『第一話』
とある病室の一つ。
少年は林檎の皮を剥いていた。
昔は綺麗に剥くことができなかったが、今では大分上手くなったものである。
剥き終わった林檎を切り分け、皿に載せた。
「ほいよ」
ベッドテーブルの上に林檎の載った皿を置く。
ベッドに上体を起こしている金髪の少女──天馬咲希は両手を合わせわーっと声を上げる。
「ソウも林檎剥くの大分上手くなったよねー。昔の出来はそれはそれは」
「いつの話してんだよ」
咲希の軽口にソウと呼ばれた少年──栗空想は苦笑で応じる。
林檎を楊枝に刺して食べてる咲希を横目に想もついでとばかりに林檎を摘まんだ。
シャリっと軽快な音を立てる林檎の味は甘くていい具合に熟れている。
「でもいっつもごめんね。お見舞いに来るの大変でしょ」
林檎を刺していた楊枝を皿の上に置き、咲希は曖昧に笑った。
申し訳なさや寂しさの混じったその表情を想は苦手としていた。
そんな表情をさせてしまう自分が忌々しくなる。
「気にするなって、月一のプチ旅行みたいなもんで来てるんだこっちは」
昔から病弱だった咲希は今は家族と離れて地方の病院での入院生活をしている。
幼馴染で家が近かった想が病院に通うのも相応の時間がかかっていた。
「でも時間もそうだけど、お金も結構かかっちゃうし……」
遠方である咲希が入院している病院に行くには新幹線を使うことになる。
そうであるならばわざわざお見舞いのためにそこまでさせるのは悪いという咲希の気持ちはよく分かった。
努めてそんなことは問題でないかのように想は口を開く。
「小遣いなら足りてるし、なんなら咲希のお見舞いに行く時は駄賃も貰ってるしな」
実際親からお見舞いにいくならとそれなりに費用は工面してもらっている。無論無駄遣い厳禁の前提だが。
それでも中学生時分には多少痛い出費になるが、想がそれほどお金を使う性格ではないのが幸いである。
「むしろ、お見舞いついでに駄賃貰って旅行感覚でこっち来るのメインだからな。へへへ、地方のB級グルメ楽しみだぜ」
「なにそれー。アタシのお見舞いがついでだなんてー」
想の言葉は嘘ではないが、咲希を気遣っての言葉だっていうのは丸わかりで。
それでも咲希は想の言葉に乗って、ぷんすかと怒った素振りを見せる。
そんな半端なやり取りがおかしくって二人で顔を見合わせて笑った。
「みんなはどうしてるかな……」
笑いあった後に咲希は憂いた表情を浮かべる。
『みんな』とは三人の幼馴染のこと。
小さい頃から咲希と遊んでいた三人の幼馴染は想ともよく一緒に遊んだ仲だ。
「いっちゃんはたまに顔を見せに来てくれたんだけど、しほちゃんとほなちゃんは忙しいみたいで……」
「俺も中学に上がってからは学校が別になったから殆ど顔合わせてないな」
中学に上がってから幼馴染達は女子校に通うことになった。咲希も籍はその学校に置いている。
男子である想からしてみれば少し遠い存在になった三人の幼馴染とは会う機会はほとんど無くなっていた。
こうしてお見舞いという名分が無ければ咲希とも疎遠になっていたかもしれない。
「みんなに会いたいな……」
家族や友人とも離れて地方で一人で入院しているとなれば心細くなるのは当然で。
むしろそんな弱音を吐くこと自体珍しい。
いつもは見舞いに来る想を気遣って咲希は気丈な素振りを見せていた。
そんな素振りを見せるくらいなら弱音を吐いてくれた方がいいと思ったことは何度もあるが、いざ直面すると言葉に詰まる。
そんな自分に呆れかえって想は臍を噛んだ。
「ま、今結構快方に向かってるんだろ。高校からは復学できるかもしれないって、そうすりゃあいつらにも会えるだろ同じ学校なんだし」
「うん……うん、そうだよね」
憂いた表情を切り替え、咲希は笑って見せる。
それも強がりだと分かるが、そんなことを指摘することに意味はない。
想にできるのは精々明るくなるような話題を振るくらいしかできない。
「学校に行けるようになったらやりたいこといっぱいあるんだろ、なんだっけタピ……えーと」
「タピオカだよ! 割とソウって流行りに疎いよね」
「ほっとけい」
巷で流行の飲み物がなんなのかくらい想だって知ってはいる。ただ名前をあまり覚えていないだけで。
まぁ流行りに明るくないというのは間違ってないのだが。
「ソウと一緒に学校行くのも楽しみにしてるんだよー」
「え、まじ。俺に女装して女子校行けと」
うわぁとちょっと引いた様子を見せる想に咲希はぷんすかと抗議の表情を見せる。
「そういう意味じゃなくて! ほら登下校一緒にするとか、文化祭とかならソウも一緒に行けるし!」
「分かってるって。しかし文化祭はともかく登下校一緒か……」
別に一緒に帰って噂されると恥ずかしいし、というわけではない。
単純に咲希が在籍している女子校と想が志望している学校ではそれなりに距離があるというだけだ。
「……ムリかな」
ここでどうしてもと言わないあたり咲希の性格が出る。
やれやれと想は肩をすくめる。
「お姫様のご希望とあれば無碍にするわけにはいきませんな」
「そういうところお兄ちゃんと似てきてない?」
「いや、どうだろ……」
咲希の兄はやや大仰というか芝居がかった台詞回しをよくする。
たしかにそれが移ったという可能性はある。なるべく注意したいところだ、と想は自戒する。
「そろそろ俺はお暇するからまたやりたいことをノートにしたためておくといい」
「もう時間か―」
このまま歓談していたいところだがいつまでもここにいるわけにはいかない。
立ち上がる時にポンと軽く咲希の頭を撫でる。
帰る際の癖になっているその行動に咲希は毎度むずがゆそうにはにかむ。
荷物を取って出口へと向かい、一度咲希の方へ振り返る。
「それじゃ、またな」
「うん、またね」
───
神山高校。一年の教室。
「あーくそ暇だなー」
「彼女持ちとか羨ましいよな。この後放課後デートだとよ」
「リア充爆ぜろ!!」
今日の授業が全て終わってもまだ教室に残っている人は多く、やや喧騒にまみれている。
そんな中想の近くのクラスメイト達は彼女持ちへの恨みを漏らしていた。
別段彼女持ちに対して思う事のない想はそんなクラスメイトの呪いの言葉を聞き流しながらスマホを弄っていた。
メッセージが届いていたので開く。
『学校が終わったら、買い物に付き合って!』
そのメッセージの送り主の事を思うと断るという選択肢は想の中にはない。
お願いというスタンプに対して了承の意を示すスタンプを送り返した。
「俺たちは野郎だけでどっか行こうぜー」
「そうしようぜ、俺ラーメン食いてぇ」
「よっしそうするか。栗空はどうする?」
話を振られたところで想は顔を上げて、手を振った。
「悪い、俺この後用事入ったからパス」
そう口にして鞄を手にして立ち上がる。
じゃあな、と言って想はそそくさと教室の出口へと向かった。
出ていく間際、
「栗空ってよく用事入ってるよな」
「なんか怪しいよなー、まさかアイツにも彼女が……」
「いやいやいや栗空に限ってそんな事──」
そんなクラスメイトの言葉を聞き流しながら教室を後にする。
教室を出て、出口に向かっている廊下。
目立つ金髪の頭をした人物を見かけた。
「司」
その人物の名前を想が呼ぶと、呼ばれた方はくるりと振り返る大仰に手を広げる。
「おお、想ではないか。どうかしたか!」
想が呼び掛けた人物、司は大きな声で返事をした。
その声量の大きさで何事かと周りの生徒が一瞥したが、声の主を見た瞬間何かを察したかのように各々何も見なかったかのように歩き始める。
司はその挙動から変人と称されることも多く、学内では有名な方だ。
故にその姿を見たら、またいつものかと見なかった振りをされるのもよくあること。
「相変わらず声大きいって、まぁ一応伝えておこうと思って」
想からすると司は一学年上の先輩にあたるが、昔からの付き合いと彼の性格も相まってなんとなく敬語を使う気にはならない。
司本人もため口なのは気にしていないようなのでそれに甘えている。
「この後妹さんお借りするんでよろしく、と」
「ぬっ!」
想の言葉を聞いた瞬間司はまたも大仰に反応してみせる。
この反応を見たくてわざわざ報告したというもの。
「いや……想なら大丈夫か。我が妹をよろしく頼むぞ!」
逡巡した素振りを見せたが、すぐに切り替えたらしくバシンと大きく想の背中を叩く。
まぁ年頃の男女が一緒に出かけるとなると兄としては気にはなるのだろうが、こんな風に信頼されているのは想としてはちょっとこそばゆい。
「ったく、痛いっての。それじゃ遅れるといけないからもういくよ」
「ああ、だが二人とも遅くなる前には帰ってくるんだぞ!」
大きく手を振ってる司に見送られながら想は再び出口へと歩を進める。
───
学校から出た後自転車を漕いで目的地へ向かう。
待ち合わせ場所の近くの駐輪場に自転車を停めてから歩き出して相手を探す。
そしてその相手は待ち合わせ場所ですぐに見つかった。
グラデーションがかかった金の髪を二つにまとめ上げた少女──
「咲希ー」
天馬咲希、少し前まで入院していた彼女がそこにいる。
「ソウ! 意外と早かったねー」
軽く手を振って近づく想に対して咲希は大きく手を振り返す。
病室で気丈に振舞っていた姿と違い今や元気いっぱいといった風情。
病弱だったというのが嘘みたいな姿だが一応退院したてだ。
想は近づいて振っていた咲希の手を下ろす。流石にあんな風に大きく手を振られていると周りから目立つ。
「しかし外で待ち合わせしなくても家まで迎えに行ったけど」
「あーそれはダメ!」
まだ入院していたころの意識を引きずった想の言葉を咲希は即座に切った。
確かに過保護すぎたか、と思っていたら、
「外で待ち合わせしてみるってことも一回やってみたかったんだー」
なるほど、と想は得心する。
確かに入院生活では待ち合わせして誰かと待ち合わせをするなんて機会はそう無いだろう。
で、あるならば。
「じゃあアレもやっておくか」
「アレ?」
小首をかしげる咲希。
待ち合わせで定番と言えばアレしかない。
「悪い、待ったか?」
「! ううん、今来たところ!」
想の言葉に咲希はすぐさま反応して定番の返事を口にする。
殆どテンプレのようなやり取りにどこかおかしくなって二人とも小さく笑った。
「しかし、普通は男女逆だなこれ」
「うん、そうだね。じゃあ今度はソウが待たないとね!」
「そいつは大義な事で」
自然と次も待ち合わせをする流れになるが、それもいいだろうと想は思う。
退院が決まって、これからやりたいことがいっぱいの咲希。
そんな彼女のやりたいことにできるだけ添いたい。
今までの分を埋めるようにこれからを楽しんでほしい。
そんな思いが想の内にはあった。
「ま、お約束も済ませたし買い物、行くんだろ」
「うん!」
話しながら二人で歩いて向かった先にあるのはコスメショップ。
今時の女子に人気なそこは学校帰りの女子で賑わいを見せていた。
「結構いるねぇ。やっぱ新作出たからかな」
「新作? 咲希はそれがお目当てか」
「そうだよ。欲しい色のリップがあるんだー」
なるほど、と賑わいを見せるショップ内を軽く窺う。当然客は女子だらけだ。
外で話していてもしょうがないので咲希がささっと入っていくのに続いて想もショップ内に足を踏み入れる。
ショップの中は外で窺った時よりも女子の声で溢れかえっており、まさに姦しいといった様子。
「……ソウ、割と躊躇なく入ったね」
「連れてきた本人が言うか?」
「んー、外で待ってもらっててもよかったんだけど」
ショップ内は殆ど女性──コスメショップなので当然だが、男性は想を含めて片手で足りる。
恐らくその中の男性は彼女かなんかの連れ合いでいるのだろうが、大体居心地が悪そうにしている。
そんな中想は泰然としていた。
「ま、姉さんに似たようなところ付き合わされてるからな。変に縮こまってた方が目立つし」
「あ、めぐるさん? じゃあアタシがソウを連れまわしても問題ないか!」
姉に連れられていることがイコール咲希に連れまわされても問題ないとはならないが、想としては別段否定するほどでもない。
少し溜息を漏らすものの、結局咲希にどこか行くのに付き合ってと言われれば付き合うのだから。
「うーん、新作は二色出てるんだけどソウどっちがいい?」
「さすがにリップの色についてまでは判別つかん」
商品の棚に並んでいる二つのリップを睨んでみるが、リップの色の違いなど分かるわけがなく。
謳い文句は明るさを強調したものに対して大人っぽさを強調したものの二つ。
そこから大人っぽさを謳うリップを想は手に取った。
「とりあえずこっち」
そう言って手に取った商品を咲希の手の上に置く。
「ソウの好みはこっちなんだ」
「好みというか咲希も高校生になるんだから大人っぽさ意識してもいいんじゃないかってだけ」
合わないと思うなら別に戻しても構わない。
そんなことを想が言おうとした瞬間、咲希は翻ってレジの方へ向かう。
「それでいいのか? 割と適当に選んだぞ」
「大丈夫。二色とも良かったんだけどソウが選んでくれたからこっちにする」
そう言って機嫌良さそうにレジへ向かった咲希を見て、もう少しちゃんと選べばよかったかと想は苦笑した。
コスメショップを出た後も適当に店を回り、帰路につく頃には日も落ちて、夜空には星が浮かんでいた。
自転車を押しながら歩く想の隣では咲希が鼻歌を鳴らしながら歩いている。
「買い物付き合ってくれてありがとね、ソウ。選んでもらったリップ早速明日から付けていこうかな」
「どういたしまして……なんていうかイマドキだな」
「?」
想の言葉に咲希は疑問符を浮かべた。
新作のリップを買って、明日にはそれを付けて学校に行くいくことを考える。
そんな当たり前を咲希ができるようになったことを感慨深く思ったなんて。
「んや、学校楽しみか?」
誤魔化すように咲希の頭を撫で、改めて問う。
「それはもう! いっちゃん達にも会えるし、みんなびっくりするかな?」
咲希の頭を撫でた時の反応はいつも通りむずがゆそうにはみかみ。
それで想の問いに元気よく答える。
「一歌達か、俺も会いたいな……。うん、咲希が会ったらお前から一歌達に繋いでくれ」
「もちろん! また五人で色んな事しよう──あ!」
不意に咲希が空を見上げる。
釣られて想も見上げると、そこは満天の星空でこんなに綺麗に星が見える日は久しい。
「うっわー、今日すっごい星! あ、今の流れ星!? ねぇ、ソウ!」
「見た見た、流れ星が見えるなんて珍しいな」
一瞬きらりと光って消えていく流れ星。
その光景は在りし日の思い出を呼び起こす。
幼い五人で見た流れる星々の夜。
「昔みんなでみたなぁ、流星群。あの時の空、すっごくキレイだったな……」
「あの頃はちっこかったからよく見えるようにジャングルジムなんかに登って」
「夜だから気を付けるようにソウは口酸っぱく言ってたよね」
「それな、結局俺も登ってたんだが」
夜の公園の明かりは心許なく、幼い想はジャングルジムに登ろうとする四人に気を付けるよう言って自分は躊躇っていた。
でも結局は四人に急かされるまま想も登った。
本当に懐かしい思い出。
「あ、また流れた! せっかくだしお願いしておこうかな」
もう一度きらりと光った流れ星。
それを見た咲希は手を前に組んで、願い事を口にする。
「また五人で一緒にキレイな流星群が見られますように」
他人からすればわざわざ流れ星に願うようなことではないささやかな願い。
でもそれは咲希からすれば今まで手に入れたくても届かなかったもの。
それが今ようやく手に届くところまできた。
「──咲希の願いが叶いますように」
そんな願いが口から漏れ出る。
気づいてふと、恥ずかしくなるが今更取り返しがつかない。
案の定咲希は想のほうを見て目を瞠っていたが、すぐに柔らかく笑う。
「ありがとね、ソウ」
「ま、咲希の願いが叶うに越したことはないからな」
今更取り繕っても無駄だと諦めて想は肩を竦めた。
「でも流れ星に願い事って三回だか十回だかを流れている最中にじゃなかったっけ」
「あはは、そうだね。でもほら大事なのはそこじゃないでしょ」
「確かに。結局願い事なんて自分がどうするかだからな」
願掛けはあくまで願掛け。
願えば叶うなんてそんな単純な事はない。
でも願う程に欲するものならば人は自ずとそのための努力をする。願いはその努力を叶えるための祈り。
だから、
「叶うよ、咲希の願いは」
「……うん!」
ついこの前まで入院していた隣にいる幼馴染。
その幼馴染が願いを叶えるために努力するならば、想はそれを全力で支えるだけだ。
ああ、明日から良き日が続きますように。
そう想いつつ二人でまた歩き出した。
Q、そのオリ主の名前重くない?
A、ワイトもそう思います。
これからプロセカのオリ主二次創作小説を投稿していきます。
大層なものではありませんが、ひとときお付き合いいただけると幸いです。