暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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そろそろ一人前になる時期ですが。

そういう時期が、一番危ないのです。


2、半人前と一人前の境界

土にまみれてフィリスさんがアトリエに戻ってくると。

 

お風呂があるらしく。其方に直行する。

 

何でも後付で作ったらしいのだが。

 

あるなら教えて欲しかった。

 

一日中栄養剤を調合して。

 

しかも材料が材料だから、ずっと緊張のし通しだった。またネームドを狩りに行かなければならないかも知れない。そう思うと、手が震えてしまうのだ。

 

ルーシャはもう目の前で手を抜いていない。

 

アルトさんに至っては、そもそも見かけと年齢が絶対に一致していない。

 

そんな二人の支援を受けてなお。

 

弱めのネームドが相手でも、荷が重いのである。

 

焦りが募るけれど。

 

それでもどうにかしなければならない。

 

お風呂から上がってきたフィリスさんは。

 

いつものにこにこも浮かべておらず。

 

あのツヴァイというホムも交えて、会議を行うと言った。すぐに手練れらしい傭兵か何だかよく分からない人が、ルーシャとアルトさん、それにオスカーさんと騎士団の重要メンバーを呼びに行く。

 

騎士団のメンバーは、フィリスさんと仕事をした事があったのだろう。

 

アトリエに入っても、驚く様子は無かった。

 

最初ここに入ったら、絶対驚く。

 

だから、もう何度も入っているのだろうと、すぐに推察は出来た。

 

「進捗について会議を始めます。 キホーティスさん、進行は任せます」

 

「うむ。 現在開墾作業の進捗は75%というところだ。 そして今草を植える作業に既に取りかかっている。 このままいけば、恐らく明日中に、予定の地点に草を植えきることが出来るだろう。 草はすぐに生長し、一度火を入れる。 その後、灰を土に混ぜ、長期的に大きくなる植物を植え込む」

 

「それなんだが、おいらの見たところ、土の様子が想像以上に悪い。 リディーとスール、悪いけれど、もっと栄養剤を作ってくれるか」

 

「ええと、そうなると……」

 

フィリスさんが機嫌悪そうに咳払い。

 

ひっと、リディーがすくみ上がった。

 

ツヴァイさんがフィリスさんに目配せするが。

 

スールでなくても分かるくらい、フィリスさんは機嫌が悪かった。

 

「近辺のネームドは」

 

「ネームドを更に狩ると!」

 

「どの道狩らなければいけないですから」

 

「……そうですな、恐らく縄張りを動かしているとして……瞠目の大顎というのが近場にいますが、これは少し強めですぞ。 アルト殿がいても倒せるかどうか」

 

ふっと、アルトさんが鼻で笑う。

 

ルーシャがむっとしたようだったが。

 

アルトさんは、少し皮肉めいた笑みを浮かべていた。

 

「まあ倒す事は問題ないよ。 僕だけでもね。 ただ、死者が出る可能性は大きくなるだろうね」

 

「……瞠目の大顎は、巨大に進化したトカゲですな。 交戦記録が少なく、あまりパーソナルデータは詳しくは分かっていないのですが、毒を持っているという噂も」

 

「それでは、明日の朝居場所と縄張りの調査を。 斥候には手練れを出してください」

 

「ああ、分かりました。 此方で手配をしておきます」

 

進行は任せているが。

 

会議の主導権はフィリスさんが握っている。

 

これは騎士団としても、あまり面白くないんじゃないのかと、スールは思ったけれど。

 

騎士団としては、フィリスさんを怒らせたら、戦略事業どころではなくなると知っているのだろう。

 

それにフィリスさん。

 

自分が主導して仕事を始めた途端、雰囲気が変わった。

 

戦士というか何というか。

 

容赦のないものを感じる。

 

これはひょっとすると、フィリスさんは本来こういう感じなのか。或いは鍛冶屋の親父さんのように、仕事になると完全に「切り替える」タイプなのかもしれない。

 

後はツヴァイさんが、細かい進捗について説明。

 

数字が並べられていたが。

 

把握しているのはどれだけの人数いたか。

 

実際、眠そうにしている面子もいたので。

 

ちょっと同情してしまった。

 

数字の説明が終わると、会議は解散となる。

 

さっとみんな散ったのは、或いは仕事モードのフィリスさんが怖いから、かも知れない。まあその気持ちは分かる。

 

コンテナからフィリスさんが出てきたのは、もの凄く大きな骨付き肉だ。

 

火で炙ると、むっしゃむっしゃと食べ始める。

 

凄まじい肉食ぶりで。

 

思わず生唾を飲み込んでしまった。

 

「お姉ちゃん、間食はリア姉に怒られるのです」

 

「大丈夫、食べた分は動いてるから。 ツヴァイちゃんの方は、無理言われたりしていない?」

 

「それは平気なのです。 数字の管理については、みんな理解してくれているのです」

 

「そう、それは良かった」

 

やっとフィリスさんの優しい笑顔が見られた。

 

家族の前では、ふだんのにこにこ顔が戻ってくる、というわけだ。

 

でもこの人も職人肌なのだなと、今日の作業で思い知らされる。

 

その後は、片付けをして。

 

翌日に備えて、早めに眠った。

 

このアトリエでの寝泊まりは流石に許して貰えなかった。というか、いくら何でも空気が悪い。

 

外の天幕で、やっと一息つけたくらいである。

 

「マティアスの台詞じゃないけど、怖かったよ」

 

「スーちゃんも?」

 

「フィリスさんが怖い人だってのは分かってたけど、鍛冶屋の親父さんと同じタイプだねあれ。 切り替わると本気で怖いよ」

 

「うん。 でも、妹さんの前では本当に優しいお姉ちゃんなんだね」

 

アンパサンドさんが戻ってくる。

 

どうやら騎士団の方で、斥候を決めていたらしく。

 

それでアンパサンドさんの担当地区が決まったらしい。

 

斥候は基本的に手練れがやるもので。

 

しかもこの間の黒金の大角より格上のネームドとなると。

 

出せる人員は限られてくる。

 

騎士団の損耗率を考えると。

 

損害は少しでも抑えなければならないのだ。

 

「お帰りなさい。 アンパサンドさんも明日早いの?」

 

「日の出前には出るのです。 その代わり、今日の見張りは免除なのです」

 

「ああ、それはまあ、そうですよね……」

 

「アンパサンドさん。 あのツヴァイってホムについて何か聞いていません?」

 

スールの無神経さを咎めるリディーだったが。

 

アンパサンドさんは、特に隠すことでもないと思ったのだろう。普通に話してくれた。

 

ツヴァイさんは目の前で匪賊に、家族を食われたらしい。

 

しかも街の中で、だ。

 

治安が悪い街の出身で。

 

公認錬金術師が交代するまで、その治安の悪化が回復出来なかった。

 

治安の悪化に伴い匪賊が街の中に入り込み。

 

浮浪者や、社会からはじき出された人達を襲って、喰らっていたそうである。

 

その中に、商人として失敗したツヴァイさんの両親もいた。

 

目の前で生きたまま両親を解体されて喰われて。

 

偶然助け出されたものの。

 

助かったのはあの人だけだった。

 

心に深い傷を負った彼女を、フィリスさんは受け入れて。今は家族として、一緒に暮らしている、と言う事だった。

 

聞いているだけで、言葉を失う。

 

「治安の悪い街だとよくあることなのです。 匪賊はアダレットでもラスティンでも、どんな街でも、見敵必殺。 その理由が分かりましたか?」

 

「……」

 

リディーが口を押さえて、真っ青になっている。

 

スールも気を失いそうだった。

 

ため息をつく。

 

そんなんになるなら、最初から聞くなと、アンパサンドさんは厳しく言い。

 

さっさと横になると、眠ってしまった。

 

少なくとも昔のフィリスさんが、優しい人だったと言う事も分かった。だけれども、修羅になった理由も分かった気がする。

 

ツヴァイさんはフィリスさんの妹扱いされている事からも、多分ホムとしてもかなり年少の筈。あからさまにリディーやスールより年上のアンパサンドさんよりも、かなり年下だろう。

 

ホムは見た目で性別や年齢が分かりづらいから、コレばっかりは推察するしかないが。

 

匪賊はそんな幼い子の前で、両親を生きたまま食うような連中だ。

 

生かしておいて良いわけがない。

 

確かに匪賊に落ちたら復帰は不可能。

 

殺すしかない。

 

それもよく分かった。

 

吐き気を堪えて、真っ青になったまま横になる。

 

人間は、落ちるところまで落ちる事が出来る。

 

前に匪賊の住処を調べて。

 

その所行を知ったとき。

 

知ったはずだったのに。

 

その被害を受けた人がいるのを改めて見せつけられると。やっぱり心に来る物がある。

 

その晩は、ずっとうなされ続ける事になった。

 

匪賊には、ヒト族がもっともなりやすい。

 

そう、世界を焼き尽くし。

 

氷の世界に変えてしまったように。

 

一歩間違えただけでヒト族はすぐああなる。

 

自分達だって。

 

ルーシャに対して、似たような事をしていたではないか。

 

悶々としている内に。

 

朝が来る。

 

顔を洗う。

 

リディーも、相当に参っていたようで。目の下に隈を作っていた。

 

ともかく、今日も調合。深核がなくなるまで。栄養剤を作り続けなければならない。

 

栄養剤は幾らでもいる。

 

せめて、この街に住んでいる人達だけでも、少しでもマシに生きられるように。

 

リディーとスールは、出来る範囲内で、できる事をしなければならない。

 

それは、思い知らされた。

 

調合を続ける。

 

途中でルーシャに止められた。

 

食事を一緒にする。

 

ルーシャは外で見張りに協力しているらしく、獣を追い払っているらしい。ルーシャが栄養剤を調合すれば良いのにと一瞬思ったが。先回りして言われた。

 

「アダレットの国策でアトリエランク制度を実施しているのを忘れてはなりませんわよ二人とも。 基本的に新人をどんどん育成する方針でこの国策は進められていますのよ」

 

「それは、分かるけれど……」

 

「今二人は、栄養剤を作れるところまで腕を上げていると判断されているのです。 だから外で凶暴な獣から人々を守るのは、わたくし達先輩に任せなさい。 二人は錬金術師としての腕を上げることに専念するのですわ」

 

「はあ、うん……」

 

栄養剤も貰う。植物用のではなく、人間用の奴だ。

 

とにかくおっそろしくまずいけれど。

 

目は冴えるし、力は湧いてくる。

 

ただ、これは力の前借りだなとも思ったので。

 

とにかく今日中に、出来るだけの栄養剤を作ってしまう。

 

昨日に比べるとかなり効率は上がったが。

 

フィリスさんも、オスカーさんも、あまりいい顔はしなかった。

 

出来は良くないのだろう。

 

或いは甘やかすのは良くないと思っていると言う事か。

 

どちらにしても、まだまだだと言うことははっきり分かったし。もっと精進していかなければならない。

 

今日は会議も軽めに終わった。

 

どうやら瞠目の大顎については発見できたようだが。

 

縄張りについてまだ調査中らしく。

 

しかけるにはまだ日数がいる、と言う事だった。

 

まあ確かに、ネームド複数に襲われるのはぞっとしない。ましてや、弱くないネームドが相手になるとすれば、なおさらだ。

 

栄養剤を撒いた地域は、既に草の芽が出始めている。

 

あれが緑の野になった時、一度焼く。

 

緑化作業は、想像以上に時間が掛かる。

 

それがよく分かった。

 

だが、これだと、今後義務が増えていくと、時間が足りなくなるかも知れない。

 

そういう不安も感じた。今回の作業にしても、一週間以上は軽々掛かる。獣狩りの仕事もセットだとしても。

 

今後義務が増えていくと。

 

ほぼ自由時間はなくなる可能性もある。

 

それは少し困る。

 

やはり、もっと腕を上げて。

 

効率よく調合をして行かなければ駄目か。

 

額の汗を拭いながら、リディーと交代して、調合に入る。

 

しばらく釜の様子を見ていると。

 

落ちそうになるので、慌てて自分を引き締め直す。

 

今回の仕事。

 

厳しい事は分かっていたが。

 

想像を遙かに超えて厳しいかも知れない。

 

覚悟は、色々としておかなければならなかった。

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