暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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スールのお化け嫌いは原作と同じです。

ただ本作では、そのお化け達からちょっと違うアプローチがありますが。

ちなみにスールは虫もダメです。これも原作と同じです。


1、ざわめきの森

ねじくれた木々。

 

其処からは、光る不気味な木の実がぶら下がっていて。

 

時々、おぞましい形容しがたい生き物がかさかさ這い回っている。虫でもなければ獣でもない。

 

殆どの場合、人間の部品を持っていて。

 

それがとてもおぞましかった。

 

声を出さないまま進む。

 

平然としているルーシャは。ここに来たことがあるのかも知れない。むしろ堂々としていた。

 

此方を伺っているバケモノはたくさんいるが。

 

いずれも、此方に対してしかける隙をうかがっている、という感触。或いは脅かしているだけ。

 

今までの時点では。攻撃は受けていない。

 

しかしながら、いつ豹変するかわかったものではない。それに、お化けが本当に苦手なスールには、此処は地獄以外の何物でもなかった。

 

少し開けた場所に出る。

 

其処で人影を見る。

 

ただし、それらは近づいて見ると。

 

人のようで人に非ず。滅茶苦茶に崩れていて。うめき声を上げながら、襲いかかってきた。

 

戦闘開始。

 

ハンドサインを出すと、アンパサンドさんが突っ込んでいく。多数の人影の、人体急所から青黒い血が噴き出す。

 

ハンドサインを見て、涙目でクラフトを放る。

 

爆破。

 

ちょっと近すぎたけれど、冷静に動いたルーシャが、傘を広げて立ちふさがると。

 

マティアスが展開しているシールドよりも強烈なのが一瞬で拡がり。爆圧を全て押さえ込む。

 

フィンブル兄とマティアスも今の爆圧に耐え抜いた敵に斬りかかり。

 

此方に接敵する前に。

 

全てを仕留めきった。

 

オイフェさんは最後まで側に控えていて。

 

動く事はなかった。

 

呼吸を整える。

 

何あれ。

 

お化け話の定番、動く死体じゃないか。

 

でも血の色が変だったし。

 

人間四種族どれとも違うような気がした。

 

「霊が取り憑いて人間を襲う死体は実在するんだが、此奴らはちょっと違うな」

 

「この絵を描いた作者が、あくまで人間を驚かす存在として作り上げた想像の産物ですもの」

 

「話には聞いているが、まあそうなんだろうな。 手応えがねーし」

 

「油断していると、喉を噛み裂かれるのですよ」

 

皆普通に話し始める。

 

どうやら此処は以前からキャンプとして使っている場所らしく。

 

今のような弱いのを集めて、定期的に駆除すると。しばらくは安全に使える、ということらしい。

 

そういえば木々からも離れているし。

 

周囲にはあまり敵影もない。

 

手慣れた様子でキャンプの設営を始めるアンパサンドさんとフィンブル兄。ルーシャも、結構手際よく手伝っている。

 

悔しいけれど、まだ足が震えている。

 

そういえば、あのバケモノ達は。

 

死ぬと消えてしまうようで。もう何も残っていなかった。

 

ルーシャが親切にアドバイスしてくれる。

 

「スー、辺りには結構品質が良い薬草がありますのよ。 集めておいた方が良いですわ」

 

「うん……」

 

情けない。

 

錬金術師が調査に入り、試験に使われるくらいだ。

 

少なくとも、安全な絵では無い。

 

そして、前に偶然入ってしまった絵と同じように。

 

見た事も無い素材が、たくさんちらばっていた。

 

草も見た事がないものばかり。いずれも、貪欲に集めていく。

 

鉱物もある。

 

無造作に散らばっているそれらは、品質からして、王都周辺に散らばっている残りカスとは別物にしか思えなかった。

 

とにかく、荷車に詰め込んでおく。

 

後でイル師匠に教わって、色々と加工できるかも知れない。

 

薬の材料、爆弾の材料。

 

或いは高度な金属。

 

まだシルヴァリアを作ってはいけないと言われているが。

 

この試験を突破出来たら。

 

でも、この森。

 

生きて帰れるとは、とても思えない。

 

また、うけけけけと笑いながら、生首が飛んで行く。しかもその生首からは、内臓もぶら下がっていた。

 

かさかさ歩き回っているのは、人間の顔がついたムカデだ。それも、ご親切に頭とおしりの両方に、人間の頭がついている。

 

平然とレーションを口にしているアンパサンドさん。

 

流石に嫌そうな顔をしているマティアス。

 

差は大きいが。

 

フィンブル兄も結構平気そうなので。

 

この辺りは個人差が大きいのかも知れない。

 

「嫌ならば、一旦外に出てから休みます? ただし不思議な絵は共通して、入ると同じ地点に出るようになっているようなので、また歩き直しなのですが」

 

「ううん、いい! さっさと調査終わらせたい!」

 

「気持ちは分かりますが、此処には致命的なのもいるのです。 さっきから周囲をうろうろしている虚仮威しと違って、本気で殺しに来る奴は来るのです。 お化けが苦手か何かはよく分かりませんが、無理をしていると絵の中で死体になって、此奴らの仲間入りなのですよ」

 

絶句。

 

そのまま気絶しそうになるが。

 

アンパサンドさんは容赦しない。

 

「ともかく。 せっかく卒業した足手まといにまた戻りたいのなら、止めはしないのです」

 

「アン、相変わらずお前きついな……」

 

「事実を言っているだけなのです」

 

「ハイ、確かに」

 

マティアスが助け船を出してはくれたけれど、それも一発で撃沈された。取りつく島もないとはこのことだ。

 

慣れてきたらしいリディーが、ルーシャに聞く。

 

「ねえルーシャ、ここに来たことあるの?」

 

「ええ最初にアトリエランク制度に参加したときに。 Fランクから始めましたし、戦闘力があるかどうかを確認するためにも必要でしたので」

 

「はー。 思った以上にルーシャって凄いんだね」

 

「オーホホホ、当然ですわ」

 

まあ、言われなくても分かる。

 

ルーシャは情けないリディーとスールの護衛役として、ここに来てくれているのである。護衛役が現地を知らなければ、話にもならないだろう。

 

「それで、そろそろ先に進みたいのですか?」

 

アンパサンドさんの声がいつになく厳しい。

 

ここのところの戦いで、スールが動けるようになって来ていたのに、また腰が引けてしまっている。

 

それに対して、怒っている様子だ。

 

ホムとしてはとても感情豊かなアンパサンドさんである。

 

この辺りの発言にも。

 

他のホムでは希薄な、意思が感じられた。どちらかというと負の意思だが。

 

「いこ、スーちゃん。 いつまでももたついていられないよ。 行ける所まで行ったら、一度戻ろう。 この森かなり広そうだし、一回じゃ調査はしきれないと思うし。 だからこそ、できるところまではやっておこう」

 

「分かったよリディー」

 

腰はまだ引けてしまっているけれど。

 

兎に角慣れろ。

 

自分に言い聞かせて。

 

負の思念がざわめく森を歩く。

 

周囲からは、ひっきりなしに恐いものが姿を見せるけれど。

 

それらは虚仮威しだと、スールにも分かる。

 

問題なのは、それらに混じって、本物の敵性勢力が出てくる事で。それが、此処の危険度を相対的に上げているのかも知れない。

 

いきなり、人間大の蝙蝠が襲いかかってきて、強烈な音を放とうとするが。

 

一瞬早く反応したフィンブルさんが、口を突き抜いていた。

 

更にスールが真上から首を蹴り折る。

 

相手が蝙蝠だったら恐くも何ともない。

 

少しでも情けない所を挽回しないと。

 

倒した蝙蝠を、即座にその場で解体する。

 

確か蝙蝠の翼は、大きな肉食種になると、強い魔力を秘めている。ある程度以上の大型種でないとダメらしいのだけれど。これは、本来の力だけでは飛べなくなるからで。このことについては、グリフォンの羽毛や、大型のアードラの翼などにも同じ事が言えるらしい。

 

彼らは力で空を飛ぶのでは無く、魔術の力で浮いているのである。

 

この蝙蝠もそれは同じ。

 

切りおとして見ると、確かにじんわりと熱かった。よく分からないけれど、強い魔力を秘めているからなのだろう。

 

荷車の積載量にはまだ余裕がある。

 

ゆっくり、時々脅かされながらも。確実に進む。

 

アンパサンドさんが足を止めた。

 

森の中。

 

普通だったら、大規模戦闘なんて起きない筈だが。

 

どうやら、此処ではそんな約束は通用しないらしい。

 

周囲に見える黒い影。一つや二つじゃない。

 

カマキリと人間を足したようなの。

 

下半身がない奴。

 

槍を持った兵士のような奴。

 

翼を持った鎧のような奴。

 

間違いない。

 

地下室の絵の中で見た奴らだ。

 

この戦力ならいけるか。でも、凄いプレッシャーだ。お化けとはまったく別ベクトルで恐い。

 

というよりも、お化けがあからさまに怖がって黒いのを避けている。

 

どうしてだろう。それを見て、少し心が痛む。此奴らは、何というか。この暗い森の世界にさえそぐわない、何かおかしな異分子だ。

 

アンパサンドさんからハンドサインが出る。

 

下半身がないのが一番手強い。

 

戦うなら引きつけるから、他のは自分達でどうにかするべし。戦術は指示しろ。

 

頷くルーシャ。

 

リディーは一瞬だけ時間をおいて、すぐに判断した。

 

撤退、である。

 

即座に、絵の中から放り出される。

 

外に出たいと思うだけで絵から出られるのは、それはそれで便利だった。

 

 

 

エントランスで、アンパサンドさんは、リディーに対しては怒ることはなかった。スールに関しては、もう怒ったから良いと思ったのだろう。何も言わなかった。

 

「判断が早かったですね。 ひょっとして、あれと交戦経験があるのです?」

 

「凄く強い事は分かりました。 それで、今は戦うべきではないと判断して」

 

「……まあいいのです。 それよりもどうするのです? もう一度行くのです?」

 

「いえ、今回は此処までにします。 試験は一度で突破しなくても良い、ということですので」

 

ふうと嘆息すると。

 

最低でも前日に知らせるようにと言って、アンパサンドさんはマティアスを連れて戻っていく。

 

ルーシャは、特に何も言わず去ろうとしたけれど。

 

スールは、思わず呼び止めていた。

 

「ルーシャ」

 

「何ですの」

 

「あの、クラフトの爆風から庇ってくれて、有難う」

 

「オーホホホ、後進のミスをカバーするのは先達の当然の義務ですのよ」

 

ルーシャがオイフェさんを連れて、エントランスからさっさと切り上げていく。

 

そうか、当然の義務か。

 

今は、庇われて当たり前の立場と言う事だ。

 

悔しいけれど、何一つ言い返すことができる状態にない。

 

何よりきつかったのは、また足手まといに戻るつもりか、という発言だった。

 

確かにその通りだ。

 

フラムを作って、グリフォンの群れを駆除して。

 

それで何か強くなった気になっていた。

 

甘かったのだ。スールはまだまだ半人前。全然一人前じゃない。

 

フィンブル兄が、側で咳払いする。

 

「荷車押して戻るの大変だからな、手伝うぜ」

 

「ありがとうございます、フィンブルさん」

 

「ごめん、フィンブル兄、色々恥ずかしいところ見せて」

 

「気にするな。 初陣で漏らす奴なんて珍しくもないし、ましてや苦手なお化けだろう?」

 

もう初陣じゃないのは、フィンブル兄も触れなかった。

 

情けないけれど。

 

この悔しさを、少しでも糧にしたい。

 

そうスールは思った。

 

 

 

アトリエに戻った後、回収した素材を、図鑑を見ながら吟味する。

 

鉱石はとても凄い。外で採れるのとは段違いの品質のツィンク鉱石だったり、或いはシルヴァリア鉱石だ。苔むしているけれど、間違いない。割ってみると、鈍色の輝きが見えてくる。

 

ゴルトアイゼンの鉱石もあるかも知れない。それらしいのは、避けておく。後でイル師匠に見てもらいたいところだ。

 

ウイングプラントという珍しい草もあった。

 

これは強い風の魔力を帯びていて、高山地帯などでしか見つからない珍しい草だという。

 

種をその魔力によって飛ばし。

 

遠くに運ぶ性質を持っているのだとか。

 

その魔力を利用して。

 

風の爆弾を作る根本素材にする、という事である。

 

つまり、フラムを火の爆弾の材料だとすれば。

 

これは風の爆弾の材料、と言う事だ。

 

更に、カーエン石もある。割ってみたが、殆どしけっていない上に、何よりぎっしり詰まっている。

 

すごい。

 

錬金術師に調査をさせた本当の理由が分かってきた気がする。

 

これは、生半可な錬金術の素材とは格が違う。

 

不思議な絵は危険ではあるが。

 

それ以上に、一瞬で行く事が出来る、極めて近い素材採取地でもあるのだ。

 

凄腕の錬金術師に調査を命じる訳である。

 

錬金術の道具を低コストで手に入れる事が更に簡単になるし。

 

今まで騎士団などの予算を圧迫していたコストを、更に圧縮することが可能になってくる。

 

不思議な絵は恐い。

 

まだずっと恐い。

 

でも、克服しないとダメだ。

 

近場には、ロクな採取地がないことは、スールも分かっている。嫌と言うほど、思い知らされている。

 

ならば、良い素材を手に入れるには不思議な絵の中の世界を利用するしかない。

 

恐かろうが何だろうが、彼処に行くしか無いのだ。

 

ぐっと顔を枕に押しつける。

 

今は力が足りなさすぎる。

 

イル師匠が使っているような拡張肉体なんて天の遙か彼方にある道具だし。

 

何より、怖いと言う感情が、冷静な判断力を上回ってしまっている。

 

しばらく悶々とした後。

 

顔を上げて、井戸水で顔を洗う。

 

そして、リディーに告げた。

 

「シスターグレースの所いってくる」

 

「うん。 あ、そうだ。 パメラさん、帰ってきてるよ」

 

スールは思わず絶息し。

 

その場で気絶しかけたが。

 

かろうじて立て直す。

 

呼吸を整えて。そして、生唾を呑み込み。そして、深呼吸を三回すると、もう一度決意を込めて言った。

 

「いってきます」

 

もう夕方前だけれど。

 

これは、今日中に解決したい問題だ。アダレット王都。メルヴェイユなんて気取った名前の街を急ぐ。

 

先代の王様がつけ直したこの名前。

 

スールは大嫌いになる一方だ。

 

王都の外は茶色の荒野が主に拡がっている。荒野に点々としているのは灰色の街。

 

しっかり整備された街道は限られていて。

 

それから外れた集落は、いつ獣に滅ぼされてもおかしくないし。皆極貧の中、怯えきった生活をしている。騎士団どころか自警団さえ足りない。傭兵を雇える街の方が珍しいくらいだろう。

 

錬金術師の絶対数も少ないのに。

 

今更アトリエランク制度なんてのを始めている始末。

 

今のミレイユ王女が有能だからどうにか立て直してきてはいるのだろうけれども。

 

それでも先代の王様が、庭園趣味に何て走らなければ。それで無駄にお金を使わなければ。

 

もっとみんな良い生活をできていた可能性が高い。

 

何より、伝説のネージュを迫害なんてしていなければ。

 

今頃ラスティンからもっと錬金術師が来てくれていて。

 

もっと街道の整備とかが為されていたかも知れない。

 

そう思うと、本当に情けなくて。

 

悔しくて仕方が無かった。

 

そして自分の無力さは、それ以上に腹が立って仕方が無い材料だ。リディーは皆の中核になって指揮を執れるし、錬金術だってスールより上手い。悔しいけれど、上手い。練習量が違うのに、やっと追いついていくのが精一杯と言うくらい違う。それに加えて、どんどん戦略とか戦術とか難しい事も覚えている。

 

スールは勘は鋭いけれど。

 

それだけだ。

 

多少身体能力は高いかも知れないけれど。

 

アンパサンドさんみたいな体力も度胸もないし。何よりあんなに見事に全身を制御して、回避盾になるような事は出来ない。

 

爆弾を指定の位置に投げる事はできるけれど。

 

多分それ、他の人でも出来るはず。

 

何一つ。

 

自分にしかできないこれ、が存在しないのだ。

 

教会を訪れると。

 

シスターグレースが。パメラさんと仲よさげに話していた。それだけで足が竦みそうになる。

 

スールは知っている。

 

パメラさんが、本物のお化けだと言う事を。

 

少なくとも尋常な人間ではないことだけは確実だ。

 

魔術の類を使ってもいないのに。

 

壁もドアもすり抜け放題。

 

パメラさんはスールに凄く恐い話をたくさんして。

 

そしてお化けとしての怖さを散々見せつけていった。

 

故に今でもスールはお化けの話には足が竦んでしまう。恐くて動けなくなってしまう。

 

でも、今。

 

それを乗り越えなければならないのだ。

 

「あら、スール。 どうしたのですか」

 

「シスターグレース!」

 

「はい?」

 

「お化け嫌い、克服したいです! 勿論一日二日で克服なんて出来ない事は分かりきってます! でも、見るだけで足が竦むような情けない事には、ならないようにしたいです!」

 

あまりにもスールが真剣だからか。

 

シスターグレースは笑わなかった。

 

パメラさんは笑顔でその場を後にしてくれる。

 

そして、シスターグレースとスールは、教会の奥の部屋に行く。

 

まず話を聞かせるように。

 

そういつもシスターグレースは言う。

 

だから、話す。自分が如何に情けない足手まといであるかを。

 

この人にしか話せない。

 

リディーには対応出来ない。

 

この人にしか、対応出来ないのだ。

 

お母さんがいなくなってしまった、今では。

 

まずシスターグレースは、スールの話を頭ごなしに否定も拒否もしない。その安心感がある。

 

シスターグレースは歴戦の傭兵で。

 

たくさんの孤児を自立するまで育て上げた子育ての達人だ。

 

スールは涙を何度も拭った。

 

情けない自分に対する怒りで、涙がどれだけ拭っても湧いてきた。

 

シスターグレースは、スールに全て話をさせてから、順番に言う。

 

「スール、分かっていますね。 貴方が泣いているのは自分自身に対してであって、お化けが恐いからでは無いという事を」

 

「はい。 それなのに、足が竦んでしまって」

 

「人には向き不向きがあります。 いいですか、どれだけ強い戦士でも、とうとう最後まで犬系統の獣が苦手だった、という実例があります」

 

そんな実例があるのか。

 

話によると、なんとあの伝説の先代騎士団長だという。

 

巨人族の伝説的騎士が。たかが犬が苦手だったのか。

 

頷くと、シスターグレースは言う。

 

「貴方がお化け嫌いを克服するのは不可能でしょう。 パメラが何故に貴方にお化け嫌いを叩き込んだか分かりますか?」

 

「いえ、その……」

 

「貴方は好奇心が先立って、後先考えずに動くからです。 貴方はそのままでは、大けがでは済まない事になる。 そう思ったから、パメラは貴方にお化けの話をたくさんしたのです」

 

どういう意味だろう。

 

咳払いすると、シスターグレースは言う。

 

「何故子供にお化け話が広まるか知っていますか?」

 

「ええと……」

 

「実際に霊は存在していますし、それが憑依して人間を襲う死体も実在します。 私も傭兵時代に倒しています。 しかしお化け話というのは、それら現実の怪異とはまったく別次元の話です。 お化けというのは、子供を危険から遠ざけるために存在しているものなのです」

 

「!」

 

そう、だったのか。

 

確かに、子供を近付いては行けない場所に近づけないために、お化け話が作られるという話は聞いている。

 

それで、過剰なくらいにパメラは。

 

パメラがあからさまにお化けである事は此処ではどうでも良い。それは、別問題のまた別問題。

 

問題は、子供の恐怖を利用して。

 

お化けというものは、子供を危険から遠ざけている、と言う事だ。

 

恐ろしい顔をしていても。

 

お化けは子供の守り神なのだ。そう、自分が悪役となる事で、子供を守る者。

 

それがお化け。

 

もうスールは子供では無い。だから話すのだとシスターグレースは言う。

 

「荒野で獣と戦って分かったはずです。 彼らは危ない事を示しません。 不意打ちだまし討ち何でもあり。 人間の詐欺師も同じです。 これに対してお化けはどうですか?」

 

「最初から、恐いです」

 

「それは子供に近付いてはいけないと示すためなのですよ」

 

何だか、すっとつきものが落ちた気がする。

 

確かにまだお化けは恐い。

 

だけれども、もしお化けがその恐ろしさで、子供を危険な所に近づけないようにして。そして遠ざけているのだとすると。

 

お化け達は、子供のためにいるのではあるまいか。

 

理屈では無い。なんというか、頭の中がクリアになった気分だ。

 

得体が知れない恐怖だったお化けが。

 

スールの頭の中で、確かに色が変わった気がする。流石はシスターグレースだ。目を何度も拭った。

 

ごめんなさい。

 

謝るのはみんなに対して。

 

ごめんなさい。

 

もう一つ謝るのは、お化けという存在に対してだ。

 

あの絵も思い起こしてみれば。本当に悪意によって描かれたものだったのだろうか。

 

絵でも小説でも、芸術というものは魂を込めないとただのゴミだという話は聞いたことがある。

 

立ち上がると、礼を言い。

 

走って帰る。

 

リベンジマッチは三日後だ。次は、同じ醜態を、絶対にさらさない。

 

家に戻る。

 

リディーは心配していたようだけれど。

 

すっきりした様子のスールを見て、ほっとしたようだった。

 

「リディー、お願いがあるんだけれど」

 

「何、スーちゃん」

 

「思い出せる限りで良いから、恐いお化けの話して」

 

シスターグレースの言葉が正しいなら。

 

そのお話には。裏に隠された意図があったはずだ。

 

一つずつ話を聞いていく。

 

勿論恐くて仕方が無いけれど。それでも、聞いていると、前提があればすっと頭に入ってくる。

 

そうだったのか。

 

スールは一つずつの話を噛みしめながら。

 

痛感していた。自分の弱さ。自分が子供だったこと。そして、恐ろしい姿をした守護神たちの事も。

 

自分の情けなさを反省しながらスールは思う。あの絵の意味。あの絵を描いた人の意思が何処にあったのかも。

 

次に、失敗しないためにも。

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