暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

79 / 200
知ると言うのは深淵を覗くと言う事です。

双子も少しずつそれを知り始めます。


3、死闘の後始末

ある意味、強力な獣や、ネームドとの戦いよりも緊張したかも知れない。ドラゴンの鱗を貰って、それはとても嬉しかった。これがハルモニウムの素材だと言う事は知っているからだ。

 

勿論、今の技量では、とてもハルモニウムなんて作れっこない。

 

でも、いずれの未来を考えれば。

 

これはとても嬉しい事である。

 

笑顔で手を振るフーコに手を振り返して。

 

絵の世界を出る。

 

ため息をついたのは、パイモンさんだった。

 

「若いというのは良い事だ。 体だけ若返らせても、彼処まで柔軟な発想を思いつくことはついにできなかった。 わしは目の前で、イケニエが食われる有様を見ている事しか出来なかった」

 

「それをいうならパイモンさん、わたくしも同じですわ。 でも、これでもう、あの悪習はなくなるんですのね」

 

「俺様も、もう二度とあんなものを見ないでいいと思うとせいせいする」

 

マティアスさんからは、珍しく本気での憤りを感じた。

 

だが、リディーは咳払いする。

 

「あの世界は、結局ドラゴンが神様なんです。 妥協するところを、見つけるしか他に無かった、と思います。 私とスーちゃんはたまたま良いお師匠様に恵まれた。 それだけです」

 

「そうだな……」

 

疲れた声で、パイモンさんが先に引き上げると言う。

 

ルーシャも、少し疲れた様子で、オイフェさんに支えられるようにして、帰って行った。

 

アンパサンドさんに、念を押される。

 

「レポートは出来るだけ早く出すようにするのです」

 

「はい、分かっています」

 

「アンパサンドさん! 師匠が、レポートはもうスーちゃん達だけで作って大丈夫って、太鼓判くれたんだよ!」

 

「そうですか。 それは何よりなのです」

 

ガキが。

 

そうアンパサンドさんが言っている気がしたが。

 

気にしない事にする。

 

勘が良いスールが、馬鹿にされたように思っていないようだから。多分リディーの気のせいだろう。

 

フィリスさんはいつの間にかもういない。

 

そうなると、後は、帰ってレポートを書くだけだ。

 

これで、Dランクに昇格、だろうか。

 

ますます責任が重くなるのは確実。

 

もっと厳しい仕事にも、かり出されるだろう。

 

それに、少し気になる。

 

フィリスさんに言われた事だ。

 

深淵に近付いた。

 

そう言われた。

 

確かに、心の奥底に、何か黒いものが生じた気がする。あれが、深淵のひとかけらなのだろうか。

 

イル師匠がいつか言っていた気がする。

 

知識は深淵だと。

 

深淵を覗き込めば、深淵に覗き返される。

 

酷い場合は、深淵そのものになり果ててしまう。

 

まるで、身近にそんな人がいるかのように、イル師匠は語っていた気がする。まさか、フィリスさんが。

 

可能性は低くない。

 

もしそうだとしたら、今、イル師匠は、最大の親友が壊れてしまったところを見続けていることになる。

 

そして、今後力を得ていけば。

 

心の中で、この黒い染みがどんどん拡がって。

 

やがてリディーも。

 

スールは、そんなリディーを見て、どう思うのだろう。

 

泣くのだろうか。

 

それとも、手を伸ばして。

 

もろともに深淵に。

 

「おい」

 

フィンブルさんに声を掛けられて、我に返る。もうアトリエについていた。荷物をコンテナにしまい。そしてフィンブルさんにお礼を言う。しばらく頭を掻いていたが、フィンブルさんは言う。

 

「目がおかしかったぞ。 まるで……目の中に、ドブ沼でもあるようだった」

 

「えっ……」

 

「フィンブル兄、リディーは、その、疲れていただけだよ」

 

「そうだと信じたいがな」

 

フィンブルさんが帰ると。

 

気まずそうに、スールが俯く。

 

この様子だと、余程酷い状態だったのか。全身に怖気が走るのを感じる。本当に、深淵に。

 

もう片足を引きずり込まれ掛けているのか。

 

フィリスさんの言葉が、頭の中で、何度も残響する。思わず、悲鳴を上げて蹲りそうになる。

 

必死に耐え抜くが。

 

頭の中がくらくらした。

 

これが深淵。

 

力。

 

恐らく一人前になると、錬金術師はこの力に、向き合わなければならなくなる。つまりリディーは一人前になりかけているということだ。そして今後、この黒い染みは、どんどん大きくなっていって。

 

そして、フィリスさんのように。

 

残虐な行為でも、平気で出来るようになって行く。

 

三傑の最後の一人は、フィリスさんの比では無い怪物だという話も聞いている。

 

そんな風になっていくのか。

 

「もういいよリディー! もう休んで!」

 

スールに言われて、頭がクラクラする中、ベッドに押し込まれる。

 

しばらくぼんやりしていると。

 

泣きながら、レポートを作っているスールが見えた。

 

嗚呼。

 

スールもきっと、このまま錬金術師としての道を究めていくと、心にこの黒い闇を抱えることになる。

 

その時、スールは耐えられるのだろうか。

 

そうとはとても思えない。

 

こんな凶暴な力。

 

存在するだけで、心を汚染していくもの。

 

知恵は力。知恵は深淵。力とはすなわち深淵なり。

 

何処かから、そんな声が響く。そして、それをどうしても否定出来ない。真実だと理解出来てしまうからだ。

 

「リディー、レポートのチェックお願い」

 

「うん……」

 

スールに言われて、レポートをチェック。

 

酷い出来だ。

 

こんな内容では、イル師匠に怒られてしまう。せっかく出た作成の許可も、取り消されてしまうかも知れない。

 

修正点を指摘。

 

スールは無言で、直し始める。直しながら、スールは言う。

 

「一歩間違えればみんな死んでたんだね、今回も」

 

「でも、誰も死なせずに済んだよ」

 

「村の人達言ってたよ。 獣を殺すのと何が違うのかって。 やっぱりあの世界にとって、本当に正解だったのか、分からなくなってきた」

 

「フーコちゃんは、認めてくれたよ」

 

そうだ。

 

あの世界に、命を大事にするという概念はない。特にあの世界の人間は、此方の世界のドラゴンのように、常に一定数が存在するのだ。食われてもすぐに補充される。そういうものである以上。

 

命の価値が違うのは当たり前だ。

 

だから、余計なお世話だった。

 

そうなのかも知れない。

 

今になって、そうとさえ思えてきた。

 

だけれども、やった事には一人だけでも賛同してくれた。個性がある知的生命体が、それぞれの命を何とも思っていないというのは、異常だと思う。そう思って行動したことには、ほんのわずかな光だけでも点ってくれた。

 

目を擦りながら起きる。

 

レポートをチェックして、スールにも再チェックして貰う。

 

その後は、しばらく休んでから。

 

疲れをとった後、王城にレポートを提出しに行った。

 

いつも同じ役人がいるわけではないから、手続きも常にすぐに済むわけではないけれど。

 

今回はたまたま手際が良い人がいて。

 

てきぱきと片付けてくれた。

 

結果は数日後だという。

 

数日後となると、少し時間が空く。

 

納入用の発破やナイトサポートを補充しておくのが良いだろう。或いは、何かしらの仕事が来るかも知れない。

 

それと、ペンダント。

 

今までは温度安定のものだけを作っていたけれど。

 

今度はその出力を生かして、防御強化や、筋力強化のものを作っていきたい。

 

例えばアンパサンドさんに、筋力強化のものを渡したら。何倍も回避盾として活躍してくれるはずで。

 

リディーに魔力増幅のものをつければ。

 

前からこつこつ勉強していた広域回復の魔術を実現できるはず。

 

話し合いながらアトリエに戻り。

 

その後は手分けして動いた。

 

リディーはとにかく合金を作る。

 

スールはナイトサポートと、納入用の発破を作る。

 

錬金釜は一つしか無いので。

 

互いに手持ち無沙汰にならないように、連携しなければならなかったけれど。

 

その辺りは双子。

 

連携については、それほど難しくは無かった。

 

幸い、宝石は上位種レンプライアを殺した事で、ごっそり得られている。品質についても問題は無い。

 

かなりペンダントの作成コストは圧縮できる。

 

次のランクになると、更に厳しい任務が来るのは容易に想像できるし。

 

それならば今のうちに。

 

出来るだけ、戦いの経験と。

 

それ以上に錬金術の技術を。

 

上げておかなければならなかった。

 

「ナイトサポート、上がったよ」

 

「丁度良いから、イル師匠に品質見てきてもらって」

 

「合点」

 

「さて……」

 

合金が出来たので。

 

リディーは鍛冶屋の親父さんの所に持ち込みに行く。

 

また鎖かと言われるかと思ったけれども。

 

鍛冶屋の親父さんは、何も言わずに仕事を引き受けてくれた。この辺りは、本職だからだろう。

 

出来た合金のインゴットも見て。

 

しばらく唸った後、話をされる。

 

「これ、幾つか納入してくれるか」

 

「買い取ってくれるって事ですか?」

 

「ああ。 この品質なら、そろそろ市販品に混ぜても大丈夫だろう」

 

「ありがとうございます!」

 

この人が認めてくれたと言う事は。つまり、それだけの品質に到達できた、という事である。

 

しかもこの人のお店に並んでいる装備は、一線級で使える物ばかり。出入りしているのが歴戦の猛者達である事からも分かるように。置いている装備にしても、騎士団に納入しているという噂もある程だ。

 

「コレ一個で、鎖の加工をただでやってやる。 丁度それくらいの価値がある」

 

「分かりました、すぐにもう一個作ってきます」

 

「ああ。 それとな、そろそろプラティーンを作る事も視野に入れろ」

 

生唾を飲み込む。

 

ついに来たか。

 

合金ではなく。

 

自然の鉱石から作れる、最強の金属。

 

ドラゴンの鱗から作る、文字通り神域の金属であるハルモニウムを除けば、最高の存在。錆びず、強靱で、それ故に恐ろしく高価な代物。

 

「この合金は良い品だが、これで満足していると先はねえぞ。 基本的に天辺を目指すくらいで丁度良いんだ」

 

「……」

 

てっぺん、か。

 

心の中に拡がり始めている黒い染みを思うと。

 

複雑な気分だ。

 

それでも、どうにかしなければならないのは事実。そして力を高めれば、もっと心の中に黒いものは拡がっていく。

 

頷いて、そして帰る。

 

親父さんは、おかしな奴と思っただろうか。

 

でも、確かにてっぺんを目指す。

 

つまり国一番のアトリエを目指すのなら。

 

当然、今後は。

 

この恐ろしい力とも、つきあって行かなければならないのである。

 

錬金術は夢の技術かも知れない。

 

だけれども、何でも出来るからと言って。

 

それを無制限に使ったらどうなるか。

 

例えばアンフェル大瀑布で、自分の我が儘を強引に通したりしていたら。

 

それこそ、何が起きていたかわかったものじゃない。

 

アンフェル大瀑布の世界そのものが崩壊して。

 

フーコ達も、みんな死んでいたかも知れないのだ。

 

力を扱う責任の重さが。

 

やっと分かってきた気がする。

 

今までは、恐ろしい力を得た人達を見る、という段階に留まってきた。はっきりいって、リディーとスールには、そんな大した事は出来なかったから、である。

 

だけれども。

 

これからは、自分達が、恐ろしい力を持った人になるのだ。

 

それを考えると。

 

とても安楽で何て、いられなかった。

 

アトリエに戻ると。

 

スールはいなかった。イル師匠に、何か言われているのかも知れない。

 

その代わり。

 

違和感がした。

 

周囲が灰色になったような、恐ろしい空気。

 

いや、違う。

 

外を歩いている人達が止まっている。時間が停止している。イル師匠がやったように。いや、それともちょっと違う。

 

背筋を、恐怖が這い上がった。

 

足音が、後ろからする。アトリエの扉の鍵は、しめたはずだったのに。

 

後ろから、ぐっと抱きしめられる。それも、もの凄い力で、締め上げられるかのように。

 

恐怖でリディーは、息が出来なくなるかと思った。

 

「うん、どんどん濁っていて良い感じだね」

 

「フィ、フィリス、さん……!?」

 

「少し静かに聞いて。 これからリディーちゃんはどんどん深淵に染まっていくことになる。 それに比例して、どんどん力も上がっていく。 多分その内、後天的にギフテッドに目覚めるとも思う」

 

呼吸が出来ない。

 

前に、スールがフィリスさんと話しているのをみたことがあったが。

 

こんな事を、されていたのではないのか。

 

頭の中に、声ががんがんと轟く。

 

教会の鐘を至近で鳴らされているかのようだ。

 

「だけれども、疑問に思わない? あまりにも都合が良い環境で、あまりにも都合が良い成長を遂げられているって」

 

「そ、それは」

 

スールが再三言っていた事だ。

 

リディーも、勘付き始めていた。

 

あらゆる全てがおかしいと。だけれども、フィリスさんの口から、直接それが聞かされた事になる。

 

怖くて、フィリスさんの方を見られない。

 

上位種レンプライアに、至近距離で腕を振るい上げられた時なんて、比較にもならない程の死の臭いが、側でしていた。

 

「勿論こんな都合の良い状況には目的があるんだよ。 誰も、リディーちゃんとスールちゃんみたいな手間が掛かる子に、此処まで無駄な力を注ごうなんて思わないからね本当だったら。 だけれども、こうしている。 それだけ大きな力が周囲で動いていて、二人はやらなければならないことに立ち向かわなければならない。 それはしっかり認識しておいてね?」

 

「ど、どうして、私達なんですか……」

 

「教えない」

 

ふっと、充満していた殺気が消える。

 

そして、無邪気な笑みを浮かべるフィリスさんが、側に立っていた。

 

だけれど、気付く。

 

目は一切笑っていない。

 

漏らすかと思った。

 

「イルちゃんがね。 貴方たちのためにいつも苦しんでいるんだよ。 だから発破をちょっと掛けているだけ。 ふふ。 あ、今のは余計だったかな」

 

頭を掴まれる。

 

いや、と言う言葉を発する間もなく、考えられないほどの魔力が流れ込んできて。

 

そして、リディーは。

 

ちょっと前に言われた言葉を、すっかり忘れてしまった。

 

へたり込む。

 

冷や汗が、背中を滝のように流れているのが分かった。

 

そして気付くと。

 

フィリスさんは、もう其処にはいなかった。

 

改めて、思い知らされる。

 

あの人は、もはや魔人と呼ぶべき超越存在であって。錬金術と言う枠組みを完全に超越している。

 

その恐ろしさは、多分ドラゴンや邪神ですら及ばない。

 

アンフェル大瀑布のフラン=プファイルは、ルーシャとパイモンさんもいた状態だったら、勝ち目が「あったかも知れない」。だが、フィリスさんなら、それこそ一人で、デコピン一発で倒していただろう。

 

スールが戻ってくる。

 

そして、へたり込んでいるリディーを見て、気付いた様子だ。

 

勘が鋭い子だ。

 

気付くだろう。

 

「リディー!」

 

「だ、大丈夫、大丈夫……」

 

スールに抱きしめられて、一気に気が抜けたのか。腰が抜けて、完全に動けなくなった。またベッドに運ばれて、押し込まれる。

 

何だかこれだと、病弱みたいだ。

 

ナイトサポートの品質について確認すると、むっとむくれるスール。それどころじゃないと言いたいのだろうか。でも、今後は多分だけれど、もっともっとフィリスさんは圧力を掛けてくる。

 

イル師匠は厳しい中に優しさを感じるけれど。

 

フィリスさんは、優しさを装って裏には殺戮の権化としての姿が確かにある。

 

あの時間止めだって。

 

その気になれば、自分だけ止めることも簡単なはず。

 

つまり、リディーとスールなんて、その気になれば秒で二人とも殺せる、いや秒すら必要ないと言う事なのだ。

 

怖くて、震えが止まらない。

 

その日は熱が出てしまった。

 

スールに料理が出来る筈が無いので、出来合いを買ってきて貰う。それと、イル師匠を呼んで、風邪薬を貰う。お金は勿論払った。

 

一日寝ていれば良くなる、と言う事だったけれど。

 

多分イル師匠は、何が起きたのか悟ったのだろう。

 

それ以上の事は、一切言わなかった。

 

翌日からは、言われた通り動けるようになる。

 

だけれど、心の中に出来た黒い染みが、確実に拡がっていくのが分かる。夢の中にまで、それが出てくる。

 

悲鳴を上げたくなるが。

 

そんな事をしたって、どうにかなる話でもない。

 

既に力は解き放たれてしまった。

 

そして今後生きていくためには。

 

この力と上手くやっていく事が、どうしても必要なのだ。

 

更に、である。

 

フィリスさんの予言は当たった。

 

少しずつ、何かの声が聞こえるようになりはじめたのである。

 

地下室からの声では無い。

 

他のありとあらゆるものから、である。

 

微弱だが。

 

確かに聞こえる。

 

合金に魔法陣を彫り込んでいる時。

 

わずかに聞こえる声が、教えてくれる。良いよ、とか駄目だよ、とか。

 

何となく分かる。

 

これは絶対に勘じゃない。

 

魔術を使える人間としては珍しく、リディーには殆ど勘が備わっていないのである。いきなりこんな事になるはずがない。

 

間違いなく、フィリスさんが言っていたギフテッド。

 

その萌芽だ。

 

人によっては、これが生まれた時から聞こえるのか。

 

恐怖しか感じない。

 

力とは、狂気そのものだ。

 

リディーは、それを、体を持って思い知らされていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。