暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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人とは変わってしまった感覚

何もかもが壊れた心

それでも世界の詰みという壁の前には、それは些細な事に過ぎません。


3、抑止の力

久しぶりにアダレットの王都に出る。規模が拡大された騎士団が巡回をしていて、街そのものもかなり綺麗になっていた。

 

貧困層に積極的に仕事が与えられ。

 

その中には街の掃除も含まれている。

 

年老いた者や老病者には、優れた医療が国から(お父さんも薬を提供している)与えられており。子供や老人でも労力少なく働き賃金を得られる仕事も供与されている。その一方で、専門職には相応の優遇策が図られ。更には、各地の辺境に人材を派遣する制度も開始されていた。

 

ミレイユ女王の改革は矢継ぎ早で的確だ。

 

改革が早すぎると困惑する声もあるようだが。街は明るくなっているし、明らかに人々は笑顔になっている。

 

教会のある丘に上がってみるが。

 

堤防は圧倒的な存在感を放っていて。内海と外海を完璧に分けていた。内海には漁師が舟を出していて。たくさんの魚を網に掛けている。堤防そのものには強力なシールドが常時発生していて。外海の怪物のような獣たちも、手出しは一切出来ないらしい。

 

城門近くにあったフィリスさんのアトリエは既に引き上げられていた。

 

当然だが、もうリアーネさんもいない。

 

ただ、フィリスさんとは、深淵の者本部で散々顔を合わせる仲だ。今更此処にいなくても、寂しいとは感じないし。

 

何よりフィリスさんは、別の計画を今ラスティンで進めている。

 

人道的な計画とは言い難く。イル師匠と時々やりあっているのを会議で見かける。

 

とはいっても、破壊的なフィリスさんの発想は、明らかに世界のためにもなっているので。

 

あまり厳しく止めるわけにはいかないのも実情だったが。

 

深淵の者から来ている超越級錬金術師達のアトリエは既に引き払われているが、例外がイル師匠のアトリエで。

 

まだしばらくはいるつもりらしい。

 

これはアダレットに頼まれたのが原因であるらしく。

 

ミレイユ女王としても、厳しくとも非常に公正で人々に慕われているイル師匠には、いつでも相談を受ける立場としていて欲しい、と考えている様子だ。

 

騎士団の寮に出向く。

 

入り口で手続きをして、様子を見に行くと。

 

フィンブル兄が、従騎士達に稽古をつけていた。

 

此方に気付いて、手を振って来たので、振り返す。後で、稽古につきあうのも良いだろう。

 

今回は、副騎士団長に正式就任したアンパサンドさんに。

 

例のものの使い心地を聞くのが本命の目的だ。

 

寮の奥。幾つかある大きめの家の一つが、アンパサンドさんの屋敷だ。

 

騎士団の歴史でも珍しいホムの騎士。しかも副騎士団長。そういう事もあって、アンパサンドさんに対する不満と偏見は多い様子だが。その全てを実力でねじ伏せてきているアンパサンドさんである。

 

基本的に誰に対しても平等に厳しく、それはアンパサンドさん自身も例外では無い。

 

だからこそ。

 

「寄り添う者」の試作品には、客観的な評価をくれるはずだ。

 

アンパサンドさんの寮の周囲にいる騎士に、紹介状を渡して、寮に入れて貰う。既にリディーとスールはSランクアトリエの主として、国では相応の扱いを受けている。騎士達に敬礼も受けたので、敬礼を返す。騎士の中には、一緒に戦って、ネームドや獣を駆除した者も。インフラ工事で、ともに激しい獣の攻撃をくぐり抜けたものも珍しく無くなっている。

 

前はひよっこ呼ばわりされることもあったが。

 

今のリディーとスールに、その手の寝言をほざく騎士は、新人以外にはいない。

 

それに騎士は戦闘専門職。

 

特に今のスールの実力は見ただけで分かるようで。そういう意味でも、舐めた行動に出る者はいなかった。

 

アンパサンドさんは、明らかに大きすぎる「寮」を持て余しているらしく。殆どの部屋を空にしていて。必要な部屋だけを使っていた。会いに行くと、久々だと言ってくれたが。やはり表情は読みづらい。

 

「アンパサンドさん、忙しくないですか?」

 

「相応に。 書類仕事だけなら簡単なのです」

 

「ホムはその辺り有利だね」

 

「ヒト族の計算が遅すぎるだけなのです」

 

アンパサンドさんは容赦なく言う。勿論、ヒト族でも計算が速い人は速い。ただホムは元々、計算速度ではヒト族の及ぶ相手では無い。

 

戦闘の方がむしろ忙しく。

 

訓練もしかり。

 

副騎士団長は前線での指揮をほぼ取る事はないそうなのだけれど。それではアンパサンドさんの持ち味が生かせない。

 

其所で今でも、獣やネームドの駆除の際には、最前線で敵に真っ先に突っ込み、回避盾として活動しているそうだ。

 

ただここのところ、三傑が殆ど大物を駆除してしまったこともあって。

 

前にリディーやスールと一緒に戦っていたような強敵との遭遇は目だって減っており。

 

その意味では、腕が鈍りそう、と言う事だった。

 

軽く近況報告を終えた後。

 

例のものについて聞く。

 

少し考えた後、アンパサンドさんは、レポートを出してくる。

 

アンパサンドさんからレポートを受け取るのは初めてだ。なお、滅茶苦茶几帳面な字で書かれていて。

 

性格を反映しているようだった。

 

「まだまだ大幅な改良が必要なのです。 今の時点では試作品だというのは分かるのですが、警告だけなら兎も角、強制力については相応に備えていないと、どうにもならない場合が多いのですよ」

 

「それはこれから盛り込む予定です。 でも、レポート、細かいですね」

 

「ありがとうございますアンパサンドさん。 助かりますっ」

 

「……個人的に気になる事なのですが」

 

アンパサンドさんが、レポート外の話を始める。

 

これは、少し気を入れて聞かなければならない。

 

「ホムは一生を通じて殆ど背が伸びないのです。 子供と大人の個体差も、他の人間種族とは小さい。 その辺りを利用して、ベルト式では無く、別のもっとごついものをつけても良いかも知れないのです」

 

「……考慮してみます」

 

「以上なのです。 もう予定が入っているので、申し訳ないのです」

 

「いいえ、参考になりました」

 

二人揃って頭を下げると、アンパサンドさんの寮を後にする。

 

次の客は、どうやらキホーティスさんの後を継いだヒト族騎士。甘いマスクだが、もうツラで相手に魅力を感じることは、スールには無かった。ツラなんてどうでもいい。騎士団で必要なのは戦いの技量だ。

 

一礼だけして、フィンブル兄の所に行く。

 

軽く従騎士に稽古をつけてほしいと言われたので、リディーには下がって貰って、訓練用の棒を受け取る。

 

ただし棒は使わない。

 

打ち込んできた従騎士に残像を切らせると、背後から軽く膝の裏を蹴ってやる。それだけで、従騎士は脆くも体勢を崩して突っ伏す。

 

おおと声が上がる。

 

何人かそのまま相手をすると、魔族の従騎士が来た。期待の新人だと、フィンブル兄が紹介してくれる。魔族らしい寡黙な青年だ。いや、まだ少年なのかも知れない。スールの上背の1.5倍という所だ。普通の魔族なら二倍はある。青黒い体色は普通だが、角は四本で。いずれもヤギのように丸まっているちょっと特徴的な角だった。

 

大きな訓練用の棒を構える魔族。

 

何処かで見た事があると思ったが、多分これドロッセルさんの構えだ。何かの切っ掛けで、教えて貰ったのかも知れない。

 

打ち込んでくる。

 

さっきの従騎士とは段違いに速い。

 

残像を切らせて。更に後ろに回った所を、振り向き様に抉るように切り上げてくる。それも残像。

 

ひょいと背中をついてやる。

 

力の集まっている点を見きったので、それを押したのだ。

 

体勢を崩した魔族の従騎士が倒れる。驚いたように此方を見る魔族の従騎士に手を貸して、立たせた。

 

「流石だ。 更に腕が上がっているな」

 

「フィンブルさん、即応部隊は上手く行っていますか?」

 

「今は主にイルメリア殿と動く事が多いな。 ネームドとの戦いが主体だから、いつも気が抜けなくて冷や汗ばかりだ」

 

「フィンブル兄、頑張って」

 

スールの言葉に頷く。

 

魔族の従騎士に、今どうやったのかを聞かれたので、丁寧に答える。なるほどと頷くと、魔術を使ってメモを取り始める従騎士。かなり真面目で、向上心も強いようだ。フィンブル兄が期待の新人と言う訳である。

 

騎士団の寮を後にし、今度はミレイユ女王に会いに行く。

 

実験について、レポートを出さなければならないからだ。

 

まだ試験の最中だという事は分かっているが。

 

それでも、民を借りている以上。誠実に対応しなければならない。

 

フィリスさんは実験用にホムンクルスを使ったり、捕獲した賊を使って非人道的な行為をしているようだが。

 

リディーとスールがやっているのは「みんな」のための行為だ。

 

そして「みんな」がそのままでは駄目なことは大いに分かっていても。だからといって無為に虐げるわけにはいかない。

 

久々に王宮のカウンターに出向くと、即座に応接室に通される。

 

護衛にマティアスを連れて、ミレイユ女王が来たのは、すぐだった。

 

レポートについては、途中でもう目を通したらしい。全て記憶もした様子だ。この辺り流石である。

 

ミレイユ女王は「みんな」を守護する立場だ。

 

そういう意味では、ルーシャと立ち位置は同じである。

 

今回の実験は、ルーシャも監修に加わって貰っている。この間、やっと復帰出来たルーシャは、今はアトリエヴォルテールで表向き仕事しながら。実際には深淵の者の仕事に、その比重を移していたが。

 

「もう双子ちゃん、とは呼べないわね。 変革と選別の錬金術師、二人の資料は見せてもらったわ」

 

「如何ですか」

 

「まだこの段階だと問題だらけね」

 

やはりか。

 

周囲に身内だけだから、ミレイユ女王はかなりフランクに話してくれるけれど。その分容赦も無い。

 

だからこそ、有り難いのだ。

 

身内だとどうしても評価が甘くなるのはヒト族の平均的な感性。ミレイユ女王は、その辺り「みんな」とは違う。

 

故に信頼出来るし。こう言う場での話し合いも、建設的に出来る。

 

課題を幾つか提示されるが。アンパサンドさんとかなり内容は似通っていた。

 

やはり、現状では強制力が足りていない。

 

ヒト族の最大の欠点である無意味なエゴについても、現状では警告を無視する個体を無理矢理止めることが出来ない状態にある。ただ、警告をされて五月蠅いとだけ言ってくる村人もいる。

 

自分が常に正しいと思う、「みんな」の性質をもっと良く理解しないといけないのだと。

 

こう言うときには思い知らされるばかりだ。

 

かといって、あまり強権的に出ると、今度は人間の自主性を奪ってしまうことにもなる。

 

甘やかしすぎても駄目。強権的すぎても駄目。

 

色々と難しい話である。

 

幾つかの話を済ませた後。ミレイユ女王は結論した。

 

「現段階では残念だけれど実用的ではないわ。 もう少し改良を進めないと、とてもではないけれど国全土での採用には至れないわね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「ミレイユ女王。 何かアドバイスとかありませんか?」

 

「そうねえ。 もう寿命も何も関係無いみたいだし、それを前提で言わせて貰うのだけれども。 もしも人間を本当に変えるならば、この装置を完璧にまで仕上げた上で、それがあるのが前提の人生が必要なのではないかしらね」

 

前提の、人生。

 

なるほど、そういうことか。

 

だが、それだけではまだ何か足りない気がする。

 

失敗が人間を成長させる、という言葉もあるが。人間という種族そのものが、そもそも失敗を重ねすぎている。それで人間が成長しているかというと、それはノーだ。個々は成長するかも知れないが、種族としては成長などしていない。そもそも個としても、成長できる個体なんて滅多にいない。

 

世界に溢れている「みんな」の醜悪である理由はそれだ。

 

大人になれとか言っている人間ほど、その実態はエゴと愚かしい現実への妥協の塊である。

 

考えていると、咳払いするミレイユ女王。何かまだあるのか。

 

「ああそれと、マティアス」

 

「ん? ああ、例のことな」

 

「どうしたのマティアス」

 

「俺様、結婚しねー事に決めた。 子供も作らねー」

 

おや。またこれは、どうしたことか。

 

マティアスによると、今後アダレット王家は基本的に跡継ぎ争いを避ける方向で動くのだという。

 

ミレイユ女王は数年以内に結婚するらしく。

 

仮に子供が出来なかった場合、孤児院から頭脳明晰な子供を迎えて帝王教育を施し、跡継ぎにするつもりだという。

 

マティアスが結婚して子供が出来た場合、どうせ王族内での権力闘争につながる。

 

ミレイユ女王だっていつまでも明晰な訳では無いのだ。

 

「血統主義は私の代で終わらせるわ。 トップは有能であればそれでいい。 血統なんてどうでもいいのよ。 庭園王の事で思い知っているだろうし、今後は明文化するつもりよ」

 

「んー、マティアス、我慢できるの? ただでさえナンパ癖酷いのに」

 

「いや、俺様も何というか……」

 

「我慢させるわよ」

 

マティアスがびくりとして。ミレイユ女王がすっと茶を口にした。

 

まあ下手に女の子に手を出したら、その時点で殺されるだろうし。我慢せざるを得ないだろう。

 

それにマティアスの周囲には、アンパサンドさんとフィンブル兄がついている。とくにアンパサンドさんは公認スパイを自分で口にしている。

 

アンパサンドさんの目を盗んで、マティアスとくっつける女がいるとは思えないし。

 

いたとしても、命知らずだなあと呆れるだけである。末路は今から目に見えている。文字通り国難を呼ぶような相手、アンパサンドさんは容赦なく殺すだろう。そして対人戦闘でアンパサンドさんに勝てる人なんて、超越錬金術師を除くとティアナさんや深淵の者幹部の猛者達くらいしか思い当たらない。

 

「本当はマティアスが結婚する事も考えたんだけれどね。 マティアスが、まともな相手を見つけられるとも思えなかったし」

 

「姉貴はそれでどうするんだよ。 つりあう旦那候補なんているの?」

 

「既に探させているわよ。 最悪深淵の者に手を借りるつもり。 ただ、子供は必ずしも親と同じ能力じゃない。 子供が盆暗なようなら、廃嫡して出来る子供を引き取って育てるだけ」

 

ミレイユ女王はさらりというが。

 

此処でリディーとスールに話していると言う事は、深淵の者と既に緊密な連携を取っている、と言う事だ。

 

それに、とミレイユ女王はくすりと笑った。ぞくりとした。

 

「実の所、アダレット王家は直系で継続している訳では無いのよ。 武王の血脈なんて、とっくに絶えているの」

 

「えっ……」

 

「姉貴、それ言って良いの!?」

 

「この場はあのソフィー=ノイエンミュラーが防護しているし、彼女らはもう深淵の者関係者よ。 話しておいても同じだわ」

 

ミレイユ女王によると、七代ほど前の王族内でのもめ事で、対外的には知られていないが直系の王族は全滅。

 

今はそもそも初代武王とは血縁が無い遠縁が、王族となっているという。

 

それだから無能だなんて事は無い。

 

同じだ。

 

武王の子孫達にも、庭園王のような輩はいたし。

 

今だってミレイユ女王のような有能な統治者が出ている。

 

血統主義など滑稽なだけだと、鼻でミレイユ女王は笑うのだった。

 

ただ、政権を安定させるには権力の継承が必要なので。

 

血統主義を当面は表向き続け。駄目なようなら、養子を柔軟に取る態勢に切り替える。

 

発表は代替わりの際。

 

今後王族は基本的にスペアを残して最小限度だけ保持。王族に相応しくない者が王位継承を持ちそうになった場合、優秀な跡継ぎを余所から迎える。

 

そういう事らしい。

 

深淵の者もかなり深い所で噛んでいるらしく。今回は、アダレットを残すつもりなんだなと、スールは思った。

 

恐らくは、実験場として、二大国に混乱状態に入られると困るから、だろう。

 

かといって、二大国が国力をつけすぎると、戦争を始めるかも知れない。

 

戦争。

 

この周回では殆ど縁がない言葉だが。

 

古く、もっとパルミラの用意した世界が優しい環境だった時には、いつも起きていた大規模な殺し合い。

 

データで見たが、種族同士、同族同士で、凄まじい規模で殺し合う無意味の極み。

 

ヒト族の故郷はこれによって事実上滅び。

 

獣人族は故郷ではこれのみによって文明を構築していた。

 

それが何をもたらしたかは言う間でもないのだが。

 

いずれにしても、この現在の周回で、戦争を起こすことは絶対にあってはならない。まあ、ドラゴンや邪神の駆除を深淵の者が遅らせれば調整は簡単なので。戦争は起きることがないだろうが。

 

ミレイユ女王も、戦争については流石に思いが至らないだろう。この世界の状況から考えると。どれだけ優秀な人でも、思考が飛躍しすぎだからである。リディーとスールはたまたま知っているが。

 

知ったときには、大きな衝撃も受けた。

 

戦争がある世界の人間には当たり前の事なのかも知れないけれども。

 

常に人間より遙かに強い獣、それをも超えるドラゴンや邪神が闊歩するこの世界で。人間同士で戦争なんてやっている余裕は無い。

 

大規模な軍勢なんかだしたら、それこそ格好のエジキだからだ。

 

深淵の者が出来る前は、小規模な戦いはあったらしいが。それもずっと前の周回に比べればささやかな規模。ヒト族や獣人族の故郷で行われていたものと比べれば、子供の遊びのような規模に過ぎないのである。

 

ミレイユ女王は、素早く思惑を巡らしているスールに、すっと目を細める。

 

意図は分かった。

 

これだけ内情に噛ませているんだから、相応の見返りも寄越せ、という事である。頷くと、スールは協力を約束する。これから改良していく実験のデータは、どんどん還元していくつもりだ。

 

今まで上手く行かなかった9000回近いデータは無駄にはしない。

 

今までとは違うアプローチから攻めつつ。

 

「みんな」からの、人間の脱却を図っていく。

 

人間という生物そのものは、どの種族もそうだが、ちょっとやそっとで変わるような生き物ではない。

 

個体単位では変われる者もいるだろうが。

 

そう簡単な話ではないのである。

 

謁見を済ませると、王宮を出る。

 

後は、家に少しだけ寄って。お父さんと夕食をした後。すぐに実験場にしている村に戻る。

 

深淵の者の使う扉を介して、一瞬で移動。

 

移動先には、人間四種族が集められ。森で周囲をしっかり守られた、二百人ほどの規模の村が存在していた。

 

現在試作型の「寄り添う者」を有志につけて貰っていて。

 

毎日地味なデータを取得している。

 

村の人々は、リディーとスールが深淵の者の所属者だという事も、そもそも深淵の者の存在も知らない。

 

高位の錬金術師が、身寄りのない者達を引き取ってくれた、とだけ思っている。

 

身寄りがない者達を引き取ったことは事実なので。後の余計な事は喋らないようにしている。

 

ルーシャにも、この実験には参加して貰いたい所なのだけれど。

 

まだルーシャは、アダレットで主力級としての活躍が要求されている。

 

試験について見てもらうことは出来るけれど。

 

まだ本格的な参加は先になるだろう。

 

この村に来て貰った人には、現役を引退し、体の彼方此方を欠損している傭兵や。

 

両親も家族も失っているホム。

 

難病で村から放り出された貧乏人。

 

更には、匪賊のねぐらから奇跡的に生きたまま助け出されて、恐怖で記憶も何も失ってしまっている人など。

 

皆、訳ありばかりである。

 

長老をして貰っているのは、魔族の元騎士だが。彼にしても、翼を失い、右腕と顔の左半分をごっそり失っている。

 

荒野の獣との戦いの結果だ。

 

ネームドとの戦闘で、部隊の皆を守るために戦い続け。

 

そしてもはや戦う力も失った今は、此処で後進の育成のために余生を過ごしている。本来魔族はあまり村長をやりたがらないのだが。今回は実験の主旨を説明して、参加して貰っている。

 

どうせもはや前線には立てぬ身。

 

此処で少しでも未来のためになれるのならと、その老いた魔族サルガタナスさんは、喜んで長を引き受けてくれた。

 

その補助として、車いすでいつも移動しているホムのコロンさん。

 

彼女は匪賊に両足を食われて、質の悪い義足しか持っていない。まともに歩けたものではないので、車いすを今は使っている。

 

後は、どこでも二線級にしかなれないような戦士が数名。

 

それが、事実上この村を運営する全て。

 

実験中の「寄り添う者」がいなければ、とてもこの村は回らない。また、リディーとスールが構築した防衛システムがなければ、賊だって押し入ってくる可能性がある。現状ではアルファ商会だけが此処との物資取引をしているのだが。今後は「寄り添う者」の性能試験のために、通常の何も知らない商人とも取引をするつもりであり。

 

その場合には、あまり良くない事が起きる可能性も低くはないのだ。

 

リディーがまずは病人などを見て回る。

 

スールは軽くサルガタナスさんとコロンさんから話を聞いて。その後は、村の様子を自分でみて回った。

 

子供達は、「寄り添う者」について、「困ったときには助けてくれる」「ただし頼ろうとすると怒る」というものだとしか知らされていない。

 

孤児も多く、親代わりをしているヒト族や獣人族の者も負担が大きいが。

 

彼らにも、負担を減らすために「寄り添う者」をつけて貰っている。

 

データそのものは、手元にある錬金術装備にそのまま集まってくる。後は、具体的にどう働いているかを確認していくだけである。

 

走り回って遊んでいたヒト族の子供が、ぴたりと足を止めた。

 

一瞬遅れたら、転んで顔を思い切り地面にぶつけて、歯を折っていたな。動きを見て、それを判断。

 

メモを取る。

 

それだけではない。幼いホムの女の子が、追いついてきて。

 

大丈夫です、と声を掛けていた。

 

多分、危ない所だったのだと理解したのだろう。ヒト族の男の子は、大丈夫と返事をして、また走り始める。

 

なるほど、身体能力で劣るホムの子とも歩調が合わせられるように調整が掛かった、と言う事か。

 

この間少し改良したのだが。

 

基本的に「寄り添う者」は、今までの世界で集められた膨大な人間のデータとリンクしており。

 

間違いを犯しやすい部分について、すぐに確認。

 

判断を行って、それを未然に防止するために動くようになっている。

 

まだ未完成な要素も大きいが。

 

見ていると、普通の街では別れがちな、ヒト族、獣人族、ホムの子供達が。みな一緒に遊んでいる光景は見られる。

 

メモを取りながら、上手く行っている部分もあるなと、納得。

 

ただ、大人は其所まで簡単にはいかない。

 

ソフィーさんが持ち込んだ、自動で土木工事をしてくれる装置類を使って、壁の一部を補強している現場に出向く。

 

やはり此方では、まだ種族同士での壁がある。

 

勿論協力はしているのだが、協力止まりだ。

 

スールが出向いて、少し手伝う。

 

ひょいひょいと壁を乗り越えて、手を振って「クレーン」を誘導。操作自体は聞かされれば誰でも出来るものなので、勿論下で操作している人達にも出来る。石材を積むのも、「クレーン」自体が判断してくれる。戦略物資として扱われているだけあって、完成度が実に高い。

 

細かいモルタルの処置などはスールがやって、また手を振って次の石材を運んで貰う。

 

それを見ながら、大人達の様子を確認するが。やはり、ある程度の壁がある。また、「寄り添う者」に対して、反発を覚えている大人もいるようだった。

 

工事が一段落した所で、軽く話を聞いてみる。

 

「子供がイジメを行うような事はないですか?」

 

「みんな吃驚するほど手が掛からんですね。 うちの悪ガキなんて、別人のように大人しく賢くなって、驚いてますわ」

 

「教会で預かってる子供達も、みんな手が掛からないって評判ですよ」

 

「……」

 

その割りには、大人達は効果に対して内心反発している。時々手を止められることを煩わしい、とさえ思っている。

 

今のスールにはそれが分かる。

 

かといって、無理に強制したら駄目だ。反発が大きくなるだけ。

 

リディーとスールのように、「みんな」である事の脱却を、苦労をしながら行う事が一番なのだけれども。

 

それはあまりに多くの犠牲を払いすぎる。

 

見張り櫓から、鐘の音。大人達が困惑するのと裏腹に、子供達はすぐに教会に。あの鐘の音は、森の外に大きめの獣がいる時のものだ。

 

この村は自衛能力が低い。

 

リディーとスールが来ているときは良いが、そうで無いときはほぼ身を潜めて、自動防御システムに守りをゆだねるしかない。

 

スールはそのまま跳躍し、空中機動を駆使して空高くまで上がる。

 

ざっと見回すが、アードラは遠くで群れているだけ。それも多分、獣同士で争っているだけで、此方には興味を向けていない。

 

周囲を見回して、見つける。

 

体長がスールの50歩分以上はある大型の蛇が、森の方をじっとみている。

 

村があることは察知しているが。

 

森がある故に、攻撃するべきか、迷っているという所だろう。

 

着地。リディーと一緒に、サルガタナスさんと、かろうじて戦える戦士達が来るが。首を横に振った。

 

「大丈夫、問題ないよ。 しかけては来ないし、ネームド級でもない」

 

「良かった。 それなら安心なのです」

 

「コロンさん、次までには義足を作ってきますね」

 

「それもいいのだが、その車いすの車軸が少し悪くてな。 村の鍛冶屋がどうしても腕が良くなくて、いつもコロンが苦労している」

 

サルガタナスさんが視線を向けると、恐縮した様子で、まだ若いヒト族の男性が頭を下げる。くだんの鍛冶屋だろう。

 

頷くと、スールが直接鍛冶の作業を見に行く。リディーは手分けして、村の安全確認と、皆を落ち着かせる作業だ。

 

鍛冶の作業を見せてもらうが、ギフテッドの声を聞くまでも無い。単に数をこなしていないだけだと分かる。

 

鍛冶屋の親父さんの仕事を何回か見せてもらったが。比べるのもおこがましい程の未熟だ。

 

かといって、鍛冶屋の親父さんの所に弟子入りさせる余裕もないだろう。

 

仕方が無い。今の仕事量を聞いた後、此方から物資を提供し、その物資を加工する事を頼む。

 

「寄り添う者」のいう事をきちんと聞けば事故は起きないとしっかり言い聞かせた後。経験を積んで貰う事にするが。「寄り添う者」の事を言うと、案の定露骨な反発が目に宿った。

 

「これ、五月蠅いんだけど……」

 

「その五月蠅いのを聞かなかった結果、この間怪我をしたよね?」

 

「……」

 

鍛冶屋は怪我が絶えない仕事だ。鍛冶屋の親父さんも、若い頃に幾つか大きな怪我をしたそうである。

 

この若い鍛冶屋もそう。

 

そしてやはり分かる。大人ほど、「寄り添う者」に対する反発が強い。

 

恐らく、世代を跨がない限り、「寄り添う者」に対する反発を薄めることは厳しいだろう。

 

性能自体も足りていない。

 

例えば、現在だと、村での生活などを補助するのには役立っている。だが、荒野で獣と戦う時はどうか。

 

アンパサンドさんに聞いた話によると、ミスをしそうになると警告は飛んでくるらしいのだが。

 

それに対応出来る戦士ばかりでは無いだろうとも言われている。

 

ある程度の物理干渉力も必要か。

 

いや、そもそも判断のレベルを分けて、それで対応を変えるべきなのかも知れない。

 

咳払いをすると。反発を買わないように、丁寧に諭していく。

 

「いい、貴方はまだ実力が足りないの。 スー……私も昔は本当にダメダメな錬金術師で、みんなにとても迷惑を掛けた。 貴方にも鍛冶をしている意地があるのはわかるよ。 私もそんな錬金術師だったから。 でも、貴方は今、この村にとって生命線で、技量が足りない事は多くの人に直接迷惑を掛けるの。 拘りは、腕をつけてからでもいいんじゃないのかな」

 

「……あんたみたいな、国に特別扱いされる錬金術師にそう言われてもな……」

 

やはり反発は止まらないか。

 

この世界では無理かも知れない。

 

だが、可能な限りはデータを取得したい。それに、可能な限り急いで成果を上げないと。またルーシャを苦しめることになる。

 

ある程度諭した後は、リディーと合流。

 

深淵の者本部に戻って、自室で情報を交換。そうしていると、イル師匠が来た。実験の改善点についての話だ。

 

イル師匠はイル師匠で、自分の実験を進めているだろうに。此方を見る余裕もある、と言う事だ。まだまだ根本的に力量が違うのが分かる。

 

丁寧な説明を聞いている内に、幾つも浮かんでくる事がある。

 

咳払いすると、イル師匠は言う。

 

「アイデアは悪くないわ。 9000回近い失敗がなされている類例の多い実験の中では、まだ可能性がある方よ。 それに、人間を無理矢理壊したり洗脳したりせずに、弱点をカバーするという発想は個人的には好感が持てるわね」

 

そう言って貰えるだけで嬉しい。

 

「寄り添う者」の性能強化についても、幾つかアドバイスを貰う。今の力量なら、そのアドバイスだけで具体的なレシピが思い浮かぶ。

 

お礼を言って、イル師匠を送り出すと。

 

時の止まった部屋で、黙々と試行錯誤と、データの取得に励む。

 

今までの実験のデータを洗い直しながら、丁寧に改善点について模索していく。

 

勿論、駄目だと判断した場合は、別のプロジェクトを立ち上げる必要が生じてくるかも知れない。

 

今のスールは、柔軟に対応することを知っている。

 

「みんな」からの人間の脱却。

 

それをまず可能な限りの短時間で実施し。その後は人間の文明そのものを向上させる。文明の向上を果たした後は、退化しないように処置を施しながら。可能な限り超越者が干渉しなくても良くなるように体勢を整える。

 

深淵の者はあくまで外部監査機関に留まり。

 

主体的で強権的な干渉は可能な限り避ける。

 

ともかく、データが必要だ。

 

今回の世界では、なしえないかも知れない。

 

だが、少なくとも、希望の萌芽は作り出したい。

 

スールは頬を叩くと。雑念を払い、更に思考を先にと進めて行った。

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