暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
双子以上に地獄を見ながら
ルーシャもまた、深淵に挑んでいました。
冷や汗が流れる。このタスクをこなすのは、七度目。そして、その内六回で、ルーシャは右手を根こそぎ失っていた。
その度に、側でアドバイスをしてくれるプラフタが、時間を巻き戻して治してくれたけれど。だが痛みまでは消してくれなかった。
賢者の石は。
今のルーシャには、少し難しすぎる。
だが、作る事が出来る可能性はある。だから、プラフタが側について、ルーシャを指導して作らせる。
そういう理屈なのだという事は分かっていたが。
実際に絶望に向き合ってみると。壁に叩き付けられる卵になった気分だった。
壁を突破出来る気がしない。
今までも無茶な戦いを散々してきた。双子を守るために、死力を振り絞ってきた。だけれども、今回は。
涙を流しながら、必死に調合を続ける。
此処からだ。
本当にデリケートな処置で。ちょとでも失敗すれば、腕ごと消し飛んでしまう。呼吸を整え直しながら、丁寧に、丁寧に処置していく。
ギフテッドなんて、ルーシャはもっていない。
だが、あのイルメリアも。プラフタも。ギフテッドは持っていないらしい。
それだけレアな才能なのだという事だ。
双子がギフテッドを手にしてから、露骨に心身の体調を崩した事を、ルーシャは今でも心苦しく思っている。
双子を救えなかったのは自分だとも。
だからこそ。
もしも、賢者の石を作成し、パルミラに謁見することがかなったら。
守護を司る存在となりたい。
他の超越者達は、どうせあらゆる手段を選ばず世界の詰みを打破しようと考えている筈だ。双子だって、それは例外では無いだろう。
双子は怒っていた。
あまりにも愚かしい人間の歴史を見て。
ルーシャだって怒ってはいたが。
それ以上に、悲しかったのだ。余りにも愚かしい人間を。万物の霊長などと自称する愚劣さが。
だからこそ、そんな人間を守護できる存在になりたい。
そう思い、必死に賢者の石に挑む。
腕が吹っ飛ばされた時の痛みは、今までに感じたことが無い程のひどさで。心に深い深い傷が出来たが。
それでも、やるしかない。
このままでは、双子はバケモノのまま、誰も抑える事がない。ソフィーはバケモノを嬉々として泳がせるだろうし。イルメリアやフィリスだって、その辺りは同じ筈だ。イルメリアは双子に同情はするだろう。だが、そこまで。フィリスは完全に放任主義。同格の誰かが止めなければ。それこそおじさまにもおばさまにも会わせる顔がないのである。
丁寧に、丁寧に。
そして、最後の一押し。
爆発は、しなかった。反応が始まり、やがて激しく金属が色を変えていき。そして、収まる。
時間を停止させ。
そして、何度も深呼吸した。
タスクを、突破した。
プラフタに休むように言われ、そして気が抜けて、その場で倒れかける。朦朧としたままプラフタに抱えられて隣室に。横になっていると、プラフタの部下らしいホムが、伝令に来た。
何か話していたが。頷くと、プラフタは伝令を返す。ぐったりしたままのルーシャに、プラフタは感情の籠もらない声で言う。
「今、双子が賢者の石を完成させました」
「!」
「これから私はパルミラの召還に立ち会ってきます。 貴方は此処で休んでいなさい」
「まっ……」
立ち上がろうとするが。
ベッドの左右から、触手がにゅいと音を立てて伸びると、一瞬でルーシャを拘束していた。
こんなギミックが用意されていたのか。
そういえば、腕を失ったとき、時間を戻して対処してくれたプラフタだが。痛みで七転八倒しているルーシャをベッドに運んだ後、何かが拘束していたような気がする。これだったのか。
こんな仕組みがあったなんて。
いずれにしても、触手のパワーは尋常では無く、ルーシャが動ける状態ではない。
唇を噛んで、忸怩たる思いの中じっとしていると。
プラフタが戻って来た。多少、疲弊しているようだった。
一緒にいるのはイルメリア。
実は、ルーシャはイルメリアが大嫌いだ。
逆恨みであることは分かっている。だが、双子にどうなるか分かりきった上で錬金術を教え。
結局人間を止めさせた直接の元凶はイルメリアだとルーシャは思っている。
勿論それは違う。
実行の青図を書いたのはソフィー=ノイエンミュラーだ。だが、それは、どうしても割り切れない部分だった。
「双子が超越しました。 以降はイルメリアに指導を代わります」
「……っ」
「それではイルメリア。 後はお願いします。 終わっているタスクについては其所のフローを見てください」
「把握したわ。 貴方もこれから賢者の石を作るんでしょう」
プラフタが静かに笑う。
それは、ぞっとするほど悲しい笑みだった。
「何、もう既に一人作るのを見届けています。 そう苦労はしませんよ」
「それに人の体を取り戻し、膨大な経験を積み重ねた今なら、かしらね」
「そういう事です。 それでは」
プラフタが部屋を出て行く。
触手が拘束を解除。
ベッドから転がり落ちたルーシャは、冷たい床で、激しく咳き込んでいたが。イルメリアは冷たい目で見下ろすばかりだった。
「タスクの処理状況を見る限り、最大の山場は深紅の石の作成ね」
「……此処でわたくしが、以降の作業を拒否したらどうなるのです」
「その場合は拷問してでも以降をやらせることになるわ。 ……そもそも双子がこのままだと野放しになると、困るのは貴方でしょう」
「……っ」
涙が零れてきた。
全てお見通しという訳か。ため息をつくと、イルメリアは諭してくる。フィリスよりは、人間らしい反応だとルーシャも思う。
「悔しいのは分かるけれど、今は現実に対応出来る力をつけるのが最優先事項よ。 貴方は恐らく、本来だったら超越者になどなれない才覚しか持ち合わせていなかった。 何が貴方を此処まで伸ばしたのかは、私にも良く分からない」
「……それは、きっと」
「精神論ではないわよ。 モチベーションで人間の能力は一割程度しか上がらない」
その通りだ。
精神論なんぞ何の役にも立たないことは、今までの死闘の中で、ルーシャ自身が一番よく分かっている。
思いの力なんぞ何の役にも立たない。
そんなものが役に立つならおばさまは死ななくても良かったはずだ。おじさまはすり切れるまで、最高の薬を調合し続けたのだから。
「立ちなさい。 このままだと、これから作業を開始するプラフタとルアードにも賢者の石作成を抜かれるわよ」
「分かりましたわ……」
「貴方は本来、此処に立てないのに立っている。 それはとても素晴らしい事だと自覚しなさい」
驚いた。
評価されているとは思わなかった。
だが、嫌いな事に変わりは無い。
そのまま、作業に戻る。それからも、散々失敗を繰り返し、指が吹っ飛び、腕ごとなくなり、酷いときには顔面がまるごと消し飛ばされた。
その度に時間をイルメリアが戻して対応したが。
痛みまでは消えなかった。
失敗の度に一度休み、そして作業に戻る。
酷い痛みが、どんどん精神を削り取って行く。途中、長時間の休憩も取ったし、美味しい食事だって何度も食べた。
オイフェを連れてきて貰って、好みの茶も淹れて貰った。
この辺りの事は、同じお嬢だから、だろうか。
イルメリアも理解があるようで、贅沢を言うなとか、そういう厳しい発言はしなかった。だが、それでも。
ルーシャを甘やかすことも無かったが。
イルメリアの指示は的確で、とにかく作業だけに集中できるようになっていった。失敗の傾向から、何処がまずいかも、すぐに把握したらしい。悪い癖を丁寧に補強してくれる。必死に努力していく過程で、悪い我流が身についてしまっていたルーシャにとって。こういう指導をしてくれる存在はとても有り難かった。というか、双子はこんな怪物に教わりながら、あれだけ伸びるのが遅かったのかと、小首をかしげてしまう。自分より明らかに才覚は上だと思っていたのだが。
深紅の石作成に辿りついた時。
既にルーシャは、本来であれば五十回は死んでいた。
痛みは全身に刻まれ、恐怖さえ感じるようになって来ている。
それでも、まだやる。双子を、二人きりにはさせておけない。おばさまとの誓いを、破るわけにはいかない。
双子は危険な思想を持ち始めている。
だったら、それを抑える者が絶対に必要なのだ。
人間が愚かである事は同意する。全面的に同意できる。だが、双子は場合によっては、種族単位での洗脳や、極端な選民思想を実施しかねない。それから人間を守る者が必要だ。
呼吸を整えながら、何とか深紅の石を作成。
二ヶ月はかかるだろうと言われていたらしいのだが。
既に、時間を止めている間の作業を含めて、三ヶ月以上が経過しているらしい。外では数日しか経過していないようなので、いびつではある。三ヶ月分余計に年を取ったとも言えるが。
どうせパルミラに謁見してしまえば、そんなものは関係が無くなるのだ。
双子は深淵に心が落ちてしまっている。
ルーシャだって、多分影響は皆無だとは言えないはずだ。
だが、それでも。
超越者になったとしても、ヒトの観点は捨てたくないのである。可能性がないと、分かりきっていたとしても。
深紅の石が仕上がる。
イルメリアは一瞥だけして、目を細めた。好意的な視点では無い。多分今まで見た中で一番酷い深紅の石だ、とでも思っているのだろう。休むように言われて、その通りにする。反発はあるが。指示はいちいち的確。反発があるから逆らうとか、そんなバカ丸出しの行動はしない。
人間が愚かだと思うし。「みんな」と一緒ではいけないと思う点では、ルーシャも双子と意見が同じなのだ。
見かけだけで相手を判断したり。価値観が違う相手に何をしても良いと思うような存在は唾棄すべき相手。
それについては、ルーシャも意見を違えない。
如何に相手が気に入らなくても。的確な判断で、正論を言っているなら従うべき。それがルーシャの結論である。
しばし休んで、やっとなんとか少し疲れが取れる。
全身ぼろぼろだが、何とかまだやれる。
イルメリアが、作業を促そうとしたとき、伝令が来る。獣人族の、屈強な戦士だった。
軽く耳打ちをしているのが聞こえる。
どうやら、最後になったらしい。
伝令が戻っていく。咳払いすると、イルメリアは言う。
「聞こえていた通りよ。 プラフタとルアードが、賢者の石を完成させたわ。 プラフタは未来、ルアードは現在を司るつもりのようね」
「……」
「さあ、立ちなさい。 貴方が何を望むのかは大体検討がついているけれど、貴方にはまだそれをなす力がない。 あのソフィー=ノイエンミュラーだって、賢者の石を作る時には、作業自体は一人でこなしたとは言え、プラフタに補助を受けていたそうよ。 後は貴方次第。 最後まで、やり遂げなさい」
「分かって、いますわ」
ルーシャは何度も涙を拭う。
どうして此処にいるのか分からない才覚のなさ。
必死に誓いを守るために走り続けてきた。
そして今は。
人外となり果てた双子の、最後のストッパーになるために。己の全てを捨ててまで、挑もうとしている最後の壁。
この壁を越えてしまえば。
もう同じように人外になる。
だが、それでもヒトとしての心までは捨てないつもりだ。どれだけこれから絶望を見るとしても。どれだけこれから破滅を直視するとしても。ルーシャは、負ける訳にはいかないのだ。
最終段階に入る。
賢者の石の完成まで。
あと少し。
その少しの壁が、恐ろしく高かった。