暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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何度か説明しましたが、アトリエシリーズの錬金術は、才能に依存するものと、理論に依存するものがあります。理論に依存するものは科学に(いちおおうは)近く、レシピがあれば誰でも再現は理論上可能です。

これに対して才能依存型は才能に全てが依存するため、才能がない人間は何をやっても無駄です。

最新作(もうじき新作が出ますが)のライザシリーズも同じですが、不思議シリーズの錬金術は才能依存型で、本作でもそれを設定として踏襲しております。

こう言う錬金術の場合。

超高度錬金術の産物は、それぞれの才能に依存して、レシピも変わってくるのです。


1、賢者の石を二人の手で

用意されたアトリエには、イル師匠が待っていた。アリスさんも、ぺこりと頭を下げてくる。

 

イル師匠の表情は、今までに無く厳しい。分かっている。恐らくは、イル師匠は、リディーとスールが、賢者の石を作り、深淵と謁見することを快く思っていない。だけれども、もう決めた。

 

三傑だけでは、打開できなかったのだ。

 

世界の詰みを。

 

世界が詰むのであれば、今まで積み上げてきた多くの人達の哀しみや努力も、全て無に帰すという事になる。

 

そんな事、絶対に許されない。

 

人間の愚かしさがそれを招くというのなら。

 

リディーは人間そのものを変える。

 

スールは、人間の中から、選別を進める。

 

どちらのやり方を、具体的にどう執行するかは分からない。或いはだけれども、それぞれのやり方を、状況に応じてこなして行くのかも知れない。

 

いずれにしても、「今回」世界に対してソフィーさんが取っている戦略を、まだ聞かされる立場にはない。

 

その立場に、賢者の石を作成すれば、辿り着く事が出来るのだ。

 

大事な人達を守るためには。それが、第一だ。

 

「此処まで貴方たちが来たのは始めてよ。 だからいつものように効率的かつ合理的には進められないかも知れない。 それは先に覚悟しておいてね」

 

「はい、イル師匠」

 

「お願いしますっ」

 

「……それでは、まずはアトリエの内部で、成果を見せて」

 

頷くと、言われた通りに作ってきた、時間停止の道具と。空間操作の道具について、それぞれ成果を見せる。

 

更には、空気を部屋から吸い出す装置。

 

身につけて、空気を纏う装置。

 

その空気を、部屋の外から引っ張ってきて、循環させる装置。

 

これらについて、全てを見せた。

 

空間操作とあわせて作る事になった道具類だ。イル師匠は、懐かしそうに、それらを見ていた。

 

「私とフィリスが賢者の石を作った時には、もっと装置が洗練されていなくてね。 貴方たちを育成するときのために、私が洗練したのよ。 どうやらすぐに使いこなせるようになっていて、安心したわ」

 

「イル師匠とフィリスさん、もっと劣悪な状況で賢者の石作ったんですか」

 

「そうよ。 ソフィーに至っては、センスだけで賢者の石を作ったらしいけれど。 私とフィリスには其所までの境地には至れなかったから、理屈を積み重ねて作ったわけ」

 

はあと、感心して溜息が漏れてしまう。

 

やっぱりこの人は、三傑と呼ばれるに相応しい人だ。

 

ソフィーさんはやはり異次元過ぎる。

 

イル師匠も凄まじい。ギフテッドも無いのに、賢者の石を作成する次元まで到達できるわけである。フィリスさんもイル師匠と同格なのだから、凄まじさはよく分かる。

 

一つずつ、順番に作業について教わっていく。

 

賢者の石のフローチャートを見せられるが。

 

今までに見てきたフローとは、まるで次元が違う、とんでも無い代物だった。これは正直、確かに誰も作れないのも納得である。

 

歴史に残る作成例はなし。

 

歴史に残っていない所だと、粗悪品を作った例はあるにはあるが、それは論外。実用レベルの品になると三傑しか作成者はいないそうである。

 

さもありなん。

 

こんなもの、例えレシピを公開したところで、作れる訳が無い。レシピの理解にすら、大半の錬金術師は至れないだろう。

 

そして残念だが。自分が分からないものをゴミと認識し。自分が分からない事を言っている相手をバカだと認識するのが「みんな」だ。

 

「みんな」の自己努力、自己責任では世界は救えない。

 

それをリディーは再確認した。

 

地獄で揉みに揉まれて、ようやく「みんな」を脱したリディーだ。スールもそれは同じである。

 

別に凄い存在になったわけではない。

 

ただ愚者から抜け出しただけである。

 

現実問題、今もこのフローを見て、タスクを一つずつ確認するので精一杯の技量しか存在していない。

 

三傑から比べれば本当に雑魚も良い所だし。

 

多分だが、プラフタさんとアルトさんも、双子なんかとは比べものにならない技量と知識を持っているだろう。

 

まずは材料を用意することになる。

 

アトリエの側に、専門のコンテナが用意してあった。

 

これもソフィーさんは、全部一人でやったんだろうなと思うと、ぞっとするが。ともかく、順番に作業をこなしていく。

 

レシピを見ながら、素材をまずコンテナに運び込む。

 

何往復かして、コンテナに素材を揃えたが。予備も必要になるだろう。

 

タスクを見る限り、とてもではないが、これを一発で突破出来るとは思えないのである。予備を用意するのは当たり前だろう。

 

イル師匠が、幾つかアドバイスをしてくれるので、それらを全てメモ。

 

なお、作業そのものは、手伝ってはくれないらしい。

 

まあ、そうだろうなとリディーは思ったが。

 

勿論不満は無い。今後の事を考えると、賢者の石くらい、作れなければ意味がないからである。

 

ただ、恐ろしい事を聞かされる。

 

「ルーシャね。 あの子も今、賢者の石の作成を始めているわよ」

 

「っ!」

 

「彼方にはプラフタがついているわ」

 

「……そうですか」

 

プラフタさんには安心感がある。確かに厳しい人ではあるけれど、根本的な所では良心的だ。

 

茶目っ気はあるけれど、何処かでひねくれているアルトさんや。

 

既にねじが外れているフィリスさんがサポートするよりは安心できる。

 

だけれど、ということは。

 

ルーシャは事実上一人で、賢者の石を作る、と言う事か。

 

それは色々と凄まじい話ではある。

 

ルーシャの実力はもう知っているつもりではあったのだが。流石と言うほか無い。

 

何か言いたそうにしていたが。

 

だが、イル師匠は、フローのチェックをリディーとスールと一緒に行うと、幾つかの講義をした。

 

それと、最初の内は、チェックをしてくれるという。

 

今のイル師匠の実力だと、それこそ時間操作や空間操作に、更に外側から。「上位次元から」らしいが、ともかく干渉できるらしい。

 

何しろ危険な調合だ。

 

致命的な事にならないように、このアトリエも、超がつくような特別製に仕上がっているらしいし。

 

この人がある程度監視をするのも当然だろう。

 

なお、気がついて周囲を見回すと。

 

どうやら近付くことに制限が設けられているらしく。

 

見張りが遠くで検問を作り。

 

だれも近づけない状況を作り出していた。魔族の戦士が、空を飛びながら、チカチカひかる何かを振っている。

 

あれは関係者以外近辺を飛行禁止の合図らしい。

 

ちょっと、口の端が引きつる。

 

そんな注意が出るほどの危険調合、と言う事だ。気になったのか、スールが聞く。

 

「イル師匠。 もしも最悪の失敗が発生した場合、どうなるんですか」

 

「賢者の石は、本来混ざり合うことが無い世界の最高位に位置する要素を無理矢理混ぜ合わせて安定させたものよ。 それが失敗した場合、どうなるかは想像できないかしら」

 

「いえ、リディーとスーちゃんが死ぬ事くらいは想像はできますけれど……」

 

「そんな程度で済むわけ無いでしょう。 この辺り一帯が、空間もろとも消し飛ぶわよ」

 

言葉を失う。

 

確かにそれは、検問が設置されるわけだ。

 

「特に危険なタスクには、チェックをつけておいたわ。 ダブルチェックをしながら、徹底的に作業をしなさい。 私は主に、外側から事故が起きたときのための防備を担当するから」

 

「分かりました」

 

「それでは作業開始」

 

イル師匠に促され。講義も終わった所で、賢者の石の作成を開始する。

 

時間停止も此処からは用いて作業を行っていく。

 

まだ三傑のように、実戦で使えるほど時間停止に習熟はしていない。多分三傑は、時間停止を出来る装備を身につけているのか、それとも仕組みを完全に把握して、魔術で発動しているのか、どちらかなのだろう。

 

だから時間の停止も、ここぞと言うときに、二人で示し合わせて遣っていかなければならない。

 

ただ、コンビネーションに関しては。

 

二人は生半可な相手に負けない自信はついてきている。

 

勿論その自信は、世界の全てを知って得たものではない。それなりにコンビネーションで調合をしてきて、身につけた、というだけだ。

 

黙々と調合を開始。

 

釜は一つ。

 

素材の加工。すり潰し。釜の温め。濾過。炉の準備。全てを手分けして作業を開始する。

 

また空間操作によって、身に纏っている空気についても、常時気に掛ける。

 

細い筋が部屋の外に伸びていて。

 

あれで身に纏った空気を循環させているのだが。これが上手く行かないと、あっというまに窒息死だ。

 

イル師匠はイル師匠で、外でお仕事の最中だろう。防備だけは展開した後、もう姿を消している。ただアリスさんが、いざという時に備えてだろう。部屋の外で、休憩時に備えて準備をしてくれている。

 

それだけで、かなり心強い。

 

釜の表面に空気の壁を張る。

 

タスクを見る限り、今後は基本的に、素材を空気に触れさせないのが絶対条件になってくる。

 

非常に厳しい調合なのは、タスクの一つ一つが異次元に難しい事からも分かる。それも、コルネリア商会を利用する事は、恐らく許されない。時間も滅茶苦茶限られている調合が幾つかある。

 

異次元の才覚があれば出来るのだろうが。

 

多分、イル師匠やフィリスさんが賢者の石を作った時には。

 

時間を止めて、その調合に対応したのだ。

 

賢者の石を作った時のフィリスさんは、素の実力で上級ドラゴンを倒したという話を聞いている。

 

その時の実力を考慮しても、既に現時点でのリディーとスールよりも上。そしてイル師匠も、それに比肩していたことは疑いようがない。

 

額の汗が、空中に漂っていく。すぐに捕まえる。

 

空気がない空間だが、こういった不純物が釜に入ると大変だ。確認し次第、全て処理しなければならない。

 

二人で並んで、基礎になる素材を調整していく。

 

その中には、伝説の薬草であるドンケルハイトもある。

 

これを使うほどの調合だ。

 

賢者の石を作る事が出来る才覚の持ち主は、或いはソフィーさん以前にもいたのかもしれないけれど。

 

おそらくは、素材が揃うことがそもそも無かったのだろう。

 

スールに肩を叩かれた。

 

丁度、すり潰した鉱物を、これから振り分けようとしていた所だったのだが。気がつくと、体感時間で22時間が経過していた。流石にそろそろ休憩した方が良いだろう。

 

納品はしばらく先。国からの支援要請も、多分三傑が優先して受けてくれる。

 

それでも、時間は無駄に出来ない。

 

成果物をコンテナに移して時間を止める。

 

超短時間で劣化する中間生成物がたくさんあるので、こうやって常に時間を止める癖をつけるようにと、イル師匠に言われた。

 

イル師匠はこうも言った。

 

何でも効率的にやるのが最善だ。

 

前任者が失敗した事を、後任者も体で覚えるやり方で失敗させるのは、あまり賢いやり方では無い。

 

歴史に学ぶことで、失敗は避けられる。どうしても体で学ぶのであっても、貴重な素材を無駄にするやり口は許されない。

 

賢者の石は、三傑クラスの錬金術師だから簡単に作れるのであって。本来なら素材も揃わない。

 

だから、常にチェックを。

 

難しいタスクの時は、時間停止を効率的に使え。

 

講義の時に、特に厳しく言われた。そして今のリディーとスールは、言われた事は守れるようになっている。

 

コンテナに素材を移した後、隣の休憩室で、時間を止めたまま休む。休憩室では、アリスさんが同じ時間の止まった部屋にいてくれて。料理をしてくれた。

 

流石にイル師匠のメイドさんというべきか。

 

作ってくれた料理はスープだったが、とても暖かくて、おなかも一杯になる。お店で出てくる味だ。

 

栄養も量も充分。

 

問題は、食事でつく汚れとかだが。

 

それも隣のアトリエに入るとき、徹底的な汚れの除去を行うので、特に問題は無い。

 

六時間眠るようにと促され。そのまま言われた通りに休む。アリスさんは、しっかり六時間で起こしてくれるという。

 

その言葉を信頼し。

 

素直に休ませて貰う。

 

賢者の石が完成するまで、家に戻る気は無い。

 

それくらいの覚悟でいなければ、これはとてもではないが、作れる代物では無いと、よく分かっている。

 

ハルモニウムやヴェルベティスとも、更に異次元の難易度を誇る錬金術の奥義。

 

作るためには、色々と捨てなければならないのだ。

 

目が覚める。

 

きっかり六時間、という事である。

 

アリスさんはこれから交代で仮眠を取るらしい。アリスさんの姉妹だか兄弟だか分からないけれど、雰囲気が恐ろしい程似ている人が入ってきた。ともかく、この人に後は任せて、調合再開だ。

 

まだフローは一割も埋まっていない。

 

タスクの処理も、始まったばかりだ。

 

並行でこなさなければならないタスクも大量にある。

 

二人でこれだと、ルーシャはどうしているのだろう。泣いていないだろうか。いや、それは失礼だ。

 

ルーシャがどれだけ苦悩しながら、リディーとスールを守って、体を張ってくれていたのか。

 

もう知っているのだ。

 

だから、可能な限りの敬意を払わなければならない。

 

しかしながら、この場では、これは雑念だ。雑念は払え。

 

ともかく、今は何も考えず、調合だけに集中しろ。頭をクリアにしろ。調合だけをする機械になれ。

 

そう言い聞かせながら、作業を進める。

 

さっと手を伸ばして、失敗しかけていたスールの手を止める。危ない所だった。スールも気付いて。頷くと、作業に戻る。たまたま、一段落した所だったから気付けたけれど。貴重な素材を無駄にするところだった。

 

淡々黙々と作業をしていると。

 

空気を通じて、声が入ってくる。

 

また22時間作業が継続している、と。

 

ちゃんとタスクを処理したタイミングで声が入ってきた。この辺り、アリスさんの一族らしき人も、分かっているのだろう。

 

タスクを確認。確実に埋まってきている。

 

頷くと、成果物をコンテナに収める。

 

まだ釜は使ってもいない。

 

アトリエを出て。また時間を止めて六時間ほど休む。

 

休む前にアリスさんの同族らしい人に話を聞いたが、薄く笑われるだけだった。嘲笑された雰囲気は無く、相手に喋る権限が無いらしい。それならば、追求しては可哀想だ。素直に、見張りは任せる事にする。

 

続けて、また作業に戻る。

 

イル師匠は、多分外での監視か。或いは国のお仕事か。

 

堤防ももうそろそろ完成。そして完成の間際が一番危なかったりする。だとすると、フィリスさんかイル師匠のどちらかが貼り付きで見張るはず。

 

ようやく、釜を使う作業に取りかかる。

 

二人で示し合わせて。

 

一つずつ、順番に。

 

釜に素材を入れ始めた。

 

 

 

イルメリアは、監視システムを用いて双子の様子を時々見ながら、アダレット王都の内海を守る堤防の上に立っていた。双子の様子は、モノクロームのように掛けている監視装置で直に見る事が出来る。

 

そして、此処から遠隔で、上位次元からの干渉も出来る。

 

とはいっても、ギリギリまで手を出すつもりは無い。

 

双子の努力に、期待するだけだ。

 

勿論、双子が自分から聞いて来たような、最悪の事故になりかけた場合は即座に止める事になるが。

 

思った以上に双子は成長していて。

 

ひよっこのはな垂れの頃とは、素の動きがまるで違う。

 

ハルモニウム装備とヴェルベティス装備の身体強化をフル活用して。

 

徹底的に丁寧かつ慎重に作業を進め。最初の頃持っていた謎の「自分は上手い」という驕りを。「たくさんの調合をこなしてきた」という客観的に見ても納得出来る自信へと変えている。

 

また、それぞれの得意分野と苦手分野を綺麗に担当し分けていて。

 

リディーは最初に難しい調合を。

 

スールはそれを見て、同じ事を繰り返せばいいものを。

 

それぞれ言葉にしなくても担当しわけ、見事に動いていた。

 

二人はもう、立派な一流の錬金術師。

 

この国に三傑がこなければ、あの二人はただの三流のまま終わっていただろう。その代わり、人生に波乱もなく。父親に悪態をつきながら「普通」に生きたのだろうが。

 

三傑が来た事で、あの二人は「普通」から脱し。

 

母親の残留思念とも再会することが出来、父親とも和解を果たすことが出来た。

 

そのどちらが不幸なのかは、イルメリアには分からない。

 

目を細めたのは、大きめのが来ているからだ。

 

声を張り上げる。警戒。騎士達が警戒する中、イルメリアはシールドを展開。恐らく、体長にして四百歩分はある、巨大な双頭の魚が、波を蹴散らすようにして堤防に突貫してきた。

 

人夫達をひとのみに、というのだろう。

 

騎士達が、悲鳴を上げる人夫達が、海に落ちないように誘導。

 

アリスがいてくれれば、多少は楽なのだけれど。

 

まあそうもいくまい。

 

シールドで、波を全て防ぎ。更に、突貫してきた巨大な魚も、その場で叩き伏せる。文字通り壁にぶつかった魚は、その質量もあって、一瞬で頭が潰れ、後半身が逆立ちするように跳ね上がった。

 

波が文字通り、堤防を覆うように広がったが。

 

全てシールドが防ぎ抜く。

 

ほどなく、海には平穏が戻り。

 

巨大な魚が、痙攣しながら、浮かんでいるだけになった。

 

「回収を。 人夫に怪我人は」

 

「点呼の結果、問題ありません!」

 

「分かったわ。 誘導お疲れ様」

 

魚の死体は、騎士団の猛者達が引き上げて、引っ張っていく。あれだけの巨体だと、解体だけで一手間だ。出てくる寄生虫が、既に非常に巨大で危険な獣の可能性もある。解体も命がけである。

 

一応念のため、深淵の者から連れてきている護衛に、魔術を使って遠隔で指示を伝える。解体する職人達の護衛をせよ、というものである。すぐに動く護衛の戦士達。

 

彼らは彼方此方の環境が劣悪な孤児院やホームレスだった子供を引き取り、育成した者達。

 

深淵の者への忠義は篤い。

 

イルメリアは双子の様子も同時に確認していたが、思ったよりも順調だ。若干イルメリアとフィリスが賢者の石を作った時に比べると遅いが、まあ許容範囲内である。

 

人夫達が再び作業を始める。

 

フィリスが来た。最後の仕上げをしに来たのである。

 

軽く話をした後、フィリスが堤防に使われている鉱物の声を聞きながら、細かい調整をしていく。完成すればこの堤防は、二千年の時、アダレット王都を守るだろう。フィリスが作るのだ。少し短すぎるくらいである。実際には、もっともつだろうが、最低保障期間で二千年だ。

 

なおアダレット王都は、先代王がメルヴェイユとか名付けたが。その名前は、この間公式に廃棄された。

 

王都は一つ。故に「王都」だけでかまわない。

 

それがミレイユ女王の見解である。実際ラスティンは連合国家であり、ライゼンベルグは「首都」であるので、それで問題はない。

 

気取った名前なんて必要ない。

 

武門の国の王都なのだ。アダレット王都という、実用だけを考えた名前で一切問題はない。

 

平然と海にも潜るフィリス。

 

それを見て、驚く人夫を、護衛の騎士達が急かして土砂を運ばせる。土砂を運ぶのも、全自動荷車を誘導するだけなので、それほど過酷な労働ではない。給金も的確に払われている。

 

アルファ商会のボスであるアルファが、今回のアダレットへの干渉で、資産を殆ど失ってしまったと嘆いていたが。

 

その分はソフィーが保証するようだし。

 

何よりも、二大国がこれで両方とも安定したことになる。

 

今後は動きやすくなるだろう。

 

さて、後は。

 

「超越者八人体制」が上手く行くかどうか。

 

上手く行ったからと言って、この世界の詰みが本当に打開できる保証は無い。この間シャドウロードが言っていたらしいのだが。どうも上手く行った別の世界のケースを見る限り、素の状態の人間では無理なのではないか、という説が出てきている。

 

かといって、人間を改造するのは色々と問題も多い。

 

超越者八人になれば出来るのか。

 

何とも言えないとしか、イルメリアには言えなかった。

 

色々な案を、一億年にもわたる試行錯誤の中で出してきた。

 

様々なものを作り出してきた。

 

「創造」イルメリアと呼ばれるのに相応しい活動はしてきたつもりだ。それでも、世界の詰みは打破できなかった。

 

精神論は何の役にも立たない。

 

人間の可能性なんて信じるだけ無駄。

 

それは一万回この世界の終わりを見たイルメリアにも分かっているのだけれども。

 

それでも、何処かで信じてみたいと思って、色々な事をしている。だが、それが報われるのか、不安は消えない。

 

フィリスが海の中から戻ってくる。

 

どうやら、あと少し手を入れれば完成らしい。完成したら、もうこの堤防は文字通りの鉄壁となり。

 

例えば津波とかが来ても、弾き返すことが可能になる。巨大な獣が全力で突進しても、イルメリアがわざわざシールドを展開しなくても返り討ちである。

 

普段は、アダレットに其所まで肩入れしないから。

 

この堤防は、ミレイユ女王の死と同時くらいに崩壊して。アダレットが壊滅する切っ掛けの一つになる。

 

その場合、アダレットを再編成して、百年ほど掛けてまたラスティンと並ぶ二大国にしていくのだけれど。

 

今回、その必要は無さそうだ。

 

双子の様子を聞かれたので、順調と応えると。フィリスは、ぞっとするような事を言った。

 

「イルちゃん甘くなったね。 わたしが見ておけば良かったかなあ」

 

「フィリス、貴方……」

 

「イルちゃんと一緒にいる時、いつもわたしにはあんなに厳しかったのにね。 今は双子に対してあんなに甘い。 イルちゃんは真逆になったね」

 

「そんなつもりは……」

 

確かに、フィリスに対してイルメリアは、時々辛く当たったかも知れない。

 

フィリスはこんな状態だ。

 

今更嘘なんかつかないだろう。だからこそ、によによ笑っている様子が空恐ろしく感じる。

 

そんな感情、何処かに忘れたかと思ったのに。

 

口を引き結んでいるイルメリアをしばらく楽しそうに見ていたが。

 

フィリスも何処まで本気で言っているのかは分からない。

 

ただ冗談にしても、本気にしても。

 

フィリスがもし双子を見ていたら。今までとは比較にならない程の苛烈な試練に晒されていただろう。

 

それにフィリス自身も、自分が教師には向かないことを知っていたはず。

 

どうして、今更こんな。

 

フィリスは立ち上がると、空に手を伸ばす。

 

何をするつもりだと思ったが、ただ空の果て。

 

まだ見ていないものを、掴みたかっただけらしい。こんな時は、昔の天真爛漫だった時代が思い出される。

 

もうあの時は。

 

戻ってこない。

 

子供が大人になるように。

 

力を得た今は、昔とは違うのだ。そして、責任を得た以上、果たす義務だって存在している。

 

「超越者八人体勢が実現したら、イルちゃんはまずどうしたい?」

 

「三つの違う視点からの世界改革では、可能性を作り出せなかった。 八つにしても、作り出せるかどうか……」

 

「弱気だね」

 

「貴方はどうなのよ」

 

フィリスは、一度この世界を破壊し尽くすのもありかも知れないという。

 

やった事は、実は何度かある。

 

徹底的に打ちのめして、生物としての強靭さを増すという手もあるかも知れないと、ソフィーが結論。

 

他に手も無かったので、やってみたのだ。

 

だが、それでも上手く行かなかった。ただ世界が貧しく更に厳しくなるだけだった。

 

或いはやり方に手を加えるのもありかも知れないが。いずれにしても、今まで作り上げてきたものを無に帰すのは感心しない。

 

フィリスはそう考えているのを見抜いたか。肩をすくめる。

 

そして。何も告げずに、その場から消えた。

 

堤防は完成した。この内海は、アダレット王都を支える要として、当面上手く機能してくれるだろう。

 

だが比翼の精神がイルメリアには心配だ。ひょっとしてフィリスも、イルメリアとは別方向にすり切れているのではあるまいか。

 

嘆息すると、双子の様子を再確認。現時点では、上手く行っている。介入は最小限に。そうしないと、賢者の石を作る意味がない。

 

人夫達を引き上げさせ。最後の仕上げを終えると。文字通り鉄壁の堤防が完成する。

 

後は、ミレイユ女王の視察などで、事故が起きないように備えておけば良い。

 

腰を上げたイルメリアは、目を細める。

 

ソフィーが、多分また何か目論んでいることを察知したからである。

 

そろそろ、いい加減にしてほしいものだが。

 

いずれにしても、そろそろ。

 

この無限の悪夢からは、脱したい。それは、イルメリアの本音でもあった。

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