暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
彼女の行動には、過去の誓いがありました。
それと、自己評価の低さも。
序、従姉妹のこと
熱にうなされながら、ルーシャは昔聞かされた事を思い出していた。
ヴォルテール家は、ネージュの遠縁。
錬金術に関しては、殆どできなかった。ネージュとは、比較にならないほど非力だった。
だが。騎士団が主導で守ったのだ。
錬金術は必須だ。人間だけの力でこの荒野だらけの世界から弱者を守る事なんて出来るはずが無い。
錬金術師を迫害し。
あのネージュを追い出しただけでも国難を引き起こしている。
せめて一つでも錬金術師の家を守らなければ。
アダレットは滅びる。
先代騎士団長はそう文官達を掣肘し。
もしもヴォルテール家にまで危害を加えるようなら。
騎士団を率いてラスティンに亡命する、とまで言った。
騎士団は先代騎士団長に忠義を誓っており。
当時の王族達ではとてもではないが、その行動を止める事は出来なかった。
文官達は、保身のためにヴォルテール家も抹殺しようとしていたらしいが。
騎士団が体を張って、文字通り守ったのだ。
かくしてアダレットにも、かぼそいながら錬金術の炎は点り続けた。そしてその炎は。多くの街を守り。多くの弱者を救い続けた。
ネージュを迫害した冬の時代が終わった時に。
やっとヴォルテール家からは相応の力の持ち主がでて。
アダレットにおける錬金術の最後の砦となり。
ラスティンからも人を乏しいながらも招き。
錬金術の火を消さずに済むようになった。
その過程で、散々暗闘があったという話も聞いているけれど。
ともかく。
アダレットが滅びなかったのは、ネージュを守れなかった事に怒り狂った先代騎士団長の行動が故で。
もしもヴォルテール家まで滅ぼされていたら。
今頃アダレットは、ネームドやドラゴンに蹂躙され。
小規模な都市国家が林立する、無法地帯になっていた事だろう。
錬金術なくして。
この世界で人間は、あまりにも無力すぎるのだ。
そんなヴォルテール家には、ルーシャの先代の時代。
天才と呼ばれる弟と。秀才と呼ばれる兄が生まれた。
兄はルーシャの父。
そして弟は。
目が覚める。
無言で、オイフェが手当を続けてくれていた。
何となく分かっているが。
オイフェは多分人間じゃない。
ガードの上からあれだけ強烈な毒を浴びせてきたあのトカゲ。何者かは分からないけれど。
あの毒を受けて。
ルーシャはこんなになったのに。
ルーシャの側にいたオイフェはまるで平然としている。
でも、オイフェが忠実で。
命を賭けてでもルーシャを守ってくれるのもまた事実だ。
だからそれについては、何も言わない。
「双子は……無事でしたの?」
「今ルーシャ様の体を治す薬を作っておられます」
「……そう」
守れた、か。
ヴォルテール家に嫁いでくれた騎士団の女傑。
ルーシャにも優しかったおばさま。
病気でこの世を去ってしまったけれども。
おばさまは最後に、泣くばかりの双子を横目に、ルーシャに言ったのだった。
お願い。
双子を守って。
ルーシャは頷いた。
絶対に守り抜くと決めた。
例え、あの恐ろしいソフィー=ノイエンミュラーに狙われているとしても。
双子は絶対に。
命に替えても守らなければならない。
悔しいけれど、双子の潜在能力がルーシャ以上だと言うことは、もう分かりきっている。ヴォルテール家のためにも。いや、アダレットのためにも。双子には生きていて貰わなければならないのだ。
ルーシャなんてどうでもいい。
その辺に幾らでもいる程度の錬金術師だ。
ラスティンにいけば、ルーシャくらいの錬金術師なんて、それこそどこにでも見つけられるだろう。
双子は違う。
いずれアダレットの至宝になる存在だ。
ルーシャなんてどうなったっていい。
だから満足な筈なのに。
やはり苦しい。
情けないなと、自嘲する。
双子を守れた。
それだけで充分だ。
錬金術は才能の学問。
ルーシャに行ける所なんて知れている。
双子を守って死ねるのならそれでいい。
ましてや、あの恐ろしいソフィー=ノイエンミュラーの想う様にさせなかったのだから、満足すぎるほどだ。
それだから、笑って死ねる筈なのに。
どうしてこうも苦しいのだろう。
あの毒、一体何だったのだろう。
体が内側から蝕まれるようだ。
オイフェが水を持ってきてくれたので、ありがたくいただくことにする。そして、此処がアトリエヴォルテールではないことに、今更気付いていた。
此処は。
ぞくりとした。
腕組みして、此方を見ているイルメリア。
小さく声が漏れる。
イルメリアも、ソフィーとつながっている事は確実の怪物的錬金術師。それこそアダレットなんて、その気になれば一夜で焼き尽くせる存在だ。
何を考えている。
耳元に、イルメリアが囁く。
「良く聞きなさい。 双子を守りたいのなら、余計な動きを避ける事。 ソフィー=ノイエンミュラーは貴方を泳がせているだけ。 もしも邪魔と判断されたら、その場で双子もろとも消されるわ」
「……っ」
「今は大人しくしていなさい。 彼奴には私とフィリスが二人がかりでも勝てっこないのよ。 双子のためにも……歯を食いしばって耐えなさい」
口答えできない。
此方の考えまで完璧に見透かされている。
或いは、ソフィーがルーシャに接触した事なんて、とっくの昔に情報共有されているのかも知れない。
その上で、無駄な殺しを避けるつもりか。
可能性はある。
ルーシャは凡人なりに意地を通したい。
イルメリアも。
ソフィーに勝てないなりに。
抵抗はしたいのかも知れない。
だけれども。
そう思わせておいて。
希望を持たせて、落とそうとする可能性だって否定はできない。
確か拷問の常套手段がそれだと聞いている。
希望を持たせてから、絶望に叩き落とす。
それを繰り返すことで、心をへし折る。
単に痛めつけ続けるだけでは、大概心を折る事は出来ず。
むしろ時々光を見せてやることで。
より効率よく心を折る事が出来るのだとか。
しばらくして。
うつらうつらと熱の中で苦しんでいると。
双子が来た。
イルメリアと何か話した後、すぐに去って行く。
侮蔑の目。
まあそうだろう。
こんな足手まといのせいで、試験すら中断しているのだ。
今までも双子にはルーシャの心なんて届きはしなかったけれども。
今後も永遠に届くことはないだろう。
それでも別にかまわない。
このまま死んだところで。
何の影響もない。
だから安心して死のう。
そう思うと。
すっと静かになった。
急に楽になった。
気絶したルーシャを見下ろすと。
イルメリアはため息をつく。
絶望的に鈍い双子にも頭に来るが。
この娘は、自分の事を何とも思っていなさすぎる。
双子を心配させないために。
敢えて道化を演じ続けた。
知っていたのだろう。
人間は、自分より下の存在だと思う相手がいると安心すると。
母親を失って泣いている双子にとって。
必要なのは母親の代わりでは無い。
自分達よりもあからさまに劣っていて。
幾らでも馬鹿に出来る相手だ。
そうルーシャは本能的に考えた。少しでも早く双子が立ち直れるように。
イルメリアから見ても、ルーシャの才覚はそう悪いものではない。この年齢の錬金術師としては合格点を与えられるレベルで、むしろできすぎている程だ。見た感じだと、ルーシャの父親を才覚では凌いでいる。
そしてルーシャは知っている。
自分の才覚が、双子に劣っていることも。
だから当て馬になる事も厭わない、か。
自己犠牲の精神も過ぎると、少しばかり狂信的でさえある。
ルーシャを此処まで突き動かしているのが、双子への愛情と。義理の叔母である双子の母親への誓いだと言う事は分かっているが。
それにしてもこんな良い保護者がいながら。
何をあの双子はしているのか。
もう少ししっかりしてくれていれば。
いつもいつも、周回の度にイルメリアが苦労する事はないのに。
ルーシャもルーシャだ。
少しは言い返せ。
半人前に此処まで言われておいて、どうして少しは現実を突きつけないのか。
命を賭けて守ってまでくれた相手に、ごめんなさいの一言も言えないような未熟な双子にバカにされ続けても。
笑って道化を続けられる精神は。
イルメリアには理解出来ても。
悲しすぎるものだとしか思えなかった。
「毒」の。
高濃度放射能による体へのダメージを押さえ込みながら、双子に渡した放射線中和のためのレシピが、いつ完成するか待つ。
今回は、フィリスが手を加えたから。
あの絵の最深部にいる彼奴が、納得しなければ。厳密にはルーシャは復帰出来ない。
命の危機は脱するが。
それだけだ。
棒立ちで立っているオイフェについても腹が立つ。
ソフィーも趣味が悪すぎる。
敢えてこんな風に作らなくても。
もっと感情豊かなホムンクルスだって作れるのに。
いくら何でも、こんな風に。
イルメリアの側にいるアリスのように。
しなくても良いだろうに。
そういえば、絵の最深部にいる彼奴にも、オイフェはヒト族だとは思われていなかった様子だと、リディーには聞いた。
そうなると。
或いは、リディーもそろそろ、もっと深淵のからくりに気づき始めるか。
スールは自分が巨大な陰謀に巻き込まれていることに、既に気付いている。
リディーも気付くとなると。
少しばかり動くのが面倒になるか。
空気が変わる。
来た。
振り返ると。
時は止まり。
今までそこにいなかった者がいた。
「イルメリアちゃん、進捗は? レポートが遅れているようだけれど」
「概ね予定通りよ。 今回は何しろ「特殊事項」が追加されたから、対応に手間取っていてね」
「ふふ、嘘ばっかり。 せめてもの反抗をしたいってのが見え見えだよ」
「……好きに解釈しなさい」
完全に見透かされているが。
ソフィーはこんな程度では機嫌を損ねない。
ソフィーが怒るのは。
もっと別の事態が起きたときだ。
「それよりも、アダレットが貴方をいつもより警戒しているようだけれど。 少しばかり情報を流しすぎじゃないの? ミレイユ王女は切れ者よ。 どんな反撃をしてくるか分からないわ」
「関係無いよ。 いざという時はアダレットもろとも消し飛ばすだけだし」
「世界の半分よ!」
「だから? 半分の個体数なんて、その気になれば数年で回復出来るのは、今までの周回で知っているはずだけれど?」
馬鹿な事を聞くな。
そうソフィーは言っている。
そして、目には露骨な苛立ちが宿っていた。
まずい。
震えを押し殺す。
ソフィーが本気で怒るのは、相手が能力をきちんと発揮しなかったとき。こういう風に、愚鈍に見える受け答えをした時だ。こんな場合は、文字通りソフィーは、何をしでかすか分からない。
ペナルティと称して、今までの周回でも。
だが、ふっとソフィーは笑う。
口だけしか、笑っていなかったが。
「まあいいや。 今日はあたしも機嫌が良い。 ちょっとこの先の仕込みが上手く行っているし、双子もいつもより上手く行っているからね」
「!」
「双子がレシピ通りのものを作ってきたら、指示通りに伝えるように。 もしもそうしないのなら」
「分かっているわ……! だから」
もういない。
乱れた呼吸を整える。
ソフィーは、本気でやる。
もしも言う事を聞かなかったりしたら。イルメリアではなくて。イルメリアにとって大事な存在に危害を平然と加える。
そうすることが、一番「効率が良い」からだ。
もはや深淵の最深部を見た錬金術師に。
人間の要素は残っていない。
知ると言う事は深淵を覗くと言う事。
錬金術を極めていけば。
フィリスも。
イルメリアも。
いずれはああなるのだ。
なりたくない。
だが、力を欲する以上。避けては通れない道だ。勿論完全に同じようにはならないだろう。ソフィーは合理主義の怪物で、別にサディストというわけではない。イルメリアは気絶しているルーシャを見る。
オイフェは脂汗を拭ってあげてはいるが、それだけ。
情を、本当にまだ残せているだろうか。イルメリアは。
頭を振って、雑念を追い払う。
世界の終焉が詰んでしまっているのは事実。
今は、錬金術師同士で争っている場合では無いのもまた事実だ。
ならばイルメリアは。
自分でできる事を。自分でできる範囲で。
やるしかなかった。