金石が脳を破壊される話   作:淵岳 月夫

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-第5回ー(全7回)

「……先週注文した資材各種は明日届く予定です。室内プールなどで教室が手狭になりますが、互いに協力するように。

 では、SHLを終わります」

「きりーつ、礼ー」

 

 日直の号令に合わせて皆が軽く頭を下げると教室はすぐに喧騒に包まれる。

 私はリュックから楽譜を取り出しながら昼の会話を思い出す。

 

(正論言われて逆ギレとか、まんまガキじゃん……)

 

 今からでもちゃんと鳴衣に謝るか。

 そんなことを考えながらあたりを見渡すと、前方をひとつの影が横切った。

 

(南さん)

 

 彼女はそそくさと教室のドアをくぐる。

 そういえば、付き合ってるのがバレたのは私たちだけでクラスの面々には秘密のままだったな。

 だったら彼氏と別々に帰るのもおかしなことではないのか。

 そんなことを考えてくだんの彼氏をみやると、彼は中途半端に手を伸ばして南さんが消えて行ったドアを見つめていた。

 

「どうしたの、ぼうっとして」

 

 渡り廊下側の彼の席に近づいて、努めていつも通りに話しかける。

 蓬くんは苦笑いを浮かべてこちらを向いた。

 

「や、なんでもないっす」

「なんかありそうな雰囲気だったじゃん。もしかして、いとしのあの子に振られちゃったとか?」

「…………」

 

 わずかな願望を込めて放った言葉に、蓬くんの苦笑いは苦味が一層増していた。

 

「えっ、うそっ、ほんとなの!?」

「そうじゃないんだけど……。ていうか声でかい」

「あっ、ごめん」

 

 思わず大きくなってしまった声に謝り、そこに喜色が混ざっていたことに自己嫌悪する。

 これもいわゆるシャーデンフロイデというものなのだろうか。

 

「当たらずとも遠からずって感じらしいよ、金石」

「そうなの? 淡木」

 

 私の声を聞きつけたのか、いつもの面子が蓬くんの席の周りに集まっていた。

 淡木はワックスで固めた髪をいじりながら言葉を続ける。

 

「昼休みに男だけで飯食ってるときに相談されてさ。まだ未解決事件」

「何それめっちゃ気になる」

「あー、らんかも興味持っちゃったじゃん……」

 

 そう言って蓬くんはこめかみを抑える。

 いじられキャラの彼にしては反応が鈍く、割と参っているようだ。

 

「蓬、ここは女子にも相談した方がいいよ。俺たちじゃ解決しなかったじゃん」

「そうかもだけどさ……。せめて場所変えない?」

 

 なずみの言葉に蓬くんは周囲を見渡しながらそう言う。

 放課後になったとはいえ号令は先ほどあったばかりで、人が完全にはけるのもそれなりに時間がかかるだろう。

 蓬くんの言葉に異論を唱える人はいなかった。

 

   ◇

 

 学祭近くには学校のいたる場所がクラスや部の作業スペースとして利用されている。

 そんな中で秘密の話し合いをするとなれば、校舎裏にある吹きざらしの階段といったスペースに限られていた。

 

「金石、時間大丈夫なの? 今日部活じゃん」

 

 階段に残った砂を楽譜で払って座ろうとする私に、らんかはそう語りかけてきた。

 

「今日先輩たち六限あるから、そこに合わせたら怒られはしないと思う」

「そっか」

 

 うちの部活は厳しいことには厳しいけれど、練習時間は他の部活と比べて少ない。

 吹奏楽部と共同で音楽室を使っているという事情もある。

 早くから廊下で自主練をするときもあるけれど、それよりも今は蓬くんと南さんの間に生まれた軋轢が気になる。

 もしかすると、もしかするかもしれない。

 だから、らんかの心配は私にとっては大げさだった。

 

 払っても少し残った砂の感覚に少し顔をしかめたあと、私は寄せ合ったリュックを挟んで上段に座った蓬くんたちに話しかける。

 

「で、南さんに振られたってほんとなの?」

「振られてない振られてない。喧嘩しただけだって」

「喧嘩ぁ? いつ?」

 

 蓬くんのつっこみにらんかは顔をしかめる。

 たしかに、面と向かって喧嘩するには月曜というのは時間がない気がする。

 昼にはもう男子で相談してたらしいし、登校中か昨日の夜に通話でもしていたのだろうか。

 

「……土曜」

「「うっわあ……」」

 

 蓬くんの回答に、私とらんかの声がきれいにハモった。

 

「やっぱ、やばいですかね」

「やばいね。ずっと喧嘩してる感じ?」

「……話せてない感じ」

「「終わった……」」

 

 らんかのインタビューに続々とスクープを放つ蓬くんに、私たちは嘆きのハーモニーを返した。

 これが大会なら金賞を狙えそうだ。ここに楽譜あるから一緒に歌おう。

 

「終わっては、ない、はず」

「その様子じゃ私たちと別れてすぐだよね!? 週またぎで話してない時点で終わっても仕方ないって!」

「喧嘩下手すぎだよ……。もう付き合って3ヶ月くらいなんでしょ?」

 

 喧嘩の理由はなんであれ、二日も長引かせている時点で大罪だ。

 その日のうちに終わらせないと今までの不満点がどんどん怒りを加速させていくかもしれないし、呆れて冷めるかもしれない。

 ていうか、二日も連絡してこない南さんも大概だな。

 

「まあまあ、蓬君にも言い分はあるんだって」

 

 うなだれる蓬くんの肩を叩きながら、淡木が彼の弁護を始める。

 

「蓬、南に言われたことがあるんだよな。なんて言われたんだっけ?」

「なんで怒ってるのかわかるまで連絡してくんなって」

「推理ドラマじゃん」

 

 そういって、らんかが容疑者の供述に茶々を入れる。

 私も検事として蓬くんを責めずにはいられなかった。

 

「あのね、女の子の連絡しないでは早く連絡してこいってことなんだよ」

「それこそ推理できないって」

「今の揚げ足とりで余罪増えたから」

「ちょっと理不尽じゃない!?」

 

 女の子の理不尽は愛嬌だぞ。

 冗談はともかく、南さんも南さんで厄介な彼女のようだ。

 

「で、男子はなんで怒ってるのかわからなかったと」

「そうなんですよらんかさん。蓬も付き合っていることがバレたことにはフォロー入れてるみたいだし、お手上げって感じ」

 

 淡木の言葉になずみも両手を上げて賛同する。

 南さんの脳内当てクイズは私たちに任されたようだ。

 さて、どうしようか。

 

「て言われても、うちら南さんと全然親しくないからわかんないんだけど」

「蓬くんと南さんには共通の知り合いとかいないの? 南さんのことは南さんに近い人に聞いた方がいいかも」

 

 早々と降参するらんかの代わりにさも正しそうな助言をする。

 彼女に友達が少ないことなんてわかりきっているし、最も親しい鳴衣と蓬くんには接点がない。

 脳内当てを続ける限り、蓬くんは私たちに頼らざるを得なくなる。

 

「共通の知り合いはいるんだけど……」

「へー、どういう人たちなの?」

 

 すると、蓬くんは口を濁しながらも私の思惑から外れた言葉を口にした。

 思考の整理がつく前に、らんかが続きを急かす。

 

「中学生と無職の大人」

 

 明らかにやばいやつだった。

 

「あと二人には相談したんだけど、あの人たちも感性がなぁ」

「……私、蓬くんの人間関係が心配になってきた」

 

 明らかにまともな集まりじゃない。特に無職。

 蓬くんの言葉に、発言を控えていた男連中も哀れみの目線を向けていた。

 

「蓬、新興宗教とかだったら相談乗るから」

「ちがっ、違うって! あの〜、ほら、ボランティアっていうか人助けっていうか……」

「南さんもまとめてカウンセリングとか受けた方がいいかも」

「俺らにはちょっと厳しいかもな」

「だーかーら! そういうのじゃないから! 一旦その話はおいとこ!」

 

 淡木やらんか、なずみの優しい助言も虚しく、蓬くんの人間関係については一旦保留となった。

 その後、私とらんかは蓬くんへの尋問を続けるも目立った進展はなかった。

 

「しっかし、女子にも南の怒る理由は検討つかずか」

「当てずっぽうならいくらでも言えるけどね。外れたとき困るのは蓬くんだし」

「ていうか、それ以前にアフターフォローがねぇ……。よもくん彼女を怒らせるの上手いね?」

「っすね……」

 

 体を伸ばしてそうごちる淡木をよそに、らんかは蓬くんにトドメを刺す。

 私もみんなも集中の糸が切れてきているようだった。

 

「わからなくても早めに謝った方がいいんじゃない? 約束したわけでもないんだしさ」

「そうだよなぁ」

 

 らんかの最もな発言に蓬くんは頭をがしがしとかいてそう頷く。

 私はというと、らんかの言葉に妙なひっかかりを覚えていた。

 

「約束」

 

 そうぽつりと呟くとみんなが私の方に振り向く。

 

「どうしたの?」

「いや……。南さんって、約束大事にしてたのかなって」

 

 らんかの問いかけに私は漫然と手の中の楽譜を眺めながらそう返した。

 

「えっ、あの南さんがぁ?」

「らんか、ここに彼氏いるから。金石って確か最近南と話してたんだっけ」

「話してたってほどじゃないけど……」

 

 らんかを軽く注意したなずみはそう確認してくる。

 話したといっても金曜日の、あの一度くらいのものだ。

 だけど、

 

「約束がなくなったら、悲しむかもなって」

 

 そう言うと、蓬くんは大きく目を見開いた。

 

「……そうじゃん。南さん、怒ってなかったんだ」

 

 蓬くんはそのまま立ち上ると、寄せ合って置いてあるリュックの中から自分のものを引っ張りだした。

 もたれかかっていた私のリュックは、やさしく端に寄せられて。

 

「ちょっと謝ってくる」

「あっ……」

 

 そう一言、私たちの間を通って上履きのまま地面に降りる。

 そのまま靴箱の方へ向かう彼に向かって私は無意識に立ち上がり、手を伸ばす。

 

「あ、金石!」

 

 彼は足を止めてこちらに振り向くと、こう言った。

 

「ありがとっ! これからも南さんと仲良くしてくれると、すごい嬉しい」

「………………もちろんっ!」

 

 私の返事に、彼は一度笑顔を向けると踵を返して去って行った。

 

 あれは、ダメだ。

 彼ならもう二日程度の軋轢くらいどうってことないだろう。

 四月の頃のままだったから。

 

「私は、なんで」

「……金石?」

 

 そのままたたずむ私にらんかが呼びかけてきた。

 

「ごめん、私も部活だ」

 

 そう行って、私は淡木たちを通り抜けて階段を上る。

 

「おい、リュック!」

 

 何も聞こえなかったのは風切り音のせいだろう。

 彼とは絶対会わない方向へ、全力で駆け上った。

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