暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
色々あって深淵の者入りして今ではソフィー先生の指示を受けながら行動をしています。
流石にダーティーワークはソフィー先生も指示するのを避けていますが、それでもパイモンさんにも詰んでいる世界に思うところはあるので。
戦いを避けるような事もまたありません。
予定の期日。
集まった面子は、また違っていた。
アンパサンドさんとマティアスさん。フィンブルさんはいつも通りだが。
ルーシャと、パイモンさんがきている。
フィリスさんはいるが、今回も戦力になってはくれないだろう。しかしながら、歴戦の錬金術師であるパイモンさんがいるのは、心強い。
ただ、やはりアンフェル大瀑布で、嫌なものをみたのだろう。
険しい顔をしていた。
パイモンさんは強烈な雷撃の使い手だ。
道中は、ほぼ心配しなくても良い筈だが。
「あの、パイモンさんも……」
「胸くそ悪い竜めの話を聞いたのであろう? わしも目の前で見たよ。 あの世界の民が、自分から食われる有様をな」
「……やっぱり許せない」
「スーちゃん」
手をとって。ぎゅっと握る。
スールは青ざめていたが。
それでも、頷いた。
もし此処で乱暴な手段に出てしまったら、全てが駄目になってしまうのである。何もかもが、だ。
そのアンフェル大瀑布の世界にとって。
ドラゴンは。あの赤いフラン=プファイルは神と同一の存在。
神と言っても、世界を創造したものではない。
世界そのものの神だ。
神の体内に世界があるようなもので。
フラン=プファイルを殺す事は。自分の価値観念を押しつけて、あの絵の中で生きている人達を皆殺しにするのとまったく同じ事だ。それを受け入れろと、言えるか。リディーには言えない。
「切り札を持ってきました。 これから説明します」
咳払いした後、皆に説明。
更にイル師匠の用意した切り札についても、話をする。
しばらく皆無言で聞いていたが。
最初に頷いたのは、アンパサンドさんだった。
「分かったのです。 やってみる価値はありそうなのです」
「アンパサンドさん!」
「最初あった時にはどうしようもないアホの双子だと思っていたのですけれども、随分成長したのです。 三日で対案を準備してきたことは素直に凄いと認めるのです。 もしも駄目ならば、諦めるしかない。 その時は、戦う事はしない。 それでいいですね?」
「……はい」
悔しいが。
その時は認めるしかない。
アンフェル大瀑布の仕組みは変わらず。
相変わらず村の人々は定期的にイケニエをフラン=プファイルに捧げ。
そして一定数が常時村に存在し。
灼熱の平穏が保たれ続けるのだ。
ドラゴンの庇護下で。
さあ、此処からだ。
勝負を付けるぞフラン=プファイル。貴方は間違っていない。確かにそういう理もあるだろう。
だが、そうでない理も成立しうることを見せてやる。
リディーは自分を鼓舞した。
スールは、それを見て気づき。
そして手を採って頷く。
二人なら、絶対に越えられる。例え相手が、どんなバケモノだろうと。
勿論そんな事は絶対にない。
分かっている。
一人前にようやくなるかならないかの力量しかないリディーとスールだ。だからこその鼓舞だ。
分かっているからこそに。自己暗示を掛けるのだ。
アンフェル大瀑布に入る。
既に暑さ対策は出来ているらしいパイモンさんは何ら問題無さそうだ。元々此処のレンプライアには雷撃が良く通る事も分かっている。
そういえば、どうしてなのだろう。
或いは、ひょっとしてだけれど。
悪意である事に、何か関係しているのだろうか。
以前の氷の洞窟のレンプライアには、とても氷が良く通ったし。
今回は雷撃が良く通る。
何か理由があるのだとしたら。
それはきっと、ろくでもない理由なのだろう事は、想像がつく。何しろ、レンプライアは悪意なのだという話なのだから。
まず村に行く。
フーコはすぐに来た。
見分けはつかないが、フーコだと名乗られるので、そう信じるしかない。ちなみに他の村の人達の名前も、似たようなものばかりで。フーカとかフーヨとか、そんなのばかりだった。
この辺り、或いは。
絵を描いた錬金術師が、どうでも良いと考えていたのだろうか。
だとしたら、この絵の主役は。
やはり、ドラゴンだと言う事で、間違いないのだろう。
その仮説は、村の人達が、みんなどれも似たかよったかの姿ということでも補填できる。いずれにしても、描き手が余程強い衝撃を、ドラゴンに受けた。
それは間違いの無い処だ。
「みなさん、待っていましたよ!」
「フーコちゃん、あれから特に何も起きていない?」
「はい。 ドラゴンは待ってくれています」
「そう……」
胸をなで下ろす。
多分だけれども。この絵を描いた人が、共存を考えていた事が、有利に働いたとみるべきなのだろう。
ドラゴンは人をイケニエとして欲する以外は理性的だ。
だからこそ。
つけいる隙がある。
命が掛かっているのだ。
例え絵の中の世界の、かりそめの命であったとしても。
何が変わるというのか。
まずは状況を確認。
此処はただでさえ危険極まりないのだ。
フーコの話によると、数回の探索時にレンプライアを片付けたこともあって、ここ最近は大きいのを見ていないという。小さいのばかりで、自分達だけでも対応出来る範囲だとか。
やはり定期的な駆除が必要になるのか。
頷くと、まずは持ち込んだ装置を見せて。
使い方を説明する。
小首をかしげていたフーコだが。
実施してみせると、すぐにやり方は覚えてくれた。
原始的な生活をしているからと言って、頭が悪いわけでは無いのだ。
とはいっても、思考回路が違っているというのは、色々厄介極まりない。イケニエなんて悪習を、何ら疑問にも思っていない。文化の違いというよりも、それが当たり前なのだろう。
そして実際にドラゴンという絶対者が存在するのである。
ドラゴンを殺す事は、この世界の滅びを意味もしている。
それでは、確かにイケニエという行為に、説得力が出てくるのも、また仕方が無いのかもしれない。
ただしそれはそれ。
今回は、打破のために来た。
使い方も教えた。
後は、途中で適当な肉を調達していけば良い。外の獣を使わないのは、口に合わない可能性があるからだ。
人の味の好みは個体差がかなりあるし。
地域差もある。
フィリスさんに聞いたのだけれど。
旅先では、それぞれ色々な味の食事を楽しむのだという。
口に合わないものもあるけれど。
それは巡り合わせが悪かった、というだけの話。
現地の人達の口にはあっているのだから。
料理としてはそれが正解。
当たる当たらないも含めて。
食べる事を楽しむのだとか。
とても怖い面もある事は、よく分かっている。フィリスさんは、もう人間の理を外れているかも知れない。
だが、その言葉には間違いが無いだろうし。
参考にもさせてもらう。
それくらいしたたかでなければ。
もはや、どれだけ訳が分からないと重ねても過言ではない状況で。
やっていくのは、無理だ。
作戦も皆に説明した後。
村を出る。
途中で、見かけたレンプライアは、片っ端から片付ける。今回はパイモンさんがいるので、とても助かる。
近付くだけで切り裂かれる厄介な鎧のレンプライアも。
遠くから大火力の雷撃で吹き飛ばしてしまえば何の問題も無い。
ドナーストーンを改良して、ああできないだろうか。
そう考えていると。
アドバイスを貰った。
早速メモをとる。
スールは理解出来ていないようだったが、それも含めて丁寧にパイモンさんは、キャンプで教えてくれたので。
とても助かった。
後は、時間が出来たら、レシピを作って、イル師匠に見てもらうと良いだろう。
思いついたのは、自律移動型の雷撃爆弾で。
相手に対して、自動的に数回の攻撃を自動で行ってくれる代物だ。
もし実現すれば、かなり役に立つ。
まずは、順番に。
一つずつ、目の前の事から片付けていかなければならないのだけれども。
溶岩の川の上の橋を慎重に渡る。
此処で装置を落としでもしたら、洒落にならないからである。
渡りきった後は、思わず溜息が漏れたが。
すぐに上空から、レンプライアの奇襲を受ける。
ルーシャが傘を展開。
シールドで弾き返すが。
危ない所だった。
無言でスールがドナーストーンを放り込んで、爆破。
フィリスさんが、何かメモをとっていた。
多分減点だろう。
まだ注意が足りない。
ハンドサインでやりとりし、できるだけ音や気配を減らしながら動くような場所で。油断するような状態では、話にならない。
その通りで、返す言葉も無い。
ルーシャに目礼すると。
先に進む。
もう少しで。
あの火竜、フラン=プファイルの居場所だ。
フラン=プファイルは、行儀良く座って待っていた。
元々エサに困る事などないのだろう。
溶岩を食べているという話だし。
他にも獣も食べているという事だ。
赤い体のドラゴンは、巨大であるという以上に。圧倒的な余裕のようなものさえ感じられた。
この辺りも、外のドラゴンとは違うのだろう。
外では、ドラゴンは圧倒的だが。
最強では無い。
錬金術師によっては狩る事が出来るし。
邪神という更に危険な存在もいる。
この絵の世界では、この火竜こそが絶対者であり、頂点の中の頂点に立つ存在なのである。
余裕のある態度も、当然だと言えた。
外来種がこのドラゴンを打倒することがあったとしても。
それはこの世界の終わりを意味する。
そういう意味でも、ドラゴンは余裕なのだろう。
世界こそ我。我こそは世界なのだから。
死ぬときは死ぬときと、それこそ笑って受け入れるに違いないと、見ていて感じた。悔しいけれど、この世界の王者は確かにこのフラン=プファイルだ。恐らく、この世界が続く限り永遠に、だろう。
そもそも、フーコ達を見る限り、この世界には生殖の概念さえあるかどうか怪しい。
このドラゴンは永遠存在として此処に君臨し続けるのだろうし。
フーコ達は勝手に同じ数が常に補充され続ける。
歪んでいびつな、まさに狂った永遠の連環だ。
だがフーコは、笑顔でこの世界で生きているし。不満そうにもしていない。外の世界の価値観を持ち込んで、勝手に滅茶苦茶にする事は。
それこそ、その狂った永遠の連環にも劣る行為ではないのだろうか。
だからこそ、その法則を壊さない程度の範囲内で。
妥協を求めるのである。
やはり、頭の中に、フラン=プファイルは直接話しかけてくる。
言葉は穏やかでさえあり。
故にむしろ頭に来る。
「約束通りに来たようだな。 対案は用意できたか」
「はい」
「ほう。 ではそれを見せてみよ」
「フーコちゃん、お願い」
まず、荷車から。その辺で仕留めた獣の肉を降ろす。絵の中にも獣はたくさん生活している。
レンプライアも、獣は相手にしていない様子だ。
その中から、かなり大きめの獣。
人間の肉と同じくらいの質量があるものを選んで、既に捌いてある。
そして、作ってきた装置。
「肉冷やし機」に、肉を入れた。
この装置によって、肉の温度を自在に調整出来るのだ。
この世界では、フーコ達人間とドラゴンの関係の地位確認が行われる。それがイケニエだ。
だが、ドラゴンは別にイケニエで食べる人間を美味しいと思っていないようだし。
単に肉が冷たくて良いと考えている様子だ。
それだったら。
冷たい肉だったら、何でも良いのではないのか。
それがリディーの結論。
イル師匠も、可能性はあるかも知れないと言ってくれた。
ならばそれに賭ける。
分の悪い賭では無い筈だ。
勿論冷やした肉なんて、リディーは食べた事もない。おなかに虫が高確率で湧くだろうから、怖くてそんな事はできない。
だが超越種であるドラゴンが、そんな貧弱なはずもないし。
何より肉を捌いているとき、寄生虫は一切見なかった。
大体、普段から、そのまま獣を食べているようだし。
寄生虫なんて気にする必要もないだろう。
この装置は、敢えて重労働になるように設計した。
苦労しながらハンドルを回しているフーコ。
興味深そうにそれを見ているフラン=プファイル。
やがて仕上がったので。
肉を装置から出す。
まずは、人肌より少し冷たい程度にまで冷やした肉だ。
いきなりキンキンに凍らせると、多分びっくりさせる。相手の好みを見ながら、肉を冷やせるように、装置も調整したのである。
フーコが疲れているようなので、少し休んで貰う。
そして、その間に、肉をフラン=プファイルに試食して貰った。
がつがつと肉を食べていたドラゴンだが。
やがて、ふむと鼻を鳴らすのだった。
「これは面白いな。 肉が此処まで冷たいというのは初の感触だ」
「どうですか。 これを、人間の代わりにしていただけませんか?」
「面白い事を更に聞く。 確かに悪くない味だが」
「見てください。 フーコちゃんは、この悪くない味を作るために、凄く苦労をしています。 貴方がフーコちゃんの上位存在であることは、揺るがない事実です」
しばし考え込むドラゴンだが。
注文をつけてくる。
「もう少し暖かい方が個人的には好みだ」
「分かりました。 出来ます」
「出来るのか」
「そういう装置です」
疲れている所申し訳ないのだが。
フーコに頼む。
思った以上にフーコは頭が良くて、装置の使い方はすぐにマスターしてくれた。肉については、周囲に幾らでもある。此処の獣は、はっきり言ってブライズウェストにいたような連中に比べると雑魚も良い所なので、狩るのに苦労はまったくしない。油断すると何があるか分からないから、狩るのに手は抜かないが。
今度は適当な大きさの鹿を狩ってくると。
捌いて肉を取りだし。
肉冷やし機に入れる。
フーコには、重労働になるが、働いて貰う。これは、フーコが働く事に意味があるのだから。
やがて、先ほどよりも少し暖かいくらいにまで肉を調整する。
相手が我が儘を言いまくることは覚悟していたので。ばてていたフーコには、人間用の栄養剤を飲んで貰う。
まだ長期戦になる可能性が高いのだから。
フラン=プファイルは今のところ、新しく見るもの。
肉冷やし機に、興味津々である。
この興味が失せる前に、勝負を付けなければならない。
また、この火竜は。
どうやら、絵の中の人間であるフーコ達と、リディーやスールらヒト族を、別の生物とみている様子で。
此方を食べようという気も見せない。
色々追い風になっている。
その追い風が途切れない内に。
勝負を付けなければならないのだ。
むしろ相手が面白がっている内に、さっさと勝負を付けてしまわないと。絶対にフーコが食べられてしまう。
冷や汗が流れる中。
調理が終わり。
疲れているフーコにお疲れ様と言いながら、冷やした鹿肉を出す。
フラン=プファイルはさっきのが良かったからか、喜んで食べ始めるけれど。
ここからが、緊張の一瞬だ。
人間と同じくらいの肉塊をぺろりと平らげるのを見ると。
パイモンさんが、舌打ちする。
大体理由は分かる。
こんな感じで、目の前でイケニエを食われたのだろうから。
ルーシャも同じだ。
目を背けて。じっとしている。
無表情なオイフェさんとの温度差が強烈で。このままフーコをイケニエにさせるのは、絶対に許されないとリディーは思った。
程なく、この世界の王である火竜は言う。
「ふむ、先より更に悪くない。 それに、人間が我に対しての奉仕を行っているのも充分に確認できる」
「では……」
「まだひと味足りんな」
「具体的に、どうすればいいですか?」
勿論笑顔は絶対に崩さない。
此処はそもそも、法則からして絶対的に異なっている世界なのだ。相手が言っている事に分があるのである。
そしてこの世界を壊してしまえば、フーコ達もみんな死んでしまう。
此処に集った面子であれば、フラン=プファイルを倒す事は可能かも知れない。
だが、それでは。
意味がないのだ。
氷の洞窟の世界で、トカゲの王と会ってよく分かった。
不思議な絵の世界では、リディーやスールの方が異物なのだ。
ざわめきの森では、人間にとても優しいお化け達がとても良くしてくれたけれど。
本来は、これくらい違っているのが当たり前で。
それにあわせるには。
リディー達の方から譲歩するのが当然なのである。相手の家に勝手に入っているのも同じなのだから。
相手の家に勝手に入ったあげく。
自分の理屈を押しつけるなんて、それは傲慢の極みではないか。
あげく勝手に相手の家を破壊して、何の正義を気取るというのか。
そんなものは。
自己満足の末に、大量殺戮をするのと、なんら代わりは無い。
「味が少し違う。 そうさな、温度は今のでいい。 アレは狩れるか」
「……やってみます」
フラン=プファイルが顎で示した先にいたのは、巨大なムシだった。
カブトムシに近い姿をしているが。いずれにしても、多分肉食だろう。
スールが青ざめているが。
リディーが頷くと、ゆっくりと、覚悟を決めて頷いた。
マティアスさんが、フォローはしてくれる。でも、スールの覚悟は堅い。
「スー、無理はしなくて良いんだぜ」
「いや、やる。 お化けだって克服できたんだもん。 虫だって、いつかは克服しなきゃいけないんだから」
「そうか、偉いな」
「何さ! 王子様だからって偉そうに! 偉いのは分かってるけど、何か腹立つ!」
ぷいぷいむくれるスールを促して、巨大カブトムシを狩る。
相手は動きも装甲も、正直どうと言うことも無い。魔術を使って多少反撃をして来たが、それくらいだ。
即座に倒して、吊して捌く。
パイモンさんや、ルーシャが手を出す必要もなかった。前衛と、リディーの支援魔術、スールのフラムだけで充分だった。
巨大な虫の捌き方について、アンパサンドさんが講義をしてくれる。
虫は殺しても長時間動いている事が多く。
大きい場合は力も強いので、気を付けなければならない。
そういう説明も受けた。
関節に沿って切りおとし。
大量の体液と、意外と白身で美味しそうな肉を取りだしていく。
本来なら火で炙るのだが。
今回はそういう事はしない。逆に冷やす。
内臓とかは、思ったよりずっと少ない。
また、骨もないのが面白かった。
虫を細かく解剖したことがなかったから。大きな虫型の獣を、丁寧に解体するやり方について解説を受けるのは、色々と新鮮だ。
スールは完全に真っ青になっていたが。
吐いたら殺すとアンパサンドさんに言われて。
それで、真っ青のまま、必死に手を動かしていた。
殻を剥くようにして。
虫の外骨格を切り開き。
そして、肉を取りだす。
そういえば、海老や蟹と感覚がかなり似ている。
アンパサンドさんは黙々と作業をしていたが。フィリスさんが教えてくれる。
「虫はね、海老や蟹とは生物として結構近い所にいるんだよ」
「え、そうなんですかっ!?」
「そうだよ。 蜘蛛なんかもそうだけれど、節足動物、という枠組みに入るの。 だから味も似ているんだよね」
「……」
スールが、海老やら蟹やらを美味しい美味しいと食べているのを思い出したが。
隣でスールが、真っ青になって、気絶しそうになっている。
吐いたら殺す。
もう一度アンパサンドさんが言ったので。
涙目のまま、作業を続けるスール。
アンパサンドさんは、殺すと口にしたら本気で殺す。これについては、今まで見てきているからスールにも分かるのだろう。
リディーも少しだけ同情したけれど。
こればかりは、正直どうしようもない、というのが素直な所である。
ともかく、虫肉を必要量回収出来たので。
肉冷やし機に入れて、フーコに冷やして貰う。
コツを覚えるのも早いフーコは。すぐにさっきと同じ温度にまで、肉をきっちり冷やしてくれた。
がつがつと食べ始めるフラン=プファイル。
流石に疲れ果てて、目を回しているフーコには、横になって貰う。
さあ、どうだ。
今度こそ、満足したか。
フラン=プファイルを見る。
フーコは一生懸命奉仕しているし。こっちだって、最大限の妥協をしている。其方の理屈に沿って動いてもいる。
この世界には、この世界の法があるとしても。
改善出来る点はそうするべきだ。
ドラゴンとの共存の健全な形が、捕食。イケニエというのは、やはり絶対に間違っている。
かといって、この世界では、ドラゴンが人間の上位存在だというのは絶対だ。
その絶対の中での妥協案。
認めて欲しい。
もう、祈るしかない。
でも、多分だけれども。リディー達がいた教会の神様が、あの氷の世界のトカゲの王の話どおりの存在だとすると。
祈ったところで、どうにかしてくれるかはかなり怪しいと思う。
それでも今は。
祈るしかない。
何に。
それも分からない。だからこそ、悔しくて仕方が無い。シスターグレースは、思えば基本的に、あらゆる全てを現実的な観点に落とし込んで教えてくれた。生き抜く術なんかも全てそうだった。
もしも神様に身をゆだねろというのなら。
それは此処で行われている、イケニエと何ら変わりが無い気もする。
思考がめまぐるしく動く中。
ついに、フラン=プファイルが結論を出した。
「うむ、これでいいだろう。 巫女の奮闘も充分。 この味なら、我も満足だ。 味に飽きたら、別の獣にすればいい。 何も別に美味いわけでも無い人間を食す必要もあるまい」
「……っ!」
「これからは、巫女にはその装置を用いての調理を行って貰う。 それでかまわぬ。 装置の状態保全は我が行おう」
やった。
言葉もない。
涙が溢れてくる。
絶対的に相容れない存在と、妥協をする事が出来た。それが、これほど嬉しい事だった何て。
目を回しているフーコを担いで、荷車に乗せるフィンブルさん。
ぽんとリディーの隣でぼんやりしている様子のスールの頭に手を置くと、良かったなと言う。
そういえば、前にスールに、激励の言葉を掛けていた。
それが報われたのだと思うと、本当に涙が止まらない。
「外の者よ、剥落した古いものだが、我が鱗を譲ろう。 その辺りに落ちているから、持っていくが良い。 お前達の世界にいる「ドラゴン」のものと変わらぬ筈だ」
「はいっ! ありがとうございます」
「それにしても、そなたはどうして此処までする。 この世界とそなたの世界では、前提条件が異なっている。 命の価値もな。 上手く行っているものを壊せば、それで全てが瓦解すると思わなかったのか?」
流石超越種。
頭の中も覗いて。
しかも、外の世界がどうなっているかまで把握していたのか。
唇を引き結ぶと。
涙を拭った。乱暴に目を擦ってから、言う。
「どうしても、食べる食べないの関係になる存在はあると思います。 でも、食べなくてもいいなら、殺さなくてもいいのではないかと思うんです。 害になるから獣は駆除しなければならないのが私達の世界です。 でも、害にならないのなら……」
「面白い奴だ」
「……」
「そなたらは我にうまいものを提供した。 そして必要な上下関係も崩さなかった。 故に我は譲歩しよう。 今後も傲慢な考えを持たず、相手を尊重する事を忘れる事なかれよ、異界の人よ」
頭を下げる。
色々思うところはあるが、フラン=プファイルの言葉は正論だった。返す言葉も正直無かった。
確かに、リディーとスールは必死に。
この世界の理を否定しようとしていたのかも知れない。
荷車で完全に目を回しているフーコを見て、今後は彼女が殺される事はないと知るだけで、報われたとも思うが。
その一方で、もっとどうしようもない理で支配されている不思議な絵も存在するのではないかと思うと。
今から背筋が凍る思いである。
村まで戻る。
そして、フーコの体力が回復するのを待ってから。
村の人達に集まって貰った。
やはり、ぴんと来ないようだった。
「巫女が食べられなくてもいい?」
「はあ。 肉を冷やして捧げれば良いから、誰も死なずに済む」
「それが今までと何が違うの? 他の生き物を代わりに殺してドラゴンに捧げるだけだよね?」
「重労働が加わるだけだね」
アンパサンドさんが冷えた目で見ているが。
これがこの世界での、普通の考え方だ。
だから、順番に。
丁寧に説明していくしかない。
自分達の考えを、違う考え方が普通である上、合理的に成立している世界に持ち込んで。好き勝手にするほど、傲慢で身勝手なことは無い。
氷の洞窟の世界で、嫌と言うほど体に叩き込まれたことだ。
フーコは言う。
「ドラゴンは喜んでいましたよ」
「フーコ、そうなの?」
「はい。 美味しいお肉を食べられて、別にまずい人肉を食べて地位確認をしなくてもよくなったといっていました!」
「そうか、それなら……」
やはり、この世界の住人の視点からも、旨みが無いと駄目か。
メモをとっておく。
また、ろくでもない世界に入り込む事があった時。
対応するには、色々考えなければならない。相手の世界に入り込んで、その立場で思考する事も必要なのではないのか。
今までそれが出来ていたとは思いがたい。
それならば、今後は。
より心がけていかなければならないだろう。
あれ。
何だか、心の奥に、黒いものが拡がる気がする。
ふと振り向くと。フィリスさんが、リディーの目を覗き込んでいた。そして、にんまりと笑う。
「近付いたね、深淵に」
背筋が凍るかと思ったが。
次の瞬間には、フィリスさんは時間を飛ばしたように。
また離れていた。