暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ルーシャの激高は、どこにも行き場がありません。
ネージュが戻ってきた。
そして、リディーとスールを見て、無言で席に着く。絶叫したのは、ルーシャだった。
「人でなしっ! 絶対に、絶対に許しませんわ!」
「保身のために私の一族を見捨てて親友達も見捨てて自分達だけ賄賂で命を買ったヴォルテールの末裔に、人でなし呼ばわりされる覚えはないわね」
「双子に何の責任があるんですのっ! 双子をこんなめにあわせるくらいだったら、わたくしをそうしてくださいましっ! わたくしだったら、どれだけ痛めつけても、殺されたってかまいませんわ!」
「泣きわめくな見苦しい。 貴方の命なんか、何の価値も無いわよ。 せいぜい其処の双子を育てるために、深淵の者が利用する程度のものよ」
絶句するルーシャが、席に崩れ落ちる。
その通りだと言うことを、悟ってしまったのだろう。
酷い。
本当に悲しい。
だけれど、その気持ちは何処かでふわふわとしていて。
何だか、心の奥底に届かなかった。
大きくネージュがため息をつく。
「どうやら、深淵に進む覚悟は出来たようね。 ならば、もう此方としても言う事はないわ。 対ファルギオルの必勝戦術を教えてあげる」
リディーが顔を上げる。
目が濁り始めている。
スールにも分かる程に。
スールも、何処か無感動に、顔を上げていた。
心に拡がり続ける闇。
加速度的に濃さを増している。
だからだろうか。
ネージュを憎いとは、まったく思わなかった。むしろ、対雷神の必勝戦術に、興味さえ感じ始めていた。
「ファルギオルを倒す方法は、他の邪神と同じ。 邪神にはコアと呼ばれるものがあって、それを砕く事よ。 問題はファルギオルは他の邪神と比べても桁外れの存在で、そのコアは雷と同じ……つまり全身を砕ききらないと倒せない、と言う事ね」
「あの回復力を上回るダメージを与え続けなければならない、と言う事ですか」
「……残念ながら、深淵の者の手練れ達でさえ、それは難しいようだったわ。 或いは、歴史上最強の才覚を持つ錬金術師が、最高の条件下で経験を積み重ねれば、それも可能かもしれないけれども」
ルーシャが、びくりと震えた。
身に覚えでもあるのだろうか。
ともかく、話の続きを聞く。
「ファルギオルと戦った時の私は37歳。 当然そんな経験もなかった。 ドラゴンを倒した事はあったけれど、それはアダレットの貴方たちにとっての先代騎士団長と連携しての戦いだった。 力の差が余りにもありすぎる。 故に、その力の差を埋めるための方法が必要になるのよ」
ネージュが指を弾く。
瞬時に。
要塞の中だった周囲が、花畑に変わっていた。
思わず周囲を見回すが。
今度は海の上に出る。
続けて大雨の中。
次々と変わった後。要塞の中に戻ってきた。
「今のは幻覚でも何でも無い。 これこそが、対邪神の切り札。 「世界の塗り替え」よ」
「世界の……塗り替え?」
何だろう。
ぞくりと、歓喜が心の中で鎌首をもたげる。
さっきの衝撃的な発言で、スールは確実に何かが変わった。
変わった部分が、明確に興味を持っている。
邪神を殺す方法を。
貪欲に求めている。
「邪神という存在はね。 そもそもこの世界の創造神が、世界を監視するために世界に配置した端末に過ぎないの。 創造神自身もいるけれど、そいつの本体は高位の世界に存在していて、この世界でたまに見かけられる創造神は端末に過ぎないらしいわ。 そして世界を見張るために作られた端末よ。 そこが、邪神の弱点になる」
ネージュの言葉から、耳を離せない。
リディーも、じっと黙って話を聞き続けていた。
「世界を見張るための端末よ。 だったら、その見張る端末を、切り替えてしまえば良いのよ。 今のようにね」
「……具体的なやり方を教えてください」
「レシピは其処よ」
手元に、複雑なレシピがいつの間にか置かれている。
理屈は難しすぎて何となくしか分からない。
だけれども、一つ分かる事がある。
リディーが、先に言った。
「擬似的に不思議な絵を作って、其処に相手を閉じ込める、と言う事ですか」
「……深淵を覗いたら、急に物覚えが良くなったわね。 簡単に言うとそういう事。 本来の不思議な絵ほどの強度はないけれども、文字通り邪神にとっては究極の必殺兵器になるわ。 深淵の者からこの話を聞かされたときは驚いたけれども、元々不思議な絵の描き手である私に、これの再現は難しく無かった」
ネージュは言う。
調子に乗っているファルギオルを、雷が力を発揮できない空間に閉じ込め。
そして一気に攻勢を掛けた。
それでも全盛期のファルギオルの戦闘力は凄まじく。
ネージュと先代騎士団長、騎士団の精鋭、深淵の者から派遣された精鋭達が連携して、ようやくコアの封じ込めに成功。
それで時間切れ。
ファルギオルを封じることには成功したが。
其処までだった。
もう一度同じ事をする戦力は残っていなかったし。
極限まで弱体化したファルギオルは、世界に拡散し。もはや追うことは不可能になってしまった。
そして200年。
拡散していたファルギオルは、ゆっくり時間を掛け。
元に戻った、と言う事か。
なるほど、理解出来た。
それならば、確かに勝ち目は生じてくる。
現時点でファルギオルは、バトルミックスつきのルフトを束にしてぶち込んでも再生力が上回る。
それくらいの圧倒的な力の差がある。
だが、その力の差も。
このレシピ通りに、世界を塗り替えれば。
埋める事が可能になるはずだ。
むしろ邪神という超絶の存在だからこそ。この世界の塗り替えを使えば、その強さが徒になる。
この世界の監視端末だというのなら。
この世界に特化した存在なわけで。
それが一気に世界から引きはがされれば。
それは対抗策もなくなるのは、当たり前だと言えた。
「ふん。 何となく深淵の者のもくろみが読めたわ。 連中が作りたがっている未来というのは……いや、止めておきましょう」
ネージュは立ち上がる。
そして、告げた。
「ファルギオル戦では、どれだけ力を封じても、どれだけ追い詰めても、油断は絶対に禁物よ。 相手は文字通り雷の神。 逃げられるわ」
「……分かりました」
「そのレシピを持って帰りなさい。 そして、二度と此処には来ないで。 素材の類は外に生えているから、それ持っていくのはいいけれど、要塞の中には二度と入ってこないようにして頂戴」
リディーと二人。
頭を下げる。
そして、まだ涙を拭っているルーシャを促して。
その場を離れた。
余程の事があったと悟ったのだろう。
合流すると、フィンブル兄は、歯を剥いて唸った。アンパサンドさんさえ、眉をひそめた程である。
「スー。 何をされた」
「大丈夫、フィンブル兄。 ちょっとふわふわするけど。 あと、ファルギオルを倒せそうだよ」
「……本当、だな」
「うん」
そのまま、一旦要塞を出る。
門が閉じる。
ネージュは見送りにもこなかった。
ネージュが言っていた通り、要塞の外は美しい緑が拡がっていた。最初来た時は、こうではなかった気がする。
或いは、今までは戦闘モードで。
これはこの絵の、本来の姿。
豊かな緑の中で、静かにただ時を過ごしたいと願った。
もう一つの、この絵の姿なのかも知れなかった。
荷車を引いてきているのだ。
採取をしていく。
黙々と採取を進めて。
そして、荷車が一杯になった所で引き上げる。
そういえば、マティアスは。
凄く険しい顔をしていた。
「どうしたの」
「お前……どう、したんだよ」
「深淵をモロに覗いたみたい。 リディーもね」
「意味がわかんねーよ! アホみたいに笑ってたのに、なんでそんな、快楽殺人鬼みたいな目になってるんだよ!」
珍しくマティアスが怒っているようだが。
アルトさんが、肩を掴んだ。
「マティアス、その辺にしておけ」
「……!」
怒鳴り返そうとしたらしいマティアスだけれど。
アルトさんから放たれている殺気が、それをさせなかったのだろう。それはそうだ。この人は、多分深淵の者の幹部か何か。
さっきネージュが言っていた。
人間を止めた錬金術師の一人なのだろうから。
人間が、どうにか出来る相手では無い。
「遠くからソフィー=ノイエンミュラーを前に見た。 彼奴、人間だとはとても思えなかった」
「そうだね。 錬金術は深淵と密接に関わる学問だ。 極めれば極める程人間から遠ざかっていく。 ソフィーは凄まじい達人だ。 後は分かるな」
「……そんな恐ろしいものに頼らないと、生きていけないんだな」
「そういうことだ。 そして、どうやら切り札を手に入れたようだし、希望も見えてきた」
フィンブル兄にアルトさんが応えるが。
嘘つき、としか言葉が出てこない。
心の中で呟くだけだ。
口に出さない。
力をつけたら、その時に判断する。
何を企んでいるのかは分からない。
でも、何というか。
作ろうとしている未来が、深淵の者だけに都合が良い未来だとはどうしても思えないのである。
社会に害を為す存在を積極的に排除している事も分かっている。
多分だけれど、シスターグレースのいる教会だって、深淵の者が支援しているのではあるまいか。
だとすれば、リディーとスールも、知らないうちに深淵の者の助けを受けていた訳で。
それによって助けられた人は。それこそ数限りないだろう。
安易に否定は出来ない。
だけれども、肯定するわけにも行かない。
これほどの秘匿性をどうして持ちながら行動しているのか。
少なくとも利用しようというのなら。
利用される側にも、知る権利は勿論ある。
ファルギオルは思惑通り倒す。
だけれども、力をつけたら。
その理由を聞かせて貰う。
理由次第では、死んだって協力するものか。
「もういいだろう。 引き上げるぞ」
フィンブル兄が不機嫌そうに言う。頷くと、そのまま絵から出る。
素材は相当な高品質で。
絵の完成度を示すかのように。珍しいものや、見た事がないものもたくさんあった。要塞の中にさえ入らなければ、ネージュもこの状態を解除はしないだろう。今後も何回か、足を運ぶ事が出てくるかも知れない。
一度アトリエに戻る。
レシピを拡げる。
今まで見たレシピの中でも、最高難易度と言って良いはずだ。
装置でさえない。
一回使い切りの道具。
つまるところ、切り札の中の切り札。
安易には使えないし。
しかも使った戦いでは大赤字確定。
だけれども、邪神とやりあうのだ。
それくらいは覚悟しておかなければならないだろう。
全盛期のファルギオルを、倒せたほどの力だ。
逆に言うと、今のスールよりも遙かに格上のネージュとはいえ、それが精一杯だったとも言える。
絶対では無いし。
ましてや、これは出発点に過ぎないと言う事も分かった。
調合を開始する。
不思議な絵画は、内部に「異世界」を作り出す絵だが。
その基幹となるのが、「不思議な絵の具」である。
これは世界の根幹に関わる代物で。
複数種類の、極めて高度な生成物に。
魔術を何十倍にも増幅して練り込み。
それを更に複雑な行程を経て、調合することによって、やっと完成する。
しかしながら、この不思議な絵の具そのものは、ある程度の力がある錬金術師なら手が届く代物。
ドラゴンに勝てなかった、アンフェル大瀑布の描き手である錬金術師だって、この絵の具は調合したのだ。
勿論今のリディーやスールよりは格上だっただろうが。
それでもドラゴンに勝てない程度の錬金術師でも出来る調合だ。
邪神の頂点と真正面からやりあえなくても。
この調合くらいは出来る筈だし。
出来なければ話にならない。
今までよりも更に高品質のシルヴァリアとゴルトアイゼンの原石が手に入っていた。それだけではない。
事前に調べていた、合金の品質を上げるために必要なもの。
例えば水。
そういったものに関しても、更に良いものがあった。
或いはあのネージュのアトリエは。
ネージュがもはや外の人間に見切りをつけ、完全に閉じこもるための要塞と言う側面だけではなく。
本人が好きなだけ錬金術を楽しむため、という側面もあったのかも知れない。
もしそうだとしたら。
好きな事を好きだと言うことさえ。
当時のアダレットでは死に値したという事になる。
そうか。
確かに、そんな国が。
五百年も続く訳がない。
ネージュが言ったとおり、恐らくは深淵の者によって延命を続けられている、と言う事なのだろう。
ミレイユ王女も、或いは先代の無能な「庭園王」(最近は蔑称としてそう言われるようになっているそうだ)を幽閉するために、深淵の者に大きく力を借りていたのかも知れない。
アトリエランク制度に深淵の者が関わっていることくらいは、今までの情報からスールにさえ見当がつく。
合金はスールが作る。
その間に、リディーは中間生成薬を作り始めていた。
レシピに沿って作っていくのだけれど。
この難易度が尋常じゃあない。
フローチャートを書いてみたが、複雑すぎて、数個の黒板に、分けて書かなければならなかった。
ともかく、時間もない。
「リディー、これ、理屈分かる?」
「うん。 ある程度は……」
「ごめん、スーちゃんふんわりとしか分からない。 出来れば、少しで良いから教えてくれない」
「かみ砕いて言うと、そうだね。 世界の根幹に袋を作る感じ」
世界の根幹に袋。
そうか、その袋の中に、異世界を作るのか。
今作るのは、世界の外側に、袋の「外側の皮」を作る作業であって。
その材料を作っている、という状態だ。
チャートにあるタスクについて、リディーが説明してくれる。
「まず、此処までの素材が、そもそも非常に世界の根幹に関わっているものなの。 これらの要素を高純度で抽出して、魔術で増幅する」
「どうして世界の根幹に関わっているの?」
「この世界には四つの要素、というものがあるでしょ」
「地水火風だっけ」
リディーは首を横に振る。
そういえば、少し動きがきびきびしている。なんというか、目が濁ってから、掛かっていた枷が外れた印象だ。
「この世界は普通の人間では感知する事も開ける事も出来ないけれど、薄い袋のようなものに包まれていて、それがこの世界の本質なの。 その世界はたくさんいっぱい存在していて、条件が整えば、あの氷の洞窟みたいに。 別の世界……例えばヒト族の先祖が暮らしていた世界につながったりもするんだよ」
「いつの間にそんな難しい話を」
「いっぱい本読んだよ。 深淵の者が動いて世界に秩序を構築する前から、錬金術師達には周知の事実だったみたいだね」
「……なるほど」
少しずつ分かってきた。
リディーはなおも言う。
「この素材達は、世界に存在する大きな四つの力。 強い力、弱い力、重力、電磁力をそれぞれ代表するもので、それに神の力が作用しているこの世界で、魔術に寄って増幅することで、本来とは遙かに異なる大きな力を引き出すことが出来るようなの。 或いは、他の世界では使い物にならないかも知れないけれど」
「ふむ……」
「不思議な絵画は、そんな絵の具を利用して、世界という大きな袋の更に外側に袋を作って、小さな世界を作り出す技術。 そしてその小さな世界の中に、自分の理想を練り込むの。 そうなると、更に一段階難しい作業になるんだけれど……このレシピは、そんな「袋の材料」の中に、「この世界とは違う法則」をねじ込むもの。 そして、その袋で、周囲を覆うために、ぶちまけるためのものなの」
そういうことか。
それによって、ファルギオルは身動きが取れなくなる。
それどころか、この世界に最適化している体は、まったく動かなくなるも同然、と言う事か。
最盛期ファルギオルと今のファルギオルでは、それこそ天地の差があった筈。
だけれども、ファルギオルだってどんどん力を取り戻していくかも知れない。
なるほど、急がなければならない訳だ。
それに、世界の根幹に触れる錬金術ともなると。
それは大きな力を持っている。
そう、深淵に触れなければ、触れないような。
後は、無言になった。
まず合金を作る。
大きな皿状に、鍛冶屋の親父さんに加工して貰う。
こんなに大きくしたのには理由があって。
尋常では無く複雑な増幅魔法陣を描き込まなければならないからだ。
魔法陣については、レシピに記載されているので。二人で精査しながら、丁寧にインクで書き込み。その後、彫り込んでいった。
彫るのはスールがやる。
その間にリディーが、素材の要素を抽出していく。
見た事がない機材を、リディーが買ってきた。
どれも、錬金術の高度なもので使うらしく。
乳鉢や遠心分離器よりも、更に難しいものらしい。
既にリディーには、コルネリアさんが始めてくれた「サービス」については話してある。場合によっては、利用した方が良いかも知れない。
丸一日かかっても。
魔法陣は彫りきれなかった。
こんなに凄い魔法陣は初めてだ。
こんなのを、ある程度の錬金術師は、みんな出来るのかと感心してしまうが。多分違う。リディーとスールがへっぽこなだけだ。
そのまま作業を進めていくが。
時間が、容赦なく過ぎていく。
後ろでは、タスクが着実に埋まって行っている。
リディーは様子がおかしい。
何というか、知っているかのように、素材に手を伸ばして。
それからはっと気付いたようにして、素材を見ている事が多い。
中間生成物にしても同じ。
やはり、リディーに何かあったと見て良い。
そしてスールにも同じ事は起きている様子で。
金属に魔法陣を彫り込む際に。
勘が驚くほど的確に働く。
魔法陣が掘り終わる。
同時に、出来合いを買いに外に出た。
そして、リディーが作業を進めているのを横目に、魔法陣のチェックを開始。インクを落として。きちんと掘られているか。
動作するかを、順番に見ていく。
丁寧に隅々まで調べていくが。
今までとは比べものにならないほど、ミスが少なかった。
やはりおかしくなっている。
そしてそのおかしさは。
多分錬金術のために、必要なおかしさなのだろう。
汗を拭いながらチェックを進める。
リディーは淡々と作業をしていて。
此方の助けが必要なようには見えなかった。スールは、そうもいかない。声を掛けて、二重チェックを行う。
その間に、少し眠る。
リディーがチェックを終えた頃に、起こされて。
そして交代で、リディーが眠った。
スールが気付いていないミスは、殆ど無かった。
頷くと、ミスを取り除き。
レシピを見ながら、魔法陣を起動。
動作確認をする。
魔力が通るのを確認。
あれ。
いつのまにか、スールにも。
魔力がこんなにはっきり見えるようになっていた。
これはひょっとすると、魔術を意識した道具を、スールも使えるようになるかも知れない。
例えばパイモンさんが使っている雷神の石のようなものを。
それに、スール自身が魔力を使えている。
今まで何の役にも立っていなかったお母さんの拳銃に。
或いはこれで、価値を持たせられる可能性はある。
もしも、まともに拳銃に火力が備わるようになるのなら。
当てる自信はあるのだ。
ダメージソースとして、活用が見込める。
今まで、無理に接近戦を挑んでは、大けがばかりしていたのだ。
それもかなり減らせるはず。
じっと、拳銃を見る。
気付く。
魔力を通す事が出来るようになっている。そういえば、言っていた様な気がする。お父さんより、お母さんの方が戦闘では強かった。
お母さんには錬金術の才能はなかったが。
素の魔力そのものは、お母さんの方がずっと上だった、と。
引退後も、教導でいいからと、騎士団から復帰要請が出ていたほどだと聞いている。
だとすれば、あり得る話だ。
「……」
上庭に出ると、集中して。
構える。
銃に魔力を通す。
裏庭にある的を撃つ。
駄目だ。威力は変わっていない。ただ魔力を、しかも付け焼き刃のちょっとやそっとの魔力を通すだけでは駄目か。何かの魔術に変換していた可能性は。あるかも知れない。拳銃の手入れについては聞いている。
というか、拳銃は気むずかしい武器で。
丁寧に手入れしないと、すぐにへそを曲げて弾が詰まったりする。
本格的な手入れは鍛冶屋の親父さんに頼んでいるけれど。
メンテくらいは自分で最近は出来る。
ちょっと分解して調べて見るが。
どうも拳銃に魔術が仕込まれているらしい。
驚くべき精密さで、内部に多数の魔法陣が見られた。
少なくとも今のスールに出来る彫り込みじゃない。
やっとしたら、機械技術と錬金術、双方に知識がある人物だ。
お母さんが愛用していたのだとすれば。
この銃、しかも二丁。
騎士団がどこからか手に入れた、もの凄い高レベル錬金術による産物なのではないのだろうか。
目を細めて、魔法陣を確認する。
魔力を通すと、どうやらリミッターが解除されていくらしい。
魔力が少なすぎて、多分リミッターの解除が最後まで届かず。
銃の力を、まるで発揮できていなかった、というのが今までの真相のようだった。そうなると、リディーの魔力が何だか溢れている今。
増幅したら、或いは。
思わぬ一撃を放てるかも知れない。
それも速射で。
勿論、一発で相手を粉々にするような火力はそれでも期待出来ないだろう。ネームドを瞬殺していたフィリスさんの矢のような異次元火力は、出せないと思った方が良いと思う。
それでも、少なくとも敵のシールドに負荷を掛ける程度の火力が出せれば。
連射して、数十発を一箇所に叩き込めば。
敵に致命傷を与えられる可能性も高い。
どうせファルギオル戦に、前と同じ戦力で行っても仕方が無かったのだ。
リディーに相談するとする。
二つ目の切り札。
それはスールが火力ソースとして、バトルミックス以外で使い物になる、という事だ。
コレに加えて、リディーが何かもう一つ、芸を覚えれば。
ファルギオルに対して、手が届くかも知れない。
それにしてもこの魔力。
深淵を覗いた影響、なのだろうか。
そういえば、疲労がひどい気がする。眠ったはずなのに。今まで使っていなかった魔力を、全身から放出しているから、なのだろうか。
いや、それもおかしい。
魔力は見える。
それに、魔力も通せる。
だけれど身体能力が上がっている気がしない。
魔術を利用して身体能力を上げる者は幾らでもいるらしいのだけれど。
それが出来るとはとても思えない。
これは、ひょっとして。
お母さんから引き継いだ才覚が。
何かしらの理由で封じられていて。
今頃になって目を覚ましたのだろうか。
だとしたら、遅すぎる。ずっと役に立てていないって苦悩していたのに。どうして今頃、なんだろう。
そして、深淵を覗いたからか。
もう、涙は、流れてこなかった。