暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
結局最後までその世界の人間は、世界を滅ぼしてさえも、自分達のあり方を変えることができなかったのです。
襲ってこない獣なんて初めて見た。
あの大人しいトカゲは、殺そうという気にはとてもなれなかった。
冷たい中にも、不思議な植物は咲いていたし。
たくさんの鉱石もあった。
ハクレイ石は急いでコンテナに入れないと質が落ちそうだったけれど。
見た感じ、珍しいものがたくさんあったので。
結局、寒すぎてこれ以上はまずいと判断した時には。
荷車は一杯になっていた。
以降の調査は次に。
そう決めて、一度戻る事にする。
マティアスは何度もため息をついていた。
「どうしたの?」
「あのたくさんあった死体な。 みんなガリガリに痩せてただろ」
「!」
「あの絵を描いた奴が何を考えたのかは分からない。 何を意図したのかも分からないが、はっきり言って気分が悪りいよ。 俺様だって捨て扶持で貰ってるとは言え、騎士の地位は持ってる。 だからああいう悲惨な死に方をする奴がでないようにするのが役目だってのに……見せつけるように死体をばらまかなくてもいいだろうによ」
フィリスさんは此方を一瞥だけしたが。
次の調査の時にと言い残すと、すぐに帰って行った。
此方も、コンテナに荷物を入れなければならない。
ルーシャも不機嫌そうだった。
フィリスさんに好きかってされたから、かと思ったのだが。
違うと言う。
「あの絵の中に使われていた技術、まったく分かりませんでしたわ」
「それは、不思議な絵だし」
「相変わらず頭がおめでたいのですのね」
「なっ」
流石に其処まで言われると頭に来る。
確かにルーシャの方が格上の錬金術師だけれども。ただ、ルーシャは唇を引き結んでいて。結構真剣に腹を立てているようだった。
だから、腹の虫が怒り出す前に。
感情を抑える事も出来た。
「ありもしない技術を作れば、流石に不思議な絵の中でも再現出来ませんわ。 あの絵の中にあった技術は、何かしら別系統の技術と言うことですのよ。 強いていうならば……機械技術の究極ですわね」
「機械技術って、銃とか印刷とかの」
「そうですわ。 だけれども、あんな異次元に発達した技術、絵の書き手はどうやって……」
はて。
この絵に、ルーシャは入った事がないのか。
聞いてみると、ルーシャは首を横に振った。
「今まで使われていた絵画とは、寒いという点でしか共通点がありませんわ」
「えっ、どういうこと……」
「不思議な絵画の中身が変わる事がある。 或いは、違う座標に移動する事がある。 そういう話は聞いていますけれども、これほど極端な例は……」
首を横に振るルーシャ。
ともかく、アトリエに戻ると。
コンテナに、まずはハクレイ石から詰める。
そして、手分けして動く。
リディーはイル師匠の所に。防寒対策が必要だ。
スールはバステトさんの所に。
解読の魔術が必要だ。
ゼッテルなのかよく分からないたくさんの紙を持って、すぐに教会に出向く。そろそろ夕方だけれど。逆に言えば、このタイミングなら、まず間違いなくいると見て良いだろう。
バステトさんは、魔術を使って、湯を沸かしていた。
当たり前の話で、井戸水を直飲みなんてしたら死ぬ。
子供達が使う水をたくさん確保するためにも。
燃料なんて使わないで。
魔術を使って湯を沸かすことで、コストを節約するのである。
この教会には、たくさんの子供達がいるのだから。
「スールか、どうした」
「バステトさん、その、解読を頼めないかって」
「解読か。 ちょっと待っていろ」
お湯を沸かすと。
力自慢の、魔族の老戦士が、湯桶を持っていく。
戦士として引退した後、教会で働いている元騎士だ。
アダレット王都で見かける魔族は信仰心が強いのだが、その一方でシスターや神父のような、「信仰をリードする」側になりたがらない様子で。
教会で姿を見かけることはあっても。
殆ど教会を運営している姿は見かけない。
これは恐らくだけれど。
ヒト族よりも権力欲が極めて薄く。
信仰を使って人々を縛るようなやり方を好まないのだろう。
信仰によって自分を試すことはしたいと思っても。
或いは、そういう意味では、教会さえ魔族達には必要ないのかも知れない。
何というか、考え方が根本的にヒト族と違うのだ。
獣人族とも。ホムとも。
彼らはとても数が少ないが。
魔族とは、あまり腹を割って話した事がない。
数が少ないという事もあるのだけれど。
元々口数が少なく。
そしてあまり余計な事を喋りたがらない種族だ、というのもあるのだろう。
ホムもある意味とても気むずかしいが。
魔族はそれ以上に偏屈だとも言える。
湯沸かしを何回か行い。必要な分のお湯を確保すると。
腕まくりした猫顔の獣人族、バステトさんが、紙を見てくれる。この人も傭兵崩れらしく、戦場で血を見るのが嫌になって、シスターグレースに誘われて今ではこの教会にいるらしい。
昔は超凄腕の魔術師だったらしいので。
戦場ではさぞや血の雨を降らせたのだろう。
今はその償いをしているのだろうか。
「ふむ、これは日記だな」
「日記ですか」
「ああ。 単語には解読不能なものも多いが、毎日何を食べて、何が起きて……これといった難しい事は書いてはいない。 この紙についてはよく分からないが、何処で手に入れた?」
「錬金術で」
そうか、とバステトさんは紙を返してくれた。
日記、か。
それでは何の役にも立たないだろうか。
だが、バステトさんは気になる事があると、付け加えてくれた。
「日記のその日の最初に、終わりの日から何日が過ぎた、と必ず書いている。 しかも千数百日という単位でな」
「千数百日というと、何年、ということですか」
「そうなる。 その日記を書いた奴は、何年もそれを続けていた、と言う事なんだろう」
「……」
できすぎている。
バカのスールでも分かる。
いくら何でも、絵の中の世界で、そんな作り込まれた設定が生きているか。
あの絵の世界はおかしい。
そのまま、イル師匠の所に出向く。
丁度、リディーが色々と教わっているところだった。氷爆弾であるレヘルンについても、教わっているようだった。
そこで、まず先に日記について説明する。
話をすると、イル師匠は紙を受け取り。
そして嘆息。
「これは機械技術で作った紙よ。 それも超高度な、ね」
ルーシャの言う言葉と一致する。
そして、問題はその後だった。
「そしてこの文字だけれど、見た事があるわね。 統一言語前に使われていた文字よ」
「えっ……そんなのあるんですか」
「遺跡の深奥に、ごくごくたまに見つかることがあるのよ。 これほどたくさんあるのは流石に不思議な絵画、と言う所かしら」
あれ、何だろう。
今、妙な違和感があった。
イル師匠。
ひょっとして、何か嘘をついたか。
ともかく、防寒具について教わる。獣の腕輪をベースに、常時温度保全の魔術を刻み込んで、それでおしまい。
使ってみると、寒くも暑くもない環境が周囲に作り出される。
これは便利だ。
ただ、流石に応急処置。
もしも本格的な耐寒対策をするとなると。気合いを入れた調合が必要になるそうだが。
そして、ついでにスールも来たので、レヘルンの作り方についても教わる。
レヘルンはどちらかというと、極限まで強化した冷気を、周囲全体に吹き付ける、というタイプの爆弾であるらしく。
ハクレイ石を中和剤で変質させ。
それを爆破して周囲に噴出。
辺りを一気に凍らせる、という使い方をするらしい。
なるほど。
熱で焼き尽くすのと。
氷で完全に固まらせるので。
方向性は違うものの。
やる事自体は変わらない、と言う事か。
言われたまま、調合を行う。
散々発破は作ってきたのだ。
素材が変わるだけで、あまり内容は変わらないこともあって。殆ど失敗する事もなく、完済させることはできた。
ただしイル師匠の採点は16点。
いつもとあまり変わらなかったが。
「最初で16点なら充分よ。 これから精進しなさい」
「はい……」
「あれ、スーちゃん?」
「うん。 なんでもない」
イル師匠は或いは、嘘を見破られたことに気付いたかも知れない。
いずれにしても、次の再挑戦は三日後。
次は踏破する。
それと同時に、この違和感について。
突き止めなければならない。
何か、とてつもなく。
嫌な予感がするのだ。
準備を丁寧に行い。
必要はないとは思ったけれど、レヘルンも持っていく。作った分は全て。何が効果があるか、分からないからだ。
エントランスで皆と待ち合わせて。
不思議な絵画に入る。
丁度エントランスに入るとき、以前見かけた嫌みな程のイケメン錬金術師を見た。向こうは帰りのようだった。
パイモンさんも一緒にいたが。
パイモンさんは、あまり機嫌が良く無さそうだった。
あの二人、或いは。
ムシがあわないのだろうか。
まあ、あるのかも知れない。実直の極みみたいなパイモンさんと、派手極まりないあのイケメンだと、それはムシがあわなくても仕方が無い。
ともあれ、不思議な絵画に入るが。
やはり、少々のレンプライアが湧いている。
それも、ざわめきの森の個体より遙かに強い。
順番に片付けながら進むが。
氷漬けの死体。
時々見かける敵意を持たないトカゲ。
そして、彼方此方破れている壁や天井。
凍り付いた風。
吹雪。
それはまったく変わることがなかった。
前と違って、多少歩きやすくなったこともある。体力の消耗も抑えられるようになったので、彼方此方を丁寧に見て回る。
そうしていくと。
だんだん分かってくる事がある。
天井が破れている、最初の休憩地点。其処で、アンパサンドさんと話す。
「これ、建物だよね」
「恐らくはそうだと思いますが」
「階段とか無いね」
「……そういえば」
これだけ巨大な建物だ。
横に広いとしても。いくら何でも、ものには限度がある。
地下室とか二階とか。
縦に多少は構造があっても良さそうなものなのに。まったくという程、上下が変わらないのである。
そして彼方此方に点々としている死体。
やはりヒト族のものしか見当たらない。
休憩をした後、奥へ。回収出来そうなものは回収していくが。まったく使い方が分からないものも珍しく無かった。
完全に建物らしき構造体が壊れてしまっているところは見えない壁になっていて。
先に進めない。
或いは、進むと死ぬから、かも知れない。
不思議な絵画には分からない事もかなり多い。
レンプライアは個体個体がかなり強いが、それでも何とか対応はできる。そして意外な事に。
レヘルンで凍らせることで。
相当簡単に仕留める事ができる様子だった。
理由は分からない。
そもそも、レンプライアの正体がまだよく分からないのだ。使えるものは使うしか無い。
休めそうな場所を見つける。
三つ目だ。
多分最深部が近いが、それしか分からない。
一体此処は。
何だ。
その言葉だけが、闇に消える。
冷え切った空間の最深部には、広い場所があった。たくさんのトカゲが住んでいるが、それだけだ。
いずれもとても大人しく。
レンプライアも足を踏み入れようとはしない。
山のようにある卵。
だが、どうにも妙だった。
まるで無造作に、積み上げられているかのようなのだ。
前にも、卵を抱えているトカゲは見かけた。
だが此処では、それさえしていない。
点々と散っている死体。
いずれもヒト族に思える。
だけれど何だ。この服装は。
金持ちや王族でも着ているとは思えない奇抜な服装で。何よりも、素材が何なのかさっぱり分からない。
錬金術の布ではない。
何しろ魔力をまるで感じないからだ。
此処で見つける紙のような、機械技術の産物か。
それにしても、おかしな点が多すぎる。
トカゲも、卵を大事にしているようには見えない。無造作に積み上げて、それっきりである。
この違和感、何だろう。
前は、お化けが語りかけてきたから、まだやりやすかった。
トカゲ達は、此方を無視するだけだ。触ってもちょっと嫌がるくらい。噛みついてくる事さえない。
意を決して卵に触ってみるが。
じっと此方を見るだけ。
それだけだった。
「スーちゃん!」
リディーが手を振って来る。
この広い空間の奥に、死体を見つけたらしい。やはり年老いたヒト族に見えるが。薄汚れた白い服を着て。そして事切れていた。
ぞわりと、おぞましいまでの違和感を覚えた。
トカゲはそも。
何を食べて生きている。
これらヒト族の死体に手を出す様子も無い。
かといって、あれだけの数のトカゲが生きていくためのエサがあるようにも思えないのである。
荒野に生きている獣のようなものか。
それにしては、人間に敵意を示さない。
この絵に入ってから襲ってきたのは。
レンプライアだけだ。
「おかしいよ、この人」
「全部おかしいよ、ここ」
「そうじゃないの、見て」
リディーが、凍り付いた死体を横に寝かせて、そして腹の辺りを見せる。
ごっそり。
肉が無くなっていた。
匪賊か何かが食べたのか。
いや、違う。あまりにも痩せすぎていて、そうなったように見えている、と言う事だ。
ルーシャが青ざめて、指さす。
そういえば、ルーシャも此処はいつもと違うと言っていた。
オイフェさんはぼんやり棒立ちしているが。
それは危険がないからだろう。
散って調べていた皆も、集まってくる。
ルーシャの指す先には。
この死んだ老人らしい姿が。
お化けか。
いや、違う。魔術に近いものだ。その証拠に、何か機械が動いていて、それにあわせて音が出ている。
「実験は失敗だ。 地下に閉じ込められた我々のために用意されたトカゲたちは、あからさまな失敗作だ。 外に這い出てエサをとってきて、そして栄養価の高い卵を産むはずだった。 我々に攻撃をしないところまでは上手く行った。 だが、その卵には、高濃度の×××が含まれていた」
「……×××?」
「音が壊れているように聞こえたのです」
「ああ、俺様にもそう思えた」
アンパサンドさんとマティアスの言う通りだ。
何だか今の音。
壊れていたとしか思えなかった。
その音だけ、聞かせないようにするために。
「栄養価だけは立派な卵を食べて、血を吐いて倒れる者が続出し、検出されたものを見て誰もが絶望した。 トカゲそのものも強い×××を含んでいた。 従順で抵抗しないとしても、所詮は醜い爬虫類か。 この世界が浄化されるまでどうにか世代をつなぐ計画は失敗に終わった」
「世界が浄化……世代をつなぐ!?」
「ふーん、なるほどね」
フィリスさんが頷くが。
理由は教えてくれそうにない。
「我等偉大なる××類の文明はもはやこれにて潰える。 愚かしい拝金主義者どもと、人権屋どもが始めた熱核戦争のせいで、むこう1000年はこの××は雪に閉ざされたままだ。 最後の救いは外に適応出来る世代の出現だが、近親交配で弱り切った××類にもはやその力は残されていないだろう」
「……」
「忌々しいのはあの醜いトカゲどもよ。 下手な希望を与える事が、却って絶望につながると知っていたとしか思えん。 醜く汚らしい爬虫類に呪いあれ」
何だろう。
その言葉には。
もの凄く、醜いものを感じた。
そして、後ろから声がする。
「勝手な事をほざきよる」
振り返った先には。
巨大な翼を持つ、トカゲがいた。
他の大人しい者達と違って。
明らかに知能があり。強烈な敵意を向けていた。
「自分達を勝手に万物の霊長と定義し、この世界を滅茶苦茶にしておいて、なおかつその妄想から抜け出ることができなかった。 生物としてもっとも優れていると錯覚し続け、そしてこのような有様に世界をしておいて。 それでいながら、我々を更に弄くり回し、自分達の失敗でこうなったにも関わらず、我々を醜い失敗作呼ばわり。 何故に神はこのような者達に救いの手をさしのべた」
「何の話」
「とぼけるな愚かな××類の子孫共! そこに数体他の出自の者がいるようだが、お前達だ!」
翼持つトカゲは、器用に前足を上げると。
リディーとスール。ルーシャとマティアスを差す。
ヒト族を差しているのか。
あれ、オイフェさんとフィリスさんは指ささない。
どういうことだ。
「此処は我等の聖域。 お前達が滅ぼし尽くした世界の一端。 我等は雪が晴れるとき、外に出てやっと我等の新しい世界で、静かに暮らす事が出来る。 それを邪魔しようというのなら、絶対に許さぬ!」
「何を言っているのか分からないよ!」
「黙れ! 分からぬ筈が無い! 現にそこにいるのは……!」
ぐぐっと、トカゲが顔を上げる。
発言できないようで。
悔しそうに顔を歪める。
そして二足で立ち上がると。
翼を拡げ、咆哮した。
蜥蜴たちが、卵を抱えて、さっと逃げていく。器用に後ろ足だけで走って逃げる事が出来るのか。
「聖域から出ていけ世界を食い尽くした悪魔よ! 我等に世界の汚染を押しつけ、挙げ句の果てに醜いと罵りながら消えていった悪魔よ! 例え種として憎むことができず、傷つける事が出来ないと設定されていても、我は貴様らを絶対に許さぬ! どのような手を用いたとしても、貴様らを聖域に入れはせぬ!」
「待って! 落ち着いて!」
「此処から出ていけば良いならでていくよ。 攻撃をしなければいいんでしょ」
「黙れっ! 信用できるか二枚舌の悪魔共が!」
ごうと、風が吹き付けてくる。
何だろう。
切り裂くように痛い。
寒いのじゃない。
何か、とんでもないものが含まれている気がする。荒野の土のような。いや、もっと違う、もっと濃い。
そうだ。
あの沼地で、感じた毒のような。
リディーの手を引く。
必死にこの空間からでる。
ルーシャ。
リディーが叫んだ。見ると、ルーシャが傘を広げて、必死に恐ろしい風を防ぎ止めてくれている。
広い空間から逃げ出す。
叫び声が聞こえた。
それは怒りと言うよりも。
怨嗟の声に思えた。
部屋から飛び出す。
翼持つトカゲ。
ドラゴンと言うにはあまりにも小さすぎるそれは、追っては来ない。ただ、凄まじい憎悪の言葉を、まだ並べ立てているようだった。その内容を、殆ど理解はできなかったけれども。
ただ分かるのは。
理不尽を押しつけられ。
それを許すつもりがない、と言う事だった。
二つほど部屋を抜ける。
最後尾に、ナイフを構えながら残ってくれていたアンパサンドさんが戻ってくる。平然としていた。
「どうやらヒト族にだけ効く毒か何かのようなのです。 自分にはまるで平気でした」
「ルーシャが!」
意識を失っているルーシャは青ざめ、冷たくなっている。
オイフェさんは平然としているが。
どうしてだ。
主君がこんなになっているのに。
そういえば。
どうしてオイフェさんも平気なのか。
「でよう! 今すぐ!」
スールの言葉に、皆が頷く。
最深部までしか行けなかったけれども。今回はもう調査どころじゃない。
不思議な絵画を飛び出す。
気温は普通に戻ったが、それでもルーシャが何か得体が知れない訳が分からないものを山ほど、リディーとスールを庇って浴びたのは確実だ。薬を飲ませるが、まるで効いている様子が無い。吐き戻す。血も混じっていた。
「……」
フィリスさんがメモをとっている。
この人は、イル師匠と同レベルの使い手の筈だ。
だったら。
でも、この人が平然としていると言う事は。この毒みたいななにかの正体を知っていて。どうにでも出来ると言う事だ。
そして恐らく。
スール達にも。
まず、エントランスを飛び出して。
イル師匠の所に、ルーシャを運び込む。真っ青になっているルーシャは苦しそうだったけれど。
うっすら目を開けると。
リディーとスールを見て、微笑む。
「無事で、何よりですわ……」
「無事って、何を……」
「もし二人に何かあったら、おばさまに申し訳が……」
「ルーシャっ!」
笑顔のまま、意識を失うルーシャには。
もう聞こえていないようだった。
駄目だ。
このままだと、ごめんなさいさえ言えない。
スールは、何度も涙を拭った。
憎まれ口しか言えなかった。
どうしてだろう。
どうしてルーシャに対しては。
こんな風にしか接する事ができないでいたのだろう。
口惜しくて、拳をルーシャが寝かされている台の側に叩き付ける。
側では、イル師匠が、手際よくルーシャの状態を確認し続けていた。
ずっと馬鹿にしていたルーシャが、全てを擲って助けてくれた。
それが双子に、ついに現実を突きつけます。
誰のおかげで、自分達が生きてこられたのか。無駄な自信はどこから来ていたのか。
過酷なストレスの中、双子はどんどん現実を突きつけられていきます。