暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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さっそく双子も過酷な検証試験に突っ込まれます。

それが目的だったのだから当然です。

世界の詰みをどうにかしたいと考えているのは誰もが同じ。

ましてや一人前になったのなら、出来る事をしなければならないのです。


1、最初の壁

時間を停止させた空間を貰う。

 

のっぺらぼうな部屋で、何も無い。机と椅子が二つ。そしてドア。それだけである。

 

机の中央には球体があり。

 

触ると、今までの作業実績。

 

つまり、パルミラがやってきた事。三傑がやってきた事。それをまとめたデータを得る事が出来る。

 

そこで、リディーとスールは、しばらくデータの本格的な取得を行う。これは、他の超越者達と持っている情報量が違いすぎるからである。

 

話を合わせるためにも。

 

行動を円滑にするためにも。

 

まずは知らなければならないのだ。先に頭に叩き込まれた知識は基礎も基礎。ここからが本番である。

 

「もう誰かが試している」事を、提案しても時間の無駄になる。深淵の者だって、持っている資源もマンパワーも有限だ。

 

やれることは限られていて。それをこなしきるには、相応の効率化が必要なのである。

 

昔読んだ絵本や物語に出てくる勇者が羨ましい。

 

何も考えずに無意味に世界を征服しようとする邪悪な魔王に対して。感情論で接したり。人間の可能性がとか、人間の意思がとか。無責任な人間賛歌を口にして、結局解決を先送りにする勇者。物語では、それでめでたしめでたしとなる。

 

だが現実はこれだ。

 

人間の可能性は有限だし。何よりも、魔王なんか存在しなくても、この世界は詰んでいる。

 

得られたデータの中には、実際にこの状態から、完全に深淵の者が手を引いてどうなるか。つまり、人間の可能性を見るものもあった。

 

残念ながら、あっというまに人間四種族は秩序を失い。

 

殺し合いの末に滅びてしまった。

 

此処まで過酷な世界でも、エゴを振りかざす愚か者は消えない。事実、スールだって庭園王のような愚劣な存在が、アダレットを滅茶苦茶にしかけるのを実際に見ている。ミレイユ女王のような人だっている。だけれども、あの人はあくまで例外だ。むしろ多くの人間は、庭園王と同じレベル。

 

だからこそ、深淵の者が出るまで世界には秩序そのものが存在しなかったのだ。

 

いびつな秩序だとも思わない。

 

データを取得する過程で見てしまうからだ。本物の混沌というものを。

 

襤褸を纏った難民の群れ。其所に容赦なく襲いかかる獣と匪賊。子供からさえ服も命すらも容赦なく奪い去って行く荒野。

 

親が子供を殺して肉をくらい。わずかにつないだ命を、荒野が容赦なくすり潰して食い潰していく。

 

そう、過酷な世界だと分かりきっているのに。誰も彼もが最低限の協力さえしない。

 

頭がいい人達が揃って、世界を良い方向に変えていこうと考えようともしない。

 

みんなこんな世界でも、利己的な利益ばかり考え。

 

利が無いと判断したら平気で他者を見捨てる。

 

それがむしろ普通で。

 

自分を犠牲に他人を助けられる存在は、むしろ異常な部類に含まれるのだと、スールは思い知らされた。

 

分かっている。

 

「みんな」が如何に醜悪かは。

 

実際に自分で見てきたし。自分がそうだったから、これらの醜悪な光景が何も間違っていない事は良く分かっている。

 

だけれども、それでもだ。

 

少しは、希望や可能性を感じさせるものを見せてはくれないのか人間は。多くの物語で喉が涸れるほど歌われてきた人間賛歌は、現実の前にあまりにも無力だ。

 

そも、楽園を用意された時点で。どうして其所で再起しようと考えなかったのか。ストレスがなければ駄目ならば、どうして切磋琢磨を考えず。独占ばかりを考えるのか。

 

社会を構築すれば、其所に生じるのは基本的に寡占だ。

 

外から手を入れなければ、真面目な人間が損をし、クズが全てを独占するようになっていく。

 

アダレットでもラスティンでもそう。

 

生真面目に社会を支えている人達はいる。鍛冶屋の親父さんのように、シスターグレースのように。或いはアンパサンドさんのように、マティアスのように。フィンブル兄のように。黙々と出来る事を、出来る範囲でしている尊敬できる人は確かにいる。

 

だがそういう人は、必ず尊敬されているか。

 

社会の上層でしかるべく活躍出来ているか。活躍に相応しい評価を周囲からされているか。

 

答えは否だ。

 

放っておくと胡麻擂りばかり上手い者が社会の上層に蔓延し。そう言った連中は胡麻擂りしかできないから社会を滅茶苦茶にしていく。

 

深淵の者が駆除しなければ、この手の輩は幾らでも湧いてくる。

 

それこそ死体に集る蛆のように。

 

情報の取得を一旦止めて、大きくため息をつく。アリスさんの同族らしい人が食事を持って来たので、有り難くいただく。

 

お父さんと話して、少し気分転換とでも思ったが。

 

この様子では無理だろう。多分、「基礎学習」が終わるまでは、この部屋から出しても貰えない。

 

リディーが、一旦情報の習得を止めて、話しかけてくる。

 

「大丈夫かな、ルーシャ」

 

「大丈夫だとは思う。 だけれど……」

 

「分かっているよ」

 

リディーは悲しげに目を伏せる。

 

ソフィーさんは、別にリディーとスールを虐めて楽しんでいるわけでもないし。ルーシャを苦しめて遊んでいるわけでは無い。

 

リディーとスールのモチベーションを引きだし、少しでも能力を底上げするために、もっとも合理的な方法を選んでいるだけ。

 

それが如何に非人道的であろうとも。

 

あの人は、人道なんて最初から気にしていないのだから、何の意味もない。

 

食事も、やはりおかしい。

 

美味しいお茶とお菓子の筈なのに、味の感じ方が違う。

 

情報としか感じていない。

 

多分これは、イル師匠やフィリスさんも同じ状態になっている筈だ。人間を止めるというのは、こういうこと。

 

覚悟は決めていた。

 

世界は詰んでいる。誰かが打開しなければならない。才能があるのはリディーとスール。だったら、そうするしかない。

 

やはり排泄に関しては必要なくなっている様子だ。

 

食べた分だけ、全て体の栄養に出来る、と言う事なのだろう。それも何一つ無駄にせず。毒物も、体内で分解できてしまう。

 

生物を超越した肉体。

 

勿論まだ超越者としてはひよっこだが。

 

それでも、やはり慣れなかった。

 

黙々と、情報の収集をこなす。

 

様々な試行錯誤を見ていく。

 

上手く行った例も、全て見ていった。

 

例えば文化の統一。

 

言語の統一は、非常に大きな試行錯誤の末の成功例だった。こうしてデータを見ていて分かったが、言語というものは非常に未熟な意思疎通のためのツールで。問題点だらけである。パルミラが改良を重ねた言語を、現在では人間四種族が全て使うようになっているのだけれども。

 

それでも、まだまだこの世界の人間達は、相互理解が出来ているとは言いがたい。

 

それだけではない。

 

人間四種族に、洗脳しない程度に、互いに協力しなければいけないという意識をパルミラは植え付けている。

 

これが植え付けられる前は。

 

基本的に魔族は自分達だけで好き勝手に「己の内の神」に全てを捧げていたし。

 

獣人族は戦う事しか考えず。

 

ホムは黙々と働く事だけしかせず。

 

ヒト族は他の三種族を徹底的に見下して、醜い奴らとまで呼んでいた。

 

冗談抜きに吐き気がする話だが。

 

これについては、一部を、深淵の者の幹部シャドウロードが過去の歴史のわずかな断片から発見している。

 

それが事実だったのだと、データを直接叩き込まれて見知ったが。

 

それにしても、本当にヒト族はどこまでどうしようもない存在なのかとスールは苦虫を噛み潰す。己もヒト族、いや元ヒト族でありながら、スールは恥ずかしくなった。ヒト族は己の世界を焼き滅ぼしてまで、万物の霊長という腐りきった選民意識を捨てなかった。

 

いや、いまだって心の深奥では捨てていない。

 

「みんな」がどれだけ醜いかは、スールもよく分かっているし。その「みんな」の中には、ヒト族の身勝手なエゴも相応に含まれる。

 

これでもマシになったというのが、強烈な絶望を後押しするが。スールは必死に耐え抜いた。深呼吸を何度もしなければならず。何度も咳き込んだが。

 

呼吸を整えて、目を拭う。

 

パルミラは少なくとも傲慢な邪神ではない。

 

確かにこの地獄を作ったが。

 

地獄を作らせたのは、人間四種族だ。

 

それについては、よくよくスールも理解出来た。

 

パルミラは己の失敗もミスもデータとして全て残しているし。それを隠すこともしない。人間が、上っ面を繕って。他人のあら探しばかりしているのとは根本的に違う。だから、データは非常に客観的だったし。パルミラも、条件だけは整えて、後は人間の自己努力に出来るだけ任せる方式をとっている事も良く分かった。

 

溜息が零れる。

 

パルミラは万能に近い。

 

だが、深淵の者のような超イレギュラーな存在が出現し。監査機能を持たなければ。人間というのは、此処までどうしようもない存在なのか。

 

確かに今まで見てきたデータは、全て理にかなっている。

 

だけれども、何か方法は無いのか。

 

いや、あったら既に先輩方がどうにかしている。

 

特にあのソフィーさんが、二十四万回近く最後までしっかり試行錯誤して、どうしようもないというのだ。イル師匠とフィリスさんも、一万回以上やりなおしていると聞いている。

 

新しい何かを考えるしか無い。

 

頭が破裂しそうだ。

 

脳が焼けそうになっている。スペックが根本的に変わった現在の状況でもこれだ。こうなると、これからソフィーさんやイル師匠、フィリスさんがどう世界を試行錯誤してきたかのデータも見るのが、とても気が重い。

 

しかし、やらなければならない。

 

少し横になって、休息を取る。リディーも、机に突っ伏して休んでいた。

 

時の止まった部屋だ。此処でどれだけ過ごしても別に何ら困らない。人間だったら、発狂してしまうような環境であっても。

 

もうスールは困らない。

 

お母さんのパンケーキが食べたいな。そう思った。

 

リディーがレシピを聞いて来て、再現出来るようにはなった。大体同じ味だ。だが、味そのものに、今はもう殆ど意味を見いだせなくなっている。

 

お母さん自身は、実体での干渉が出来なくなっている。

 

ある意味、本物のお母さんのパンケーキは二度と食べられない。

 

だが、今になって思えば。

 

あれはとても贅沢な品だったのだ。

 

しばし、横になって、ぼそりぼそりとリディーと話す。

 

「リディー。 何か、思いつく……?」

 

「厳しい……」

 

「そうだよね……」

 

分かっている。

 

リディーとスールが加わっただけであっさり解決するようなら、三傑が彼処まで血眼になって、活動を続けない。

 

リディーとスールを必死に育てようとだってしない。

 

どうにもならないから。手札を増やそうとした訳であって。パルミラもその過程で行われた非人道的行為には一切干渉しなかった。

 

スールにとって、守りたいものは幾つもあるけれど。

 

それを今後守り続けるためにも。この世界をどうにかしなければならない。

 

摂理がどうのと口にする資格は、少なくともこの世界の人間には無い。

 

楽園を貰っておいて、あっさり滅亡した時点で。介入されて当然の存在だからだ。

 

意思の力が重要だという言葉も、既にスールにはあまり心を揺らされない。

 

その意思の力で、人は一体今まで何をしてきたか。

 

人間の何を知っている。そう、絵本の中で、勇者は魔王に言っていたっけ。そんな勇者達に、このデータの束を叩き付けたら、どんな顔をするのだろう。

 

信じていたものを、全部根底からひっくり返されるのだ。発狂で済めば良いのだけれど。

 

しばし、勉強を続ける。

 

一から全てをやり直す気分だ。

 

その過程で、錬金術の更なる奥義についても、知識を得る。ソフィーさんが最初に作った全自動荷車が、どんな風な変遷を経て、改良されていったか。フィリスさんが見ている世界がどんななのか。

 

それらも知る。

 

違うギフテッドを持っている錬金術師は、世界の見え方も違う。ギフテッドが現れてから、世界の見え方が根本的に変わってしまったから、スールにもよく分かる。

 

フィリスさんの視点で、世界が滅ぶ様子を見た記録もあった。

 

最後は、残された資源を奪い合った人間が、何も解決できないまま滅び去っていった。

 

虚しい言葉だ。人間の可能性は無限大なんて。そんな事、あり得ない事くらい、少し考えれば分かるのに。

 

それでも、何か案を出さなければならない。

 

繰り返す世界の中で、全ての人が記憶を持ち越している、と言う事は無い。

 

無間地獄を味わっているのは、パルミラと、五傑と。深淵の者に所属する一部の者達だけである。今回からは、リディーとスール、それにルーシャが加わる。

 

どうやらティアナさんもその一人らしい。

 

強い事にはそれで納得がいったが。

 

しかしながら、やはり辛かった。

 

限界が来たので、ドアをノックする。アリスさん自身が出たので、外の空気を吸いたいと頼んだ。

 

リディーもぐったりしているのを見て、そろそろ良いかと判断したのだろう。

 

頷くと、アリスさんは別の場所に案内してくれた。

 

長い廊下を歩き続け。

 

そして、ドアが並んでいる場所に出る。

 

ドアの一つが、うちにつながっている。

 

それは分かっているが、今は帰ることが出来ない。ルーシャについて聞くが、アリスさんは応えてくれなかった。

 

知りたかったら、まずは義務をこなせ。

 

そう言われている気がした。

 

扉の一つを開けるアリスさん。

 

其所には、美しい緑の園が拡がっていた。獣も危険そうなのはいない。とにかくたくさんのみずみずしい植物が存在している。中央には泉。普通水場は危険で近づけないのだけれども、其所には小さくて可愛らしい魚や、蛙、水場の虫たちしかいなかった。

 

必ずしも心地よい香りばかりではないけれど。此処はとても濃い「森」なのだと分かった。

 

「此処はオスカー様が「お友達」方のために用意している空間です」

 

「お友達……ああ植物!」

 

「そうです」

 

オスカーさんは植物の声が聞こえるギフテッド持ち。インフラ整備の時に、たくさんの植物を持ってくる。

 

此処から持って来ていたのか。

 

もの凄く丁寧に手入れされているのが分かるし。入って良い場所と、駄目な場所がくっきり分けられている。

 

植物も区分けされていて。それぞれが互いに干渉しないように、注意深く丁寧に処理されているようだった。その区分けも極めて丁寧で、手入れも非常に細かかった。

 

休んで良い場所も用意されている。

 

元々、森の中は安全地帯。希に森の中で人間を襲う獣もいるけれど、それでも木々を傷つける事はない。

 

匪賊くらいだろう。この世界で森を傷つけるような生物は。

 

奥に、静かな広場があって。幾つかベンチがある。其所は小高く、周囲を見回すことが出来た。

 

鳥も少しいるらしい。

 

鳥と言えば、外ではアードラに代表される人間に敵対的な獣の一種で。放置すれば際限なく大きくなるけれど。

 

此処にいる鳥は小さくて、あまり怖くは無かった。

 

多分、植物にとって必要な存在なのだろう。或いは大きくなりすぎた場合は、駆除するのかも知れない。

 

ベンチには、深淵の者所属らしい人達が何名か休んでいる。魔族もヒト族も獣人族もいる。

 

ホムだけはいないが、多分タイミングの問題だろう。

 

空いているベンチを借りて、少し休む。アリスさんが、お茶を淹れてくれたので、有り難くいただくことにした。

 

しばし、ぼんやりする。

 

オスカーさんが来たらしいが。休憩所には近付かず、何か話しながら、植物の世話をしている。

 

ギフテッド持ちだ。本当に会話しているのだろう。

 

それを気味悪がる者もいない。

 

オスカーさんの、インフラ整備での実績を知っている者達からして見れば、当たり前の話だろうし。

 

何よりも、これだけの植物をみずみずしいまま保ち。各地の人々をダイレクトに救っているのである。

 

偉人という言葉が、これほどに相応しい人も珍しいだろう。

 

「オスカーさん、最近ずっと痩せているな」

 

「ああ、最近は植物にアドバイスを受けているらしいぜ。 短時間での体重の上下は体に良くないとかってな」

 

「気を抜くとすぐ太るって言ってたしな。 友人である植物のアドバイスじゃ流石に断れないんだろう」

 

「何でも良い。 オスカーさんが植えてくれた植物で、俺の故郷の村が豊かで平和になったのは事実だ。 俺はあの人を馬鹿にする奴を許さないし、あの人のためなら死んでもいい。 あの人には健康で幸せでいて欲しい」

 

話が聞こえる。

 

深淵の者からも、オスカーさんは尊敬されているらしいが。体重が上下しやすいことについては、ちょっと面白いとも思われているのだろう。そういえば思い出す。オスカーさんは昔は鞠のように太っていたのだとか。

 

すらっと痩せている今の姿からは考えづらいが、そういうものか。

 

「アダレットでの作業もそろそろ一段落か?」

 

「主要道はな。 これから辺境の整備だ。 ここからがデカイ獣もでるわネームドもいるわで正念場だぞ……」

 

「未熟な連中は連れていけないな。 危なくて仕方がねえ」

 

「ホムの護衛も気を付けないと危ないぜ。 匪賊はあらかた鏖殺が殺しきったらしいが、まだ辺境には生き残りがいるかも知れないしなあ」

 

アリスさんのお茶を適当にいただきながら、話を聞き流す。

 

ティアナさん、世界中の匪賊を殺し尽くしたのか。そう思うと凄まじいとも思うが。匪賊は世界の敵だ。その認識は、今も変わらない。

 

ティアナさんとダーティーワークをした時には、色々辛かった。

 

だけれども、ああやってエゴを優先して邪悪をする人間には、しっかり手を入れなければならない。

 

勿論過剰な罰を与えるのは厳禁だろう。

 

だが、法が機能しない場所で、罰を与えようがない場合は。相応の処置を、深淵の者のような第三者監査機関がとらなければならないのかも知れない。

 

ぞろぞろと、休憩をしていた人達が出ていく。

 

代わりに別のグループが入ってきた。敬礼をかわして、すれ違う。今度入ってきたグループには、ホムも何名か混じっていた。アルファ商会の関係者らしい。それも上層部だろう。

 

難しい数字を扱う話が始まったので、流石にそろそろ切りあげ時かと思う。お茶とお菓子を平らげると、さっきの部屋に戻った。

 

また、データの取得を開始する。

 

膨大なデータを頭に叩き込んでいく過程で、どうしても凄まじい疲弊が溜まるけれども。しかし、それでもやらなければならない。

 

深淵の者は、確かにティアナさんのような暴力装置も飼っている。

 

時には手段も選ばない。

 

だが、データを見ればみるほど分かる。

 

こういう第三者の監査機関がない限り、人間の社会は上手くやっていけない。深淵の者が腐敗することは現時点ではあり得ない。何しろトップにいる者がそも腐敗とは無縁だからだ。

 

大まかな流れを取り込むまで、実時間で一週間ほど。

 

これでも、ヒトだった頃とはスペックが桁外れに上がっているが。それでも、一週間以上掛かった。

 

時が止まった部屋での一週間だから、外に比べて一週間分余計に年を取ったとも言えるのだろう。

 

此処からは、自分で思いついた解決策を。メインのデータにアクセスして、出来そうかどうか調べて見る作業だ。

 

リディーはみんなの変革。

 

スールは選別。

 

方法論は違う。そして、その方法論を、今更変えるつもりは無い。ただ、選別と言っても、穏当な方法があるのなら、それを選択したいとも、スールは思う。選ばれた優秀な者だけを集める、なんてのは上手く行かない。

 

試しに検索してみたが。

 

実の所、人間のスペックは平均してみるとそれほど変わらない。

 

勿論ソフィーさんのような規格外もいるが。それは例外中の例外だ。何かが優れている人間は、それ以上に何処かしらが欠損している。

 

事実、ソフィーさんも、精神の壊れ方が最初から凄まじかったようで。

 

ある意味、特化した人間は、別の何処かが特化して壊れていると、証明しているようなものだ。

 

優秀な人間を選別する方法は幾つか試みられたようだが。

 

そも何をして「優秀」と判断するのか。

 

そしてその後をどうするのか。

 

万を超える例が出てきたが、結果はいずれも芳しくない。

 

そもそも頭脳や身体能力だけを基準にして優れた人間をピックアップしても、疫病でまとめてやられてしまうケースもあるし、何よりも子孫まで優秀とは限らない。考えてみれば、アダレットの王家を見れば一目瞭然。初代武王やミレイユ女王は優秀かも知れないが、庭園王のようなクズも出ている。歴代で見れば、優秀な王族の方が少ないだろう。

 

更に、優秀な人間ばかり集めても。何故かその中から脱落者が出る。そして脱落者を選別していくと。最終的には誰も残らない。

 

特に目を引く実験があった。脱落者を殺すような非人道的では無い方法で。注意深く人道に配慮しつつ300年がかりで行われたのだが。結局上手く行っていない。

 

実験の過程に問題があるのではないかと調べて見たが。そんな事もない。

 

2686回前の世界で行われたこの実験は、偏執的にまでに細部までデータを取っており。文句をつける余地も疑問点すらも存在しなかった。なお実験を主導したのはイル師匠であり。最終的には「優秀な人間だけを集めるという行動そのものが無意味」という結論が出されている。実験の全権はイル師匠が握り、ドロップアウトした人間にもきちんとアフターケアがされている。誠実すぎる完璧な実験は、完璧な結果だけを出していた。

 

感情的な反論は簡単だ。そんな建設的では無い行為は子供にだって出来る。よくある童話に出てくる王子様や勇者がするように。

 

だが今は、データという客観的資料で殴られているわけで。もしも反論するつもりなら、此方もデータを出してくるしか無い。

 

だいたいこの実験の正しさを裏付ける傍証は他にも幾らでも出てくる。

 

恐らくイル師匠は、優秀な人間同士を掛け合わせて、自然に超越的人間を出現させる試みを「創造」したのだろうが。それも、上手く行かなかったと言う事だ。なおプロジェクトの解散後、実験に使われた街はごく自然に元の生活に戻っている。何事もなかったかのように。この辺りも、イル師匠の人柄が分かる。

 

リディーの方を見るが、首を横に振られた。

 

リディーは、どちらかというとフィリスさんが行っていた試行錯誤を確認していたようだが。

 

フィリスさんの行っていた破壊的な実験の幾つかも、いずれもが上手く行っていない。

 

現状の地獄に等しい世界が、実はこれでも人間四種族を上手にまとめていると、証明するばかりであり。

 

パルミラの能力の高さがよく分かる結果にばかり収束している。

 

それでも、一定の成果を出しているのがフィリスさん。様々なデータを取得しては、次の世界にはしっかり反映している様子だ。

 

頭を使え。スールは自分に言い聞かせる。

 

実際、三傑は頭を使ってきた。

 

その補助に徹してきたアルトさんもといルアードさんや、プラフタさんだって、それは同じ事の筈だ。

 

感情論で相手を止めるのでは無く、悲しむ事はあっても現実的な観点から止めてきたはず。

 

それにはデータが必須で。

 

此方も、まずはデータを把握しなければならない。

 

最大の敵は、邪神でもなければ、パルミラでもない。

 

今まで人間四種族が散々積み重ねてきた業。

 

そう。業そのもののデータだ。

 

何とか抜け穴を探さなければならない。

 

ふと、スールは気付く。

 

1009回前、それに2216回前の世界。イル師匠が、少し独特な試みを行っている。その資料について見ていく。

 

ソフィーさんも興味を示したらしく、419回前の世界では、今度はソフィーさんが更に大規模に取り組んでいるが。

 

どうしても堕落を引き起こしてしまい、上手くは行っていない。

 

基本的に三傑は、毎回「世界に対する干渉を多めにするかしないか」で動いているようなのだけれども。

 

試行している世界では、基本的に「干渉を多めにする」戦略の下で動いている様子だ。

 

そしてこの計画。

 

破棄までの流れが、基本的に同じ。

 

案としては、これの欠点を改善できればどうにかならないだろうか。

 

リディーに話す。

 

リディーも興味を示した。頷き、示し合わせる。勿論、膨大なデータを確認し、穴を見つけていかなければならない。

 

試験も何処かでするとして。

 

出来ればリディーとスールは、相手には同意の上で試験に応じて貰いたい。

 

頼むのは、出来れば人間四種族全て。

 

アンパサンドさんやフィンブル兄、お父さん、それに魔族の誰かにも頼みたい所ではあるのだが。

 

いずれにしても、まずは計画を立てるところからだ。

 

スールが提案した計画を、リディーが徹底的に検索。やはり彼方此方で、規模こそ先の三例とは比べものにならないほど小さいものの、似たような計画が立てられている。頓挫している計画をリストアップしただけで、8900を超えていた。さっき出てきた二回のイル師匠の行った実験は、その中でも特に上手くいったものであり。ソフィーさんが行ったものに関しては、それ以上の改良を加えて再実験したものである。

 

まずは、此処から攻めてみたい。

 

先人の知恵を、完全にこうやって引き出せるというのは、とても大きい。もしも何か新しい計画を立案するのであれば、此処から即座に失敗例を引き出せるからだ。何度も繰り返せば成功するような計画であれば、とっくに実施されている。事実フィリスさんが始めたらしい深淵の者主体での、地下深くにある埋蔵鉱山資源の販売流通は、その後の世界では必ず行われている様子だ。アルファ商会を富ませるため。更に言えば、深淵の者の資金源として、有効活用するために。

 

頬を叩くと、最初の計画を出しに出る。出来ればルーシャにも協力して貰いたい所だけれども。

 

まだ、無理はさせられなかった。

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