暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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そういえば、不思議シリーズくらいでしか亀の敵は出ていないですね。

亀は動きは遅いですが力は強い生物です。装甲だけが取り柄というわけでもないのです。


1、血まみれ平原

巨大な亀が、突貫してくる。丸い甲羅を持っていて、そして口は凄まじいほどに大きく、尖っていた。

 

牙は見えないけれど。

 

あんな口で噛まれたら、一瞬で腕ぐらい無くなってしまう。

 

轟音と共に、ドロッセルさんの大斧が亀の甲羅に突き刺さるけれど。

 

しかしながら、亀はそれでも突進を止めない。

 

レヘルンを直撃させるが、それでもまだ止まらない。

 

何てタフな。

 

アンパサンドさんが、至近を横切るようにして、軽く斬る。

 

一瞬だけ隙を見せた亀に。

 

躍りかかったドロッセルさんが、斧に踵落としを叩き込む。

 

嫌な音と共に甲羅が爆ぜ割れ。

 

流石に今度は、亀も動かなくなった。

 

雨の中、呼吸を整える。

 

何度も支援魔術を使って皆を助けたが。

 

周囲の大量の獣の死体を見ると、はっきり言って肝が冷える。ブライズウェスト平原に入っただけでこれだ。

 

奥に進んだら、一体どうなることか。

 

「これはちょっと量が多いわね。 後で貴方たちの取り分は分けるわ」

 

「えっ? どういうことですか」

 

「こういうことよ」

 

荷車に積んでいた荷物の中から、小さな四角い金属の塊を取りだすイル師匠。

 

それを拡げると、ドアになる。

 

どうやって拡げたのか。

 

そして、ドアを開けると。

 

中は薄暗い倉庫になっていた。

 

もうこれだけで意味が分からない。フィリスさんが使っているアトリエのようなものなのだろうか。

 

「大体その通りよ。 高位次元に干渉して、内部に別の三次元空間を作り出しているの」

 

「心も読んでいるんですね」

 

「考えている事を当てているだけよ。 別にこれくらい、多少訓練すれば誰にだって出来るわ。 さ、男衆にドロッセル、獣の死骸を運び込んで。 内部は冷えているから、痛む事はないわ」

 

「うひい、マジかよ……」

 

真っ先に文句を言うマティアス。

 

殿下、とたしなめながら、フィンブルさんが獣の残骸を運び込み始める。

 

雨に濡れると、急速に痛む。

 

それは分かっているので、急ぐ。

 

血の臭いもある。

 

獣は放置していれば、どんどん寄ってくるだろう。作業は急がなければならない。此方の継戦能力も無限では無い。

 

不意にイル師匠が、手を振ると。

 

大きな剣が出現して、地面に突き刺さる。

 

悲鳴を上げながら飛び出してきたのは、口ががばっと全方位に開くモグラだ。奇襲を目論んでいたのだろう。

 

アンパサンドさんより反応が早かった。

 

剣が串刺しにしたので、流石に即死。

 

これも、死体入れ(仮)に運び込んでいく。

 

「フィリスがいれば少しは楽なんだけれどね。 あの子は今、スイッチ入ってるから」

 

「イル師匠、フィリスさんのアトリエ、山を幾つも飲み込んだって本当?」

 

「本当よ」

 

「うっそお……」

 

流石に青ざめるスール。

 

リディーも驚いたが。

 

実は、スールが負傷して寝ているとき。ツヴァイさんに案内して貰って、見せてもらったのだ。

 

コンテナは広大な空間が拡がっていて。

 

何処までも棚があった。

 

見た事も無い素材もたくさんあったし。

 

深核もゴロゴロ置かれていた。

 

石材や、ただの石らしいものから。

 

貴重そうな鉱石まで。

 

様々なものが山のように詰め込まれていた。確かに、山を幾つも飲み込んだというのも納得の、異次元空間だった。

 

獣の処理が終わる。

 

すぐにさっき貰った装置を、言われたまま地面に差す。

 

指示は的確で、間違えようがなかった。

 

アリスさんがてきぱきと動き。

 

イル師匠が、ゼッテルに筆を走らせる。

 

雨の中だろうと関係無い様子だ。

 

特別製のゼッテルとインクなのだろう。或いは、地図の情報を、自分にだけ分かるように書いているのかも知れない。

 

イル師匠が作業中は。

 

アルトさんが辺りを代わりに警戒していた。

 

ほどなく、動く。

 

別の地点に移動するが。

 

当たり前のようにコカトライスが歩いていたので、思わず悲鳴を上げそうになった。彼奴は獣の中でも別格だ。出来れば近寄りたくもない。

 

完全に無視して、イル師匠はすたすた歩いて行く。

 

コカトライスは此方を警戒するようにしていたが。

 

手を出しても勝てないと判断したのか、そっぽを向いて、去って行く。

 

すごい。

 

騎士団がいても、襲いかかってきたのに。

 

「辺りにある鉱石、黄色みが掛かった奴、拾っておきなさい」

 

「はい。 これですか」

 

「そうよ。 これはライデン鉱と言って、電気を蓄える鉱石よ。 ドナーストーンという雷撃爆弾の素材になるわ。 本来は雷が落ちないと出来ないのだけれど、此処はこう言う場所だから、高品質のものがいくらでもある。 集められるだけ集めておきなさい」

 

「はいっ!」

 

作業の合間に、可能な限り拾っておく。

 

その他にも、たまに岩陰などに、ちょっとだけ野草などが生えていた。アルトさんに聞くと、いちいち全て知っていた。

 

毒草、薬草、どっちも使い路がある。

 

図鑑を拡げるどころではないので、使えそうなものはもうその場で出来るだけ回収していく。

 

その間も断続的に獣の襲撃は続く。

 

壊れた橋があり。

 

怒濤のように、増水した川が流れていて。

 

さっきの亀が、もがきながら流されていくのが見えた。あれは、落ちたら絶対に助からない。

 

獣でさえあの有様だ。

 

やがて亀は、激流の中で大岩に激突。

 

砕けてミンチになって、バラバラに流されていった。

 

生唾を飲み込む。

 

恐ろしすぎる。

 

川の中は、巨大な獣で一杯だろう。あの亀の死骸は、あっと言う間に貪り尽くされて、何も残らないに違いない。

 

獣は人間を例外なく襲うけれど。

 

獣同士でも喰らいあう。

 

恐ろしい世界だと、体感するしかなかった。

 

そのまま、言われた場所に装置を突き刺し。

 

イル師匠がメモをとる。

 

そして、また獣を駆除しながら進む。レヘルンとルフトは山ほど作ってきたのに、在庫が少し心許ない。またざわめきの森と、氷晶の輝窟に行かなければならないだろう。ざわめきの森はもうスールもピーピー言わなくなったが。氷晶の輝窟に関しては、足を運ぶ事自体が色々気が進まない。

 

「次。 こっちよ」

 

「はいっ!」

 

「えっ、此処って……」

 

「早くしなさい」

 

イル師匠の叱責は厳しい。

 

やれやれと、ドロッセルさんが肩をすくめた。

 

何しろ其処は坂になっていて、泥水が大雨に遭わせて、川のように激しく流れてきていたからである。

 

しかも坂の上には、多数の獣が集まっている。

 

此処を通ろうとする者を襲い、八つ裂きにしてやろうと待ち構えているのだ。

 

「じゃ、先陣切るよ」

 

「続くわ。 貴方たちも、私から離れすぎないように」

 

「やれやれ、相変わらずのじゃじゃ馬ぶりだ」

 

「五月蠅いわよ」

 

アルトさんに、イル師匠が短く返す。

 

どうやら昔からの知り合いらしいけれど。はて。

 

イル師匠については、年齢を聞いたけれど。アルトさんは、むしろイル師匠より年下に見えるくらいなのだけれど。

 

どれくらいから錬金術師をやっているのだろう。

 

お父さんをあからさまに越える腕前と。

 

ネームドを相手にしてもまったく遜色のない手練れぶりなのに。

 

この間スールが寝込んでいる間に聞いた話によると、いわゆる「三傑」ではないというのだ。

 

ならばこの人は。

 

一体何者だ。

 

ともかく、どっと濁流が流れ込んできている坂を駆け上がり。

 

一気に蹴散らしながら、進む。

 

身体能力が上がっているとは言え、かなりきつい状況だ。しかも、坂の上から獣が魔術をバンバン投げ込んでくる。

 

雷撃系の攻撃は、避雷針が吸ってくれるけれど。

 

他はそうも行かない。

 

ドロッセルさんは地面に激しい音と共に斧を突き刺すと。

 

辺りの岩を豪腕を振るって投げ始める。

 

崖の上にいる獣が、その岩が飛ぶ度に吹っ飛ばされ、明らかに怯むが。しかしながら、吹っ飛んだ獣は即座に他の獣の餌だ。

 

そして、十体ほどが吹っ飛んだ頃には。

 

あからさまに隙が出来。

 

真っ先にアンパサンドさんが。

 

濁流から飛び出している岩を上手に跳んで渡りながら、敵陣へと切り込んでいた。

 

相変わらずの凄まじい度胸である。

 

それにドロッセルさんとフィンブルさんが続き、更にマティアスさんも本当に嫌そうな、怖そうな顔をしながら続く。

 

「こえーし! 死ぬし!」

 

泣き言が此処まで聞こえる。

 

呆れるが。

 

正直な話、泣き言もぼやきたくなるのは、何となく分かる。だから、敢えて何も言わない事にする。

 

突破口を開いたアンパサンドさんに続いて、ドロッセルさんが突入。

 

当たるを幸い、敵を薙ぎ払い始める。

 

大斧を直撃させられた獣は、大半がその場で吹っ飛ぶか、ミンチに。

 

そこへ踊り込んだフィンブルさんが敵の数を減らし。マティアスさんがどうにか攻撃をガードする。

 

イル師匠が悠々と崖の上に上がり。

 

リディーとスールがそれにつづいた頃には、いつの間にかアルトさんも崖の上に上がっていて。

 

悠々と肩に掛かった水滴を払っていた。

 

辺りにはまだまだ雷が落ち続けている。

 

呼吸を整えながら、支援魔術を次々切り替え。

 

アンパサンドさんを、フィンブルさんを、マティアスさんを。状況に応じて支援していく。

 

不意にアリスさんが動いて。

 

間近を斬る。

 

何もいなかった筈の空間から鮮血が噴き出し、その場に大きなカエルが出現して、倒れていた。

 

保護色か。

 

そういう能力があると言うのは聞いていたが。

 

ここまで来ると、もう魔術の域だ。

 

いや、或いは本当に魔術なのかも知れない。

 

今の攻撃も、アリスさんはシールドごと敵の皮を喰い破っていた。

 

迷彩で近付き。

 

しかもシールドで守りにも余念がない。

 

隙が無い。

 

生物として、もう何というか、存在していけないレベルだが。此奴でも、この荒野では、ただの獣の一匹に過ぎないのだろう。

 

激しい戦いはまだ続き。

 

時々イル師匠やアルトさんも加勢してくれるが。

 

殆どは、リディーとスールが。

 

接近戦組と連携しながら、処理しなければならなかった。

 

坂の上での激しい戦いが終わった頃には、皆泥だらけ。傷も無数に出来ていた。アンパサンドさんでさえ、直撃こそ無かったけれど、細かい傷はたくさん作っている。何とか、体勢を立て直したい。

 

「リディー、其処に。 スール、其処に」

 

でも、イル師匠は容赦ない。

 

どんどん指示をして、作業を進めていく。

 

どうやら、極限まで体力を絞り尽くさせるつもりらしい。雨をもろに浴びているから、風邪を引きそうで怖い。

 

体力の自動回復がナックルガードでついているとは言え、これは正直な所。

 

かなり厳しいとしか、言いようが無かった。

 

 

 

やっと、一段落したのはもう暗くなり始めてから。

 

大規模な戦いだけで三回。そして、ブライズウェスト平原の半分ほどを回って、それで一旦宿に引き上げた。

 

残りの戦力を聞かれるので。

 

慌てて荷車を調べる。

 

ルフトとレヘルン、念のために持ってきたフラムも含めて、残り三割を切っていた。

 

「それでは駄目ね。 かなり無駄に使っている所があったし、それで足りなくなったのよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「イル師匠の剣、いいなあ……」

 

「これ、手入れから何から兎に角大変よ。 今は壊れないようになったけれど、昔は戦闘の度に壊れて、必死の思いで作り直していたんだから」

 

そうなのか。

 

イル師匠でさえそうだとすると。

 

今のリディーとスールには扱えないか。

 

がっくりと肩を落とすけれど。

 

ともかく、この後どうするか、決めなければならない。

 

一度、食堂に皆で集まる。

 

ぶっちゃけた話。

 

アルトさんとイル師匠だけなら、この後の作業も簡単ポンなのだろう。だけれども、少しでも負担を減らしてコストを下げるために、リディーとスールが来ている。コストカットに関する重要性は、この間キホーティスさんから聞かされた。それならば、相応の事はやらなければならない。

 

まず、物資が減っている事を告げると。

 

アルトさんはくつくつと笑った。

 

「ちょっと色々準備が足りないね。 まだ若いのだから仕方が無いけれど」

 

「アルトさんって時々おじいちゃんみたいですね」

 

「今更?」

 

「ちょっとまて! どこがだ!」

 

しらけているイル師匠と本気で狼狽しているアルトさん。

 

スールはもう当たり前のような目をしているし、リディーは困惑するばかりだ。そういう話はスールにされたが、この反応からして、本当だとしか思えない。

 

ただ、強いていうならば。

 

イル師匠よりは。

 

まだアルトさんの方が、隙があるかも知れない。

 

「ともかくだ。 そうなってくると、明日の探索でどうにか切り上げる。 それしかないね」

 

「ドロッセルの言う通りよ。 もう帰り道の事は考えなくて良いから、ブライズウェストで持ってきた発破類は全て使い尽くすつもりで戦いなさい」

 

「でも、大物が出てきたら……」

 

「バトルミックスを使うべき時が来たら使ってかまわないわ」

 

そうか、創意工夫で乗り切れ、と言う事か。

 

今日は雨に濡れて疲れた。

 

常時回復が掛かっていてこれだから。

 

或いは、下手をすると風邪を引いていたかも知れない。ともかく、体を綺麗にしてから、休む。

 

疲れ切っていたから、すぐに落ちる。

 

雷がまた激しくなってきていて。

 

時々叩き起こされたけれど。

 

隣にスールが寝ているので。

 

ある程度は安心して、また眠る事に専念できた。

 

 

 

翌朝。

 

雨が上がっていた。

 

雲は相変わらず分厚いし、雷も落ちているけれど。それでも、昨日よりは条件がずっと良い。

 

すぐに出る準備をする。

 

昨日大量に獣を駆除したにもかかわらず、まだ遠目にもかなりの数の獣が彷徨いていたけれど。

 

それでも、昨日行った地点にはいかなくても良いし。

 

縄張りが開いた分、獣はかなり移動しているはず。上手く行けば、戦闘を減らせるかも知れない。

 

指定地点に向かう。

 

ただ、獣がさっそく多数お出迎えだ。

 

中にはキメラビーストもいる。グリフォンと並ぶ初心者殺し。食肉目の体と蛇の尻尾を持ち、蛇の方にも頭があって、魔術を使いこなす危険な獣だ。ただし、皮は非常に強力で、便利な素材にもなる。

 

襲いかかってくる獣の群れ。

 

とにかく、突破しないことには始まらない。

 

バトルミックスを使うには条件を幾つもクリアしなければならない。

 

アンパサンドさんが真っ先に敵中に踊り込んで暴れ始める。

 

隙を見せた敵に、それぞれ皆が攻撃を叩き込み。

 

リディーは間断なく戦況を見ながら、強化魔術を切り替えて行く。

 

広域回復魔術をもう少しで覚えそうなのだけれど。かなり難しくて、この間考えたネックレスを作って、支援をして貰わないと厳しいかも知れない。

 

錬金術師は魔術師の上位互換。

 

魔術師では突破出来ない出力差を、覆せる存在だ。

 

だから、それを駆使して戦う事を考えなければならない。

 

「リディー!」

 

必死に支援魔術を切り替えながら戦っていると。

 

スールの警告の声。

 

必死にシールドを張るが、思いっきり吹っ飛ばされた。

 

地面でバウンドして、岩に叩き付けられ、ずり落ちる。

 

見ると、大きな……何だかよく分からない生き物が、舌を伸ばしてリディーを殴打したようだった。

 

しかも、体の二十倍は舌が伸びている。

 

何だあのアウトレンジ攻撃。

 

しかも、詠唱を半端にしたとは言え、錬金術の装備でシールドも常時展開しているリディーを、一撃で吹っ飛ばした。

 

必死に立ち上がろうとするが、また舌が飛んでくる。

 

絡め取って、食べるつもりだ。

 

だけれど、スールが舌と入れ違うようにしてフラムを相手の口の中に放り込み、完璧なタイミングで起爆。

 

頭が吹っ飛んだ何か良く分からない生物は。

 

舌も千切れ飛び。

 

凄まじい勢いで、唸りながら地面を打ち据えていた。

 

地面がえぐれるほどの凄まじさで。

 

ぞっとする程の威力だった。

 

口の中がどういう構造になっているのか分からないけれど、あの舌は場合によっては敵を貫く必殺の武器だったのだろう。

 

頭は打っていない。

 

呼吸を整えながら、何とか立ち上がる。

 

詠唱が、嫌に重く感じた。

 

フィンブルさんに支援魔術を掛けて。

 

同時に、一気にフィンブルさんが、躍りかかってきた小型の食肉目を貫く。口から後頭部に抜けたハルバードを、力任せに引き抜くと。辺りに血がぶちまけられる。

 

イル師匠が動く。

 

すっと手を振ると、無数の剣が出現。

 

辺りにいる獣を、悉く串刺しにし、更に雷撃が走る。

 

慌てて跳び離れるアンパサンドさん。

 

それだけヤバイ雷撃だったのだろう。

 

事実、剣に貫かれた獣は、悉く息をしていなかった。

 

「トリアージ! 急げ!」

 

フィンブルさんが叫んで、リディーも手当を受ける。

 

呼吸が荒くなっている。打ち身だけなら良いけれど、骨が折れていないか、念入りに調べられた。

 

体中痛くて、涙が出そう。

 

だけれども、これはとっさの判断を出来なかった自分が悪いのだから、甘受するしかない。

 

一通りの手当が終わったら、すぐに次へ。

 

地図はまだ出来ていない。

 

アルトさんは笑みをずっと浮かべ続けているし。

 

アンパサンドさんも文句一つ言わない。

 

此処が非常に危険な場所で。

 

地図を作るのに、大きな意義があるというのが理由だろう。

 

マティアスだけが、ぶーぶー文句を戦いのたびにぼやいていた。

 

「こえーし! もう俺様泣きそう!」

 

「ミレイユ王女は血染めの薔薇竜なんて言われているのに、君はまた随分と軟弱だね、マティアス」

 

「うっせえアルト!……その通りだよ畜生!」

 

でも、自分の弱さを認められるのは凄い。

 

雨の中、マティアスは顔を乱暴に拭う。

 

今の戦いでも必死に獣を斬り倒していたが。キルカウントは、そもそも相手を殺す事を想定していないアンパサンドさんとリディーを除くと、最低だったと思う。

 

力仕事しか役に立っていない。

 

アンパサンドさんにもそう言われていた。

 

早い話が独活の大木。

 

自分でもそれを自覚しているから。

 

王族と言う事を、殆ど口にしないのだろう。

 

たまにスールが暴言を吐いたときに、抗議はしていたけれど。

 

最近はそれも、ある程度受け入れている節がある。

 

リディーはマティアスさんが嫌いだ。

 

一番駄目だったときのお父さんにそっくりだからだ。

 

だけれど、今は少しずつ変わってきている。

 

好きかというと好きでは無いけれど。

 

理解は出来はじめていた。

 

姉に才能を全部吸い取られた、という評は的確極まりない。それも自分で理解出来てしまっている。

 

だとしたら、さぞや辛いと思う。

 

恐らく魔郷だろう王宮の中では、そんなマティアスさんに取り入って、悪辣な行為をしようとする役人もいる筈。

 

周囲には、ろくでもない女の子ばかり寄ってきたはずだ。

 

或いは、あのナンパ癖。

 

本当にろくでもない女の子ばかり見てきたから。

 

少しでもマシなのがいないか、探しているから、の可能性も決して低くは無い。まあ、本人に聞いてみないと分からないけれど。

 

人を外側だけから決めつけることの危険さを。

 

リディーはこの間の、ルーシャとの一件で思い知った。

 

本当に、ヒト族はどうしてこうなのかと。

 

自分の愚かささえ呪った。

 

マティアスさんに対しても同じ事をしないように、気を付けなければならないだろう。もしも同じような事をしていたら。

 

今までの愚かな自分達と同じなのだから。

 

いつか、マティアスさんとはきっちり話をしておきたい。

 

今は悪い所ばかり目についているけれど。

 

それでも、ルーシャのこともある。

 

相手がバカだったら迫害して良いとかいうのは。

 

あの世界を焼き滅ぼし氷に包んでなお万物の霊長を自称していたヒト族達と同じレベルの思考だ。そうなってはいけないのである。

 

体勢を立て直してから、ブライズウェスト平原を回る。

 

いきなりドロッセルさんが前に出ると、斧を振るう。

 

また透明な相手がいたらしい。

 

一発で首を刎ね飛ばされたそれは。

 

何だか、直立して歩くナメクジのような姿をしていた。

 

しかも目の辺りが虹色に光っていて。

 

一度迷彩が解除されてからは。強烈にグロテスクで。虫がまだ苦手なスールは、口を押さえて蹲る始末である。

 

流石にアンパサンドさんが叱責する。

 

「そろそろ克服するのです、それ」

 

「足が多いのとか気持ち悪いのとかそういうのやだああ!」

 

「うだうだ言わずに解体するのです」

 

「ひっ」

 

自分が解体されるのかと思ったらしいスールが悲鳴を上げるが。

 

アンパサンドさんがスールの首根っこを掴むと、引きずっていって、まだうねうねしているナメクジもどきの至近に放り投げる。

 

イル師匠は冷酷に解体の準備を進めていて。

 

アリスさんとドロッセルさんはこっちを見てもいない。

 

フィンブルさんは流石にちょっと気の毒そうにスールを見ていた。いつもフィンブル兄と慕ってくれる相手だ。

 

だが、それは甘やかすことになると判断したのだろう。

 

視線をそらして、敢えて鬼になるようだった。

 

てきぱきと木を組み立てて、死体を釣り始めるアンパサンドさん。

 

ナメクジの目らしい場所からは、強烈に長い寄生虫が出てきたので、スールはその場で白目をむきかけた。

 

見かねてリディーが助けに入ろうとするが。

 

アンパサンドさんが視線だけで追い払う。

 

そして、スールは泣きながら、解体作業を一人で行い。ナメクジの体内から寄生虫が出てくる度に、ひゃんひゃん悲鳴を上げていた。

 

仕方が無い。

 

ショック療法だ。今後、虫の類は、スールに全て解体させるしかないだろう。

 

実際、虫を見て腰が引けるようだと。

 

今後戦闘でも影響があるかも知れないのだから。

 

まだ、地図は残っている。解体が終わって、スールが完全に泣いているのをしらけた目で見ながら。

 

イル師匠が作業を続けると宣言した。

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