暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
フィリスやイルメリアよりも才覚が落ちる双子は、これくらいしないと才能を引き出せるポテンシャルがありません。
残念な話ですが……
そして双子以降に、更にそれ以上の才覚の錬金術師が出る可能性もまた存在していないのです。統計の結果。
序、巨体
話を聞き終えると、私イルメリアは、大きくため息をついた。成長がかなり良い。だからもっとストレスを掛けろ。簡単に言うとそういう内容だった。
比翼と言って良い親友であるフィリスも、心苦しそうにしていたが。
それでもやらせるしかあるまい。
少し早くなるが。
火薬の作成について教える時期だろう。
Fランクアトリエの試験には、最低でも火薬を用いた爆弾が必要になってくる。それだけ危険な敵と戦わなければならない、という事である。
適切な採取地は、この辺りについてはもう嫌と言うほど調べ尽くしてある。
今回も定番の場所で良いだろう。
問題は、火薬の調合は、今までの錬金術と比較にならないほどやばいという事だが。最悪、時間を止めて介入する必要も生じてくる。
勿論双子にそれを悟らせる訳にはいかない。
いずれにしても、前倒しで進めると言うことは。
それだけ危険も増すという事であって。
あまり楽観できる状態ではないのも事実だった。
しばし考え込んだ後。
アリスと話す。
「リディーの仕上がりは」
「まだまだ全然ですね。 筋は悪くないのですが」
「……厳しいわね。 誰か助けを追加しようかしら」
「ドロッセルさんはどうですか? 既に王都に来ている様子ですが」
ドロッセルか。
イルメリアも世話になった凄腕の傭兵。豪腕の持ち主で、巨大な斧を振り回す。近隣では有名な戦略級傭兵、フリッツの娘である。
なお教会にいるシスターであるグレースはフリッツの妻で。
三人揃って人形劇マニアという、人形劇一家でもある。
最近ではドロッセルもほぼ戦略級の傭兵として扱われるほどの実力になっており。
一家揃って戦略級傭兵という、ちょっと変わった三人である。
なおフリッツは相応に老けて見えるが。
シスターグレースは五十代にもかかわらず、二十代にしか見えないという超絶若作りである。
流石にアンチエイジング処置をしているらしいのだが。
それでもいくら何でも若すぎると言うことで。
時々口説こうとして、年齢を聞いて呆然とする奴がいるという話を聞く。その上子持ちの人妻である。
事実、この間も。
バカ王子として有名なマティアスが。
口説こうとして年齢を聞いて唖然とし。
口から魂が抜けたまま、教会を出て行くのを目撃した。
「ちょっとドロッセルを護衛につけるのは早いわね。 今アンパサンドが丁度良い具合に機能しているから、それで様子を見ましょう」
「しかし一段階強い火力の爆弾の製造方法を教えたとしても、相手がグリフォンとなると……」
「現状の戦力では厳しいわね。 何かいい手はないかしらね」
少し考え込む。
まだ双子とネームドがかち合うのは早い。
それはフィリスと意見が一致している。
故に、このグリフォン狩りでかち合う可能性が出てきていたネームド、疾風のかぎ爪は早々にフィリスに処理して貰った。
ならば、常に一対一の状況を造り。
それでもしもどうしても手に負えない場合は介入する。
それで良いだろう。
「アリス、先にアンパサンドに話をしておいて。 貴方の隠行に勘付く可能性があるのは現時点であの子だけよ」
「分かりました。 騎士団との連携強化の一環と言う事で話をしておきます」
「お願いね」
アリスがかき消えるのを見届けると。
イルメリアは調合を進める。
億年の記憶と経験。
錬金術がスムーズに進むのは当たり前だ。
なお双子に対する得点の開示は、双子と同年代の時の自分の作る薬を基準としている。そうしないと双子の心が折れるからだ。
数限りなく見てきた双子の死と錯乱と破滅。
今回は。
今回こそは回避したい。
私はいつも苦しんでいると、フィリスに指摘されている。
それについてはそうなのだろう。
一番厳しい立場。
双子を育て、指導する場所にいるのだから。
双子に対して愛着だって湧く。
心を捨てたつもりでも。
どうしても双子が死ぬ度に心は傷つく。悲しいとだって思う。その度に、消せない傷が心に増えていく。
今の私は怪物であろうとして。
人間を抜けきれない中途半端な状態だ。
フィリスはある程度割り切れているようだが。私は其処までの境地に達することはできない。
勿論何度だってやり直す覚悟はできている。
この世界が詰んでいるのは事実なのだ。
対応出来ない人間は、勿論それに対応しなくて良いだろう。
私もフィリスも。そして悔しいが、あのソフィーも。対応出来る力を持ってしまっている。
ならば対応しなければならない。
自分に扱えない力を求め、世界を救おうとすることをメサイアコンプレックスとかいうらしいけれども。
イルメリアの場合は、可能性としてそれができる。
できる以上、やらなければならない。
簡単な理屈だ。
アリスが戻ってきた。
アンパサンドは、話に乗ってくれたそうである。
「過保護ですねと、失笑されました。 元々かなり甘やかしているように見えているようですね。 ただ負担が減る事については、不満はないようです」
「変わったホムね。 其処まで闇が深い心を持ったホムは初めて見るわ」
「次回からも護衛を頼みたい所ではありますが」
「……そうね」
アリスはいつもあっさりと世界の最後までついてきてくれる。
ソフィーに反旗を翻すと言えば、躊躇なくしたがってくれるだろう。
昔はその献身を不気味がった事もあったが。
今では最大級の信頼に変わっている。
だからこそ。
信頼には応えなければならないのである。
手を幾つか回した後。
とにかく、少し早いがグリフォンを狩る事が出来るように、手配はしておく。手始めに火薬式の爆弾を教える事から、だろうか。
クラフトではどうしても限界があるが。
上手く置き石戦法を使えば、フラムの大量投入で、今の双子でもグリフォンを仕留められる筈だ。
もしもガチンコの戦闘になったときに備えて。
そろそろ頃合いか。
インゴットを加工し。
能力を引き上げるための装備品を作れるように、指南をしておく時期だろう。
ただし、自分から言い出さない限りは教えない。
手取足取りで教えていくと上手く行かない。
もう一万回以上やっていると。
双子をどうすれば育てられるかは、分かってきている。
問題は壁である雷神ファルギオルをどうしても超えられないことで。
そのためには最適解を選んでいくしかない。
最適解の中の最適解を選べば。
きっとファルギオルを超えられる。
全力状態のファルギオルを実力で倒せとまではソフィーも言っていないのだ。
活路はある筈。
そして、二十万回を超える繰り返しをして世界の果てを見ているソフィーの言う事は、悔しいが私よりずっと先を行っている。
双子に関する知識もしかり。
バケモノであっても、其処は認めなければならない。
幾つか準備をしていると。
双子が揃って来る。
「どうしたの?」
「イル師匠、幾つか聞きたいことがあって」
「なに、言って見なさい」
スールが頷くと。
鉱石が採れる良い場所、を聞かれた。
まあそう来るだろうなあとは思っていたが。
実のところ、アダレット王都メルヴェイユ近辺に、鉱石の穴場はない。数日行った所にブライズウェスト平原というのがあるのだが、其処は今の双子には色々な意味で危険すぎる。
獣の戦闘力も高いし、匪賊も出る。
まだ、人間を殺すのは早いだろう。
相手が人間以下に落ちた存在だとしても。
充分な品質を持たない鉱石だったら、ぶっちゃけその辺りの荒野でも拾う事が出来るのだが。
そんな鉱石では、できるインゴットも爆弾も知れている。
ジレンマだが、仕方が無い。
一番この辺りで安全で。
なおかつ鉱石が採れる場所を教えるか。
鉱石の品質は必要最低限だが。
それでも今双子に必要なのは鉱石だ。インゴットを作るか、爆弾を作るか、両方なのか。
双子が考えている事はまだ分からないが。
そう判断する。
なお今回から、アリスを影から護衛につける。
その事については、双子には言わない。
「ええと、此処から少し先にある廃鉱山がいいかしらね。 近くに宿場町もあるし」
「は、廃鉱山っ!?」
メモを冷静に取るリディーと、震えあがるスール。スールは万回以上育ててきたから良く知っているが、筋金入りのお化け嫌いだ。
廃鉱山の類は。
あり得ないとは言え、絶対に子供が近付いては行けない場所である。地盤は緩んでいるし、獣も匪賊も住み着く。興味本位で子供が入り込んだら、99%以上の確率で死ぬと判断して良い。
故に廃鉱山を題材にしたお化け話は幾つも作られ。
便利なので親がばらまく。
中には非常に陰惨で恐いものも多数存在していて。
子供の頃聞かされて、大人になってもトラウマになっているケースがあるとか。
私の故郷の辺りでは、そんな噂話は流れてこなかったが。
アダレット王都では普通に流布されていたのだろう。
一部を除けば、親は分かった上でそれを子供に教える。
そして子供が、その噂話の意味を知った頃には。
自分に子供ができる、という仕組みだ。
「廃鉱山と言っても、露天掘りの跡地よ。 危険性は小さいわ」
「露天掘り?」
「山を丸ごと掘り崩す事よ。 鉱脈がある山を粉々に砕きながら、丸ごと全部資源化していくやり方」
「凄いですね……」
唖然とするスールだが。
私の比翼であるフィリスは、最初から鉱石の声が聞こえるギフテッドだった。だから、目の前で、下手をするとつるはし1丁で岩山を崩す所を何度も見せられてきた。感覚が麻痺してしまっているので、凄いとはちっとも思えない。
リディーは露天掘りについて知っている様子で。
幾つか聞かれる。
「そ、それで。 露天掘りだと、湖になっていたりとか、鉱石が尽きていたりとかは……」
「湖については平気。 鉱脈は幸い山の中にしかなかったから、今は丘のような感じになっているわ。 鉱石は残念ながら最底辺のものしか残っていないけれど、掘ればそれなりに出るわよ」
「そうなると……」
「ええ。 周囲から丸見え」
つまるところ。
どうあっても、獣に襲われると言う事だ。
より強い獣と戦うために。
より強い武器が必要になる。
爆弾も、武装も。
結局の所、敵を殺すために必要な道具だ。
ジレンマである。
より強い獣を倒すために。
強い獣がいる場所へ行かなければならない。
そもそも強い獣を倒すのは。
良い錬金術の素材を得るため。
危険を冒さなければ、良いものは得られない。錬金術師の世界では、完全なジレンマになっている。
フィリスと旅をした頃は。
装甲船二番艦で、空を飛んで行った。
炉を皆で作ったあの装甲船は。
今ではラスティンで、深淵の者の管理下でバリバリ現役で働いている。この先の未来でも、当面現役で使われる。少なくとも今までの繰り返しではそうだった。
まだ双子には、自走式の荷車でさえ荷が重すぎる。
げんなりする様子の双子に。
幾つかアドバイスをしたあと、帰らせた。
今双子が使っている荷車を見てきたが。
もう少しで、最低限の品には仕上がりそうだ。
インゴットがあれば装甲板で覆う事が出来るし。
更に言えば皆の力の底上げをするための装備品を作る事が可能になる。グナーデリングはいきなり少しハードルが高いから、幾つか良さそうなレシピが自然に手に入るように手を回す事にする。
それともう一つ手を打っておくか。
アトリエを出ると、フィリスの所に出向く。
まだ王都には来ていないが。
打ち合わせのために、時々アトリエには出向いているのだ。
二人とも忙しい身。
話し合いをしなければ。
基本的に顔を合わせることはない。
フィリスのアトリエに足を踏み入れると。最初は険しい顔をしていたリアーネが、すぐに表情を緩める。
フィリスの血がつながらない姉は。
私の事を味方と認識してくれている。
色々な事があったからか、リアーネも相当に心が荒んでいるようだが。
それでも、何があってもフィリスの味方だと公言している私には。心を開いてくれているようだった。
「イルメリアちゃん、フィリスちゃんに用?」
「ええ、少し話が」
「ごめんなさい、今騎士団に出ていて、ネームド討伐の作戦会議中よ」
「そう、では貴方にお願いが」
少し時期は早いが。
今回は双子が上手く行っている。成長が早まっているのなら、そろそろリアーネにも出て貰って良いはずだ。
ただし、リアーネは純粋な戦闘要員では、アリスやドロッセル同様戦闘力が高すぎる。あまりにも度が外れた使い手が側にいると、双子の成長に悪影響を及ぼす。あの双子は根が真面目じゃない。手を抜けると一度でも考えるとダメになる。
故に、リアーネは、影働きに徹して貰う。
これは毎回、何度繰り返しても同じだ。
「例の店を開いてください。 此方では、コルネリアに声を掛けてきます」
「あら、予定より少し早いようだけれど」
「双子の育成が上手く行っているので、前倒しです。 レポートは此方で書いて深淵の者に提出しておきますので」
「そう。 まあ貴方の判断なら大丈夫でしょう」
リアーネは強いが、今回は戦闘要員としては参加して貰わない。双子にそれとなく、レシピや物資を流す役だ。
コルネリアはアルファ商会側からの支援を。
リアーネは、アルファ商会が扱わないような物資の支援を。
それぞれ担当して貰う。
もう少し双子が育って来て、ネームドとやり合えるようになって来たら。その時はドロッセルなどの戦略級傭兵に護衛について貰うのだが。それはいずれにしてもまだ先である。
リアーネは嬉しそうに、いそいそと露店の準備を始める。
露店の名前はラブリーフィリス。
すっかり目が濁ったフィリスでさえ青ざめる名前だが。
正直な所、変わり果てたフィリスを見て一番悲しんでいるのはリアーネだ。外に出すべきでは無かったと、愚痴を聞かされたことが今までの周回で何回かある。
これくらいはっちゃけないと。
本人としてもやっていけないのだろう。
そして王都で如何にフィリスが素晴らしい美少女かを喧伝しまくるのだ。既に「少女」という年ではないのだが。それでもリアーネには美少女なのだろう。
呆れた様子でツヴァイがそれを見ている。
匪賊に親を目の前で食い殺され。
フィリスに救われて、今ではフィリスの血がつながらない妹になっているホムは。
戦闘支援で活躍する内に。
肝も据わり。
トラウマも克服し。
使用する際に綿密な計算が必要な、一撃必殺兵器である神々の贈り物を使いこなす、後方支援役としてすっかり大成している。
だからこそ、リアーネにも呆れられるようになっている、というわけだ。
「リア姉、お姉ちゃんが恥ずかしがるのです」
「いいのよ、フィリスちゃんは実際とってもラブリーなんだから」
「お姉ちゃんが嘆く姿が目に浮かぶようなのです」
「うふふ、フィリスちゃん……」
声が聞こえていない様子で現実逃避しながら、露店の準備をてきぱき進めるリアーネ。なおツヴァイはこの辺りから単独行動を開始。主にフィリスの支援に回ることになる。
双子が知らない場所で。
世界は大きな掌の上で、転がされている。
私もそうだし。フィリスもそうだ。絶対的管理者であるソフィーが、全てを意のままにしていて。悔しいが逆らえない。
世界の破滅を打破するためには、逆らっている場合では無い。
私は、リアーネの現実逃避が、哀しみから来ている事を知っているから。
無言で、フィリスのアトリエを後にしていた。