暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ついに始まります。
詰んだ世界の打開が。
人材が揃い、無だった可能性が、有に変じようとしているのです。
序、揃う賢人
最初にパルミラの降臨を見たとき、スールは正気を保つのが精一杯だった。だけれども、それからすぐにプラフタさんとアルトさんの作ってきた賢者の石で、パルミラがまた呼び出されて。
恐らく、パルミラを見た事で、深淵の最深部に触れたからだろう。
もう恐怖はさほど感じなかった。
そして、今。
ルーシャが、必死に脂汗を掻きながら、顔を上げている。
失神寸前なのは分かるが。手助けは出来ない。
気持ちは分かる。分かりすぎるほど分かる。
こんな存在と接して、普通だったら正気なんて保てっこない。相手は文字通り意思を持った世界そのものなのだ。
パルミラに、守護をする存在になりたいと願ったルーシャ。
嗚呼。
心底から優しいんだなと、スールは悲しくなった。リディーもスールもだが、「みんな」にはとことん愛想がつきた。自分が「みんな」と一緒だったことには、本当に今ではハラワタが煮えくりかえる思いである。
だが、ルーシャは。それでも「みんな」を悲しい存在だと思ったのだろう。
勿論「みんな」はそれを余計なお世話だとでも思うだろうが。
そもそもこの世界には未来もなければ可能性もない。
実際にこの世の果てを、訳が分からない回数見てきている存在が。試行錯誤を繰り返してなお、どうにもならないのだ。
それは確かに、正論であると認めざるを得ない。
ルーシャは何とか問答に耐えきったが。
パルミラが戻ると同時に、意識を失った。
それどころか、全身から出血し、その場に倒れ込む。スールも気絶したが、この反応は強烈すぎる。
すぐに駆け寄って、治療をする。急速にバイタルが低下している。手持ちの薬では、助けられるかどうか。
ルーシャは意識もない。
まずい。リディーも全力で回復魔術を掛けているが、これはとてもではないが、無理ではないのか。
唇を引き結ぶ。
ルーシャは多分無理だろう。
そんな事を、何処かで誰かが言っていた気がする。
才覚の学問だ。
錬金術は、何処までも才覚に左右される。賢者の石をルーシャが作る事が出来たのは、本来あり得ない事で。
無理に無理を重ねたから。
パルミラとの謁見で、その反動が全部出てしまった。
そもそもルーシャは、精神だって人間を超越している段階まで行っていたとは思えないのである。
そんな状況で、あのパルミラに謁見するなんて。
しかも会話をするなんて。
自殺行為だ。
嗚呼。どんどんルーシャが冷たくなっていく。口から流れ落ちている血も、ドス黒くて。感情が凍ったかと思ったスールも。思わずぐっと頭を下げてしまう。このままでは、ルーシャは。
だが、その時。
ソフィーさんが、此方に来る。
そして、掌から何かを零した。
分かる。恐らくこれは、エリキシル剤。死者も復活させるという、文字通り神域の薬。神秘の霊薬ですら足下に及ばない究極の秘薬だ。
それが掛かるだけで。
周囲に、ぶわりと、凄まじい生命の力が広がるのが分かった。
ルーシャのバイタルが回復していく。呼吸は既に止まっていたのだが。それが、息を吹き返す。
心臓の動きも、戻り始めた。
涙が零れる。
ルーシャは、こんなにも無理をして。いや、馬鹿なリディーとスールを守るため、ずっとずっと無理をしてくれていたのだ。
そして、究極の無理をして、此処までして。
恐らく、死ぬ事さえ意に介していなかったのだろう。自分の事なんてどうでもいいと、ルーシャは思っていたのだ。
昔のスールだったらどうしただろう。
ルーシャの真意を知る前だったら、なんでこうなったのか分からずに、混乱するだけだっただろう。
或いは、意味が分からないと馬鹿にしていたかも知れない。
だが今のスールは違う。
ともかく、容体が安定しただけで充分だ。すぐに医療室を借りて、本格的に休ませる。死にかけたルーシャが意識を取り戻すまで三日。
エリキシル剤を分けてくれたソフィーさんだが。それは同情からなどではなく、超越者八人体制を確立させるため。
賢者の石を作る事が出来る者なんて、そうそう出ないのが現実だ。
その状況を、これ以上崩したくは無かったのだろう。
意識を取り戻したルーシャの目には、光がなかった。
呼びかけても、応えない。
精神が壊れてしまった可能性もある。だけれども、きっとルーシャは何とかなる。そう信じて、看護を続ける。
二日が過ぎた頃。
やっとルーシャは、スールの方を見てくれた。
「スー、もう大丈夫ですわ」
「ルーシャ!」
「大丈夫、何処か痛くない!?」
「……壊れてしまった心を拾い集めていたのですわ。 やっと、言葉を発する事が出来るくらいまで……」
それから、しばらくまた次の言葉が出てくるまで時間が掛かった。
そうだ。本来パルミラと直接会話して、無事で済む筈があり得ないのだ。あんな存在、直視して正気でいられる訳も無い。
ルーシャはむしろ状態が軽い方。
下手をしたら、パルミラを呼び出しただけで、全身が爆発四散していたのかも知れないのだから。
「もう、大丈夫、ですわ。 二人とも、自分の仕事に戻って……」
「そんなの、無理だよ……」
「察してくださいまし。 こんな姿、見せたく……」
激しく咳き込むルーシャ。
まだ心も体も万全にはほど遠い。
そして、ルーシャがどれだけの覚悟の末に、パルミラと謁見したのも。無理をしたのも、分かりすぎるほど今のスールは分かる。
どうして此処までしてくれる人を、昔はバカだなんて思っていたんだろう。
本当に涙が出そうだ。悔しくて情けなくて。確かに表面を見るだけなら、滑稽にも思えるかも知れない。
だがルーシャは、いつも命がけで助けてくれていたし。
怖い目にも散々あっていたのだ。
きっと良いお母さんにだってなれたはず。
それなのにもうそれはかなわない夢だ。
守護なんて、もっとも大変な願いだろう。何かを守ろうとすればするほど、大変になる。お父さんを見ていてもそれはよく分かる。
英雄は孤独だ。
本物の英雄である先代騎士団長と直に会って、それはよく分かった。
あの人は尊敬されていたけれど。先代騎士団長自身の人柄そのものと、触れあおうとしている人はいただろうか。
多分みんな、生ける伝説として尊敬していたはずで。
先代騎士団長もそうあろうとしていたはず。
しかも先代騎士団長は上手く行っていた方で。下手をすれば、ネージュのように迫害されていた可能性だって高い。
佞臣達でさえ、獣の蔓延る荒野に先代騎士団長無しでは対抗できないのを理解していたから。先代騎士団長は迫害はされなかった。
庭園王のような桁外れの暗君でもなければ、それくらいは理解出来たのだ。
それでも、危うい橋を先代騎士団長は渡っていたはず。
ルーシャは、また自ら、そんな所に踏み込もうとしている。
バカだなんて間違っても言えない。
どれだけの覚悟の末に。どれだけの努力の末に、此処まで来られたのかは分からない程なのだから。
ギフテッドもないだろうし。
ルーシャは自身の才能について、リディーは勿論スールにも劣ると思っていたようだ。スールにはそうだとは思えなかったけれど。ともかくルーシャは、そう思い込んでいた。そんな中、賢者の石に手を出す事が、どれだけ勇気が必要だったのか。分からない程である。
何度も顔を擦った。
感情が希薄になっているのに、涙はどうしても出てきた。
それだけは、嬉しかったかも知れない。
人間を止めてしまっても感情はある程度残る事は分かっていた。
だが、それでも。
不安だったのだ。
完全にマシーンとなってしまうのでは無いのか。
それがただひたすら、スールの奥底には恐怖として存在し続けていた。今だって消えていない。
だが、イル師匠がそうであるように。
どうやらスールも、感情そのものは残っているようだった。
リディーに袖を引かれる。
ソフィーさんが、医療室の入り口にて。腕組みして、壁に背中を預けて待っていた。無言で、促されるまま外に出る。
医療室は、恐らく病気に二次感染することを防ぐためだろう。
かなり周囲を厳重に固められていて。
場合によっては空間ごと、素人でも隔離できるように。厳重に、調整を行われているようだった。
理論上、病気であればどんなものでも封じ込めができるだろう。
そして、ナンバーを切り替えることで、1000以上ある医療室を、切り替えることが出来るらしい。
深淵の者が、疫病対策をするとき。
此処をフル活用し。
更に時間停止なども使って、患者を助けるのだろう。凄まじい仕組みだ。前の深淵の者には其所までの力は無かったという話だから。多分ソフィーさんが考案して作り上げたのだろう。
「さっそくだけれど、そろそろ動いて貰うよ」
「待ってください、まだルーシャが」
「まずは実績を上げて、少しでも進展がなければ、賢者の石で事象固定はしない」
何のことだろう。
そう思って、気付いて。スールは、背筋を恐怖が走り上がるのを感じていた。
つまり、世界の果てまで行って。駄目だった場合。
ルーシャは、また今の地獄の苦しみを味わう事になる。
そしてソフィーさんは、気分次第ではエリキシル剤なんて使わない。
事象の固定については、スールも理解出来ている。
恐らくパルミラは、賢者の石をルーシャが使い、謁見を済ませた時点まで、世界を任意に巻き戻せるのだ。
つまり、ルーシャはまだ人質に取られている。
それが嫌なら、実績を上げることに協力しろ。ソフィーさんはそう言っている。そして昔は鈍くてバカだったスールでも、今はそれが理解出来る。ひたすらに悔しくて悲しいけれども。
やらざるをえない。
リディーがぐっとスールの腕を握る。
「せ、せめて。 ルーシャの容態が安定するまで待って貰えませんか」
「「素人」が側についていても、気休めにしかならないけれど?」
「……っ」
いつのまにか。ティアナさんがソフィーさんの後ろに立っていた。
今の状態でも、接近に気づけなかった。
この人、まだまだリディーとスールより上の実力なのか。というよりも、恐らく「殺人」に究極まで特化すると、此処までの実力になるのか。想像を絶する程の存在だ。多分伝説の勇者とか、絵本の中にいる存在が現実に出てきたら。こんなくらいの実力はあるのでは無かろうか。
スールは昔お母さんに読んで貰った絵本の内容が、一気に恐怖で塗りつぶされるのを感じながらも。
唇を引き結ぶしか無かった。
顎をしゃくって、ついてこいと促すティアナさん。
代わりにソフィーさんが医療室に入る。
あのエリキシル剤の効果も考えて、この人ならルーシャを確実に助けてくれる。それは分かる。
だが、まだソフィーさんは、リディーとスールを完全に御せるとは思っていない。
力の底上げが行われたといっても。
リディーとスールだけで、賢者の石を作るのはまだまだかなり厳しい。
悔しいけれど、優先順位は。
この世界の詰みの打開だ。
ソフィーさんが来ていると言う事は、恐らく医療に関わっていても、手出しが出来る状況なのだろう。
遠隔で色々操作したり見聞きしたり。
或いはティアナさんに指示をして何かさせるのかも知れない。
ほどなく、会議室に案内される。
イル師匠とフィリスさんと、それにプラフタさんとアルトさんが、既に揃っていた。
ソフィーさんはこの場にいないが、それはともかく三傑改め五傑とでもいうべきだろうか。
まだリディーとスールは、この四人に比べるのもおこがましい程の実力しか備えていないからだ。
イル師匠とプラフタさんが不愉快そうなのに対して。
フィリスさんはうきうきだ。
多分状況の打開が期待出来るからだろう。
フィリスさんは、昔はとてもまともで正義感が強かったと聞いている。少し感情の制御が下手だったらしいが、それはそれ。純粋で優しい人ほど、深淵の深みを覗いたときの反動が大きいのだろう。
ルーシャの事よりも。
今は、他の人達の方が悲しかった。
「それでは、まず順番に状況の整理から行おうか」
アルトさんが指を鳴らす。
前も訳が分からないほどの実力者だった。しかし、今は賢者の石の効果や、パルミラに能力上限を挙げて貰った事もあるのだろう。
前よりも更に訳が分からない実力を感じた。
「これが現在までに、深淵の者が辿ってきたおおまかな試行錯誤になる。 そして、どうしてこの世界が此処まで苛烈な状況に置かれたかの、おおまかな展望図になる」
ぐんと、一気に記憶がスールの頭の中に流れ込んでくる。
とんでもない量だ。
パルミラと謁見して、深淵の深奥の現物を見たときほどのプレッシャーではないけれど。それでも頭が割れそうである。
悲鳴を上げて、思わず頭を抱えるが。
誰も助けてはくれない。
当たり前だ。リディーだって、耐えているのだろうし。何よりも、ルーシャはもっと酷い目にあっている。苦しい目にもあっている。
このくらい。何でも無い。
そして、実際に何が起きてきたのか、スールは理解する事になった。
パルミラが目覚めて、この宇宙が意思を持った。普通の宇宙では無く、多元宇宙が交錯する、非常に他の宇宙から見ても重要度の高い宇宙であり。それだけにパルミラも強大な神だった。
パルミラは神としての責務。
全てを見守り、慈しむ事を考え。
そして世界を探り。知恵を持つにまで至った存在も含め、世界には生き物の苦痛の声が溢れていることを知った。
故にまずは実験として。滅び行こうとしている種族を四つ。己の作り上げた世界に招いた。
彼らをまず助けて。神としての実績を積みたい。それがパルミラの考えだった。
その四種族こそ、人間四種族だったのだ。
アルトさんにある程度は聞いていたし。実際に幾つかの例も見てはいたが。ダイレクトに見せられると。そのスケールの凄まじさに、頭が悲鳴を上げる。
パルミラは考えた。行動したからには責任を持たなければならない。
拾ってきた愛玩動物では無いのだ。
それぞれが自立的に意思を持ち。そして互いに尊重し合って、宇宙に出て行けるようになるまで見守る。
それがパルミラの意思。パルミラの愛。そしてパルミラの責任。
最初は楽園を用意した。破滅の運命を辿った人間四種族を哀れんだからだ。
だが、楽園に案内された人間四種族は、あっと言う間に滅びてしまった。試行錯誤を繰り返しながら、パルミラは知る。ストレスを掛けないと、知的生命体はあっと言う間に生物として堕落しきると。
かといって、ストレスを掛けると、今度は知的生命体は無意味に争い始める。種族単位でわかり合おうとは絶対にせず。同種族ですら相食み始める。
ならばどうすればいい。
気が遠くなるほどの試行錯誤の末、パルミラが至った結論は。
四種族がそれぞれ協力しないと、生きていけない世界、だった。
それが此処。この世界だ。
獣は例外なく強く、人間に対して牙を剥く。
ドラゴンという圧倒的存在が常に人間の総数を監視。しかもドラゴンは、一定数が常に世界に存在するばかりか、人間の文明レベルが上がると強くなる。
そして神の代理として、監視端末としての邪神が世界の各地に存在している。
緑は人間が自分で作り出さなければ基本的に存在しない。
更には資源も限られていて、人間が自己努力しなければ、あっと言う間に制限時間が尽きてしまう。資源が尽きれば、後は何をやっても滅びるだけだ。
思わず口を押さえた。
パルミラは殆ど全能に近い。
そしてパルミラ自身が、2700京年という、訳が分からない体感年数稼働を継続し。9兆回以上という意味が分からない回数の試行錯誤の全てで、あらゆるデータを検証し続けていた事は、スールも理解した。パルミラは文字通り人間四種族の「全て」を知っている。自分が関わった世界の、全ての人間の思考の動きから感情の動きまで何もかもログとして把握している。これ以上もないほど、人間を知っている存在なのである。
9兆回の試行錯誤という事は知っていたのだが。
その内容が、此処まで隙が無い事は流石に現在のスールには分からなかった。今、強制的に分からされたが。
いずれにしても、言葉で反論する余地はない。
圧倒的なデータの暴力で殴り倒されて。もはや立ち上がる事は不可能なまでに打ちのめされていた。
これに、抗わなければならないのだ。
限られた資源で、人間が宇宙に出る。しかも、互いに尊重し合い、更には他の知的生命体とも仲良くやっていける生物にならなければならない。それも、あまりにも過剰すぎる干渉は禁止。
超越者が干渉し改造して強制的にそう「させる」のでは意味がない。
人間が、自分の意思で。そうできるように促さなければ意味がないのである。
もしも、そのまま人間四種族を放置していた場合。
エゴのまま他の生物を蹂躙に蹂躙し。宇宙の災害となって、資源を食い潰しながらひたすら争いを続ける。
そうなることは、目に見えていた。
「さて、始めようか」
アルトさんが、悶絶しているスールに声を掛けて来る。
頭の中で、ぐわんぐわんと凄まじい音が響いているような気がした。もはや、引き返すことはかなわない事は分かっていても。この難題は。余りにも非情すぎる気がした。