暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ファルギオルを倒すために、双子はネージュの残留意識と接触をすることになります。
当然、ネージュは全力でブチ切れ状態です。
序、入り口へ
分かりきっていた。
絵の入り口からして、既に強烈な拒絶があったのだ。簡単に中には入れる訳なんか無いという事は。
だが、実際に。
どうにか絵からの排除斥力を何とか中和できて。
絵の中に入って最初に見たのは。
要塞だった。
雷が落ちる中、巨大な城塞が。それこそアダレットの王都を上回りそうな城壁に守られた城塞が。
其処にはそびえ立っていた。
勿論扉は頑強に閉まっている。これは骨だぞと、フィンブルさんがぼやく。城壁の上からは殺気も感じる。
今回は、アルトさんとルーシャが一緒に来てくれている。
パイモンさんは雷の専門家という事もあり、プラフタさんのお手伝いだ。
リディーは、スールと一緒に、まずはこの城壁を突破するか。城門を開けるか。どちらかを、試すしかないと判断はしたが。
何から手をつけて良いか、分からなかった。
まずそもそもだ。
此処にネージュの残留思念がいるとして。
不思議な絵というものが、描いた人間の心を映すことは、今まで入った絵で嫌と言うほど分かっている。
つまりこの絵も同じ。
この絵は、徹底的に外の人間を拒絶する造りだ。
ネージュの怨念が立ち上るかのようである。
そして、怨念を責める資格なんて誰にも無い。
誰もが出来ない偉業を達成した。
文字通り国も、多くの人達も救った。
ネージュがいなければ、アダレットは滅びていた。
それなのに、アダレットがネージュに何を報いた。ネージュが怒るのも当たり前の話で、謝って済まされる問題でも無い。
文字通り、全てを賭けて戦っただろう。
守る価値があると思って、戦ったはずだ。
それなのに、守る価値なんて無かったのだ。
ここに入る準備をしているときに。ネージュに関する資料は見てきた。本当に、「普通の人間」が如何に醜悪かを、思い知らされ。そして恥ずかしくなるばかりだった。リディーもスールもそうだったのだから。
マティアスさんの話では、迫害を主導したのは腐敗した文官達だったという事だけれども。
実際には、ネージュのアトリエの周辺の住民は。
雷神を倒した直後から、今まで散々助けて貰ったネージュと口を利くことも避けるようになったと言う。
しかも、ネージュを冒涜するような「史書」の記述も山のように見られる。
自分達の蛮行を正当化するために。
「正式な歴史書」にて、ネージュを悪者に仕立て上げたのだ。
素行が悪かっただの。
増長して国を乗っ取ろうとしただの。
好き勝手なことが書かれていて。
思わず本を破りそうになった。
でも、本を焼く人間は人を焼く人間だ。そう、ネージュを迫害した連中と同じように。だからそんな事はあってはならない。
「スール、暴力以外で、とにかく進む事を考えないと」
「うん。 暴力で無理矢理此処を突破したら、きっとネージュの抵抗はどんどん激しくなるね」
「おいおい、そもそも物理的な壁があるのに、どうしろっていうんだよ」
マティアスさんがぼやく。
アンパサンドさんが咳払いした。
「まず具体案を。 騎士団の備品から、攻城櫓でも持ち込むのです?」
「攻城櫓……ううん、ちょっと待ってください。 今考えます」
「雷神を三傑が抑えてくれているといっても、そもそも異常な雷雨で、農作物も大きな打撃を受けているのです。 もたついている時間はないのです」
「……」
その通りだ。
だが、一つずつ解決していかなければならないのも事実なのである。
頭を下げる。
「ごめんなさい。 みんなの知恵を貸してください。 私とスーちゃんだけだと、多分この先、どう進めば良いか分からないです」
「……分かりましたのです」
「俺様に頭脳労働を期待するなよ……」
「殿下、そういう事をいうものではない。 意外な発想が、意外な突破口を開くこともある」
フィンブルさんのフォローは流石だ。
とにかく何もかも堅実で。
堅実だからこそ地味で強い。
アダレットはこの人を正式に騎士として雇って、部隊長を任せるべきではないかとリディーは思う。
アルトさんはによによ見守っているだけ。
ルーシャが、まず咳払いをした。
「ええと、ものは試しです。 相手と意思疎通を出来なければ、そもそも何も始まりませんわ。 呼びかけてみては」
「じゃあ、まずはやってみようか……」
気は進まないようだけれど、声が大きいスールが前に出る。
そして、リディーが耳打ちした通りに喋る。
「えーと、ネージュさん! 話をしに来ました! せめて、顔だけでも見せてくれませんか!」
返事無し。
まあそうだろう。
だから、話を続ける。
「雷神ファルギオルが復活して、アダレットが大変な事になっています! あなたの力をお借りしたいんです!」
知るか、といわんばかりに。
帰ってくるのは沈黙である。
まあそれもそうだ。彼女が受けた仕打ちを考えれば当然だろう。
だが、ネージュの残留思念がいるなら、此方の意思は伝わっているはず。この中でどんな姿になってどう過ごしているかは分からないが。聞こえてはいるはずだ。
多分ネージュは、この絵そのものになっている筈。
ネージュは不思議な絵画の描き手だったという話だし。
後でマティアスさんから聞いたのだけれども、この絵は晩年書かれたもの、だということだ。
だったら不思議な絵画の性質を理解していた可能性が高く。
恐らくは、あらゆる意味で引きこもるために、この絵を作成した可能性がある。
残留思念とはいうけれど。
アンフェル大瀑布の中で見た人達は、みんな生き生きと笑って暮らしていた。
あの悪習さえなければ。
あそこは、少なくともアンフェル大瀑布の住人にとっては過ごしやすい場所の筈だ。
世界から拒絶されたネージュが。
せめて、安らぎを求めて作り上げた城が此処なのだとすれば。
嫌でも侵入者には気付くだろうし。
何よりも、侵入者に呼びかけられたら、声も聞こえるはずだ。
スールにもう少し呼びかけて貰うが。
返事は無い。
要塞に、変化もなかった。
アンパサンドさんが嘆息。
「やむを得ないのです。 強行突破は止めた方が良いと言う事ですし、この城塞の周囲を探るのです」
「うちの王城より堅固そうだな……」
「多分実在したら、世界最強の要塞なのです」
「これだけで、俺様もう生きて帰れる気がしないんだけど」
肩を落とすマティアスさん。
どうやらレンプライアはいないようだし、二手に分かれる。アンパサンドさんとルーシャとオイフェさんは、周囲を偵察して貰う。
アルトさんはマティアスさんとフィンブルさんとともに、此処に残って貰う。もう少し、試行錯誤して見たいからだ。
ともかく、シールドが張られている可能性がある。
城壁を乗り越えたいが。その前に調査の必要がある。
まずは試してみる。
荷車の中にロープがあるので、それを出す。
その先に石を縛り付ける。
そして放り投げて、ロープを城内に。
しかしながら、案の定。
ボンと凄い音を立てて、石が吹っ飛び。
力なくロープが落ちてきた。
これは、無理矢理壁を登って侵入しても、多分あの石のように、吹き飛ばされてしまうだけだろう。
「あちゃー。 入るときに使った奴を試してみる?」
「今、石を爆破していただろう。 斥力とはまた別だねこれは。 恐らくは、爆発反応装甲という奴だ」
「爆発……なんですかそれ?」
「何かがぶつかった瞬間に、爆発する事でダメージを軽減する防御機能の事だよ。 高度なシールドには、たまに魔術として組み込まれている事があるんだ」
スールがアルトさんに気安く聞いてくれるおかげで、ある程度助かる。リディーは頷きながら考える。
やっぱり、どうにかして。
この城門から、招き入れられないと駄目だ。
外への拒絶は当然で。
無理に入ったら。
それこそ、とんでもない番犬でもけしかけられかねないからである。
城壁におそるおそる触ってみる。
城壁そのものは大丈夫だ。
城門は。
不意に、スールが手を伸ばして、リディーを引き戻す。
青ざめていた。
スールのこの反応。
勘で何か危険を察知したのだろう。
頷くと、城門に、おそるおそるその辺で拾った棒を伸ばして見る。
そうすると、城門から無数の棘が出て。
棒は瞬時にバラバラになってしまった。
ぞっとする。
背筋が凍る。
もしもスールが気付かなかったら、リディーは今頃、穴あきチーズだった。
「あ、ありがとうスーちゃん」
「それにしてもこれ、筋金入りだね。 マティアス、どうする?」
「俺様に聞く!? わかんねーよこんなん……」
「ふふ、仲が良いことだ」
程なく、アンパサンドさん達も戻ってくる。
城壁は完璧。場所によっては掘まであり。堀の中にはどう見ても肉食としか思えない巨大な魚がうようよ泳いでいたという。
その一方で、レンプライアは存在しないともいう話だった。
「城壁も強行突破は無理。 そもそも強行突破なんかしたら、ネージュがへそを曲げるのは確定なのです」
「参ったなあ。 せめて顔だけでも見せてくれれば」
「騒いでみるのはどうだ」
フィンブルさんが提案。
静かな世界が急に騒がしくなれば、興味くらいは惹けるかも知れない、というのだ。
確かに一利ある。
でも、リディーは考える。
何だか、嫌な予感がするのである。
ただ、時間がないのも事実。
ファルギオルがいつ戻ってくるか分からないし。
騎士団がまだ体勢を整え切れていないのも事実なのである。
もたついている暇はない。
何とかしないと。
「マティアスさん、呼びかけて貰えますか」
「え、だからなんで俺様!」
「いや、アダレット王家の人間が来たと思ったら、ひょっとしたらネージュも意識を向けてくれるかも知れないですし」
「おいおいおい……」
真っ青になるマティアスさん。
リディーが見たところ、今まで発動しているのは、全て自動トラップだ。そもそも、ネージュは此方が侵入していることに気付いていても、関わろうとさえ思っていない。
負の感情でもあっても。
相手に意識を向けて貰うには。
恨み重なるアダレット王家の人間が呼びかけるのが一番良いはずだ。何か、反応を引き出せる可能性が高い。
ただ、その反応が激烈になる可能性が高いので。
ルーシャにもシールドを展開して貰う。
リディーも、勿論シールドを展開した。
説明をすると、真っ青になっていたマティアスさんは、頭をかきむしりながら言う。
「分かったよ、分かりましたよ! 元々首を差し出すつもりで来てるんだ。 それくらいはしますよもう!」
「可能な限りは守るから、頼む殿下」
「ああ、分かってるよフィンブル。 骨くらいは拾ってくれよ……」
「マティアス、頑張って」
おや。
スールが少しずつマティアスさんへの評価を上方修正している事は知っていたけれど。こんな声を掛けるほど、意識が変わってきていたのか。
マティアスさんが呼びかける。
「えー、俺はアダレット王家の第二位継承権を持つ、王子マティアスだ。 200年前に先祖が犯した度し難い蛮行を謝罪するために此処まで来させて貰った。 せめて謁見だけでもしていただけないだろうか、賢者ネージュ」
「……」
「罪を償いたいとも思っている! どうか、姿だけでも見せて欲しい!」
マティアスの呼びかけにも。
沈黙だけが帰ってくる。
駄目か。
ならば、どうすればいいだろう。
そう考えた、矢先だった。
大地が揺れる。
勿論此処は不思議な絵画の中だ。外で地震が起きた訳では無いだろう。どうやら、予想通りの展開になったらしい。
「帰れ」
一言だけ、声が聞こえた。
幼い女の子の声だった。
そして、気付くと。
皆、絵の外に放り出されていた。
がっくりするマティアスさん。
アルトさんは、けらけら笑っていた。
「はっはっは、これはお冠のようだ。 ネージュを敢えて怒らせて様子見をしようという判断は間違っていなかったと思うが、向こうは予想以上に怒っているようだね」
「いや、予想よりは怒っていないと思います」
「ふうん。 リディー、理由を聞かせてくれるかい?」
「もし本気で怒っていたら、多分ミンチにされていたと思います。 少なくともシールドに対して直接攻撃はあった筈です」
実のところ。
リディーは、アルトさんが実力を殆ど出していないと疑っている。スールもそう思っている様子だ。
あの状況。
もしも最悪の事態になっていたら。
アルトさんも動かざるを得なかった。
「マティアスさん、もう一度お願いします」
「ええっ!?」
「ネージュは反応しました。 そして、多分思ったよりは怒っていないと思います。 首を寄越せとは言わない可能性が高いです」
「……だから、呼びかけ続けろと」
頷く。
大きな溜息をマティアスさんがつく。
これは、何度も何度も絵から放り出されるのを、覚悟しなければならないかも知れない。
今までに入った不思議な絵画とは格が違う完成度だと言う事は分かりきっていた。だけれども、此処まで侵入者への介入力が強いとは。
ともかく、まずは絵に入る所から。
これは、自動トラップを何とか無効化して、先に進める。
問題は此処からで。
物理的に塞がれている場所を。
どうしようもないのである。
トラップだったら、何とか出来るかもしれないけれど。
この先は下手をするとプラティーンで出来た壁、といっても良く。
しかもそれを無理矢理に壊したら、絶対にネージュは口を利いてなどくれるはずがないのである。
ファルギオルを何とかするためにも。
ネージュに話は聞かなければならない。
心底嫌そうな顔をしながら、またマティアスさんが城壁の前に立つ。ルーシャとリディーがシールドを張る。
他の皆は、周囲を警戒して貰う。
どんなことが起きるか分からないからだ。
「200年前の王家の者達の不始末については、良く知っている! まず謝罪をするだけでも許して欲しい! 直接顔を合わせて話したい! 賢者ネージュ、顔を見せて貰えないだろうか!」
「……」
マティアスさんは、苦虫を噛み潰しているようだったが。
やがて、流れるように綺麗な動作で。
土下座していた。
「お願いします!」
しばしの沈黙の後。
城門が開く。
呆れたような声が帰ってくる。
「ファルギオルに余程苦労しているようね。 勝手に入ってきなさい」
やはり幼い女の子の声だ。
確かネージュは享年50歳代だったと聞いている。この声は、どういうことなのだろう。
ともかく、招かれたのだから、強固な要塞の中に入る。
マティアスさんは、顔をハンカチで拭きながら、何度もため息をついていた。