暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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腐敗しきった国の現実。

双子が背負うには、あまりにも巨大すぎる闇です。


2、アダレットの闇

エントランスに集まる。前回と同じメンバーである。パイモンさんはまた前線にお呼ばれが掛かっているのだろう。イル師匠やフィリスさんはずっと対雷神ファルギオル。そしてソフィーさんも。

 

代わりの監視役として、アルトさんが来ていると見て良い。

 

まず最初に、皆が集まってから。

 

口を開いたのは、マティアスさんだった。

 

「色々調べてきた。 先代騎士団長にも会ってな。 そうしたらもう、本当にろくでもない事ばっかり分かって俺様泣きそう」

 

「殿下、情けない事を言われるな」

 

「ああ、分かってるよもう。 まずあの暗殺者の首だが、ネージュが言う通り本物だったよ。 半分は匪賊に魔術で強化を施し洗脳した奴。 残るのは、騎士の中で汚れ仕事を担当している奴だった。 魔術で解析して分かったんだが、何人かは先代騎士団長が覚えてた」

 

「うっわ、最悪……」

 

スールが言うが。

 

面目ないと、マティアスさんが頭を下げる。

 

普段だったら、スールに言い過ぎだと咎めたかも知れない。

 

しかしながら、正直リディーもこれに関しては完全に同意見だ。アダレットは、ネージュに対して責任をとらなければならないだろう。

 

ファルギオル撃退の最大功労者に対して。

 

何一つ報いなかったのだ。

 

その報いを受けるのは当たり前である。

 

何かをして貰ったら、報酬を払う。

 

子供ですら知っている事を。

 

国家という最大単位がしなかったのだ。

 

それどころか、恩に対して仇で報いた。

 

そんなんじゃあ、アダレットがおかしくなるのも、当たり前だと言えた。先代騎士団長は良識的な人物だったと聞いている。さぞや宮廷内の愚かな「普通の人間」達には、頭を痛めていたに違いない。

 

「いずれにしても、公式の謝罪はネージュにするのです」

 

「ああ、分かってる。 それに、ネージュの親戚関係の不審死だが、これもやはりアダレット王家が……正確には実行犯は、当時の文官の権力者何人かだ。 ネージュの少ない親友達をはじめ、ネージュに必ずしも好意的では無かった両親、兄、妹、従兄弟まで殺されている」

 

「何それ、無茶苦茶だよ!」

 

「ああ、無茶苦茶だ。 ネージュはヴォルテール家の遠縁で、先代騎士団長はヴォルテール家を守るので精一杯だったようだ。 ネージュの一族を消した連中は、ヴォルテール家まで潰そうと考えていたようだが、もし実行されていたら、もうアダレットは存在していなかったかも知れないな」

 

それはそうだ。

 

ネームドの戦闘能力と、騎士達の実力。

 

それだけでも、あれほどの差があるのだ。

 

錬金術の装備と、錬金術師がいないと、上位のネームドには到底対抗できない。それも、手練れ。今のリディーやスールより格上の、最低でもパイモンさんくらいの実力がないと話にもならないだろう。

 

バトルミックスというインチキが使えるから、リディーとスールは火力を出せているだけで。

 

今でも、周囲にいる錬金術師はみんなリディーとスールより格上だ。

 

そのくらいは。

 

幸い、現在は。正確に把握できている。

 

「ただ、不可思議なこともあってな。 それらの行動を行った文官達が、直後に全員不審死を遂げている。 魔術などの痕跡も無し。 錬金術排除を声高に叫んでいた連中は全員が消えた。 先代騎士団長はそれで勢力を盛り返し、どうにかネージュのこれ以上の攻撃を辞めさせるのと、ヴォルテール家への保護を成功させたようだ」

 

「……」

 

あれ。

 

アルトさんが、懐かしそうに目を細めているのを見てしまった。

 

何だか、見てはいけないものを見たような気がする。

 

スールは気付いていない様子だし、藪蛇になるから口にはしないけれど。

 

それでもこれは、色々とあらゆる意味でおかしな事になっている。アルトさんが何者かは分からないが。

 

ひょっとしてこの件。

 

ネージュの側について、何かしていたのではないのか。

 

だけれど200年も前だ。

 

アンチエイジングの技術については聞いているが。

 

それにしても、度を超している気がする。

 

「それについても、俺様からネージュに正式に謝罪するつもりだ。 首を寄越せと言われれば、そうする。 お前達はどうだ」

 

「……ネージュと話していて気付いたんだけれど、ネージュはスーちゃん達とは会話してくれたんだよね。 それで、ネージュに、力を貸して欲しい、と言う事と。 話をして欲しいと言う事を、分けて話をしてみようと思うの」

 

「要するに困っているから力を貸してくれとはいわないのだな」

 

「うん、フィンブル兄」

 

スールはちゃんと理解出来ている。

 

フィンブルさんも、この辺りは理解が早くて助かる。この人は戦士たれと心がけている人だけれども。

 

或いは、戦士の規範たれと考えて。

 

余暇で色々と勉強をしているのかも知れない。

 

獣人族の方がヒト族より真面目だと聞いた事があるが。

 

その成果なのだろう。

 

「分かった、それについては任せる。 兎に角、一秒でも時間が惜しい。 ネージュと話すのは、多分俺様じゃあ無理だろう。 スー、頼んで良いか」

 

「うん、分かった。 悪いのは全面的に此方だって、認めても良いんだね。 後でスーちゃん達も、余計な事をしたとかで、アダレットに処分されたりしないよね」

 

「そんな事、出来るわけが無いから安心してくれ。 今、ただでさえ三傑がこっちに来てるんだぞ。 三傑の実力は、一人ずつでもアダレット全軍より上って言われるくらいなんだ。 彼奴らの機嫌を損ねるような度胸は、流石に姉貴にだってねーよ」

 

「分かった。 信じるからね」

 

はあと、ルーシャがため息をつく。

 

ヴォルテール家の関係者であるルーシャとしては、とても気が重いのだろう。下手をすると、ルーシャは今頃存在していなかった。それがよく分かったのだから。

 

そして恐らくだけれど。

 

嫌な事ばかり思い当たってしまう。

 

多分だけれど、騎士団と関係強化を行うことで。

 

ヴォルテール家は生き残ったのだ。

 

アダレットにネージュの関係者が皆殺しにされる中。

 

ヴォルテール家だけをどうにか騎士団が守れたのも。

 

先代騎士団長が、文官達と対立していた、というだけではない。

 

騎士団とのパイプが太く。

 

騎士団が本気で反抗したら、対応出来ないことを知っていたからなのだろう。

 

ただ、それでも騎士の一部が暗殺者に仕立てられていたことを考えると。

 

騎士団も当時から一枚岩ではなかったに違いない。

 

アンパサンドさんは無口のままずっと口をつぐんでいる。

 

苛立っているのは明らかだった。

 

だけれど、不意に言った。

 

「リディーさん。 勘違いしているですよ。 あくまで自分は、自分の運命を自分で掴むために力を得て、騎士になったのです。 騎士団長を尊敬しているからとか、先代騎士団長を尊敬しているのが理由ではないのです」

 

「えっ、そうなんですか」

 

「あ、ああ。 前にアンに聞かされたよ。 この理不尽な世界と戦うために騎士になったってな。 それが一番現実的な方法だったんだと」

 

「そういう事です。 騎士団に入ってみて腐敗しているようだったら、多分傭兵になっていたのです」

 

そうか。

 

今の騎士団は、この気むずかしい人が、満足する程度にしっかり回っている、と言う事なのだろう。

 

いずれにしても、実力の無い人が騎士を気取っている様子はないようだし。

 

マティアスさんにしても、捨て扶持で与えられているのは騎士一位。隊長でも副団長でもない。

 

騎士団では、実力主義が第一で。

 

それでアンパサンドさんも、ホムで騎士になったと言うことで、相応に周囲から尊敬されているのだろう。

 

とはいっても、騎士団内部での扱いがどうなのかはよく分からない。

 

今のアンパサンドさんの実力から言って、騎士一位になっていないのも、或いは何か後ろ暗い事情があるのかも知れなかった。

 

話を他にも幾つかし。

 

打ち合わせを済ませると。

 

ネージュの要塞の絵に入る。

 

城門は開いている。

 

内部に入ると、前回とほぼ同様の状況になった。

 

弓矢を構えている、無数の人型。

 

そして、腕組みして、階段に立っている幼い姿のネージュ。

 

スールに目配せ。

 

頷くと、スールが前に出た。

 

「ネージュさん! 色々調べてきました! 貴方の言ったとおりでした! アダレット王家は、公式に謝罪をしています!」

 

「公式に謝罪ね」

 

「アダレット王家の王位継承権持ちとして、何でも謝罪は受けるつもりだ。 首を寄越せというのなら、今この場で刎ねてくれ」

 

「お前なんかの汚い首なんかいるか! 私の宮殿が汚れるわ」

 

ネージュが突っぱねる。

 

ただ、これは好機ではある。

 

マティアスさんを殺さなくてもいい、という事になる。

 

まずは、一段階だ。

 

それから、順番に。

 

判明した事実を、スールが告発していく。

 

実行者についても判明しているので、それについても話をしていった。

 

具体的な犠牲者の名前と。

 

殺すように命令した高級文官。

 

指示を出していた汚職官吏は全員がヒト族で。

 

ああとしか思わない。

 

ホムの役人と比べて、ヒト族の役人は我欲を優先してろくでもないという話は今まで聞かされてきているけれど。

 

実例を見せられてしまうと。

 

思わず頭を抱えたくなるのは、なんといって良い物か。

 

「不可思議なことに、この下手人共は全員、謎の不審死を遂げています。 それも皆苦しみ抜いて死んだようです」

 

「……そうでしょうね」

 

「?」

 

「もう良いわ。 とりあえず罪の告発に対する調査はそれくらいかしら?」

 

ネージュも若干うんざりし始めている。

 

無言でリディーは様子を見ているしか無い。

 

ルーシャは傘をいつでも構えて、シールドを展開出来るようにしているけれど。

 

ネージュが作った不思議な鎧と、それが装備している弓矢だ。

 

防げるとは、とても思えない。

 

数、地理、戦力。全てが絶望的だ。

 

アルトさんが本気を出せば話は違うだろうけれど。

 

この状況ではどうしようもない。本気を出してくれなんて、口が裂けても言えない。

 

「本当にすまない」

 

マティアスが土下座する。

 

沈黙が場を支配。

 

ネージュが、溜息をついた。

 

大きく。

 

「そうね、私の要求はその事実を史書に記す事ね。 しっかりと。 この絵の中からも、それが行われているかどうかくらいは確認できるわよ」

 

「……分かった、それが要求であるのなら飲む」

 

「飲まれても、もう死んだ私の友人や、私を鼻つまみ者扱いしていた家族はどうにもならないけれどもね」

 

「本当に……すまない」

 

王族が、此処まで出来るのか。

 

多分、アダレットの立場上、ミレイユ王女に同じ事はさせられないのだろう。

 

落としどころという奴だ。

 

リディーも少し気の毒になって来た。

 

さて、此処からだ。

 

少しずつ、ネージュの敵意を削って行かなければならない。

 

「ネージュさん、話がしたいの。 貴方の記録、殆ど残っていなくて! 今のアダレットは、ラスティンから凄い錬金術師を招いて、しっかりインフラ整備したりしていて、ずっと良くなっていて! スーちゃんやリディーみたいなひよっこにも、補助金を出してくれるくらいはよくなっているの! もっと上手になりたいから、色々お話を聞きたいって思っていて!」

 

「……」

 

「話くらいは、聞かせて?」

 

ネージュの目は冷たい。

 

此奴は今の状況で、何を言っているんだ。

 

そう告げているかのようだった。

 

スールは必死だが。

 

心に届いているようには見えない。

 

ネージュが孤独だったら、それはそれである程度つけいる隙があったかも知れない。見た目通りの子供の精神で、それで寂しいようなら、或いは。

 

だがここは、何もかもに嫌気が差したネージュが、自分が閉じこもるために作り上げた世界だ。

 

ネージュは大人であると言う事も嫌になった。

 

周囲に人間がいることも嫌になった。

 

だからがらんどうのでくの坊をたくさんこしらえて、周囲に配置。

 

要塞を作って、敵が来るなら押し返す作りにもした。

 

此処はネージュの安息の土地。

 

人間であるときは得られなかった、最後の楽園だ。

 

友人もいたようだが。その友人達も皆殺しにされたネージュにとって。

 

此処以外に、行く場所なんて無かったのだろう。

 

或いは、決定的になったのは、暗殺者を送り込まれたことかも知れないが。

 

それはそれ。

 

いずれにしても、ネージュの心は。この要塞を見ればみるほど分かってしまう。

 

「そこのひよっこ三人。 貴方たちだけ来なさい」

 

「!」

 

「そこにいるタヌキには残って貰うわ」

 

「ふふ、僕のことかい」

 

アルトさんが肩をすくめる。

 

余裕があるところを見せているが。

 

実際余裕なのだろう。

 

あの人は、恐らく三傑に匹敵するか、それに次ぐくらいの実力者。プラフタさんの謎についても教えてくれたし。

 

多分、この程度の障害。

 

自力でどうにでも出来る筈だ。

 

そしてマティアスさん達は人質代わり。ネージュに何かあったら、即座にがらんどうの鎧達が動く、という事か。

 

要塞の内部は複雑に入り組んでいる。

 

広い部屋が幾つも開いているが。

 

いずれもが、よく分からない数式がたくさん浮いていたり。

 

彼方此方に錬金術の試作品らしい、見た事も無い道具が散らばっていたりした。

 

それを物言わぬ甲冑達が、黙々と片付けている。

 

ネージュがそれだけ散らかす、と言う事か。

 

比較的開いている部屋に出たので、一緒に入る。

 

ネージュはその間、口を一切聞かなかった。途中、リディー達は順番に名乗ったが、それにも殆ど無反応だった。ただ、ルーシャの名前を聞いたとき、ちょっとだけネージュの目が冷えたが。

 

ルーシャが少し居心地悪そうに、咳払いする。

 

「ネージュさん、その。 此処に一人で、寂しくありませんの?」

 

「余計なお世話よ。 此処に追いやったのは貴方たちでしょう」

 

「うっ……」

 

「ヴォルテール家が今まで存続していて何よりだわ。 保身に全力を注いで、文官にも相当な賄賂を送っていたものね。 私の一族が皆殺しにされるのもそのまま黙って見ていたようだけれど、それで助かって今どういう気分? まあ私も、友人達は兎も角、一族には鼻つまみ者扱いされていたから、正直どうでも良いけれどね」

 

やさぐれている。

 

そうとしか言えない。

 

ネージュの心は、本当に閉ざされてしまっている。

 

見かけ通りの子供だったら、対応は可能だっただろうが。彼女は大人というものをそもそも嫌悪して、子供に戻ったのだ。

 

子供の姿になったところで。

 

此方への憎しみを向けていることに違いはない。

 

長いテーブルに着く。

 

がらんどうの鎧達が、紅茶を配膳してきた。

 

普通に暖かくて美味しい紅茶だ。

 

そういえば、どうしてがらんどうの鎧なのだろう。これもひょっとして、ネージュに対する突破口になるのではあるまいか。

 

とにかく、少しでも話す事だ。

 

これは事前に話して決めている。

 

話をすれば、相手のことが少しずつは分かるようになる。

 

そうすれば、少しでも理解は出来る。

 

理解出来れば、相手とも距離を縮められる。

 

「今、凄い錬金術師がアダレットに来ているといったわね。 どうせ深淵の者関係者でしょう」

 

「深淵の、者?」

 

「え?」

 

困惑してルーシャを見るが。

 

ルーシャは真っ青になっていた。

 

口が裂けても言う訳にはいかない、という顔だ。

 

ネージュはいじわるそうに笑う。

 

「やっぱりね。 そっちの二人は知らないようだけれど、ヴォルテール家の者ならまあ知っているでしょうね」

 

「何ですか、その深淵の者って……」

 

「本当にド素人ね。 そもそも、この世界に二大国なんてものがどうして生じたと思っているのかしら。 各地にいる凶悪なドラゴンや邪神が、どうして食い止められていると?」

 

「そ、それは……」

 

そういえば、妙だ。

 

アダレットの初代王は武王と呼ばれていた豪傑だったとは聞いているが。

 

そもそも500年くらい前までは、小さな都市が、獣やドラゴンの襲撃に怯えながら、各地に点在しているだけだった、と聞いている。

 

フィリスさんに聞かされたのだけれど。

 

そういった都市の残骸が、遺跡になって彼方此方に残っているそうだ。

 

現在の二大国も、そもそも都市国家の連合政権に過ぎず。

 

それがどうしてこうも長く続いている。

 

アダレットの王も、無能な者はさっさと排除されている様子だし。

 

ラスティンでもそれは多分同じだろう。

 

「掃除屋がいるのよ。 この世界に秩序を作る掃除屋がね。 通称深淵の者。 ある年月を超越した錬金術師を頂点として、超絶の使い手が揃い。 各地で世界の秩序を築くために暗躍する者達。 アダレットもラスティンも、内部には公認スパイが大勢いて、現時点ではほぼ支配権を握られているとも聞くわね」

 

「ネージュさんは、どうしてそんな事を」

 

「あの王子は知らないようだけれども、騎士団と私だけでファルギオルを倒したとでも思っているの?」

 

「!」

 

まさか。

 

とにかく、よく分からない。

 

ルーシャがそんな真っ青になると言う事は。

 

余程の組織なのか。

 

各国に公認スパイを配置するということは。

 

そうなのだろう。余程凄まじい規模と力を持つ組織、という事になる。そんなとんでもない組織が、存在しているのか。

 

ぞっとする。

 

ひょっとして、三傑も。

 

「今回は比較的余裕があるようだったけれど。 前にファルギオルが攻勢を掛けてきたときには、騎士団が最初の戦いで半減するほどの被害が出てね。 街も幾つも焼き払われていった。 其処で深淵の者も見過ごせないと思ったのでしょう。 私に幾つかの技術提供を。 更にはファルギオルとまともに戦えるほどの実力者を配置してくれたわ。 彼らが、貴方たちにとっては恐らく過去の存在だろう騎士団長と連携して戦ってくれている間に、私は切り札を作った。 そしてファルギオルを封印した」

 

「倒したのではなく……」

 

「私の実力では封印が精一杯だったわよ。 まあおかげで彼奴は逆恨みして、今になってまた現れたんでしょうけれど」

 

茶菓子が出てくる。

 

とても甘い。それ以上に溶けるように美味しい。

 

錬金術師として、ネージュが超格上であることはよく分かる。このお菓子も、錬金術で作っているのだろうから。

 

こんなの、リディーにはとても作れない。

 

「その様子だと、私が作った切り札については、記録に残っていないようね」

 

「はい。 すみません……」

 

「私の時代には、汚職官吏の駆除はしても、アダレットの国政にはまだそれほど派手に食い込んでいなかったようだし。 仕方が無いかも知れないわね。 汚職官吏の不審死、深淵の者によるものよ。 目に余る、世界にとっての害になると考えたのでしょう」

 

そうか。

 

そんな恐ろしい組織が存在しているのか。

 

勿論、外では喋らない方が良いとも言われる。

 

それはそうだ。

 

そんな事、おおっぴらに口にしたら。

 

多分消される。

 

ルーシャの反応を見ていても分かる。

 

ルーシャは知っていたと見て良い。

 

そして、その恐ろしさも。

 

何かしらの形で、身に染みているのだろう。

 

深淵の者、か。

 

世界に秩序を作ってはくれたが。人間に対して、決して優しい組織でもない、というのは確定だろう。

 

二大国を作り。

 

ある程度の秩序を作ってくれている。

 

そして、危険なドラゴンや、邪神も駆除してくれている。

 

それだけで、どれだけの人達が助かっているか、分からないくらいだ。

 

しかしながら、その管理は厳格極まりなく。

 

不要と見なせば即座に消す。

 

それくらいのことはする組織でもあるのだろう。

 

震えが来る。

 

きっとリディーとスールは。

 

今までネームドの尾の側で、タップダンスを踊っていたに等しい状況だったのだろう。ルーシャはきっと、そういう意味でも心配して、心を痛めていたはずだ。

 

「今日はもう帰りなさい。 少し頭を整理する時間が必要でしょう」

 

「……はい」

 

「ホールで待たせている連中に、深淵の者のことは話さない方が良いわ。 関係者が何人かいるから」

 

「!」

 

次の瞬間。

 

皆、揃って、絵から放り出されていた。

 

乱暴だなあと、スールが起き上がりながらぼやく。リディーは慌てて、スールに這い寄ると、口を塞いだ。

 

マティアスさんに、深淵の者って知ってる、とか言い出しかねなかったからだ。

 

ルーシャもそれを見て、ほっとした様子である。

 

ネージュの反応からして、確信できたことがある。

 

アルトさんは。

 

深淵の者関係者だ。

 

それも多分、生半可な関係者じゃないだろう。

 

あの三傑に近いと推察される実力に加え。

 

あの時。

 

最初にネージュとあった時。声を掛けられなかった。さっきも、ネージュはアルトさんには声を掛けなかった。

 

ひょっとして面識があるのか。

 

あるのだとすれば。最低でも200歳以上。200年前に生まれたとも思えないし、もっともっと年上だろう。

 

そして、ネージュは言っていた。

 

関係者が複数いると。

 

ルーシャも深淵の者を知っていたと言う事は、ある程度の事は分かっていると見て良い。何よりも、そもそもだ。

 

イル師匠が時間を止めて見せた。

 

雷神と戦えるような人材を多数有しているような組織となると。

 

それくらいのことは出来る錬金術師が、多数いると見て良い。

 

つまり、だ。

 

今後、どこで何を喋っても。

 

安全などはない、という事である。

 

あらゆる全てが把握されている。

 

そう考えて動かなければならないかも知れない。

 

これは、恐らくネージュがリディーとスールに掛けた呪いだ。もしも、これを越えて来るのなら。

 

また話をしてやる。

 

そういう事なのだろう。

 

スールも、しばらく不思議そうにしていたが。勘が鋭いのだ元々。ようやく意味に気付いたのか、震え出す。

 

「どうした、何か聞かされたのか」

 

「い、いえ。 大丈夫です、フィンブルさん」

 

「そうか。 何かあったら、遠慮無く言ってくれ。 俺に出来る範囲であれば力になる」

 

「ありがとうございます」

 

頼りになるけれど。

 

フィンブルさんでは、多分助けにはならないと思う。

 

最悪のケースを考える。

 

三傑は全員その深淵の者。

 

アルトさんも。パイモンさんも。

 

ドロッセルさんや、フリッツさん、シスターグレースも。更には騎士団が、全部丸ごと掌握されている。

 

そうなると、何となく、線が。今まで不可解な出来事ばかり起きてきた事に、線がつながっていくような気がする。

 

ひょっとしてリディーとスールが巻き込まれているこの恐怖の宴は。

 

深淵の者の掌の上で。

 

ずっと執り行われているのではあるまいか。

 

深淵の者が何を目的としているのかはわからない。

 

ダーティーな手を使ってでも良いから、この乾ききった世界に秩序を作る事なのだとしたらまだいい。

 

何か、恐ろしい事を目論んでいるのだとしたら。

 

抵抗する手段がない。

 

イル師匠一人にだって、何をしても勝てる気がしないのである。

 

ましてやソフィーさん。

 

雷神にあっさり「お帰り願う」上、あの地獄で全員を救出してのけるような、邪神以上の怪物である。

 

あんな人が、もし敵に回ったら。

 

思わず吐き気がこみ上げてきたが。アンパサンドさんに見下されているのに気付いて、必死に堪える。

 

「様子がおかしいのです。 ネージュに何か聞かされたのですか?」

 

「だ、大丈夫ですわ。 ご心配なさらず」

 

「大丈夫かどうかは一目で分かるのです。 何かこの場で言うと都合が悪いことを聞かされたとしか思えないのです」

 

「アン、みんな吐きそうだし、その辺に……」

 

アンパサンドさんは無言でマティアスさんを見て。

 

マティアスさんは萎縮して、口を閉じた。

 

怖い。

 

「まあ信頼しろなんて薄っぺらなことを言うつもりは無いのです。 ともかく、今日はどうみてもこれ以上の調査は無理。 ただ分かっているのですね。 時間は、あまり残されていないのです」

 

「……はい」

 

「アンパサンドさんは、違いそうだね」

 

「何がなのです」

 

スールが、何でも無いという。

 

バカと、思わず叫びそうになった。

 

そして気付く。

 

アルトさんが、目を細めて笑っていることに。

 

これは、確実に気付かれたと見て良い。

 

漏らしそうになった。

 

アンパサンドさんが違うと言うのは同意だ。この人の性格上、もしも深淵の者関係者だったら、もっと違う揺さぶりを掛けてくるはず。今のはスールがおっちょこちょいだっただけ。

 

アンパサンドさんには、話しても良いかも知れない。

 

しかし、はっきりしているのは。

 

やはり、しっかり情報を整理して。

 

活路を見いださなければならない。

 

それだけだった。

 

一度解散してアトリエに戻る。

 

まったくレンプライアを見かけない事だけは嬉しいのだけれど。それ以上に、あまりにも。

 

今までの不思議な絵画とは比べものにならないほど、恐ろしすぎる絵だと、リディーは思った。

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