暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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原作だとこの辺りのイベントはギャグで流されているんですが。

氷漬けになった人間をフラムで爆破するっていくら何でも無茶苦茶なので(しかもそれで生きている)、原作であまりにも遅い和解イベントを前倒しする意味もあって、この展開にしています。


1、見た事も無い毒

リディーは渡されたレシピの通りに解毒薬を作る。

 

今まで見たことも無い濃度の毒だ。ルーシャがそれをモロに喰らったのは事実で。もう、ルーシャのお父さんに何を謝って良いのかさえ分からなかった。

 

スールに時々腕を掴まれる。

 

そうしないと、意識が飛びそうだった。

 

必死に二人で分担して調合を続けて。

 

解毒薬を、どんどん高濃度に圧縮していく。

 

中和剤を混ぜ。

 

時には純粋な毒さえも作り。

 

そしてそれらを混ぜ合わせ。

 

温度を調整して、無理に普段なら混ざらないものも混ぜて。

 

薬に仕上げていく。

 

貰った毒袋は、凄まじい臭いを立てていて。

 

瓶の中に入っている赤紫のそれは。

 

一滴内容物を垂らすだけで。

 

どれだけむしっても生えてきた裏庭の雑草が、一瞬にして枯れるほどの凄まじさだった。

 

これを浴びているのだ。

 

どれだけ苦しいか。

 

涙を何度も拭う。

 

このままルーシャを死なせたら。

 

結局謝る事が出来なかった事になる。

 

どうしても素直になれなかった。

 

ルーシャがどれだけ身を挺して庇ってくれているかは。

 

何処かで分かっていたのに。

 

きっと今までだって。

 

気付いていないところで、ルーシャは散々助けてくれていたはずだ。

 

バカなのはリディーとスールの方。

 

助けないと。

 

意識を失いそうになり。

 

スールに言われて、少し休む。

 

丸一日近く。

 

殆ど何も食べていなかった。

 

スールが出来合いを買ってきたので。

 

食べる。

 

よりにもよって、冷めるとまずい奴だったのだけれど。

 

スールに生活力を期待する方がバカなのだと。

 

リディーは知っていたから、それについては何も言わなかった。

 

黙々とまずい食事を負えると。

 

井戸水で顔を洗い。

 

集中して。

 

また調合に戻る。

 

それを四日続けて。

 

そして、薬は出来た。

 

試している余裕は無い。そのまま、すぐにイル師匠の所に持っていく。リディーはふらふらだったので、バスケットを持つのはスールに任せた。此処で薬を落としでもしたら、多分発狂してしまう。

 

勿論イル師匠はそれでもルーシャをもたせてくれるかも知れないが。

 

ルーシャを苦しませ続ける事になるのは事実だった。

 

イル師匠のアトリエにつくと。

 

ルーシャは真っ青な顔のまま、咳き込んでいた。

 

意識はあるようだが、脂汗をずっとかき続けている。

 

これはルーシャのお父さんに顔の形が変わるまで殴られるのを覚悟しなければならないな。そう思いながら、イル師匠に、お薬を渡す。

 

しばらくお薬を見ていたイル師匠だけれども。

 

今回は、採点はしなかった。

 

多分そんな場合ではないからだろう。

 

指を鳴らすイル師匠。

 

同時に。

 

世界の全てが停止した。

 

イル師匠と。

 

側にいるリディーとスールだけが動いている。

 

時間を止めたのだと気付いて。

 

戦慄する。

 

そのままイル師匠は、魔術を使って薬を気化させ。

 

ルーシャの全身に、纏わり付く霧のように操り。

 

そして、しばしして。

 

薬は、全てルーシャの体に吸い込まれたようだった。

 

また、時が動き出す。

 

ルーシャはうっすら目を開けて此方を見ていたが。声を出すのも辛いようで。また気絶し、動かなくなった。

 

見ていられない。

 

どれだけの激痛の中にいるのだろうか。

 

「イル師匠、これで……」

 

「まだよ。 毒による体のダメージはこれで止まったわ。 問題は次よ」

 

「薬がまだ駄目だった、って事ですか!?」

 

「落ち着きなさいスー」

 

イル師匠は冷静だ。

 

冷静過ぎるほどに。

 

拳を固めて震えているスールに。

 

イル師匠は、順番に説明をしていく。

 

「まず第一に、ルーシャが浴びたのは世界にある毒を圧縮したもの、そのものよ。 本来はヒト族の世界にあった毒を極限まで圧縮したものね。 皮肉な話だけれど。 元の世界にいた頃のヒト族では、きっととっくに耐えられずに命を落としていたでしょうね」

 

「そ、それで」

 

「不思議な絵の最奥にいたトカゲの王は懲罰としてこの行為に出た。 懲罰というものは、解除しなければ続くものよ」

 

「一種の呪い……のようなものということですか」

 

リディーの言葉に。

 

イル師匠は頷く。

 

何てことだ。

 

要するに、あの最深部までまた行って。

 

あのトカゲをどうにかしなければならないのか。

 

だが、聖域を侵すことは許さないとトカゲは言っていた。

 

また足を運びでもしたら。

 

今度はマティアスや他の人が、同じような目にあいかねない。

 

「貴方たちがすることは、トカゲの王との交渉よ」

 

「交渉って言っても、話なんて聞いてくれる雰囲気じゃ……」

 

「交渉ってのは、カードが無ければできないものよ。 あのトカゲは何を望んでいた?」

 

「多分、もう足を踏み入れないことだと思います」

 

頷くイル師匠。

 

それ自体を、カードにしろと。

 

つまり、足を踏み入れないから、話くらいは聞いて欲しいと、まずは持ちかけるべきだというのである。

 

それを足がかりに、相手が望むものを聞き出し。

 

呪いの解除と引き替えにする。

 

厳しいが、やるしかない。

 

少なくとも会話はできたのだ。

 

匪賊に比べれば、まだ対応はできる相手の筈。

 

事実他のトカゲたちは、人に危害を加えようという様子さえ見せなかった。

 

一番奥にいた、翼のあるトカゲだけだ。

 

人間に凄まじい敵意を示していたのは。

 

「あのトカゲの立場だったら、何が欲しいのか。 先に準備をしておきなさい。 あと、交渉は根気強くやる事よ」

 

「……はい」

 

「ルーシャは回復に向かうけれど、呪いを解除しなければ、動けるようにはならないわ」

 

「はい」

 

分かっている。

 

リディーはスールを促すと。

 

まず、手分けして動く。

 

リディーは騎士団に。スールにはフィンブルさんに声を掛けてきて貰う。騎士団で、絵に入る話をした後。

 

教会に。

 

そして、シスターグレースに、話を聞いて貰う。

 

説明は大変だったが。

 

シスターグレースは、話をし終えると、大体は内容を理解してくれた。

 

「交渉ごととは、大変な事を任されましたね。 ネゴシエーションというのは、専門技能になるほど難しいものです。 ネゴシエーションを専門にしている傭兵もいるほどです」

 

「何かコツはありませんか?」

 

「本来ならば、相手を精神的に圧するのがコツですが、今回は人質を取られてしまっています。 それならば、相手に対して妥協しながら、相手が納得するカードを出していくしかありません。 勿論この場合、相手に簡単に勝てる相手だと思わせてしまうのは致命的です」

 

なるほど。

 

メモをとりながら、話を聞く。

 

そして、アトリエに戻る。

 

スールは既に帰ってきていた。

 

話のすりあわせをする。

 

シスターグレースに聞いた交渉のコツの話をすると。スールは、自分がやると言い出す。ちょっと心配になったが。

 

考えてみれば、勘が鋭いスールの方が相手の嘘に気付きやすいはず。

 

交渉のカードだって、上手く管理できる筈だ。

 

「分かった、任せるね」

 

「合点」

 

「それとさ……」

 

「?」

 

リディーは唇を引き結ぶと。

 

言わなければならない事を、口にした。

 

「ルーシャが治ったら、二人で謝ろう。 今まで散々馬鹿にしていてごめんなさいって」

 

「……」

 

「もっと早く謝らなければならなかったんだよ。 もしもルーシャに何かあったら、私多分今後一生後悔する。 ルーシャ、何のためらいもなく私達守ってくれたんだよ。 あんな事、普通できないよ」

 

「……うん」

 

スールが目を擦り始める。

 

どうして、素直になれなかったのだろう。

 

謝らなければならないのは分かっていたのだ。

 

そもそもルーシャとは、ずっと仲良しだったじゃないか。

 

それがいつ頃からか。

 

どうしてだろう。

 

ルーシャを馬鹿にするようになって。

 

それでもルーシャは。

 

バカみたいな行動をとり続けて。

 

まさか。

 

お母さんを失った双子のために。

 

馬鹿に出来る存在になることで。

 

少しでも元気をつけさせるため、だったのか。

 

普通の人間は、自分より下の存在を探しては安心する生物だ。ヒト族は特にその傾向が強い。

 

自分より弱い。正義に劣る。何か変。そんな相手を血眼になって探し。

 

探し当てたら、よだれを垂れ流しながら、死ぬまで殴り倒す。

 

それが平均的なヒトだ。

 

自分から、当て馬になってくれていたのか。

 

そして、それに気づけずに。

 

リディーとスールは。

 

崩れ落ちる。

 

涙が止まらなかった。

 

絶対に、どうにかして、あのトカゲの王と話をつけなければならない。

 

無茶は言わせない。

 

ルーシャを殺すつもりなら、

 

絶対に相手も殺す。

 

それくらいの覚悟でいなければ。

 

好きなようにされるだけだ。

 

勝負は三日後。

 

あのトカゲの王の居場所までは、道は覚えた。

 

それならば。もはや迷う事はない。

 

涙を拭って立ち上がる。

 

戦いは、既に始まっているのだ。

 

 

 

氷の洞窟の絵の最深部に辿りつく。

 

此処まで、かなりの数のレンプライアを倒して来たが。

 

どういうわけか、ここのレンプライアがやたらと氷に弱い事は分かっていたので。前ほど苦労はしなかった。

 

レヘルンで凍らせて。

 

粉砕する。

 

作業はそれだけ。

 

コツさえ覚えてしまえば、それ以上でも以下でもなく。難しい作業では決して無かった。

 

こんな凍える世界に蔓延るレンプライアが、どうして氷に弱いのかはよく分からないのだけれど。

 

効くのなら試す。

 

それだけの事である。

 

また、ピンポイントフレアの要領で。

 

相手を一点突破で凍らせる爆弾も作った。

 

戦いだったら負けない。

 

そう、最深部に辿りつくまでは思っていた。

 

最深部にいる、姿が前と変わっている、あのトカゲの王を見るまでは。

 

「おい、ヤバイってアレ……!」

 

「おおー。 上級ドラゴンみたいな姿だね!」

 

フィリスさんが興味津々の様子で手をかざす。

 

側では、マティアスさんが完全に及び腰になっていた。

 

戦闘態勢を取り、前に出るアンパサンドさん。

 

ハルバードを構えたまま、フィンブルさんも声を掛けて来る。

 

「どうする、見た目は確かにドラゴンそのままだぞ。 多分感じるプレッシャーからしても、今のこの戦力でどうにかなるかどうか。 フィリスさんは戦ってくれない、だろうし」

 

そう。ルーシャがいないから、オイフェさんもいない。

 

優秀なインファイターであるオイフェさんがいないということは、近接戦であのドラゴンもどきと化したトカゲの王をどうにかしなければならない、と言う事だ。

 

呼吸を整えると。

 

スールと頷きあう。

 

アンパサンドさんの隣にまで、一緒に歩いて出る。

 

「話をしに来ました」

 

「アンパサンドさん、下がって。 フィンブル兄も、マティアスも」

 

「正気ですか」

 

「はい」

 

アンパサンドさんは舌打ちすると、バックステップして距離をとる。

 

フィンブルさんはじりじりと。

 

マティアスさんは飛び下がるようにして、転び掛けた。

 

フィリスさんは、にやにやと様子を見守っている。

 

完全に他人事だ。

 

実際例えば、あのドラゴンみたいな姿になったトカゲの王が、ドラゴンに劣らないブレスをぶち込んできたとしても。

 

フィリスさんは涼しい顔で耐えられるだろう。

 

それ故の余裕。

 

それが分かってしまうから、余計口惜しい。

 

「聖域に入るなと言ったはずだぞ自称万物の霊長!」

 

「入りません」

 

「以降話はスーちゃんがするよ。 リディー、下がって」

 

「……」

 

銃をしまうと、前に出るスール。

 

中々出来ない事だが。

 

少なくとも、スールはやって見せた。

 

「スーちゃん魔術もへたっぴだし、爆弾だって後ろの荷車だよ。 でも、もし戦いになったら、全員で反撃はする。 今は素手。 話は、できるよね」

 

「何を話すというのか」

 

「ルーシャを解放して! ルーシャが貴方たちに何をしたって言うの!」

 

落ち着いて。

 

そう声を掛けようとしたけれど。

 

スールは、自分で呼吸を整え。

 

必死に平常心を取り戻した。

 

大したものだ。

 

もしもリディーだったら、そのまま泣き叫んでいたかも知れない。スールは少なくとも、相手と話をしようとしている。

 

人間のように二足で立ち。

 

鋭い翼をはためかせ。

 

空中に浮いている、トカゲの王を相手に。

 

なりこそ小さいが、伝承に出てくるドラゴン、それも上級の姿と同じだ。

 

ドラゴンの恐ろしさは、アダレットの民だったらそれこそ幼児だって知っている。

 

騎士団が総力を挙げても勝てない。

 

手練れの錬金術師が複数いても、返り討ちに遭うことがある。

 

それがドラゴンという超越生物で。

 

荒野に存在する生きた理不尽そのもの。

 

そんなのの似姿を相手にして。

 

スールは今、話をしようとしている。

 

「ああでもしないとまたお前達はここに入ろうとするだろう! 我々は聖域を守るために、力を示さなければならない!」

 

「入らないって証明するには、どうしたらいい」

 

「そもこの世界に二度と足を踏み入れるな自称万物の霊長! 貴様らが焼き尽くし氷に閉ざしたこの世界に、もはや貴様らが足を踏み入れる資格など無い!」

 

「ルーシャさえ解放してくれればそうする!」

 

平行線だ。

 

まずい。

 

だが、手を握られる。

 

アンパサンドさんだ。

 

アンパサンドさんは、首を横に振る。此処は下手に横から口を出すのは悪手。スールに任せろと言うのである。

 

「最悪の場合は、自分が一番にしかけるのです。 観察する限り、実力は本物のドラゴンに遠く及ばない。 倒す事だけなら、充分に可能なのです」

 

「それでも、ルーシャは」

 

「分かっているのです。 だからあくまで最後の手段、の話なのです」

 

フィンブルさんも頷く。

 

マティアスさんは青ざめているが、頷いてくれた。

 

ならば、任せて待つしかない。

 

呼吸を必死に整えながら、待つ。

 

「貴方たちがヒトを嫌うのは分かった! 充分な理由もあると思うし、確かに此処に足を踏み入れる資格はないよ! でも、こっちだって、引けない! ルーシャは貴方たちに何も悪い事なんてしてないでしょ! だから、ルーシャだけでも助けて!」

 

「勝手な事をほざきよる……!」

 

「欲しいものがあるならあげる!」

 

「もので釣る気か!」

 

相手の声が怒りを帯びるが。

 

逆にスールの声は冷静だ。

 

良い。

 

むしろ交渉としては、この方が良いはずだ。少しずつ、ペースに巻き込みつつある。

 

「この寒い世界、絶対色々不自由しているよね。 この世界を馬鹿な先祖がこんなにした責任は正直とりきれないけれど。 この世界で手に入らない何かは用意できるかも知れないよ。 持って来られるものならもってくる! だから、ルーシャを代わりに解放して!」

 

「ほう、言ったなこの世界の破壊者よ」

 

「……」

 

「では熱を持ってきて貰おうか。 それも体に害が無い範囲で、ずっと体を温める事が出来る熱源をだ」

 

来た。

 

そんなものが準備できるかは分からない。

 

イル師匠に相談するしかない。

 

でも、確かこの間、フィリスさんが言っていた。

 

人工太陽を作ったと。

 

出来ないと言う事は、ない筈だ。

 

「どうだ、できるか」

 

「……調べて来る」

 

「ふん。 期待はしていないがな」

 

「……錬金術は、何だってできるんだから!」

 

スールのその言葉は、負け惜しみにしか聞こえなかったけれど。

 

リディーには、希望の声にも思えた。

 

絵を一旦でる。

 

マティアスさんが、真っ青になってへたり込む。肩を揺らして呼吸をしているのを見ると、余程怖かったのだろう。

 

「スッゲークソ度胸だなスー。 ドラゴンだぞオイ……」

 

「いや、あれは本来のドラゴンとは比較にならないほど弱いのです」

 

「んなこと分かってる! でも確かアン、お前も戦った経験が……」

 

「前に戦ったのは下級のドラゴネアなのです。 それも手練れの錬金術師が複数支援についていて、はっきりいって騎士団は殆ど仕事もなかったのです。 確かに手強い相手ではありました。 だけれども、故に前に戦った本物に比べればさっきのなんてなんということもないのです」

 

へたり込んだまま動けない様子のマティアスさん。

 

フィンブルさんが手を貸して立たせる。見かねたのだろう。

 

フィリスさんだけが、平然としていた。

 

アンパサンドさんでさえ、多少は緊張していた様子なのに。

 

「流石ですね破壊神フィリス=ミストルート。 もどきとはいえ、ドラゴン相手に」

 

「上級だとあの三百倍は強いからね。 何でも無いよ」

 

「さ……」

 

「最低でもね」

 

あくびをすると、フィリスさんは手をヒラヒラ振って先に帰って行く。絶句するしかなかったけれど。あれほどの人が嘘をつくとは思えない。アンパサンドさんの話からしても、恐らくは事実なのだろう。上級ドラゴンともなると、文字通り万の人口をもつ大都市を単独で潰す怪物だ。それくらいの力はあってもおかしくない。

 

さて、此処からだ。

 

イル師匠に相談し。更には見聞院を調べなければならない。

 

ゆたんぽのようなものか。いや、それだと駄目だ。

 

獣の腕輪に使っている熱フィールド。

 

いや、範囲が狭すぎる。

 

ならば、規模を大きくすれば。

 

しかし、そんなものを本当に作って持ち込めるのか。

 

ああでもないこうでもないと話をしながら。イル師匠のアトリエに。その途中で気付く。

 

いつの間にか絶望感は消え失せていた。

 

あのフィリスさんの、圧倒的な余裕が原因だろうか。

 

かも知れない。

 

でも、あの人は、きっととても怖い人だ。何かもくろみがあるのはほぼ間違いない。

 

そのもくろみが何なのかは分からないけれど。ともかく、今はそれが+になった事を喜ぶしかない。

 

師匠のアトリエに。

 

成果を告げると。イル師匠は、頷いていた。

 

「熱、ね」

 

「獣の腕輪を、大がかりに作って見たらどうでしょうか」

 

「駄目よそれでは」

 

「えっ……」

 

イル師匠は。

 

最初から順番に説明してくれる。

 

生物の中には、自分で体の熱を作れるものとそうでないものがいるという。トカゲは後者なのだそうだ。

 

基本的に前者は出力が高めなのに対して、エサをたくさん必要とする。

 

逆に後者は出力が低めなのに対して、エサはあまり必要ない。

 

そうか。

 

寒い世界だからこそ。

 

トカゲなのか。

 

そして、熱を欲しがった理由も分かった。

 

確かにエサは少なくて済むかも知れない。

 

しかしあのトカゲたちは。

 

熱を確保するために、相当な苦労をしているのだろう。

 

それについてはほぼ確定と見て良い。

 

「フィリスが人工太陽を作った話をしていたでしょう」

 

「はい。 少しだけ小耳に挟みました」

 

「アレね、公認錬金術師クラスの錬金術師が、総力を挙げてやっと作れるような代物よ」

 

「えっ……」

 

口の端をつり上げるイル師匠。これから明かされるのがあまりにも、過酷な現実だからだろう。

 

聞かされる。

 

フィリスさんは、人工太陽を。雪に閉ざされた街に住んでいる、神童と呼ばれる錬金術師と一緒に長期計画で作り。

 

大規模なインフラ工事を行いながら設置。

 

そして、死んでいたインフラを回復させたのだという。

 

つまり国家事業クラスの錬金術である。そのレベルの錬金術が必要なのか。

 

確かに、獣の腕輪では、つけた本人くらいしか温まらない。

 

話にならないとは、このことだ。

 

絶望と希望がめまぐるしく入れ替わる中。イル師匠は咳払いした。

 

「求められているものは、恒常的に熱を発生させ、ある程度の広さにそれが拡散するもの、よ。 フィリスが作ったものはそれこそ国家規模のインフラだったけれども、これから要求されるものは、其処までの性能は必要ない。 精々一部屋分、元々トカゲたちが耐えられる程度の寒さだったものを、もう少しマシにできれば良いくらいの性能があれば充分な筈よ」

 

「……」

 

「シルヴァリアをあるだけ出してきなさい。 それと以前ゴルトアイゼンの鉱石をより分けたわね。 それも全て」

 

まず、ゴルトアイゼンを作ると言う。

 

それから、シルヴァリアの合金を作る。

 

そして、錆びない金属のインゴットを作った後。

 

それを大規模に拡げ。更に耐久性を上げる。

 

工程図を、さらさらとイル師匠が書く。

 

釘付けになるリディーとスールだが。

 

イル師匠は、あまりいい顔をしなかった。

 

「そろそろ、このフローチャートも自分で書けるようにならないといけないわね」

 

「……ごめんなさい」

 

「ともかく、はい」

 

ばんと、張り出される。

 

行程の数はそれほど多く無いが。

 

一つ一つが難しい。

 

手分けして作業するように。

 

そう言われた。

 

そして、もう一つ言われる。

 

「此処で監督するから、二人そろってゴルトアイゼンをまず作るところからよ」

 

いよいよ来たか。

 

ルーシャを見る。

 

苦しんでいるルーシャを見ると、悲しくてならないけれど。

 

それでもやらなければならない。

 

自分達が弱かったからこうなった。

 

ずっとバカにし続けてきた。相手がどれほど此方のためを思っているか何て知りもせずに。

 

自分から見ておかしいから。

 

自分から見て劣っているように見えるから。

 

そんなくだらない理由で。

 

あのトカゲの王と話してよく分かった。

 

ヒトが如何に醜い存在で。

 

その考え方が故に。

 

世界そのものを焼き尽くしてしまった、と言う事も。

 

そしてヒトはこの世界でも、根本では変わっていない。何しろリディーとスールがそうだったのだから。

 

それは相手が怒るのも当たり前だ。

 

出て行けと言われるのも当然だ。

 

事実、あの凍り付かせてしまった世界に、ヒトが足を踏み入れる権利などは二度と無いし。

 

勿論領有を主張する権利だってないだろう。

 

全て相手の言葉が正しい。

 

だが、それはそれだ。

 

ルーシャを助けるためにも。

 

完全に猛り狂っている相手とも。

 

話をしなければならない。

 

そうしなければ、世界を焼き尽くし、凍り付かせた愚かな先祖達と同じだ。

 

お化けたちに言われた。

 

たまにはまともな先祖もいる。

 

そういった先祖達のために墓はあると。

 

世界を焼いた連中は、あの墓に入るべき存在じゃない。

 

永久に苦しみ続ければ良い。

 

だが、ルーシャがどうしてそんな愚か者どもと一緒にならなければならないのか。それだけは、間違っている。

 

ゴルトアイゼンの加工を開始。

 

凄まじい難しさだ。

 

熱に対するもの凄く気むずかしさ。

 

あっと言う間に、炉で変な風に他の金属と混ざってしまう。混ざってしまったとも、温度差でより分けることは難しくは無いのだが。気を抜くとすぐに駄目になる。

 

錆びない。

 

その利点を生かすだけで。

 

これほどに大変なのか。

 

今までの鉱石加工のノウハウがまるで通用しない。

 

冷や汗を流しながら。

 

順番に一つずつ、作業をしていく。

 

幸い、あの凍り付いた世界に、ゴルトアイゼンの鉱石は幾らでも落ちていた。失敗しながら、少しずつノウハウを積み重ねていく。

 

途中から、スールはシルヴァリアを増やし始め。

 

やがて、ゴルトアイゼンができる。

 

途中から、見かねたか。

 

イル師匠がルーシャの時間を止めた。

 

そして、問題がある。

 

騎士団の任務。

 

発破の納品。

 

ナイトサポートの納品。

 

そう、Fランクアトリエの義務だ。

 

これらもいつ来るか分からない。

 

もたついている余裕は無いのである。

 

冷や汗を掻きながら、どうにかイル師匠に13点をゴルトアイゼンに貰う。続けて、合金の作成に入る。

 

ゴルトアイゼンとシルヴァリアの比率を極めて微細に調整する事により。

 

上位金属のプラティーンに匹敵する硬度と、錆びない特性を獲得することができる。

 

そして、エネルギー源として。

 

以前手に入れた深核を用いる。

 

インゴットを更に炉に入れ。

 

純度を上げる。

 

合金にする下準備だ。

 

更に深核を一旦溶かし、加工するために成形する。

 

作業は着実に。確実に進んでいった。

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