暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
多少の手傷は仕方が無いというのは、イルメリアも共通して考えている事です。
アリスさんが、至近に躍りかかってきた、蛇の左右から蜘蛛足がたくさん生えているような獣の首を刎ね飛ばす。
また激しく雨が降り始めていて。
獣がそれに紛れて、多数接近してきていたのだ。
荷車から発破を取りだし、放り投げる。もう、在庫にかまってはいられない。走りながら、ドロッセルさんが叫ぶ。
「突貫! 突破!」
「遅れたら死ぬわよ」
「殿軍は自分がするのです」
もうハンドサインを飛ばしている余裕も無く、吠えるようにしてやりとり。
流石は戦略級傭兵。
ドロッセルさんはあからさまにマティアスさんやフィンブルさんより強い。アリスさんに並ぶかも知れない。
手当たり次第に敵を斬り伏せながら退路を作り。
アンパサンドさんが多数の敵を引きつけているのを横目に、撤退支援を続けてくれる。
そして、双子が荷車を引いて抜けきると。
豪雨の中。
魔術による爆撃のように雷が落ちるのを意にも介さず。
大斧を振るって。
不死身の魔人のように、獣を斬り伏せ続ける。
そこにバトルミックス。
最後の発破をまとめ。
レンプライアの欠片を塗りたくる。
それを見て、アンパサンドさんが残像を作って姿を消し。
ドロッセルさんも、圧力を増した敵を無理矢理防ぎ続ける。
イル師匠がシールドを展開。
直前。
スールが、発破を投擲していた。
雷の直撃と被ったので。
鼓膜がおかしくなるかと思った。
気がつくと、その場には木っ端みじんになった獣の残骸が大量に落ちていて。雨がその死骸を洗い流し続けている。
またイル師匠が不思議空間への入り口を開け。
獣の死体を運び込むが。
ほとんど五体満足なものはおらず。
バラバラだったり。
黒焦げだったりした。
スールはどうもあのナメクジもどきの解体以降、すっかり神経に来ているらしく。さっきからゲーゲー吐いている。
リディーは少し気の毒かなとも思ったけれど。
これはスールのためだ。敢えて我慢して貰う事にする。
また、イル師匠の指示通り、器具を持って測定を行う。
その間押し寄せた敵の残党は、アルトさんが殆ど一方的に駆逐してしまったので。何もする事は無かった。
大雨がますます酷くなっている。
発破の在庫もほぼ尽きた。
何とか測量は終わったけれど。
これでは、また来た時、地図が変わっているかも知れない。川の様子がおかしすぎるのだ。此処で長く暮らしている筈の獣たちが、流されているのを何度も見た。そして水の猛威の前には、巨大で凶暴な獣たちでもひとたまりもないのである。
ひたすらに怖いけれど。
それでもどうにかするしかない。
必死にブライズウェストを抜けて。
そして宿まで戻る。
だけれど、本番は此処からだった。
「王子、手伝うのです」
「あー、ひょっとして、獣の分別とかそういうの?」
「そういうのです」
勿論、アンパサンドさんは容赦なくスールの首筋を掴んでいた。力のかけ方のコツがあるのだろう。
スールは逃げる事も出来なかった。
腕力はスールの方が上、と言う話だったのに。
「イル師匠、コンテナは……」
「アトリエに戻ってからは、私とアリスだけでコンテナに戦利品を格納するの。 この意味は分かるわね」
「うっ、それは……」
「手伝う必要はないわ。 貴方たちにはレポートを書いて貰うのだから」
ああ、やっぱりか。
これが試験だった、と言う事か。
ブライズウェストみたいな異次元に危険な場所に出向く。ひよっこの錬金術師がやっていいことではない。
超一流の支援があっても、下手をすると死ぬ場面が幾つもあった。
流石にかなり参っている様子のスールを助けようかと思ったのだけれど。
無用、の一言でイル師匠に斬って捨てられる。
宿で暖かい飲み物を何か飲んでいるドロッセルさん。
聞いてみると、携帯用のスープだという。
普段は乾燥させて固めておき。
お湯を作りさえすれば飲む事が出来る。
ただ基本的に傭兵がそれぞれのレシピで作るものなので。
慣れていないととても食べられるものではないともいう。
平然と食べられるようになると傭兵一人前、らしい。
フィンブルさんも、顔色一つ変えていないドロッセルさんを見て、流石だと呟いていたが。
そんなに凄い味なのか。
暖かいものだということで、少し興味はあったのだが。
アルトさんは、くつくつと笑う。
そういえばこの人も、乱戦の中で殆ど傷も受けていない。
イル師匠と同格の規格外だと思うのだが。
そういうそぶりもまた見せなかった。
「スーは虫が苦手なんだね。 意外だったよ」
「昔悪戯をして、それでお仕置きで物置に閉じ込められて、虫が一杯で……それから虫が駄目になったみたいです」
「そうか」
「アルトさんは、苦手なものはないんですか?」
ある、と。アルトさんは言った。
少し真面目な表情になる。
それでも口の端は笑っていたが。
「本当に苦手なものが無い者、失敗しない者なんて存在しないよ。 神々が存在したとしても、それに変わりは無いだろうね。 つまり神でさえ失敗はする、ということさ」
「神って、彼方此方にいるって言う」
「邪神もそうだが、君達はそもそも知っているんじゃないのか」
「!」
そうだ。
あの氷の世界で、神についての話は聞いた。
あの様子だと、嘘をつかれているとも思えない。
イル師匠が言ったように。
人間四種族が、自然にこの世界に発生するのは不自然すぎる。神の関与があったとしか思えない。
だとしたら、神はヒトを助けるという点で。
既に失敗をしたのでは無いのだろうか。
しばしして。
めそめそ泣いているスールと。
心底気の毒そうにしているマティアスさんと。
厳しい目で見ているアンパサンドさんが戻ってくる。
どうやら虫や内臓も、全部スールに解体させたらしい。今回はリディーが大きな手傷を受けたこともある。
それに、そろそろ夜の見張りもさせるという話をアンパサンドさんはしていて。
スールはめそめそを止めなかった。
まあそうだろう。
だいたい、泣いて許してくれる相手では無い。
他人に厳しいが、それ以上に自分に一番厳しいアンパサンドさんである。
今後生き残るためにも。
スールには厳しく接する必要があると、判断しているのだろう。
「イルメリアどの。 これからどうするのです」
「地図は出来たし、明日の朝には帰路にはいるわ。 レポートは双子に書かせるから、騎士団の方からも提出してね」
「わかりましたのです」
「やれやれ、大変そうだね」
温まったらしいドロッセルさんが来て、濡れている荷物なんかを手際よく暖炉の前に運んでくれる。
外がこんなだ。
宿の主人も、文句は言わなかった。
むしろ、ブライズウェストの獣を大量に駆除してきてくれたと言う事で。
感謝されたほどだ。
イル師匠はそれからも、まだ少しアンパサンドさんと話していたが。
どうやら獣の肉類は、この街に譲ってしまうらしい。
全て燻製にして。
譲渡してしまう、と言う事だった。
燻製にすれば肉はかなりの長時間もつ。
いざという時の非常食になる。
燻製する事で美味しくもなるし。
最悪の場合は、携帯して逃げるのにもとても便利。良い事づくめだ。
「それなら、王子と街の長に話をしてくるのです。 肉を出す準備をしていて欲しいのです」
「分かったわ。 スール、手伝いなさい」
「なんでスーちゃんばっかり!」
「肉の中には虫のもあったでしょう。 もう貴方はそろそろ克服を始めなければならないわよ。 虫には貴重な調合素材になるものもあるの。 最低でも触れるようにしなさい」
くすんくすんと泣いているスールだが。
こればっかりは助けようがない。
困り果てているリディーの前で。
街長を連れて来たアンパサンドさんと、まるでその従者のようなマティアスさん。本当は立場は逆なのだが。
街長は、どうもそう勘違いしたらしく。
「ホムで騎士をしている立派な人」アンパサンドさんにへこへこしていた。マティアスさんの悪名も、流石に王都から幾つか離れたこの街にまでは届いていないらしい。
「これだけ大量の肉をお譲りいただけると!」
「この様子だと、今年は不作になるのです。 きちんと街で決まりに従って分け合うのですよ」
「は、はいっ! ブライズウェストに集まっている危険な獣を大量に駆除していただいたばかりか、この厚恩! 生涯忘れませぬ」
「騎士としての仕事をしているだけなのです」
何だか真面目そうな獣人族の街長が、ばしっと頭を下げるので。
アンパサンドさんも閉口したのか、さっさと切り上げる。
後は街の人間がわいわいやってきて。
燻製に加工した肉を、みんなもっていった。
まあ、あんなにあってもいらないし。
どうせこの街の農作物は、この長雨だと大半が駄目になってしまうだろう。
ゾーバとかのまずいものなら何とか実るかも知れないが。
それだけではとてもくらしていけまい。
今のがなければ。
餓死者が出ていたかも知れない。
それから、男女で別れて部屋に入り。
イル師匠が、軽く話をする。
スールはまだ目を擦っていたが。
イル師匠が咳払いをすると、背を伸ばして、リディーと並んで座った。この辺り、躾がもうされてしまっている。
「獣についての講義よ。 必要だと思ったらメモをとりなさい」
「はいっ」
「はい……」
「ではまず基本から。 この世界は荒野が基本で、獣は森に入ると大人しくなる。 森はそれだけ貴重な存在、と言う事よ。 獣は放置しておくと際限なく大きくなり、人間も例外なく襲う。 そして、ある条件が整うと、獣はネームドになる」
その単語が出た瞬間。
ドロッセルさんが、少し此方を見たが。
すぐに視線をそらす。
アンパサンドさんは濡れてしまった装備品を乾かし始めていた。
ナイフも拭って、綺麗にしていた。
ただ、それだけでは今回は足りないと判断したのだろう。
ナイフに砥石を当てて磨き始めている。
「リディー。 その条件とは何だと思う」
「わかりません……」
「スールは?」
「わかりません」
まあ分からなくても仕方が無いと、イル師匠は言うと。
黒板を出してきて、図を書き始める。
ちょっと可愛い絵だった。
「これが邪神。 ドラゴンをも上回る、本当に選ばれた錬金術師にしか対応が出来ない規格外の怪物達よ。 そして彼らは本当の意味で神。 ドラゴンは体内に竜核というものを持っているけれど、邪神はネームドのものとは比較にならない濃度の深核を持っているのよ。 もはや神核とでも言うべきね」
「ネームドと同じ、ですか!?」
「他にも、とんでもなく高価な素材を核にしている事もある。 これはネームドと同じよ」
「……まさか、同じ存在と言う事なんですか」
「いいえ」
リディーの推理は外れた。
そのまま正座して、話を聞く。
錬金術師が描かれる。多分これは、フィリスさんだろう。特徴を良く捉えていると思う。でも、手にしているのは杖だ。
そういえばフィリスさん。
弓矢で魔術を発動していたけれど。
あれって、ひょっとして、矢に魔術をわざわざ込めて。
それを放つという二段階の動作を行っているのではあるまいか。
もしそうだとすると、本来は杖がメインウェポンで。
普段は、以前ネームドを蹂躙して見せた以上の火力を、ゆうゆうと振るってみせるのではないのだろうか。
そう考えると。
ぞっとしてしまった。
アレでも力を抑えているというのなら。
破壊神の本当の実力がどれほどなのか、見当もつかないからだ。
「錬金術師が邪神を倒す。 まあフィリス級の錬金術師なら可能よ。 彼処まで行かなくても、パイモンくらいの錬金術師が複数集まり、弾よけの前衛が高度な錬金術の装備で身を固めれば、条件が揃えば倒せるわ」
「パイモンさんが十把一絡げ扱いですか」
「間違えないように。 パイモンはすぐれた錬金術師よ。 でも、邪神の実力が異次元だというだけよ」
イル師匠の言葉は、適切に間違いを指摘してくる。
そして、邪神の絵に、×が付けられ。
地面や空気中に、ひらひらと何かが拡がる。
「邪神は死ぬと、その力が拡散する。 一部は緑の沃野を作り出す。 たまに世界に存在している森なんかは、邪神が現在進行形で住んでいるか、もしくは過去に倒された結果生じたものよ。 要するに栄養剤を撒くというのは……分かるわね?」
「はいっ!」
「?」
スールはぴんと来ていないようなので。
後で詳しく説明するとする。
イル師匠は、更に話を進めた。
「全ての邪神の力が、地面にしみこむわけじゃない。 その力の多くは、獣の体内に蓄積されていくの。 そして、やがてその力は、獣を変質させていく」
「!」
「そう。 そしてネームドになるのよ」
なるほど、納得がいった。
ネームドはあまりにも異形の姿をしているケースが多かった。どいつもこいつもバケモノ以外の何者でも無かった。
だがそれは。
我が物顔で世界を闊歩する邪神の力を取り込み。
それに影響されたというのであれば、色々納得も出来る。
あの理不尽な強さも、である。
そして、深核が体内にあるのも納得出来た。
邪神の力を取り込んでいるのなら。
当然その邪神の力がコアになって。
いつの間にか、主要な内臓の代わりを果たすのだろう。
「ではここからが本題よ。 まずおかしな事がブライズウェスト平原にはあるわね」
「……」
「あっ!」
気付いたのはスールだ。
スールも一応話は聞いていたようだし。
勘はスールの方が鋭いのである。
「確かブライズウェストって、伝説の先代騎士団長とネージュが、ファルギオルを倒した場所だって」
「あっ! そうだよね、その割りに……」
「そうよ。 ブライズウェストには緑がない」
イル師匠は、その場に爆弾を投下する。
つまり、早い話が。
ファルギオルは死んでいないのである。
「邪神は死んでも、時間が経てば復活する事があるの。 基本的にこれはどの邪神もそうで、邪神は復活したての弱体化している状況を狙うことが多い。 ただ、流石の邪神も、森を傷つける事はしないわ。 余程の事が無い限りね。 でも、それにしたって、基本的に邪神が復活するまでには、その場所は森になっている事が多い」
「伝説は嘘だった、と言う事ですか?」
「違うわよ。 ネージュと先代のアダレット騎士団長は、邪神を別の世界に放り込んで閉じ込めたの」
「……まさか、不思議な絵画!?」
その通りだと、イル師匠は満足げに頷いた。
そして、その絵画も見つかっているという。
血のように真っ赤に染まっていて。
内部には危険すぎて踏み込めないそうだ。
イル師匠なら入れそうな気がするのだけれども。それは恐らく、気のせいなのだろう。
「ファルギオルは大幅に弱体化したものの、絵に封印されたことで、力がゆっくりとブライズウェストに漏れていった。 そして今、その力が荒れ狂っている」
「あの大雨は……」
「そうよ。 全てがファルギオルと言っても良いわね」
なんと。
そんな桁外れの存在なのか。
昔話に、この地域を焼き尽くすところだったとあるらしいが。
それは誇張でも何でも無い、と言う事なのか。
恐怖で背筋が震えあがる。
怖い。
でも、話は最後まで聞かなければならない。
「充分な力が集まった時点で、ファルギオルは不完全体とはいえ、この世界に再び現れるでしょうね。 獣たちはどうして集まっていると思う」
「まさか、ファルギオルの力を吸収して、ネームドになるため、ですか」
「その通り。 実際ブライズウェストには、フィリスや三傑のもう一人が何度も足を運んで、大物を既に駆除して回っているのよ。 それでもまだあれだけの獣がいる、と言う事ね」
絶句する。
隣でスールが青ざめて震えあがっていた。
それは分かるけれども。
それよりも、これは国家的な危機では無いのか。
三傑が集まっても、あの伝説のネージュがやっとの事で対処した雷神を、本当にどうにかできるのか。
リディーには、分からなかった。
「覚えておきなさい。 戦いには情報が必要よ。 そして今回地図を作ったのは、対ファルギオル戦を想定しての事。 総力戦の時、いい加減な地図を頼りに戦う訳にはいかないわよね」
「それは……」
「……」
「貴方たちの働きで、ブライズウェストの地図は完成したわ。 後は、ファルギオル復活……そう遠くない復活に備えて、準備を進めていく事ね」
講義終わりと、イル師匠が締める。
そして、真っ先に横になって寝始める。
ドロッセルさんも、肩をすくめると、横になる。
リディーは、思わず聞いていた。
「ドロッセルさんも、邪神と戦ったことはあるんですか?」
「あるよ」
「うそっ!」
「自分で聞いておいてそういう事を言う? ああ、聞いたのはリディーか」
けらけら笑うドロッセルさん。
彼女の話によると、昔フィリスさんと一緒に行動していた時期があるらしい。その時に、邪神と戦ったそうだ。
話を聞きたいので、今度はドロッセルさんの前に、並んで正座する。
ドロッセルさんも、軽く話してくれる。
エルエムと呼ばれる、一対の邪神との戦いについて。
空飛ぶ船で、要塞化されている空飛ぶ島に突入し。
苛烈な邪神の砲撃をかいくぐりながら接近。
シールドと装甲をギリギリまで削られながらも、近接戦闘に持ち込み。
一気に倒しきったという。
思い出したくない戦いだなあと、半笑いでいうドロッセルさんだが。そんな風に言うと言う事は、余程厳しい相手だったのだろう。
それよりも、空飛ぶ船。
空に浮かぶ島。
そんなものを平然と話に混ぜてくる。
フィリスさんが、如何に異次元の世界を冒険していたのか、何となく分かる気がしてきた。
多分イル師匠も、それにつきあって彼方此方を旅していたのだろう。
恐ろしい話だと思う。
ちなみに、アンパサンドさんは邪神との交戦経験はないそうだ。その後聞きに行ってみるが、フィンブルさんは見たこと無し。マティアスさんは、遠くから見たことだけはあるらしい。
上級ドラゴンも見た事があると言っていたし。
或いは王族に対する英才教育の一環なのかも知れない。
ひょっとしてだが。
マティアスさんがこんなに恐がりなのは。
本当に怖いものを、知っているから、なのかも知れなかった。
部屋に戻ると。
スールは色々疲れ切ったのか。もう寝ていた。
毛布を妹に掛け直すと。
リディーももう休む事にする。
流石に疲れ果てた。
更に、これから大雨の中、帰路を行かなければならないと思うと、色々とうんざりしてしまう。
それでも、まずはアトリエに戻って。
レポートを書かなければならなかった。