『天空の明星』   作:みなつき

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『第十話』

「想、ちょっといい?」

 

 いつも通りのように宮益坂女子学園に咲希に迎えに行った時、志歩に話があると想は引っ張られた。

 

「しほちゃんと内緒話だー」だの、「からかわないの、咲希」、なんて声が聞こえたが無視をする。

 

 咲希と一歌と少し離れたところで志歩は壁に背を預けて、息を吐いた。

 なんか放課後の校舎裏に不良とかに呼び出されてる気分、と想は暢気に考える。

 

「……穂波と少し話をした」

「そっか」

 

 志歩の言葉に対してそんな驚きは無かった。

 直截な志歩であるならば、咲希のあの言葉を聞いて何もしないとも思えない。

 で、あるならば直接穂波に話に行ったんだろう。

 

「咲希のあの言葉聞いて、いてもたってもいられなくって直接穂波に会いに行ったんだけどダメだった」

 

 これで物事が良い方向に転じているならば想がこのように志歩に呼び出されていない。

 

「本当はもっとちゃんとできればよかったのに、ついカッとなって穂波を傷つけるようなことしか言えなくって……」

 

 まるで懺悔を聞いている気持ち。

 志歩としてはやらかしたという気持ちが強いのだろう。

 

「まぁ言っちゃったものはしょうがないでしょ。それより、わざわざこっちまで引っ張ってきたのは?」

 

 ここまで引っ張ってきてわざわざ懺悔を聞いてもらうためではないのは分かっている。

 

「……私ではダメだったけど、想だったらもしかしたらって思って」

「俺も自信はないよ。ダメの可能性のほうが高い」

「それでも、想だって咲希のあんな言葉聞いてそのままでいいって思ってないでしょ?」

 

 それを引き合いに出されるとずるい。

 あの日の帰り道、しのび泣く咲希の姿が忘れられない。

 

「本当にダメかもしれないけど、想なら少しでも穂波の気持ちを揺らせると思う」

「過分な評価なことで」

 

 思わずため息がもれる。幼馴染からの評価は結構重い。

 

「でも、志歩の言う通りこのままでいいわけないから」

 

 気が重くなる。ちゃんと穂波と話せるだろうか。志歩と同じ轍を踏まないとは限らない。

 それでも、

 

「ちゃんと話してみないと、何も分からないよな」

 

 

 

─────

 

 

 

「しかしまぁ、まずどうやって穂波と会うかなんだよなぁ」

 

 そんな風に想が歩きながらぼやいていたのは志歩に頼まれてから数日経った休日。

 志歩にはあんな事を言ったが、まず穂波と会う機会が無い。

 学校が別なので取れる手段が大分限られる。

 志歩に使ったような呼び出す手は使えない。呼び出してくれる相手がいないからだ。

 幼馴染の三人からだと多分呼び出しには応じてくれないだろうし、この手段は不意打ちが一番。

 学校前で待ち伏せ、なんて手段もさすがに厳しい。

 女子校の前で男が待ち伏せは多分穂波に会う前に警備とかに捕まる。

 穂波の家を知っているので、直接乗り込む手段は取れなくもないができれば避けたい。

 門前払いを食らえばいい方、下手に穂波の家族に事を知られる方が怖かった。

 恐らく穂波は中学時代の事を抱え込んでいて家族に話していないだろう。

 で、あるならばこの件は爆弾だ。

 家族を巻き込んでうまく話をつけられればいい。だが、失敗すれば永遠に埋まらない溝ができる劇物。

 さすがにそんな賭け事──しかも結構分が悪いモノに手を出す勇気はない。

 そうなれば家を訪ねるのは最終手段。

 

「人脈尽きてるの痛いなぁ……」

 

 一番効果的なのがやはり誰かを通じて呼び出すことだが、穂波に繋がる伝手が幼馴染しかない。

 

「姉さんが最近宮女出入りしているらしいから、ワンチャンなんかでないかなぁ」

 

 最近想の姉である廻は宮女に出入りしているとのこと。

 廻曰く、「雫たちのお手伝いだよー!」と言っていたが具体的に何しているかは想も知らない。

 困った時の姉頼みだが、一度何とかできないか頼んでみるとしよう。

 そして想はそんな姉から頼まれてのお使いだ。

 どうも期間限定のアップルパイが出ているらしく、本日バイトで行けない姉に拝まれては頼みを断れない。

 どうせご相伴には預かるのでお使いを頼まれるのはやぶさかではないが。

 しばらくそんな風に考えごとしていながら歩いていれば目的地には辿り着く。

 ちょうど店の扉が開いて、買い物が終わった客が出てきた。

 パンパンに膨らんだ袋を持って、扉の開け閉めに苦慮しているその人は、

 

「──穂波?」

 

 今の悩みの種の相手だ。

 

「え? え、想、くん……?」

 

 想が呟いた名前に反応して顔をこちらに向けたのは、『セカイ』で一度再会した時と変わらない望月穂波。

 穂波は一瞬呆気にとられたようにした後、すぐ顔を赤くする。

 気まずさと恥ずかしさが混じった表情。

 だが、想はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「穂波!」

 

 天の配剤だと思った。

 その瞬間に足は勝手に動きだし、穂波に近づいてその腕を握っていた。

 

「あ……っ」

 

 マズイ。

 穂波の声を聞いて想の脳が即座に警鐘を鳴らす。

 悲鳴を上げられなかっただけ僥倖なくらい。傍から見たらかなり危ない行動だ。

 

「──ごめん」

「あ、え……ううん……」

 

 すぐさま掴んだ腕を離す。

 穂波はむしろ手離されたことを戸惑ったかのような素振り。

 正直、ここで逃げるように距離を離されていたら想の心は折れていただろう。

 

「穂波、いきなりでごめん。だけど、話がしたい」

 

 想自身突然の出来事で結構動揺しているらしい。むやみやたらに謝っているのがその証拠。

 

「だけど……私は……」

「少しは穂波の事情知ってる。だからこそ、ちゃんと穂波と話がしたい。じゃないとお互い後悔する」

 

 お願い、とダメ押しで想は頭を下げる。

 しばらく穂波は戸惑い、渋った風情だったが、

 

「うん……わかった。でも──」

 

 少し不安そうに想の提案を受けてくれた。

 

「その前に場所、移そっか……」

「あー……」

 

 店の前で男女が何やら揉めていれば否が応でも注目を集める。店の中からも外からも視線を浴びていることに気づく。

 目の前の穂波も羞恥で顔の赤みを増していた。

 

 

 

─────

 

 

 

 望月穂波は居心地の悪さを感じながら目の前の人物を見る。

 場所は公園の休憩スペースで向かい合って座った状態。

 栗空想。

 穂波の幼馴染であり、今は疎遠になってしまった相手。

 そんな相手に話がしたいと言われ、穂波は応じてしまった。

 正直応じない方が良かったのかもしれない。でも、

 

 ──お互い後悔する。

 

 想はそんな風に言った。その言葉で穂波は想と話をすることに決めた。

 実際、あの場で想を振り切っていたら穂波も後悔するのは目に見えていて、そんな『当たり前』を言われたら拒否するわけにはいかない。

 昔からそんな感じだったな、と穂波は懐古する。

 栗空想という人物は『当たり前』のことを言うのだ。

 くだらないことでも、真剣な事でも想は『当たり前』の言葉を口にする。

 他人から聞いたらどうでもいいようなことかもしれない。でも当人からしてみれば無視もできない言葉。

 ひとえに正論と言ってしまえばそれまでだが、聞かされたほうがするりと腑に落ちる。

 そんな『当たり前』の言葉を当たり前に言ってのける想に穂波は昔憧憬を抱いていた──否、今でも抱いている。

 だからだろうか、想に腕を掴まれた時どこか期待したのかもしれない。

 彼がこのまま自分を引っ張っていってくれるならそれは間違っていないのだと。

 そして、手を離された時戸惑ってしまった。

 嗚呼、こんな風に自分では決断できなくなってしまった穂波自身が今の状況を生んでいるというのに。

 

「穂波、今でもアップルパイ好きなんだな。流石に袋いっぱいなのは少し驚いたけど」

「……うん」

 

 本題に入る前の軽い振り。そこで想は小さく笑った。

 穂波がアップルパイを袋いっぱいに持っていたのがおかしかったのだろう。

 だけど、そんな小さな笑みを見ただけで穂波の心は小さく揺れた。

 今の自分はこんな笑い顔ですら傍で見られないのだと。

 

「……咲希がもう穂波の事はバンドに誘わないって」

 

 たっぷりと間を置いてから、想は苦慮するように話題を切り出してきた。

 穂波は息が詰まりそうになる。

 既に咲希からその話は聞いていて、自分はなんてことを言わせているのだろうと思った。

 その後に志歩に責められ、今は想と向かい合わせで詰められる。

 穂波の心には罪悪感が募るばかり。

 

「別に、それは咲希が決めたコト。咲希が穂波に何言おうが、嘴挟むことじゃないだろうって」

 

 多分想は相当悩んだのだろう。この話をしている最中に眉間に深い皺を刻んでいる。

 こうやって穂波と話をすることは彼のポリシーに反することなのかもしれない。

 

「それでもやっぱり色々見過ごせなくって……まぁこうやって俺が勝手に話する分には俺の勝手だしな」

 

 他人に口出しするのはよくないとしても、勝手に話をしにいくならと折り合いをつけたのだろう。

 

「俺としては、当然のことながら穂波とはもう一度一緒に、とは思う」

 

 だけど、と想は言葉を続けた。

 

「辛いでしょ、穂波」

「──っ」

 

 投げかけられた言葉は非常にシンプルで、それでいて的確。

 その一言だけで穂波の今の心情をあらわにするのは十分。

 

「今の板挟みの状況も、昔クラスの中で孤立していたことも全部ひっくるめて」

 

 まったくその通りだと。

 それだけ分かっていて、どうしてこちらの心情を暴きにくるのと反発心も湧く。

 

「中学の頃、俺もクラスでは孤立していたらって言ったら信じる?」

「……え?」

 

 呆気にとられたのは急な話題転換にではない。

 その内容にだ。

 

「まぁこれは正直俺が悪い部分もあって、遊びの誘いとか断ってたらいつの間にか孤立気味ってね」

 

 正直穂波としてはあまり信じられなかった。

 幼い頃確かに幼馴染と行動を一緒にすることが多い想だったが、他の子どもとの交流も盛んだったほうだ。

 それが遊びを断って孤立していたなんて。

 

「正直もうちょっと上手く立ち回るべきだった、なんて話は置いておくとして」

 

 未だに穂波の頭の中でぐるぐると何故が巡っている。

 

「まぁ集団から溢れた相手に容赦ないんだよなぁ。俺はあまり気にしてなかったんだけど、あの視線は刺さる」

 

 共感を口にする想に反発心は生まれなかった。

 それは穂波自身も経験したことだから。

 

「だからって穂波の置かれてた状況について分かるって言いたいわけじゃない。なんなら穂波のほうがキツかったろうし」

 

 想の言葉は同情ではない。

 ただ同じような境遇があったと口にし、穂波の心を少しでもほぐそうとするもの。

 そんなことは分かっている。

 

「穂波が孤立を恐れてるコトくらいは分かる」

 

 それでも、穂波の心はかすかに揺れ続けた。

 理解者がいてくれるのだと。

 

「けど、今の状況よくないって穂波も薄々分かってるよね。今の友達に昔のこと話してないでしょ?」

「……っ」

 

 苦しくて息が漏れる。

 想の突きつけた言葉は穂波自身も分かっていて目を逸らしていたもの。

 今の友人達は穂波が中学に起きたことを知らない。

 その友人達とは笑いあうことができる。

 でも、それは──幼馴染を切り捨てて得た今の関係は上辺だけのもの。

 決して今の友人達が悪いわけではない。その友人達に本心を明かさない自分が悪いのだ。

 だから笑いあってもどこか空っぽで、心の底から笑えていない。

 

「想くんは、強いからそんな事言えるんだよ……」

 

 ずっと想の言葉を聞いてばかりだったが、ついに穂波は反駁する。

 

「友達だからって、昔のこと全部話さなきゃいけないってわけじゃない。知らないなら知らないままでいたって──」

「それはそう」

 

 穂波からの反駁を想はあっさりと肯定した。

 その上で、

 

「だけど穂波はそれで辛くなってるんでしょ」

 

 自分を守るための穂波の理屈を想はあっさりと崩す。

 ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。

 そうやってすぐに弱いところを突いてくる。

 

「それに俺のこと強いって言ったけど、そんなことはない。強いって言うなら穂波のほうが強いよ」

「そんなわけ……っ」

 

 今も逃げ回っている自分が強いだなんて、目の前の幼馴染はどうしてそんなことを口にするのだろう。

 

「強いよ。志歩だって穂波の強さは認めてた」

 

 この前自分の弱さを指摘してきた幼馴染を引っ張り出してまで想は穂波が強いと称した。

 

「ただ今は弱ってるだけ。しょうがないよ、弱ってるときはどうしても」

 

 弱っているなんて言って、本当はちゃんと強いのだと想は断定する。

 その断定に少しだけでも穂波は救われた気持ちになってしまう。

 本当にずるい。

 

「……俺にこんなこと言う資格は無いのかもしれないけど」

 

 想の声が少しこわばっていた。

 

「いざとなったら傍にいる。だから今、辛くならないためにどうしていったらいいか考えていかないか?」

 

 想の言葉は色々な想いでこわばっていて、それでも穂波と一緒にどうにかしていきたいという想いが伝わってきて。

 正直、嬉しかった。差し伸ばされたその手を今すぐ取ってしまいたいくらいに。

 この幼馴染が傍にいてくれると言ってくれたことが。

 

「だったら──」

 

 その言葉に甘えてしまったからだろう。

 だから、

 

 

 

「どうして、あの時傍にいてくれなかったの……?」

 

 

 

 こんな最悪な言葉を口にしてしまったのだ。

 穂波自身思わず口に出てしまって、はっと自分の口を押える。

 だが、口から出てしまった言葉は取り返しがつかない。

 そして、

 

「────」

 

 想の顔は思いがけない言葉に呆気に取られていて、

 穂波が傷をつけたのだと分かる顔だった。

 

「ごめん」

 

 想の口から出てきたのは謝罪の言葉。

 

「本当に今更、どの面下げてだった」

 

 違う。

 

「それでももしかしたら取り戻せるかもって驕ってた」

 

 違う。違う。違う。

 悪いのは自分だ。

 傍にいてくれなかったの、なんて言葉は相手の厚意に甘えて振りかざした暴力だ。

 想が知れるはずもないこと。学校も違えば、穂波自身が相談もしなかったこと。

 それを振りかざしていい権利は穂波には無い。

 なのに、

 

「だけど、穂波がもう一度許してくれるなら。傍にいるってのは嘘にはしない」

 

 ああ、最悪だ

 こんな風に言ってくれて嬉しいと感じるなんて。

 許してもらうのは自分のほうなのに。

 

「──穂波!?」

 

 涙が零れるのを止められない。

 目の前にいる幼馴染が焦っていることだけは分かる。

 

「ごめん、なさい。ごめんなさい……私が──」

 

 もうこの場にはいられない。

 これ以上彼に迷惑がかかることだけはやめなければ。

 穂波は自分の荷物を抱えて、走り出していた。

 

 

 

 結局、穂波(わたし)はこうして逃げてばかり──。

 

 

 

──────

 

 

 

「──最悪」

 

 吐き捨てた言葉は誰に対して、なんて問うまでもなく自分自身への悪態。

 話をして、力になりたくて、それでやったことは穂波を泣かせただけ。

 志歩に言われて自惚れていたんじゃないかと心の中で自分への罵倒が止まらない。

 本当に最悪だと思う。

 

「泣かせるのは無いよなぁ……」

 

 今までの人生で一番かと思われる溜息を吐く。

 結局、自分の言葉は穂波を追い詰めただけでしかないのだということを突き付けられるだけの結果。

 どうしたらよかったのかなんて分からない堂々巡り。

 

「『どうして、あの時傍にいてくれなかったの』か……」

 

 穂波に言われてハッとした。

 無茶なことを言われたものだと思う。もしかしたら穂波自身もそう思っていたかもしれない。

 だけど、自分が怠惰だったのも事実だ。

 中学時代、咲希にかまけて他の幼馴染をおざなりにした。穂波だけではない、一歌にも志歩にも。

 知る努力を放棄していたのだ。

 それを改めて思い知らされて、

 ──泣いて、逃げられたのが一番痛かった。

 こんな自分が何かを言う資格はあるのだろうか。

 

「これからどうしよ」

 

 最早咲希たちに合わせる顔すら無い。

 取り返しのつかない失態を犯して、それでもまだどこか挽回の機会を窺っている自分が嫌になる。

 ひとまず、姉に頼まれたお使いだけは遂行しないとと想はすっかり重たくなった腰を上げた。




これが描きたかった(二回目)
メインストーリーでは穂波ちゃんは『Leo/need』結成のための最後の壁でした。
そのため志歩ちゃんの時と比べてちょっと量が増えての穂波ちゃん回。
予想以上にグラビティになった気がします。

感想で「チビ言うとるけど想くんの身長って実際どれくらい?」とのことでしたのでお答えします。(本編に影響がないので)
とはいえ具体的な数値は決めておらず、『第二話』で出た以上の話も出ないですが大体穂波ちゃんと同じくらいだと考えていただければ。
前話で咲希ちゃんが想くんの肩に顔を押し付けていたので気になったということですが、押し付けてるとあるので多少の身長の誤差は無視していただければ。
感想の個別返信は相変わらず行っておりませんが、質問などは答えられる範疇でこうやって後書きで答えることもあります。
あくまで『答えられる範疇で答えるかも』なので質問が絶対返ってくるということはないです。
感想はいつもありがたく拝読させていただいています。
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