暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
イルメリアのアトリエに、フィリスが来る。
既に行動を開始しているフィリスは、今までわざと放置しておいたドラゴンを狩ったり、それでネームドの行動範囲を動かしたりと。双子を育成するための行動をしていたが。同時に双子の監視も行っている。
アダレットではソフィー、フィリス、イルメリアで三傑とか呼んでいるらしいが。
苦笑いしかない。
ソフィーと、フィリスとイルメリアが、同格なものか。
ソフィーはその気になれば、全力状態の雷神ファルギオルを、手も動かさず、次元を圧縮して倒すというとんでも無い事をやってのける。
イルメリアにもフィリスにもそんな事は出来ない。
それどころか、時間に関する干渉も。
フィリスやイルメリアとは、次元違いのレベルで行う事が出来る様子だ。
要するにバケモノである。
ただでさえ才覚があるのに。
現時点で、話を聞く限り二十億年以上の経験値を積み重ねているのだから。
それは当たり前だろう。
際限なく強くなるソフィーは。
もはやイルメリアにも、何をしても抑えられる気がしない。
フィリスは最悪の事態。
ソフィーが錯乱して、この世界を滅ぼそうとしたときに、少しでもダメージを与えるための研究をしているようだが。
イルメリア以上の才能を持つフィリスでも。
そんな事が出来るかどうか。
「相変わらずぬいぐるみがたくさんだねー」
「ええ。 こればっかりは、どうしても趣味として止められそうにないわ」
「お金持ちの趣味だもんね」
「うっさい」
フィリスはにこにこしているが。
ぬいぐるみというのは、お金持ちが楽しむものだ。そもそも布、綿、これらが高級品なのである。
貧しい家の子供が、木で作った人形を大事に抱いているのを見ると心が痛むが。
そんな子にぬいぐるみなんて与えても。
すぐに周囲の悪ガキ達に奪い取られて。
金に換えられてしまうのは分かりきっている。
貧すれば鈍する。
貧しい人間は、自分より貧しい人間を痛めつける事を何とも思わなくなる。
その実例を。
イルメリアは嫌と言うほどみてきていた。
「それで、双子のことなんだけれど」
「いつもより成長が早い分、いつもより亀裂が走るのが早いようね」
「ああ、やっぱり。 妙にギスギスしてると思ったら」
「とりあえず次の試験にはアリスを同行させるけれども、貴方も影から護衛してあげてくれないかしら」
フィリスは今、弓矢を使って戦うようにしている。
以前は魔術主体で戦っていたが。
鉱物の声を聞くフィリスが、錬金術で増幅した魔術で戦うと。あまりにも破壊力が大きすぎる。
そのため自分に枷を掛けると言う意味でも。
弓を使う戦いに切り替えている。
それでも充分過ぎる程暴力的な破壊力を発揮するのだが。
伊達に破壊を司る錬金術師では無いのだ。
「別にかまわないけれど、ソフィー先生が何て言うかな」
「その辺は適当に誤魔化しておいてくれる?」
「無茶言わないでよ」
「……そうね、悪かったわ」
ソフィーの恐ろしさは、イルメリアとフィリスの間でも、共通認識となっている。その気になれば、アダレットくらい一夜で焦土に変えられるソフィーの戦闘力は、既にこの世界でダントツの一位。
もしも上を出してくるとしたらパルミラ本体だが。
アレはまた次元が違いすぎる。
そんな異次元の戦闘力を誇るソフィーは。
自分の力を使うことを、一切躊躇わない。
事実、今までの周回で。
上手く行かなくなった文明をまとめて消し飛ばす所を、何度も目にしている。
「ソフィーには私から説明しておくわ。 リディーとスールは任せるわよ」
「良いけれど、イルちゃん。 今回はどうやってクラッシュを回避するの? 一番酷い拗らせ方した時、スーちゃんがリディーちゃんの首を折ったりした事があったでしょ。 今回もそれやりかけてたよ」
「……ああそうでしょうね。 才覚に差があると言うのは酷な話だわ。 しかもだいたいの場合、リディーの方が「声が聞こえる」ようになるのが早い。 スールに経験を散々積ませてもね」
「一旦聞こえるようになれば、後は大して変わらないんだけれどね……」
苦笑いも浮かばない。
イルメリアだって知っている。
ものの声が聞こえるという現象の真相について。
だが、それを敢えて口にする必要もない。
スールはどうしても。
何度周回しても。
リディーに対して、この件で劣等感を抱くようになった。
だからそれをクリアするために。
まずソフィーが、エサとしてファルギオルを使う事を考えた。
当初は此処まで厳しい条件では無かった。
だが、それも双子の人間関係のクラッシュがあまりにも酷いケースを幾つか見た後は。
あからさまに方針を変えた。
そして今である。
ファルギオルを、ソフィーが調整した結果。
双子ではとても勝てないようになってしまった。
とにかく、間近に近付いているファルギオル戦までに。
双子に可能な限りの経験を積ませなければならない。
上手く経験を積ませることができなければ。
また、やり直すだけ。
この世界の人間は少ない。
ヒト族も同じ。
遺伝子プールを確認した結果。
双子以上の才覚の持ち主は、以降でないことが分かってしまっている。そして双子が、要求されるギリギリのラインの才覚の持ち主なのである。
ならば、どうあっても双子を育てきり。
「ソフィーと同格」の錬金術師を、後二人。揃えなければならない。
そうしなければこの世界に未来は無い。
未来がないことは。
散々イルメリアも見てきているのだ。それこそ、周回の回数分。一万回以上である。
「それでね……」
フィリスが黙り込む。
イルメリアも腕組みをしたまま、口をつぐんだ。
今までの会話を、外に漏れるようにはしていなかったが。
それでも、万が一に備えなければならない。
ドアをノックする音。
力のないノック音だが。
気配から、誰かは分かった。
双子の父親であるロジェだ。
幽鬼のようにやせ衰えたロジェが、ドアをアリスが開けると。ずぶ濡れのまま姿を見せる。
無精髭は痛々しい程で。
まるで死の寸前まで追い込まれたかのようだ。
頬は痩けていて。
服もぼろぼろだった。
この様子だと、数日食事もとっていないかも知れない。
「何の用かしら、アダレット王都にいる珍しい公認錬金術師さん」
「俺とは比較にもならない凄腕にそう言われても嫌みにしか聞こえないな、三大名家の末っ子でありながら、兄も姉も全て押しのけて、跡継ぎに収まった俊英、イルメリア=フォン=ラインウェバー。 そして其方は、つるはし1丁で岩山を粉砕すると噂の、破壊神フィリス=ミストルートか」
「はい、まあ」
「跡継ぎは勝手に押しつけられたものだけれどね。 縁は一度切ったのに、勝手なものだわ。 それでもう一度聞くけれど、フィリスと私に何の用?」
珍しいケースだ。
ロジェはいつもの周回では、無力感に苛まれてふらついているだけのケースが多いのだけれども。
まさかイルメリアのアトリエに乗り込んでくるとは。
今までの周回で一度二度あったか、という珍しさである。それも、今までに来たケースでは、様子を見に来たくらいだった。
今回はあからさまに違う。
此奴自身は、アダレット王都にいる数少ない公認錬金術師で。ラスティンの公認錬金術師試験を突破した凄腕なのだが。
妻を病魔から救えなかったことで。
完全に精神を病み。
今ではその優れた腕も、持ち腐れとなってしまっている。経歴を調べた結果、相応の実力はあったのだが。
咳払いすると、用件を聞く。
ロジェは、陰気な目で言う。
「あんたら……いや特異点ソフィー=ノイエンミュラーの目的は何だ」
「あまりその名前を口にしない方が良いわ」
「頼むから応えて欲しい。 あんた達がソフィーと直接的につながりがある事は分かっている。 三傑なんて呼び名が形だけで、ソフィーが神々をも越える異次元の使い手だと言う事もな」
どこで調べたのやら。
或いはミレイユ王女か。
可能性はあるかも知れない。
いずれにしても、ソフィーがこの話を聞いていたら。
十中八九ロジェは消される。
ソフィーは異次元の実力者だが。
幸いなことに全能では無い。
だからこそ、まだ取り返しはつく。
「俺は駄目な父親だ。 妻を死なせ、子供達も今死地に追いやろうとしているのに、何もできない。 俺の錬金術が無力だからだ」
「……貴方の奥さんのカルテを見たけれど、アレは仕方が無いわ。 流行病という事になってはいたけれど、あれはステージⅣの末期癌。 残念だけれど、あの場に私達がいたのならどうにかなったでしょうけれど、それも今となっては虚しい話よ」
「それを無力と言うんだよ」
「いずれにしても、ソフィー=ノイエンミュラーは貴方が頭を下げた位で考えを変える存在では無いし、利害を説くにしても、貴方に用意できる条件なんて無いわ。 貴方が用意できる錬金術の道具くらい、彼奴は全て再現出来るわよ。 交渉ってのはカードが無ければできないの。 貴方の手元にはそのカードが無い」
ぐっと、呻くロジェ。
事実なのだから仕方が無い。
恐らくロジェは勘付いていたのだ。
双子に何かしらの危機が迫っていることを。
その糸を引いている存在に。
そして、その正体がイルメリアでは無い事を。
だが、今回の周回以外では。
ソフィーに辿り着く事は出来なかった。
理由は分からないが。
やはりソフィーの行動を危険視したミレイユ王女が、何かしらの方法で情報を流した可能性が高そうだ。
「それにこのまま双子の育成が上手く行けば、「あの絵」が完成する。 その意味については分かるはずよ」
「俺の人生を何処までもてあそぶつもりかっ! 俺だけならいい! あの子達は、まだ十四なんだぞ! それを母親をエサに……」
「これ以上は止めなさい。 失敗だと判断した場合、ソフィーはアダレット王都そのものを、いやアダレットそのものを消し飛ばしかねないわ。 彼奴はそれくらい躊躇無くやるわよ。 それを理解しているから、ここに来たんでしょう? ……私とフィリス二人がかりでも、彼奴は止められっこないのよ」
「くっ……」
拳を握りしめるロジェ。
アリスがタオルを渡すが。
ロジェはタオルを払うと、大雨の中出ていった。
フィリスがため息をつく。
「珍しいねー。 ソフィー先生の関与を嗅ぎつけるなんて」
「どうせミレイユ王女からの情報よ。 ミレイユ王女も、恐らくファルギオルよりもソフィーの方が危険と判断しているんでしょうね」
「確かにそれは間違っていないけれど」
「……双子がファルギオルとの戦いを乗り切れたら、恐らくソフィーは賢者の石を使ってまた状況固定をするでしょうね。 問題はその後よ」
既に双子の人間関係は。
クラッシュし始めている。
その深度は今までに無く深く。
そして亀裂は大きい。
多分だが。
リディーが、声が聞こえるようになり。
スールも聞こえるようになった辺りが、一番危ない。
そして双子というものは。
人間関係の修復が、非常に困難な存在なのだ。これについては、一時期人格を分割していたルアードからも話を聞いている。
「才能の差って、残酷だね」
「あんたがいうな……」
「ごめん」
「いや、私はあんたに努力で追いついたけれど、誰もがそれを出来るわけじゃ無い。 スールは決定的に努力に向いていない。 だから徹底的に努力をさせているのだけれど、それが何処まで上手く行くか……」
それに、だ。
次の試験では、ソフィーから指示が出ている。
またネームドとやり合わせろと。
アリスが加わるとは言え、ネームドとの戦闘は、双子には少しばかり早すぎる。バトルミックスの実戦投入はまだまだ容認できないし、そこそこ強いネームドが出てくる場合、騎士団にも傭兵にも大勢死者が出るのは確実だ
フィリスが支援するにしても、全員を救助するのは厳しいだろう。
相変わらず、無茶を言ってくれる。
ソフィーは多分、今頃深淵の者本部で、緻密な計算をしているのだろうけれども。
その計算が。
あまりにも双子には優しくなさ過ぎるのだ。
それにロジェの動きも気になる。
下手な動きをされると。
ロジェを殺さざるを得なくなる。
その場合、双子はイルメリアに対する信頼を徹底的に失うだろう。敵意が力になる、というならばそれはそれでいいのだが。
あの双子の場合、一度モチベーションを崩してしまうと。
多分もう立ち直ることは不可能だ。
戦いの時は迫っている。
双子を育てきれなければ。
その時は、次の周回に掛けるしかなくなる。
何度も繰り返してきた地獄の周回。
今回は一番上手く行っているのだ。
何とか最後までやりとげたい。
フィリスの支援があるならば、何とかネームドも撃退は出来るかもしれない。今はそれに掛けるしかない。
フィリスが帰って行くのを見送ると。
イルメリアは、大きく嘆息した。
双子の前には。
あまりにも巨大な災厄が。
立ちふさがり続けている。
(続)
双子の前に立ちふさがり続ける困難とストレスと地獄絵図。
しかしながら、この世界が直面している詰みに比べれば……
手段は既に選んでいられる状態にはないのです。