暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ゆえに結構真面目に、アンパサンドさんに言われた基礎鍛錬をこなしたりしています。
スールは朝に弱い。
昔のように悪夢は見ないが。それでも、体質的な問題で、どうしても朝はいつも酷い目にあいながら起きだす事になる。
頭はぐらぐらするし。
これに月の物が重なると最悪だ。
低血圧というらしいが。
ともかく、井戸水で顔を洗った後。
裏庭で、アンパサンドさんに教わった基礎の動きを再現する。
自分でも何がどうしてこんな風に動くのかはよく分からないのだが。
教わったとおりにうねうねと動くと。
普段使っていない筋肉が適度に使われ。
非常に引き締まる。
筋力では、アンパサンドさんより上。
そう明言された。
しかしながら、今でも一緒に走ったら、絶対に追いつかれる。多分目にもとまらぬ間に喉を掻ききられる。
その差は、動きの細かさ。動きを理屈で制御しているか。
やるためには、体に叩き込まなければならない。
アンパサンドさんはリップサービスをするような人では無い。
上手く行けば達人にもなれる。
そういわれたのなら、いっちょやってやろうじゃないかと奮起するのがスールだ。
しばし体を動かしていると。
アトリエの中で、朝食を作っている音がし始める。
騎士団にアードラの首を納品したり、お薬を依頼で納品したりし始めてから。生活に、最低限の余裕が出来はじめた。
お父さんも生活費に手を出さなくなったし。
今では朝に卵が出てきたり。
お肉が出てきたりする。
健康状態が良くなれば、力だって当然いつもより出る訳で。またリディーの美味しい料理を食べれば、元気だって出る。
アトリエに戻ると、席に着く。
もうリディーも、スールに料理を手伝えとは言わない。
その代わりスールも、料理をねだらない。
程なく、燻製肉と、焼いた卵。それに昨日作った野菜のスープを温め直したものが出てきたので。
スールは満面の笑みで、いただきますと、まずはお肉から頬張った。
リディーも、同じように、いただきますと口にしてから食べ始める。
それが終わった後は。
スケジュールを二人で再確認した。
「出発は二日後。 Fランクの試験を受けるためには、国で実績を認めて貰わないとダメみたいだから、どんどん国のお仕事をしないとね」
「それには、より行動範囲を拡げるための素材がいる。 具体的には鉱石」
「そうだよスーちゃん」
「うん、大丈夫。 何度も口にして、頭に叩き込んだから」
残念なスールの記憶力だが。
ハンドサインを覚える必要性が生じてからは。
必死に覚える努力を開始した。
今では、こういう絶対に必要な事は何とか覚えられるようになっては来ている。
逆に言うと。
それ以外はかなりまだ怪しいが。
「でも、イル師匠は、この辺りにはロクな鉱石がないって言ってたね。 それに獣も出るって」
「仕方が無いよ。 それで、これ見て」
「……」
国の依頼を、取ってきてくれたらしい。
また獣の駆除だ。
今度はヤギである。
出た、噂の凶暴草食獣。
どういうわけか非常に大型化する傾向がある草食獣で、荒野に住んでいるものは雑食の傾向も強い。
ネームドの中には、人間の子供を好んで喰らう外道も存在するらしく。
強い獣の中では、かなり厄介な相手だという。
今回は、そんなネームドに成長する前のヤギを何体か仕留めてくる必要がある。幸い今回出向く荒野に姿を見せるらしいので、一緒に狩る事が出来るだろう。
そろそろ、採集と討伐任務を、一緒にこなせるようになるべきだ。
ペースが遅いと、もたもた時間ばかり掛かってしまう。
いつまでも時間が掛かってしまうと、その内Gランクの認可さえ取り消されてしまうかも知れない。
最初の一歩は基礎だ。
基礎を固めて、ようやく次に行ける。
基礎を崩さないようにするためにも。
少しずつ、確実に力をつけていかなければならない。
錬金術も、戦闘の手腕もである。
そして都合が良い事に、このヤギの討伐依頼の場所は、以前イル師匠が多少ましな鉱石が採れると言っていた廃鉱山の近くだ。
「スーちゃん、少しは動きとか向上した?」
「クラフトの投擲についてはもうばっちり。 狙ったところに投げられるよ」
「そっか。 じゃあ後はスーちゃんがどれだけ動けるかだね。 肝心なときに」
「……うん」
スールだって分かっている。
肝心なときに腰が引ける悪癖は。
だからいつも皆に負担を掛けている。
リディーは逆に、肝心なときには殆ど完璧というほど動けている。本番に強いタイプなのである。
とはいっても、スールも指示さえちゃんと受ければ、その通りに動ける。
指示待ち人間とか言う言葉があるらしいが。
それで何が悪いと、イル師匠は言っていた。
勝手な判断で勝手に動いて、戦況を悪化させるようなタイプの方がまずい。
状況が分からないときは動くな。
勿論その場合は、状況分析に全力を注げ。
そも指示は指揮官の仕事で、適切な指示を飛ばさない指揮官の方が悪い。
そういう風に言われた。
だから、少なくともリディーが出してくれた指示通りには動けるようにする。
「リディーは、戦略と戦術……だっけ、どんな調子?」
「つらいけど頑張ってる」
「そっかあ」
朝食を終えて、片付け。
その後は手分けして動く。
スールはフィンブルさんがいる酒場と騎士団の詰め所に行って、話をしてくる。傭兵のたまり場の酒場は多少恐いけれど。鍛冶屋の親父さんが此処の顔馴染みらしく。リディーとスールに手を出したりしたら、それこそ何をされるか分からないと言う話で。傭兵達は比較的良くしてくれる。
荒くれ達を其処まで黙らせると言う事は。
あの親父さんは、多分リディーとスールが思っているよりも、ずっと凄い人なのだと思う。
フィンブルさんはいなかったけれど。
酒場のマスターである、トカゲ顔の獣人族に話をしておく。
こういった荒くれのまとめ役は、戦士としてのプライドを持っている獣人族がつく事が多いらしい。
ヒト族がつく場合は。
それは、相当な歴戦の戦士だけだそうだ。
何回か話した相手だ。
フィンブルさんへの言づてを頼むと。
マスターは、少し考え込んでから言う。
「フィンブルは上手くやれているか?」
「えへへ、スーちゃん達と同じで、まだまだ半人前みたいですね……」
「死なせないでやってくれよ。 彼奴は俺が見たところ、相当な腕利きになる筈だ」
「はい。 誰も死なせません」
これについては決めている。
目の前では。
できる限り、誰も死なせない。
頷くと、マスターは言づてを受けてくれた。
騎士団の方では、ホムの役人に事務的な手続きを済ませる。後はアトリエに戻って、練習だ。
リディーは今頃、アリスさんにぼっこぼこにされて鍛えられているんだろうし。
スールだって少しは勉強して、錬金術を上手くならなければならない。
あまり考えたくは無いが。
リディーはスールよりも、錬金術が上手かも知れない。
だって、スールが明らかにいっぱい勉強しているのに。リディーは同じくらい出来ているのである。
このままだと、差がついてしまうかも知れない。
その恐怖が、少しずつめくり上がり始めている。
いやだ。
リディーまで離れたら。
スールは本当に、一人になってしまう。
お母さんが死んだときのことは、今はもう滅多に夢に見なくなったが。死んだ直後の頃は、ずっと涙が止まらなくて。食事も喉を通らなかった。ガリガリに痩せて。回復魔術を一杯掛けて貰って。それでやっと生き延びた。
立ち止まり、地面を見つめる。
今は丈夫になった体だけれども。
本当に、丈夫になったのだろうか。
顔を上げる。
何だか素敵な露店があった。
荷車式のお店で、ちょっと興味が引かれる。店番をしているのは、長い髪の綺麗なお姉さんだ。
「いらっしゃいませー」
「えっと、ラブリー……フィリス?」
「ええ、私の妹の名前よ。 とっても可愛いの。 だからお店の名前につけているのよ」
うふふふふと、恍惚たる笑みを浮かべる綺麗なお姉さん。
ぞくりと背中に恐怖が走るが。
多分地雷さえ踏まなければ大丈夫なタイプだろう。地雷を踏むと、酔っ払ったおじさんよりタチが悪そうだが。
並べられている品は錬金術の素材が主体で、本もある。
本は機械技術者がいる王都などでは比較的安く手に入るが、それでも高級品だ。ただ、並べられている品には、値札がなく、「要相談」と書かれていた。
「えーと、この要相談って何ですか?」
「貴方は錬金術師かしら?」
「は、はいっ! まだ半人前ですけど」
「それなら此方の値段になります」
ひょいと値札をひっくり返すお姉さん。
値段はそこそこだ。
ごくりと生唾を飲み込むと。
さっとだけ、見せてもらう。
装飾品の作り方についての本だけれども。
これは、或いは役に立つかも知れない。
かなりの散財になるが。
これは錬金術のレシピに応用できるのではあるまいか。ちょっと相談したい。
「あ、あの。 これ、欲しいんですけれど、今の手持ちだとちょっと不安で……」
「そう、じゃあ予約しておきましょうか」
「お願いします! すぐ戻ってきますので!」
名前を聞かれるので、スール=マーレンと応えると。
お姉さんは、リアーネ=ミストルートと応えた。
お辞儀をすると。
即座にアトリエに飛んで帰る。
リディーはいない。となると、イル師匠のアトリエか。すぐにそっちに行くと、リディーが防御魔術の上から掌底をくらい。
吹っ飛ばされて、壁に叩き付けられ。
むぎゅうと言いながらずり落ちている所だった。
掌底を放ったアリスさんは、呼吸を整えて、いわゆる残心をしている。
リディーの防御魔術は、弾丸くらいは弾き返すのに。素手でそれをぶち抜くというわけか。
確かにリディーが、アンパサンドさんより強いと言う訳だ。
「リディー! 大丈夫!?」
「いたたたた……何とか。 どうしたの?」
「ちょっと露店で、錬金術の参考になりそうな本見つけて。 買うにしても相談しようと思って」
「……ちょっと待って」
リディーは立ち上がると、アリスさんに頭を下げる。
アリスさんも頷くと、一旦の訓練中止を認めてくれた。
すぐに二人でさっきのお店に行く。
城門前に開いていた露店には。やっぱりラブリーフィリスと書かれている。フィリスさんという妹さんが、凄く迷惑しそうだが。それでも店主は満面の笑みで、誇らしげでさえある。
過保護って恐いな。
そうスールは思った。
「あら、其方が相談の相手?」
「はじめまして。 リディー=マーレンです。 スールの姉です」
「リアーネ=ミストルートよ。 それで、この本が欲しいと言う事だけれど」
「ちょっと見せてもらって良いですか?」
頷くリアーネさん。
リディーがさっと本を見ていくが。何度か驚いたように手を止めていた。
素材についても、今は手が出せないが、珍しいものが幾つもある。
いずれ、お金が貯まり始めたら。
欲しい。
「この本、ください」
「はい。 少し高いけれど、錬金術師はお金が掛かる学問ですものね」
「ええ。 錬金術師の知り合いがいるんですか?」
「うふふ、秘密よ」
可愛らしくいうお姉さんだが。
ふと、スールは気付く。
この人、スールの同類かも知れない。
この異常なフィリスという人への偏愛ぶり。何だか常軌を逸したものを感じる。何処か壊れてしまっていて。
それをどうにかするために。
自分を狂気の中に敢えて置いているのではあるまいか。
考えすぎか。
頭を振って、その考えを追い払うと。
なけなしのお金の中から、かなりの額を出して、本を買う。
これなら、きっと役に立ってくれる筈だ。
アトリエに戻ると、スールはまた錬金術の反復練習。リディーはイル師匠のアトリエに戻る。
少しだけ本に目を通しても見たが。
やっぱり活字は苦手だ。
どうしても眠くなってしまう。
だけれども、この本は役に立つ。
勘だけではない。
装飾品というものは、錬金術の装備において基本になると聞いている。指輪だったら、その気になれば十個でもつけられるのだ。腕輪は二つ。足輪も二つ。ネックレスだって、たくさん。
装飾品で身体能力を上げる事が出来れば。
そう、イル師匠の所で見たグナーデリングみたいなのをたくさん作れるようになってくれば。
全体的な戦力の底上げにもなるし。
何よりできる事の幅だって増える。
体力を常時回復していく魔術もある。
普通だったら、魔術師が相当に魔力を消費してしまうので、結局あまり意味がなかったりするのだが。
錬金術の装備で、自動発動できるようにすればどうか。
継戦能力は嫌でも上がるし。
何より戦闘時に、消耗を気にしなくても良くなる。
頬を叩く。
まだ先の事だ。
先の事を考えすぎだ。
今は、とにかく、手の届く範囲にある事をやっていく。それで、まずは半人前から一人前になる。
少し前にルーシャが自慢しに来た。
FランクからEランクに昇格したらしい。
負けてはいられない。
勿論、今はルーシャとは比べものにならない程腕が落ちる事くらいは分かっているけれども。
それでも、まずは追いつくことを考える。
ひたすら、反復練習を繰り返し。
夜になってリディーが戻ってきてから。
一緒に本を読んだ。
宝石は好きだが。
今は錬金術に生かす方法をむしろ考えてしまう。
リディーもそれは同じなようで。
スールが興味を持っている場所について、説明を細かくしてくれた。
活字を読むのは苦手だけれども。
説明をして貰えれば、多少は理解もしやすくなる。
リディーもそれは分かっているのだろう。
スールのことを考えて、丁寧に説明してくれるので、とても助かった。
さあ、次はヤギ狩りだ。
寝る前に、クラフトの在庫確認、持っていくお薬の用意、全て済ませておく。
今後も討伐任務が増える。
戦力の底上げのためにも。
手は抜けなかった。