「今回の学祭さ、割と怪獣撮ってた人多そうなんだよね〜」
週明け、昼休みに鳴衣の写真選びを手伝っていると、隣にいる彼女はそう語りかけて来た。
「そりゃ怪獣は映えるし、よく撮れてるものもあったけどさ。私としてはやっぱなんか違うかなって」
施錠された屋上前の踊り場には現像された大小様々な写真が現像されている。
鳴衣を無視してその並びをなんとなしに替えていても、彼女は話を続けた。
「みんなが撮りたがるものには興味がないっていうか」
学祭に出すテーマはまだ決まりきってないらしく、写真には様々な被写体が写っている。
通学路の街頭。道端の花。淡い空の色。そして、南さん。
「何気無い日常をいかに美しくするかが芸術の真髄だと思うんですよ、私は」
一枚の写真を手に取る。
私の知らない笑顔で振り向く南さんは綺麗だった。
蓬くんは、彼女のこんな顔をみたのだろうか。いつから、見ていたのだろうか。
「交子さんさ、もしかして体調悪い?」
「えっ?」
いつの間にかぼうっとしていた私の意識を鳴衣が呼び戻した。
「怪獣の話とかいつも乗ってきてたじゃん。怪獣を操れたら何がしたいとか」
「あー、無視してた」
「おまっ、高校デビューにピアス開けてやった恩を忘れたか〜?」
心配そうな姿勢から一転、鳴衣は昔の話でからかいながら横腹を小突いてくる。
「こうやって写真選び手伝ってる分でチャラでしょ」
「それはマジでありがと。我ながらいい写真多くて困ってんだよね〜」
私の言い分に鳴衣は敵わなかったらしく、露骨に話題を変えてくる。
彼女も議論に勝ちたかったのではなくただ気を晴らしたかっただけなのだ。
そうして私たちが短い昼休みを浪費するモードに入ると、鳴衣は私が持っていた写真を覗きこんでくる。
「それ、上手く撮れてるでしょ。夢芽さん写真映えするから撮ってて楽しいんだよね」
「……そうなんだ」
私が手に取っているもの以外にも、南さんの写真は多く並んでいる。
すべての写真を現像したわけではないだろうけど、一番撮った割合が多いのも南さんなんだろう。
「交子もかなり映えるんだけどね。これとか──」
「鳴衣はさ、知ってたの?」
鳴衣の言葉に被せるように私の口から言葉が漏れ出す。
ただの質問のつもりだったのに、語気が強くなってしまった。
「……え、何を?」
「南さんと蓬くんのこと。付き合ってるって」
「あー、うん。夢芽さんから聞いてたよ。二人と同じクラスの人でしょ?」
「いつから、付き合ってたの」
「7月くらいだったかな、その前からいい感じだったみたいだけど」
鳴衣は私の質問を事務報告のように答えていく。
「なんで、教えてくれなかったの」
「なんでって、夢芽さんから口止めされてたし。ていうかめっちゃ聞いてくるじゃん」
そう鳴衣が怪訝そうな顔をしたかと思うと、目を大きくみはってこちらを見つめてきた。
「もしかしてなんだけどさ。交子って、その蓬くんって子のことが……」
「…………」
「うっわぁ、まじかよ……」
何も言わない私を見て鳴衣は頭を抱えている。
「なんも言ってないじゃん」
「言ってるようなもんでしょぉ。あー、まじか……」
「そのまじかって言うのほんとやめて」
現実を受け入れがたいのはこっちの方だと言うのに、これでは鳴衣が当事者みたいだ。
「ていうか、いつからだったの」
「……四月」
「五ヶ月は長いって、相談くらいしてくれたらよかったじゃん!」
「相談って、できるはずないじゃん」
気を紛らわすように声を張る鳴衣に対して、私はそう返した。
だってそうだろう。つい土曜日まで、蓬くんとの関係は私たちだけで完結しているものだと思い込んでいたのだから。
「交子、何でもかんでも一人で溜め込むでしょ。中学の時も先輩の彼氏にコナかけられてせいでいびられてたの、女バスやめるまで教えてくれなかったし」
「関係ない話しないでよ」
「関係なくないって。交子の悩みって打ち明けた時にはなんでも
その言葉に、抑えていたどろどろしたものが溢れてくる音が聞こえた気がした。
「交子はもっとみんなに気持ちを打ち明けて──」
「打ち明けてたら変わってた?」
私の口から漏れた冷たい声に鳴衣は目を見開く。
自分でも驚くくらい棘を持ったそれを、私の理性は止めてくれなかった。
「南さんに蓬くんの連絡先渡したの、鳴衣だよね。五月くらいに聞いてきた時」
「う、うん……」
「私の気持ちを知ってたら、その時鳴衣が断ってくれた?」
私の問いかけに、鳴衣は言葉を詰まらせる。
「南さん、確か社会復帰してたんだっけ。約束、守れるようにって。
私の気持ちを知ってたら、男の人を呼び出してはすっぽかすような南さんのままにさせてくれた?」
「……それは違うでしょ」
「手遅れじゃないってそう言うことでしょ」
鳴衣が言うところの南さんの心境の変化ってやつに、蓬くんが関わっていないなんてことはないだろう。
彼は優しいから、知ったからには手を伸ばすはずだ。
四月の頃からそうだった。
「鳴衣は、今の関係が変わってほしかった? それとも、手早く終わらせたかったの?」
早く整理をつけたかったのか。私のこの想いに。
「……交子、お前ほんと性格悪いな」
「そうだよ。私は性格悪いよ」
優しくてお節介焼きの鳴衣にこんなことを言うくらいなのだから、折り紙つきというやつだろう。
手元の写真を見る。
そこには私のような淀みなど、ひとかけらも見えない。
「南さんが好きな人と付き合えてよかったね。性格悪い私じゃなくてさ」
「そういうことじゃないでしょ……」
そう言って、鳴衣は顔を手で覆い、コンクリート製の天井を仰いだ。
屋上へと続く扉の先は快晴だけれど、正午の日差しは私たちを照らさない。
「……ごめん、八つ当たりした。写真、今日はちょっと選べなそうだから戻るね」
そう言い捨てて、私は写真を地面に置いて立ち上がる。
「待ってって交子!」
そう制止しようとする鳴衣の言葉に振り向かず、私は踊り場を立ち去る。
あとはただ、誰にも会わずに昼休みを終わらせることだけを考えていた。