暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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完全にアダレットと関係破綻していたネージュ。しかし、ネージュの名誉を守ろうと奔走していた者もいました。

……他にも色々要因はあったのですが(主に深淵のもの)、なんとかアダレットは滅びず命脈をつないだのです。


永遠の牢獄
序、要塞へ再び


アンパサンドさんに現実を見せてもらったことで、少しだけ気持ちは楽になった。スールはこの辺り単純だと自覚もしている。リディーも、少しは気持ちが楽になったようだった。

 

恐怖に震えあがってばかりでは何も解決しない。

 

少なくとも、深淵の者という恐怖が側にいて。

 

リディーとスールを利用して何かをしようとしているという事は分かった。

 

しかしながら、成長を促しているのも事実のようで。

 

その通りに動く以上。

 

恐らくは、何もしてこないという事も分かった。

 

それならば。

 

力をつけるまで。

 

スールは、相手が望むとおりに動くだけだ。

 

それでリディーが傷つけられないのなら。

 

お父さんが殺されないのなら。

 

ルーシャが痛めつけられないのなら。

 

我慢くらいなら出来る。

 

リディーと一晩話し合いをして。

 

どうにか心は落ち着けた。

 

次の探索で勝負を付けたい。

 

ネージュが此方の様子見をしている事は分かってきた。それならば、相手だけではなく。此方もネージュを理解すれば。

 

歩み寄りは出来るかもしれない。

 

アダレットを俎上にするのでは、多分ネージュは動いてくれない。

 

むしろ怒るだけだろう。

 

だけれども、錬金術師として、世界の未来を話すのならば。

 

或いはネージュは動いてくれるかも知れない。

 

ファルギオルはどの道倒さなければならないのだ。

 

どのような手を使ってでも倒すのだ。

 

そのためには、ネージュの手を借りなければならない。

 

誘導されているのは分かっているけれど。

 

それでも、今は手段を選んではいられない。

 

あんな雷雨がずっと続いたら。

 

そろそろ各地で、致命的な災害も起き始めるし。農作物だって、根こそぎやられてしまうだろう。

 

もはや猶予はない。

 

荷車を引いて、エントランスに集まる。

 

やはり前回と同じメンバーが集まっていた。

 

イル師匠達はファルギオル戦に掛かりっきりという「設定」。もうそれについては、不審は持たない。

 

分かっているからだ。嘘だと。

 

それについては考えない方向で話を進めて行く。

 

それしかない。

 

「リディー、スール、何か案は思いついたのか」

 

「フィンブル兄、大丈夫。 今回か、次で決める」

 

「ほう、頼もしいな」

 

「任せて」

 

にっと笑って、ぐっと親指を立てて見せる。

 

スールは、少し心が軽くなってきたからか。心に余裕も出来てきている。リディーは苦笑いしているが。

 

少なくとも、怯えきって身動きも出来ない、という状態ではない。

 

ルーシャは少し心配しているようだが。

 

何とかなるだろう。

 

「それで、俺様は今回もいくの?」

 

「人質がいるから。 マティアス、ごめんね。 此方が最大限譲歩しないとネージュも納得してくれないと思うし」

 

「……あー、そうだよな。 すまん」

 

マティアスは残念イケメンだが、それでも前よりも印象はぐっと良くなってきている。

 

自分がミレイユ王女のスペアで、無能である事も理解していて。

 

それでも、最善手を常に取るように動けている。

 

これは凄い事だと、スールは思うのだ。

 

普通だったらそれでひねくれると思うし。

 

ミレイユ王女を恨んだりもする筈。

 

悪い大人にそそのかされて。

 

馬鹿な事をし始めたりもするかも知れない。

 

マティアスは、それらを一つもしなかった。

 

世の中には、悪い事をする度胸も無い、という言葉を口にするような人もいるようだけれども。

 

マティアスは、少なくとも。

 

必要に応じて、自分の首を差し出すという決意も出来たし。

 

戦闘では、壁になるべく最善の努力を尽くしてくれている。

 

これらのことが出来ている人間を、憶病とは言わない。

 

度胸が無いとも言わない。

 

或いは後の時代の歴史書では、無能王子とか言って笑われるのかも知れない。現在、アダレット王都では、実際にそう呼ばれて嘲りの対象となっている。

 

しかしながら、本当にそうなのか。

 

少なくとも、自分より下の存在を作って満足し、馬鹿にしてさもしい自尊心を保つ「普通の人間」よりも、ずっと立派だし勇気もある。

 

そうスールは判断していた。

 

最低でも。

 

昔のリディーとスールよりずっとマシだ。

 

絵に入る。

 

そして、開いている城門から中に。

 

呆れたように、ネージュは階段に座って待っていた。

 

「懲りないわねえ。 それで何」

 

「もう少し、話をさせてください!」

 

「別に良いけれど。 あれだけ色々教えてあげたのに、まだやるつもり」

 

「このままだと、未来が何もかも無くなってしまうから、やるつもりです!」

 

自分の事は良い。

 

少なくとも。周囲の、尊敬できる人達だけでも守りたい。

 

全員のためなんて、傲慢なことは言える実力じゃない。

 

少しずつ、守れる人を増やしたい。

 

そのためには、ネージュに教わらなければならないのだ。

 

ファルギオルを倒すための。

 

切り札となる方法を。

 

溜息を大きくつくネージュ。

 

その理由もよく分かる。

 

ネージュも同じだった筈だ。

 

「みんなのため」と思ったのかも知れない。

 

そしてその「みんな」に見事に裏切られた。

 

雷神を怖れていた人間達は。

 

雷神がいなくなったら。

 

今度はネージュが邪魔になったのだ。

 

頑強な城壁に守られていた、と言うこともあったのだろう。スールにも何となくだけれど、分かるのだ。

 

外で実際に獣と遭遇しなければ。

 

どれだけの恐怖か、分からないと。

 

錬金術師がいなければ、この世界が絶対に廻らないという事も。

 

だから、アダレットでは愚行に出た。

 

最悪の形で恩を仇で返したのも。「普通の人間」にとっては当たり前の行為だった、と言う事なのだろう。

 

当時の人間達を連れてくればこう言うだろう。

 

「怖かったから迫害した」「違うから排除した」「違う奴は気持ち悪い」「気持ち悪い奴には何をしても良い」。

 

それが「普通の人間」の「普通の考え方」。

 

スール自身がそうだったから、よく分かるのだ。

 

ヒト族は。

 

特にその傾向が顕著なはずだ。

 

魔族やホムは違ったかも知れない。だが、獣人族もヒト族と概ね同じような反応を示しただろう。戦闘意欲はヒト族より強いが、獣人族はヒト族と比較的考え方が近いからだ。そして不幸なことに。国政を壟断していたのは、当時は殆どヒト族だった。

 

ネージュは深淵の者にも関わって。

 

自分が如何に危険な橋を渡っているか知っていただろう。

 

馬鹿なリディーとスールと違って。

 

そして、それでもなお。

 

雷神と戦う道を選んだ。

 

アダレットなんて雷神に滅ぼされてしまえば良かったなどとは、口が裂けても言えない。

 

自分と同レベルの愚かな人間だけじゃない。

 

少ないけれど、尊敬できる人もいるのだ。

 

ネージュもそう考えていたかも知れない。

 

しかしネージュにとっての尊敬すべき人達は。

 

全て「普通の人間」に奪われてしまったのである。

 

しらけた目で見ているネージュに、リディーと打ち合わせたとおりに呼びかける。

 

「今、アダレットの役人には、たくさんホムが採用されています! 最高指導者の王女様も有能で、昔とは違います! 勿論今だけで、次の世代はまた愚かな事になってしまうかも知れないですけれど! それでも、未来を信じたいです!」

 

「……」

 

「外に出てきてとは言わないです! また、お話だけでもさせてください!」

 

頭を下げる。

 

こんな所に引きこもっている意気地無しとか。

 

心のない事を「普通の人間」は言い出すかも知れない。

 

自分達がネージュを追い込んだことを棚に上げて。

 

「普通の人間」ではない相手には何をしても良いし。

 

その結果歪んだら、責任を相手に押しつける。

 

それが「普通の人間」という唾棄すべき存在で。

 

スールも前はそうだった。リディーもだ。だがだからこそに、ネージュの苦しみと哀しみはよく分かるのである。

 

今でも、「普通の人間」から脱しきれたかは分からない。

 

それでも。

 

ネージュの意思を尊重し。

 

そして、協力だけでも取り付けたいのだ。

 

この人に人間がしてしまった、最悪の掌返しの償いだってしたい。史書にアダレット王家の愚行の限りを記すという事だけでは足りないだろう。

 

友達になるなんてのは、論外だ。

 

ネージュと、リディーとスールでは、あまりにも存在の格が違う。

 

話を聞かせて貰う。

 

それだけでも。何とか。

 

不意に、しらけた目をネージュがルーシャに向ける。

 

「ヴォルテールの」

 

「は、はいっ!」

 

「そこのと同じ気持ち?」

 

「……はい。 わたくしは、どちらかというと貴方への加害を行った者達に、媚を売った事で生き延びた者達の子孫ですわ。 だからこそ、双子の事は守りたいのです。 わたくしは双子のお母様……わたくしにとってのおばさまから、大事な宝物だと、双子をたくされもしましたわ。 だから……」

 

ルーシャは震えながら。

 

青ざめたまま。

 

俯いた。

 

「首を寄越せというなら、差し出しますわ。 わたくしよりも、双子の才能の方が上ですもの。 錬金術は才能の学問。 双子を守れるなら、わたくしの首なんて……」

 

「ふうん、アダレットより双子を優先すると」

 

「……」

 

ネージュは面白そうにルーシャを見ていた。

 

ルーシャは、本気だ。

 

生唾を飲み込む。

 

ずっと思い悩んでいた様子だったけれど、きっとこれが原因だったのだ。

 

怖かっただろう。

 

ルーシャが尊敬すべき先達であると、今のスールは思っている。昔は馬鹿にしていたが。馬鹿にしていた時代の自分を全力で助走をつけて殴りたいくらいである。ルーシャは、本当に。

 

命を賭けてまで、リディーとスールを守ろうとしてくれている。

 

本当に愚かだった。

 

涙が零れそうになる。

 

ネージュは、またもう一つ。

 

大きく嘆息した。

 

「ああもういいわ。 話だったらしてやるから、ひよっこ三人は来なさい。 残りは人質として其処で待機。 何かあったら即座に殺すわよ」

 

ネージュがかき消える。

 

腰砕けになるルーシャを、スールは慌てて支えた。

 

「ルーシャッ!」

 

「大丈夫、ですわ。 どうやらネージュは、ヴォルテール家の事も、其処までは恨んでいない様子ですわね」

 

「待てよ、ヴォルテールの人間まで死なせたら、俺様の立つ瀬がない。 頼むから、そういう事はやめてくれ」

 

マティアスが懇願する。

 

だけれども、ルーシャは力なく笑うばかりだった。

 

最悪の背信を犯した「普通の人間」に、媚を売ることで生き延びたヴォルテール家の子孫であるルーシャを。

 

ネージュが嫌っているのは、何となく分かっていた。

 

遠縁だろうが関係無い。

 

ネージュの関係者が皆殺しにされていくのを、ブルブル震えながら見ていたのだろうから。それは頭にも来るだろう。

 

ネージュと家族の関係は冷え切っていたようだが。

 

数少ない親友達が殺されていくのを、どうしようも無かったという事実もあるし。

 

状況から考えて、或いは積極的に存在を密告した可能性さえある。

 

「行くのです。 此処に留まるのが、仕事では無い筈なのです」

 

「アンパサンドどのの言う通りだ。 俺たちは大丈夫だから、行ってこい」

 

「ありがとう、アンパサンドさん、フィンブル兄。 アルトさん、此処、お願い」

 

「ああ、任されたよスー」

 

アルトさんは平然としている。

 

アンパサンドさん達だって、いつ殺されてもおかしくないのに、人質を買って出てくれている。

 

行くしか無い。

 

顔を上げると、階段の方へ。

 

リディーが先に歩き出したので、ついていく。

 

道はリディーが覚えてくれているのだろう。

 

ならば、ついていくだけでいい。

 

奥の方にあったテーブルのある部屋。

 

其処でネージュは待っていた。

 

「座りなさい」

 

「は、はい」

 

「失礼します」

 

ルーシャも、少し遅れて座る。

 

ネージュはしばし黙り込んでいたが。それは此方を観察しているのだと、スールにはすぐに分かった。

 

「深淵の者に監視されていると分かっても、なおも折れずに来るのは認めてあげるけれども。 雷神を倒したい理由は?」

 

「そんなの……決まっています!」

 

「やめなさいリディー!」

 

リディーが立ち上がろうとして、ルーシャに必死に引き留められる。

 

ネージュが此処では絶対有利。

 

もしも腕尽く、となっても100%かないっこない。

 

「守る価値なんてないわよアダレットに」

 

「今のアダレット王家は……あると思います」

 

「今のはそうかもね。 それで未来は? 私の時も、少なくとも騎士団にはあると思った事があったかしらね」

 

「先代の騎士団長は、貴方の名誉回復のためにずっと奔走していたそうです」

 

スールが、決めていたとおりに話す。

 

これは事実だ。

 

伝説ともなっている先代騎士団長は、通常魔族の倍の寿命を誇るレア種族、魔族の中の頂点とも言える巨人族だった。

 

何代にも渡ってアダレット王家を支え続け。

 

騎士団のシンボルともなっていた先代騎士団長は。

 

文字通りアダレットの盾であり剣であり。

 

弱き者の守護者として、本物の軍神として君臨し続けた存在だった。引退した今でも、人望は衰えていない。

 

ネージュも、恐らくそんな先代騎士団長だったからこそ。力を貸そうと思ったのだろう。

 

だが騎士団からさえ。

 

暗殺者が来た。

 

ショックだっただろう。

 

勿論腐った文官達のやったことだという事は、ネージュも理解していたはず。だが当時の王は無能な男で、腐敗文官達の横行をどうにも出来なかった。

 

いっそのこと、役人はみんなホムにした方が上手く回るのでは無いのか。

 

そうとすら、スールは思う。

 

だが野心が強いヒト族の方が、野心がまったくないに等しいホムよりも出世しやすいのは事実で。

 

実際の政治が得意なホムよりも、政治闘争が得意なヒト族の方が、社会で地位を得やすいのも事実。

 

ミレイユ王女が有能なホムの役人をバンバン抜擢している今のアダレットの方が異常なのだろう。

 

事実、次の世代になったら。

 

またヒト族の腐敗役人が、幅を利かせる世になるかも知れない。

 

ネージュの言う事は、正しい。

 

「それに其処の双子、そんな腕前で此処に来ていると言う事は、十中八九深淵の者の何かしらの思惑に踊らされているだけよ。 何が目的かは分からないけれどね。 彼奴らの中には、時間を止めるような錬金術師がゴロゴロいる。 私だって、余計な事を喋りすぎたと判断されたら、要塞ごと消し飛ばされるかもね」

 

「……それはないと思います」

 

「根拠は」

 

「スーちゃんとリディーは、無能でした。 本当にどうしようもないバカで、何も知らなくて……いや過去形じゃなくて現在進行形でそうです。 でも、深淵の者……多分其処に属している凄い錬金術師は、きちんと指導してくれています」

 

イル師匠は。

 

まあ間違いなく深淵の者所属者だろう。だけれども、あの人は本当に真摯にリディーとスールに教えてくれる。

 

それだけは、絶対に疑えない。

 

「これにも何か目的か理由があるのだとしたら……ネージュさんに酷い事はしないと思います」

 

「はあ。 まあ良いわ」

 

ネージュは指を鳴らす。

 

紅茶がやっと運ばれて来た。

 

そして、茶菓子も。

 

どうやら、深淵の者のことを知っても、リディーとスールが腰砕けになっていないと、判断してくれたのだろう。

 

だが、まだ此処からだ。

 

ネージュから、なんとしてでも。

 

雷神ファルギオルの攻略法を、聞き出さなければならない。

 

心理戦は、まだ続いているのだ。

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