暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
だからこそ無理をするし。
手酷くやられもするのです。
翌日の夕方。
栄養剤の材料になる深核が切れた。
あの巨大牛からとれた深核がちょうど尽きたのである。
そうなると、またネームドを狩りに行かなければならないか。兎も角、作った分の栄養剤は全て納品する。
オスカーさんは、少しずつ品質は上がっていると言ってくれたけれど。
まだまだだとも言うので。
厳しいなあと感じる。
植物と話している光景も見かけた。
事前にギフテッド持ちだと聞いているから、特に思うことはないけれども。もしも事前知識がなかったら、吃驚したかも知れない。
いや、言い直さなければならないだろう。
少し前だったら、多分おかしな人だとか、危ない人だとかレッテルを貼って、差別していただろう。
ルーシャの一件。
更にはあの氷の世界の一件で思い知った。
自分達がどれだけ愚かだったか。
平均的なヒト族そのものだったか。
一緒になってはいけないと、今は戒めている。
だから、ああはならないと。エゴのために世界を焼き尽くしておいて、平然と万物の霊長を名乗るような愚劣な存在にはならないと決めてはいるけれど。それでも、自分を常に戒めなければならないとも思う。
その日の会議で。
進捗について聞く。
予定の地点の開墾は完了。
後は栄養剤を投入し、森を拡張整備して、街の防備が完成する、と言う事だった。更に出来れば、隣街までの街道も整備したいとオスカーさんは言っていたけれど。騎士団は渋い顔をした。
人員を出せるか分からない、というのだろう。
そして、続いての仕事として。
話題になっている瞠目の大顎の処理が上げられた。
縄張りについての解析が終了。
この巨大なオオトカゲは、殆ど縄張りについて興味が無いらしく、のしのしと決まった地点を歩き回るだけだという。他のネームドの縄張りが変わった事にも興味がまったく無い様子だと言う報告が上がっていた。
それだと無害にも思えるが。
視認した相手に関しては、相手が何だろうと見境無く攻撃を加えるらしく。
過去に騎士団も被害を受けているのだとか。
しかも巡回ルートには、街道の近くも含まれており。
人間に対する潜在的な危険は決して小さくない。
ならば倒さなければならない。
基本的に良いネームドなど存在しない。
いるとしたら死んだネームドだ。
さっそく駆除のための討伐班が組まれる。栄養剤の調合が終わった後、少し発破は増やしてあるが。
少し心配だ。
限定条件付きでバトルミックスの使用許可は出ているが。
その限定条件が色々と厳しい。
今回も、使えないと思った方が良いだろう。
「フィリスどの、開墾が終わっているならば、此方の手助けを」
「却下で。 街道の方の様子を確認と、出来るようなら其方の開墾も行います」
「し、しかし」
「話に聞く敵戦力ならば、充分でしょう。 そも街道の整備を散々さぼっていたから、今こんな事になっているんです。 ラスティンでも同じ事が起きていましたが、この国でも本当に何をしているのだか」
フィリスさんは。
そういえば、ラスティンで、1年で百年分のインフラ整備をしたとか言う話を聞かされたばかりだ。
逆に言うと、百年分のインフラ整備を、ラスティンがさぼっていたと言う事で。
インフラ整備の鬼とも言えるフィリスさんからして見れば、それは面白くないに違いない。
問題が生じたとき。
難民が逃げるための街道がいる。
そういう話もあったから。
街道を整備するのは急務、というのだろう。
「この街道の整備については、手持ちの栄養剤を使うので、その分の代金は請求させていただきます」
「待たれよ、フィリスどの。 流石に我が輩の権限では、其処までは……」
「大丈夫、わたしがミレイユ王女に話します」
「そんな無茶な」
キホーティスさんが青ざめているが。
フィリスさんの評定は厳しい。
ともかく、これはまずい。
スールは少し躊躇った後、発言する。
「あ、あの。 騎士団との連携が崩れると、この後あまり良くない事になるんじゃないですか」
「……続けて、スーちゃん」
「うっ」
「続けなさい」
フィリスさんの目が怖い。
怖い人だと言う事は分かっていたけれど。
想像以上だ。
リディーはすくみ上がっているし、何とかするしかない。生唾を飲み込むと、一言ずつ、言う。
「明日中に、瞠目の大顎を仕留めてきて、それで栄養剤を作れば……何とかなりませんか」
「出来るの?」
「……何とかします」
「ふうん、じゃあわたしとしては一日だけ待つね。 それ以上は待てないよ。 こういうインフラ整備は、一日のロスがとんでもない損害につながったりするの。 覚えておいて」
厳しい発言だが。
しかし、それでも譲歩を引き出せたのは大きい。
会議が終わり、冷や汗を拭っているキホーティスさんが話しかけてくる。フィリスさんは、既に街道の方を見に行ってしまっていた。
「いや、本当に助かった。 騎士団はカツカツの予算と人員で何とか動いている状態なのだ。 確かにフィリスどのならば、王女殿下を説得は出来るだろうが……その後の国家予算の圧迫は無視出来ないものとなる」
「栄養剤、そんなに高いんですか」
「我々の給金一年分を軽く超える。 そうだな、隊長クラスの騎士の給金三年分だな」
「ひ……」
騎士はかなりの高給取りと聞いている。
錬金術の道具は、いずれも相当に高価なことは分かっている。例えばハルモニウムなんかは、国宝になるほどだ。
プラティーンのインゴットで屋敷が建つという話だし。
栄養剤の価格が、それだけしてもおかしくない。
極貧だと思い込んで、カツカツの生活をしていた経験があるから分かる。
とてもではないけれど、そんな出費を続けていたら、騎士団も出血死してしまうだろう。
ましてやフィリスさんは、インフラ整備に関しては、鬼のような厳しい人だと言う事も良く分かった。
王女に対して、強引に話を通す事だってやるだろうし。
もし拒否されたら、ラスティンから手を引くと言い出しかねない。
三傑の一人というだけではなく。
フィリスさんは間違いなく、インフラ整備のエキスパート。
恐らく現在世界最高の、インフラ整備の達人だろう。
そんな人にそっぽを向かれたら。
ラスティンの国策が、根底から瓦解してしまう。
それは、キホーティスさんもおなかが痛いだろう。
「ともかく、明日は頼む。 此方も可能な限りの人員を討伐に回す」
「分かりました」
「スーちゃん、安請け合いは……」
「うん……ごめん、でもなんとかしないと」
リディーの言うことの方が正論だ。
これは安請け合いできる事では無い。
アルトさんやルーシャに頼るばかりでは駄目だ。
リディーとスールが、いつも以上の力を出さないと。
言ったからにはやれ。
そうフィリスさんの目は告げていた。
非常に厳しく、怖い目だった。
もし上手く行かなかったら。
今後、フィリスさんがわたし達に向ける目は、非常に厳しいものになるだろう。或いは、機会を見て消されるかも知れない。それくらいはしかねない人だと言う事は、もう分かっている。
あの人の威名、破壊神というのは誇大でも何でも無い。
未整備のインフラというものを徹底的に破壊する。
本物の破壊神だ。
勿論人間がどうにか出来る相手では無い。
あの人の実力は、完全に人間を超越している。そして、何となく分かってきたことがある。
錬金術は。
ひょっとすると、極めていけば行くほど。
人間から乖離していくのではないのだろうか。
ぞくりと背中に悪寒が走る。
何かに見られているような気がした。
とにかく、今日はもう早々に休む事にする。明日は決戦だ。あの巨大牛より格上のネームドを相手に、やりあわなければならない。
リディーはずっと真っ青。
スールだって、意識がいつまでもつか怪しい。
天幕に入ると、倒れ込むようにして、寝込んでしまう。
何だか全身が重い。
もの凄い強烈なプレッシャーを浴び続けたから、だろうか。
フィリスさんの発している圧力は、文字通り全てを破壊する者のものだった。
あれを、どうにかして。
納得させなければならないのだ。
ルーシャが、毛布を掛けてくれているのに気付く。
ありがとうの一言も言えない。
そういえば、あの会議の時。
余裕綽々のアルトさんとは裏腹に、ルーシャも真っ青だったっけ。相当に怖かったのは確実だ。
ルーシャはまだ人間だ。
年齢も実体が定かでは無いアルトさんとは違う。
アルトさんは多分フィリスさんと同じ側の存在だと思うが。
ルーシャはまだこちら側だ。
いや、本当にそうか。
もしこのまま技術を伸ばしていけば。
いずれ、リディーが多分先に。
そして、続いてスールも。
人間では、無くなるのかも知れない。
思わず身を縮めてしまう。
文字通り、全てを破壊する者の炸裂するような圧迫感を側に覚えて。それでいながら、まだ生きている。
それが奇蹟に思えた。
明日、ネームド狩りに失敗したら。
本当に殺されるかも知れない。
ぎゅっと身を縮める。
覚悟を決める。
とにかく、絶対に。
勝たなければならなかった。
早朝。
行軍を開始する。
やはりフィリスさんは街道の整備に入り。
色々考えながら、オスカーさんは土いじりをしているようだ。
既に出来上がった土を、まだ出来ていない場所に移したり。草の成長を見て、栄養剤を足したりしているようである。
栄養剤は既に作れるだけ作って渡してしまった。
栄養剤が尽きると。
フィリスさんが持っている、リディーとスールが作るのとは比べものにならない品質のものを投入しなければならなくなる。
そうなれば、国家予算を強烈に圧迫することは確実で。
騎士団員が命を賭けてここに来ている事が、更に重く重くなる。
アダレットは今までの仕事で分かったが、はっきりいって大した国じゃない。
ラスティンも多分そうだけれど。
匪賊なんてものがまだ存在していて。
街道どうしも安全に通れない。
そんな程度の国に過ぎない。
王都は安全だが、それだって500年もかけて作り上げたものだ。それも錬金術師達が、である。
そんな錬金術師を迫害し追放する程度の国。
200年前に、あのネージュを迫害していなければ、この国はもっともっとマシになっていたはず。
そんな程度の国だ。
そもそも先代の王様からして、庭園趣味に大事な国家予算をつぎ込み、要塞化されていた王都を駄目にしたような無能。ミレイユ王女が実権を握らなければ今頃どうなっていたか分からない。
である以上、この国は脆い。
文字通り砂山の上に立てた旗のように。
だから頑張らなければならない。
リディーは青ざめているが。
スールも多分同じだろう。
ルーシャが時々、心配して声を掛けて来るが。
大丈夫と応えるしかなかった。
ほどなく、予定地点に到達する。
瞠目、というくらいだ。
事前に話を聞いているが、何でも額に巨大な第三の目があるらしく。これを活用して強烈な攻撃をしてくるらしい。
つまるところ、その目をどうにかしない限り。
多分勝ち目は無いという事だ。
岩場を利用して、布陣。
ルーシャとオイフェさんが左側に、右側にリディーとスールが。
アルトさんは、少し下がって、奇襲に備えた。或いは、交戦の様子を見て、最善のタイミングで介入するつもりかも知れない。いずれにしても、この人が手を貸してくれないと、多分勝てない。
発破は敷設したが。
それもどれだけ効果を示してくれるか。
ほどなく、見えてきた。
想像していたのと、違う。
ぞっとした。
まず足が左右に四対、八本。体は非常に長く、前に見た丘を囲むような巨大な蛇のネームドを思わせる。
口はなんと二つあり、上下に二つあるだけではなく。下の口からは、四本も舌が出ていた。
背中には巨大な背びれのようなもの。
そして噂通りの第三の目。
しかもこの目。
巨大で、しかもおぞましい程に青黒かった。
もうあれは、トカゲというよりも。
怪物だ。
生物と呼んで良い存在だとは思えない。震えが来る。足がガタガタ言っている。相手は既に此方に気付いているようで。
足を止めると。
咆哮した。
どん、と空気が押し出されて、此方に流れてくるのが分かった。咆哮だけで、辺りの空気をぶっ飛ばした、というわけだ。
そして、額の目に光が宿り始める。
まずい。
発破を敷設した地帯から遠すぎるし。
何よりも、あの距離から放たれても、多分此方を充分に蹂躙する火力がある、という自信があるのだろう。
飛び出して、レヘルンをありったけ放り投げる。
一瞬早く爆裂。
もう敷設していた発破も一緒に爆破してしまうが、これは仕方が無い。
額から放たれた光が、辺りに滅茶苦茶に拡散するが。
着弾地点で、おぞましい爆発がそれぞれ巻き起こっていた。
霧で光線の類は拡散できる。
そういう話は聞いていたが。
試してみるものだ。
だが、霧をぶち抜いて、更にもう一つ瞠目の大顎が咆哮。
それだけで、霧が全て消し飛ばされ。更に、第二射の準備も、終わっているようだった。
あれが直撃したら。
終わる。
飛び出したのはアンパサンドさんだ。
鬱陶しいと言わんばかりに、だんと、足を一本踏み降ろすオオトカゲ。それが詠唱になっていたらしく。
トカゲの周囲全域が。
いきなり吹き飛ぶようにして、巨大な錐が飛び出していた。
もう一回、踏み降ろされる足。
まずい。逃げて。叫ぶが、同時に、辺り全域が吹っ飛ばされる。
冗談じゃない。
ネームドとしても、前のと格が違いすぎる。
広域攻撃で騎士達を殆ど行動不能にした上、更に必殺の光弾を放とうとするオオトカゲだが。
その至近に、アンパサンドさんが躍り出る。今のを回避していたのか。流石という他ない。
そして、下の口から生えている舌を一本、見事に切りおとしながら着地。
猛ったトカゲが。足で払うが。それで一瞬だけ、体幹がずれる。
躍り出たフィンブル兄とマティアス。
二人とも傷だらけだ。
更に、支援するように、ルーシャの傘から、収束した光弾が放たれる。
薙ぎ払うようにして、第三の目から光を放とうとするトカゲだが。
その瞬間、その頬に、オイフェさんが拳を叩き込んでいた。それも二十発ほど、一瞬で、である。
ぐらりと揺らめき、あらぬ方向に光弾をぶっ放すトカゲ。
フィンブル兄が、第三の目にハルバードを突っ込もうとするが、吹っ飛ばされる。尻尾が擦ったのだ。あの長さで、あんなに柔軟に、しかも早く動くのか。
続けてマティアスが、リディーの支援魔術を受けて、大上段から斬り降ろすが。
軽く肌を割いただけ。
嘘だろと顔に書いたマティアスが、トカゲが五月蠅いと払った手に吹っ飛ばされて、地面でえぐい音を立ててバウンドした。
だが、その時である。空から降り注いだ無数の剣が、トカゲに突き刺さり、爆裂する。
アルトさんだ。
流石にコレには、オオトカゲも悲鳴を上げて、転がる。
燃えさかっている体を、どうにか消火しようとしているが。
それが決定的な隙になる。
ルフトを束ねて。
そして、レンプライアの欠片を塗りたくる。
条件は満たした。
使わなければ死人が出る。
敵に確実に当てられる。
敵が決定的な隙を晒す。
自分が冷静に判断出来る。
それらが、条件だ。そして満たした以上、今は使わなければならない。
突貫。
リディーが支援魔術を掛けてくれる。
更に、立ち上がろうとした瞠目の大顎の横っ面を、オイフェさんがフルパワーでの拳でぶんなぐり。
その揺れた先に残像を作って出現したアンパサンドさんが。
ナイフで目を抉りながら空中に躍り上がる。
勿論、オオトカゲはアンパサンドさんを追い。
第三の目から、光弾を放ちに掛かる。
騎士達が、さっと離れるのを見て。
やっと自分の失策に気付いたようだが遅い。
かっと口を開いた其処に、ルフトをまとめて投げ込む。
同時に、尻尾が振るわれ。
スールを直撃していた。
体がくの字にへし折れるかと思うほどの衝撃が来て。文字通り吹っ飛ばされ、三回地面でバウンドする。
受け身どころでは無く、吐血するが。
しかし、同時に起爆ワードを唱えていた。
爆裂したのは、風だ。
文字通り、そこに殺戮の竜巻が巻き起こっていた。
首から上を全て吹き飛ばされた瞠目の大顎が、しばし竿立ちになった後。
周囲に血の雨が降り注ぎ。
そして、地響きを立てながら倒れ付す。
大量の鮮血が、地面でボロぞうきんのように転がっているスールの所まで流れてきた。
激しく咳き込む。
今の一撃、多分ルーシャがかなりダメージを殺してくれたけれど、それでも全身の骨が折れたかと思った。
頭を庇うので精一杯。
何度も血を吐いていると、意識も怪しくなってくる。
ルーシャとリディーが駆けてくるのが見えた。
手当は任せるしかない。
徐々に視界が暗くなっていき。
そして、意識を手放していた。
意識を手放すと言っても、完全に気絶できる訳では無く。
闇の中に落ちるような感触だった。
何か得体が知れない沼のようなものから触手のようなものが伸びていて。
真っ暗な中に、スールを引きずり込もうとしている。
気持ちが悪いのに、漠然とそんなイメージだけが浮かんでは消えて。
そして抵抗さえ出来ない。
時々、何か周囲で叫んでいるのが聞こえるけれど。
或いは気のせいではなく、途切れがちな意識が、本当に発せられている言葉を拾っているのかも知れない。
死んだのかな。
そうも思ったけれど。
スールは多分死んだら地獄行きだ。教会で教えている地獄かは分からないけれど。ほぼ間違いないだろう。
ということは、まだ死んでいないという事だ。
笑おうとして失敗する。そんなことさえ出来ない程、意識が散漫になっていたし。
何より、自分の体の事さえも、殆ど分かる状態ではなかった。
どれくらい、時間が経っただろう。
目が覚めた。
既に、フィリスさんのアトリエに運ばれていた。
手当はされている。
ナイトサポートも使ったらしい。
まあ、当然だろう。
体中が酷く痛いけれど。
あんな攻撃をモロに食らって、死んでいないだけまだマシだ。
それに、攻撃のタイミングが遅れたら、空中で隙をわざと晒したアンパサンドさんが消し飛んでいた。
騎士団もあの錐を繰り出す魔術で半壊していたが。
まだあの時点で、死者は出ていなかった、と思いたい。
呼吸を整えるけれど。
その時、やっとリネンを着せられていることに気付く。
はあと、情けない声が漏れた。
体を動かそうとするけれど、出来ない。
痛いというのは、こういうことだと体に叩き込むようにして。全身に凄まじい鈍痛が走っている。
痛いのは我慢できるとか、そういう話では無い。
内臓の全てが。筋肉も。それに骨も。
全てが痛みを訴えていた。
そしてこれはシスターグレースに聞かされたのだけれど。
痛いというのは、体がダメージを教えてくれているのだという。
要するに、体中がバラバラになる所だったのだ。
呼吸する度に痛むので。
流石に閉口する。
しばし何とか起き上がろうと無駄な努力をして。それが無理だと言う事を結論。側を見ると。無表情のオイフェさんがいて、水を飲ませてくれた。
口の中が凄くいたい。
要するに、口の中もズタズタに切っているという事か。
歯が欠けていないだろうなと、不安になったけれど。
オイフェさんは無表情で無言なので。
何も教えてくれなかった。
「栄養剤……どうなった?」
「リディーさんが泣きながら調合していました」
「そっか……」
元々栄養剤はえげつなく難しかった。
調合の主体はリディーで、スールは勘がいる場所くらいでしか役立てていなかったけれども。
泣きながら調合と言う事は。
リディーも相応の打撃を受けていた、と言う事か。
あいつ、瞠目の大顎、強かった。
長期戦になったら、絶対に勝てなかった。
それと、ルフトを束ねて火力を上げる発想は、我ながら悪くなかった。ルフトアイゼンとでも名付けるべきだろうか。
フラムやレヘルンも同じように出来るはずである。
勿論一つずつの作成コストは大きくなるが。
置き石戦法での活用も。
更には敵に投擲しての活用でも。
大きな効果が見込めるはず。
大型フラムのピンポイントフレアつきなんて、どれだけの火力をたたき出すか、想像も出来ない。
作って見たいと思うけれど。
指先まで動かすと痛い現状では、正直どうにもならないだろう。
また、いつの間にか意識を失っていたらしく。
リディーが調合をしているのが見えた。
ルーシャが今度は手当をしてくれていた。
意識が戻ったのに気付いたようだけれど。
それについて、何か言うことは無かった。ルーシャが守ってくれたのは、言われなくても分かっていた。
「ルーシャ、助かったよ。 ありがとう」
「まだ喋っては駄目ですわ。 全身バキバキのボロボロだったのですわよ」
「そう、だろうね」
「喋らない」
口を塞がれる。
ルーシャは相当にお冠の様子だった。
これでは、或いは。今までリディーとスールがバカな事をする度に、ルーシャはいつも冷や冷やして、心臓が止まりそうになっていたのだろうか。だとしたら、本当に情けない限りだ。
飲み薬を、ゆっくり飲まされる。
外傷の方はナイトサポートでどうにかしたらしいのだけれど。
体の内部の傷などは、どうにも出来ない状態で。
お薬を飲むことで、どうにか回復させるしかないという。
排泄はその場で垂れ流しと聞いて、流石に青ざめたが。
おむつはきちんともうつけてあるとか言われて、余計にげんなりした。
恥ずかしいけれど。
見透かしたように言われる。
「こういう手当を受けるのが恥ずかしいと思うなら、もうあんな自殺行為は止める事ですのよ」
反論は許されなかった。
飲み薬は恐ろしくまずかったけれど。かなり体が楽になる。フィリスさんがわざわざ出してくれたらしい薬で。
要するに神域の薬、というわけだ。
そして、粥を食べさせられる。
まずは液体に近いものから。
ただし栄養はばっちり入っていなければならない。
結論としては、粥しかない、というわけだ。
理屈としては分かるけれど。
粥なんて食べるのは、いつぶりだろう。
リディーが栄養剤を持って、外に出て行った。
ルーシャも、それについて一緒に出ていく。オイフェさんは話してくれる方ではないので、気まずい沈黙が残ったが。
意外な人が側で話してくれた。
ツヴァイさんである。
「仕事が一段落したので、軽く話をするのです。 喋るのは禁止です」
「……」
仕事が一段落したと言いながらも、ツヴァイさんは手元のボードで、素早く色々計算を続けている。
数字に強いホムとは言え。
何というか、凄い経験を積んでいるというのが一目で分かる。
日常的に数字を徹底的に管理して。
嫌と言うほど数字を見続けている、という感じだ。
それでいながら、数字を処理するのを嫌がっていないので。恐らくは、数字そのものが好きなのだろう。
戦いの後の事を話してくれる。
かなり大きな深核が採れたということ。
騎士団員や傭兵には重傷者も出たが、一番の重傷がスールだったということ。幸いなことに、手足を失ったり、引退に追い込まれた人もいなかったそうだ。
それで、ちょっとだけほっとした。
倒したネームドの死骸は、何等分かにしてやっと運び込む事が出来たほどで。
もしも騎士団だけで戦っていたら、どれだけ損害が出たかと、キホーティスさんは青ざめていたそうだ。
今までそれほど大きな被害を出していなかったネームドだったのだが。
それは運が良かっただけ。
実際には、もしまともに隊商などが襲われていたら壊滅は免れず。
討伐の優先順位を低めにしていたのは、騎士団の落ち度だったと、キホーティスさんが悔やんでいたらしい。
確かにおぞましい強さだったが。
そもそも格下の黒金の大角が放置されていた事からも。
ネームドの駆除なんか、とても手が回っていないことが分かる。
騎士団の損耗率から考えても、もっと危険な相手から優先しているのが分かるので。
責める事なんて、とても出来なかった。
「お姉ちゃんも、前は無理ばっかりしていたのです。 その度にイルメリアさんが泣いたりしていたのです。 リア姉も、どんどん人間離れしていくお姉ちゃんに、心を痛めていたのです」
「……」
「今はゆっくり休むのです。 数日で動けるようになるので、そうなったらその分は働けば良いのです」
ツヴァイさんはそれだけ言うと。
また仕事に戻った。
見せてもらってはいないのだけれど、このアトリエには巨大なコンテナまで入っているらしく。
時々、数人の手練れが中に入っては。
荷車を使って、大量の物資を搬出していく。
うちのアトリエよりも、積載量は相当に多いだろう。
そう思っていたが。
山を丸ごと幾つも飲み込んだとかいう話を聞かされて。
真顔にならざるを得なかった。
それはそうだ。
まさかそれほどとは。
そもそも、ハンカチのように折りたためる時点で色々凄いのに。
想像を絶する世界である。
言われたままゆっくり休み。
薬も飲んでいる内に、痛みも激減していった。ただし、痛い事には変わりは無く。もっと酷い状態になっていただろうルーシャのことを思うと、心が痛んだ。
喋っても良いと言われたのは三日目からだったが。
喋る度に咳き込んだので、リディーを心配させた。
四日目には半身を起こして、排泄は自分で処理して良いと言われ。
五日目からは、歩いて良いと言われた。
まだ病み上がりだが、アトリエを出て外に出ると。もう草を植えていた辺りには低木が生え始めていた。
成長が早い植物を使っているらしい。
急ぐ場合は、余所から木を植え替える事もあるらしいが。
そういう事をすると、土にも木にも良くないという話を、働いている人夫達に、オスカーさんがしていた。
ともかく、今日から少しずつ、寝ていた分を取り戻していかなければならない。
まだ、この戦略事業。
終わってはいないのだから。