暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
双子も少しずつそれを知り始めます。
ある意味、強力な獣や、ネームドとの戦いよりも緊張したかも知れない。ドラゴンの鱗を貰って、それはとても嬉しかった。これがハルモニウムの素材だと言う事は知っているからだ。
勿論、今の技量では、とてもハルモニウムなんて作れっこない。
でも、いずれの未来を考えれば。
これはとても嬉しい事である。
笑顔で手を振るフーコに手を振り返して。
絵の世界を出る。
ため息をついたのは、パイモンさんだった。
「若いというのは良い事だ。 体だけ若返らせても、彼処まで柔軟な発想を思いつくことはついにできなかった。 わしは目の前で、イケニエが食われる有様を見ている事しか出来なかった」
「それをいうならパイモンさん、わたくしも同じですわ。 でも、これでもう、あの悪習はなくなるんですのね」
「俺様も、もう二度とあんなものを見ないでいいと思うとせいせいする」
マティアスさんからは、珍しく本気での憤りを感じた。
だが、リディーは咳払いする。
「あの世界は、結局ドラゴンが神様なんです。 妥協するところを、見つけるしか他に無かった、と思います。 私とスーちゃんはたまたま良いお師匠様に恵まれた。 それだけです」
「そうだな……」
疲れた声で、パイモンさんが先に引き上げると言う。
ルーシャも、少し疲れた様子で、オイフェさんに支えられるようにして、帰って行った。
アンパサンドさんに、念を押される。
「レポートは出来るだけ早く出すようにするのです」
「はい、分かっています」
「アンパサンドさん! 師匠が、レポートはもうスーちゃん達だけで作って大丈夫って、太鼓判くれたんだよ!」
「そうですか。 それは何よりなのです」
ガキが。
そうアンパサンドさんが言っている気がしたが。
気にしない事にする。
勘が良いスールが、馬鹿にされたように思っていないようだから。多分リディーの気のせいだろう。
フィリスさんはいつの間にかもういない。
そうなると、後は、帰ってレポートを書くだけだ。
これで、Dランクに昇格、だろうか。
ますます責任が重くなるのは確実。
もっと厳しい仕事にも、かり出されるだろう。
それに、少し気になる。
フィリスさんに言われた事だ。
深淵に近付いた。
そう言われた。
確かに、心の奥底に、何か黒いものが生じた気がする。あれが、深淵のひとかけらなのだろうか。
イル師匠がいつか言っていた気がする。
知識は深淵だと。
深淵を覗き込めば、深淵に覗き返される。
酷い場合は、深淵そのものになり果ててしまう。
まるで、身近にそんな人がいるかのように、イル師匠は語っていた気がする。まさか、フィリスさんが。
可能性は低くない。
もしそうだとしたら、今、イル師匠は、最大の親友が壊れてしまったところを見続けていることになる。
そして、今後力を得ていけば。
心の中で、この黒い染みがどんどん拡がって。
やがてリディーも。
スールは、そんなリディーを見て、どう思うのだろう。
泣くのだろうか。
それとも、手を伸ばして。
もろともに深淵に。
「おい」
フィンブルさんに声を掛けられて、我に返る。もうアトリエについていた。荷物をコンテナにしまい。そしてフィンブルさんにお礼を言う。しばらく頭を掻いていたが、フィンブルさんは言う。
「目がおかしかったぞ。 まるで……目の中に、ドブ沼でもあるようだった」
「えっ……」
「フィンブル兄、リディーは、その、疲れていただけだよ」
「そうだと信じたいがな」
フィンブルさんが帰ると。
気まずそうに、スールが俯く。
この様子だと、余程酷い状態だったのか。全身に怖気が走るのを感じる。本当に、深淵に。
もう片足を引きずり込まれ掛けているのか。
フィリスさんの言葉が、頭の中で、何度も残響する。思わず、悲鳴を上げて蹲りそうになる。
必死に耐え抜くが。
頭の中がくらくらした。
これが深淵。
力。
恐らく一人前になると、錬金術師はこの力に、向き合わなければならなくなる。つまりリディーは一人前になりかけているということだ。そして今後、この黒い染みは、どんどん大きくなっていって。
そして、フィリスさんのように。
残虐な行為でも、平気で出来るようになって行く。
三傑の最後の一人は、フィリスさんの比では無い怪物だという話も聞いている。
そんな風になっていくのか。
「もういいよリディー! もう休んで!」
スールに言われて、頭がクラクラする中、ベッドに押し込まれる。
しばらくぼんやりしていると。
泣きながら、レポートを作っているスールが見えた。
嗚呼。
スールもきっと、このまま錬金術師としての道を究めていくと、心にこの黒い闇を抱えることになる。
その時、スールは耐えられるのだろうか。
そうとはとても思えない。
こんな凶暴な力。
存在するだけで、心を汚染していくもの。
知恵は力。知恵は深淵。力とはすなわち深淵なり。
何処かから、そんな声が響く。そして、それをどうしても否定出来ない。真実だと理解出来てしまうからだ。
「リディー、レポートのチェックお願い」
「うん……」
スールに言われて、レポートをチェック。
酷い出来だ。
こんな内容では、イル師匠に怒られてしまう。せっかく出た作成の許可も、取り消されてしまうかも知れない。
修正点を指摘。
スールは無言で、直し始める。直しながら、スールは言う。
「一歩間違えればみんな死んでたんだね、今回も」
「でも、誰も死なせずに済んだよ」
「村の人達言ってたよ。 獣を殺すのと何が違うのかって。 やっぱりあの世界にとって、本当に正解だったのか、分からなくなってきた」
「フーコちゃんは、認めてくれたよ」
そうだ。
あの世界に、命を大事にするという概念はない。特にあの世界の人間は、此方の世界のドラゴンのように、常に一定数が存在するのだ。食われてもすぐに補充される。そういうものである以上。
命の価値が違うのは当たり前だ。
だから、余計なお世話だった。
そうなのかも知れない。
今になって、そうとさえ思えてきた。
だけれども、やった事には一人だけでも賛同してくれた。個性がある知的生命体が、それぞれの命を何とも思っていないというのは、異常だと思う。そう思って行動したことには、ほんのわずかな光だけでも点ってくれた。
目を擦りながら起きる。
レポートをチェックして、スールにも再チェックして貰う。
その後は、しばらく休んでから。
疲れをとった後、王城にレポートを提出しに行った。
いつも同じ役人がいるわけではないから、手続きも常にすぐに済むわけではないけれど。
今回はたまたま手際が良い人がいて。
てきぱきと片付けてくれた。
結果は数日後だという。
数日後となると、少し時間が空く。
納入用の発破やナイトサポートを補充しておくのが良いだろう。或いは、何かしらの仕事が来るかも知れない。
それと、ペンダント。
今までは温度安定のものだけを作っていたけれど。
今度はその出力を生かして、防御強化や、筋力強化のものを作っていきたい。
例えばアンパサンドさんに、筋力強化のものを渡したら。何倍も回避盾として活躍してくれるはずで。
リディーに魔力増幅のものをつければ。
前からこつこつ勉強していた広域回復の魔術を実現できるはず。
話し合いながらアトリエに戻り。
その後は手分けして動いた。
リディーはとにかく合金を作る。
スールはナイトサポートと、納入用の発破を作る。
錬金釜は一つしか無いので。
互いに手持ち無沙汰にならないように、連携しなければならなかったけれど。
その辺りは双子。
連携については、それほど難しくは無かった。
幸い、宝石は上位種レンプライアを殺した事で、ごっそり得られている。品質についても問題は無い。
かなりペンダントの作成コストは圧縮できる。
次のランクになると、更に厳しい任務が来るのは容易に想像できるし。
それならば今のうちに。
出来るだけ、戦いの経験と。
それ以上に錬金術の技術を。
上げておかなければならなかった。
「ナイトサポート、上がったよ」
「丁度良いから、イル師匠に品質見てきてもらって」
「合点」
「さて……」
合金が出来たので。
リディーは鍛冶屋の親父さんの所に持ち込みに行く。
また鎖かと言われるかと思ったけれども。
鍛冶屋の親父さんは、何も言わずに仕事を引き受けてくれた。この辺りは、本職だからだろう。
出来た合金のインゴットも見て。
しばらく唸った後、話をされる。
「これ、幾つか納入してくれるか」
「買い取ってくれるって事ですか?」
「ああ。 この品質なら、そろそろ市販品に混ぜても大丈夫だろう」
「ありがとうございます!」
この人が認めてくれたと言う事は。つまり、それだけの品質に到達できた、という事である。
しかもこの人のお店に並んでいる装備は、一線級で使える物ばかり。出入りしているのが歴戦の猛者達である事からも分かるように。置いている装備にしても、騎士団に納入しているという噂もある程だ。
「コレ一個で、鎖の加工をただでやってやる。 丁度それくらいの価値がある」
「分かりました、すぐにもう一個作ってきます」
「ああ。 それとな、そろそろプラティーンを作る事も視野に入れろ」
生唾を飲み込む。
ついに来たか。
合金ではなく。
自然の鉱石から作れる、最強の金属。
ドラゴンの鱗から作る、文字通り神域の金属であるハルモニウムを除けば、最高の存在。錆びず、強靱で、それ故に恐ろしく高価な代物。
「この合金は良い品だが、これで満足していると先はねえぞ。 基本的に天辺を目指すくらいで丁度良いんだ」
「……」
てっぺん、か。
心の中に拡がり始めている黒い染みを思うと。
複雑な気分だ。
それでも、どうにかしなければならないのは事実。そして力を高めれば、もっと心の中に黒いものは拡がっていく。
頷いて、そして帰る。
親父さんは、おかしな奴と思っただろうか。
でも、確かにてっぺんを目指す。
つまり国一番のアトリエを目指すのなら。
当然、今後は。
この恐ろしい力とも、つきあって行かなければならないのである。
錬金術は夢の技術かも知れない。
だけれども、何でも出来るからと言って。
それを無制限に使ったらどうなるか。
例えばアンフェル大瀑布で、自分の我が儘を強引に通したりしていたら。
それこそ、何が起きていたかわかったものじゃない。
アンフェル大瀑布の世界そのものが崩壊して。
フーコ達も、みんな死んでいたかも知れないのだ。
力を扱う責任の重さが。
やっと分かってきた気がする。
今までは、恐ろしい力を得た人達を見る、という段階に留まってきた。はっきりいって、リディーとスールには、そんな大した事は出来なかったから、である。
だけれども。
これからは、自分達が、恐ろしい力を持った人になるのだ。
それを考えると。
とても安楽で何て、いられなかった。
アトリエに戻ると。
スールはいなかった。イル師匠に、何か言われているのかも知れない。
その代わり。
違和感がした。
周囲が灰色になったような、恐ろしい空気。
いや、違う。
外を歩いている人達が止まっている。時間が停止している。イル師匠がやったように。いや、それともちょっと違う。
背筋を、恐怖が這い上がった。
足音が、後ろからする。アトリエの扉の鍵は、しめたはずだったのに。
後ろから、ぐっと抱きしめられる。それも、もの凄い力で、締め上げられるかのように。
恐怖でリディーは、息が出来なくなるかと思った。
「うん、どんどん濁っていて良い感じだね」
「フィ、フィリス、さん……!?」
「少し静かに聞いて。 これからリディーちゃんはどんどん深淵に染まっていくことになる。 それに比例して、どんどん力も上がっていく。 多分その内、後天的にギフテッドに目覚めるとも思う」
呼吸が出来ない。
前に、スールがフィリスさんと話しているのをみたことがあったが。
こんな事を、されていたのではないのか。
頭の中に、声ががんがんと轟く。
教会の鐘を至近で鳴らされているかのようだ。
「だけれども、疑問に思わない? あまりにも都合が良い環境で、あまりにも都合が良い成長を遂げられているって」
「そ、それは」
スールが再三言っていた事だ。
リディーも、勘付き始めていた。
あらゆる全てがおかしいと。だけれども、フィリスさんの口から、直接それが聞かされた事になる。
怖くて、フィリスさんの方を見られない。
上位種レンプライアに、至近距離で腕を振るい上げられた時なんて、比較にもならない程の死の臭いが、側でしていた。
「勿論こんな都合の良い状況には目的があるんだよ。 誰も、リディーちゃんとスールちゃんみたいな手間が掛かる子に、此処まで無駄な力を注ごうなんて思わないからね本当だったら。 だけれども、こうしている。 それだけ大きな力が周囲で動いていて、二人はやらなければならないことに立ち向かわなければならない。 それはしっかり認識しておいてね?」
「ど、どうして、私達なんですか……」
「教えない」
ふっと、充満していた殺気が消える。
そして、無邪気な笑みを浮かべるフィリスさんが、側に立っていた。
だけれど、気付く。
目は一切笑っていない。
漏らすかと思った。
「イルちゃんがね。 貴方たちのためにいつも苦しんでいるんだよ。 だから発破をちょっと掛けているだけ。 ふふ。 あ、今のは余計だったかな」
頭を掴まれる。
いや、と言う言葉を発する間もなく、考えられないほどの魔力が流れ込んできて。
そして、リディーは。
ちょっと前に言われた言葉を、すっかり忘れてしまった。
へたり込む。
冷や汗が、背中を滝のように流れているのが分かった。
そして気付くと。
フィリスさんは、もう其処にはいなかった。
改めて、思い知らされる。
あの人は、もはや魔人と呼ぶべき超越存在であって。錬金術と言う枠組みを完全に超越している。
その恐ろしさは、多分ドラゴンや邪神ですら及ばない。
アンフェル大瀑布のフラン=プファイルは、ルーシャとパイモンさんもいた状態だったら、勝ち目が「あったかも知れない」。だが、フィリスさんなら、それこそ一人で、デコピン一発で倒していただろう。
スールが戻ってくる。
そして、へたり込んでいるリディーを見て、気付いた様子だ。
勘が鋭い子だ。
気付くだろう。
「リディー!」
「だ、大丈夫、大丈夫……」
スールに抱きしめられて、一気に気が抜けたのか。腰が抜けて、完全に動けなくなった。またベッドに運ばれて、押し込まれる。
何だかこれだと、病弱みたいだ。
ナイトサポートの品質について確認すると、むっとむくれるスール。それどころじゃないと言いたいのだろうか。でも、今後は多分だけれど、もっともっとフィリスさんは圧力を掛けてくる。
イル師匠は厳しい中に優しさを感じるけれど。
フィリスさんは、優しさを装って裏には殺戮の権化としての姿が確かにある。
あの時間止めだって。
その気になれば、自分だけ止めることも簡単なはず。
つまり、リディーとスールなんて、その気になれば秒で二人とも殺せる、いや秒すら必要ないと言う事なのだ。
怖くて、震えが止まらない。
その日は熱が出てしまった。
スールに料理が出来る筈が無いので、出来合いを買ってきて貰う。それと、イル師匠を呼んで、風邪薬を貰う。お金は勿論払った。
一日寝ていれば良くなる、と言う事だったけれど。
多分イル師匠は、何が起きたのか悟ったのだろう。
それ以上の事は、一切言わなかった。
翌日からは、言われた通り動けるようになる。
だけれど、心の中に出来た黒い染みが、確実に拡がっていくのが分かる。夢の中にまで、それが出てくる。
悲鳴を上げたくなるが。
そんな事をしたって、どうにかなる話でもない。
既に力は解き放たれてしまった。
そして今後生きていくためには。
この力と上手くやっていく事が、どうしても必要なのだ。
更に、である。
フィリスさんの予言は当たった。
少しずつ、何かの声が聞こえるようになりはじめたのである。
地下室からの声では無い。
他のありとあらゆるものから、である。
微弱だが。
確かに聞こえる。
合金に魔法陣を彫り込んでいる時。
わずかに聞こえる声が、教えてくれる。良いよ、とか駄目だよ、とか。
何となく分かる。
これは絶対に勘じゃない。
魔術を使える人間としては珍しく、リディーには殆ど勘が備わっていないのである。いきなりこんな事になるはずがない。
間違いなく、フィリスさんが言っていたギフテッド。
その萌芽だ。
人によっては、これが生まれた時から聞こえるのか。
恐怖しか感じない。
力とは、狂気そのものだ。
リディーは、それを、体を持って思い知らされていた。