暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
そして、状況は想定を遙かに超える最悪のものだったのだと、双子は思い知らされます。
城門を抜けると、一旦広い空間に出る。
城の基本。
内部は迷路。
入り口は、四方八方から攻撃できる仕組みになっている。
驚いたのは、鎧を着た人影が無数にいて。
それが、弓に矢を番えていることだ。
広い空間の左右には、立体的に通路が拡がっており。文字通り、四方八方から攻撃を仕掛けることが可能な仕組みになっている様子だ。
レンプライアの姿はない。
或いは、それだけ高度な不思議な絵画、と言う事なのかも知れない。
あれは悪意が形を為したものだと聞く。
ネージュほどの錬金術師なら、レンプライアが生じない不思議な絵画を描くことも、難しく無いのかも知れなかった。
「其処にて止まれ」
高圧的と言うよりも。
嫌悪に満ちた声だ。
いずれにしても、下手な事をすれば一瞬で全員ハリネズミだ。これでは、動きようがない。
アルトさんだけは余裕綽々だが。
まあこの人は実力を隠しているんだろうし。この程度の戦力差、ひっくり返すのは難しく無いのだろう。
あの鎧達には、中に人間が入っているとは思えない。
錬金術で作り上げた、恐らくは擬似的な生命体と判断して良い。
詰まるところ、ネージュがやれといったら即座に此方を殺しに掛かってくる筈。
正面に、大げさすぎるほどの階段がある。
その上から姿を見せたのは、十に満たなそうな、幼い女の子だった。
黒い髪の毛に、利発そうな目。
ただし、目の中には、強烈な拒絶の意思が宿っていた。
階段の途中で立ち止まったネージュは。
腕組みして、青ざめているマティアスを見下ろす。
「ふうん、あの自称武王の面影が確かにあるわね。 私と騎士団長に全部ファルギオルの対策を丸投げした分際で、多くの騎士が死んだ責任を私に押しつけた低脳のね」
「賢者ネージュ、知っている。 200年前の王は、無能な文官達に国政の壟断を許し、騎士団長にファルギオルと戦う際に全権を与えるまで、随分と判断に時間を掛けたと聞いている。 貴方にもさぞ不快な思いをさせたと思う」
「不快な思い、ですって!?」
笑顔をネージュが引きつらせるのが分かった。
まずい。
リディーにさえ分かる。
相手がキレそうになっている事は。
「ラスティンからの救援の使者を追い返すわ、私に対して散々暴言を吐いたことは別にもうどうでも良いわよ。 暗殺者を送り込んできたことはどう説明してくれるのかしらね、それも十人も」
「暗殺者っ!?」
「さ、流石にそれは聞かされていない。 本当だったら、本当に申し訳ない。 先祖の不徳を、恥じるばかりだ」
唖然としているスール。
まあそうだろうなとリディーは思う。
迫害、というのが。周囲の人間達によるものだけだとは思えないのだ。
王都を追い出され。
そして寂しい余生を送ったと聞くが。
功労者に対して、そのような行動を行う王である。
どうせファルギオルを倒したネージュを怖れて。
消そうとしたことだろう。
暗殺者十人は、むしろ少なかったと思う。
これ以上やったら、キレたネージュが攻めてくるとでも思ったのだろう。
ネージュが指を鳴らすと。
凍り付いた生首が、十個。落ちてきた。
ルーシャがひっと小さな悲鳴を漏らす。
リディーも、吐き気がこみ上げてきた。
凄まじい形相をした暗殺者達。
匪賊崩れらしい者から。
騎士だったろう者まで。
顔ぶれは様々だが。
これは、罪の証だ。
「それだけじゃあない。 王都にいた私の親戚や一族が「不審死」したけれど、あれもお前達の仕業でしょう」
「恐らく、そうだと思う。 返す言葉も無い」
「そうか。 今日はならば帰れっ! これだけの事をしておいて、まだ何か話そうというのであれば、それはもはや人とはいえないわね」
ネージュが手を振ると。
鎧の人影達が、威圧的に弓矢を引き絞った。
此処は、一度引き上げるしかない。
アンパサンドさんが、ささっと生首を回収していた。ネージュは、とにかく冷たい目で、此方を見下ろしていた。
「其処の三人」
「は、はいっ!」
「何ですかっ!?」
「アダレット王家なんかに仕えていると、いずれ私のようになるわよ」
ネージュの姿が消える。鎧達は、いつしかけてくるか分からない状態。これでは危険すぎる。
一旦、絵から出た。
城門はもう閉じてはいなかったけれど。これは、積極に手間暇がとても掛かりそうだ。呼吸を整えながら、エントランスで話をする。
アンパサンドさんが、先に切り出した。
「この首、持ち帰って調べるのです。 防腐の魔術を掛けた後、アダレット王家の記録と照合するように、申請するのです」
「あ、それ俺様がやるよ」
「……」
「本当だって! 気味悪いけど、仕方が無いだろ」
アンパサンドさんから、生首十個が入った袋を受け取ると、マティアスさんは頭を下げる。
「すまん。 ほんっとうにすまん。 ネージュに対して先祖がやったことで、本当に迷惑を掛ける」
「マティアスさんのせいじゃないですよ」
「うん……こればっかりは、そうとしかいえないね」
もう一度頭を下げると。
マティアスさんは、アンパサンドさんと先に戻っていった。
フィンブルさんがため息をつく。
「これは骨だぞ。 まず信頼関係を構築しないと、話どころでは無いが……相手との交渉が成立する状況じゃあない。 あの雷神の力は俺も間近で見たから、それを倒したネージュに恐れを抱くのは分からないでもないが、どうしてこう無能な為政者というのは、最悪の手だけを選んで打つのか……」
「ネージュについては、実のところラスティンから声が掛かっていたという記録もあってね」
アルトさんがいう。
あれ。
そういえば。
ネージュは、「三人」といった。多分リディーとスール、それにルーシャだ。アルトさんは、ネージュと面識があるのだろうか。
まさか。
いや、この人の得体の知れなさを考えると、あっても不思議では無い。
「恐らく当時のアダレット王は、ネージュがラスティンに回って、アダレットに敵対行動をとることを恐れもしたんだろう。 馬鹿な男だ。 何でもかんでも自分の基準で考えるからそうなる。 記録に残るネージュは物静かな優しい女性で、錬金術に関しては優れていたが、周囲が気味悪がるほど野心を見せない人物だったというのにね」
「アルトさん、すごく詳しいですね」
「本人に会ったことがあるみたい」
「ははは、さあね。 それでは一度引き上げよう。 いずれにしても、今日もう一度行っても、ハリネズミにされるだけだ」
それは完全に同意だ。
しかし、スールが突っ込んだように、やはりアルトさんはネージュに対して詳しすぎる。やっぱりこれ、本人と面識があるのではないのか。そして、アルトさんは、アダレット王家に干渉されないだけの力を持っていると判断するべきなのか。それこそ、「三傑」のように。
不意に、あのソフィーさんの恐ろしい笑顔を思い出して、背筋が凍りそうになる。
促して、解散。
帰り道、ルーシャとスールと、リディーは三人で歩いた。身体能力の強化もあるし、もう荷車の手伝いはして貰わなくても大丈夫だ。外は雨が激しいが、今回は殆ど収穫もない。油紙を直す必要もなかった。
雨の中、ルーシャが言う。
「賢者ネージュ、とても寂しい目でしたわ」
「ルーシャ、何か打開策はありそう?」
「錬金術を極めると、どうしても人間からどんどん離れていく。 そう聞いたことがありますけれど。 ネージュは人のまま、力を得る事が出来た。 それが却って、不幸だったのかも知れませんわね」
「……」
人のまま力を得ることが、不幸。
確かにそうなのかも知れない。
ともかく、これから作戦会議だ。
ルーシャとも別れて、アトリエに。
軽くスールと話す。
スールは腕組みする。
「それで、どうしよう。 道具でどうにかできる状況じゃないし。 あれだけ怒らせてると、ねえ」
「まず、マティアスさん達の分析結果を待とう」
「それもそうか。 本当に暗殺者を送り込んでいたのだとすると、それに対して話が出来るもんね」
「それと私、これから教会に行ってくる」
スールは頷くと。
調合して、爆弾やお薬を増やしておく、と言っていた。それは助かる。消耗品を日頃から増やしておけば、いざという時にすぐに動く事が出来るからだ。
スールは最近、黙々と調合をする。
昔はまた上手になったとか、馬鹿な自画自賛をしていたのだけれど。
最近はそんなこと、絶対に口にしない。
多分だけれど、思い知ったからだと思う。
自分が如何に未熟で、バカだという事を。
リディーもそれは同じだ。
教会には、多分怖がっているだろう子供達のためにも、お菓子を持って行く。いずれも余ったお金で買った出来合いだけれど。
教会で暮らしている子供達は、みんな訳ありである。あまり贅沢も出来ない。
喜んでくれるはずだ。
教会に着くと、大雨の中。空にシールドを展開して、バステトさんがお掃除をしていた。鋭い目で見られるので、一礼。軽く話をする。
今日は魔術についての相談では無いと説明して。
それから、シスターグレースの所に出向く。
やはり教会の中はひんやりと冷えていた。
流石に現役を退いたシスターグレースは、今回の戦いには出なかった様子だ。或いは、最後の守りとして、王都に残ったのかも知れない。
孤児院の子供達には避難先もない。
誰かが残らなければならないのだ。
「シスターグレース」
「リディー、無事で何よりです。 雷神との戦いは苛烈だったと聞いています」
「はい。 生きて帰れたのが、本当に不思議なくらいです」
自嘲混じりに言う。
実際問題、どうして生きて帰れたのか分からない。
ソフィーさんが助けてくれたという話だけれど。どうやってあの状態から助けたというのか。
しかもファルギオルにお帰り願ったとか。
あらゆる意味で分からないけれど。
とにかく、一つずつ。
片付けていくしかない。
まず、お菓子を渡して。
怖い思いをしている子供達にと、差し入れ。
シスターグレースは、何人かいる手伝いに、子供達に配るようにと指示を出し。
そして居住まいをただした。
ネージュの話をする。
どうすれば、相手が話を聞いてくれる状態になるか。今のリディーでは、少し対応が難しすぎる。
しかも、ネージュはファルギオルを。しかも全盛期のファルギオルを倒した錬金術師だ。リディーやスールが戦った復活したての病み上がりとは違う。どうすればいいのか、分からない。
話を一つずつ進めると。
シスターグレースは、きちんと聞いてくれた後。
順番に話をしてくれた。
「まず第一に、ファルギオルとの戦いにネージュの知識が必要であるという事と、ネージュとの対話を行う事は、切り離して考えましょう」
「……っ!」
「良いですか、今焦ると、恐らく次の戦い……ファルギオルの次の攻勢に対して、対応が間に合わなくなります。 まずは窮状を訴えるのでは無く、ネージュに対して相手の不満を解消することから始めなさい」
なるほど。
まずネージュは、そもそもとして、アダレットに対して徹底的な恨みを持っている。
強大な心の壁も同然の、あの要塞を見ても明らかだ。
誰もいないところで。
静かに過ごしたい。
それがネージュの望み。
そして恐らく、ネージュは誰も必要としていない。
それはそうだろう。
アダレットは元々、武門の国と自称していた国家だ。ヴォルテール家を除くと、錬金術の家系も殆ど無かったと聞いている。
それならば、ネージュを懐柔するとき。
アダレットがどんな手を使ったのかは、大体想像がつく。
恐ろしく腹立たしい話だが。
今まで孤独に錬金術をしていて。黙々と自分に出来る範囲での人助けをしていたネージュに対して。
それこそ、今まで味わったことがないような「優しさ」をぶつけたのだろう。
孤独に生きてきた人だ。
それに対して、少しでも報いようと考えてしまっても、おかしくは無かった。
そして、それが嘘だったと、すぐに悟らされる事になる。
生涯の研究だっただろう不思議な絵に関する技術。
多分ファルギオルを仕留めた技術だ。
それを利用されるだけ利用され。
用済みになったら捨てられたのだから。
先代の騎士団長が怒るのも無理はない。
今、先代の騎士団長に接触する手段は無いから、その辺りはマティアスさんやアンパサンドさんに聞くしか無いとして。
それを、どうにかしない限り。
まず、ネージュを翻心させることは無理だ。
そもそも手酷い裏切りを受けているというのなら。
どうにかして、その不審を取り除かなければならない。
リディーとスールは。
大丈夫なのだろうか。
正直な話、ミレイユ王女は怖い人だ。
リアリストでもある。
だけれども、あの人は無能じゃあない。
アダレットが、長年のツケをため込んでいて。
錬金術師に頼らなければ、どうにもならなくなっていることくらいは理解出来ている筈である。
少なくとも、今のアダレット王室は信用できる。
そこから、攻めるしか無い。
「分かりました。 それで何とかしてみます」
「それとリディー」
「はい?」
「少し、心に陰りが見えます。 大丈夫ですか?」
見抜かれた。
生唾を飲み込む。
リディーも分かっている。最近、何だか周囲から、かすかに変な声が聞こえる。心に、黒い染みも広がり始めている。
「……分かりません。 でも力がなければ、何もできません。 この闇みたいなの、錬金術が出来るようになればなるほど、拡がるような気がします」
「そう、ですか」
「失礼します」
頭を下げる。
子供達とは、どうしてか、今日は。
顔を合わせたいとは思わなかった。
アトリエに戻る。
スールは調合を進めていて、爆弾だけではなく、インゴットも作っていた。そろそろプラティーンを作れという話も鍛冶屋の親父さんにされたと聞いている。確かに、先をどんどん目指していくべきだろう。
スールはなんというか、一度やった事を繰り返すのが上手だ。
新しいものを思いつくのは、リディーの方が得意なのだけれど。同じものをどんどん上手に作っていくのは、スールの方が上かも知れない。
理屈さえ理解すれば、どんどん作る物の質を上げていくので。
スールは自分が理解していない強みをいつの間にか手にしているとも言える。
ただ本人はそれに気付いていないようだし。
敢えて触れないことにする。
スールは錬金術について、相当苦しんでいる。
だから、リディーが下手な事を言わない方が良い、と思うのだ。
「リディー、どうだった?」
スールが、炉から赤熱したインゴットを取りだしながら聞いてくる。
シスターグレースに言われた事を応えると。
なるほどと、スールはいうが。
本当に何か案があるのだろうか。
ともかく、三日後にまたネージュの要塞に出向く事にする。それは決めておく。今日中に、手続きなどは済ませておく。
移動中などに、色々考える。
ネージュはどうして子供の姿になっていたのか。
多分だけれども。
大人の世界が腐りきっているから、嫌になったのだろう。
その辺りは、正直分かる。
腐り果てた人間がどうなるかは、匪賊という実例を見てよく分かった。
最終的に、腐りきった人間はああなる。
そしてネージュは。
全ての人間が、ああ見えている。
だけれども、錬金術師に対しては、同情的な言葉を向けてきた。それを考えると、錬金術師の話は聞いてくれるかも知れない。
今度はマティアスが前に出るのでは無く。
リディーが話をしてみるか。
王城で手続きを終わらせて。
ちょっと怖いけれど、フィンブルさんのいる酒場にも顔を出す。
帰り道、イル師匠のアトリエを覗いてみたけれど。
やはり帰っていない。
前線でファルギオルを抑えてくれているという話だけれども。あんなのを、本当に抑えられるのか。
しかし、あのソフィーさんという人の。
炸裂するような圧迫感を考えると。
出来ても不思議では無い。
三傑などではない、ということはわかった。
フィリスさんも怖かったけれど。
ソフィーさんの恐怖は、何というか次元がもう違っていた。多分ソフィーさんより怖い生命体は存在しないと思う。
でも、それでも。
ともかく、急がなければならない。
ファルギオルを倒す。
アダレットは、そうしないと滅ぶ。
はっきりいって、今は「普通の人間」が如何に愚かかは、リディーも身に染みて分かっている。
自分がそうだったのだから。
でも、アダレットには、尊敬できる人もいる。
そんな人達を死なせる訳にはいかない。
それがリディーの本音だ。
アトリエに戻る。
雨を拭っていると、スールが言う。今度は、お薬を作っていた。
「リディー、次の最初、スーちゃんに話させてくれる?」
「うん、良いけれど。 何を話すつもり?」
「あの人……ネージュさん。 きっとだけれど、錬金術師にはある程度は心を開いてくれると思う」
「その結論は同じだね」
そうなると。
ある程度、話すのが好きなスールの方が向いているか。
「でも、何を話すつもり?」
「それなんだよね。 今考えてたんだけれど、ネージュさんへの迫害、アダレットの人がみんな荷担したも同じなんだよね」
「うん。 だからアダレットの人達のために、何て口にしたら、多分その場でキレられると思う」
「ちょっと今晩中に、どうやって攻めるか考えよう」
頷く。
スールは、理解さえすれば、きちんと話を順序立てて組み立てられる。
それから調合をしながら。
どうやって鉄壁の牙城を崩すのか。
一晩、ずっと話しあった。
原作だとここ、拗ねた子供をあやすも同然のイベントだったんですが……。
状況から考えて、ネージュがブチ切れてないわけないよな……という事から考えた展開です。