暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
その中の一つ。ホム。
もっとも小柄で、身体能力も低く、戦闘職には適正が基本的にない者達です。その代わり計算は得意で不正もしないため、商人や役人としてはこれ以上ない適正を持っています。
しかしそんなホムの一人アンパサンドは。
理不尽すぎる世界に対する強い怒りとともに、敢えて向かない道を選んだのです。
人間四種族。この世界にいる人間と呼ばれる四つの種族である。互いに混血する事はなく、それぞれ特徴がある。
魔族。
もっとも体格が大きく、平均的なヒト族の倍もある。悪魔族とも呼ばれ、例外なく魔術を使いこなす他、夜になると能力が倍になる。非常に個体能力が強力なため、街の自警団や傭兵、アダレットにおいては騎士団の主力として重用される。一方、数が少なく生殖能力にも劣る。魔族の中でも、巨人族という者達は、更に倍も大きく強いが。更に繁殖力が劣る。寿命は限界で200年。巨人族は更に寿命が長い。
獣人族。
獣が直立したような姿で、ヒト族と良く比べられる。顔は様々な獣で、例外なく毛深い。ヒト族に比べて平均的に身体能力が高い分、頭と魔力は弱い傾向にある。各地の街で自警団の主力を務めることも多いが。匪賊に落ちる事も多い。戦闘を好むと言うよりも、武人としての誇りを持つ事が多いある意味で真面目な種族だが。その分匪賊に落ちたときは徹底的に凶暴化する。寿命は限界で100年。獣人族の中でレア種族であるケンタウルス族は、巨人族並みの実力と、同レベルの寿命を持つ。ただし例外的なほどに数が少ない。
ヒト族。
もっとも数が多く、スタンダードな種族。身体能力も普通で、魔術も使える場合とそうで無い場合がある。良くも悪くも器用貧乏な種族である。他の種族に似ていて、それでいて違う。特に優れた点は、単純な能力では見当たらない。
その一方で、錬金術の才能を希に持つ者がいて。この世界を打開する切り札になる。
ドラゴンや邪神には、錬金術師の助力がなければ、人間四種族が何をやっても勝てない。
それがこの世界の厳しい現実なのだから。
その一方で、野心が強く、エゴが醜く。もっとも匪賊に落ちる事が多い種族でもある。
汚職官吏や悪徳商人は、十中八九ヒト族だ。寿命は限界で100年。
そしてホム。
もっとも特殊な種族である。
身体能力は四種族中最弱。体自体もとても小さく、ヒト族の子供ほどしか無い。
その代わり非常に数字に強い。
魔術を使えることも殆どないため、戦闘ではほぼ役に立たないとまで言われ。更に肉が美味しいらしく、匪賊に狙われるとまず助からない。
また他の人間種族が獣と同じ方法で生殖するのに対して、ホムは男女がそれぞれ力を放出することによって、コピーを作る事で増える。生殖器も機能しない。
商人としての適性が極めて高いホムは、生真面目で殆ど不正もしない。
また感情が薄い。悪意や野心も薄いため、ホムの商人は信頼される傾向が強いが。数字にも厳しいので、値引き交渉の類にはほぼ応じない。
また役人としての適性も高いとされてはいる。事実何名か、歴史的に有名な、有能な官吏を輩出している。
しかしながら野心が強いヒト族とやり合うのは流石にホムも嫌がるのか。
アダレット、ラスティン。
二大国のどちらでも、ホムの役人はあまり多く無い、というのが実情のようだ。
ただホムの役人は、不正をしないため手放しで信頼もされる。寿命は人間四種族でもっとも長く、限界で250年。
これらが人間四種族。
この世界にいる、「人間」だ。
その中でもっとも戦士に向かないと言われているのは、当然ホムである。
体はとても小さい上に、身体能力も低い。ヒト族でも普通に魔術使いはいる。獣人族でも珍しくないのに。ホムは殆ど魔術を使えない。
戦闘で、身体能力の低さを魔術で補う戦士は幾らでもいる。
ホムにはそれさえ許されないのだ。
勿論例外はいるもので。身体能力が高いホムも、ごくごく希にいる。
ただ、身体能力が仮に高くても。
背が低いと言う事は、リーチが短いという事で。
どうしても魔族が相手になってくると、どうにもならない。上背からして四倍もあるからだ。大型の獣が相手になると、更にそれ以上に厳しい事になる。
アンパサンドは、そんなホムとして生まれた。
両親はもういない。よくある話で、行商として移動中に、匪賊に殺されたのだ。
幸い食われる事はなかったらしい。
護衛についていた傭兵団が死体だけは守り抜いて、埋葬された。それだけでも幸運なことだったと聞かされている。感情が薄いとされるホムでも、それには色々思うところもあった。例えもう両親の顔も思い出せないとしても。
孤児になったアンパサンドは、アダレット王都の救貧院に引き取られた。
必ずしも子供をきちんと育てる救貧院ばかりではない。
だが、アンパサンドを引き取った救貧院はとても良心的で。子供にも生きていくためのスキルを積極的に教えてくれる場所だった。
そこでアンパサンドは言った。
騎士になりたいと。
そう思った理由は分かりきっている。
アンパサンドだけではなく、周囲には親を失った子供がたくさんいた。
みんな理由は違ったけれど。
いずれにしてもはっきりアンパサンドは理解していた。
この世界が理不尽なのだと言う事を。
獣の異常な強さ。
匪賊になると人間を食うようになる人間。
もはや暴力の権化としか言えないドラゴン、更にそれを超える実力を誇る存在であり、人格を持った災害とも言える邪神。
理不尽と戦える力が欲しい。
それが理由だった。
救貧院は教会も兼ねている事が多い。そこのシスターは、若く見えるヒト族の女性だったが。実は傭兵の経験がある歴戦の猛者で。あらゆる戦闘技術を持っている優れた戦士だった。
だからこそ彼女は言った。
ホムは戦士には決定的に向かない、と。
しかもアンパサンドは数字にも普通に強かった。ホムであるならば、商人を目指すのが一番速い。
どこの商店でも大喜びで雇ってくれる。
更にはヒト族より二倍半も長生きだから、ヒト族の商人に雇用されれば、最終的に寿命差で店を持つことも可能だ。
そういう現実的な話を最初にした上で。
なおも言った。
どうしてもというならば止めないと。
だからアンパサンドは言った。
どうしても、と。
アンパサンドは、両親の形見を常に身につけている。理不尽を忘れないために。
一つは母がつけていた髪飾り。
花をあしらったものらしい。
血まみれだったものを、長い間丁寧に繕って、綺麗にした。
アンパサンドも女だ。ホムは見かけで性別が殆ど分からないが。だからこそつけろと、シスターは言った。故にわざわざ髪を伸ばして束ね、つけた。
父の形見は簡易な計算機だ。
数字に強いホムだが、どうしても絶対的な信頼を必要とする計算に直面した場合、暗算では無く道具を使う。
持ち運びしやすい小さいものなので。
アンパサンドも、常に懐に入れておくようにした。
シスターは色々悩んだ末に、小さなナイフを渡してくれた。
歴戦の猛者である彼女は、昔は家族で旅をしていたらしく。戦略級の傭兵をしていたらしい。
十把一絡げに使われ、死んで行く普通の傭兵と違い。街などで全員の指揮を執ったり、ネームド討伐、下手をすると錬金術師とともにドラゴンと戦ったりする力量の傭兵のことだ。
戦いに嫌気が差して。傭兵を止めたらしいのだが。
スキルはまるで衰えていなかった。
効率の良い教え方も心得ていた。
シスターはいわゆる貫頭衣に身を包み、教会が信仰する創造神のシンボルを持ってはいたが。それはそれとして、動きにくそうな服装なのに、まったく動きが鈍ることはなかった。ヒト族としてはかなりの高齢な筈なので、何か仕掛けがあるのかも知れない。
「いいですかアンパサンド。 貴方は小さく力も弱い。 武器もそのようなものしか持つ事は出来ません。 錬金術師と組むようになれば特殊な武器を用意して貰えるかも知れませんが、現実問題としてまずはその小さな体で戦う事を考えなければなりません」
「はいシスター」
「よろしい。 小さいと言う事はリーチが短いという最大の弱点になりますが、攻撃が当たりにくいという点では武器にもなります。 まずは誰よりも速く動く方法を考え身につけましょう」
それから、鍛え始めた。
ホムなのに騎士になりたい。そういう話をすると、廻りの子供は馬鹿にしたが。シスターが組んだトレーニングメニューは、どれだけきつくても絶対にこなした。きつくて吐いたことも何度もある。
だがそれでも止めなかった。
それをみて、馬鹿にする周囲の子供はどんどん減っていった。
周囲の子供達も境遇は似ている。
だからこそ、分かったのかも知れない。
怒りが、アンパサンドの原点だと言う事を。
一通り基礎を学んで。
幾つかコツを覚えていく。
周囲の子供は、スキルを身につけると、社会に出て行く。中には救貧院に仕送りをしてくれる子もいたが。殆どの子は自分の生活で精一杯。
アダレットの首都は、ラスティンの首都と並んで、世界に二つしかない人口十万都市らしいのだが。
生活が楽だという事は決してないのだ。
それでもしっかり面倒を見て、就職先まで手配してくれるというのだから。
此処の救貧院に行き着いたのは幸運だったのだろう。
アンパサンドが十三になった時。
シスターの紹介状を貰って、騎士団の試験を受けに行った。元戦略級傭兵の紹介状だ。きちんと騎士団でも受理してくれた。
騎士団の試験といっても、試験に受かればいきなり騎士になるわけではない。
まずは従騎士という見習いになり。それから騎士に。
更に騎士団隊長。副団長。団長、と階級がある。騎士の数は合計四百人ほどである。戦闘が起きる場合は、これらに加えて傭兵が大量に雇われる。
実際には、従騎士や騎士の中にも格があり、それぞれ三位から一位まで三段階に別れているのだけれども。試験に受かると、例えば何かしらの条件で最初から騎士団にスカウトされているようなケースや、或いは特別な理由でも無い限り、従騎士三位になる。
その最初の試験で、アンパサンドは教わった事を全てだし。
そして落ちた。
磨き抜いてきた速さについては合格点を貰った。
だが致命的に力が足りないと言う事が問題視された。
最終試験で、相手になったのは重武装の騎士。武器は自由にして良い(勿論模擬戦用に用意されたものだが)という話だったので、シスターに貰い慣れ親しんだナイフを選んだ。
相手に計三十七回の斬撃を入れたが。
一発、フルスイングでの一撃をもらっただけで立ち上がれなくなった。
結果は不合格だった。
ヒト族や獣人族の試験を受けに来た奴からも笑われた。ホムがなんで騎士の試験を受けに来ているんだよ、と。ホムそのものが馬鹿にされている訳では無い。実際商人や役人として極めて有能な事は知れ渡っている。ホムが決定的に向いていないとされるバリバリの戦闘職をやろうとしている事が笑われたのだ。それも、例外的に身体能力が高い訳でもないのに。
だが試験官は笑わなかった。何か思うところがあったのかも知れない。
翌年も試験を受け。そして落ち。
そしてその翌年、漸く試験に受かった。
最終試験で一撃も貰わず、相手に合計二百七十七回打撃を入れた。相手は魔族だったのでびくともしていなかったが、試験官はそれを見て何か思うところがあったのだろう。
従騎士三位として、正式に採用された。
救貧院を出たのは廻りの子供達より少し遅めになったが。シスターには礼を言い。頭を下げた。本当に助かった。見捨てないで騎士としての道を応援してくれたのは、本当に嬉しかった。
だが、シスターが言ったとおり。ここからが、いばらの道だった。
従騎士も実戦に出る。当たり前の話だ。
だが、そこでは現実が嫌と言うほど見せつけられた。
攻撃が軽すぎる。
匪賊が相手の場合は良い。首なり目なりを切ればナイフで充分だ。だが獣が相手の場合は、軽すぎて相手の気を引くのが精一杯。それについてはシスターに言われていたが、何度も笑いものにされた。最初からそれは想定の内だったが、馬鹿にされたら気分も悪い。
それだけじゃあない。錬金術の装備を渡されている騎士は、速さでもアンパサンドを凌ぐほどの力を発揮した。
錬金術の装備はこれほどのパンプアップを行うのか。驚きを感じたが。それでも黙々とやっていくしかなかった。
武装は軽い皮鎧とナイフだけ。途中から二刀流にしたが、武器がナイフだけである事には代わりは無い。勿論投げナイフでは無く切る専門。
速いかも知れない。だがそれだけ。
故にアンパサンドは、徹底的にシスターに教わった事を磨き抜いていった。だが同期にはどんどん追い越されていった。わかりにくいのだから仕方が無いと自分には言い聞かせた。騎士団に入って五年。従騎士一位にようやく昇格した時には、既に同期は皆騎士になっていた。周囲は後輩ばかりで、どうしてホムがいると、不思議な顔をされる事も多かった。
周囲が発する先輩、という言葉は。アンパサンドを馬鹿にする言葉になっていた。
そして、転機が不意に来た。
匪賊のアジトを討伐した翌日のことだった。その日の戦闘では匪賊三人を殺した。人間を喰らうような連中だ。両親も殺された。何も情けを掛ける理由など無かった。
騎士団の詰め所に戻り、一眠りして。朝食を取った後、朝練をしている途中に騎士団長に呼び出しを受けた。この間、伝説的な巨人族の騎士団長が引退し。その後を継いだヒト族の男性だ。ジュリオという名前で、剣腕は前任のお墨付き。ただし寿命が短いヒト族だ。前任者ほどの活躍は出来ないだろうとも言われていた。同時に副騎士団長もヒト族の騎士が就任したが。此方は沈黙の戦鬼と渾名される人物で。常にいかめしい鎧兜で姿を隠し、一言も発しないので種族さえヒト族か怪しいと噂されていた。
騎士団の本部に出向く。城の中にある本部は、流石に庭園趣味の前王も手を入れず、実務的な要塞状の構造になっている。
騎士団長にあったのは、前に一度だけ。試験に受かって従騎士三位になったとき。巨人族の(今では)前騎士団長が。色々と訓戒をくれた。
面倒な手続きをした後、騎士団長の部屋に通される。勿論ナイフは見張りの騎士に渡す。アンパサンドの事は騎士団でも話題になっているらしく、何か間違えて騎士団に入って来ただの、笑いの種になっているそうだ。だから、ナイフを渡すときには、騎士もにやにや笑っていた。
何か不始末でもしただろうか。そう思ったアンパサンドだったが。
騎士団長に敬礼し。二人きりの部屋で、話をされた。
騎士団長はヒト族だが、凄まじい強さが見るだけで分かった。落ち着いた雰囲気で、かなりまだ若い。前線で武勲を重ねていると聞いていたが、それも納得である。そんな騎士団長は、意外な事を言う。
「昨日の戦闘を見せてもらった。 その上で言うが君は過小評価をされている」
「そうなのですか」
「そうだ。 まず気になったのは君の戦闘データだ。 君が出る場合と出ない場合を比較したが、同じ規模戦力の部隊の戦果が平均三割から四割違っている。 被害も二割以上違う。 勿論君がいると良い方向に変わっている」
「アシストに徹していますから」
そう。シスターはこう言った。
アンパサンドは、集団戦闘で真価を発揮できると。
小さい体と、速度に特化した戦闘スタイルを磨き抜け。とにかく敵の気を一瞬でも逸らせ。目をふさげ。死角から軽くても良いから打撃を入れろ。そうすれば、怯んだ相手に隙が出来、其処を他の仲間が仕留めてくれる。
具体的なやり方も、散々組み手で仕込んでくれた。
敵が死ねば味方が助かる。
気付いて貰えないかも知れないが。守るというのはそういう事だ。
故にアンパサンドは、アシストに徹する戦闘スタイルを磨き抜いてきた。実戦でも、シスターの教えは十分通用した。それこそ、戦闘でずっとメシを食ってきたから、なのだろう。
獣相手だと相手の気を反らすのがやっとだ。
だが、匪賊が相手なら、不意打ちで頸動脈を切ったり、目を両断したり。それなりの戦果も上げている。少ないながらも匪賊は斬ってきた。従騎士一位になったのも、それが故である。
「やはりな」
「しかしアシスト主体だと理解はなかなかして貰えないのです」
「ああ、それは仕方が無い。 だが君はアシスト主体で本領を発揮できる。 私がそれを理解している。 故に今後は評価を改めたいと思う」
差し出されたのは。錬金術で作られた装備だ。
まずはナイフ。とはいっても、触ってみるだけで分かった。じんわりと心地よく熱い。これは恐らく、ただの鋼鉄だった今までの支給品ナイフとは別物だ。俗に言う「業物」である。思わず、おっと声が漏れた。本職だし、良い武器に触れればそれは嬉しい。その上嬉しい事に一対である。重さも丁度良い。
もう一つはバングル。つけて見ると全体的に体が軽い。更に速く動く事が出来そうだ。また、若干の防御能力向上の機能もあるという。
これは嬉しい。騎士にならないと、錬金術の装備は基本的に支給されない。
理由は簡単で、従騎士は殉職率が非常に高いからだ。高級な装備を支給できないのである。
「君に支給する。 それとこれから君は騎士三位に昇格だ」
「ありがとうございます、なのです。 しかし目立った手柄は……」
「今までのアシストで、どれだけの戦果を上げたか検証し直した。 君は得がたい人材だと判断した。 勿論昇進理由についても正式に告知する」
「……」
何だろう。
裏がある、と思った。そして、その予想は当たった。
「二つほど、専属で任務をこなして欲しい」
「専属ですか」
「ああ。 一つは、見習い錬金術師の護衛をして欲しい」
目を細める。アシスト主体の戦闘スタイルを得意とするアンパサンドに護衛任務。意図が分からない。決定的に向いていない任務である。或いは別の騎士も一緒につくと言うことか。
「もう一つは、ある騎士のお目付役だ。 ちょっと問題のある騎士で、君がお目付に適任だと判断した」
「問題のある騎士」
腕が良いが問題を起こす騎士は何人か心当たりがあるが。
ちょっと思いつかない。誰と組まされるのか。
というか、大体分かった。恐らく錬金術師の護衛の主役はその騎士。アンパサンドは、監視役兼その騎士と錬金術師達のサポート役だ。
名前を聞いて唖然とする。
その騎士は。
この国を代表する人物でもあり。更には、大問題児として有名な存在だったからだ。
庭園趣味の先代国王が浪費した結果、敵を取り囲んで迎え撃つことを想定した城門付近の地形はすっかり変わり。
今では噴水などがある、しゃれた場所になっている。
城門を出ればすぐに獣が出るし、
匪賊だって出る。
城門の内側は安全かも知れないが。
ロクな守りもない集落も、王都の周囲にはいくらでもある。騎士団はそういった場所に出向いては、獣を殺す。匪賊を殺す。そして自分達も殺される。
そんな現実が分かっていない人間の浪費が、此処を作った。
そう思うと、綺麗に見えてもあまり嬉しくない。
騎士にアンパサンドが昇格したことは、すぐに騎士団で噂になった。
騎士に昇格。あのホムが。
陰口をたたく声もあったが。今の騎士団長は品行方正で、人格的に隙が無く、何より圧倒的に強い。常に前線に出て体を張り、凶悪なネームドを何体も倒している。アンパサンドに陰口が向くことはあっても、騎士団長の悪口は殆ど聞こえなかった。
陰口などどうでもいいとアンパサンドは思う。
アンパサンドは今でもこの世の理不尽を許していない。怒りは強く燻っている。
その前には、些事だ。
城門前に、問題の人物はいた。一応騎士一位だから、上役扱いになるのだけれども。しかしながら、そういう問題では無い。
背の高い金髪のヒト族青年で。甘いマスクの持ち主である。
マティアス=フェリエ=アダレット。
この国で最も知られている男子だろう。当たり前の話だ。
バカ王子。
その言葉が、マティアスの全てと言っても良い。
双子の姉であるミレイユ王女に才能を全て吸い取られた。
そんな陰口が広まっているほどで、実際ミレイユ王女が無能な前王(実の父)を退位させ幽閉したクーデターの時も、声さえ掛からなかったと聞いている。
騎士としても錬金術の装備つきでかろうじて合格点。王家の人間だから騎士団に入れた。
その噂は本当だ。戦闘でのへっぴり腰ぶりや、女を口説いては袖にされているその様子から、バカ王子の噂は留まることを知らない。あまり気分は良くないが、アンパサンドもバカ王子よりはあのホムのがマシだろとか、とても光栄な陰口をたたかれているのを聞いた事がある。騎士団を産廃の置き場にするなと言う陰口まで聞いたことがある。ミレイユ王女が慕われている一方、マティアス王子の評価は文字通り底辺だ。
相変わらず見目麗しい女性に声を掛けて袖にされ、がっくりしているマティアス。
此奴は悪名が広まりすぎて、せっかくのルックスがまったく生かせていないという珍しいタイプである。口を開かない方が女を口説けるのでは無いか。そんな噂さえある。
玉の輿を狙う女がこう言う手合いには寄ってくるものだが。
姉のミレイユが、「血染めの薔薇竜」と渾名されるほどの女傑である事もあって。とてもではないがそんな勇気がある女はいないのだろう。下手な事をすれば冗談抜きに翌日には城壁の外で獣の餌だ。
「マティアス王子でいらっしゃいますね」
「ん? 俺に声を掛けてくる美女は……てホムじゃないか」
「お目付役を命じられたアンパサンドです。 これでも騎士三位です。 以降よろしくお願いしますです」
「オイオイ、マジかよ……」
暗い笑みが浮かびそうになるのを堪える。流石にバカでも悟るか。
女好きでも手を出しようが無いホム。人間四種族は混血しない。つまりヒト族とホムは子供を作れない。しかもホムに実際に欲望をぶつけたヒト族は外道呼ばわりされるのがこの世界だ。しかも陰口をたたかれているとは言え、アンパサンドは速さ一本で遅いながらも出世し、何より戦場に出て生き残っているのだ。バカ王子も話くらいは聞いたことがあるはず。
つまり、これ以上無い程厄介な監視役である。しかも一応ナンパ男を気取っているのだ。ヒト族とは違うホムとはいえ女の子の前で、下手な事は出来ないだろう。それも王族が、である。
近くで見上げると、マティアスの上背はアンパサンドの丁度倍だ。だが、今やりあったら勝てる。普通にそう判断した。逃げようとしても追いつくことは難しくない。
その気になれば何時でも殺せる。そう思うと心に余裕が生まれることを、アンパサンドは知っていた。
「恐らく聞いていると思いますが、これからある制度が開始されます。 その時に、王子はある錬金術師の護衛に専属で当たる事になりますです」
「ああ、分かってる。 この国の数少ない錬金術師だもんな。 見習いでも大事にしなければならないんだろ」
「まだ小娘です。 手を出さないようにとの事で、お目付がつけられたのだと思いますです」
「俺だって分別くらいあるってーの! 流石に子供には手をださねーよ!」
しらけているアンパサンドの前で、全力で自分は大人の女が好みだと主張するマティアスだが。
あれだけ見境なくナンパをしかけている様子からは説得力が皆無である。大体女に手を出すも何も、基本的に相手にもされていないくせに。
咳払いすると。
周囲の冷めた目線に気付くように、顎をしゃくって見せる。
流石にバカ王子の名をこれ以上広めると、姉に殺されると思ったのだろう。
ミレイユ王女は騎士としても名高く、騎士団長が相当な実力を持っていると太鼓判を押しているのだ。
もはや名前だけとなってしまっているが。
武門の国という名目を守るに充分な女傑なのである。
それなのに此奴は。
頭を掻くと。
「それで、護衛って、お前と俺で?」
「錬金術師も多分手が足りない場合は傭兵に声を掛けるでしょうが、専属護衛は王子だけです。 そして私は王子のお目付役です。 それでおわかりかと」
「はあ。 分かったよ……」
ぐったりした様子のマティアス。
良いご身分だ。
泣きたいのは此方である。
ただ、実力を認めて貰ったから騎士三位に昇格したのだし。
一応、ミレイユ王女に何かあった場合のスペアとしての価値はある王子の守り役に抜擢されたのも同じ。
だから此処はぐっと言葉を飲み込まなければならないだろう。
一度場所を変えて、城内に移る。
軽く、騎士団のテリトリーである、詰め所の廊下を並んで歩く。
「ホムの騎士がいるって話は聞いていたが。 お前、数字にも強いんだろ。 経理目的で入ったのか?」
「自分は剣腕を生かして騎士としてやっていきたいのです」
「変わってるなお前……ホムで剣腕を?」
「良く言われるのです」
王子の言葉には、揶揄はなく。驚きがあった。
揶揄が籠もっているかどうかは、嫌と言うほど聞いてきたから分かる。
どうやらこの王子。
バカであっても悪意はないらしい。
ならば良いか。他の騎士よりも、或いは伸びればマシになるかもしれないし。
今日はミレイユ王女が詰め所に来ている。彼女は非常に忙しく、安定しているとはとても言えないアダレットの領土中を飛び回っている。
だから、着任の挨拶を王子と一緒にする。
王女はしっかり武装していて。
それでいながら化粧も怠らず。同じ顔が整っている二卵性の双子とは言え。暗君と呼ばれた父王とも。マティアスとも。あまりにも差がありすぎた。カリスマが一目で分かるほどだ。
双子なのにこの差。親子なのにこの違い。
才覚とは残酷なものだ。
敬礼をして、着任の挨拶を済ませると。
王女は頷き。そして言う。
「これからラスティンが宝としている錬金術師三名が来てくれます。 彼女ら三人はいずれもラスティンの、いやこの世界の宝です。 恐らく護衛をする双子の錬金術師と関わる過程で、必ず顔を合わせることになるでしょう。 くれぐれも、失礼がないように」
「はっ。 この騎士団の魂に掛けて」
「騎士団のたましいにかけてー」
隣の気が入っていない声を一瞥だけすると。
王子を促して、すぐに外に出る。まだ正式に護衛任務は開始されていない。
翌日くらいから、早速噂が流れ始めた。
とうとうバカ王子に監視がつけられたらしい。
男のお目付だと言う事を聞かないだろうから、女の、それもホムの騎士だそうだ。
笑い話混じりのその噂を。
アンパサンドは気にもしなかった。いつもの噂よりは、まだマシだからだ。