飛空庭の混乱は徐々に収まりを見せつつあった。オルファ・ストラグルとの契約が無事に成立し、フムタンは新たな力を手に入れたが、それでも油断はできない。エルフェンリートの暗い影が着実に迫っていた。
その日の朝、フムタンは師匠セリン・オルヴァードに呼び出されていた。場所は飛空庭の中央に位置する「知識の塔」――この塔は、古代の書物や魔法に関する資料が集められている場所で、魔法士たちが知恵を求めて集う場所だ。
「フムタン、これを持っていけ」
セリンが差し出したのは、透き通るような青い瓶だった。その瓶の中には、不思議な液体が揺れていた。
「これは……?」
フムタンは戸惑いながら尋ねた。
「魔法薬『ルピナリスZ』だ。この薬は、一時的に魔力を増幅する効果がある。ただし、使いすぎれば逆に命を削ることになるから、慎重に使え」
セリンは深刻な表情でそう告げた。ルピナリスZ――それは、伝説的な魔法薬であり、非常に稀少な素材から作られると言われていた。フムタンは瓶をしっかりと握りしめ、その重さを感じながら頷いた。
「ありがとうございます、師匠……でも、僕がこの薬を必要とする場面が来るのか?」
フムタンの不安げな問いに対して、セリンは少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「その時は必ず来る。お前はこれから、多くの試練に直面するだろう。ドラゴンの力を手にしたお前には、それだけの責任と覚悟が伴うのだ」
フムタンは再び深く頷き、ルピナリスZを慎重に収納した。
塔を出たフムタンは、再び街へと足を運んだ。飛空庭の広場には、多くの人々が行き交っている。市場では、色とりどりの果物や野菜、魔法で加工された珍しい品々が並べられており、活気に満ちていた。
そこでふと、彼の目に留まったのは、一人の奇妙な男だった。彼は真っ赤なローブをまとい、大きなグラスを手に持ち、楽しげに市場の中を歩いている。その目はキラキラと輝き、何か特別な力を秘めているかのようだった。
「やあ、君がフムタンだね?」
その男は急にフムタンの前に立ちふさがり、にっこりと微笑んだ。
「え、ええ、そうですが……?」
フムタンは戸惑いながらも答えた。
「僕はウノーさん! ちょっと旅をしていてね。君の噂を聞いたんだ。強大なドラゴンを召喚した魔法士だって。どうやら君は面白いことになりそうだね!」
ウノーさんは軽い調子でそう言うと、グラスの中身を一気に飲み干した。どうやらただの旅人ではないらしい。フムタンは不審に思いながらも、どこか彼のユニークな雰囲気に引き込まれていくのを感じていた。
「それで、君はこれからどうするつもりだい? この飛空庭の外には、もっとすごいものがいっぱいあるよ。特に、この辺りにはとんでもない奴がいるらしいねえ……」
ウノーさんは笑いながら、どこか遠くを見つめた。
「とんでもない奴……?」
フムタンは眉をひそめながら尋ねた。
「うんうん、唐揚げボーイって言ってね。あの筋肉ムキムキで二足歩行する鶏が、この辺りでうろうろしてるらしいんだ。かなりの強者だとか」
ウノーさんの話にフムタンは一瞬、冗談かと思ったが、彼の表情が真剣だったため、逆に背筋が寒くなった。
その時、ウノーさんが言っていた「とんでもない奴」が現れた。広場の人々がざわめき、ざっと道を開けた先に、堂々たる姿が現れる。見た目は、巨大な鶏のようでありながら、二足歩行し、全身の筋肉が盛り上がっている。
「な、なんだあれは……!」
フムタンは驚愕し、思わず声を上げた。
「やあ、あれが噂の唐揚げボーイだよ。どうやら僕たちの出会いも運命だね、フムタン!」
ウノーさんが嬉しそうに叫びながら、唐揚げボーイに向かって歩み寄った。
唐揚げボーイは、羽根を大きく広げ、その巨体を揺らしながら広場をゆっくりと進んでいた。彼の鋭い目が市場を一瞥し、威圧感たっぷりに通り過ぎていく。
「こいつはただの鳥じゃないぞ……唐揚げになるのかは知らないが、その筋肉は並の敵では太刀打ちできないだろう」
ウノーさんは半ば冗談交じりで言いながらも、どこか警戒した様子を見せていた。
「誰だ……! 俺の前に立つ者は……!」
唐揚げボーイが低い声で叫び、その場にいる者たちを怯えさせた。筋肉の塊が動くたびに、空気が震え、周囲の人々は一歩後ずさりした。
その時、広場の上空からもう一つの影が降りてきた。フムタンはそれに気づくや否や、再び驚愕した。それは、まるで落ちてくる流星のように輝く存在――その名も「コターロン・タルテューヌ」だった。
彼は空中から急降下し、華麗に地面へと着地すると、両手を広げて叫んだ。
「お前たち、もう争うのはやめろ! 我々は同じ大空を共有する者だ!」
コターロンは、洗練された剣士のような身のこなしで立ち、白いマントが風に舞った。彼の金色の髪が朝日を浴びて輝いている。彼は、自称「飛空庭の守護者」であり、その力と正義感で知られていた。
「唐揚げボーイ、君の力は素晴らしいが、街を脅かすのはやめたまえ」
コターロンは落ち着いた声でそう言い、片手で剣を取り出した。フムタンはその様子に驚きつつも、コターロンの凛々しい姿に感心していた。
「こいつは……ただの戦士じゃない!」
唐揚げボーイは鋭い目でコターロンを睨みつけ、その巨大な拳を振りかざした。
次の瞬間、唐揚げボーイとコターロンの激しい戦いが広場で始まった。筋肉の塊のような拳と、優雅な剣技がぶつかり合い、激しい音が響き渡る。人々はその激戦に圧倒され、驚愕の表情を浮かべていた。
フムタンはその光景を見つめながら、自分が出会ったばかりのこの新たな仲間たちが、これからの冒険にどう関わっていくのかを感じ始めていた。
「僕も……もっと強くならなければ」
フムタンは拳を握りしめ、心の中で強く誓った。