暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
世界には現在すらないと考えて。それで必死に努力を続けてきたその集団。彼等を深淵のものと言います。
その深淵のものも少し前に対立していた未来を指向する錬金術師プラフタと歴史的な和解を果たし。特異点錬金術師ソフィー=ノイエンミュラーと協力関係を構築する事に成功。
今は、世界に必ず到来する破滅を回避するための、努力を続けていました。
およそ五百年ほど前。
世界最高の錬金術師二人が、諍いを起こした。
一人は主張した。
この世界には未来どころか現在さえない。だから未来を消費してでも現在を作らなければならない。
もう一人は主張した。
例えどんな理由があろうとも、世界から未来を奪うことはあってはならない。
そして比翼の友であり。
互いに背中を預けて、世界の理不尽と戦い続けて来た二人の英雄は殺し合いになった。
勝ったのは、前者の方だったが。
しかし前者にも思うところがあった。
それはそうだ。
幼い頃から一緒に世界の理不尽を知り。
一緒に戦い続けて来た相手の言葉だ。
心に届かない筈も無い。
虚しい勝利に酔うことも無く。
その錬金術師。醜悪のルアードと呼ばれて侮蔑されていたものは。
世界に不満を持つ者達を集め。
世界を裏側から動かす組織を作った。
通称深淵のもの。
深淵のものは世界最高の錬金術師の支援を得て、各地で都市国家すら満足に形成できていなかった人間世界に秩序を造り。獣と戦いネームドを倒し。ドラゴンや時には邪神さえ退け。
五百年掛けて、アダレットとラスティンの二大国にまとめ上げた。
深淵のものの尽力により、この世界に初めて「秩序」が誕生したのである。
それだけではない。
アルファ商会という強力な流通網を作り上げ。
世界の流通をスムーズにし。
更には汚職官吏や腐敗商人、悪行を行う錬金術師の処理。
ある程度安定した後も、定期的に危険なネームドやドラゴン、邪神の駆除を積極的に行い。
更には膨大な情報を集めて。
世界を少しでも良くすべく活動を開始した。
世界とは位相がずれた場所に本拠を構築し。魔界と呼ばれるその本拠は、既に二大国の首都を越えるほどの巨大さを誇るものとなり。
所属人員はいずれも人外の精鋭ばかり。
そしてつい最近には。
五百年前に喧嘩別れした二人の錬金術師がついに歴史的和解を果たし。最高の人材を複数得て。
ある最高の後ろ盾さえも得た上で。
そして今に至る。
歴史の表には絶対に出ない。腐敗と直接関わるからだ。だが二大国の首脳部は深淵のものの存在を知っている。無能な指導者が消される事は珍しくもないからだ。そして今は、共存の道をはかり。ある程度は上手くやれている。ある程度は。
イルメリア=フォン=ラインウェバーは、錬金術師である。現在その深淵のものの幹部扱いを受けて、一緒に行動している。盟友であり、比翼の友とも言えるフィリス=ミストルートも同じである。高純度の賢者の石を作った、歴史上三人しかいない錬金術師のそれぞれ一人だ。
そしてあの恐ろしき特異点。
錬金術師ソフィー=ノイエンミュラーもまた同じ。
此方は賢者の石をほぼ独力で作ると言う偉業を達成した怪物。歴史上最強の錬金術師である。間違いなく。
この世界では、人間同士で争っている余裕など無い。
人口十万を超える都市はたった二つだけ。
人口一万を超える都市は十のみ。
あまりにも過酷な荒野と。
凶暴な獣。
人間が増えすぎると襲い来るドラゴンに邪神。
それらが人間の文明構築を著しく阻害している。
そしてこの世界は詰んでしまっている。
深淵のもの幹部は皆知らされている事だ。
ある理由から、この世界には未来がない。
未来を切り開くためには人材が必要で。
そのためには、あらゆる手段を用いても、人材育成をしなければならなかった。
「今回」も。
やらなければならない。
アンチエイジング処理にて、既に年を取らぬ体にはなっている。
体を色々弄くって、膨大な記憶が流れ込んでも頭が壊れないようにもなっている。
だがそれでも、億に達する年数戦い続けるのは。
はっきりいって苦しい。
何度やり直してもどうしてもダメ。
今回も、最初からやり直さなければならず。
どれだけの無茶苦茶をやっても、悪夢のような光景を見ても、平然としているソフィ=ノイエンミュラーの狂気に当てられて。気を抜けばすぐにでも落ちそうな自分を叱咤しつつ。
必死に戦うべく心を奮い立たせなければならなかった。
今回は会議を行う。
これよりアダレットに介入を開始する。
目的は人材の確保。
そのためにあらゆるものを利用する。
世界の詰みを打開するには。
後二人。
超絶級の錬金術師が必要になる。
その持論はソフィーのものだが。
間違っていない事はイルメリアもその身で知っている。
フィリスと一緒に錬金術の奥義、賢者の石の作成に成功してから「数年」。実際には全く違うが、少なくとも賢者の石を作った時から見ると、世界的には「数年」経過している。
フィリスともども苦労を重ねたが。
心労が祟ったか。
イルメリアは背がまったく伸びなくなり。
フィリスと一緒に戦っていた頃と、殆ど容姿は変わっていない。
子供と勘違いされることも多い。
元から背はかなり低かったが。
それでもこれだけはどうにかならないのか、本当に不愉快だ。
真っ暗な空間。
周囲に錬金術で作った灯りと。手すりで守られた通路を歩く。この先に、会議室がある。会議室には、既に幹部が勢揃いしている筈だった。それだけ重要な会議なのである。
広い空間に出る。
最上座には、巨大な人影。
通称魔王。
魔族の中でも、魔力が特に強い戦士のことを称号として魔王と呼ぶが。
それとは違い、対邪神用に作り出された最強の生物兵器である。
今までも何度となく投入され。
多くの邪神を葬り去ってきた、深淵のものの切り札だ。だが今回の戦いでは、恐らく出番は無いだろう。「今まで」と同じように。
その左右に並んでいるのは。
嫌みな程に美形の青年のガワを纏った、ルアード。
人間、特にヒト族は相手の容姿で反応を変える。
昔ルアードは、皮膚病や多くの疾患のせいで、偉大な業績を多数残し、多くの人々を救ったにもかかわらず、醜悪のルアードと呼ばれ苛烈な差別を受けた。暗殺され掛けたことさえあるという。
今回は、本人がその意趣返しという事で。
嫌みな程美形なガワを纏い。
そして周囲の反応を見て鼻で笑うつもりだそうだ。
悪趣味とは言えないだろう。
実際に、ヒト族の基準から見て「醜い」ルアードを徹底的に差別し、追い込んだのは多数のヒト族なのだ。
もしも容姿を変えただけで掌を変えたのなら。
それはヒト族の方に問題がある。
そしてもう一人は。
ソフィーの師匠であり。
五百年前の戦いでルアードに敗れた錬金術師、プラフタ。
現在は肉体を失っており。
極めて高度に作り上げた人形の体に魂を憑依させているため、錬金術そのものは使う事が出来ないが。
昔双璧と呼べる実力にまで達した錬金術師だ。
豊富な知識を持ち。
錬金術の道具の使用にも精通している。
そしてプラフタの隣には、ソフィー。
ソフィーの反対側にはフィリス。イルメリアも、フィリスの隣に並んだ。
「それでは、会議を始める」
深淵のものを率いているルアードが、声を張り上げると。
左右に並ぶ、いずれ劣らぬ怪物的な実力者達が、頷いた。
皆超高度錬金術の装備で身を固め。
文字通り一騎当千の強者ばかりである。
アンチエイジング処置を受けて何百年も生きているものから。
最近加入したものまで様々だが。
この組織は驚くほど風通しが良い。
理由は簡単。
皆これから世界がどうなるか知っていて。
争うだけ馬鹿馬鹿しいと知っているからである。
更に500年の夫婦喧嘩を収めたルアードとプラフタは息もぴったり。
最強の手札であるソフィーの実力も誰もが納得するもの。
カリスマに劣る組織はどうしても内部が上手く行かない傾向があると聞いた事があるが。
深淵のものは500年にわたって頭が劣化していない最高の指導者と。その最高の指導者が各地で集めて来た有能極まりない部下達で構成された、組織としては理想型に近いものである。
悔しいがイルメリアもそれは認めなければならない。
「アダレットでこれから行う作戦には、深淵のものの総力を投入する。 今後の未来を切り開くために必要な事だ。 理解して欲しい」
「勿論存じております。 まずはアルファ商会からですが、今回の作戦に備蓄資金の六割を投入するのです」
深淵のものの幹部の一人、アルファ。
名前の通り、アルファ商会。世界最大の商会のボスである。
深淵のものに入ったいきさつは、よくあるホムの悲劇。
目の前で家族を匪賊に皆殺しにされ。
自身も片腕と片目を躍り食いと称して生きたまま食われた。
それ以降、怒りを忘れないため義眼と義手で過ごしていたのだが。
「最近」ソフィーにホンモノと見た目からしても遜色ない義眼と義手を作ってもらい。今では普通のホムに見える。ただ、アンチエイジング処理を受けているので、ホムの限界寿命はとっくに超えて生きているが。
深淵のもの幹部の中でも最強の魔族、イフリータがアルファに言う。
「金は使い方次第で薬にも毒にも武器にもなる。 貴殿のような有能な商人が味方にいると助かる」
「多くの有能な部下達のおかげなのです。 勿論私には武力はないので、イフリータさんのような戦士の助けは絶対に必要なのです」
「そうだな。 互いに助け合わないとどうにもならん」
アルファは謙虚だ。
人間の商人のような貪欲さはなく。
ただひたすら無言で数字を管理する。
それが自分にできる世界への復讐だと知っているから、なのだろう。
アルファは物怖じせず、ソフィーに話を振る。
「ソフィーどの。 貴方の連れて来たコルネリアが今回のアルファ商会側からの作戦を主導するのです。 お願いするのです」
「うん。 コルちゃんとは「長いつきあい」だからね。 任せておいて」
コルネリアは、ホムとしては異例の身体能力を持つ変わり種で。ホムのレア能力である、複製能力も持っている。
ホムの中には、自分の質量と引き替えに、ものを複製できるレア能力者が希にいるのである。ホムの間では、それを「別系統の錬金術」と呼んでいる。複製できるものは高度な仕組みのものほど消耗が激しくなる。恐らくホムが子供を作るのに使っている能力は、本来はこれだったのではないかという説もあるらしい。
コルネリアはソフィーと一緒に戦い。
そして共に世界の深淵を見た仲だ。
現在アダレットの方面で、アルファ商会の傘下にコルネリア商会を開き。その頭目として活躍している。
若手のホムだが、実力は確かで。
深淵のもの古参幹部でも、その実力は認めていた。
今度は、ルアード。次の作戦ではアルトと名乗るらしいが。イルメリアとフィリス、それにもう一人に話を振ってきた。
「実働部隊としては、「僕」が後から。 そしてイルメリア、フィリスが先陣。 更にもしも上手く行くようなら、ソフィーも介入する。 その間邪魔が入らないように、ティアナ。 実戦部隊を率いて、めぼしいネームドの駆除を頼みたい」
「はーい。 邪魔が入らないようにします」
「頼むぞ」
幹部達の末席で無邪気な笑顔を浮かべている、ショートヘアのヒト族女性。笑顔は可愛い……むしろ大人っぽい見かけに反してあどけないほどだが、目元はまったく笑っていない。
此奴はティアナ。
匪賊を殺す事を生き甲斐にしていて。
それだけではなく、殺しが大好きという筋金入りのシリアルキラーだ。しかも殺した相手の首を防腐処置してコレクションしている。部屋は入っただけで吐くような有様らしいが、流石に入る気にはなれない。
ティアナはソフィーを崇拝しており、指示次第で誰でも殺すが。
基本的に匪賊と獣狩りが主な仕事である。
此奴はフィリスも気に入っていて。
自分の部屋に来ないか誘っているらしいが。
フィリスも流石にその誘いに乗る気にはなれない様子だ。
それはそうだ。入った事はないが、ティアナの私室なんて、入ったら普通の人間なら秒で発狂する事が確信できる。今のフィリスでもきついだろう。
「イルメリアには既にアトリエを用意してある。 「僕」用にはこれから用意する。 フィリスは例の移動式アトリエを引き続き使って欲しい」
「分かったわ」
「はい」
フィリスは寡黙になった。
昔から、世界の醜さに傷ついていく様子が痛々しかったが。
世界の深淵を見てからは、明確に寡黙になった。
シリアルキラーになるような事はなかったが。
それでも匪賊には容赦を一切しないし。
敵を殺す事にまったく躊躇もしない。
フィリスの姉も妹も、その事に心を痛めている様子だが。
それでももはや取り返しがつかない。
フィリスは二人に深淵の真相を話している。
だから、二人もフィリスを止める事が出来ない。
イルメリアだって。
あんな世界の終焉を、もう嫌になるほど見てきたのだ。他に良い方法があるのなら試している。
今、こんな悪辣な作戦をソフィーの筋書き通りに進めているのも。
他に方法が無いからだ。
文字通り邪悪の所行。
だが、地獄があるとしたら。
とっくにイルメリアは其処に落ちている。
延々と繰り返し続けるこの悪夢こそ。
地獄以外になんと表現すれば良いのか。他に言葉が見当たらない。
何度もあの地点。
賢者の石を作り上げ、創造神と謁見した直後に戻った。
世界の終焉まであがき続け。
どうにもならず滅びる世界に涙して。
そして創造神に戻される。
奴は時間を巻き戻す事くらい平然とこなす。
淡々と作業を行う様子は。
責任ある行動とも言えるが。
純粋な狂気とも思える。
今ではイルメリア自身がおかしくなってきている自覚がある。それは時間にして一億年以上の経験を頭に詰め込めばおかしくなる。
前は、ソフィーの狂気がどうしても理屈ではともかく感覚では理解出来なかった。
今は不愉快なことに理解出来てしまう。
フィリスは感覚的に理解はできていたようだったから。
イルメリアよりも更に落ちるのが早かった。
今後、イルメリアも相手を殺す事を躊躇わなくなるのだろうか。まあそれは当然そうだろう。
今だって、敵性勢力を潰すことにはあまり躊躇はしない。
だが人間として捨ててはいけない最後の一線はあるはずだが。
それについても、よく分からない。
ただ、努力はする。
しなければならない。
挙手する。発言を認められたので、頷いて、皆を見回す。
「今回は此方でも補助用の人員を用意しています」
「双子の護衛役ということだな。 しかし、護衛役をつけると、却って戦闘慣れが遅くなるのではないのか」
不安視するのは深淵のものの幹部イフリータだが。
此奴のように誰もが強いわけではない。
赤い体を持つ、恐らく世界最強だろう魔族に対して、イルメリアは咳払いをした。
「今までもそういう考えから、二人だけで護衛をつけずにやらせたこともありましたが、結局「あの壁」を超える成長はできませんでした。 やはり実力的に適切で、見本になる指導役が戦闘面でも必要かと思います」
「それだと錬金術の方が疎かにならないか」
「それについてはルーシャに色々仕込みをさせます」
これから育てなければならない二人の錬金術師。
双子の錬金術師、リディー=マーレンとスール=マーレンは、それぞれ明確に才覚に差がある。
戦士だった母親に似た妹のスールは、明確に姉より錬金術の才覚がない。
この双子は不幸な生い立ちから相互依存の傾向が強く、才覚の差で錬金術の技量に差がついて来始めると、明確な人格面でのクラッシュを起こす。
つまるところ、スールにより多く錬金術の経験をつませつつ。
戦闘面ではリディーをもっと鍛えなければならない。
そうしなければ、あの壁。
雷神ファルギオルは超えられない。
勿論、未熟な錬金術師がどうにか出来るわけ無い。色々弱体化のお膳立てはするが。ソフィーがするお膳立てでは、双子にとっては壁が高すぎる。
画像を出す。
「適切な人材が見つかりました。 彼女は珍しいホムの騎士で、名前はアンパサンド」
「ホムの騎士とは確かに珍しいな」
「はい。 速度を最大限に生かし、敵の動きを潰すことを専門にした、アシスト特化の戦闘スタイルを取る騎士です。 彼女を護衛任務につけることで、スールの戦闘面での負担を減らします」
「なるほど。 以前から護衛につけていたマティアスに、もうひと味加える訳だな」
前から、バカ王子として知られるマティアスを双子に護衛としてはつけていた。
だがマティアスは戦闘に性格的に向いておらず。
剣技には光るものがあるのだが。究極的にその才能を生かせない。
ただ、攻め込めない性格が故に。いわゆる壁としては機能してくれる。
このへっぴり腰でどうしようもない壁を上手に生かすように立ち回る事が、リディーには求められる。そして今回は、戦闘面で更にそれにアレンジを加えると言う事だ。
総合的な戦術判断能力を磨くには丁度良い。
錬金術師の中には、前線でバリバリ敵を殴るものもいるが。
基本的には壁を上手に活用するのが戦い方の基本になるのだ。
「今回はこの方法を試します。 試算では、前回よりも更に効率よく二人の成長を促せる筈です」
「なるほど。 いずれにしても、今までの試行でダメだった部分は改善しなければならない。 試していないことがあるのなら、どんどんやってみるべきだろう」
アルトがそう言うと。
幹部達も好意的に受け取ってくれる。
イルメリアは嘆息すると、席に戻った。
フィリスが今度は挙手する。
「今回もわたしは支援に徹しますが、よろしいですか?」
「ああ、頼む。 君は天才肌で基本的に人にものを教えるのに向いていない。 支援が一番適任だ。 手本を見せたりするのなら良いだろう」
「分かりました」
フィリスは確かに図抜けた才能の持ち主だ。
どれだけ努力しても、イルメリアはフィリスを超えられなかった。たった一年で、フィリスはイルメリアを追い越した。才覚の差。そういう残酷な学問が錬金術だと、教えてくれる存在。
だが凡才にも意地がある。
二人で錬金術の究極、賢者の石を作ったのも。
その意地が作り上げた結果だ。
そして錬金術ではフィリスが上であっても。
教えるのはイルメリアの方が向いている。
何でも出来る奴なんていない。だから、それで良いのである。今は、そう割切ることが出来るようになっていた。
他にも幾つかの事を決めると、会議はお開きになる。
それぞれが、これからこの深淵のものの総力を挙げたプロジェクトのために動く。
アルファ商会も、利益以上のもののために、今までの蓄積した富を放出する。
当たり前の話で。
富は使ってこそ意味があるのであって。
個人が独占しても意味などない。
富は適切に使うために適切に集めるものであって。
富を集めるために暴悪を振るうなど論外。
アルファ商会は、必要な時は年単位の利益をぽんと放り出す。それをすることができる集団だ。
この辺り、アルファ商会のトップがホムであるのは、深淵のものにおける絶妙な采配だったと言えるかも知れない。
ヒト族の商人だった場合。
どうしても富を個人で独占する事を考えてしまうのが、世の常なのだから。
「ではフィリス、私は先に行くわ。 予定通りに少し遅れてお願いね。 リアーネさんとツヴァイちゃんにも、予定通り動くように指示をお願い」
「うん。 イルちゃん、その……」
「大丈夫よ。 貴方と同じ。 人間を止めるつもりはないけれど、毎回いちいちもう傷ついたりしないわ」
「傷ついているよ毎回。 わたしもそうだけれど、イルちゃんはわたし以上に。 だって、双子の先生してるんだから」
ずばり見抜かれるが。
しかし、それでもどうにかしなければならない。
終焉の時の、凄惨な光景は。
どうしてもイルメリアの脳裏に焼き付いてしまっている。あのおぞましすぎる光景から考えると。
あれを阻止するためには。
あれを打開するためには。
どんな事でもしなければならない。
それは真理なのだ。
今回こそ。今回こそ辿りついてみせる。終焉のその先に。
そしてそれ以上に。どうやってもどうにもならない双子を、きちんと育て上げて見せる。
何度も誓い。
何度も果たせなかった。
イルメリアにとっての。
今は何よりも大事な、それこそが全てだった。