暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
双子にとっては最後の晩餐に近い決意の食卓です。
序、不思議な絵の具
心が冷たくなってきているのが分かる。人間であろうと必死に引き戻そうとしているが、それは無理だとも分かる。
深淵を覗き込んだ。
はっきりその自覚があるからだ。
スールも明らかにおかしくなりはじめているし。
リディーも自分があからさまに変質し始めていることは理解している。
だけれども。
そもそも、「普通の人間」が如何にろくでもないかはリディーもよくよく思い知らされていた。
だからこれはこれで、良いのではないかとも思う。
ルーシャは悲しむだろう。
だが、錬金術は極めれば極める程人間では無くなる事ももう理解出来ていた。
世界の理そのものに触れていくのだ。
文字通りの超越存在になるのは避けられないし。
そうなればどのような形であるにしろ、人間ではなくなっていくのは、当たり前だろう。ましてや人間の中でももっとも排他的で独善的なヒト族から離れていくのは、むしろ良い事ではないのかとさえ思う。
散々ルーシャの事もお父さんの事も傷つけてきたはずだ。
「自分は普通でまとも」だから、「変な奴」には何をしても良い。
そんな理屈を抱くのが「普通の人間」。
今になって思えば反吐しかでないし。
そんな「普通の人間」の凶行を、「人間らしい行い」として認める気はさらさらない。結局の所、好き勝手に自分の凶行を正当化しているだけで、外を彷徨いている獣たちとまったく変わらないではないか。
調合を進める。
スールも腕が露骨に上がって来ていて、既に増幅板は出来ていた。
後は互いに交代しながら。
切り札となる、「世界の塗り替え」に必要な「不思議な絵の具」を調合していく。
邪神は確かに圧倒的に強い。
だがその強さは、「この世界に住んでいる」という事が理由になっている。
聞いた話では、邪神はこの世界の監視端末ということだった。
端末というのがよく分からないが。
いずれにしても、この世界に特化した存在。
つまるところ、この世界を離れてしまうと、弱体化は避けられない。それも、人間が勝てるレベルにまで、だ。
全盛期ファルギオルの実力は、前にリディーとスールが、文字通り蹂躙されたときとは桁外れだった筈で。
それでさえどうにでも出来たのだ。
前にネージュがファルギオルを弱体化させてくれていたおかげで。
200年後の今。
リディーとスールでも倒す事が出来る。
勿論二人だけでは無理だろうが。
深淵の者が許してくれる限りの人員を連れていけば。
きっと何とかなるはず。
作業が一段落。
後は精密な調合だけになった。
一つ一つの中間生成物を、それぞれ増幅板に載せ、極限まで「世界を構成する四つの力」の要素を引き出す。
そしてそれらを合成することによって。
小さな異世界である、「不思議な絵画」の世界を、擬似的に周囲に再現する。
小さいと言っても異世界。
世界の強度は弱いかも知れないが。
しかしながら、力尽くでは壊せない。
ルールを壊す事で小さな世界は壊れる。
つまり、今調合しているレシピ通りに。
雷神にとって不利な世界、というだけの要素を極限まで強化すれば。
それで充分なのである。
後は一日ほど、休憩も入れながら中間生成物を混ぜていくだけだ。
その間にスールに頼まれた事を処理。
どうもスールは魔術が使えるようになったようで。
魔力を増幅したい、というのだ。
其処で、今までに作ったネックレスの、魔力強化版をもう一つ作る。ただ時間がないので、話に聞いたコルネリア商会のサービスを使う。
ネックレスなんて、何個つけても変わりは無い。
だからこれでいい。
後は、スールが爆弾や薬を増やしているのを横目に。
黙々と調合を続けていけば良かった。
感情が薄くなり始めている。
それは分かった。
短時間で衝撃的なことを知りすぎた。
あまりにも怖い事を経験しすぎた。
ある意味心が壊れたのだろう。
だからリディーは、こうなった。深淵を覗いて、そして錬金術として、一段階上に行こうとしている。
ただ、格上のルーシャが深淵を覗いている様子が無いことから。
或いは、本来はもっと力をつけてから、こう言う深淵を覗く行動をとるのが普通なのかも知れない。
そう考えてみると。
深淵の者は、焦っているのか。
それとも何か理由があって、急いでリディーとスールを育てているのか。
よく分からないのが実情だ。
ただ、少なくとも、深淵の者はリディーとスールにファルギオルを倒させたがっている。
リディーとスールにも、ファルギオルを倒す理由がある。
利害が一致している。
それで、今は納得するしかない。
ほぼ丸一日掛けて。
レシピ通りに、世界の塗り替えを行う、不思議な絵の具が完成する。
何とかぎりぎり再現出来るまでに、実力が上がっていた。
だからできた事だ。
アルトさんの所に行き。実際に少しだけ使ってみる。
周囲が、ネージュの要塞を思わせる場所へと変わる。
幾つかの事を試してみる。
特にドナーストーンを爆破してみると、露骨すぎるほどに効果が現れていた。本来なら感電死するレベルの雷撃が走るのに。
ぴりっとも来なかった。
これならば。もはや、ファルギオルは手が届かない存在では無い。
それにしてもこの空間。
ひょっとして、ネージュの要塞ではないのだろうか。
アルトさんは、ふっと鼻で笑う。
既に絵の具の効果は、切れ始めていて。
アトリエに戻り始めていたが。
「ネージュはファルギオルを倒した空間をイメージしてあの要塞を作ったんだろうね、ほぼ間違いない。 理由は簡単で、それが自分が最も強くなれる空間だから、だったんだろう」
「……」
「アルトさんも、ネージュと一緒に戦ったんですか?」
「僕はあの戦いには出なかった。 必要がなかったというよりも、深淵の者もずっと強大な勢力だったわけじゃあない。 手が回らなかったのさ」
アルトさんは、深淵の者の中で、どれくらいの立ち位置にいるのだろう。
幹部クラスなのか。
或いは。
ただ、戦力を相対的に把握しているようなので。下っ端と言う事は無いだろう。ソフィーさんは次元違いとしても、他の三傑は深淵の者の幹部なのだろうか。イル師匠も、そうだとすると。
話を、聞かせて貰いたい。
でも、結局の所。
まず最初にやらなければならないのは。
あのファルギオルを撃退することだが。
アルトさんは大変な事になるかも知れない実験にも、嫌な顔一つせずつきあってくれた。この辺り恐ろしい存在であっても、筋は通すことは分かる。筋を通すと言う事を出来る人間は少ない。とても、だ。
筋をきちんと通さない人間が、「普通の人間」を気取って、自分から見て下の存在を決めつけて嘲笑っている中。
この人は筋も通すし。
きちんと戦闘では最前線にも出てくる。
支援だって、手を抜いているとは言えしてくれる。
この人は深淵にいる人かも知れないけれど。
昔のリディーやスールよりずっとマシ。
それについての結論は。
その恐ろしい正体を知った今でも、変わる事は無かった。
「……あと少し、準備があります。 それが終わったら、ファルギオルとの戦いに出ます」
「そうか。 ではパイモンにも声を掛けておくよ。 君達の方でも、準備の終了を見越して、再出撃のスケジュール調整をしておくと良い」
「分かりました」
ぺこりと頭を下げると。
スールと一緒に戻る。
大雨が相変わらず降り注ぎ、雷がドカンドカン落ちているが。
どうしてだろう。
もう、まるで怖くなかった。
スールと途中で話を少しして。
アトリエに戻る途中で別れる。
リディーはそのまま王城に出向いて、モノクロームのホムの役人と話す。役人は、リディーの変貌に気付いているようだったけれど。
特に驚く様子は無かった。
寿命が長いホムである。
リディーのように壊れていく錬金術師は何人も見てきたのか。
それとも、或いはそもこの人も、深淵の者関係者で。闇に落ちている錬金術師は周囲に珍しくもないのか。
よく分からないが。いずれにしても、相手の反応は、昔よりも読み取れるようになって来ていた。
役人の話によると、今マティアスさんはいないらしい。代わりにアンパサンドさんを呼んでくれるそうなので。しばし待つ。
ソファに座って待つが。
その間、ずっと周囲の声が煩わしくて仕方が無い。
周囲の全てから聞こえる声が。
少しずつ、確実にクリアになって来ている。
それにともなって勘も鋭くなってきていた。
スールは論理的思考を身につけ始めていて。
最近では、昔は絶対にやらなかったメモ取りとかを普通にやるようになって来ているのだけれども。
或いはスールも。
この煩わしくて耳障りな声が、聞こえるようになるのだろうか。
最近はこの声のおかげで、すっかり眠りも浅くなってしまっていて。
時々感情が爆発しそうになる。
それが悲しくて、涙が流れることもあるけれど。
周囲に溢れていた恐怖にさらされすぎたせいか。
じっさいに涙が流れることはなかった。
その程度で腰砕けになるような軟弱さでは。
どの道この先生きていけない。
そう、体が判断したのかも知れなかった。
アンパサンドさんが来たので、話をする。頷くと、アンパサンドさんは、出撃の準備を整えてくれる、と言う事だった。
何でも前線の騎士団は、現在は三傑にファルギオルとの戦闘を任せ、布陣と災害対策に動いているらしい。
三傑の中でもフィリスさんは、災害対策を主体に動きを切り替えていて。
代わりにあのプラフタさんという人が、ファルギオル戦に参加。
今も激しい戦いをしている、と言う事だった。
「出撃準備と言う事は、切り札は出来たのですね?」
「はい。 ネージュ直伝の切り札です。 ファルギオルの戦力を、私達でも手が届く次元にまで落とせます。 必ず、殺せると思います」
「ふむ……」
「出撃の準備、お願いします」
頭を下げる。
そしてアトリエに戻った。
可能な限りの、装備品の更改を行う。
最初期に作った獣の腕輪も、今は更改を重ねて、かなりの強化が施されているし。そろそろ新しい装備品も身につけたい所である。
イル師匠は言っていた。
ネームドとやり合うには、最低でも四つか五つ。錬金術の装備が必要だと。
鍛冶屋の親父さんは言っていた。
そろそろプラティーンに手を出す事を考えろと。
現在は、如何に強化しているとは言え。
所詮プラティーンもどきの合金を作るのがやっとの状態。
そろそろ、どうにかしてプラティーンを作り。
その上の段階の装備品に手を出したい。
良く見かけるグナーデリングなども良いかも知れないけれど。
身を守るため。
攻撃を更に効率化するため。
もっと強力な装備品を身につけたい、とも思う。
帰り道、持ってきていたインゴットを、鍛冶屋の親父さんに渡す。フィンブルさんの武器を、これで強化して貰う。
更に、もう一つ。
対雷撃のコーティングを行う。
見聞院で調べてきた処置をすることで、雷撃を殆どそらすことが出来るのだ。
実はマティアスさんやアンパサンドさんの武具には、コレが為されていたらしいのだけれど。
前の戦いでは、ファルギオルがあまりにも凶悪すぎる雷撃を纏っていたせいで。
致命傷は避けられたものの、吹っ飛ばされるのは避けられなかった。
次は、ファルギオルは極限まで弱体化する。
対雷コーティングを施せば。
直接攻撃が可能になるはず。
蹴り技を得意とするスール用にも。スールのブーツにも、これを仕込もうと思っている。勿論本人同意の上でだ。
アトリエに戻る。
スールも戻ってきていた。
驚くことに、お父さんも来ていた。
地下室に行こうとするお父さんに。スールが必死に声を掛ける。
「お父さん!」
「……」
「これから、ファルギオルを倒してくる」
「無理だ。 あいつは200年前に、あのネージュが大きな犠牲を出しながらやっと倒したほどのバケモノなんだぞ」
スールは、リディーよりは症状が軽いらしい。
まだ、これほどの熱情が残っている。
リディーは、あの時。
アルトさんの護衛についていた人に殺されかけてから。
どうも感情が薄くなってきていて。
こんな風に、激高することはもう出来そうに無かった。
「お父さん、今までお父さんの哀しみも知らないで、勝手な事ばっかり言って、馬鹿な事ばかりして、本当にごめんなさい。 スーちゃんもリディーも本当にどうしようもないバカだった! ……だから、せめて見守ってて。 絶対に、この王都も、みんなも、あんな外道に踏みにじらせはしないんだから」
「……みんな、か」
「だから家にいて。 夕ご飯、一緒に食べよう」
「いや、メシは喰ってきた。 家には……いるつもりだ」
お父さんは、そのまま地下室に行ってしまう。
嗚呼と、スールが嘆いた。
顔を覆っているスール。
だが、リディーは。
其処まで悲しむ事は出来なかった。
スールを促して、準備を進める。薬。爆弾。装備品の更改。更にはコーティング作業。やる事はいくらでもある。
準備はどれだけしても足りない。
雷神を、手の届く範囲にまで引きずり下ろしたとしても。
準備不足だったら、負けるかも知れない。
確かに雷神は弱体化しているはずだが。
そもそもネージュが、今のリディーとスールとは、比べものにならない錬金術師だったことを忘れてはならない。
雷神が弱体化しているように。
これから戦うリディーとスールだって、ネージュより遙かに弱いのだ。ルーシャとパイモンさんを加えても並ぶかは分からない。アルトさんは、どうせ本気を出してはくれないだろう。
二人で手分けして作業をし。
夕食は、リディーが作った。
食事をしていて、気付く。
味が、あまりしない。
おかしい、いつも美味しいと思う味付けをしている筈なのに。スールは文句一ついわないのに。
そうか、きっとこれが力の代償。
どんどん今後、感覚も含めておかしくなっていくのだろう。
だけれども、悲しくは無い。
リディーが強くならなければ。
スールも、ルーシャも、お父さんも。他の人達も、みんな守る事なんて出来ないのだ。
ソフィーさんが何を目論んでいるかはまだよく分からない。鍵というのが、何のことか分からない。
はっきりしているのは。
あの人の想定を外れる動きを今はできない、ということ。
無茶な状況に対しても、立ち向かわなければならない、と言う事だ。
食事を負えると。
眠りまで調合を行う。
戦いの日時は既に決まった。
恐らく、決戦は。あのファルギオルに破れてから、丁度三週間の後になるだろう。
今度のリベンジマッチで。ファルギオルを封じるのではなく、殺す。そして禍根を断つ。
リディーにとっては。それこそが、今最も大事だった。