暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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本作の主人公達についてです。


※リディー

双子の二卵性双生児の姉。あまり体は丈夫では無いが、大人しいように見えて実際の所双子での主導権はリディーが常に握っている。いざという時も肝が据わっているのはリディーの方。錬金術の才能もリディーの方が高い。

現時点では錬金術師としても人間としてもはっきりいって未熟極まりなく、特に致命的な事に「自分は常識がある」などと思い込んでいる。

これが後に大きな悲劇の引き金となる。


※スール

双子の二卵性双生児の妹。この世界ではたまに使い手がいる銃を扱う武闘派。双子の母親が騎士団でも屈指の騎士であった事もあり、その母の血を色濃く引いたのがスール。運動神経はこの世界基準でそれなりに優れている。

いわゆるやんちゃなおてんばだが、実際に危地に立つと非常に脆い部分があり、姉が主導権を握っているのもそれが理由。

錬金術の才覚は明確に姉に劣っているが、その代わり妙に直感が鋭い。

このスールも「自分は常識人である」などと錯覚しており。それが後に悲劇を引き起こす事になる。


3、絵の中の楽園

蒸留水を作った翌日。

 

幽鬼のような足取りで、お父さんが家を出ていった。

 

ご飯を食べるかとリディーは聞いたけれど。

 

完全に無視された。

 

いや、恐らくアレは聞こえていない。

 

お酒は入れていないようだけれど。

 

それでも人は壊れてしまう。最初は恐くて泣いたけれど。今はそれよりも嫌悪の感情が強かった。

 

「ねえ、スーちゃん」

 

「んー?」

 

「あのさ、地下室から声が聞こえない?」

 

「はあ」

 

スールはしばし唖然としていたが。

 

見る間に真っ赤になる。

 

憤怒に頭が沸騰したのだと、一発で分かった。

 

スールはキレると、見境がなくなる。

 

こう考えたのだろう。

 

「商売している」女を連れ込んだのでは無いかと。

 

「あんのクソ親父! 娘のささやかな稼ぎで、さもしい欲望満たそうとか考えるか!?」

 

苦笑いしかないが。

 

そういうクズが幾らでもいることくらい、リディーだって知っている。

 

スールももちろんだ。

 

だが沸騰したスールは、地下室への扉に突撃。

 

一撃で蹴破った。

 

まあ、流石に本職の戦士には及ばないが、こんなものだ。お母さんも拳銃使いだったが、機動力を駆使して獣と大立ち回りを散々していたと聞いている。その血を強く受け継いだスールは、普通にこれくらいできる。

 

地下室に入ると、スールは獣みたいに荒く息をつきながら、殺気だった目で周囲を見回したが。

 

後から入ったリディーが見た限り。

 

情事の跡は無いし。

 

女の臭いもしなかった。

 

何よりとにかく無骨な空間で。

 

書き殴られたキャンパスと。乱雑に放られたイーゼル。それに、何よりも。

 

スールが黙り込んでいる。

 

リディーもだ。

 

壁に掛かっているその絵は。

 

あまりにも美しかった。

 

天海の楽園。

 

そう書かれている。

 

その言葉通り。まるで天国のような花畑を描いた、神秘的なまでに美しい絵だった。

 

幾らになるだろうとか、そういう事は頭に浮かばなかった。

 

値段とかをつけて良いものではない。最初にそうとさえ感じた。

 

「何この絵。 あのクソ親父が描いたの!?」

 

「……」

 

聞こえる。

 

小さな声で。

 

か細いけれど。

 

確かにこれだ。この絵から、ちまちまとした声が聞こえる。何を言っているかはとても分からない程微かだけれど。

 

無言で、手を伸ばしてみる。

 

スールが、あっと声を上げるのがわかったけれど。

 

それだけ。

 

意識が、ぐるんと反転して。

 

落ちていた。

 

 

 

気がつくと、まばゆい光に満ちた世界にいた。

 

一面の花園だ。

 

周囲には美しい青空が拡がっていて。

 

其処には何の苦悩もないように思える。

 

スールは呆然と側に立ち尽くしていて。

 

リディーが声を掛けると。

 

我に返った。

 

「あの絵に吸い込まれたんだよ」

 

「えっ……」

 

「どうしよう。 あれきっと、錬金術の道具か何かだったんだよ。 昔はあのクソ親父、錬金術の腕確かだったでしょ。 殆ど売っちゃったみたいだけれど、まだ凄いのが残ってたんだよ!」

 

スールがまくし立てる。

 

確かにそれだと、非常にまずい事になる。

 

高度な錬金術は、魔術を何十倍にも、下手をするともっともっと増幅させると聞いている。

 

本当に何が起きるか分からないから。

 

分からないものには絶対に触るな。

 

そうまともだった頃のお父さんに、叱られたことがある。

 

「ど、どうしよう! さっきなんか訳分からない黒い影もみたよ!」

 

「……」

 

まずい。

 

一瞬で花園の美しい世界が、悪夢の牢獄に思えてきた。

 

だが、こう言うときこそ。

 

落ち着くべきだ。

 

お母さんは言っていた。

 

苦難に直面したときこそ落ち着け。

 

慌てて行動すると絶対にドツボにはまる。全てを試してから、最後の最後で勇気を振り絞れ。

 

深呼吸すると

 

頬を叩く。

 

「この辺りの花見てみて」

 

「え、何言って……」

 

「良いから。 こんな不思議な世界の植物だよ。 凄い薬の材料になるかも」

 

「……」

 

籠は、ない。

 

だけれども、此処で採れる材料を使えば、或いは。

 

丁寧に摘む。

 

見た事がある草も。そうで無いものもあった。いずれにしても、みずみずしさが尋常ではない。

 

足音。それも、明らかに脅威を感じるものだ。

 

何か神殿のような柱があったから、身を隠す。

 

真っ黒で、見た事も無い巨大な人型が、歩いていた。

 

他にも、上半身だけしかない人型が。両手で這いずっていたりした。

 

いずれもみんな真っ黒。

 

人とカマキリと蛇を足したようなのとか。

 

翼を生やして、人間と虫を足して二で割ったようなもの。

 

それに、槍を持った兵隊みたいなのもいる。

 

どれもこれも、黒くて恐くて。

 

花園を我が物顔に荒らして。

 

好き勝手に振る舞っているのが分かった。

 

許せない。

 

そう思ったけれど。分かってしまう。

 

今のリディーとスールでは、とてもではないが、勝ち目なんてあるわけ無いと。あれらの一匹すらどうにもできないと。

 

ふと、気付く。

 

躍り出た人影が、槍をもっていた兵隊みたいなのを蹴り挙げ、銃で撃ち抜く。

 

一斉に気付いて躍りかかっていく黒い何者か達を。

 

その人影は、ちぎっては投げちぎっては投げ。

 

打ち抜き、叩き伏せ。

 

やがて敵性勢力を全滅させると、銃を回転させ。

 

ホルスターに収めた。

 

あれ。あの動き。まさか。そんな筈は。

 

スールはブルブル震えていて見ていなかったようだけれど。リディーは確かに見ていた。

 

後ろ髪の特徴的な巻き毛。

 

あれは。

 

お母さんでは無いのか。

 

でもその人は、気付くともういなくなっていた。

 

「すぐに出よう」

 

「で、でもどうやって! あんなバケモノ、勝てる訳ないよう! 獣だって勝てそうにないのに、獣より強そうだった! スーちゃん、あんなのに勝てないよ!」

 

「分かってる。 でも、これ入る事出来たんだから、出ることだって出来る筈だよ」

 

それが希望論で、楽観論に過ぎないことはリディーだって分かっている。でも、今はそうやって、くすんくすんと泣いている妹を慰めるしかない。

 

スールを守って。

 

死ぬ間際、お母さんはそう言っていた。

 

お姉ちゃんは力も弱いし戦闘のセンスもないけれど。

 

それでもスールを守らなければならない。

 

また黒いのが出現し始めている。

 

もう、一秒たりとも時間はない、と判断して良い筈だ。

 

「いい、入るときのことを思い出して。 私、絵に近付いたと思う。 他に何かなかった?」

 

「綺麗って、言っていたと思う」

 

「……」

 

絵に入るトリガーが近付いただけというなら。

 

リディーだけ気絶して、離れたスールは意識があるまま吸い込まれた説明がつかない。何よりお父さんは地下室に籠もっていることも多かったのだ。無差別に吸い込むはずがない。もっと簡単に考えるべきだ。

 

それなら、出るには恐らく。

 

「この絵から出たい」

 

「えっ? う、うん」

 

「強く願って! 早く!」

 

「分かった! 分かったあ!」

 

悲鳴混じりの声でスールが言う。それもそうだ。こっちに黒い人影が殺到してくるのが見えたからだ。気付かれたのである。

 

素人でも分かる程の殺意をむき出しにして、殺到してくる得体が知れない何者か達。

 

巨大なのも。

 

下半身がないのも。

 

カマキリみたいなのも。

 

一斉に襲いかかってくる。あんなの、一匹だってどうにもならないのに。リディーとスールみたいな底辺錬金術師がどうにかできるわけがない。

 

リディーに抱きついて、完全に震えるばかりの妹の頭を抱えて。

 

リディーは願う。

 

この絵から出して。

 

もう此処にはいたくない。

 

光がその場を包む。

 

そして、気がついたときには。

 

あの暗い、荒れた地下室に放り出されていた。

 

呼吸を整える。

 

さっき採取したみずみずしい植物はある。ということは、夢では無かった、という事になる。

 

すぐに絵から離れる。

 

これをお父さんが描いたのだとすれば。

 

全盛期のお父さんの実力は、ひょっとすると、ルーシャどころか、ルーシャのお父さんを更に凌ぐのではあるまいか。

 

「スーちゃん立って。 ドア直して。 すぐに此処を出よう」

 

「その必要は無い」

 

冷え切った声。

 

いつぶりだろう。

 

正気に戻ったお父さんの声だ。

 

お父さんは無精髭だらけの顔だったけれど。

 

ずっと見せなかった、本気での怒りの顔を向けてきていた。

 

背筋が凍る。

 

ろくでなしと馬鹿にしていたけれど。確かにこの人は、一流の錬金術師だった時代があるのだ。

 

それを今更ながらに思い出させられた。

 

お父さんはお母さんと違って、滅多に悪戯をしても怒らなかった。昔は優しくて、とても好きだった。

 

でも怒るときは、お母さんよりも恐かった。

 

それも、ようやく思い出していた。

 

「二人ともすぐに部屋から出て行きなさい。 ドアは私が直す。 後、二度とこの部屋には入らないように」

 

その言葉には。

 

有無を言わせぬ迫力があった。

 

いつもだったら、スールはクソ親父とか怒鳴っただろうけれど。

 

泣きながら頷く。

 

リディーも反論なんてとてもできず。自分から、ずっと恐怖に泣いている妹の手を引いて、地下室から出て行くしかなかった。

 

 

 

地下室の扉は、何か普通では無い方法で閉められたらしい。

 

あの後試しに調べて見たら。

 

ばちんと、魔術で弾かれた。リディーの今の実力では、とても突破出来ない。やっぱり凄い人だったんだなと思う。

 

今は荒れに荒れているけれど。

 

お父さんが少しでも正気になれば。今でもこんな強固な防壁を、すぐに展開することが出来るのだから。

 

ただ、持ち帰った草は。

 

使ってみると、凄いものだった事がすぐに分かった。

 

丁寧に葉脈を取り除いて、お薬に使ってみる。そうしてできた薬は、蒸留水の質をがつんと上げたのも理由ではあるのだろうけれど。

 

触るとじんわり暖かいほど魔力が籠もっていて。

 

何よりも、傷口に塗ると。

 

見て分かる程の速度で、傷が治っていくのが分かった。

 

これは、すごい。

 

「うっそ。 こんな凄い薬、スーちゃんが作ったの!?」

 

「私も作ったけどね」

 

「まーたうまくなっちゃった、じゃないよね……」

 

「うん。 これ、凄い素材だと思う。 ここぞという時のためにとっておくべきなのかな……」

 

あまりにも衝撃的な出来事だった。

 

あれからお父さんは、また幽鬼のような有様に戻ったけれど。

 

一度だけ、絶対にあの絵には近付くな、口外もするなと、有無を言わせぬ雰囲気で告げて。

 

それっきりだった。

 

スールは落ち着くまでずっと泣いていて。

 

リディーは涙を堪えて、側についているしか無かった。

 

恐かった。

 

でも、何となく思う。

 

城壁の外で暮らしている人は。

 

この程度の恐怖、日常的に味わっているのではないのだろうか。

 

それはリディーもスールも弱いままな筈だ。

 

生ぬるい環境で平和に暮らして。

 

本当の恐怖を知りもしていない。

 

今日、やっと本当の恐怖を知った。

 

そして、思い知らされた。

 

超常の技を持っていても。

 

今のままでは、その欠片さえも引き出すことが出来ないのだと。真価に触れるどころか、その表面さえなぞれないのだと。

 

普段はやんちゃで強気なスールも。

 

流石に今回の件では懲りたらしい。

 

地下室に近付こうとは絶対しなくなった。

 

うちひしがれている双子の元に。

 

手紙が届いたのは、その時だった。

 

手紙の配達には幾つか手段がある。

 

特別に訓練されている鳥を使う時。

 

これは急ぎの時の最終手段である。何しろ獣に襲われて、食われてしまう可能性が高いのだから。

 

だからリディーも、そういう配達があるとしかしらない。

 

後は配達夫が送る場合。

 

これは殆どの場合アルファ商会が十把一絡げに扱っていて。

 

信頼性が高いアルファ商会に任せてしまっているケースが多い。しかもアルファ商会は、データを保全することには絶対の信頼をといううたい文句を掲げており。手紙が届いたことを確認してから料金を受け取ること、手紙が途中で開封されていないようにと独自の蜜蝋を使う事、などから定評がある。

 

ただしこの手紙は、確実に届くのと裏腹にとっても高い。

 

本当に大事なときにしか、使えない手紙だった。

 

王都で一番普及しているのは。小遣い稼ぎ代わりに、その日雇われた人が手紙を王都内限定で配達するものだが。

 

当然ながら、その日に雇われた人が配達するので。

 

手紙の中身を見られる可能性もあるし。

 

きちんと届くかも怪しい。

 

ただ王都と言っても広い。

 

安かろう悪かろうでも、利用する人はいる。

 

実は小遣い稼ぎに、リディーとスールもやった事があるのだけれど。広い王都の中で迷子になって閉口したし。

 

何より裏路地の危ない所に入り込みかけてしまって。

 

それ以来懲りて、このタイプの日雇いには手を出さないようにしている。あの時は、今回みたいにスールもわんわん泣いていた。

 

そして例外中の例外。

 

騎士が届けに来る。

 

今回は、そのケースだった。

 

言う間でも無いが、国が絡んでいる手紙で。しかも絶対に相手に届けなければならない場合の配達手段だ。

 

そして、アトリエに来たのは。

 

すらっと背が高い、金髪のイケメンだった。

 

その残念さはアダレット全体に知れ渡っているという、姉に全部才能を吸い取られているとも言われるダメ王子。

 

マティアスである。

 

遠くからその残念ぶりは何度か見たことがあるが、騎士団でもお荷物扱いされていると聞いている。

 

武門を自称する王家に生まれながら、ヘタレのへっぴり腰で。戦闘でもまるで役に立たず。

 

捨て扶持として、騎士団に入れられ。

 

迷惑を掛けないように隊長にもせず。

 

真っ昼間から街中をふらつきながら、ナンパを無節操に繰り返している。そして悪評が広まって、ほぼどんな女の子にも相手にされていない。

 

見た瞬間に萎えたが。

 

それでも、ドアを開けた相手が、一応王族で。騎士であり。しかも今後の命運を握っている手紙を持っている以上。

 

対応しなければならなかった。

 

「よっ。 お前達が錬金術師の双子姉妹か?」

 

「あハイ」

 

「何だー、こんなちんまい錬金術師かー。 流石に俺様もこれは口説く気になれない……」

 

マティアスが黙り込んだのには訳がある。

 

一緒にいた見覚えのある騎士。

 

そう、ホムの騎士アンパサンドが、脇腹に掌底を叩き込んだのである。

 

踏み込む時に、ドンと凄い音がした。

 

何かコツがあるのか。

 

鎧の上からも打撃が通ったようで。

 

マティアスが真っ青になって蹲る。

 

咳払いすると、泡を吹いているマティアスから手紙を奪い取り、アンパサンドさんは手渡してくる。

 

「失礼したのです。 またお目にかかったのです。 この方のお目付役を命じられているアンパサンドなのです。 手紙にアトリエランク制度についての詳細などを記載しているので、この場で開封して確認して欲しいのです」

 

「お、おう、アン、お前、俺様王族……」

 

「武門の国の王族なら、如何に浸透打撃を受けたとしても、我慢して耐えるのです。 大体こんな付け焼き刃、獣には小物でも通じない程度の技なのです」

 

「む、無茶苦茶言うなよ……俺様吐きそう」

 

立ち上がろうとしてできず、青い顔のままブルブルしているマティアスは放置しておいて。

 

スールを促し、蜜蝋を切って一緒にスクロールを見る。

 

それには、以下のような事が描かれていた。

 

このレシピを完成させ納品せよ。それを試験とする。

 

また、今後我が国の貴重な錬金術師を護衛するために、手紙を配達させた二人を護衛としてつける事とする。

 

ただしアトリエランク制度は厳正に行う。

 

制度に参加するには試験の突破を必須とするし。

 

突破出来ない内は、騎士の護衛には料金を払って貰う。

 

これは富国強兵のための国策である事を忘れないように。

 

アトリエランクが上がれば、支給する賃金も増やす。また、生活費も担保する。

 

現状での必要な情報は、他にも幾つか記載されていたが。

 

大体そんなところだ。

 

真顔になって口をつぐむリディー。

 

眠そうにしているスール。

 

活字には本当に弱いんだなと思わされてしまうが。まあこれは仕方が無い事なのだろう。昔からリディーはこうで。そんなの一朝一夕で治るはずがないのだから。

 

「それじゃあ俺はこれで……」

 

「マティアスさん」

 

「何だ、デートのお誘いか? 俺は子供には……」

 

「違います」

 

即座に断る。

 

例え玉の輿を狙えるとしても、リディーもこんなのはお断りだ。大体首尾良く玉の輿に座れたとしても、あの血染めの薔薇竜の気分次第で処分される。はっきりいって、冗談じゃあない。

 

「護衛については、このスクロールに書かれている通り、騎士団の詰め所に申請しておけば良いんですね?」

 

「おう。 しばらくはサービスで、ただで護衛してやるよ。 見た感じ、このアトリエの状況だと、生活費もカツカツなんだろ?」

 

「……」

 

アンパサンドさんは何も言わない。

 

多分、リディーとスールの現状を知っているから、なのだろう。

 

「ただ、それも数回だけだぞ。 さっさと試験に受かっちまえば、後は大手を振って俺たちをただで護衛に連れて行けるからな。 俺もおっかない姉貴の膝元から離れて好き勝手にできるし、頼むぜ本当に」

 

何だか切実な言葉だ。

 

出来の悪い弟に、ミレイユ王女がどう接しているのかが、何となく分かる。

 

あった時も恐いと思ったが。

 

あの人は役立たずの父親を幽閉して、実権をむしり取った女傑だ。

 

勿論奸臣がいれば、その時弟を使って悪さをしただろうに。それらも全て押さえ込む事に成功している。

 

隙なんぞない。

 

「分かりました。 それではお願いします」

 

「おう、じゃあな」

 

ぺこりと一礼するアンパサンドさんがドアを閉める。

 

ヒト族から見るとどちらかというと可愛いホムなのに。アンパサンドさんは、目に闇をたたえているのが露骨に分かるし。何よりも凄くしっかりしているという印象を先に受ける。騎士として仕事をしているという事は、もの凄い苦労をしているのだろうし。色々と無理もない。

 

スールが大あくびする。

 

そしてずばり言った。

 

「リディー、何あの残念イケメン」

 

「マティアス王子」

 

「知ってるよ。 でもアレじゃ、操り人形にしようにも、そう考える人さえいないんじゃないの」

 

「そうだね。 アレじゃ誰もついてこないね」

 

それよりも、大事な事がある。

 

ミレイユ王女が付け加えてくれたらしい資料に、記載があったのだ。

 

先生になってくれそうな錬金術師のアトリエについて。

 

ごく近所である。

 

最近まで廃屋だった筈だが。

 

錬金術師である。ぱぱっと廃屋をアトリエに改装してしまったのかもしれない。

 

「ええと、錬金術師イルメリアさん。 まだ若いみたいだけれど、女性の錬金術師みたい」

 

「イルメリアさん。 覚えた」

 

「うん。 とりあえず、会いに行ってみる? 今のままだと、そもそもどうしようも無いんだし……」

 

「そうだね、すぐに行こう!」

 

数日前にあんな事があったのに。

 

すぐに切り替えられるのだけは凄い。

 

リディーはまだ、あの絵に吸い込まれたときの事を考えると、足が震える位なのに。それなのに、少なくともスールはもう元気になっている。この切り替えの速さは、本当に凄い。

 

歩きながら話す。

 

良い人だといいね。

 

きっと良い人だよ。

 

でも、まずは基礎を教わったとして、それからどうするべきなのか。さっきちらっと見たレシピ。今まで見たことも無いような難しい内容だった。山師を排除するために、当然厳しい内容なのだろう。それは分かるが、それでも手加減も何も無かった。

 

程なく、廃屋だった家の前につく。

 

思わず、唖然とした。

 

街は歩き慣れている筈なのに。

 

其処は、いきなり光景が変わっていた。

 

汚い潰れかけた家屋が綺麗に撤去され。

 

こぢんまりとはしているけれど。とても綺麗な家に変わっていたのだ。白磁の壁に、赤い屋根。そして、窓から見える色々可愛い小物。

 

手入れがとても行き届いている。

 

少し躊躇してから、戸をノックする。

 

しばしして。

 

顔を見せたのは、無表情な女性だった。メイドらしい。

 

「何用ですか」

 

「あの、此処にイルメリアさんという錬金術師がいると聞いて……」

 

「それで?」

 

「あの、あの……私達、錬金術師なんです。 それで、少しでも色々教えて貰えたらって」

 

アリス、と奥から声が掛かる。

 

声そのものは幼く聞こえるが。

 

ゆっくりしたしゃべり方は、とても落ち着いていた。

 

「通してあげなさい」

 

「分かりました。 お二人とも、此方です」

 

頷くと、中に入る。

 

綺麗な絨毯。入り口で靴を脱ぐように言われたのでそうする。アリスというメイドさんは、てきぱきと靴を揃えていた。ルーシャの所のメイドさんも有能だけれど、それを思わせる。

 

錬金釜の前で、調合作業をしている小柄な女性の後ろ姿。

 

白を基調とした服を着て、大きなリボンを頭につけている。複雑な造りの絹服で、すぐにお金持ちなんだなと理解出来た。ただ、体につけている装飾品は、どれも嗜好品の類には見えない。

 

或いはだけれども。全部錬金術の装備。体の能力を上げたり、自動で魔術を展開したりするものなのかも知れなかった。

 

「もう終わるから、其処に座って待っていなさい。 リディーとスールね。 此方にも書状が来ているわ」

 

「あ、はいっ」

 

「いきなり来てしまってごめんなさい」

 

「いいのよ。 自習に向いていなくて、才覚を伸ばせない人はどうしてもいるわ」

 

後ろから見ているだけでも分かるけれど。

 

もの凄い手際だ。

 

釜からして違う。

 

一体何の金属でできているんだろう。

 

程なく、複雑な調合を超人的な手際で終えると。手際よくぱっぱと薬に詰めていき。荷車に綺麗に並べていく。

 

「アリス、納品してきて頂戴。 数は数えてくれる?」

 

「はい、揃っております」

 

「よし、では納品」

 

「行って参ります」

 

アリスさんがすっとアトリエから、荷車を引いて出ていく。

 

というか、あの荷車、くるまが動いていない。というよりも、今気付いたけれど、浮いている。

 

アリスさんが重そうにはしていなかったから、車がいらない荷車なのだろう。

 

もう、何から何まで、世界が違うのだと、思い知らされた。

 

「さて」

 

イルメリアさんが振り返る。

 

厳しい表情だった。どちらかというと可愛い人なのに。目つきは鋭く、容赦なくリディーとスールの本質を見極めようとするように、視線は射込むようだった。

 

「私はイルメリア=フォン=ラインウェバー。 今回アトリエランク制度に牽引役の一人として、ラスティンから赴任したわ。 よろしくね」

 

「よろしくお願いします!」

 

「しますっ」

 

ラインウェバーというと、リディーでも知っている。確かラスティンで名家と呼ばれている一族だ。

 

その御令嬢なのか。

 

だが、その反応を知ってか。冷めた笑みをイルメリアさんは浮かべる。

 

「あいにくだけれど実家とは縁を切っていてね。 名前だから残してはいるけれど」

 

「え、どうして……」

 

「スーちゃん」

 

妹の口を塞ぐ。巨大なコネを自分から潰しているというと言うのは、余程の事だ。きっとのっぴきならない事情があるのだろう。

 

それでも、関係無い。

 

この人はアトリエランク制度の牽引役だという話だ。

 

それに、腕前もさっき見た。

 

アトリエの中は可愛いものだらけ。少女趣味の極みだ。だが、それでも実力は間違いなく超凄い。多分ルーシャでは及びもつかない程の筈だ。

 

二人で居住まいを正すと、土下座する。

 

「私達を、弟子にしてください」




もの知らずのメスガキ二人が、ちゃんとした師匠につけたことは幸運だったと言えるでしょう。

……こう誘導されるまでに、相応の試行錯誤が行われていた事は。双子は知らない事なのです。
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