力に到達している。
これからリディーは、スールと一緒に、その場所に行く。
当然すぐにはおいつけない。
だが躊躇う事は出来ない。
なぜなら、知ってしまっているからだ。
この世界には未来が無い事を。
そして、未来を打開するには。
誰かが、無理をしなければならない事も。
リディーは、昔は「みんな」だった。
自分の価値観から見て劣っている相手を探して馬鹿にし、醜ければ何をしても良いと考え。
そして虐められる方が悪いとか。
自分には常識があるとか。
そんな風に考える、典型的な「みんな」だった。
今は違う。
同じに戻る訳にはいかない。人間の醜さは、不思議な絵画で直接散々見てきた。そもそも人間の言葉という確実に伝わるものではなく。相手の心を直接覗くことで、その醜さを確認し。
自分が如何に愚かだったかも思い知った。
今後は世界のためにも。
また世界を人間が食い潰すのを阻止しなければならない。
スールは選ぶつもりのようだが。
リディーは皆を根こそぎ変えるべきだと思う。
だが、今まで見てきたデータでは資料が足りなさすぎる。人間を超越して、もっともっとデータを見なければ。
きっと正しい判断は出来ない。
それに、神ですら、意味が分からない回数の試行の果てに、事態の打開に至っていないのである。
世界に湧く邪神ではない。
本物の神が、だ。
そんな世界を打開するためには、やらなければならない。あの怪物ソフィーさんですら、どうにもできないのに違いは無いのだから。
黙々とタスクをこなす。お父さんに言われて、食事にするけれど。タスクを一つこなすのですら大変だ。
生活習慣が壊れるとまずいので、それぞれ声を掛けながら注意して作業をしていく。お父さんは黙々と自分の錬金釜でお薬を作っている。まだインフラの整備は彼方此方で、とくに辺境では進んでいない場所もあるだろう。お父さんが作るお薬は、騎士団には幾らでも必要だ。
この状況で一番危険なのは、三人揃って食事を忘れて、全員倒れる事なので。
それに備えて、対策はしてある。
タスクが一つ終わった後は、必ず周囲を確認することだ。
チャートを見ながら、タスクに×を付けて行くのだが。そのタスクには、リディーがやるかスールがやるか、実際にやってみてどっちが向いているか確認してから決めるかが、細かく書き込んである。
このチャートにアラーム機能をつけてある。
今のリディーとスールなら、これくらいは簡単。
バステトさんに毎回相談しに行っていた頃とは違う。勿論バステトさんとは今も良くしているけれど。
魔術に関する知識もついてきている。
これくらいなら、もう素で出来る。
鉱石を粉々にして、中和剤で変質させる。その後酸に入れて溶かし、更にアルカリを入れて中和。
濾過した後、水分を飛ばし。
固形化した後、じっくり熱を加えて変質させる。これに一刻。
じっくり変質させて、炉から出した後。品質を確認して頷く。何度か失敗したタスクもこれで完了。
空間への干渉は。本当に難しいが。
それでも、一つずつ、こうやって順番にこなして行く。
スールが都合良く丁度タスクをこなしたので、次のタスクを確認。リディー担当が少し長くなりそうだ。
お父さんは、もう少しでお薬の調合が終わるか。
ギフテッドもあって、この辺りももう素で分かる。今のうちに、夕ご飯を作っておく。スールは先に軽く仮眠を取って貰った。
お父さんが一段落した所で、家族三人で食事にする。
「腕が上がってきたな」
「この間、お母さんにコツを聞いて来たから」
「ああ、そういう事か。 確かに味が似ている」
時々、天海の花園に出向いているのだ。そして、お母さんの残留思念に料理のコツを聞いている。
直接触ることは出来なくても。
話はする事が出来る。
それだけで充分過ぎる程だ。
霊という存在もあるらしいが、実際に過去の死んでしまった人とは同義ではないらしいし。
限りなく幽霊に近いが、しかしながらきちんと話も意思疎通も出来る今のお母さんは。半分生きているのと同じだ。
だから物を教わることも出来る。
そしてそれが故に、離れるまでには、出来るだけ色々と甘えておきたいとも思うのである。
スールもその辺りは同じようで。
時々お母さんの所に出向いては、射撃を教わっている様子だ。
お母さんの教え方は、子供の頃と根本的に違うらしく。
より実践的で、より攻撃的な射撃について習っているらしい。
今のスールになら、全てを教えられる。
そうお母さんは言っているらしく。
前は基礎だけを教えていた所を、現在は奥義にいたるまで教えてくれるらしく。また、銃を使った応用的な戦術についても講義をしてくれるそうだ。
勿論スールも、そろそろ離れなければならない事は分かっている。
そろそろ社会そのものから完全に自分を隔離しなければならない。
今後どんなダーティーワークが来るか分からないのだ。
多分だけれども、アダレットが義務だけ満たしていれば何を言ってこないのも。とっくにリディーとスールが深淵の者に取り込まれていることに気付いているから、なのだろう。今後の余計な軋轢を増やさないためにも。上手くやっていくために、あまりがみがみは言わない。
そういう事なのだろう。
食事を終えると、後は様子を見ながら、タスクを処理し。そして眠る。
規則正しく動けるが。
眠って起きた後の充実感や。
美味しいごはんを食べた後の満足感は。
確実に薄れてきている。
既に人間を止めている自覚はあるが。それが加速度的に進行している印象だ。勿論、億の年数経験を積んでいる三傑に即座に追いつけるはずもない。だが、三傑が通った道を、確実に通ってはいる。
それを実感できる。
時間と空間。
どちらも突破することが出来れば。
賢者の石に手が届く。
恐らくこれは勘だが。ルーシャも同じような事を、今させられているかも知れない。最近はインフラ関連の仕事でかり出される事も減ってきた。数日前に、近場にネームドが出たと言う事でリディーとスールは騎士団と一緒に討伐に出たが、それも半日で終わって戻って来た。ルーシャもこの手の仕事は減っているはずだ。三傑が強めのをあらかた刈ってしまったというのもあるのだろうが。ほぼ間違いなく、賢者の石作成に関する準備を進めるため、三傑がアダレットと交渉していると見て良い。
翌日も、分担してタスクをこなす。
スールもレシピの読み方はもうすっかり理解しているし。
作業時にメモを取ることを絶対に忘れない。
昔の、本を読むのやだ、メモを取るのやだと喚いていたスールの姿は、完全にない。今のスールは、誰でも納得する一流だ。
勿論リディーも負けてはいられない。
魔法陣の書き方を、スールが覚え始めている今。
得意分野まで追い越されたら、立つ瀬が無い。
昔は努力もさぼっていたスールだったが。
最近は、ごく当たり前に、淡々と努力をするようになって来ている。
リディーが持っていた強みなんてもはやない。
それを意識しながら調合する。むしろ一度こなした調合を高い精度で再現出来るスールの技術は、リディーから見ても羨ましいものとなりつつあった。
まずは、ハルモニウムによる空間操作を始める。
コンテナの横に、扉を作る。
貰ったレシピによると、この世界とは少しずれた世界に、座標を指定して入ると言う。勿論その世界は此方とルールが違っているので、入るときに色々と気を付けなければならないし。
そもそもだ。
レシピを読むと、この世界は常に移動し続けていると言う。
その座標を割り出すのは困難で。
つまりこちら側の世界に扉を固定し。異世界の同一地点に飛べるようにする、というのが基本になる様子だ。
フィリスさんのアトリエはこれらの難しい技術を複雑に利用していて。
アトリエの邸内は、空間そのものに干渉して拡張し。
コンテナはこの異世界への扉を用いて。内部に山を丸ごと飲み込むほどの、広大な倉庫を作り上げている様子である。
なおレシピには指定された異世界の座標があったので、素直にその地点に出る。
完全に同じ異世界の座標を指定した場合、弾かれてしまうらしいので。
恐らくは、そのままやってしまって問題ないだろう。
ただ、魔法陣を組み込むには、高品質のプラティーンか、出来ればハルモニウム。しかもドアとなると、相応の量がいる。
インゴットを一つ引き取ってきて、親父さんにガワは加工して貰う。
そしてドアに魔法陣を刻み込んで。
あらゆる防備を敷いた上で。
ドアを開けた。
出たのは、ずらりと扉が並ぶ、廊下のような場所だった。生唾を飲み込む。多分此処が、深淵の者の本部。
その一部だろう。
此方に歩いて来るのは、見覚えがある魔族の戦士だ。多分パイモンさんの護衛として、雷神戦で見かけた人だろう。
やはり深淵の者関係者だったか。
「おお。 近々来るだろうという話は聞いていたが。 歓迎するぞ」
「あ、はい……」
「お久しぶりです」
頭を下げる。
周囲を見回すが、ずっと廊下が続いていて、無数の扉が並んでいる。これがまさか、全て何処かにつながっているのか。
生唾を飲み込んでしまう。
深淵の者が、どれだけ世界に強固に食い込んでいるのか。これを見るだけで、明らかだからだ。
「扉にはナンバーを振っているのだが、此処の扉にはないな。 後でプレートを用意させよう」
「ありがとうございます」
「此方だ。 軽く案内する」
魔族の戦士は、ある程度敬意を払ってくれている。
聞かされているからだろう。幹部候補だから、と。
まだ時間に関する錬金術は途中なのだが。招かれたからには、ある程度中は見ておきたい。
長い廊下を抜けると、空中を無数に行き交う廊下のような通路がある。複雑かつ立体的に交錯していて。
途中に、どうやって作ったのかよく分からない建物も多数存在していた。
話には聞いていた。深淵の者本部は、二大国の首都にも規模は劣らないと。
この立体的な作り。
広大な、どこまでも続く、不可思議な空間。
確かにあり方は違うが、非常に広い世界だ。
スールに促されて、下の方を見ると。獣人族の眼帯をした兎顔の戦士が、ヒト族の子供達を引率している。
筋トレをして、基礎訓練をして、更には順番に戦い方を教えている様子だが。
全員に同じ事をやらせるのでは無く、マニュアルを見ながら適性を見極めている様子だ。
得意な武器を見いだして、それを伸ばさせる。武器が駄目なら魔術。魔術が駄目なら会計。何が得意なのか、冷静に見極めていく。その作業は真剣そのものだ。
競争もさせるが、それはそれとして、まずは得意分野を伸ばす。
そうして、一芸を身につけさせてからは。
その一芸をどう活用するかを、学ぶのだろう。
別の建物に入る。
ホムが教鞭を執っている。生徒は、ヒト族と獣人族、ホムが2対2対1くらいの割合で、子供と大人が雑多だった。
教えているのは数学のようだけれど、かなり難しい内容だ。すらすらとホムが解いているのに、獣人族は苦戦している様子である。
「此処は特別数学コースでな。 商人や、その補助をする人間にスキルを仕込んでいるところだ。 あの講師は、アルファ商会の現役商人だ」
「へええ……」
「凄い教育水準ですね」
「此処から一人前になって、各地で活躍している者は多い。 深淵の者も、何も皆が戦士という訳ではないのだ」
それから彼方此方見せてもらって。
用意して貰っているアトリエにも案内して貰う。
此処で、時間と空間を操作しつつ、賢者の石を調合するのか。
そう思うと、少し緊張する。
後は、帰り方について教わる。家に戻らないと、お父さんを心配させる。それに、帰れなくなってお母さんに会えなくなったら、お母さんまで心配させる。
帰り道は、覚えてしまえばそれほど難しく無く。
案内してくれた魔族の戦士に頭を下げて、そのまま家に戻った。
多分だが。時々ソフィーさんに拉致されるのは、あの異世界の、何処か別の場所なのだろう。
つまりハルモニウムで魔法陣を刻み込んで作っている異界への扉を。
ソフィーさんは、指を鳴らすだけで。身に纏っている装備などもあるのだろうが、開ける事が出来る。
それも扉の大きさだけでは無く。
周囲の空間を丸ごと巻き込んで、移動する事が出来る、というわけだ。
つくづく怪物じみているが。
そもそも特異点とまで呼ばれる怪物的な天才が、億年以上も経験を積み続けているのである。
それくらい出来るようになっても、不思議ではないか。
お父さんは少し心配した様子で待っていたので、何があったのか素直に話す。
じっと黙って聞いていたお父さんは。
無茶だけはしてくれるなよと、切実な様子で言うのだった。
分かっている。
お父さんにもお母さんにも、もう心配は掛けない。
スールはそう言った。
リディーも頷く。
「もう昔とは違うよ。 お父さんを悲しませることはしないから、安心して」
「……深淵の者が、どれだけ残忍な命令を下してくるかわからんのだぞ」
「お父さん。 深淵の者は、確かに残酷だよ。 でも、理不尽ではないよ」
分かっている。
リディーとスールには、理不尽で明らかに無茶な命令を散々下してきていた。それは、多分そうしないと、リディーとスールが錬金術師として大成することはなかったからだ。
空間操作に関する錬金術をもう少しレシピを見ながら道具を作成し。
時間操作に関する錬金術についても、同じように作業を進めていく。
もう少しだ。
少なくともソフィーさんが、お父さんやルーシャを人質に、リディーやスールを無理矢理屈服させることはなくなる。
そんな事をしたら、今後の事に。世界の詰みを打開する事に、大きな支障が出てしまうからだ。
実力的には簡単だろうが。
あの人は合理の権化。
合理的に不要と判断させることが出来れば、それで充分なのである。
ほどなく、時間の操作について、ある程度目星がつく。
裏庭を使って実験。
指ならして時間を止める、とまではまだいかないが。それでも、それなりの規模の装置を使えば。
ある程度の広さの空間の時間を止めることは、不可能ではなくなった。
さて、此処からだ。
空間操作についての応用を進めて、コンテナを拡張する。
既に用意されていた大きめの異世界の空間に、ドアをつなげる。内部には、とてつもなく巨大な倉庫が用意されていた。多分富豪の家数個分くらいの広さはあるだろう。フィリスさんのコンテナは山を飲み込むらしいが。其所までではないにしても、二人とお父さんで使うには充分だ。大量の棚もある。これは恐らく、深淵の者からのプレゼントだ。
お父さんにも入って貰い、内部で時間に関する装置を置いて、ものが腐らないように調整する。
お父さんも、もっと簡単な時空間操作はできるらしいのだが(コンテナに応用している技術だ)。此処までの規模は初めて見ると、素直に感心してくれた。
コンテナを統合。此方に、お父さんの物資も、リディーとスールの物資も、全て移してしまう。これで今後、コンテナに困る事はない。棚には札を貼って、此処には何を置く、というのを徹底もした。これで何が何処にあるか、困る事もないだろう。
ここまで来た。いよいよだ。賢者の石に取りかかる。
スールと頷きあう。そして、お父さんに告げた。
「行ってくるね、お父さん。 必ず、帰ってくるから」
「時間は空くかも知れないけれど、心配しないで。 絶対に戻るからね」
「ああ。 無理だけは、するなよ」
お父さんの心配も当然だ。だが、行かなければならない。そして、決着を付けなければならない。
ここからが。本番なのだから。