暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ネージュはついに、双子に事実上死ねと告げてきます。
ネージュに続いて歩く。お茶菓子をおなかに入れて、少しからだが暖かい。周囲はがらんどうの鎧達が固めている。この鎧達だって、多分生半可な騎士より強いだろう。
ネージュが固めた守りは。
文字通り鉄壁。
色々な種類の鎧がいるようだけれども。
その戦闘力は、どれもがあからさまに尋常では無い。
どうやらアトリエらしい場所に来る。
何だろう。
此処だけ、少し冷え込んでいるように思える。
それにだ。
奥には、イーゼルが並んでいて。キャンパスも散らかっている。
何だか、自宅の地下室を思わされる。
全盛期のお父さんも。
こんな感じで、絵を描いていたのだろうか。
「ネージュさんは、絵が好きなんですか?」
「絵画は内向的な趣味の極限よ。 小説なんかと同じでね。 映し出すのは自分の心そのもの。 勘違いされやすいけれど、善人や悪人というような概念じゃない。 ある程度以上の絵になると、人間の心の深奥を必ず映し出す。 「普通の人間」は内向的な性格を持つことを許さない傾向があるけれど、絵画に関しては寛容なのは何故かしらね」
肩をすくめるネージュ。
そして、顎をしゃくった。
真っ白なキャンパスがある。
何だろうと思ったが。
思わず次の瞬間、スールは小さな悲鳴を上げていた。
キャンパスが見る間に黒く染まっていき。
そして、シュッと音を立てて消え去った。
ネージュが指を鳴らすと。
虚空から新しいキャンパスが現れて。イーゼルに掛かる。文字通り此処はネージュの城だし。
それこそ、物理法則から何から何まで、自由自在という訳か。
「この城にレンプライアがいないのは今のが理由よ。 レンプライアは生じると同時に消える仕組みになっている」
「すごい、ですね……」
「その代わり、あの欠片が出る。 必要なら持って行きなさい」
奥にゴミのように積み重ねられているのは、レンプライアの欠片か。
それも極めて高純度の様子だ。
「驚かない様子を見ると、レンプライアの欠片を使って、錬金術の道具を極限まで強化する方法は知っているようね」
「はい、バトルミックスと呼んでます」
「何でも良いけれど、レンプライアの欠片はそもそも人間の意識の集合体の一種よ。 それを砕いたものが、どうして錬金術と親和性が良いのかしらね」
「えっ……」
スールが困惑する。
リディーが幾つか仮説を述べるが。
ネージュは全てを否定した。
ルーシャにも話を聞くが。
ルーシャも首を横に振る。分からない、というのだろう。
バトルミックスは、いざという時の切り札としてルーシャにも存在を知らせている。だが、仕組みは分からない。
そもレンプライアの情報自体があまり多く無いのだ。
今の時点では、どうしようもなかった。
或いは、イル師匠は真相を知っているのかも知れないけれど。
それを教えてくれとは、今の時点では言えない。
イル師匠は、まず考える事をさせる。
結論について、色々詳しく教えて指導をしてくれるけれど。まず最初に、自分が考える事を重視する。そういう人だ。
「……本当になんでこんな素人を深淵の者は私の所に寄越したのかしらね。 まあ正直どうでも良いけれども。 ともかく、もうこれ以上目の前をうろちょろされると面倒だし、そろそろ本題に入ろうかしら」
「……」
厳しい言い方だが。
ネージュが受けて来た事に比べれば、まだ優しいというのが素直な所だろう。
「そこのヴォルテールのは自分より才覚があるとか言っていたけれど、どうなのかしら本当の所。 深淵の者が本気になってこの要塞を攻め始めたら面倒だから釘を先に刺しておくけれど、あんた達に何が出来るわけ? ファルギオルが出て慌てて来た様子だし、その状況だとファルギオルを食い止めているのはどうせ深淵の者でしょう。 彼奴らならファルギオルを倒す事も難しく無いはずよ。 一体深淵の者は、貴方たちに何を期待しているのか、それが知りたいわね」
「……っ!」
「それを聞き出してきなさい。 納得のいく答えが返ってきたら、私がファルギオルを封印するときに使った戦術を教えてあげる。 邪神って奴はね、強いけれど進歩とかはしない存在なの。 今でも通用する筈よ」
これは。
最大級の、厳しい話が来た。
ほぼ確実に殺されると思っていた事を。
直接ネージュはついてきた事になる。
心でも読んでいるのでは無いかと、一瞬思ってしまった。それくらい、恐ろしい話だ。
生唾を飲み込む。
そして、ネージュは真っ白なキャンパスに向かうと、後は沈黙。もう帰れ、というのだろう。
リディーに腕を引かれた。
「スーちゃん、帰ろう」
「うん……」
駄目だ。
本当に、死ねと言われたのと同じだ。深淵の者との直接接触。しかも目的を直接聞いてこい。
こんないじわるな取引材料があるか。
ネージュにとっては、それはリディーもスールもどうなってもいいだろう。
にっくきアダレットの「普通の人間」達の子孫だ。
無茶苦茶をいうのも当然である。
だが、ルーシャが言うには。
ある程度以上の錬金術師は、深淵の者の事は周知の事実として知っている、という話であるし。
騎士団にいるアンパサンドさんも、同じような事を言っていた。
そして、どうしてリディーとスールが選ばれたのか。
これについては。
前から、確かに疑念はあったのだ。
よりにもよってどうして、リディーとスールが。
スールも、昔はド下手くその分際で、自画自賛ばかりしていたが。
今はそんな事はない。
自分が如何に未熟か、徹底的に思い知らされているし。
力量の程だってわきまえている。
何故、こんなへっぽこぴーな双子に、深淵の者なんて恐ろしい組織が目をつけたのかは。確かに知らなければならないかも知れない。
リディーが、手を握ってくる。
無言で、手を握り返す。
ルーシャが、言う。
「いざという時は、わたくしが絶対に守りますわ」
「駄目……」
「何を」
「お願い、ルーシャまで死なないで。 お母さんは死んじゃったし、お父さんはどうなったか分からない。 ルーシャまで死んだら、スーちゃんとリディーは、二人だけになっちゃうよ」
震えを抑えるのがやっとだ。
そういえば、高位の錬金術師達は、どうやって深淵の者の存在を知るのだろう。向こうが教えてくれるのだろうか。
一度、要塞のホールに戻り、皆と合流。
その後、絵から出る。
エントランスで、軽く話をした。
リディーが、説明をしてくれる。
「凄く厳しい課題を出されました」
「それは、錬金術に関連するものなのですか?」
「此処では、言えません」
アンパサンドさんが、それで察したのだろう。そうですか、と呟く。
そして、一旦解散とする。
さて、此処からだ。
覚悟を決めろ。
殺されるなら、その時はその時だ。ただ、苦しいのはいやだ。ファルギオル戦で、本当に酷い目にあったときは、体が引きちぎれるかと思った。あんな風な目には、何度もあいたくない。
だったら、毒を準備しておくべきだろうか。
死ぬとなったら、すぐに死ねるように。
たくさんもらった高純度なレンプライアの欠片だけをアトリエに収めると。
リディーと話す。
「毒、準備しておこう。 すぐに死ねる奴」
「スーちゃん……」
「内容次第では、本当に殺されるか、拷問されると思う。 きっとファルギオルよりも、ずっと残酷なやり方で。 そんなの、嫌だよ……」
「駄目。 きっとそんな覚悟でいったら、それこそ殺されるよ」
毒は駄目だと、リディーは言う。
怖くて、顔が歪んでいるだろうと、スールは思いながら。
外を見た。
降り注ぐ雨。
もうそろそろ、農作物も限界の筈。
各地の川だって、氾濫を起こし始めてもおかしくない。
井戸水だって泥みたいになって来ているのだ。
次で、決めなければ、多分後はない。
それならば、此処で死ぬのも。同じか。
「ネージュさんも、こんな思いをしていたのかな」
「とても怖い世界に足を踏み入れたことは、自覚していたと思う。 でも、スーちゃん、だからこそ信じよう。 イル師匠達は、きっと何か大きな目的で動いているって。 それに、ネージュさんの迫害に深淵の者が関与していたとは思えない。 ネージュさんが言っていたとおり、深淵の者はむしろ迫害をやめさせた側だと思う。 怖い組織だとは思うけれど、怖いだけの組織じゃないと思う」
「スーちゃんさ、今、立ってるのもやっとなくらい怖いの。 リディーは、怖くないの?」
「怖いに決まってるでしょ」
そうだよなあ。
そうとしか言えない。
少しだけ頭を冷やさせて欲しいと言うと、外に出る。
そして、雨樋の下で、アンパサンドさんに教わったうねうね動く奴をやる。
体の普段使っていない筋肉を徹底的に活用し。
実際の力を、フルに引き出す。
アンパサンドさんは、ヒト族の半分の上背で、回避盾なんてとんでもなくリスキーな戦いをし続けて、騎士にまで上り詰めている。
それをどうして出来たか。
ホムとはいえ、体の中に存在している筋肉を。
完全活用しているからだ。
そして、普段は使わないような筋肉をしっかり動かす事で。頭も少しはクリアになるかも知れない。
勿論筋肉は万能なんかじゃない。
でも、気分転換にはなる筈だ。
半刻ほど、続けていただろうか。こんなに長時間、これをやったのは始めてかも知れないけれど。
ともかく、気分転換にはなった。
アトリエに戻ると。リディーは、お母さんが読んでくれた絵本を。今になって見れば、錬金術師の家だから買えただろう高級品を、無心に読んでいた。これがリディーなりの気分転換と言う訳だ。
リディーを見る。
リディーは絵本をしまうと、頷いた。
さあ、覚悟は出来た。
行こう。
アルトさんのアトリエを訪れる。アルトさんは、どこから持ち込んだかわからない多数の本を、無言で読んでいた。
「どうしたんだい。 課題について、聞きに来たのかい? レシピだというのなら、見せてご覧」
「……課題について話を聞きたいのは正解です」
「ほう?」
「アルトさん。 深淵の者は、どうして私達を選んだんですか?」
敢えてストレートに行く。
これは、事前に決めていた。
そして、今回はリディーが話す。
それも決めていた。
アルトさんは、振り返りもしない。
読んでいるのは漫画のようだけれども。錬金術の難しい本も、周囲にはたくさん積み上げられている様子だ。
「ネージュか。 また面白い課題を出したものだね」
「深淵の者は、ある程度の錬金術師になればみんな知っているって話も聞きました」
「それはそうだよ。 実力がある程度以上ある錬金術師には、敢えて情報を流しているからね」
「!」
認めた。
やはり、予想は正しかった。
アルトさんは深淵の者関係者だ。
生唾を飲み込む。
此処からだ。
下手をすれば、一瞬で首を刎ねられる。最悪、考えるのも怖い拷問に掛けられて、頭を開けられたりするかも知れない。
「それにしても僕がどうして深淵の者だと思ったのかな」
「あらゆる全てがそうだと告げています。 状況証拠だけですけど。 ソフィーさんも、でしょう」
「ソフィーについては外れだ。 ソフィーは深淵の者には協力してくれているが、彼女自身が単独で深淵の者全てを上回るほどの規格外なんだ。 利害が一致しているから協力してくれているだけだよ」
絶句。
深淵の者は、ドラゴンや邪神すら食い止められる人材を有していると、話を聞いている。
深淵の者の、決して下っ端では無いだろうアルトさんが、こんな事を言う。ソフィーさんは、一体どれだけの怪物だというのだろうか。
改めて、分かった気がする。
ファルギオルなんて比べものにならない、あの炸裂するような圧迫感。
深淵に濁りきった目。
ソフィーさんは、邪神でさえ、格が違うと怖れて逃げる怪物だと言う事だ。
「利害って、どういうことですか」
「何でも教えて貰えると思ったら大間違いだよ。 当ててご覧」
「アルトさんのいじわる!」
「心外だな。 僕はむしろ優しい方なんだけれど。 ほら、指示はしていないんだから斬らない」
ようやく気付く。
後ろに、いつの間にか無表情な女の子がいて。
巨大な槍を振るい上げていた事に。
もし、アルトさんが止めなければ。
きっと槍が。そう、下手な剣より巨大な穂先の槍が。一瞬で双子の首を刎ね飛ばしていた事だろう。
槍を立てて休めの体勢に切り替えると。
溶けるように女の子は消える。
アルトさんは、完全に固まっているリディーとスールに、聞いた事もない怖い声。今までの、嫌みなまでのイケメンから出ていた甘い声では無い、文字通り深淵の魔物が出すような声で言う。
「首を突っ込んでいるのがこう言う場所だと覚悟は出来ているんだろう? 此方も500年間で色々と人間が如何に駄目な生物かはしっかり学習しているからね。 人材の確保には余念がないのさ。 そして此方の利益にならず、殺す必要があると判断したら、容赦なく斬る。 それだけだよ」
リディーが、完全に震えあがっている。
失神寸前だ。
当たり前だろう。
こんな殺気、ファルギオルの時に浴びて以来だ。
ぎゅっと、唇を噛む。
そして、リディーの腕を掴んだ。
意識を引き戻す。
「リディー、覚悟してきたんだよ! だから、しっかり! 話すのも、リディーがするって決めたでしょ!」
「……うん」
少しちびったのかもしれない。
でも、それを責める事はしない。
当たり前だ。
今の人、誰だか分からないけれど、人間とは思えなかった。流石にソフィーさんほどの凄まじさではなかったけれど。あんな使い手がこの世に存在するのだと、思い知らされてしまった。
スールだって、震えが止まらない。
だけれど、必死にリディーにしがみついて、覚悟を決める。
「世界の、ためですか」
「世界の、ねえ。 ちょっと違うかな」
「やっぱり、世界征服とかしようと思っているんですか」
「そんなくだらない事に興味は無いね。 というか、やろうと思えばすぐにでも出来るからね」
そうだろう。
リディーは敢えて、違う所から攻めている。外堀を埋めるという奴だ。少しずつ、落ち着いてきているのが分かった。
「少しだけですけど、深淵の者について調べました。 それで、思った事があります」
「拝聴しようか」
「深淵の者は、未来のために動いているのではありませんか」
「ほう……」
アルトさんが目を細める。
気配が変わる。
やっぱり、本気を全然出していなかったか。
声が怖くなった時の比じゃない。
リディーが、その場で倒れそうになるのを、必死に支える。これは、正解だ。だから、アルトさんは面白がっている。
「面白がっている」からちょっとだけ「地が出た」。
それだけなのだ。
必死に呼吸を整える。
今、至近距離に、ネームドがいると思うべし。勿論ネームドなんかとは比べものにならない相手だけれど。とにかく、少しずつ自分が理解出来る範疇に相手を落とし込んで、恐怖を押さえ込む。
リディーに、耳元で囁く。
そうしてくれと、言われていたから。
白目をむきかけていたリディーが、必死に立ち直る。
アルトさんは、じっと黙っていた。
「私とスーちゃんを、ネージュさんにあわせたのも、何か未来に関する事が理由なんですね」
「ふっ。 壁を越えて一気に成長したか。 やはりソフィーの見立ては正しかったようだな」
「壁……?」
「君達が知る必要はないことだ。 少なくとも今知る必要はない。 だが、そうだな、その勇気に免じて。 少なくともネージュが納得する答えは教えてあげようかな」
肩をすくめるアルトさん。
やはりただ面白がっているだけなのに。
此処がまるで獣のあぎとの中のようだ。
「我等の目的は、世界の打開。 そのためには、鍵がいる。 それだけだよ」
「鍵……」
「スーちゃん達が、鍵だって言う事ですか?」
「少し違う。 惜しいがね」
アルトさんは、目を細める。
そして、スールは悟る。
これ以上は、喋る気は無いと。
再び背中を向けるアルトさん。もう帰りなさいと、いつものイケメンボイスで言われる。さっきまでの圧迫感は、もう消えていた。
「ふむ、相変わらず漫画フラムは面白いな」
そう呟く背中からは。
これ以上の情報は、もはや引き出せそうに無かった。