暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
それには相応の理由があるのです。
二日おいて、再び不思議な絵にチャレンジする。
心配そうにしていたルーシャだけれども。スールはもう恐い話は克服した。いや、まだお化けは何処かで恐いけれど。
それでも、前提について分かっているのだから。
もう大丈夫だ。
絵の前に集合。アンパサンドさんは何も言わなかった。
スールの様子を見て、何かあったと悟ったのだろう。
厳しい人だけれど。だからこそに、公平でもある。単に厳しいだけの人では無いことを、スールは知っていた。今までも的確なアドバイスをしてくれたし。叱責だってされたけれど、それは理にかなったものだった。
分かっていなかったのはスールの方だった。
真っ先にスールが絵に入ったのをみて、ホム以上に感情が見えないルーシャのメイドであるオイフェさん以外の全員が驚いた。リディーでさえ、心配していた様子だったのに。リディーは肝心なところが抜けているから、気づけなかったのかも知れない。
いずれにしても、周囲にいる恐ろしいお化け達は。
もう前とは違うように見えていた。
グロテスクだ。
とても恐ろしい姿をしている。
でも、それは。よく観察すると、踏み込むと危ない沼地の上を旋回していたり。あの黒いなにか得体が知れない奴らから遠ざけるようにしていたり。
けたけた笑っているのも。
笑いが恐怖を誘発するから。
お化け達は、子供を守って。
真実を知った頃には、笑っていなくなってくれる。
そんな守護者だ。
勿論それだけではなくて、本当に悪意があるお化けもいるのかも知れないけれど。
しかし、お化けに殺された人が、実在しているだろうか。
そんなのスールは聞いた事もない。だったら、そのまま堂々と、お化けの警告を聞けば良い。
リディーがハンドサインを出してくる。
あの黒いの。カマキリみたいな姿のが、単独で這いずっている。お化けは明らかに嫌がって離れている。
多分あいつは。
お父さんの絵の中だけではなくて。
此処でも異分子なんだ。そうスールは思うと、色々と頭に来た。
一体なら問題ない、行ける。
そう判断したのか、リディーが攻撃の合図。皆で一斉に襲いかかる。
最初に突貫したアンパサンドさんが、残像を作りながら斬り付け、一瞬の気を引いたところにマティアスさんとフィンブルさんが、タイミングを合わせて斬りかかり、突き込む。一瞬気は取られたが、カマキリっぽい奴は双の鎌を振るって二人の攻撃を同時に捌く。しかしその時にはスールが後ろに回っていた。
至近に、クラフトを落とし。
全員が一斉に飛び退いていた。
爆裂。
悲鳴を上げて、ずたずたになった黒い体をのたうち回らせる黒い影に。
傘を向けたルーシャが、光弾を放つ。
それは光弾ではあったけれども。
途中で分裂し、複数の角度から、カマキリみたいな奴をズタズタに切り裂き。再び傘へと戻っていった。
近付いて、死体を調べて見る。
何だかよく分からない欠片みたいなのがある。一応、油紙で包んで回収しておく。多分これも持ち帰る事が出来るはずだ。
あいつ一匹でも、クラフトの至近爆破に耐えた。
多分複数が相手になってくると、かなり厳しい戦いになる。戦いはできるだけ避けるか、それとも分断するか、考えなければならないだろう。
前回のキャンプに到達する前に、二度蝙蝠の襲撃を受け。
二度とも撃退。
一旦キャンプで休む。
アンパサンドさんに、その時聞かれた。
「スールさん、どうしたのです。 お化けが恐い恐いとあれほど騒いでいたというのに」
「ちょっとお化けってどういう存在なのかなって考え直してみてね」
「ほう」
「そうしたら、まだ恐いけれど……足が竦む程じゃなくなった、かな」
アンパサンドさんはしばらく鋭い目で此方を見ていたが。
頷いて言う。
「もう大丈夫なようですね。 少し休んだら先に進むのです」
「分かりました」
リディーが応えて、皆の応急処置を済ませると、先に進む事に決める。
途中、沼地に出て。
その上には、特に気色が悪い姿をしたお化け達が、たくさん踊り狂っていた。それはそうだろう。
あの沼地、一目で分かるほど危ない。
今回は革袋を持ってきている。
革袋に、沼地の水を汲んでおく。
猛毒か、それともよく分からないが。
いずれにしてもリディーによると、凄く強い魔力を感じるという。持ち帰る事が出来れば、或いは錬金術の役に立てるかも知れない。
しばし歩いて。
看板を見つける。
あからさまに悪意のある配置である。周囲にはお化けはいない。これそのものには危険は無い、と言う事なのだろうが。
それでも、遠くには相当に大きな蝙蝠が飛んでいるのが見えるし。
森の奥の方では、人影が蠢いている。
間違いなくあの黒い奴らだ。
ルーシャは少し距離を取って見ている。
ああなるほど。大体分かった。
リディーが近付いて看板を読み始めるので。スールもそれに近付くが、まあどうせ碌な事が起きないだろう。
こう言うときの勘に関しては、スールは自信がある。
もっとも、前だったらそれを察して取り乱していただろうけれど。
今は特にそうでもない。
「ええと、この看板を読んだ貴方は……呪われてしまいました。 呪いを解除するためには、森の奥にある墓場に向かってください」
「ふーん」
「あれ、スーちゃん、反応薄いね。 キャーキャー泣くと思ったんだけれど」
「うん。 だってこれ、明らかに意図が分かりきってるもん」
もし本当に危険で悪意があるのなら。
もっと巧妙なやり方で殺しに掛かってくるはず。
そう、荒野に満ちている獣たちのように。
だけれどここにいるお化け達はそうしない。
ならば、違うと言う事だ。
ひょいと、隣に飛び降りてくるアンパサンドさん。
ハンドサイン。
此方の方向に、何か大きな石を並べた場所がある。
木の上に登って、周囲を確認してくれていた、と言う事なのだろう。
頷くと、すぐに其方に行く。
むしろマティアスの方が慌てている程だった。
途中、二度。
群れからはぐれたらしい黒いのと遭遇した。
一度は兵士みたいな奴。
小柄だったけれど、槍を振り回して、非常に的確な攻撃を繰り出してきた。しかも、二体だけだったのに。連携を極めて巧妙に行って、マティアスの攻撃もアンパサンドさんの陽動も防ぎ続け、爆弾やルーシャの傘の光弾を警戒して常にインファイトに持ち込み続け、相当に倒すまで消耗した。
もう一度は、翼が生えた鎧みたいな奴だったけれど。
此奴は兎に角動きが素早くて。
木々を切り裂くようにして戦う上。
体にかまいたちを纏っているのか。
近付くだけで、アンパサンドさんの手足が切り裂かれるのが見えていた。
仕方が無いのでマティアスに防いで貰い、無理矢理爆破して倒したが。
今後同種と戦う時はかなり厄介かも知れない。
気をつけて行かないと危ない。
そう実感させられた。
戦いが終わった後。
傷ついた森を見て、何とも言えない気持ちになる。木々を痛めつけるというのが、これほど罪深い事だったのかと、見て感じてしまった。
お化け達が、周囲に集まって。
心配そうに木を見ている。
あの様子だと、黒いのは森なんて関係無し、と言う事なのだろう。何もかもを破壊し尽くし、顧みることさえしない。
まるで本物のバケモノだ。
いや、本物のバケモノなのだろう。
少し開けた場所に出たので。
またキャンプにする。
アンパサンドさんの手当をしつつ。話を軽くする。
「あの木、どうにかできないかな。 あんなの酷いよ。 あの鎧みたいな奴、許せない」
「栄養剤でも作って見ます? ああ、でも二人にはハードルが高いかしらね」
「む……」
挑発的に言うルーシャ。
分かってはいても、ちょっとむっとする。
栄養剤か。
イル師匠の授業を受けているときに聞かされた。錬金術師の大事な仕事の一つ。それは緑化である。
荒野の世界を少しでも緑で覆う事には大きな意味がある。
街を森で守れば、獣による襲撃を著しく減らす事が出来る。アダレット王都が、何よりの見本だ。ドラゴンや邪神ですら森には攻撃しないと言う事だし、森を作ることにはそれほどの意味がある。
街道を森で守れば。
匪賊以外の危険は気にしなくても良くなる。護衛も最小限で行き来できるようになるのは素晴らしい。
だが、荒野は。
簡単には緑に覆われてくれない。
栄養剤には難しい材料が必要だとかで。
余程優れた錬金術の技術があるか。それとも、ネームドなどの体内にある高圧縮された素材を用いるか。
そのどちらかの条件を満たさなければならないという。
「それにしてもあの黒いの何? 許せない。 ファンガスくらいしか、森の中で暴れる奴はいないと思ってたのに」
「レンプライアと呼んでいるらしいですわ」
「レンプライア……」
聞いた事もない。
少なくとも獣では無い、と言う事だろうか。
そんな名前の獣は、少なくとも知らない。
森を平然と傷つけるような獣だ。
少なくとも、危険度という点では尋常では無いはず。そんなのがいたら、知られている筈だ。
フィンブル兄を見るが、知らないと首を横に振る。
「ルーシャ、詳しく教えて」
「な、何ですの急に」
「お願い」
「……く、詳しくはわたくしも知りませんわ。 ただ、どうやら全ての不思議な絵に共通して姿を見せる、という話らしいですが」
そうか、やっぱり。
いずれにしても、はっきりしている事がある。多分あれは不思議な絵に出現する特殊な存在で。
もしも外の世界に出て来でもしたら。
それこそ大変な事になる、と言う事だ。
この世界は今でさえ過酷すぎるほど過酷なのに。
あんなのが外に大挙して出てきたら、それこそ世界の法則が粉々に壊れてもおかしくはないはずである。
ましてや、一匹ずつであの強さ。群れがどれだけの規模かは分からないけれど。全ての絵に共通して現れるとなると、ちょっとやそっとの規模じゃないだろう。
ドラゴンや邪神と比べると弱いかも知れないが。
森を平然と破壊する事や。
人間に対する異常な攻撃性を考えると。
森に何の配慮もしない分、普通の獣よりも危険度は高いと考えなければならない筈である。
手当も終わったので、先に行く。
いずれにしても、奥にある墓地とやらに招かれているのだ。
其処でさっさと作業を済ませなければ、調査終了とはいかないだろう。
荷車を確認して、まだ余力はあることはしっかり見ている。
これならば多分大丈夫なはずだ。
そしてこの不思議な絵では、即時撤退が出来ると言う強みもある。今の時点では、そこまで気にしなくても大丈夫な筈だ。
そして、姿を見せる。
この間群れを成していた黒い奴ら。
その中で、間違いなく最強だとアンパサンドさんがいっていた。下半身がない大きな人型。
それが森の中を這いずっている。
それにしても大きい。
腕は太く強靱で。
あれが暴れ狂ったら、辺りの森は滅茶苦茶にされてしまうだろう。せめて、森がない所に引きずり出せれば。
うけけけけと、声を立てながら。
生首がスールの前に降りてくる。
流石にまだまだ至近で見ると、お化けは恐い。ひっと、小さな悲鳴を漏らしてしまうが。それでも何とか耐え抜く。
「おいお前ら。 錬金術師だろ、けけけ」
「な、何!?」
「あのデカイの、どうにかしてくれよ。 彼奴森を傷つけ放題で、手に負えないんだよ」
生首のお化けは、かくかくと極めて気持ち悪い動きをしながら言うが。
それが理由あっての事だと分かっているから、スールは生唾を呑み込みながら、話を聞く。
アンパサンドさんが周囲を警戒。
彼奴がいるという事は、他に黒いのがいる可能性が高い。レンプライアか。まあともかく、そいつらが伏せていてもおかしくないという事だ。
リディーが咳払いする。
「他の黒いの、引きつけて貰えますか?」
「引きつけるだけなら良いが、あんまり時間は稼げないぞ。 彼奴ら生き物だろうが俺たちお化けだろうが、見境なく殺しに来るからな。 ま、俺たちは死なないけどな。 森はそうはいかねえし……」
「それなら、あの大きいのやっつけた後、他のを連れてきてください。 全部やっつけます」
「そうか、それはありがたい。 ただ彼奴ら、他の錬金術師がやっつけても、また湧いてくるんだよなあ」
そうか。
荒野の獣と同じ、ということか。
厄介極まりないけれど。
それでも、あんな大きいのを放置しておくわけにはいかないだろう。
一つ分かっている事がある。
絵の中とは言え。
此処はきちんと形を為している、一つの世界だ。
ある程度の修復機能はある様子だ。
その証拠に、この間持ち帰った草の分、また草が復活していたからである。
だけれども、流石に大規模に壊されると、簡単には元に戻らないだろう。あのでっかいのは、やっつける意味が充分にあるはず。
「合図を出しますので、そうなったら残りを全部集めてください。 では、黒いのを引きつけ始めるのを確認したら、此方でも大きいのにしかけます」
「できるだけ、森は傷つけないでくれよな」
「分かっています」
リディーが頷くと。
生首のお化けは、空中に飛んで行って。
何だか凄い金切り声を上げた。
耳を塞いでしまうが。それと同時に、森が一斉にざわめき始める。文字通りのざわめきの森だ。
そして、あの黒い大きいのの周囲に、一斉にお化けが姿を見せ。そして案の定隠れていた黒い奴ら、レンプライアが姿を見せる。十体以上はいると思う。これは安請け合いをしてしまったか。
お化け達が挑発しながら、レンプライアを引きつけ始める。
大きいのもゆっくり追い始めるけれど、なにしろ巨体だ。どうしても時間差が出てきてしまう。
タイミングを見て、リディーがハンドサイン。
攻撃開始の合図だ。
丁度沼地に大きいのがさしかかり。平然と沼地を泳ぎ渡り。対岸に出た瞬間を狙った。木も生えていない箇所だ。奴が移動する途中で、木々をなぎ倒していたのが心苦しいのだが。
ともかく叩き潰す。
フラムを投擲。
爆破。
悲鳴を上げながら、黒いのが右手を振り上げる。何だかまずい。全力でマティアスがシールドを張るが。
奴が手で地面を叩いた瞬間。
強烈な衝撃波が、周囲を蹂躙していた。
何だアレ。
詠唱の類をしていた様子も無い。シールドを一撃貫通されて、マティアスごと何人か吹っ飛ばされる。スールもその一人だ。
アンパサンドさんは木の一本を蹴って上空に躍り出。
そして、果敢に大きいのに挑んでいるが。
あれはまずい。
人型には口もないし、というか急所らしいのが殆ど見当たらない。
体を振り回し、腕を振るうだけで、凄まじい業風が噴き上げる。
グリフォン以上のパワーだ。
しかも、攻撃で繰り出される風に、強い魔力が籠もっているようで。風が起きるだけで、辺りの地面が抉られ、或いは爆ぜる。
アンパサンドさんも、長時間は保たないはず。
フラムを浴びても、殆ど効いている様子が無い。
「オイフェ!」
「はい!」
頭を振り振り立ち上がったルーシャが、オイフェさんをけしかける。両手にナックルを嵌めたオイフェさんが大きいのの至近に踊り込むと、コンビネーションブローを鮮やかに叩き込む。
ああいう戦い方をする人だったのか。バリバリのインファイターだったわけだ。確かに支援専門らしいルーシャの従者としては、それが適切な戦い方か。
更に、完璧なタイミングで、ルーシャが光弾を放つ。
貫通。
だが、巨体の傷が、見る間に塞がっていく。流石にルーシャもうそおと叫んでいた。
これは、一気に潰しきらないとだめか。
多分、リディーも同じ事を考えたのだろう。ハンドサイン。
頷くと、飛び出す。
オイフェさんとアンパサンドさんを同時に相手にしている大きいのに、更にリディーの強化魔術支援を受けたマティアスが躍りかかり、斬り伏せる。
そして、腕を振るい上げた所を、フィンブルさんが全身ごとぶつかるようにしてチャージし。動きを一瞬でも止める。
其処に踊り込んだスールが。
マティアスが作った傷口にフラムをねじ込み。
そして叫んだ。
「引いてっ!」
「オアアアアアアアアッ!」
拳を振るい、傷口が塞がる中、叫ぶ大きい奴。致命的な異物をねじ込まれたことに気付いたのだろう。
皆飛び下がる。
その拳が擦って、スールは思いっきり吹っ飛ばされて、木に叩き付けられ。ずり落ちる。スーちゃん。リディーが悲痛に叫ぶのを聞きながら、スールはぐっと拳を握り込み、起爆ワードを唱えた。
爆裂。
流石に内側から爆破されてはどうにもなるまい。
大きいのが、消し飛び。そして、流石に再生出来ず、塵になっていく。あの変な欠片も、少し残していく様子だ。
駆け寄ってきたリディーがスールを抱き起こすが、呼吸を整えながら、大丈夫と応える。
痛みで体中バラバラになりそうだけれど、まだメインディッシュが残っているのだ。
合図の魔術を、ルーシャに打ち上げて貰う。
同時に、どっと十体前後のレンプライアが、此方に殺到してくるのが見えた。彼奴らを此処で。森に可能な限り迷惑を掛けない場所で始末して。
それで。
意識が飛びそうになる中。見える。
あの巨大なのと戦い、一撃ごとに体中に傷をつけられていたアンパサンドさんが、真っ先に敵陣に踊り込んでいく。
厳しい事を言う人だけれども。
あの勇敢さ。
騎士として、皆の盾となるあり方。
本物の騎士で。だからこそに、スールも悔しいけれど、その言葉には重みがある事を感じる。
リディーが指示して、一体ずつ各個撃破に持ち込んでいく。
勿論その間、回避盾としてフルに暴れ回ってくれるアンパサンドさんの立ち回りが、皆の負担を減らしてくれる。
完璧なタイミングで相手に隙を作り。
そこをマティアスやオイフェさん、フィンブル兄がついて、次々と敵を屠っていく。スールも無理矢理傷薬をねじ込んで後半からは参戦。
最後の一体は、リディーの支援魔術を受け。
首を蹴り折ってやった。
呼吸を整えながら、戦いの跡を見る。
レンプライアとやらの残骸が多数と。
傷だらけの皆が。
誰も欠けず立っていた。