暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
少しずつ確実に、双子は苛烈なストレスに対応し始めているのです。
それは巨大な牛だった。牛と言っても、背丈だけでスールの三倍はある。体の長さは更にその二倍半くらいだろうか。
それが全身に炎を纏い。
一対の角は黒光りしていた。
そして当然のように。
人間を見た瞬間、全速力で殺すべく、突貫してくるのだった。
分かっている。
ネームドとはそういう存在だ。
既に発破はしかけてある。
だが。
奴は発破の存在を知っているかのように、体勢を低くすると、体の周囲に三角錐のシールドを展開。
地面を抉りながら、驀進してくる。
タイミングを合わせて起爆するが。
これでは効果が殆ど見込めない。
爆炎を蹴散らすようにして突貫してくる黒金の大角。
レヘルンをまとめて投擲して、爆破。
冷気が奴を包むが。
ぬるいわと言わんばかりに、それも力尽くで突破してくる。
まずい、もう至近距離だ。
騎士団がシールドを展開しているが、これはぶち抜かれる。
そう思ったが。
すっと前に出たルーシャが、傘を開く。
同時に、複数の魔法陣が空中に展開。
巨大なシールドを出現させた。
準備はしていたのだろうけれど。それでも、今までルーシャが見せたシールドとは別次元の代物だった。
突貫してきた黒金の大角が、それに真正面から激突。
ぐわんと、大地が揺れた。
それほどの衝撃だったが、それでも首が折れない。一体どういう生物なのかと、ぼやきたくなる。
そして次の瞬間。
黒金の大角の腹に、多数の剣が突き刺さり。
そして爆裂していた。
アルトが本を開き。
其処から放ったものに違いなかった。
昨日、一瞬で大型蚯蚓を倒したアレだ。
竿立ちになって絶叫する黒金の大角に対して、騎士団が突貫。めいめいの武器を突き立てる。
振り払うように暴れようとする黒金の大角の額に、残像を作って跳んだオイフェさんが拳を叩き込む。
普通、人間の拳なんか獣には通じないが。
この人のは錬金術装備で強化しているのだろう。
一撃で、明確に黒金の大角が怯んだ。
更に、気合いと共にマティアスが剣を振りかぶり、首筋に降り下ろす。
即応した黒金の大角が、角で剣を受け止めるが。
真下に潜り込んでいたフィンブルさんが、首を真下から、ハルバードで突き上げる。
喉を貫かれ、絶叫する黒金の大角が、無数の魔法陣を出現させるが。
させるか。
リディーの支援魔術を受けたスールが突撃。
蹴りを叩き込んで、横っ面を張り飛ばす。
そして、ハルバードが刺さったままの喉から、大量に鮮血が噴き出すのを見ながら、ピンポイントフレアつきのフラムを目にねじ込み、跳び離れ、起爆。
爆裂。
流石に魔法陣がかき消される。
更に、全身に次々アルトが放った剣が突き刺さり。
騎士団も一旦飛び退くと。
飛び道具や魔術で、それぞれ徹底的に攻撃を浴びせかける。
そして、もう一つの目を、アンパサンドさんが抉り。
激高した黒金の大角が、アンパサンドさんに注意を向けた瞬間。
勝負はついた。
突貫したマティアスが。
無理矢理フィンブルさんのハルバードを、更に奥までねじり込み。同時にルーシャが、恐らく渾身の力を込めて、傘から光弾を放ったのである。
喉と心臓を同時に貫かれ。
大量に吐血した巨大牛はしばらく停止していたが。
やがて横倒しになる。
呼吸を整える。
あの突貫を止められていなければ。
多分蹴散らされていたのは此方だった。
ネームドとしてはあんまり強い方じゃなかったなと、内心で思う。
それでも、この戦力。
そもそも強いネームドなら、フィリスさんやイル師匠が駆除している筈で。残っていた此奴は消去法から考えても弱い方だったのだろうけれど。
それでも、とても手を抜ける相手では無かった。
戦況を見ながら、強化魔術を皆にかけていたリディーが、相当辛そうに息をついているので。
背中をさすって、周囲を見る。
大けがをしている者はおらず。
騎士団の面々は、既に巨大な牛の解体を始めていた。
オリアスさんが、それぞれ感謝の声を掛けてくれる。声を聞くと、意外に若々しい声だ。騎士団としては、俊英として扱っている人材なのかも知れない。
「奮戦流石だ。 我々だけでは多くの死者を出していただろう。 それでも倒せたかは分からないな」
「いえ、私達よりもルーシャやアルトさんの方が」
「あの二人は君達よりランクが上なのだから当然だろう。 自分の身の丈にあった活躍が出来ればそれでいいのだ。 君達は充分に身の丈に合った活躍が出来ていると思う」
「はあ、ありがとうございます」
褒めて貰ったのだとは思うが。
何だかちょっと釈然としない。
ルーシャは何だか、病み上がりとは思えない暴れぶりだったけれど。あの様子だと、今まではひょっとして、ズッコケキャラを演じて、リディーとスールの前では手を抜いていたのか。
あり得る話だ。
ただそれに関しては、リディーとスールに責任がある。
此方では、何も言うことは無い。
アルトについては、もはや実力は明白だ。
あの剣は、多分イル師匠の使っていた拡張肉体と同じだろうけれど。
本から呼び出していた所から見て。
或いは何か、召還魔術とか。
物体の実体化とか。
そういう高度な魔術を、錬金術の装備である本で行っているのかも知れない。
いずれにしても、今のリディーとスールでは、足下にも及ばない凄腕だと言う事ははっきりした。
黒金の大角の片付けが終わり。
骨まで綺麗に回収し終えると。
一旦キャンプで交代で休憩。
周囲の獣が寄ってきていたので、これも全て駆除しておく。
獣は駆除できるときに、駆除できるだけ処理する。
何しろ荒野から際限なく湧いてきて。
放置しておくと幾らでも強くなるのだ。
そしてどれもが例外なく人間を襲う。
駆除はしなければならない。
今、丁度ネームドが消えて、安全地帯が大きく拡がった所である。できる限り獣は駆除すべき。
当然の理屈だ。
昼過ぎに、周辺の獣もあらかた駆除が終わったので。
一度街に戻る。
どうやら其方でも、水路の方の作業があらかた終わったらしく。人夫も繰り出して、水路の作成に移っていた。
驚いたのは、フィリスさんだ。
凄まじい動きで、二十人分、いや三十人分以上は一人で動いている。
人夫達が唖然とするほどで。
更には、一人で小さなつるはしを振るっているだけなのに大岩を速攻で砕いたり。
或いはどう崩れるか分かっているようで。
土砂崩落が起きる地点に行っては、人夫を退避させ。
文字通り八面六臂の活躍を見せていた。
それを手をかざして、他人事のようにアルトさんが言う。
「流石は破壊神フィリス=ミストルート。 ラスティンのインフラを一年で百年分整備したというだけのことはある」
「百年分!?」
「見て分かるだろう。 本当のことだよ。 まあ流石にスペシャリストの支援も受けての結果だけれどね」
顎が外れそうになるが。
確かに何というか、土砂が遠慮してどいているというか。大岩が自分から壊されているというか。
凄まじい戦闘力の戦士を見るよりも。
ある意味凄まじい光景が目の前で展開されている。
「この様子だと、水路の方は今日中に整備が終わるね。 明日からは恐らく緑化作業の方になるだろう。 それについては、多分君達が活躍しなければならないだろうから、覚悟した方が良いだろうね」
「私達が、ですか?」
「どういうこと?」
「騎士団はコストカットをしたがっている、という話をしただろう? フィリスも勿論栄養剤をもっているが、彼女から買うとなると相当な出費になってしまうんだよ。 そして栄養剤に必要な深核は今其処にある。 一番コストが安い錬金術師は此処にいる」
そう言われると。
確かにその通りだ。
ただ、その通りであっても。
何だか無性に腹が立つ。
この人は、何だか色々見透かしているような気がする。いや、気のせいじゃない。勘が告げているのだ。スールにとって、武器になる数少ないもの、勘が。魔術が殆ど使えないのに、どうしてか備わっている勘は。スールにとって大事にしなければならないものであり。
決して勘が告げている警戒を、解いてはならなかった。
街に入り、整列を終えると、もう夕方だった。
街の外の森にキャンプを張り、今日は其処で休む。人夫達は宿で。リディーとスールも、キャンプで休む事にする。
特別扱いはされる謂われは無い。
むしろ、戦士では無く、力仕事に来ている人夫達が、宿を使うべきだろう。
なお、この街からも、人夫として仕事にかなりの人数が参加しているようだけれども。それでも、人は足りないのだ。
流石にネームドとの戦闘をこなした直後だ。
疲れもたまっていて、すぐに眠る事が出来た。
近いうちに、見張りもこなさなければならなくなるだろう。
その時は、その時。
今はまだ、甘えさせて貰う。
少しずつ、厳しい環境に慣れていって。
できる事を増やしていかなければならない。
翌朝。
顔を洗って。そして気付く。水路が、既に出来上がっていた。顎が外れそうになるが。殆ど一晩で、フィリスさんがほぼ単独で仕上げてしまったらしい。
獣よけの設備も万全。
これから、この街の人達は、安全に水を得る事が出来る。
勿論生水を飲むことは自殺行為だから、湧かさなければならないけれど。
そもそも水を安全に得ると言う事がとても贅沢なのだと、リディーもスールも既に知っている。
この街には、その贅沢が来た、と言う事だ。
そして、集合すると。今日はフィリスさんが連れてきた、若い人が話を始める。
「おいらはオスカー。 緑化作業の方にはちょっとした実績があって、今回ここに来ている」
「……」
まだ若いのに、実績、か。
だけれども、フィリスさんの大暴れぶりを見ていると、この人も何か特殊な存在なのではないかとは感じる。
いてもおかしくはないだろう。
桁外れの怪物は。
何しろリディーとスールの前にも、イル師匠と、フィリスさんというバケモノが二人いるのである。
この人も、その同類であっても何ら不思議では無い。
「アダレットはちょっと緑化作業の進展が遅れているようで、おいらとしてはみんな困っているんじゃないかって心配だ。 噂には聞いてはいたが、実際に足を運んでみて此処まで酷いとは思わなかった。 これから数年間は貼り付きで緑化作業をさせて貰うとするよ」
「感謝する。 皆、このオスカーどのは、ラスティンにて膨大なインフラ整備の実績を積み重ねてきた俊英だ。 植物についての知識は、恐らく右に出るものはいないだろう」
キホーティスさんが側で持ち上げるが。
まあ実績については、見せてもらうしかないか。
その後、持ち場についての話をされる。
まず人夫とフィリスさんが、土を作り。
草原地帯を森に変え。
荒野も森にする作業に取りかかる。
これらの作業を終えると、この街は森でしっかりガードされる事になる。森の管理が必要だが、それは街の人達の責任だ。
オスカーという人は。此処から各街道を順番に緑化していくという話だが。
個人的には街をまず森で守るのが先では無いのかと思ってしまう。
だが、それを先読みしたように。
オスカーさんはいう。
「此処まで酷い現状だと、まずは「通路」を確保して、人々がいざという時に逃げられる状況を作るしかない。 森で街を守る前に、何かあった場合、難民が退避できる経路を作らなければならない状況だ。 二百年前に錬金術師を迫害するという事件が起きて、それから混乱があったらしいが……その時のツケが、今になって来ていると思ってくれると嬉しい
どちらかと言えば温和そうなしゃべり方なのに。
言っている事は厳しめだ。
或いは、相当に酷い状況を見て、本当に頭に来ているのかも知れない。
ともかくだ。
フィリスさんが太鼓判を押す程の人なら、相当な実績の持ち主と言う事で間違いは無いのだろう。
フィリスさん自身がそも得体が知れないし。
何を目論んでいるかは分からないけれど。
少なくとも安全な水路は作ってくれた。
その分は、信用しなければならない。
そして、持ち場について。
割り振られた。
フィリスさんに、例の謎アトリエに連れて行かれる。内部では、既に何人かの手練れが行き交って、作業をしていた。例のホムの子もいて、ゼッテルに何か書いて、周囲の人と話をしているようだった。
「ツヴァイちゃん、在庫の方は?」
「特に問題は起きていないのです。 資材の補給については、例のごとくアルファ商会に?」
「うん、それでお願い」
「分かりましたのです、お姉ちゃん」
おお、本当にお姉ちゃんなのか。
ホムがヒトをお姉ちゃんと呼ぶのは珍しい光景だ。フィリスさんの言う通り、余程の事情があったのだろう。
釜を貸してくれるというので。
使わせて貰うが。
何だこの釜。
隣でリディーも絶句する。
これ、多分。
ハルモニウムだ。
「栄養剤の作成をお願いするね。 とりあえず、このレシピに沿って作ってくれればかまわないからね」
「は、はい。 分かりました……」
「わたしはこれから外で土木作業と獣の駆除を一緒に行うから、二人の手伝い出来ないからね。 もし分からない事があったら、ルーシャちゃんかアルトさんに聞いてね」
「あの、良いですか?」
手を上げて聞く。
フィリスさんは笑顔だったが。
さっさとしろと、無言の圧力を掛けてきている。
ぞくりと背筋に悪寒が走った。
リディーはまだ言葉でしか分かっていないが。
スールには違う。
この人は、見た目通りの無邪気で優しい人なんかじゃないことくらいは、もう体の方が認識している。
「あの、オスカーさんってひとは……」
「自分で喋っていたとおりの人だよ。 強いていうなら、そうだね。 ギフテッド持ち」
「!」
ギフテッド。
確か、ものの声が聞こえるというあれか。
ものの意思に沿ってものを変質させる錬金術にとって、このスキルを持っている人間は文字通り至宝と聞く。
フィリスさんも確かそうだと聞いているが。
「わたしは鉱物を中心に基本何でも。 ソフィー先生はあらゆるなんでも。 オスカーさんは植物と喋れる感じ」
「それって、錬金術師になれるんじゃ」
「なれるよ確実に。 それも超腕利きになれるだろうね。 でも、オスカーさんは錬金術とどうも距離を置きたいらしくてね。 でも、植物と会話が出来るっていうだけで、すごく役に立てるから。 実際、あの人がわたしのインフラ構築作業で、どれだけ手伝ってくれたか分からない程だよ。 じゃ、時間も押してるから、後は頑張って」
片手を上げてフィリスさんはアトリエをでていく。
しばし無言だった。
先に口を開いたのは、真っ青になっているリディーだった。
「す、凄い世界にいる人なんだね……」
「リディー、やっぱり何だかおかしいよ色々」
「……」
俯くリディー。
こんなのはおかしい。
それは言われなくても分かる。
周囲にいるのは魔人の群れ。イル師匠からして、普通の人間とはあまりに隔絶しすぎている怪物だ。そしてオスカーさんという人も今加わった。
錬金術師になれば一流確定と、あのフィリスさんが。
多分、本物の破壊神と遜色ない破壊の権化が口にしているのだ。
間違いないだろう。
ともかく。
レシピを見る。
恐ろしく難しいが、何とかできそうである。
アトリエからは外が見えるようになっていて、なるほど、外からこのアトリエを奇襲するのは不可能、と言うわけだ。
そして働いているのは、皆いずれ劣らぬ手練ればかり。
皆、騎士と遜色ないか、それ以上と一目で分かる人達ばかりだ。
それに混じって、まったく物怖じせずに、ああだこうだと管理しているツヴァイという名前のホム。
あらゆる全てが、違和感の塊だ。
ともかく、回収してきた素材を使って、栄養剤の作成を始める。
栄養剤と言っても何種類もある。
今回要求されているのは、土を最初に作るときに使うもの。
荒野に雑草を根付かせるためのものだという。
レシピ通りに手を動かし。
時々、ルーシャに聞きに行く。
ルーシャがいないときは、アルトさんに聞く。アルトと呼び捨てするのは止めた方が良さそうだ。あの人も、明らかに見た目通りの存在では無い。
ルーシャの説明はとにかく丁寧だった。
アルトさんの説明は、何というか、もの凄く論理的だった。論理的すぎて、時々分からなかった。
説明としてスールにはルーシャの方が向いているが。
アルトさんの説明は、むしろリディーの方に向いているようだった。
ともかく、貴重な深核を用いるまでの作業。
土が喜び。
雑草が生えるための栄養を作っていく。
非常に酷い臭いが途中でるが。
それを換気する仕組みも、このアトリエにはついているようだった。色々な意味でいたれりつくせり。折りたたみが出来て、運ぶ事が容易で。リディーとスールのアトリエ以上に機能が充実していて。ついでに釜は多分ハルモニウム製。
あらゆる意味で異次元過ぎる。
リディーも、真っ青になって調合しているが。
更に、アドバイスを受けるときに、色々とんでもない話を聞かされる。
すごい栄養剤を作る時は、中和剤さえ深核を用いる。
それを聞いてぞっとする。
あの「人工太陽」の超劣化版。
それでさえ、そのくらいのものは必要とした。
フィリスさんが一体どんな事業を行って、人々をたくさん救ってきたのか。あの人は怖い人だけれども。その実力と。
あの人に救われた人が、たくさんいることは。
間違いの無い事実だ。
例えフィリスさんがどんなに怖い人であっても、その事実は変わらないし。救われた人は今も生きているのである。
順番に作業を行い。
発酵を促進させ。
やがて臭いが一段落する。
中和剤によって変質した土の栄養が。
元の何倍。
いや、何十倍にも強くなり。
そして、深核をわずかに混ぜたことによって。
土に強大な魔力を含ませるための薬に仕上がったのである。
ルーシャにもアルトさんにも見てもらう。ルーシャは良く出来たと言ってくれたが、アルトさんは目を細めた。
その目の細め方を見て。
何となく違和感の理由がスールにも分かった。
この人。
何だか老人みたいな動作を、時々するのだ。
しゃべり方にしてもそうだ。
この人、ひょっとして。
パイモンさんと同じような、アンチエイジングをしているのではあるまいか。
「ギリギリ合格、かな。 まあ要求されている用途には充分だとは思うよ」
「ごめんなさい、力が足りなくて」
「その年でそれだけ出来れば充分だよ。 僕と、僕と一緒に組んでいた錬金術師はね、君達くらいの年の頃には、文字を読むのがやっとだったくらいなんだから」
「えっ……」
ふっと、笑ってみせるアルトさん。
やっぱりこの人。
見かけ通りの年じゃあないな。
リディーはそう指摘しないと絶対気付かないだろうけれど。間違いない。この人、多分実際には老人だ。
ともかく、Bランクの錬金術師に合格を貰ったのだからこれで良いだろう。
外に出て、フィリスさんにお薬を納品しに行く。
既に相当な面積が耕されていて。
しかもそれでいながら、人夫が襲われるような事も無い。
一度、大きめのアードラが来たようだが。
フィリスさんが即応。
一瞬で叩き落として。
何事もなかったかのように、開墾作業に戻っていた。
とはいっても、土は乾燥しているし、栄養もない。栄養剤を入れないと、種を植えて水を撒いても、何にもならないのだけれども。
だから、栄養剤をもっていくと。
フィリスさんは顔を上げた。
「どれ、見せて」
「はい、これです」
「アルトさんには、ギリギリ合格言われましたっ」
「ふーん」
フィリスさんはいつもにこにこしているけれど。今日はちょっと様子が違う。戦略事業をしているからだろうか。
ぴりぴりした空気。
何より、目つきが非常に鋭かった。
「本当にギリギリだね。 まあ、どうにか使えそうだから良いけれど」
「……」
「この十倍の量、調合をよろしくね。 これから作業を続けていくから」
「は、はいっ!」
突っ返されたような感覚を受けたが。
一応、合格は貰えたのか。
フィリスさんは、もう此方を振り返りもせず、作業を続けている。栄養剤はそのままオスカーさんの手に。オスカーさんは、土に植物の種をまきながら、栄養剤を手慣れた様子で土に混ぜ込んでいた。
さて、此処からはずっと栄養剤の調合か。
アトリエに戻る。
スールは思わずぼやいていた。
「まだやっぱりスーちゃん達半人前じゃん」
「……そうなのかな」
「分かってるよ。 騎士団のこんな大事な任務に連れてこられてるんだから、半人前はもう卒業してるって事は。 でも、一人前でもないよね」
「スーちゃん、そうやってぼやいていると……」
分かっている。
イル師匠なら、ぼやく暇があったら練習しろ、手を動かせと言うだろう。
此処にイル師匠はいないけれど、見ているかも知れない。あの人だったら、やりかねないのだそれくらいのことは。
また、獣が出る。今度は大きめの猪だ。
アンパサンドさんが出ると、顔に蹴りを叩き込み。更にナイフを鋭く振るいながら、後方に着地。
即座に振り返った猪に、騎士団が殺到。
抵抗する暇も与えずに、その場でミンチにしてしまう。
すぐに解体作業を始めるが。
見ている暇は無い。
今、できる事は。栄養剤を作る事だけなのだから。