暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、墓場の意味

キャンプを張ってしばらく休む。さっきのお化けが来て、うけけけけと笑いながら、報告してくれる。

 

「あいつらをやっつけてくれてありがとうよ。 森はかなり酷い事になったが、この森は良い土にも恵まれているし、じきに回復するだろう。 俺たちも手入れするしな。 うけけけ」

 

「ごめんなさい」

 

「どうして謝る」

 

「その、やっぱり一杯木を傷つけてしまったから」

 

そうかと、お化けは神妙に言う。

 

そして、少しだけ時間をおいてから言った。

 

「俺たちは憎まれ役だ。 子供を危険から遠ざけ、そして守るべきものを守らなければならない。 それなのに俺たちには思われているほど力がない。 だから今回は力を貸してくれて助かったぜ、錬金術師。 お礼に、墓場で呪いを解いてやった後、ちょっと良いものをやるよ」

 

けけけと笑いながら。

 

お化けは去って行く。

 

傷はとりあえず皆回復させたが、体力まではそうもいかない。何より、傷薬は使い切ってしまった。

 

アンパサンドさんは、かなり手傷を受けていたが。

 

直撃は一発も受けていなかったし。

 

肌を裂かれる事くらいは、何とも思っていないのだろう。

 

傷の手当ての時も、顔色一つ変えなかった。

 

誰もが分かっていたのだろう。

 

今回は、一番奥まで一気に行くと。ただでさえ森を傷つけたのだ。回復はするといっても、絵の世界でも流石に一瞬でとまではいかないだろう。

 

できるだけ、体勢はできるだけ急いで整える方が良い。

 

一通り手当を終えてから。

 

さっきアンパサンドさんが示した方へ行く。

 

森を抜けると、草原に出たが。たくさんのお化けが。非常に恐ろしい、とても危険そうな姿をしているお化け達が。楽しそうに歌ったり踊ったり、笑ったりしながら。空を飛び交っていた。

 

此処はお化けの楽園だ。

 

あの黒いのは、お化けの楽園を傷つける邪悪。

 

そう、人間社会における匪賊のような存在。

 

だから、それがいなくなって。

 

皆喜んでいる、と言う事なのだろう。

 

やっぱりお化けは恐い。気持ち悪いと聞かれれば、うんと応える。だけれど、お化けの存在する意味を知った今は。

 

お化けが気持ち悪いから排除するとか。

 

気持ち悪いから吹き飛ばすとか。

 

そういう考えを持とうという気には、絶対になれなかった。

 

そんな考えは傲慢の極地。そんな考えを持つような人間は文字通り恥さらしだ。

 

お化け達がいない所を歩きながら。

 

鉱石や薬草を採取して、歩く。

 

お薬の材料も鉱石も、必要なだけあった方が良い。それに、レンプライアの破片。何かの役に立つかも知れない。

 

歩いて行くと。やがて見えてきた。

 

墓場だった。

 

墓場にはまた看板がある。お化けは遠巻きに見ているし、多分此処は安全な場所なのだろう。

 

呼吸を落ち着けながら、看板を見る。

 

其処に文字が浮かび上がっていくのを見ても、もう恐いとは思わなかった。

 

「呪いを解きたければ、お墓を綺麗に掃除するのだ、だって」

 

「……そうだね。 やろう」

 

「すまん、俺たちは見張りをするが、それでいいか」

 

「お願いします。 またレンプライアに襲われたらたまりませんので」

 

マティアスに、リディーはそう返すが。

 

アレは多分、マティアスが墓をただ掃除したくないとみた。

 

ルーシャは手伝ってくれるようだが。

 

オイフェさんも見張りに回ってくれる。

 

さっき、あの大きいの相手に、インファイトを挑んで、一歩も引かなかった戦闘力。非常に頼りになる。

 

ルーシャが常に側に置いている訳である。

 

相棒として完璧な存在なのだろう。

 

そういえば、どうもあの無表情ぶり、それにあの無機質なまでの忠義。どうもイル師匠の所のアリスさんを思わされるのだが、気のせいだろうか。無体なまでに強いのも共通している。

 

メイドはみんなあんななのだろうか。

 

いやいや、ありえない。

 

ともかく、お墓の掃除は慣れている。

 

お母さんのお墓の掃除は、教会に行くたびにしているのだから。

 

途中で、井戸を見つけた。

 

もの凄く澄んだ綺麗な水で、思わず生唾を飲み込んでしまうほどだ。これも革袋で確保しておく。

 

湧かさなくても飲めるかも知れない。

 

こんな綺麗な水、街中の井戸水とは比べるのも失礼なくらいだ。

 

ともかく、確保しなかった分を、そばに合った桶を使って撒いていく。墓を丁寧に綺麗に掃除し終えると。

 

お化けが降りてきた。

 

「よーし、合格。 お前達、墓の掃除は手慣れてるな。 理由は、聞かない方が良さそうだな」

 

「……ありがとうございます」

 

「墓はどうして掃除すると思う?」

 

「えっと、その……亡くした大事な人を思うため、ですか?」

 

違うと、お化けは言う。

 

そして、少し真面目な口調になった。

 

「人間ってのは、俺たちみたいなのを産み出さなければならないくらい脆弱な存在なんだよ。 精神的という意味では特にな。 だからこそに、過去の積み重ねが人間にとっての武器になっている。 そんな武器を作り出してきたのは、お前達の先祖なんだぜ。 墓を大事にするって言うのは、この荒野に対抗できる力を、積み上げ作り上げてきた先祖全てへの感謝のためなんだ」

 

「……そう、なんですね」

 

「そうなんだ。 だからこれからも墓参りはするようにな。 人間の歴史は愚かな争いの歴史でもあるが、その一方で偉大な先人もたまにいる。 匪賊のような屠るべきクズもいるが、偉大なる発明をする者もいる。 だから、せめて偉大な先人にだけは感謝を忘れるな。 俺たちの世界を作った奴も、そんな意図を込めたんだぜ」

 

生首に内臓がぶら下がったお化けは、少し茶目っ気を込めて言う。

 

説教臭いとは感じなかった。

 

すっと頭に入ってくる言葉だ。

 

シスターグレースに聞かされた言葉とも被る。

 

お化けはどうして産み出されるのか。

 

それは、人間の知恵の一つなのだ。

 

「お前達はあの厄介ものどもをやっつけてくれたし、歓迎するぜ。 ……多分また定期的に湧くと思うから、処理しに来てくれよな」

 

「分かりました!」

 

「ありがとうございます!」

 

「これが約束の礼だ。 持っていけ」

 

何か、黒い球体を渡される。

 

ルーシャがうっと呻いたが。それほど凄いものなのか。

 

やがて、辺りが光に満ちて。

 

絵から追い出されていた。

 

絵は、変わった様子は無い。ただ、何となくだけれど。

 

やはり、前見たときとは。

 

印象がまったく変わっているように、スールには思えた。

 

ルーシャが心底悔しそうに言う。

 

「そんな良いものを貰うなんて……」

 

「えっ!? ルーシャ、これそんなにいいものなの?」

 

「スー、それは深核というものです。 詳しくは貴方のお師匠様にお聞きなさい」

 

「う、うん……」

 

もの凄く悔しそうなルーシャが、オイフェさんを連れて、先に切り上げる。咳払いすると、アンパサンドさんがそれを見送りながら言う。

 

「此方から報告書は出しておくのです。 自分達でもざわめきの森調査完了については、レポートを数日以内に出すのですよ。 レポートの書き方は、「お師匠様」にでも聞くのです」

 

「はい」

 

「今回もありがとうございました!」

 

「おーう。 じゃあな」

 

マティアスが片手を上げると、あー恐かったとかぼやきながら帰って行く。そして、フィンブル兄が、苦笑しながら、荷車を階段の上に押し上げるのを手伝ってくれた。スロープがあるとはいえ、結構重労働なのだ。ましてや二連結なのだし。

 

お城を後にして、アトリエに戻ると。フィンブル兄に頭を下げて礼を言う。気が利かないマティアスと違って、この人は何というか、きちんと気を遣ってくれて嬉しい。

 

後はゆっくり眠る事にする。

 

流石に勝手が違う相手との死闘だったし、兎に角疲れた。

 

それにしても、リディーの判断は的確だった。

 

最初にレンプライアと戦った時。そのまま戦闘継続していたら、恐らく死者が出ていただろう。

 

あの大きい奴、それくらい強かった。

 

他と引き離さなければ、きっと倒せなかった。

 

ベッドでぼんやりしているスールは、リディーに揺り起こされる。夕食だ、というので。起きだして、適当に食べる。

 

その途中で聞かれた。

 

「スーちゃん。 どうやってお化け嫌い克服したの?」

 

「シスターグレースに聞いて来た」

 

「……」

 

「シスターグレース、教えてくれたの。 お化けってのがどういう存在で、なんで恐いのかって。 墓場で言われた通りのことを言われたよ。 そうしたら、怖い事は怖いけれど、すっと何処かでらくになった」

 

しばらく黙っていた後。

 

リディーは、何度か言葉を飲み込んだ後、言う。

 

「良かった。 私じゃどうにもできなくて、困ってたんだよ」

 

「へへ、シスターグレースは流石に凄いよね」

 

「そうだね」

 

「あの人、本物の霊や霊が動かす死体と戦ったこともあるんだって。 でもお化けって言うのは、そういうのとは完全に違う存在だって話してくれたよ」

 

食事を終えると、今度こそ休む事にする。

 

まずは深核について聞いて。

 

鉱物や薬草についても聞いて。

 

それからそれから。

 

そうだ、風の爆弾の作り方と。

 

レポートの書き方も聞かなければならない。

 

まだ出来ない事だらけだ。

 

夢の中に落ちながら。

 

スールはまだまだ半人前は抜けられそうにないなと、自分に苦笑いしていた。

 

 

 

イル師匠は、事の経緯を聞くと、頷いた後。まずは回収した戦利品を一つずつ見てくれた。

 

やはり鉱石は相当な品質らしい。ツィンクの高純度鉱石。シルヴァリアの鉱石。更には、ゴルトアイゼンも低純度ながら含まれているという。

 

凄い。

 

一気にゴルトアイゼンの鉱石を手に入れられたか。

 

薬草も珍しいものがたくさんあったが。その中には毒草も含まれていて。思わずひやりとした。

 

更に、糸の素材にできる強固な蜘蛛の糸。スールは流石に触るのは嫌だったが、蜘蛛は虫では無いとイル師匠に断言されて、以降は反論を許されなかった。

 

ウィングプラントについても、褒められた。

 

これは相応の貴重品で。

 

ラスティンでは彼方此方にあるらしいのだけれれど。アダレットでは相当に珍しい品なのだという。

 

Fランクに上がったあとにこれを材料とした風爆弾、ルフトの作り方を教えてくれるというので。

 

それはとても嬉しかった。

 

そして、深核を見せると。

 

イル師匠は思わず押し黙り。

 

入手の経由を話すと、そうかと大きなため息をついた。

 

「これはね、ネームドの体内から採れるものよ。 ドラゴンの体内から採れる竜核ほどではないけれど、極めて貴重な品ね。 並みの錬金術師が容易く手に入れられるものではないわ」

 

「えっ……」

 

「そして、荒野に緑を満たすために必要な栄養剤の貴重な素材にもなるの。 覚えておいて、これは戦略級の物資。 一つ一つが、下手をすると何十人の命を消耗して入手するような代物よ。 そして街を守り、街道を守る事が出来る植物の苗床にもなる。 雑な扱いをしたら絶対に許されないほどの貴重品よ」

 

そんな凄いものなのか。ルーシャが悔しがる訳だ。

 

そしてスールは怖くもなった。

 

それほどの貴重品を手にしたのだ。

 

雑に扱ったりしたら、それこそイル師匠に殺されるだろう。この人が怒ると怖い事は、何となく勘で分かっていた。

 

続けて、座学に入る。

 

レポートを出さなければならないのだ。

 

そして騎士団側のレポートともあわせて精査するため。

 

レポートに美辞麗句を連ねたり。

 

都合が悪いことを書かないことは許されない。

 

そうはっきりも言われた。

 

アンパサンドさんは、何しろホムである。不正は絶対にしない。自分のミスだって何の躊躇も無く申告するだろう。他人に厳しいだけでは無く、自分にも同じように厳しい人なのだ。多分一番自分に厳しいのでは無いか。

 

それならば、確かに。

 

自分に都合が悪いことを書くことは当然だ。

 

勿論成果についても書かなければならない。

 

此処も、謙る必要はないと、イル師匠は言う。

 

何が起きたかだけを書け。

 

そういうことだった。

 

「ええと、蝙蝠を二匹、いや三匹狩った以外は、レンプライア……だっけ。 あれを合計で何匹倒したっけ」

 

「ええとね……」

 

「レンプライア、やっぱり出たのね」

 

「はい」

 

イル師匠は腕組みして考えていた。

 

まずはレポートを仕上げる。

 

何があったかだけを箇条書き。これは黒板を使って行う。ゼッテルは貴重品だ。試し書きなんてとてもできない。

 

人によっては魔術によって空中に文字を浮かばせることもできるけれど。

 

そこまでリディーの魔術はすごくない。

 

ともかく四苦八苦しながら、お化けに言われた事まで、きっちり書き。回収した素材もリスト化する。

 

そういえば、深核は戦略物資だと言われていた。

 

返せ、と言われるのだろうか。

 

だとしたらちょっと悔しいけれど。

 

思考を先回りしたように、イル師匠に言われる。

 

「心配しなくても、不思議な絵画で回収した物資は、錬金術師のものよ。 ただし悪用した場合のペナルティは尋常じゃあないわ」

 

「……ハイ」

 

「はいじゃない。 深核はあらゆる使い路があって、使い方次第ではこの王都を根こそぎ吹っ飛ばす事も可能よ。 自分達が手にしている力の大きさを、もう少し理解して、しっかり把握しなさい」

 

ちょっと逆鱗に触ったか。

 

イル師匠にがみがみ怒られてしまった。

 

勿論ちょろまかすつもりなんてないけれど。もしも悪事に使ったらどうなるか。師匠であるこの人にとっても、他人事ではないのだろう。

 

その後は、箇条書きにされた出来事を、レポートにまとめていく。

 

レポートについては、仕様をイル師匠が見本として作ってくれていた。

 

すぐにリディーがメモを取る。

 

ざっと見るけれど、なるほど。

 

とてもわかり安い。

 

ただ蘭を埋めていくだけで良いし。

 

特に書き方に工夫も必要ない。

 

何があったかだけ分かれば良い。そういう事に特化したレポートだ。そして、イル師匠の話では、それで良いと言う事だった。

 

言われるまま、レポートを埋め。

 

そして何度かチェックして貰う。ゼッテルの場合、インクで書くので、取り返しが利かないのが厳しいが。

 

これはもう、慣れるしかないだろう。

 

リディーに書くのは任せて。

 

サインだけはスールもする。

 

今はそれでもいいだろう。

 

そう、イル師匠は言ってくれたけれど。

 

いずれスールにも、これは出来るようになら無ければならないことだと言うことは、嫌と言うほど分かった。

 

夕方近くまで座学をして、レポートを書いて。

 

その後は城の受付に出しに行く。

 

レポートを受け取って貰った後。

 

やはり、結果は翌日にという話をされた。

 

まあ、即座に判断するわけにもいかない。

 

それにテストは二段階。

 

どちらも合格だったのかは。

 

正直分からない。

 

流石に一段階目の試験であるグリフォンの営巣地討伐がダメだったら、二段階目の不思議な絵の調査が入るとは思えないし。

 

後は調査のレポート次第か。

 

とにかく、疲れたので家に帰って休む。

 

お父さんは、帰ってきていなかった。

 

どんどん帰ってくる頻度が減っている。そういえば、もう少しでお母さんの命日だったっけ。

 

夕食をリディーが作るのを目で追う。

 

「ねえ、リディー」

 

「何? メニューはね」

 

「いや、手伝おうか」

 

驚いたようにリディーが手を止めるが。

 

やがて咳払いすると。

 

魔力を注ぐと熱を発する道具。錬金術の器具らしいものに触れる。昔のお父さんが作ったキッチン用具だ。今も現役で動いている。

 

これのおかげで、うちは枯れ木を一とする燃料を必要としない。

 

アダレットではこれの普及率があまり高くなく。

 

王都のそこそこ裕福な家や。

 

重要な施設にしかない、と聞いている。

 

スールがその事実を知ったのは、一人で外を見て回っていたとき。

 

最貧民は暖を取る方法にさえ苦労していて。

 

熱の魔術を使える有志が、回って貧民を救助していたくらいだった。

 

リディーが極貧生活だと思っているようだが。

 

こういう所からも、うちは極貧じゃない。

 

「いいよ。 スーちゃん戦いで頑張ったし、お化けにも頑張って接したし、だから休んでて」

 

「うん……でもさ、スーちゃんもそろそろお料理くらい出来るようになら無いと、ダメかなって」

 

「食材は高いって忘れてる? 今はまだ考えなくて良いよ」

 

「……」

 

確かにスールが料理したって、ロクなものが出来る筈もない。ただでさえ大きい負担をこれ以上大きくする必要はない、というリディーの判断は正しいと思う。

 

しかし、料理くらいできないと。

 

今後何かあった時、対応出来なくなるのでは無いのだろうか。

 

夕暮れの裏庭に出ると。

 

アンパサンドさんに教わった動きを試す。

 

最初は意味不明にうねうね動いているだけだと思っていたけれど。

 

やはり試していると、少しずつ、確実に分かってくる。

 

使っていない筋肉を使い。

 

使っている筋肉は引き締め。

 

大味だった動作を細かく制御出来るようにし。

 

どの筋肉をどう使っているのか、自覚できるようにしていく。

 

それを意図している動きだ。

 

勿論他人に見せると不気味がられるだろうし。

 

事実シスターグレースが人前でこれをやっているのを見た事はない。

 

一通り動きを追えてから。

 

残心。

 

残心も、今までは殆ど意識していなかったが。

 

こう言う一連の動作を終えてから、残心をすることによって。体に「終わり」という事を告げる効果があることが、何となく分かり始めていた。

 

無意味な事ではないのだ。

 

家に入ると、丁度夕食ができていたので。

 

おいしくいただく。

 

その後は、調合を軽く復習して。

 

本を読んでいるリディーを横目に、今までやってきた事を、順番に丁寧にこなして行く。

 

もうクラフトは自力で作れるようになったし。

 

蒸留水は、ここぞの時に使うために徹底的に蒸留した切り札を、幾つもコンテナに用意している。

 

リディーは錬金術に関しては明らかにスールより呑み込みが早く。

 

本で読んだことを実践できる。

 

悔しいけれどスールにはそれができないから。

 

手数を増やして練習し、少しでも追いついていくしかない。

 

でも追いつけるのか。

 

パイモンさんが言っていた。

 

錬金術は才能の学問。

 

たどり着ける場所は決まっていると。

 

もう、スールがたどり着ける場所についてしまっていたら。

 

いや、それはない筈だ。

 

もし其処までいってしまっていたのなら。

 

イル師匠に、反復練習と復習をしろなどと言われることは無いはずなのだから。

 

後は寝るまで。

 

スールは調合を。

 

リディーは読書をする。

 

どちらにしても、試験の結果が届くのは明日の昼以降だろう。

 

焦る必要などない。

 

多分アトリエランク制度の決済については、ミレイユ王女がしている筈で。そういう意味でも結果がすぐに来る筈もない。

 

適当な時間に、休む。

 

やはり今日も。

 

お父さんは帰ってこなかった。

 

 

 

予想通り。

 

翌日の昼を少し過ぎた頃。調合をしているスールと、本を読んでレシピを書いているリディーが、同時に顔を上げる。

 

ドアがノックされ。

 

マティアスが来たからだ。

 

勿論、蜜蝋で封じられたスクロールを持っていた。

 

「よー、リディーにスー。 ほら、お届けものだ」

 

「ありがとうございます」

 

「マティアス、完全に使いっ走りだね」

 

「はあ、お前の暴言には慣れたけどな。 俺様一応王族なんだけど」

 

違うな。スールは内心で思う。

 

まずミレイユ王女にとって、マティアスは有事における万一のスペアでしかない。

 

アンパサンドさんに告げている言葉からもそれは確実だ。

 

今はアダレットの王宮は落ち着いているらしいけれど。

 

腐敗が酷かった時期があったと聞いてもいる。

 

もしもそんな時期だったら。

 

ミレイユ王女は、容赦なくマティアスを消していたかも知れない。

 

そしてミレイユ王女が誰かしらと結婚して子供を作ったら。

 

王位は其方に移る。

 

まあ即位がまずは先だろうが。

 

今は忙しいし予算も厳しいしで、即位どころではないだろうし、まあそれはそれだ。

 

ともかくマティアスは余程の事が無い限り。

 

王座に就くことはないはずだ。

 

だからこそ、いわゆる捨て扶持で騎士団に在籍しているし。

 

監視役までつけられている。

 

ただ、マティアスはマティアスで。

 

多分その危うい立場を理解出来ているはず。

 

だからこそ、ひょっとして。

 

バカだと自覚した上で。

 

バカをやっているのではあるまいか。

 

少なくともミレイユ王女に反抗するような態度を取ったら、それこそ闇に潜んでいる前王のシンパ。

 

つまり国が腐敗している方が都合が良い連中が、這い出てきて。マティアスを担ごうとするかも知れない。

 

マティアスの態度を見ているからこそ。

 

ミレイユ王女は前王を殺さないし。

 

マティアスも殺さないのだろう。

 

公認スパイも受け入れているのだ。

 

マティアスに叛意がないのは、それこそ誰にでも分かる。

 

この辺りの難しい話は、勘と、色々な人の話を組み合わせて作った推察だけれど。スールは時々こういう難しい結論がすっと出てくる。

 

勘というのは強いもので。

 

理屈を時々越えてくる。今回も、結論に理屈をヒモづけただけで。実際には違うと言う勘による判断が先に来ていた。

 

「とにかく、渡したぜ。 それじゃな」

 

それっぽく格好良いポーズを取ると、マティアスが帰って行く。

 

はあと嘆息するリディー。

 

本当に嫌いなんだなと、色々察してしまうが。

 

まあいい。嫌いでも、「触ったものを触るのも嫌だ」とか、幼児じみただだをこねる訳でも無いし。戦闘ではきちんと戦力として適切に運用している。自分の嫌いは横に置いて、きちんと対応はできている。

 

……嫌いというだけで、足が竦んでお化けに震えあがっていたスールとは偉い違いである。

 

ともかく、スクロールの中を見る。

 

「これよりリディーとスールのアトリエをFランクとして認可する」

 

最初に合格を告げる文言があった。

 

まあ、分かってはいた。

 

不合格になるのだったら、もっと色々酷い展開になっていただろう。

 

死者を出したり。

 

或いは最後にお化けに怒られたり。

 

レンプライアを退治できずに、逃げ回って森を傷つけるばかりだったり。

 

そんな事になっていたら、不合格だったかも知れない。

 

「今までの義務に加えて、以下の義務を追加する。 1、騎士団との合同討伐任務。 2、騎士団への戦略物資(発破)の納入」

 

「えっ!? 二つも!」

 

「落ち着いてスーちゃん。 発破なら、フラムで大丈夫な筈だよ。 ただこの様子だと、多分戦闘用じゃなくて、土木工事用の発破だと思うけど」

 

ちょっとフラムのレシピを変えなければならないかも知れないと、リディーは考え込む。

 

そうなると、問題は。

 

騎士団との合同討伐任務か。

 

嫌な予感がする。

 

すぐに城にリディーと一緒に行って、詳しい話を聞く。

 

そして、その予感は的中した。

 

モノクロームのホムの役人が出てきて、細かい事を教えてくれる。

 

「合同討伐任務では、獣の他匪賊も狩るのです」

 

「……っ」

 

「本来なら匪賊だけなら錬金術師の力を借りるまでもないのですが、獣の討伐任務のついでに行う場合には錬金術師にも来て貰うのです。 まあ保険なのです」

 

ついに。

 

この時が来たか。

 

人間を食うようになった、最低限にまで落ちた人間、匪賊。

 

戦わなければならなくなる時が来る事は分かっていたが。

 

Fランクに昇格したと言う事は。騎士団の任務に同行して、匪賊を殺さなければならないと言う事か。

 

「ちなみに討伐任務での消耗物資については、後で請求して貰えれば給金として支給するのです」

 

「分かりました。 それで発破ですが、これは戦闘用のものですか?」

 

「いえ、掘削用のものです」

 

「分かりました。 ありがとうございました」

 

リディーが頭を下げると。

 

さっとスールの手を引いて、城を出る。

 

ショックがまだ抜けない。

 

家に戻ると、呼吸を整えながら、へたり込んでしまった。

 

殺さなければならないのだ。

 

人間を。

 

しかし、相手は獣同然、いや森を平然と傷つける時点で獣以下の相手。あのレンプライアと同レベルの存在。

 

殺す事を躊躇していてはいけない。

 

荒野で一番弱い生物は人間だ。

 

だから人間を殺して喰らうようになる匪賊は、出現するのがある意味当然とも言えるけれども。

 

それでも、やはり怖くて手が震える。

 

ましてや匪賊のアジトを潰すと、エジキになった人達の骨がゴロゴロ出てくる。場合によっては加工中の肉や内臓も。

 

震えているスールを、リディーが抱きしめる。

 

分かっている。いつかは通らなければならなかった道なのだ。

 

でも、まだ少し。

 

心を落ち着かせるのには、少し時間が必要だった。




匪賊は消毒のお時間は、当然本作でもあります。
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