「格納庫の周りを生存と航行に必要な機材で覆ったゾイド」と、自虐される程度には、ホエールキングの居住性についてガイロス将兵は穏やかならざる印象を抱いている。
通路の壁面には多数の配管がのた打ち回り、天井には経年劣化によるものか若干の黄色味を帯びたライトが等間隔に鎮座している。上空8000mの雲海を、一隻とはいえ純粋な戦闘艦艇と分類される僚艦と共に漂っている筈なのに、ツィーテンに先導されるフリッツは、スラム街の路地裏に連れ込まれているような錯覚に陥っていた。
第二次中央大陸戦争の終結から西エウロペ戦役が始まるまでの約20年の間。ヴァルハラとニューヘリックシティを結ぶ国際航路の女王として君臨し、パープルウィング賞すら受けたホエールエンプレス級航空高速貨客船とは全く訳が違う。
無論、民間客船と軍用輸送艦の居住性を比較するのは少々酷に過ぎる面がある。しかし兵の疲労という観点を加味するならば、やはり居住性の妥協に対して批判されるべき部分は確かに存在するのだった。
「どこもかしこも、似たようなもんですよ」
息が詰まりそうな通路を歩きながら、フリッツは任官直後から現地で戦い続けているらしいツィーテンとの世間話に興じていた。
「西エウロペの南端では
「で、北のパキニア半島に陣取った
状況は帝国に居た頃に聞いた情報とそう変わらない。
"たかだか20年の休戦"――ある高官がそう総評した講和条約は、ここ百年ひどく流動的だった惑星Ziの版図に一応のピリオドを打つ意味では役目を果たしていた。
父祖の地である中央大陸東部の返還を熱望していたヘリックは、超大国と化したネオゼネバスを前に、南エウロペ大陸全土と東方大陸を勢力圏とすることで(しぶしぶ)合意。
南エウロペ大陸から共和国を駆逐しようとしていたネオゼネバスは北エウロペを西方軍管区の直轄地とし、西エウロペ大陸にネオゼネバス領ヴェストラント保護国家連合を立てて植民地化。
帝都が丸ごと吹き飛び、新領土の獲得よりも本土の復興が急務だったガイロスは、ガイロス系住民の保護を名目に西エウロペ北部のパキニア半島と北に伸びるパキニア群島を50年租借するだけにとどめた。
中央大陸東部の小都市、アルメーヘンで締結された為、アルメーヘン条約と通称される講和条約は、ここ20年の平和を保障。各国は長い戦乱で傷ついたあらゆるものを癒やす仕事を始めた。
一歩間違えれば――"ネオゼネバスに協力する企業勢力が存在したら"、"ヘリック共和国に英雄が居れば"、"ネオゼネバス皇帝が前線で戦うような神話じみた傑物であれば"――何かが致命的に変わっていただろう戦いは、各国の傷ついた将兵と疲労困憊の政府高官による壮麗たる虚飾に彩られながら、一応の終結が宣言されたのだった。
しかし現在、ある軍高官の予言は的中しつつある。
5年前、保護国家連合に所属する国家群が示し合わせたようにネオゼネバスへ次々と反旗を翻した。
この反乱にネオゼネバスが後手を踏んだ結果。ガイロス、ヘリックの介入を許し、終結どころか打開策すら見えない泥沼の紛争を西エウロペの地で引き起こしていた。
さらに悪い事に、(表面上は)戦場となっているのが古代の遺跡以外は碌な資源が無い不毛な大地であるため、各国の民衆は(驚くべきことに、名目上は本土である筈のネオゼネバスの民衆も)どこか他人事のように、この戦いを捉えてしまっているきらいがあった。
これらの出兵を金と鉄と血の浪費と断じる政治勢力は、それぞれの国家に存在はしていた。しかし国を憂う正論を、与党勢力を叩く為に使い潰しているため始末に負えなかった。
三大国で束の間の平和を謳歌している彼らにとって、西エウロペ戦役は隣町の交通事故と同程度に語られる事象に落ちぶれている。
全面戦争化を望まないが、さりとて撤退を決断出来ない厄介な理由を抱えてしまった当事国(無論、直接的な紛争の引き金となった現地部族は含まれない)達の事情により、数個師団単位の大規模な戦闘は起こらず、せいぜいが連隊規模の独立部隊が動き回り、無数の遺跡を調査しつつ片手間に戦う奇妙な戦争となっているのも、この風潮に拍車をかけていた。
「帝都との情報のラグは一週間ぐらいでしたっけ?」もはや朧げな光景になりつつある故郷へ、努力して意識を飛ばそうとしているような顔でツィーテンが言った。
「まあ、どこそこの遺跡を取った取られた、
「ただ……」書類上は実戦経験が無いらしい小隊長の反応を伺うように、ツィーテンは続けた。「共和国が噂のMk.Ⅲを持ち込んだとかなんとか」
潜めるような声にフリッツの眉が上がる。穏やかそうな青年の顔は、ついさきほど鮮やかにライガーゼロ2機を虐殺した
「それは穏やかじゃないな」先進技研で僅かに聞きかじった情報の断片を引っ張り出しながら、横目で軍曹を見た彼は口の端を歪ませた。
「小隊長殿の新型なら何とかなりませんかね? オレとラプターで援護はやるんで」半分は本気のツィーテンが、面白そうに新参者を見返した。
「それなら護衛艦を進出させて艦砲射撃をやってもらう方が良いだろう。あのナイツバック級──〈フェアトラーク〉だったか? 艦砲の斉射に耐えはしないはずだ」
「連中、最終的にウルトラザウルスまで引っ張ってきそうですね」
「じゃあこっちもデスザウラーを呼び寄せるか。噂によれば、共和国に触発されて新型を造っているらしい」
「共和国のリバースセンチュリー計画に対抗して、我が帝国のミレニアム計画ですか。となるとネオゼネバスも何か考えているんですかね? 千年紀の次は何でしたっけ?」
「さて、何かやっていると考えるのが健全だろう。とはいえ、看板にそれ程意味は無いさ」
「それはそうですな──さ、着きました。少々お待ちを」
物騒極まりない話を切り上げたツィーテンが【司令官執務室】と銘打たれたドアをノックする音が響き、ややあって壁の向こうから
「では小隊長殿、自分はこれで。後の案内は、大隊長殿が段取りをするそうです」
「ああ、ありがとう」自身の答礼をキッチリ受けたツィーテンを見送り、フリッツは酷く頑丈なつくりの装甲ハッチを押し開けた。
◇
「で、どう見る?」
フリッツと分かれたツィーテンは、その足で主格納庫脇の第3搭乗員待機室に入り、見るたびにやる気を削げ落されるような
「そうですな、まあ優秀でしょう」
「そう言う事を聞いてるんじゃねぇ」待機室とは名ばかりのロッカールームに怒声が響き、ツィーテンは鼓膜の不快感に顔を潜めそうになる。密室に2人きり――これが綺麗どころなら胸躍るシチュエーションだが、現実は鬼の曹長閣下だ。都合良く信じることに決めている神に、恨み言を吐きたくもなった。
しかし今日は否にカリカリしてるなと益体も無いことを思いながらも、鉄拳が飛んでこないうちに本題を切り出すことにした。
「前任の話をフリましたが、其処まで突っ込んでくるような雰囲気はありませんでした。多少興味は持ちましたが人並の好奇心程度、少なくとも軍警の潜入捜査員ってわけではなさそうです」
中隊先任下士官──ディートリヒ・クレンゲル曹長は「そうか。ま、それならいい」と幾分納得した様子でドカリと腰を落とすと、100㎏近い体重をかけられたパイプ椅子が抗議の軋みを上げた。太い脚が開いているパイプ椅子を蹴飛ばし、着席の指示に変える。
「どうしようもねぇボンクラか、痛い腹を探ってくる軍警のウジムシのどちらかだと思っていたが、そうではなさそうだな」
「ええ、まあ。とはいえ、あんまり楽観しすぎもよろしくないかと」
「どういうことだ?」
迅速果断を性癖とする騎兵らしいせっかちさだと内心で冷笑しながら、ツィーテンは言葉を続けた。草臥れたパイプ椅子の座面が前方に傾斜し、大したことのない座り心地が地に落ちる。
「小隊長殿の機体をざっと見ましたが、戦闘態勢にあるゼロを2機食っておきながら、牙や爪以外にはかすり傷すら見当たりませんでした」
ほんの一瞥だったが、ツィーテンの目はストライク・ジェノザウラーの異質さを過不足無く見抜いていた。
「知っての通り、狙撃なら良くあることですが格闘戦で無傷ってのは異常です。ありゃ、相当手練れですぜ」
「技研と言えば、試作品の玩具を使って年がら年中やり合っているところだと聞いているが?」
「ラプトル共の話では、模擬戦もやるにはやりますがクソ退屈な基本動作テストの方が多いらしいですよ。模擬戦による性能評価はもっぱら
「ふむ、では」
「だから妙なんですよ、なんといいますか──」
「場慣れしすぎている」顎を摩りながらぽつりと零したクレンゲルに「そう、それです」とツィーテンが指を鳴らす。
「ヘッドカメラの映像を全部見たわけじゃないですが。空中からの強襲でコクピットを蹴り潰し、砂煙の中からワイヤークローで奴さんの喉元をひっつかんで引き寄せて蹴り壊す。技研出の若造中尉に出来る芸当とは思えません。──経歴はどんなものなんです?」
「22で
突然、あまり聞きたくない類の第三者の声が後方から響く。
ツィーテンとクレンゲルは条件反射的に椅子から立ち上がり、いつの間にか入り口に佇んでいる青年士官を敬礼で迎えた。
いつも通り、見ていると何もかもが嫌になってくるような(つまりは男性的魅力の欠如を自身に思い知らせるような)甘い微笑を浮かべた青年士官──独立混成第605装甲擲弾兵大隊、装甲中隊中隊長、ヨーゼフ・フォン・クネルスドルフ騎兵少佐は「ああ、楽にしてよろしい」とラフな答礼を返して手近なパイプ椅子を引き寄せると、2人にも着席を勧めた。
「話は大体聞かせてもらった」
先程とは真逆に、音すら立てずに腰を落としたクレンゲル曹長にクネルスドルフ少佐が視線を向ける。
金髪碧眼の貴族将校を絵に描いたような人物だが、その口調は丁寧であり、良くある貴族士官のように下士官兵を見下すような感情が込められていない。
嫌味も裏も無い完全完璧な将校の理想像。この艦の大多数とは異なり、将来の栄達が約束された有望株。
つまりは、ツィーテンが苦手とするタイプの将校だった。涼やかな蒼氷色の瞳が、不快感をなんとか飲み下した彼へと向けられる。
「
「さて、なんのことやら。タダの敗残兵ですよ、わたしは」
「それはそうだ」人好きのする微笑を浮かべる少佐に、ツィーテンは名誉の戦死を遂げた前任小隊長に初めて同情した。
無能な働き者への後ろ弾は軍隊の常ではあるが、よりにもよって世界で一番敵に回すべきではない男の不興を買う事も無いだろうに。
今頃、哀れな彼の遺体の一部は、望み通り英雄として家族や恋人の下へと輸送されているのだろう。
蓋を開けても誰の得にもならない箱。さてさて、いったいこの紛争ではその類の箱が一体幾つ転がることになったのやら。
「中隊長殿、奴はこのまま使うおつもりで?」
「ああ、そのつもりだ。実際問題、ゼロを無傷で屠る腕利きは私も大隊長殿も喉から手が出るほど欲しい。人手不足はどこも深刻だからね」
「今回は聞かなかったことにするが、彼は同僚にして上官となる。注意してくれよ、曹長」やんわりと咎められたクレンゲルが「失礼しました」と背筋を正す。
中隊内の下士官兵に対して神の如く振る舞う先任下士官の中隊長への狂信ぶりは、今に始まったことではない。
少し前に下世話な理由をこじつけた陸戦隊の若い二等兵が、中隊長が直率した機動第一小隊との合同作戦中にMIAになったことを思い出してしまい、慌てて頭の外から追い出した。
「それで、
「大した任務じゃない」ツィーテンの探る様な問に、クネルスドルフは優雅に肩をすくめる。
「ハイゼンベルグ中尉とキミにとっては、ちょっとした遠足だろう――良くあるモグラたたきだよ」